「……スノーデビル小隊……」
フロストリーフは唇を噛みしめ、視線を逸らさぬまま呟いた。
額には、はっきりと冷や汗が浮かんでいる。
その反応だけで、状況の深刻さは十分に伝わった。
「……よし。すぐ撤退しましょう。」
「ここは危険です。正面から当たる相手じゃありません。」
即断だった。
フロストリーフの声には迷いがなく、切迫した危機感だけがあった。
「は、はい!」
ジェシカが慌てて頷き、メテオリーテと連携して発煙筒を地面へ投げる。
次の瞬間、白煙が広がり、視界が一気に遮断された。
「チッ……!」
レイヴンは一歩踏み出し、スタングレネードを地面に叩きつける。
――閃光。
爆ぜるような白光と衝撃音が、広間を支配した。
煙と光が混ざり合い、空間そのものが歪んだように錯覚する。
その隙を逃さず、一同は走った。
「……逃げたか……」
煙の向こうで、ファウストが静かに呟く。
「まあいいさ…」
「あのうさぎ共は、フロストノヴァに任せるよ。」
皮肉交じりの声でそう言い、ちらりと隣を見る。
「……あ、君も“うさぎ”だったね?」
淡々と告げられたその言葉に、空気が一瞬、張り詰めた。
「……遂に、動物以下に成り下がったようだな…?」
低く、感情のない声。
「……あ?」
ファウストが僅かに眉を動かすが、それ以上は言わない。
フロストノヴァも、何も返さなかった。
ただ、冷たい視線が一瞬だけファウストを掠めた。
その頃――。
レイヴン達は、近くの崩れかけた建物の内部に身を潜めていた。
「……ん?」
レイヴンはシールドブーメランを構え、違和感に眉をひそめる。
展開しようとしたエネルギーフィールドが、鈍い反応を示した。
出力が安定しない。
「……マジかよ」
舌打ちを一つ。
寒さのせいか、それとも――あの女の影響か。
「バ、バレたりしませんかね……」
ジェシカが小さく声を震わせながら、割れた窓の隙間から外を覗く。
外には、今のところ人影はない。
静かすぎるほどだ。
「……アーミヤ」
「はい?」
レイヴンは視線を落としたまま、ぽつりと言う。
「……あの白髪の女……フロストノヴァ、だったな?」
「なんか……強そうだった…」
「……そうですね。」
アーミヤは否定しなかった。
むしろ、その言葉を噛み締めるように頷く。
「……なんか……」
レイヴンは言葉を探すように口を開くが、そこで止まる。
――ただ強い、だけじゃない。
――“嫌な予感”が、妙に残る。
その空気を切り替えるように、メテオリーテが外を確認した。
「……今のうちに動いた方がよさそうね、長居は無用よ。」
「そうだな。気を抜くなよ?」
フロストリーフも即座に同意する。
「ふええ……い、急いで行きましょう……!」
ジェシカの声を合図に、一同は建物を後にした。
凍りつく空気を裂くように、走る。
背後に、確実に“追われている何か”を感じながら。
レイヴンは走りながら、胸の奥に残る感覚を振り払えずにいた。
(……あの目……)
ただの敵じゃない。
ただの戦闘じゃ終わらない。
――そんな予感だけが、冷たく残っていた。
――その瞬間。
背後から、刺すような寒気が襲いかかった。
空気が、殺意そのものに変わる。
「……っ!」
レイヴンの吐息が白く凍り、肌が粟立つ。
「もう来たのか!?」
振り返った視界の先で、地面から氷の結晶が音もなく成長していく。
触れる前から分かる。
これはただの冷気じゃない――殺すための氷だ。
「……くそっ」
レイヴンは即座に判断する。
「しんがりは俺がやる!」
「先に行け!」
リコイルロッドを構え、地面を蹴った。
「ドクター!」
アーミヤの声が背中に突き刺さる。
「気にするな!」
振り返らない。
今振り返ったら、足が止まる。
(……今の実力で、どこまでやれる?)
