「来たな、ロドス。」
その声は、まるで最初からここで待っていたかのように静かだった。
氷点下の空気が、さらに一段階冷えた気がした。
フロストノヴァは、無駄のない動きで手を構える。
その背後では、スノーデビル小隊の隊員たちが一斉に配置につき、息を潜めていた。
彼らの視線は鋭く、だがどこか張り詰めた疲労も滲んでいる。
それに応じるように、レイヴンも武器を構えた。
大剣と双剣、そしてリコイルロッド――
どれを選んでも、ここから先は「退く」という選択肢はない。
(……ここでぶつかれば、どちらも無傷じゃ済まない)
そう理解していても、互いに引く理由はなかった。
「……待て待て〜!」
場違いな声が、張り詰めた空気を破る。
「ええい……しつこいわね!」
ブレイズとバッツが、息を切らしながら駆け込んできた。
二人とも、先程までの死闘の名残をはっきりと残している。
それでも、その瞳にはまだ戦意が宿っていた。
「……さあて……勝負しろ!」
バッツが挑発的に鎌を構える。
「……いいだろう」
短く応じたのはフロストノヴァだった。
レイヴンも、彼女と視線を交わし、互いに一歩ずつ距離を詰める。
次の瞬間――
轟音。
地鳴りが腹の底に響いた。
「なにぃ!?」
誰かの叫びと同時に、足元が崩れる。
地面が割れ、瓦礫が宙を舞い、視界が一瞬で土煙に包まれた。
(――っ、まずい!)
レイヴンがそう思った時には、既に身体は宙に投げ出されていた。
「ドクター!」
「危ないわよ!」
上から響く声を最後に、レイヴンとフロストノヴァは、崩落の闇へと飲み込まれた。
「……! なんだアレェ!?」
バッツが、思わず指を差す。
崩れたビルの上。
そこに、謎のローブを纏った男が立っていた。
手には、禍々しい碑文。
そして、アーツを吸い上げる異様な装置。
「……廃棄都市の時の……」
アーミヤは息を呑み、その姿を目で追う。
だが、男は彼女の視線に気付いたかのように、音もなくその場を離れ、姿を消した。
「姐さん!」
「ドクター!」
ロドスとスノーデビル小隊、双方から、二人の名を呼ぶ声が響いた。
だが、返事はない。
………………
しばらくして。
「……っ……」
レイヴンは、鈍い痛みと共に意識を取り戻した。
肺に埃を吸い込み、思わず咳き込む。
「起きたか」
静かな声。
視線を動かすと、瓦礫の上に腰掛けたフロストノヴァがいた。
彼女は武器を収め、こちらを見下ろしている。
「……ここは?」
「瓦礫の下だ。私たちは、完全に崩落に巻き込まれたらしい」
その言葉通り、上は瓦礫で塞がれ、かろうじて光が差し込む程度だった。
レイヴンは身体を起こし、リコイルロッドを構えて天井を見上げる。
「……これ以上、崩れるな……」
自分に言い聞かせるように呟き、
無意識のままフロストノヴァの隣に腰を下ろした。
沈黙。
だが、その静寂は長く続かなかった。
「ドクター!」
上から聞き慣れた声。
「アーミヤか!?」
「……今助けます! その場を動かないで!」
その声に、胸の奥がわずかに軽くなる。
レイヴンは周囲を見回し、瓦礫の影に伸びる細い通路に気付いた。
(……地下……?)
