レイヴンとジェスターは、ほぼ同時にguardへと踏み込み、剣を振り下ろした。
刃が空気を切り裂き、確かな手応えを想定した一撃だった。
しかし――
次の瞬間、乾いた金属音が響く。
「――っ」
guardはほとんど体勢を崩すことなく、軽く剣を振るっただけだった。
その動作だけで、レイヴン達の剣撃は容易く弾き返される。
衝撃は腕を通して伝わり、足元の瓦礫が小さく跳ねた。
レイヴンは一瞬でそう判断する。
「くっ……アーミヤ!」
距離を取りながら声を上げると、すぐさま返答があった。
「はい!」
アーミヤは迷いなく一歩前に出る。
両手を掲げ、アーツを構築する。
澄んだ光が収束し、狙いを定めて放たれた。
だが――
「甘いですよ」
guardの声は、どこか冷静さを欠いていなかった。
彼は片手を動かし、まるで空間そのものを引き裂くかのような仕草を見せる。
次の瞬間、guardの背後に歪みが生じ、そこからレユニオンの構成員が現れた。
突然引きずり出されたような形で、状況を理解する間もなく、アーミヤのアーツが直撃する。
爆発音と共に、その姿は消えた。
「なっ……」
アーミヤの目が見開かれる。
攻撃は確かにguardを狙っていた。
だが結果として、guard自身は無傷だった。
「不思議ですか?」
guardは淡々とそう言い、碑文を持つ手を軽く動かす。
「チッ……どうやら、相当力をつけているようだな」
レイヴンは歯噛みする。
単なる防御ではない。
攻撃を逸らし、犠牲を強制的に作り出す――極めて悪質な戦法だった。
「なら! 俺が行くぜ!」
「私も!」
声を上げたのは、バッツとブレイズだった。
二人は左右に散り、同時に跳躍する。
上空からの挟撃。
狙いはguardの死角だった。
「アンタ……aceの意思を無駄にする気!?」
ブレイズの叫びが響く。
その言葉には非難以上に、問いかけの意味が含まれていた。
だがguardは、その声に反応を示さなかった。
ただ静かに剣を振るう。
衝撃波が発生し、空気が一気に押し出される。
「――っ!」
バッツとブレイズは、まるで叩き落とされたかのように吹き飛ばされ、床を転がった。
致命傷ではないが、すぐに立ち上がれる状況でもなかった。
その光景を見据えながら、レイヴンは一歩前に出る。
「guardとか言ったな?」
低く、はっきりとした声だった。
「お前は……ただ逃げてるだけじゃないのか?」
その言葉に、guardの動きが僅かに止まる。
「何……?」
「弱い自分からだ。だから、そんな力に縋ったんじゃないのか?」
挑発ではない。
断定に近い言い方だった。
guardは一瞬黙り込み、やがて鼻で笑う。
「……ふん。俺だって、ロドスの夢に賛同したかったですよ」
その声には、過去を思い出すような間があった。
「だが……チェルノボーグでの戦いで、分かった。あの夢は、ただの幻想だ。綺麗事を並べて、何も守れない」
彼は剣を強く握り締める。
「だから、この力を選んだ。この力さえあれば、世界は俺にひれ伏す」
空間が、再び歪む。
「それが……お前の理想か……!」
レイヴンの声が響く。
guardの表情が歪んだ。
「理想だとッ!?戯言だッ!!」
怒声と共に、剣が振り上げられる。
禍々しい光が刃に集まり、次の衝突を予感させていた。
「……アーツを放っても、奴には即座に反応される……」
フロストノヴァは短くそう告げると、再び冷気を収束させた。
氷結のアーツが空間を歪ませながらguardへと向かう。
だが、guardは剣を軽く振るうだけで、それを正面から受け止め、衝突点で霧散させた。
攻撃は通らない。
それは誰の目にも明らかだった。
guardは、単に強化されているのではない。
アーツの発動兆候を読み取り、最小限の動作で対処している。
力と判断力、その両方を兼ね備えた状態だった。