自問と同時に、氷の靴音が近づいてきた。
白い息の向こうから、スノーデビル小隊が静かに進軍してくる。
そして、その中心。
白髪の少女が一歩前に出た。
「……ほう」
「お前が、“ドクター”とやらか」
淡々とした声。
怒りも、嘲りもない。ただ事実を確認するだけの眼。
「そうだ!」
レイヴンは真正面から睨み返す。
「……指揮官の身でありながら、自ら囮になるとはな」
フロストノヴァの視線が、刃のように細まる。
「……愚かだ」
「生憎な…」
レイヴンは不敵に笑った。
「俺はもう、バカになっちまっててな」
「その代わり――戦えんだよ!」
踏み込み。
リコイルロッドにエネルギーをチャージし、一気に突き出す。
重い衝撃音。
だが、刃先は分厚い氷壁に阻まれた。
「……チッ」
手に伝わる感触が、異常な硬度を告げている。
「硬ぇな……!」
次の瞬間――
背後から、アーツの光と矢が飛来する。
「……ドクター!」
「脱出が最優先です!」
アーミヤの必死な声。
「そんな暇ねぇっての!」
レイヴンは叫び返しながら、氷壁を蹴って距離を取る。
「相手がしてくれねぇんだからよ!」
その声を聞いたアーミヤは、歯を食いしばった。
理解している。
――止めても、彼は止まらない。
その時。
スノーデビル小隊の構成員たちが、一斉に動いた。
無機質な刃、冷気を纏ったアーツ、無言の突撃。
「来い……!」
レイヴンは双剣に持ち替え、迎え撃つ。
――斬撃。
――回転。
――叩き落とし。
次々と、構成員が地面に沈んでいく。
動きに無駄がない。
力任せではなく、純粋な戦闘技術。
その光景を、フロストノヴァは静かに見つめていた。
「…………」
そして、小さく息を吐く。
「……ジェスターが言っていた通りだな。」
彼女の視線が、レイヴンを捉える。
「……まるで――」
氷の世界の中で、ただ一人、熱を放つ存在。
「破壊神だな……」
フロストノヴァが放った氷のアーツが、空気を裂いて迫る。
だが――
「遅い!」
レイヴンは大剣を一閃。
金属音とともに、氷の塊は真横に弾き飛ばされ、壁に激突して砕け散った。
「……っ!?」
スノーデビル小隊がどよめく。
「アイツ……姐さんのアーツを……!」
「冗談だろ……!」
フロストノヴァは一瞬だけ目を細めたが、すぐに首を振る。
「落ち着け。……まだだ。」
一歩、前に出る。
そして――深く、静かに呼吸を整えた。
「……?」
レイヴンが違和感を覚える。
「……歌?」
フロストノヴァは、低く、淡々とした旋律を口ずさみ始めた。
それは戦場にはあまりにも不釣り合いで、だが――
次の瞬間。
――キィン。
空気が鳴った。
「……っ!?」
周囲の温度が、異常な速度で低下していく。
吐く息が白くなるどころではない。
足元の地面、壁、瓦礫――すべてが一斉に凍りつき始める。
フロストノヴァの周囲だけ、世界が別物に変わっていく。
「アーツの……詠唱!?」
フロストノヴァの掌に、小さな岩が形成される。
だがそれは、ただの石ではない。
表面を覆うのは、死そのものの冷気。
「……避けろ!!」
レイヴンの叫びと同時に、氷塊が放たれた。
ギリギリでかわすレイヴン達。
だが――
直撃した背後の建物は、一瞬で氷像と化し、次の瞬間には――
音を立てて粉砕された。
「……と、とんでもないですね……」
言葉を失うジェシカ。
「ドクター!私の後ろに――」
アーミヤが叫びかけた、その瞬間。
「――いや…」
レイヴンは一歩前に出る。
「前は俺だ!」
シールドブーメランを展開。
だが、降り注ぐ氷の欠片の一部が防ぎきれず、肩と脇腹を掠めた。
「ぐっ……!」
血が滲む。