崩落した先は、かつての地下線路だった。
以前、テディスから聞いたことがある。
資源輸送用に作られ、スラムの拡大と共に廃棄された地下トンネル。
「アーミヤ!こっちに行けそうな道がある!」
声を張り上げる。
「俺たちはそっちに向かう!合流できるよう、そっちも探ってくれ!」
そう言って歩き出そうとし――
ふと、フロストノヴァを見る。
「お前も来いよ。仲間がいるんだろ?」
彼女は一瞬、目を伏せた。
「……私が、背後から攻撃するかもしれないぞ?」
試すような声。
「いや。しないだろ」
レイヴンは即答した。
「俺の勘がそう言ってる」
一拍置いて、軽く肩をすくめる。
「……俺の勘は、当たりやすいからな」
フロストノヴァは、わずかに目を見開き――
小さく、息を吐いた。
そして何も言わず、立ち上がる。
二人は、並んで地下通路を歩き出した。
……その頃、地上では。
「……姐さん……」
「スノーデビル小隊の一人が、アーミヤ達を見つめる。それに気付いたアーミヤ達は警戒する。
だが次の瞬間、彼らは武器を下ろし、両手を上げた。
「待ってくれ!こちらに攻撃の意思は無い!」
「……?」
「話がしたい!」
アーミヤは短く考え、静かに告げる。
「……では、あなた一人で来てください」
その言葉に従い、一人が瓦礫を越えて近づいてきた。
「……俺達も……姐さんを助けたいんだ」
声は、張りつめながらも誠実だった。
「しばらく休戦といかないか……?」
「…そういえば……」
アーミヤは、ふと気付いたように言う。
「あなた達の指揮官も……落ちてしまったんですね」
「……ああ」
彼は苦く頷く。
「元々、龍門が欲しかったわけじゃない。タルラが、援護を要請してきた…」
「………だが来た途端、コンバットフレームでこちらを攻撃してきたんだ…!」
「……!!」
アーミヤ達は息を呑む。
「だから、怪我人を連れて逃げた。理由は分からないが……危険だと判断した」
「……そうだったんですね……」
アーミヤは少し考え、近くのオペレーターに声をかける。
「誰か、医療キットをお願いします。」
「はい、すぐに」
差し出された医療キットを、アーミヤはスノーデビル小隊に渡した。
「これは……?」
「今は……これで怪我人を治してください」
「……ありがとう……!」
彼は深く頭を下げ、仲間の元へ戻っていった。
「……いいの?元は敵だよ?」
ブレイズの問いに、アーミヤは小さく微笑む。
「……いえ。私が……そうしたかったんです」
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
(……私……ドクターみたいな事……)
そう思いながら、アーミヤは瓦礫の向こうを見つめていた。
…………………
アーミヤ達は、スノーデビル小隊と行動を共にしながら、崩落した地下へと続く複数の経路を探っていた。
敵味方という線引きは、今この場では驚くほど曖昧になっている。
そして、その輪の中に一人――
どう見ても場違いな存在がいた。
「……」
腕を組み、露骨に不機嫌そうな顔で歩くバッツである。
レユニオンの鎌使いであり、つい数十分前までは刃を交えていた相手だ。
その様子を見て、ブレイズが口角を上げる。
「ねえアンタ。さっきからずーっと不貞腐れてるけどさ」
「な、なんだよ」
「どうしてレユニオンにいるの?」
あまりに直球な問いだった。
バッツは一瞬言葉に詰まり、視線を逸らす。
「見たところさ……あんまり人を殺してないっていうか」
「戦いは好きそうだけど、思想には興味なさそうだし」
その指摘に、バッツは舌打ちする。
「俺はな!強い奴と戦いたくてレユニオンに入ったんだよ!」
吐き捨てるような声。
「でもよ……あそこ、飯は不味いし、変な思想ばっかり押し付けてくる奴もいるし……」
一瞬、言葉が詰まる。
「……特に、タルラって奴」
その名を出した瞬間、空気が微妙に変わる。
「なんつーか……強そうってより、怖ぇんだよ」
「目がさ…そのー…不気味っていうか……」
ブレイズは軽く息を吐き、アーミヤを見る。
「……レユニオン内部ですら共有されてない計画、か」
「タルラは……何をしようとしてるんでしょう……」
アーミヤはそう呟きながら、胸の奥に小さな不安を覚える。
“知らされていない”という事実が、何よりも恐ろしかった。
その時。
前方から、思いがけず笑い声が聞こえてきた。
「ははっ、それ姐さんに言ったら怒られるぞ」
「いやいや、あの時は絶対俺が正しかったって!」
スノーデビル小隊の数名が、冗談を交えながら雑談している。
氷の部隊、雪原の悪魔――