「……ドクター。俺が隙を作る」
背後から、ジェスターの低い声が聞こえる。
戦況を冷静に観察した上での提案だった。
「分かった。頼むぞ」
レイヴンは短く応じる。
言葉を重ねる必要はなかった。
「お前ら、援護は任せるぞ!」
振り返りながら、後方の仲間に声を飛ばす。
合図と同時に、ブレイズ、アーミヤ、フロストノヴァの三人が動いた。
炎、光、氷――
属性の異なるアーツが、時間差なくguardへと集中する。
「無駄だと……ッ!」
guardは声を荒げながらも、迎撃に入る。
だが、その瞬間――
彼の視界の外、上空で動きがあった。
ジェスターは既に跳躍していた。
guardの注意が正面に向いている、その一瞬を逃さない。
「――マジシャン・フリーズッ!」
詠唱と共に、guardの足元に魔法陣が展開される。
地面を突き破るように氷の結晶が伸び、瞬時に足を拘束した。
「無駄だッ!」
guardは衝撃波を放ち、拘束を力任せに破壊する。
その余波で、ジェスターは大きく吹き飛ばされた。
「――くっ……!」
空中で体勢を崩しながらも、ジェスターは地面に剣を突き立てる。
刃が瓦礫を削り、ようやく停止する。
だが、彼は止まらなかった。
「エレメンタル・サイクロン!」
身体を軸に身体を回転させると、周囲の自然エネルギーが呼応する。
風が渦を巻き、土砂と氷片を巻き込んだ竜巻となって形成された。
ジェスターは、その中心に身を置いたまま、guardへと突進する。
guardは剣を振るおうとするが、竜巻の圧力に弾かれ、体勢を崩す。
その瞬間、ジェスターは流れに乗るようにguardの背後へと回り込んだ。
左手に、別のアーツが集束していく。
熱量が急激に上昇し、空気が歪む。
「……アトミック・ブレイザー!」
ビームが放たれ、爆炎が周囲を包み込む。
視界が白熱し、衝撃が地面を揺らした。
「……今だ!」
炎の中から、レイヴンが飛び出す。
リコイルロッドを構え、一直線に突撃する。
ためらいなくそのまま、guardの身体を貫く。
「――っ!」
衝撃でguardは吹き飛ばされ、背後の柱に激突した。
石材が砕け、粉塵が舞う。
「……くっ……バカな……」
guardは呻きながら立ち上がろうとする。
だが、その足取りは不安定だった。
「……この力を……手に入れたのに……」
それでも、彼は剣を手放さない。
「くそ……!」
次の瞬間、guardは碑文へと向かって叫ぶ。
「まだだ!碑文よ!俺に……もっと力を――!」
碑文が反応する。
不気味な光を放ち、力をguardへと流し込んでいく。
だが、それは強化ではなかった。
guardの身体が宙に浮かび上がる。
骨格が歪み、装甲のようなアーツ結晶が皮膚を侵食していく。
人の形を保っていた輪郭が、徐々に崩れていく。
悲鳴とも、叫びともつかない声が響く。
その音には、理性が削り取られていく過程がはっきりと表れていた。
やがて、そこに立っていたのは――
人間とは言い難い、悪魔的な姿だった。
歪んだ声が、空間に反響する。
「モットチカラヲォォォォォォォォォォッ!」
戦場に、重苦しい沈黙が落ちた。
誰もが理解していた。
guardの身体から噴き出したアーツエネルギーは、もはや一つの攻撃というより、制御を失った奔流に近かった。
歪んだ叫びと共に放たれたそれは、空間を裂きながら一直線に飛来する――はずだった。
しかし、直前で軌道が大きく逸れる。
「……外れた?」
エネルギー弾は地面を抉り、瓦礫を粉砕しながら虚しく爆散した。
本来なら確実に命中していた距離と角度だった。
「くそっ、デカくなりやがって!」
レイヴンは距離を保ったまま、guardの動きを観察する。
その身体は確かに巨大化し、圧倒的なエネルギー量を帯びている。
だが同時に、動作はどこかちぐはぐで、狙いが定まっていない。
