〜テディス視点.
「……はっ!」
息を吸い込んだ瞬間、肺が少しだけ痛んだ。
反射的に体を起こそうとして、天井が視界いっぱいに広がる。
「……ここは……?」
白い。
見慣れない照明。
微かに消毒薬の匂い。
――医療室だ。
そう理解した途端、記憶が一気に蘇る。
炎に包まれた龍門。
乾いた発砲音。
背中に走った、焼けるような衝撃。
(俺、撃たれてたな…)
無意識に背中へ手を伸ばす。
包帯の感触が指に触れ、現実感が戻ってきた。
その時、天井スピーカーから淡々としたアナウンスが流れる。
『現在、ウルサスの廃棄都市に取り残された部隊の回収部隊の編成を行う為――』
機械的な声。
だが、その内容は重い。
『行動予備隊A1、A4のメンバーは至急救援に向かってください』
「……ロドス……?」
龍門じゃない。
ここは――ロドスの医療施設だ。
「目が覚めましたか?」
少し落ち着いた、聞き覚えのある声。
顔を向けると、白衣姿のアンセルがこちらを覗き込んでいた。
「あ……アンセル君……?」
「ええ。近衛兵の隊長さんが、あなたをここまで運んできたんですよ」
その言葉に、胸の奥が小さく跳ねた。
(……隊長……)
「後で、きちんと感謝を伝えることをお勧めします」
「は、はあ……」
返事はしたものの、頭の中は別のことでいっぱいだった。
「……それより、隊長は?」
声が少しだけ早まる。
嫌な予感がしていた。
「現在は龍門へ向かっています。任務があるとのことで」
「――っ!」
考えるより先に体が動いた。
俺は勢いよくベッドから起き上がり、上着に手を伸ばす。
「あれ?動くなって言わないんですか?」
「大丈夫です」
アンセルの声は意外なほど落ち着いていた。
「あなたの怪我は軽症です。入院の必要もありませんよ。」
「え!?」
一瞬、間が抜ける。
「え、マジで?」
「ええ。銃創としてはかなり浅い。運が良かったですね。」
「……」
俺は自分の体を見下ろす。
(……俺、そんなに頑丈だったのか……?)
そういえば――
子供の頃、軽トラに轢かれた時も、壊れたのは軽トラの方だった。
(……やっぱ俺、頑丈だな!?)
思わず口元が緩む。
(やったね俺!近衛局向きじゃん!)
「……?」
アンセルが少し不思議そうな顔をするが、気にしない。
その時。
「そういえば…」
アンセルが棚から何かを取り出した。
「ロドスから、こちらを預かっています。」
「ん?」
差し出されたのは――
見覚えのある装備。
「……シールドブーメラン?」
俺は目を瞬かせる。
「ドクターが、あなたに渡したいと」
「…………」
一瞬、言葉が詰まる。
(……ドクター……)
あの人、絶対こういうの直接渡さないタイプだ。
なのに、わざわざ――
(……ツンデレか?)
「……ふーん…」
そっけなく受け取りながら、胸の奥がじんわり温かくなる。
(使えって事だよな。よし!)
「じゃ、行ってきます!」
「え、ちょ――」
アンセルの制止を背に、俺は格納庫に向かってバギーに飛び乗った。
目指すは――
燃えている龍門。
(待っててください、隊長!)
(今、行きますよ!)
エンジンを吹かし、アクセルを踏み込む。
――数秒後。
「………………」
……あ…俺、無免許だった……
風を切るバギーの上で、俺は現実逃避するように、空を見上げた。
(……まあ、今さらだよな!)
そう自分に言い聞かせながら、俺は龍門へ向かって走り続けた。
気付けば、空の色が変わっていた。
濃い夜の青が薄まり、白みがかった朝の色へと滲んでいく。
「……くっ……もう朝か……」
徹夜同然の体は正直で、全身が重い。
それでも、立ち止まる訳にはいかなかった。
(……みんなは……どうなってんだ……?)
