アークナイツ リザレクション   作:サツキタロオ

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二期だす。



Vol.1:黎明前奏(中編)
STORY.9:冬のある日


 

「………」

スカルシュレッダーとの戦いから、数日が過ぎていた。

 

時間だけは確かに流れている。

任務は終わり、龍門は表面上の平穏を取り戻し、ロドスの艦内もいつも通りの喧騒に戻っていた。

――けれど、その流れに、アーミヤだけが取り残されているようだった。

 

薄暗い部屋。

ベッドの上で、アーミヤは天井を見つめたまま、身動きもせずに横たわっている。

 

眠っているわけではない。

かといって、起きているという感覚も曖昧だった。

 

目を閉じると、あの光景が、何度でも蘇る。

 

貫いた感触。

驚きに歪んだ顔。

そして――力を失って崩れ落ちた身体。

 

(……私が……)

胸の奥が、じわじわと痛む。

鈍い圧迫感が、呼吸のたびに広がっていく。

 

(……私が、引き金を引いた……)

頭では分かっている。

あれは戦場だった。

あの一撃がなければ、レイヴンが斬られていたかもしれない。

 

それでも――

納得だけは、できなかった。

 

部屋の外、キッチンから微かに聞こえる物音。

 

レイヴンが、そこにいる。

 

彼がいてくれることは、分かっていた。

それだけで、少しだけ救われている自分がいることも。

 

それが、余計に苦しかった。

 

「元気出せって。」

 

キッチンの方から、レイヴンの声がする。

 

「……って言っても無理か……」

 

独り言のような呟き。

おにぎりを握る、かすかな音。

 

アーミヤは、何も答えられない。

言葉にすれば、何かが壊れてしまいそうだった。

 

「……私……人を……」

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど、弱々しかった。

 

レイヴンの手が、一瞬止まる。

「……確かにびっくりしたよ。でも……助かった。」

 

事実を、淡々と告げる声。

慰めでも、否定でもない。

 

「正直俺、お前のことみくびってたよ。」

その言葉に、アーミヤの胸が小さく跳ねる。

「人を殺さないで平和にする……それは難しい。」

 

レイヴンは、続ける。

それは説教ではなく、誰かに言い聞かせるような――自分自身への言葉にも聞こえた。

 

「いざという時には、覚悟を決めて敵を殺す覚悟がある……」

 

アーミヤは、拳を握りしめる。

 

覚悟。

その言葉が、胸に突き刺さる。

 

自分は、本当に覚悟を持って引き金を引いたのか。

それとも、恐怖と焦りに押されただけだったのか。

 

「……でも、アーミヤ。」

レイヴンの声が、少しだけ柔らかくなる。

「お前は、お前らしくいてくれ。」

 

キッチンから、足音。

皿に、おにぎりが二つ乗せられる音。

 

「お前がそうなるのは……嫌だからな。」

 

その言葉は、命令でも、慰めでもない。

ただの…"願い"だった。

「……作っといたから。気が向いたら食べろよ。」

 

レイヴンは部屋を出ようとして――

一度、足を止めてアーミヤを振り返る。

「……ドクター……私……」

 

声が、震える。

 

「ん?」

「……あの人を……救えたんじゃないかなって……」

言葉にした瞬間、胸の奥に溜め込んでいた感情が、溢れそうになる。

「……そうだな。」

レイヴンは、少し考えてから答えた。

「運が無かったんだ。言い方は悪いと思うけどな。」

それは、残酷なほど現実的な答えだった。

けれど、逃げなかった言葉でもあった。

 

「……」

 

アーミヤは、何も言えない。

 

正解が欲しかったわけじゃない。

許されたかったわけでもない。

 

ただ――

この重さを、どう抱えればいいのか分からなかっただけだ。

 

レイヴンはそれ以上、何も言わず、部屋を後にする。

 

扉が閉まる音が、静かに響いた。

残された部屋で、アーミヤはゆっくりと体を起こし、皿の上のおにぎりを見る。

 

湯気は、もうほとんど立っていない。

 

それでも――

手を伸ばす。

 

震える指で、おにぎりを掴む。

 

(……忘れちゃ、いけない……)

 

(……でも……)

 

涙が、ひとしずく落ちた。

 

アーミヤはそれを拭わず、静かに、噛み締めるように口に運んだ。

 

レイヴンは部屋を出た直後、思わず足を止め、深く溜息を吐いた。

 

胸の奥に溜まった空気を、無理やり外に押し出すような呼吸。

それでも、軽くなる感じはしない。

「……ああいう声の掛け方で、良かったのかな……」

独り言は、誰に届くでもなく通路に溶けていく。

 

正解なんて分からない。

人を殺した――その事実を背負った相手に、どんな言葉をかければいいのか。

慰めれば嘘になる。

叱れば、壊してしまう。

 

だから、ああ言うしかなかった。

それでも――胸のどこかが、ずっと引っかかっている。

 

レイヴンはロドスの通路を歩きながら、何度もアーミヤの顔を思い出していた。

泣かなかった顔。

無理に押し殺した声。

――そして、あの小さな背中。

 