冷気で痛覚が鈍る分、ダメージが遅れて押し寄せる。
それでも――
レイヴンは歯を食いしばり、連続するアーツを必死に防ぎ続ける。
そして。
攻撃が一瞬、止んだ。
それと同時に、シールドブーメランから火花が飛び散る。
レイヴンは低く呟き…
「ゆ、誘爆するッ!!?」
シールドブーメランを空中に放り捨て、爆発。
衝撃波が冷気を押し返し、視界を白く染める。
「……?」
フロストノヴァが眉をひそめる。
「……冷気が……」
再びアーツを形成しようとした、その時。
「――!?」
「……あれ……?」
アーミヤのアーツが、別方向に引き寄せられていく。
スノーデビル小隊のアーツも同様だった。
「……吸われてる……?」
全員の視線が、同時に一つの方向へ向く。
そこに立っていたのは――
謎のローブを纏った男。
手には、古めかしい碑文と、アーツを強制的に吸収していると思しき機械装置。
「……あれは……」
フロストリーフが息を呑む。
「碑文……!?」
「なんで、こんな所に……!」
その瞬間。
「……っ、ぐ……!」
レイヴンの膝が、地面についた。
「ドクター!?」
先程受けたダメージが、ここに来て一気に噴き出す。
傷口を押さえ、荒く息を吐く。
(……チッ……思った以上に……)
「でも、今がチャンス!」
メテオリーテの声と同時に、爆弾矢が地面へ突き立つ。
次の瞬間、轟音と衝撃が走り、視界は粉塵と炎に包まれた。
その混乱を利用して、アーミヤ達は一斉に退却する。
背後で何が起きているかを振り返る余裕はない。ただ――
"今逃げなければ、誰かが死ぬ"
その事実だけが、彼女の足を前へ前へと動かしていた。
同時に、
あの謎のローブの男も、煙の中へと溶けるように姿を消していた。
………………………
「……潮時、か……」
フロストノヴァは静かに呟き、武器を下ろす。
氷で覆われた世界が、わずかに緩む。
「……けほっ……けほっ……」
喉を押さえ、苦しそうに咳き込む。
「姐さん!大丈夫ですか!?」
部下が駆け寄る。
その声には、恐怖と焦りが滲んでいた。
「……だ、大丈夫だ……」
そう答えながらも、フロストノヴァの呼吸は荒い。
体の奥が軋む感覚。
アーツを使うたびに、自分の寿命を削っているという事実が、否応なく実感させられる。
「姐さんのアーツはただでさえ負担が大きいんです……無理は……」
「……分かってる…」
フロストノヴァは目を伏せる。
「……分かってる…つもりさ…」
………………………
その頃。
レイヴン達は近くの建物へと身を隠し、ようやく一息ついていた。
「はい、これでオッケー!」
「……サンキュー」
レイヴンは壁にもたれながら、メテオリーテに包帯を巻いてもらっている。
血の匂いと、消えきらない冷気が混ざった空間。
「それにしても……無茶するね。」
フロストリーフはレイヴンを見ながら、半ば呆れたように言う。
「メンテ不足のシールドブーメランで、私達全員を守るなんて…」
「……だ、大丈夫なんですか?」
ジェシカの声は小さく、震えていた。
「結構……直撃してましたよ……」
「気にすんな。」
レイヴンは軽く笑ってみせる。
「これくらい、平気だ。」
だが、その声に力はない。
呼吸の奥に、痛みが絡みつく。
そして――
アーミヤは、何も言えずに俯いていた。
(……本当なら)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
(私が、守らなきゃいけなかったのに)
CEO。
ロドスのリーダー。
そう名乗りながら、結局――
彼女は、誰かに守られてばかりだ。
その時。
「……」