そんな異名とはかけ離れた、あまりに普通の光景だった。
「……」
アーミヤ達は、思わず足を止める。
「……雰囲気、違いますね」
「ええ……もっと冷酷で残忍な連中かと」
ブレイズの言葉に、一人の隊員が振り返る。
「俺たちだって、無駄な戦闘は避けたい」
静かだが、はっきりした声だった。
「それに……お前達だって、そうだろ?」
「……はい」
アーミヤは小さく頷いた。
しばらく沈黙が流れ――
一人が、ふと不安そうに呟く。
「……姐さん、大丈夫かな……」
「……フロストノヴァが?」
アーミヤが尋ねると、隊員の表情が曇る。
「姐さんは……アーツを使い過ぎているんだ…今、身体が弱いのに…」
別の隊員が、唇を噛みしめる。
「何度も止めてる……これ以上使えば、命に関わるって」
その言葉は、氷よりも重く胸に沈んだ。
アーミヤは、思わず視線を落とす。
(……そんな……)
「……助けたいんじゃないの?」
不意に、ブレイズが言った。
「ぇ……?」
「アンタの目が、そう言ってる」
アーミヤは一瞬戸惑い、しかし静かに頷いた。
「……もしも……ドクターがここにいたら」
言葉を選びながら、続ける。
「きっと……『助けてやりたい』って言うと思うんです」
「だから私も……同じ気持ちです」
その言葉に、後ろで聞いていたスノーデビル小隊の一人が、深く頭を下げた。
「ロドスのリーダー……」
「もし、可能なら……姐さんを、助けてくれ……!」
その声には、敵としての威圧も誇りもなかった。
ただ、仲間を想う切実な願いだけがあった。
…………………
その頃。
地下通路を、二人は静かに歩いていた。
崩落した瓦礫の隙間を抜け、古びた線路沿いを進む。
足音だけが、やけに大きく響く。
「……なあ」
沈黙を破ったのは、レイヴンだった。
「アンタ……身体、弱いのか?」
「……何故、それを?」
「いや……さっきから、ちょっとフラついてる気がしてな」
フロストノヴァは、一瞬歩みを止めた。
「……私は、アーツを酷使している」
淡々とした声。
「その反動で、身体への負担が大きい」
「だから……もうすぐ、死ぬのかもしれない」
まるで、天気の話をするかのような軽い口調だった。
レイヴンは思わず足を止める。
「……いいのかよ」
低い声。
「そんな簡単に、受け入れて」
フロストノヴァは答えない。
「俺だったら……嫌だな」
レイヴンは拳を握る。
「アンタが死んだら……悲しむ奴、いるだろ?」
「……」
その瞬間、フロストノヴァの脳裏に浮かんだのは――
スノーデビル小隊の顔。
そして、寡黙に立つパトリオットの背中。
「……いるさ」
小さく、しかし確かに、彼女はそう呟いた。
「嫌だ。死んだら駄目だ」
レイヴンの声は、地下に反響して少し低く響いた。
それは叱責でも説教でもなく、ほとんど独り言に近かった。
「死んだら……そこで終わりなんだ」
足を止め、言葉を噛みしめるように続ける。
「だってさ……悲しいじゃんか」
軽い口調を装っているが、どこか必死だ。
「大事な人が居るのに……先に死んだらさ」
「そいつらを、置いていくことになる」
レイヴンは自分でも理由が分からないまま、胸の奥が締め付けられる感覚を覚えていた。
「俺はさ……記憶が無いし」
「覚えてる奴も……居ないからさ」
だから、と言外に続く。
「失う怖さが、分からないんだ」
「……」
フロストノヴァは歩みを止め、彼の横顔を見つめていた。
その澄んだ瞳には、恐怖も諦観もない。ただ、真っ直ぐな感情だけが映っている。
(……知らないんだな)
彼女は胸の奥で静かに思う。
(お前にも……死んだら、確実に悲しむ者が居るということを)
ジェスターとW、そして近衛局の二人。
ロドスのオペレーター達。
そして、あの小さな兎の少女。
――レイヴン自身が、その存在になりつつあることを。
やがて二人は、天井の高い、やや開けた空間に辿り着いた。
崩落はしているものの、かつては資材集積所だったらしく、比較的足場が安定している。
「……広いな」
レイヴンはそう言いながら、段差を越えるために手を差し伸べた。
しかし、フロストノヴァはそれを取らず、ひらりと自力で地面に降りる。
「……」
一瞬、空気が止まる。
「私には、触らない方がいい」
背を向けたまま、彼女は淡々と言った。
「身体が……凍ってしまうからな」
「……」
レイヴンは一歩近づき――
躊躇いなく、その背中に手を伸ばした。
「……おい、何を……!」
驚いた声が返る。
だが、彼は手を離さなかった。
「……ちゃんと、あったかいじゃねぇか」
静かに目を閉じる。
指先から伝わる体温。
微かだが、確かに感じる鼓動。