(……くそ……)

自分は、誰かを導けるような人間じゃない。

戦って、殴って、壊すことしかできない。

 

そんな自分が、彼女の隣に立っていいのか――

答えは出ないまま、足だけが前に進む。

 

「……ドクター。」

不意に掛けられた声に、レイヴンの肩がわずかに跳ねた。

「……!」

顔を上げると、そこにはケルシーが立っていた。

白衣姿、冷静な眼差し。

そこにいるだけで、空気が引き締まる。

「こうして話すのは、初めてだな。」

「……だな。」

 

短い返事。

それ以上、言葉は続かなかった。

 

二人は通路の途中にある広間に腰を下ろす。

静かな空間に、コーヒーの香りが漂っていた。

「……アーミヤの方は?」

ケルシーの問いは、淡々としている。

だが、その奥にある感情を、レイヴンは何となく察していた。

「駄目だ。あの様子じゃ……しばらく出ないぞ。」

事実だけを、短く告げる。

「……そうか。」

ケルシーは目を伏せ、少しだけ間を置いてから言った。

「……アーミヤは強い子だ。」

その言葉に、迷いはない。

 

「だが……どんなに強いものも……必ず壊れる時がある。」

 

その一言は、まるで予言のように重かった。

 

レイヴンは黙って、机に置かれたコーヒーを手に取る。

一口含んだ瞬間、顔をしかめ――すぐにカップを置き、代わりに取り出したコーラを開け、一気に喉へ流し込む。

炭酸の刺激が、頭を少しだけ冷やした。

 

「君には……アーミヤはどんな風に見えた?」

ケルシーの視線が向けられる。

「俺に聞くなよ。」

 

レイヴンは肩を竦める。

「今、考えてんだから。」

立ち上がり、ケルシーの横に立つ。

座っていると、押し潰されそうだった。

 

「……君は、これからもアーミヤの側に居ろ。」

ケルシーの声は低く、だが揺るがない。

「……あの子を支えてやってくれ。」

 

それは命令ではない。

だが、拒否という選択肢も存在しなかった。

「はいよ。」

レイヴンは軽く答え、コーラをもう一口飲む。

軽口に見せなければ、覚悟が露骨になりすぎる。

 

「それと……」

ケルシーは言葉を継ぐ。

「アーミヤの指輪に変化があったら、すぐに報告しろ。」

その瞬間、レイヴンの脳裏に浮かんだのは――

アーミヤの指に嵌められた、複数の指輪。

全ての指に、等しく存在する異様さ。

そして時折、まるで存在が揺らぐように、消えかける光景。

 

「そんなの報告して、どうなんだよ。」

 

レイヴンは本音を漏らす。

 

「アーミヤの身体に関わる、重要な事だ。」

 

ケルシーの声は、鋭くなった。

 

「……いいな?」

 

圧が、空気を震わせる。

レイヴンは一瞬、背筋に冷たいものを感じ――

それでも、ゆっくりと頷いた。

 

「……了解。」

窓の向こうに視線を移すと、

外はいつの間にか、雨に包まれていた。

 

「……雨か……」

レイヴンはそう呟く。

 

アーミヤの心の中も、きっと――今は、こんな天気なのだろう。

 

そして、自分はその隣で、濡れないように傘を差し出せる人間でありたいと、心の奥で静かに願っていた。

 

…………………

 

その頃、アーミヤは一人、雨の降りしきるスラムを歩いていた。

 

舗装の剥がれた道に、水たまりがいくつもできている。

足を進めるたび、ぴちゃり、と鈍い音が響く。

冷たい雨粒が、フードも差さない頭上から容赦なく落ちてきていた。

 

それでも、止まる気にはなれなかった。

 

「……私……どうすれば……」

 

声は雨音に掻き消され、誰の耳にも届かない。

胸の奥に沈んだままの感情が、言葉になりきれず、喉の奥で絡まる。

 

――あの瞬間。

確かに、自分の手で、人を殺した。

 

正しい判断だったのか。

必要な犠牲だったのか。

頭では理解しようとしても、心が追いつかない。

 

(私は……ロドスのリーダーなのに……)

 

視線を上げた、その先。

薄暗い路地の入口に、一つだけ異質な影があった。

 

赤い傘。

余裕のある立ち姿。

 

「は〜い。」

 

軽い調子の声。

そこに立っていたのは、Wだった。

 

「………」

反射的に身構えるべきなのに、身体が動かない。

ただ、視線だけが向いた。

 

「………何よ。いつもみたいに警戒しなさいよ。」

 

そう言いながら、Wは傘を差したまま、ぱしゃぱしゃと水たまりを踏み越えて近づいてくる。

「……アンタ、そんな悩んでていいの?」

覗き込むような視線。

だが、嘲りきれない色が混じっている。

 

「一応、ロドスのリーダーなんでしょ?」

その言葉が、胸に刺さった。

 

「……」

アーミヤは、何も言えず、顔を伏せた。

雨が、視界を滲ませる。

 

「そんなんじゃ――」

 

Wは、少し間を置いてから、続ける。

「――あのバカドクターを、支えてらんないわよ?」

 

「……ドクターを……? 私が……?」

 

思わず、声が漏れる。

 

自分が、支える側?