「ズニノルナァァァァ!!」
guardは再びアーツ弾を放つ。
しかしそれも、狙いを外れ、壁面を破壊するだけに終わった。
偶然こちらへ飛んできたものも、ジェスターやブレイズによって即座に切り裂かれ、脅威にならない。
攻撃の密度は高い。
だが精度が致命的に欠けている。
「……一体、何が起こっているんでしょう……」
アーミヤが警戒を崩さぬまま呟く。
「多分ね、アイツ……力を制御できてないのよ」
ブレイズはguardの挙動を冷静に見据えながら答える。
その声には確信があった。
「碑文の力を無理やり引き出した代償ってところでしょうね。
力だけ増えて、身体も意識も追いついてない」
「じゃあ――」
Wが口元に歪んだ笑みを浮かべ、爆弾を手に取る。
「今なら倒せるって事でしょ?」
誰も否定しなかった。
「……チャンス、という事か……」
フロストノヴァがそう言いかけた瞬間、言葉が途切れる。
強い咳が込み上げ、口元を押さえる。
その指の隙間から、血が落ちた。
「……っ」
無理を重ねているのは明白だった。
アーツの負荷が、確実に彼女の身体を蝕んでいる。
「時間がありません……」
アーミヤが即座に判断を下す。
「一気に倒します!」
「ドクター、話は聞いたな?」
レイヴンは短く確認する。
「分かった。一気に叩く!」
余計な指示は不要だった。
全員が、同じ結論に辿り着いている。
レイヴンとジェスターが同時に前へ出る。
瓦礫を蹴り、加速する。
「今だ!」
guardの振り下ろした一撃を、二人は跳躍で回避する。
巨大な剣が地面を砕き、衝撃波が広がる。
「ナニッ!?!」
guardの視界から、一瞬だけ二人の姿が消える。
次の瞬間――
左右から、交差する二つの影。
「でやぁぁぁぁぁ!」
レイヴンとジェスターの刃が、十字を描いてguardの身体を切り裂いた。
衝突点で、抑え込まれていたエネルギーが解放される。
圧縮されたアーツが臨界に達し、激しい爆発が発生した。
閃光と衝撃が、地下空間を揺るがした。
…………………
爆発によって舞い上がっていた粉塵が、ゆっくりと地面に落ちていく。
地下空間に残ったのは、焼け焦げた床と砕けた柱、そして――その中央に倒れ伏す一人の男の姿だった。
guardは、もはや先程までの異形ではなかった。
アーマーのように身体を覆っていた禍々しい装備は消え去り、巨大化していた肉体も元の大きさへと戻っている。
服は破れ、全身には無数の傷が刻まれていた。
「……うっ……」
微かな声が漏れる。
その音を確認すると同時に、アーミヤ達は警戒を解かずに距離を詰めた。
「guardさん!」
アーミヤは膝をつき、彼の様子を確認する。
呼吸は浅く、脈も不安定だ。
今こうして言葉を発している事自体が、奇跡に近い状態だった。
「……ありが……とう……ございます……」
guardの声は、かすれ、途切れがちだった。
だが、瞳には先程までの狂気や歪みはなく、かつてロドスに所属していた頃の、静かな理性が戻っている。
「俺を……倒してくれて……」
彼はわずかに視線を上げ、レイヴンとアーミヤを見る。
「……もう少しで……
とんでもない……過ちを犯す……ところだった……」
言葉を紡ぐたびに、呼吸が乱れる。
喉を震わせながら、それでも彼は語り続けた。
「……すべては……
俺の心が……弱かったから……」
「自分の……役目から……逃げてしまった……」
guardはゆっくりと目を閉じ、短く息を吐く。
「……だが……
これで少しは……強くなれた……だろうか……」
誰も、すぐに答えなかった。
その沈黙の中で、guardは微かに笑ったようにも見えた。
「……これで……お別れです……
ドクター……アーミヤさん……」
その瞬間だった。
床に転がっていた碑文が、淡く光を放ち始める。
