二期だす。
「………」
スカルシュレッダーとの戦いから、数日が過ぎていた。
時間だけは確かに流れている。
任務は終わり、龍門は表面上の平穏を取り戻し、ロドスの艦内もいつも通りの喧騒に戻っていた。
――けれど、その流れに、アーミヤだけが取り残されているようだった。
薄暗い部屋。
ベッドの上で、アーミヤは天井を見つめたまま、身動きもせずに横たわっている。
眠っているわけではない。
かといって、起きているという感覚も曖昧だった。
目を閉じると、あの光景が、何度でも蘇る。
貫いた感触。
驚きに歪んだ顔。
そして――力を失って崩れ落ちた身体。
(……私が……)
胸の奥が、じわじわと痛む。
鈍い圧迫感が、呼吸のたびに広がっていく。
(……私が、引き金を引いた……)
頭では分かっている。
あれは戦場だった。
あの一撃がなければ、レイヴンが斬られていたかもしれない。
それでも――
納得だけは、できなかった。
部屋の外、キッチンから微かに聞こえる物音。
レイヴンが、そこにいる。
彼がいてくれることは、分かっていた。
それだけで、少しだけ救われている自分がいることも。
それが、余計に苦しかった。
「元気出せって。」
キッチンの方から、レイヴンの声がする。
「……って言っても無理か……」
独り言のような呟き。
おにぎりを握る、かすかな音。
アーミヤは、何も答えられない。
言葉にすれば、何かが壊れてしまいそうだった。
「……私……人を……」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど、弱々しかった。
レイヴンの手が、一瞬止まる。
「……確かにびっくりしたよ。でも……助かった。」
事実を、淡々と告げる声。
慰めでも、否定でもない。
「正直俺、お前のことみくびってたよ。」
その言葉に、アーミヤの胸が小さく跳ねる。
「人を殺さないで平和にする……それは難しい。」
レイヴンは、続ける。
それは説教ではなく、誰かに言い聞かせるような――自分自身への言葉にも聞こえた。
「いざという時には、覚悟を決めて敵を殺す覚悟がある……」
アーミヤは、拳を握りしめる。
覚悟。
その言葉が、胸に突き刺さる。
自分は、本当に覚悟を持って引き金を引いたのか。
それとも、恐怖と焦りに押されただけだったのか。
「……でも、アーミヤ。」
レイヴンの声が、少しだけ柔らかくなる。
「お前は、お前らしくいてくれ。」
キッチンから、足音。
皿に、おにぎりが二つ乗せられる音。
「お前がそうなるのは……嫌だからな。」
その言葉は、命令でも、慰めでもない。
ただの…"願い"だった。
「……作っといたから。気が向いたら食べろよ。」
レイヴンは部屋を出ようとして――
一度、足を止めてアーミヤを振り返る。
「……ドクター……私……」
声が、震える。
「ん?」
「……あの人を……救えたんじゃないかなって……」
言葉にした瞬間、胸の奥に溜め込んでいた感情が、溢れそうになる。
「……そうだな。」
レイヴンは、少し考えてから答えた。
「運が無かったんだ。言い方は悪いと思うけどな。」
それは、残酷なほど現実的な答えだった。
けれど、逃げなかった言葉でもあった。
「……」
アーミヤは、何も言えない。
正解が欲しかったわけじゃない。
許されたかったわけでもない。
ただ――
この重さを、どう抱えればいいのか分からなかっただけだ。
レイヴンはそれ以上、何も言わず、部屋を後にする。
扉が閉まる音が、静かに響いた。
残された部屋で、アーミヤはゆっくりと体を起こし、皿の上のおにぎりを見る。
湯気は、もうほとんど立っていない。
それでも――
手を伸ばす。
震える指で、おにぎりを掴む。
(……忘れちゃ、いけない……)
(……でも……)
涙が、ひとしずく落ちた。
アーミヤはそれを拭わず、静かに、噛み締めるように口に運んだ。
レイヴンは部屋を出た直後、思わず足を止め、深く溜息を吐いた。
胸の奥に溜まった空気を、無理やり外に押し出すような呼吸。
それでも、軽くなる感じはしない。
「……ああいう声の掛け方で、良かったのかな……」
独り言は、誰に届くでもなく通路に溶けていく。
正解なんて分からない。
人を殺した――その事実を背負った相手に、どんな言葉をかければいいのか。
慰めれば嘘になる。
叱れば、壊してしまう。
だから、ああ言うしかなかった。
それでも――胸のどこかが、ずっと引っかかっている。
レイヴンはロドスの通路を歩きながら、何度もアーミヤの顔を思い出していた。
泣かなかった顔。
無理に押し殺した声。
――そして、あの小さな背中。
(……くそ……)