守られる存在ではなく?

 

「あのドクター……」

 

Wは肩をすくめる。

 

「確かに記憶は無くしてるけど……アンタのこと、相当信用してるみたいね。」

 

その言葉に、胸の奥が、きゅっと締め付けられた。

 

「アンタが居なかったら……」

 

Wは、わざとらしく視線を逸らす。

 

「アイツ、どうなるのかしらね?」

答えは、言わない。

言わなくても、伝わるから。

Wはアーミヤの手を取り、強引に何かを握らせた。

 

一本のキャンディ。

そして、傘。

 

「……」

 

「それじゃあ……またね……?」

 

いつものように軽い口調。

けれど、その背中は、どこか雨よりも冷たく、寂しげに見えた。

 

Wは振り返らず、そのまま路地の奥へと消えていく。

赤い傘だけが、一瞬、闇の中で揺れた。

 

アーミヤは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

やがて、そっと傘を開く。

雨音が、少しだけ和らいだ。

 

「……私に……出来る事……」

キャンディを握りしめながら、空を見上げる。

灰色の雲に覆われた空。

それでも、どこかで、雨は止むはずだと――そんな、かすかな希望。

 

守られるだけではなく、誰かを支える存在になる。

その覚悟が、今、胸の中で、静かに芽生え始めていた。

 

………………

そして夜頃、アーミヤはロドスへ戻ってきた。

 

通路の照明は落とされ、基地全体が静かな眠りに入ろうとしている時間帯だった。

足音を忍ばせるように歩き、外に面した小さな休憩スペースへと出る。

 

そこには、予想通りの人物がいた。

 

「あ……ドクター。」

ベンチに腰掛け、夜風に当たりながら空を見上げていたレイヴンが、軽く手を上げる。

「よ。」

それだけの短いやり取り。

だが、それだけで胸の奥に溜まっていた緊張が、少しだけほどけた。

 

アーミヤも隣のベンチに腰を下ろす。

二人の間に、言葉はない。

 

それぞれの手には、すぐ横の自販機で買ったのだろう缶ジュース。

開けられた形跡はあるのに、どちらもほとんど口をつけていない。

 

沈黙が、夜の空気に溶けていく。

気まずさというより、互いに「今は急がなくていい」と分かっている沈黙だった。

 

やがて、アーミヤが意を決したように口を開く。

 

「……今日、Wに会ったんです。」

一瞬だけ、レイヴンの視線がこちらに向く。

「なんて言ってた?」

 

それ以上は聞かない。

促すだけの、穏やかな声。

 

「私が……ドクターを支える側だって……」

 

言葉にした瞬間、胸の奥が少し痛んだ。

自分に、そんな役目が務まるのかという不安が、まだ消えていない。

 

「………」

 

「おかしいですよね……こんな事、言われるなんて。」

自嘲気味な声。

だが、それを否定するように、レイヴンは何も言わず立ち上がる。

 

そして――

ごく自然に、アーミヤの頭に手を置いた。

 

「……っ」

 

突然の感触に、アーミヤの肩が跳ねる。

熱が一気に頬に集まり、視線が泳いだ。

 

撫で方は不器用で、優しいというより「確かめる」ような動きだった。

 

「俺はさ。」

 

静かな声。

 

「確かに、お前に支えられてるぜ?」

アーミヤは、驚いたまま言葉を失う。

「何の記憶もない俺を、最初に目覚めさせたのはお前だ。」

「ここに俺を置いてくれたのも、お前だ。」

 

一つ一つ、事実を積み重ねるように語られる言葉。

それは、慰めでも励ましでもなく、揺るぎない認識だった。

 

「お前、前に言ったよな。」

レイヴンは手を離し、真正面からアーミヤを見る。

 

「『私からしたら、貴方はもうドクター』って。」

 

胸が、きゅっと締め付けられる。

「今でも俺のこと疑ってるオペレーターはいる。」

「それでも、お前は俺を信用してくれてるだろ?」

 

アーミヤは、小さく頷く。

 

「……俺は、その思いに応えるだけだ。」

一拍置いて、レイヴンは缶ジュースを一口飲む。

 

「それに、この力も手に入った。」

「これからも、よろしくな。アーミヤ。」

 

「……はい……!」

アーミヤの声は、少し震えていた。

だが、そこに迷いはない。

 

微笑みながら、しっかりと頷く。

 

「ドクター。」

「ん?」

レイヴンが振り返る。

「……無理は、しないでくださいね。」

それは、リーダーとしてではなく、一人の仲間としての言葉。

 

「その言葉――」

レイヴンは、少しだけ口角を上げる。

 

「そっくりそのまま、返してやるよ。」

 

夜風が、二人の間を静かに通り抜ける。

 

それぞれが抱えているものは重い。

それでも今は、互いに背中を預けられる。

 

そんな確かな感覚だけが、静かな夜の中に、確かに存在していた。





アーミヤがヒロインしてる……

ヒロインだった……
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