頭をよぎるのは、燃える龍門の光景と、撃たれた時の感触。
そして――チェン隊長の背中。
「……」
俺は通信端末を確認し、レーダーを展開する。
反応は――ビル街の一角。
「……あそこか」
余計な事を考える暇は無い。
シールドブーメランを握り直し、助走を付ける。
投擲。
ブーメランが回転しながら飛び、遮蔽物の向こうで何かを弾く音がした瞬間――
俺は跳んだ。
空中で一瞬、無重力の感覚。
次の瞬間、ビルの縁に手を掛け、体を引き上げる。
「隊長!!」
声を張り上げると、振り返ったチェンの顔が一瞬、凍りついた。
「……テディス!?」
その驚きが、無事を証明しているようで、胸の奥が少し軽くなる。
だが――
視線を前に向けた瞬間、空気が変わった。
黒装束の男達。
三人。
揃ってこちらを向き、無言で間合いを詰める。
『……準要注意人物を確認。速やかに排除を――』
通信音。
(……俺?)
一瞬だけそう思ったが、考えるより早く、彼らは動いた。
剣が振り下ろされる。
「っ……!」
反射的に小剣を二本抜き、前に出る。
一人目。
蹴り飛ばす感触が足裏に伝わる。
空中で体勢を崩した瞬間を逃さず、剣を投擲。
――鈍い音。
胸部に、二本同時に突き刺さった。
「テディス!」
隊長の声が聞こえる。
だが、止まれない。
次の瞬間、横合いから飛来する剣。
(……早い!)
だが、それよりも早く――
「ふっ!」
シールドブーメランを投げる。
二人目の動きが一瞬止まった、その隙に距離を詰め、頭部へ突き刺す。
三人目。
振り下ろされる剣を回し蹴りで弾き、間合いに入る。
――刺突。
短い戦闘だった。
あまりにも。
黒装束の男達は、その場で動かなくなった。
「……」
息を整えながら、剣を収める。
「……テディス……」
チェン隊長の声が、少し震えている。
「大丈夫ですよ。なんともないそうです」
自分でも驚くほど、軽い声が出た。
「……そうか……」
その瞬間。
ぎゅっと、強く抱きしめられた。
「……よかった……」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
体温。
腕の力。
胸に伝わる、微かな震え。
(……え……?)
頬が一気に熱くなるのが分かる。
(ちょ……ちょっと待って……!?)
思わず、抱き返そうと腕を動かした――その瞬間。
すっと、離れる。
「……」
いつもの、凛とした隊長の顔。
(……今の……気のせい……?)
頭が追いつかない。
「……それより……コイツらは?」
話題を変えるように、俺は倒れた黒装束を見る。
「分からん。」
チェン隊長は表情を硬くした。
「だが……感染者を無差別に殺しているようだ」
「……」
嫌な予感が、背中を撫でる。
「……何かが……始まろうとしてるんだ……」
言葉にした瞬間、それが確信に変わった。
…………………
〜三人称視点.