眩しさはなく、どこか穏やかな輝きだった。
光の粒子が、雪のようにguardの身体へと降り注ぐ。
「……暖かい……」
その言葉を最後に、guardの肉体は次第に輪郭を失っていく。
崩れるのではない。
分解され、整理され、情報へと還元されていくように――。
やがて彼は、人の形をした淡い光の集合体となった。
「……ドクター……
貴方も……碑文を宿しているんですね……」
その声は、もはや肉体を介さず、空間そのものに響いていた。
「……碑文は……
使う人によって……
その力を……変えるのかもしれない……」
それを最後に、guardの魂はゆっくりと上昇していく。
爆破で砕けた天井の隙間から、朝の光が差し込み、その中へと溶けるように消えていった。
そこには、敵意も後悔も残っていない。
ただ、一人の人間の終わりだけがあった。
「……碑文の力……か……」
レイヴンは静かに呟く。
その時だった。
地面に残されていた別の碑文が、ふわりと宙に浮かび、ジェスターの方へと近づく。
『これで彼も、安らかに眠れる事だろう』
突然、直接頭の中に響く声。
だが、不快感はなかった。
『ありがとう。俺を助けてくれて』
「……アンタは……?」
ジェスターが警戒を崩さず問いかける。
『俺は
『どうやら、君が俺を助けてくれたようだね』
碑文は淡く光りながら続ける。
『改めて感謝する。そして――これからは、君に力を貸す事にしよう』
その言葉と同時に、光は収束し、まっすぐジェスターの胸元へと吸い込まれていった。
抵抗も、衝撃もない。
ただ、何かが確かに“宿った”という感覚だけが残る。
「……これは……」
「へー……どうやらドクターみたいに碑文使いになったって事?」
Wは軽い調子で肩をすくめ、意味ありげな笑みを浮かべた。
「良かったじゃない。」
皮肉とも冗談ともつかない言葉だったが、ジェスターは一切反応を示さなかった。
自分の胸の奥に残る、はっきりとした“異物感”。
それは不快ではないが、確実にこれまでとは違う何かだった。
(……軽々しく喜べるものでもないな)
ジェスターは視線を伏せ、深く息を整えるだけで、その場をやり過ごした。
一方、フロストノヴァは限界に近かった。
guardとの戦闘でアーツを展開し続けた代償が、今になって明確に表に出ている。
呼吸は荒く、足取りも不安定で、立っているだけで精一杯の状態だった。
「……っ……」
膝が折れかけた瞬間、レイヴンがすぐに腕を差し出す。
彼女の身体を支えた腕越しに、異様な冷たさと、逆に失われていく体温の弱さが伝わってきた。
「大丈夫か?」
簡潔な問いだったが、その声には明確な焦りが含まれている。
「……ああ……まだ……歩ける……」
フロストノヴァは短く答えたが、その声音には無理があった。
強がりというより、長年の習慣のようなものだった。
それを見て、アーミヤが一歩前に出る。
「ドクター、急いで戻りましょう!
フロストノヴァは、明らかに危険な状態です!」
その判断は冷静だった。
戦闘は終わったが、彼女の体調は戦場にいるのと変わらないほど切迫している。
「分かった。」
レイヴンは即座に答え、フロストノヴァをしっかりと支え直す。
「連れて行くから、それまでに死ぬなよ。」
ぶっきらぼうな言い方だったが、それは命令に近い響きを持っていた。
彼自身が、彼女を“死なせるつもりがない”と明確に決めている声音だった。
「……ああ……分かっているさ……」
フロストノヴァはかすかに笑った。
その表情は弱々しいが、確かに意思を宿していた。
こうして、戦場は静かに終わりを迎える。
瓦礫と粉塵、消えた魂、残された力――それらを背に、彼らは歩き出す。
フロストノヴァはレイヴンに支えられながら、一歩ずつ進んでいった。
その足取りは重いが、確実に前へ向かっていた。
モットチカラヲー