「生きてるって感じるよ」
フロストノヴァは言葉を失った。
氷の呪いに侵され、触れれば凍ると言われ続けた自分に…
躊躇いなく触れた者は、彼が初めてだった。
「……君は……変わっているな」
ようやく絞り出した言葉。
「よく言われる」
レイヴンは軽く笑った。
その笑みは、彼女にとって不思議なほど――
暖かかった。
二人が歩を進めると、空間の奥に不自然な設備が見えてきた。
古い机。
簡易サーバー。
アーツ理論の資料と、無造作に置かれた端末。
「……なんだ、これ」
「貸してくれ」
フロストノヴァは資料を手に取り、目を通す。
数秒後、僅かに表情が変わった。
「……チェルノボーグで、君を救出した人間の……生き残りだな」
「……なんだって?」
レイヴンは資料を受け取り、文字を追う。
そこに並ぶ日付と、血の滲むような記録。
⸻
『A.C.2022年 10月10日
Aceさんは死んでしまった……
他の仲間も全員……
俺だけが、生き残った』
『A.C.2022年 10月13日
なんとか龍門に辿り着いた
排水エリアに拠点を設立』
『A.C.2022年 10月17日
金庫のような物を破壊
中には謎の石
碑文と呼ばれているらしい』
『A.C.2022年 10月29日
力が……溢れてくる
これさえあれば……奴らに……』
『A.C.2022年 12月06日
レユニオンが来る
この力で、全て叩き潰す』
⸻
「……ああ!くそ!」
レイヴンは、息を吐いた。
「とんでもねぇな……」
だが、次の瞬間。
胸の奥に、奇妙な違和感が走る。
「……誰が書いた?」
フロストノヴァの問いに、彼は額を押さえる。
Aceは死んだ。
Scoutも死んだ。
それは、ブレイズからも、ロドスからも聞いている。
「……いや……」
頭の奥で、何かが引っかかる。
「居た……」
「……どうした?」
「居たんだよ」
レイヴンの声が、確信を帯びる。
「Aceのこと慕ってて……」
「死んだと思われてたけど……実は、生きてた奴が」
彼の記憶の底で、ようやく“名前の無い影”が、輪郭を持ち始めていた。
すると、アーミヤ達とスノーデビル小隊もやってきていた。
「ドクター!」
「アーミヤ!来てくれたんだな!」
「姐さん!」
「お前達…」
「アーミヤ、あの廃棄都市で見たローブの男の正体が分かったかもしれない。」
「え!?」
「……奴は…おそらく…」
「おっと――それは自分で言いますよ」
その声は、広い空間の奥から静かに響いた。
反響によって位置が掴みにくく、最初は誰も正確な距離を測れなかった。
次の瞬間、照明の届かない陰から、一人の男が姿を現す。
全身を覆う暗色のローブ。顔は深く影に沈み、表情は読み取れない。
しかし、その立ち姿と気配だけで、ロドスの一部の者は正体に思い当たっていた。
「お前は……“guard”だな?」
ドクターの声は低く、確信を含んでいた。
その問いに対し、男は一瞬だけ動きを止め、ゆっくりとローブの留め具を外した。
布が床に落ちる音が、やけに大きく響く。
露わになったのは、見覚えのある顔だった。
かつてロドスに所属し、Aceの部隊にいたオペレーター。
公式記録では、チェルノボーグにて戦死とされていた人物。
「よく分かりましたね、ドクター」
淡々とした声だった。
「……guardさん……」
アーミヤは小さく名を呼ぶ。
その声音には驚きと確認が混ざっていたが、感情を爆発させることはなかった。
「お久しぶりです、アーミヤさん」
彼は礼儀正しく言葉を返す。
その様子だけを見れば、かつてのロドスのオペレーターと何も変わらない。
しかし、次の行動が、その印象を完全に否定した。
guardは手を伸ばし、指先から複数のアーツ結晶を放った。
狙いは明確で、回避行動を取らなければ直撃する位置だった。
「危ない!」
誰かの叫びと同時に、全員が身を低くする。
直後、背後で爆発が起き、熱と衝撃波が空間を揺らした。
「今のは……アーツ!?」
ブレイズが即座に判断する。
通常の詠唱や媒介を経ていない、不自然な発動だった。
guardは答える代わりに、手元の物体を掲げた。
それは、先ほど資料の中でも言及されていた“碑文”だった。
「あれは……碑文!?」
その瞬間、さらに別の動きがあった。
空間上部の構造物を蹴り、二つの影が同時に降下してくる。
着地と同時に、独特の金属音が響いた。
「ジェスター!」
「W!」
名前が呼ばれる。
二人は即座にguardと距離を取り、警戒態勢を取った。
「勘違いするな」
ジェスターが短く言う。
「俺達は、アイツを止めに来た」
その言葉に、場の緊張が一段変化する。