「……やられたか……」
龍門の別のビル街。
屋上に立つ一人の女性が、淡々と呟く。
鼠の耳。
白みがかった髪。
リン・ユーシャ――
龍門裏社会を束ねる“鼠王”の娘。
黒装束の部隊の一人が、彼女に報告する。
「……奴によって、三人やられました……」
「……」
リンは静かにスマホを取り出す。
「彼を龍門に入隊させたウェイの責任ね」
画面を操作しながら、短く息を吐く。
『以下の人物には、十分警戒するよう通達する』
画面に表示される名前。
――レイヴン:要注意対象
――ジェスター:要注意対象
――テディス:準要注意対象
――デューク:準要注意対象
「……」
リンは画面を見つめたまま、静かに考える。
「……上層部が、ここまで警戒を要求するほどの危険人物……」
以前、スラムで見かけた光景を思い出す。
どこにでもいそうな、少し無鉄砲な若者。
「……特別な危険性は見えなかった筈だけど……」
だが。
「……あの部隊を、あれほど短時間で制圧する実力……」
視線を上げ、龍門の街を見渡す。
「……まだ、油断は出来ないわね」
その頃――
テディス達は、拘束したレユニオンの残党を背後に置きながら、黒装束の部隊と激しく交戦していた。
「っ……強すぎる……!」
黒装束が、苦悶と恐怖を混ぜた声を漏らす。
その言葉通り、テディスは止まらなかった。
剣を振るい、蹴りを叩き込み、投擲で間合いを制する。
黒装束は一人、また一人と地に伏していく。
「……お前達の目的は何だ!」
返り血を払う暇もなく、テディスは叫んだ。
倒れ際、黒装束の一人が淡々と――
まるで“決まった文言”を読み上げるかのように答える。
「……お前の存在が……この龍門はおろか……世界の害となる……」
息が詰まる。
「……よって……排除対象に指定されている……」
「……そんな覚えはない!」
叫ぶと同時に、テディスはさらに踏み込む。
反論する暇など与えない。
一方――
「……くっ……!」
チェンもまた、迫り来る敵を蹴散らしていた。
身体の各所から源石が露出したレユニオンの部隊。
「……アーツ……それもメフィストの……」
常軌を逸した動き。
だが、それでも斬り伏せる。
「……しかし……数が多い……」
テディスは息を整えながら、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「そんなに俺が嫌いかよ……」
その瞬間。
「――排除……!」
黒装束の新たな部隊が前に出る。
クロスボウを構え、一斉に狙いを定める。
「斉射!」
「――っ!?」
次の瞬間、爆発。
衝撃と熱風が同時に叩き付けられ、テディスとチェンは吹き飛ばされた。
視界が回転する中――
金属音が響く。
地面に転がる、赤い鞘。
「……っ、隊長……!」
テディスは体を起こそうとするが、周囲を黒装束が完全に包囲していた。
「……くそ……」
武器を抜く余裕すらない。
数、距離、体勢――すべてが不利。
その時。
テディスの視線が、地面に落ちた剣へと吸い寄せられる。
"赤霄"
(……やるしか……ない……!)
迷いは一瞬。
テディスは剣を掴み、鞘から引き抜こうとする。
「――ッ……!!」
剣が、拒む。
「テディス!無茶をするな!赤霄は……私でも完全には抜けな――」
その言葉は、途中で途切れた。
「おおおおおおおおっ……!!」
テディスの身体から、光が溢れ出す。
白く、しかしどこか赤みを帯びた光。
それは爆発では無かった。
服が変質し、輪郭が揺らぐ。
空気が歪み、周囲の源石が共鳴するように震える。
黒装束達は思わず目を覆った。
「……な、何だ……」
そして――
赤霄が、完全に抜かれた。
テディスは一歩踏み込み、刃を天へと斬り上げる。
――瞬間。
凄まじいアーツの衝撃波が放たれた。
視界が白く染まり、次の瞬間、黒装束達は存在ごと吹き飛ばされた。
………否
吹き飛ばされたのではない。
消えた。
衝撃波はなおも止まらず、郊外へと走り、最後には巨大な爆発となって炸裂した。
静寂。
「……はあ……はあ……はあ……」
テディスは膝に手を付き、激しく息を吐く。
全身から、力が抜けていく。