通信が入った音で、レイヴンが顔を上げる。
「テディス。どうした?」
『ドクター!大変です!龍門が襲撃されました!』
「……やっぱり、か……!」
嫌な予感が、最悪の形で的中する。
「分かった。すぐ行く。」
間髪入れず、次の通信。
「ケルシー!ヘリを手配しろ!」
『ドクター、話を――』
「急いでくれ。時間が無い。」
一切の躊躇もなく、命令を投げる。
「リバーサーも持って来てくれ。」
『…………分かった』
通信が切れる。
レイヴンは立ち上がり、外を見た。
丁度晴れる途中の空。
戦場へ向かう色をしている。
「ドクター、私たち先に外に出ておくわ。」
「だから、早く来てくださいね!」
メテオリーテ達は走り出し、着陸地点を探しに行く。
「……よし…アーミヤ、俺達も――」
そう言いかけた、その時。
服の裾が、ぎゅっと掴まれた。
「……どうした?」
振り返ると、そこにはアーミヤがいた。
目を伏せ、唇を噛みしめている。
「……ドクターは……どうして、そこまでできるんですか……」
声が、かすれる。
「私達は……ドクターを守る側です……」
「守らなきゃ、いけない立場なんです……」
言葉を重ねるたびに、胸の奥が痛む。
「なのに……私達を庇って、怪我をして……」
アーミヤは、顔を上げる。
「ドクター……」
その瞳には、自責と不安と、どうしようもない無力感が渦巻いていた。
「……私じゃ……」
小さく、震える声。
「力不足、ですか……?」
沈黙。
数秒――いや、もっと長く感じた一瞬。
そして。
「……別に」
レイヴンは、静かに言った。
「俺が、やりたくてやっただけだ。」その言葉は軽かった。
…………………
その頃――
テディス達は、郊外の高台から炎に包まれた龍門を見下ろしていた。
夜空を裂くように立ち昇る黒煙。
無数の火点が、街そのものが悲鳴を上げているかのように揺れている。
「……隊長……」
テディスの声は、無意識のうちに震えていた。
冗談半分で「大丈夫ですよ!」と言ってきたいつもの調子は、もうそこにはない。
「あれは……本当に、龍門なんですか……」
問いではなく、確認だった。
否定してほしかった。
だが――
「テディス…」
チェンは短く、しかし強く言い切る。
「すぐに他のメンバーを集めろ…分散している部隊をかき集める。」
視線は炎から逸らさない。
見ていなければ、判断を誤る。
それが彼女のやり方だった。
「……はい!」
テディスは即座に応じ、踵を返す。
だが、その瞬間だった。
乾いた破裂音。
空気を切り裂く、殺意の音。
チェンの背後――
死角から、弾丸が飛来していた。
(――――っ!!)
テディスの視界が、一瞬で狭まる。
考えるより早く、体が動いていた。
「危なぁぁぁぁい!!」
次の瞬間。
鈍い衝撃が、背中を貫いた。
「――いっ……!」
息が、肺から強制的に吐き出される。
熱い。
焼けるような痛み。
だが、テディスにはチェンの無事な姿が、視界の端に映った。
それだけで、十分だった。
「テディス……!?」
チェンの声が聞こえる。
だが、音が遠い。
世界が、ぐにゃりと歪む。
膝が崩れ、地面に倒れ込む。
(……いってぇ…)
体が、思うように動かない。
背中の感覚が、急速に失われていく。
そして。
テディスの体は、完全に力を失い、地面に横たわった。
どうやら――気絶しているようだった。
だが、その場に残された血の跡が、彼が確かに“守った”という事実を、無言で証明していた。
チェンは、その光景を前に――
一瞬だけ、動けなくなっていた。
最初「曇らせタグ要らないかなぁ」と思ってたけどなんか要らない訳ないよねってなった。