自分は、誰かを導けるような人間じゃない。
戦って、殴って、壊すことしかできない。
そんな自分が、彼女の隣に立っていいのか――
答えは出ないまま、足だけが前に進む。
「……ドクター。」
不意に掛けられた声に、レイヴンの肩がわずかに跳ねた。
「……!」
顔を上げると、そこにはケルシーが立っていた。
白衣姿、冷静な眼差し。
そこにいるだけで、空気が引き締まる。
「こうして話すのは、初めてだな。」
「……だな。」
短い返事。
それ以上、言葉は続かなかった。
二人は通路の途中にある広間に腰を下ろす。
静かな空間に、コーヒーの香りが漂っていた。
「……アーミヤの方は?」
ケルシーの問いは、淡々としている。
だが、その奥にある感情を、レイヴンは何となく察していた。
「駄目だ。あの様子じゃ……しばらく出ないぞ。」
事実だけを、短く告げる。
「……そうか。」
ケルシーは目を伏せ、少しだけ間を置いてから言った。
「……アーミヤは強い子だ。」
その言葉に、迷いはない。
「だが……どんなに強いものも……必ず壊れる時がある。」
その一言は、まるで予言のように重かった。
レイヴンは黙って、机に置かれたコーヒーを手に取る。
一口含んだ瞬間、顔をしかめ――すぐにカップを置き、代わりに取り出したコーラを開け、一気に喉へ流し込む。
炭酸の刺激が、頭を少しだけ冷やした。
「君には……アーミヤはどんな風に見えた?」
ケルシーの視線が向けられる。
「俺に聞くなよ。」
レイヴンは肩を竦める。
「今、考えてんだから。」
立ち上がり、ケルシーの横に立つ。
座っていると、押し潰されそうだった。
「……君は、これからもアーミヤの側に居ろ。」
ケルシーの声は低く、だが揺るがない。
「……あの子を支えてやってくれ。」
それは命令ではない。
だが、拒否という選択肢も存在しなかった。
「はいよ。」
レイヴンは軽く答え、コーラをもう一口飲む。
軽口に見せなければ、覚悟が露骨になりすぎる。
「それと……」
ケルシーは言葉を継ぐ。
「アーミヤの指輪に変化があったら、すぐに報告しろ。」
その瞬間、レイヴンの脳裏に浮かんだのは――
アーミヤの指に嵌められた、複数の指輪。
全ての指に、等しく存在する異様さ。
そして時折、まるで存在が揺らぐように、消えかける光景。
「そんなの報告して、どうなんだよ。」
レイヴンは本音を漏らす。
「アーミヤの身体に関わる、重要な事だ。」
ケルシーの声は、鋭くなった。
「……いいな?」
圧が、空気を震わせる。
レイヴンは一瞬、背筋に冷たいものを感じ――
それでも、ゆっくりと頷いた。
「……了解。」
窓の向こうに視線を移すと、
外はいつの間にか、雨に包まれていた。
「……雨か……」
レイヴンはそう呟く。
アーミヤの心の中も、きっと――今は、こんな天気なのだろう。
そして、自分はその隣で、濡れないように傘を差し出せる人間でありたいと、心の奥で静かに願っていた。
…………………
その頃、アーミヤは一人、雨の降りしきるスラムを歩いていた。
舗装の剥がれた道に、水たまりがいくつもできている。
足を進めるたび、ぴちゃり、と鈍い音が響く。
冷たい雨粒が、フードも差さない頭上から容赦なく落ちてきていた。
それでも、止まる気にはなれなかった。
「……私……どうすれば……」
声は雨音に掻き消され、誰の耳にも届かない。
胸の奥に沈んだままの感情が、言葉になりきれず、喉の奥で絡まる。
――あの瞬間。
確かに、自分の手で、人を殺した。
正しい判断だったのか。
必要な犠牲だったのか。
頭では理解しようとしても、心が追いつかない。
(私は……ロドスのリーダーなのに……)
視線を上げた、その先。
薄暗い路地の入口に、一つだけ異質な影があった。
赤い傘。
余裕のある立ち姿。
「は〜い。」
軽い調子の声。
そこに立っていたのは、Wだった。
「………」
反射的に身構えるべきなのに、身体が動かない。
ただ、視線だけが向いた。
「………何よ。いつもみたいに警戒しなさいよ。」
そう言いながら、Wは傘を差したまま、ぱしゃぱしゃと水たまりを踏み越えて近づいてくる。
「……アンタ、そんな悩んでていいの?」
覗き込むような視線。
だが、嘲りきれない色が混じっている。
「一応、ロドスのリーダーなんでしょ?」
その言葉が、胸に刺さった。
「……」
アーミヤは、何も言えず、顔を伏せた。
雨が、視界を滲ませる。
「そんなんじゃ――」
Wは、少し間を置いてから、続ける。
「――あのバカドクターを、支えてらんないわよ?」
「……ドクターを……? 私が……?」
思わず、声が漏れる。
自分が、支える側?