「……あ、悪魔だ……!」
かろうじて残った数名の黒装束が、震える声で呟く。
数百は居たはずの部隊。
今や、立っている者はほんの僅か。
恐怖が勝ったのか、彼らは何も言わず、その場から逃げ去った。
「……っ……」
テディスは膝をつく。
すぐに、駆け寄る足音。
「テディスッ!おい!大丈夫か!?」
「……な、なんとか……」
震える手で赤霄を鞘に納め、チェンへ返す。
「……とにかく、今は休め。私が肩を貸す」
「……ありがとうございます……」
そうして二人は、焼けた空気が漂うスラムを抜けていった。
背後では――
衝撃波の余熱が未だ残り、空気そのものが、微かに震え続けていた。
…………
その頃――
レイヴン達は、燃え残る龍門の通りを抜け、ついに市街中心部へと辿り着いていた。
瓦礫、煙、悲鳴の残響。
そして、倒れているレユニオンと――見慣れない黒装束の死体。
「……チッ……」
レイヴンは叩き潰した黒装束の頭から大剣を抜いて肩に担いで舌打ちする。
「コイツら……一体何者だ……?」
剣を構えながら、視線を走らせる。
動きは洗練され、無駄がない。
レユニオンとも、龍門の正規部隊とも違う。
「……何か……ドクターを狙っているような……」
その言葉に、空気が一瞬張り詰めた。
「……狙いが個人……しかもドクター?」
誰かが小さく息を呑む。
レイヴンの脳裏には“排除”、“要注意対象”という言葉がよぎる。
その時――
「――見つけたぞ!」
背後から、甲高い声。
「強そうな奴!!」
振り向いた瞬間、一人のレユニオンが飛び出してきた。
彼は、着ていた上着を乱暴に脱ぎ捨て、身軽な格好になる。
手には――鎌。
「……他の奴より強そうだな。」
青年は躊躇なく踏み込み、鎌を大きく振り下ろしてくる。
「誰だ!」
刃を弾きながら、レイヴンが問いかける。
青年は、やけに楽しそうに笑った。
「知りたいか?知りたいなら教えてやる!」
一拍置いて、胸を張る。
「俺は名もなき小市民!」
謎のポーズと共に名乗りを上げる青年。
一瞬の沈黙。
「――バッツ」
その名が告げられた直後だった。
轟音。
前方から、炎のアーツが飛来する。
「――っ!」
バッツが跳び退いた、その先。
「……あんた、しつこいね」
低く、気だるげな声。
振り返ると、青い髪、猫の耳を持つ女性が歩いてくる。
――ブレイズ。
ロドスのエリートオペレーター。
彼女が立っただけで、戦場の“温度”が変わった。
「せっかく名乗ってたのに!卑怯だぞ!!」
バッツが抗議するように叫ぶ。
「悪いわね」
ブレイズは肩をすくめ、チェーンソーを起動する。
唸りを上げる刃。
「私、そういう前口上聞くの、あんまり得意じゃないのよ!」
次の瞬間、激突。
火花、金属音、衝撃。
鎌とチェーンソーがぶつかり合う。
「……くっ……!」
バッツは歯を食いしばりながら、それでも笑っていた。
「お前も……強い奴だな!」
戦うこと自体を楽しんでいる。
その目は、とても澄んでいた。
バッツは一度距離を取り、背後に回り込んで飛び上がる。
その時。
「……おい、バッツ!」
同僚らしきレユニオンが叫ぶ。
「なんだよ!」
「フロストノヴァとスノーデビル小隊が来た!ここは撤退だ!」
その名に、レイヴン達の表情が一変する。
「はあ?」
バッツは心底不満そうに舌打ちした。
「折角いいところなんだぞ!悪いが、先に行ってくれ!」
そう言って、再びブレイズへ突っ込む。
「……やれやれ」
ブレイズは溜息をつく。
その間に――
「それより……聞いたか?スノーデビルだとよ」
レイヴンが低く言う。
「……野放しにはしておけませんね……」
アーミヤの声には、はっきりとした決意が滲んでいた。
「……行きましょう!」
「OK、アーミヤ!ここは任せて!」
ブレイズは、振り返らずに言い放つ。
「――この子、ちょっと遊び甲斐あるから!」
その言葉に、バッツが楽しそうに笑った。
「言うじゃねえか!」
レイヴン達は、バッツとブレイズの戦場を背にし、撤退するレユニオン――
そして、その先にいるであろうフロストノヴァとスノーデビル小隊を追って走り出した。
テディス、赤霄使えるのか…