「じゃあ、目的は一緒だろ?」
レイヴンの問いに、ジェスターは一瞬だけ沈黙し、やがて頷いた。
「……そうだな」
互いに武器を構え、guardを正面に捉える。
guardは二人を一瞥し、手に持っていた小型の機械装置へと視線を落とした。
「いよいよ……使う時が来たようだな」
彼は迷いなくスイッチを押す。
その瞬間、レイヴン達の背筋を、明確な違和感が走った。
理屈ではなく、本能的な警告だった。
「駄目です、guardさん!それを使っては……!」
アーミヤの制止は、間に合わなかった。
「残念だが……来るようだぞ」
フロストノヴァが低く告げる。
機械の内部に収められていた源石が、異常な挙動を始める。
脈動するように光り、液体のように形を崩し、guardの身体へと流れ込んでいった。
源石は皮膚を突き破ることなく、まるで吸収されるかのように消えていく。
その光景は、見ている者すべてに生理的な不快感を与えた。
次第に、guardの喉から苦悶の声が漏れ始める。
激痛に耐えるような叫び声と同時に、身体の内側から力が膨張していくのが、誰の目にも分かった。
「……なんて事を……!」
「お前達、ここは下がれ」
フロストノヴァが前に出る。
「姐さん!だが……」
「……安心しろ」
振り返らずに、静かに言う。
「私は……生きて帰るさ」
そう言って、彼女はアーツの構築を開始する。
空気が冷え、微細な氷結反応が周囲に広がっていく。
やがて、guardの変化が完了した。
身体にはアーマーのような装備が形成され、手には禍々しい剣が握られている。
周囲には、制御を失ったアーツ結晶が浮遊し、空間そのものを歪ませていた。
「…………」
沈黙の後、guardが口を開く。
「どうだ……この力は……」
そして、次の瞬間。
「この力で……全ての存在を根絶やしにするんだ――――!」
彼が剣を振るうと、溢れ出したエネルギーが柱を直撃する。
石材は一瞬で砕け散り、崩落の兆候が露わになる。
「な、なんてパワーなんだ!?」
「……まずいぞ、ドクター。このまま柱を破壊されていったら……」
レイヴンは周囲の構造を見回し、短く結論を出した。
「……ここが、崩れるな……」
空間全体が、確実に限界へと近づいていた。
「……ドクター」
低く、しかしはっきりとした声だった。
レイヴンの左右に、アーミヤとフロストノヴァが並び立つ。
三人の視線は、ただ一点……guardへと向けられていた。
「ドクター……」
アーミヤは一歩前に出る。
声には震えはないが、決意だけが確かに込められている。
「guardさんを……止めましょう!」
短く、明確な提案だった。
もはや説得や後退という選択肢は残されていない。
この場にいる全員が、それを理解していた。
「……ああ」
ドクターの返答は簡潔だった。
その一言で、方針は定まった。
レイヴンは、静かに視線を横へ移す。
そこにはフロストノヴァが立っている。
先ほどまで敵対していたはずの存在だが、今は同じ方向を見ていた。
「フロストノヴァ」
「なんだ?」
「これが終わったら……スノーデビル小隊と一緒に、ロドスに来いよ」
その言葉は、戦闘中の軽口ではなかった。
命のやり取りが行われる直前だからこそ、余計な装飾を削ぎ落とした提案だった。
一瞬の沈黙。
フロストノヴァは視線を逸らさず、やがて短く答える。
「……ああ。約束しよう」
それ以上の言葉は必要なかった。
約束が交わされた事実だけが、静かに場に残る。
レイヴン達は同時に武器を構える。
呼吸が揃い、足の位置が定まる。
「ジェスター! 行くぞぉ!」
「レイヴン、背中は預けるぞ!」
互いに確認するような声を交わし、二人は一気に駆け出した。
瓦礫を蹴り、粉塵を巻き上げながら、一直線にguardへと距離を詰めていく。
guardはその様子を見て、口角を歪めた。
理性よりも、力への陶酔が前面に出た表情だった。
「誰だろうと……俺は負けないんだ―――!」
咆哮と共に、禍々しい剣を構える。
剣身に集まるアーツの光が、周囲の空間を不安定に歪ませる。
崩れかけた柱。
軋む天井。
足元では、細かな瓦礫が絶えず落ち続けている。
それでも、誰一人として足を止めなかった。
こうして、かつてロドスに身を置き、力を求めるあまり道を踏み外したguardと、彼を止めようとする者達は、互いに剣を向けて走り出した。
この戦いが何をもたらすのか。
誰が立ち、誰が倒れるのか。
その結末を……
この場にいる誰一人として、まだ知ることはできなかった……
原作よりも戦わなくていいキャラばっかで敵が…敵が…全然居ない…