守られる存在ではなく?
「あのドクター……」
Wは肩をすくめる。
「確かに記憶は無くしてるけど……アンタのこと、相当信用してるみたいね。」
その言葉に、胸の奥が、きゅっと締め付けられた。
「アンタが居なかったら……」
Wは、わざとらしく視線を逸らす。
「アイツ、どうなるのかしらね?」
答えは、言わない。
言わなくても、伝わるから。
Wはアーミヤの手を取り、強引に何かを握らせた。
一本のキャンディ。
そして、傘。
「……」
「それじゃあ……またね……?」
いつものように軽い口調。
けれど、その背中は、どこか雨よりも冷たく、寂しげに見えた。
Wは振り返らず、そのまま路地の奥へと消えていく。
赤い傘だけが、一瞬、闇の中で揺れた。
アーミヤは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて、そっと傘を開く。
雨音が、少しだけ和らいだ。
「……私に……出来る事……」
キャンディを握りしめながら、空を見上げる。
灰色の雲に覆われた空。
それでも、どこかで、雨は止むはずだと――そんな、かすかな希望。
守られるだけではなく、誰かを支える存在になる。
その覚悟が、今、胸の中で、静かに芽生え始めていた。
………………
そして夜頃、アーミヤはロドスへ戻ってきた。
通路の照明は落とされ、基地全体が静かな眠りに入ろうとしている時間帯だった。
足音を忍ばせるように歩き、外に面した小さな休憩スペースへと出る。
そこには、予想通りの人物がいた。
「あ……ドクター。」
ベンチに腰掛け、夜風に当たりながら空を見上げていたレイヴンが、軽く手を上げる。
「よ。」
それだけの短いやり取り。
だが、それだけで胸の奥に溜まっていた緊張が、少しだけほどけた。
アーミヤも隣のベンチに腰を下ろす。
二人の間に、言葉はない。
それぞれの手には、すぐ横の自販機で買ったのだろう缶ジュース。
開けられた形跡はあるのに、どちらもほとんど口をつけていない。
沈黙が、夜の空気に溶けていく。
気まずさというより、互いに「今は急がなくていい」と分かっている沈黙だった。
やがて、アーミヤが意を決したように口を開く。
「……今日、Wに会ったんです。」
一瞬だけ、レイヴンの視線がこちらに向く。
「なんて言ってた?」
それ以上は聞かない。
促すだけの、穏やかな声。
「私が……ドクターを支える側だって……」
言葉にした瞬間、胸の奥が少し痛んだ。
自分に、そんな役目が務まるのかという不安が、まだ消えていない。
「………」
「おかしいですよね……こんな事、言われるなんて。」
自嘲気味な声。
だが、それを否定するように、レイヴンは何も言わず立ち上がる。
そして――
ごく自然に、アーミヤの頭に手を置いた。
「……っ」
突然の感触に、アーミヤの肩が跳ねる。
熱が一気に頬に集まり、視線が泳いだ。
撫で方は不器用で、優しいというより「確かめる」ような動きだった。
「俺はさ。」
静かな声。
「確かに、お前に支えられてるぜ?」
アーミヤは、驚いたまま言葉を失う。
「何の記憶もない俺を、最初に目覚めさせたのはお前だ。」
「ここに俺を置いてくれたのも、お前だ。」
一つ一つ、事実を積み重ねるように語られる言葉。
それは、慰めでも励ましでもなく、揺るぎない認識だった。
「お前、前に言ったよな。」
レイヴンは手を離し、真正面からアーミヤを見る。
「『私からしたら、貴方はもうドクター』って。」
胸が、きゅっと締め付けられる。
「今でも俺のこと疑ってるオペレーターはいる。」
「それでも、お前は俺を信用してくれてるだろ?」
アーミヤは、小さく頷く。
「……俺は、その思いに応えるだけだ。」
一拍置いて、レイヴンは缶ジュースを一口飲む。
「それに、この力も手に入った。」
「これからも、よろしくな。アーミヤ。」
「……はい……!」
アーミヤの声は、少し震えていた。
だが、そこに迷いはない。
微笑みながら、しっかりと頷く。
「ドクター。」
「ん?」
レイヴンが振り返る。
「……無理は、しないでくださいね。」
それは、リーダーとしてではなく、一人の仲間としての言葉。
「その言葉――」
レイヴンは、少しだけ口角を上げる。
「そっくりそのまま、返してやるよ。」
夜風が、二人の間を静かに通り抜ける。
それぞれが抱えているものは重い。
それでも今は、互いに背中を預けられる。
そんな確かな感覚だけが、静かな夜の中に、確かに存在していた。
アーミヤがヒロインしてる……
ヒロインだった……
次に書いて欲しいキャラストーリー
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アーミヤ
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ケルシー
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ロスモンティス
-
フロストノヴァ
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Mon3tr