アークナイツ リザレクション   作:サツキタロオ

27 / 50
ジェスターとWの過去編。


STORY.16:闇夜に生きる

短い逃走と応急処置の後、廃墟の奥に身を潜めたジェスターとWは、互いに言葉を交わすこともなく横になっていた。

外では風が瓦礫を転がす音だけが響き、龍門の喧騒が嘘のように遠く感じられる。

 

Wは壁にもたれ、いつの間にか眠りに落ちていた。

その呼吸は浅いが規則正しく、警戒を解いてはいない様子が見て取れる。

 

一方、ジェスターは深く眠っているようで、その意識は過去へと引き戻されていた。

 

夢の中で、彼の視界はゆっくりと暗転し、やがて――

かつての記憶が、まるで記録映像のように再生され始める。

 

……………………………………

 

薄暗い研究室。

空気は冷たく、重く、どこか淀んでいた。

 

床には傭兵らしき男たちと、白衣を着た科学者たちが倒れている。

誰も動かず、呼吸の音すら聞こえない。

血痕はあるが激しい戦闘の形跡はなく、むしろ「何かが一瞬で終わった」かのような、不自然な静けさが支配していた。

 

その空間の奥に、複数の培養カプセルが並んでいる。

ほとんどのカプセルは破損しており、中身は空か、すでに機能を失っていた。

 

ただ一つだけ――

無傷のまま稼働しているカプセルがあった。

 

淡い光に照らされ、培養液で満たされた内部。

その中心で、一人の少年が静かに眠っている。

 

警告音が低く鳴り、機械が自動停止を始める。

ロックが解除され、カプセルの外殻がゆっくりと開いた。

 

培養液が排出され、床に流れ落ちる。

 

次の瞬間、内部で固定されていた拘束具が外れた。

肩と両腕を固定していた重い器具が、支えを失って床に落ちる。

 

その反動で、少年の身体も前へと倒れ伏した。

 

「…………うっ……」

微かな声。

それは痛みというより、長い眠りから覚めた際の、反射的な反応に近かった。

 

伏せていた顔がゆっくりと持ち上がる。

虚ろだった瞳に、かすかな光が宿る。

 

少年はふらつきながらも立ち上がった。

足取りは不安定だが、倒れることはなかった。

 

腕を見る。

そこには、腕輪状の拘束具の痕が残っている。

今は外れているが、かつて確かに縛られていた証拠だった。

 

視線を下げ、自分の身体全体を確かめる。

 

そこに立っていたのは、人とは明らかに異なる姿をした少年だった。

 

頭には狼の耳。

腰からは尾が伸びている。

赤く澄んだ瞳が、薄暗い研究室を静かに見渡す。

 

表情に戸惑いはあるが、強い感情は浮かんでいない。

ただ、状況を把握しようとしているようだった。

 

「……ここは……」

少年の口から零れた言葉は、掠れ、どこか不慣れだった。

まるで、自分の声すら初めて聞いたかのように。

 

倒れた人々。

壊れた機械。

異様な静寂。

 

その全てを前に、少年は何も理解できていない。

だが同時に、「ここが安全ではない」という事実だけは、本能的に察していた。

 

そして――

この少年こそが、後にジェスターと呼ばれる存在だった。

 

少年は額に手を当て、ゆっくりと歩き出した。

頭の奥に残る鈍い痛みは、目覚めたばかりの身体がまだ完全に機能していないことを示しているようだった。

視界は定まりつつあるが、記憶と呼べるものは何一つ浮かんでこない。ただ、言葉と動きだけが自然に身体に残っている。

 

研究室の床を踏みしめながら進むと、瓦礫の間に黒光りする物体が落ちているのが目に入った。

少年はそれを拾い上げる。

 

――銃。

 

使い方を考える前に、自然と手が動いていた。

安全装置の位置、引き金の感触、重心。

教えられた覚えはないはずなのに、理解できてしまう。

 

「……とにかく……ここを出てみるか……」

 

声は低く、感情を伴わない。

判断基準は単純だった。

ここに留まる理由がない。

そして、ここは危険だ。

 

少年は研究所の出入口へ向かい、破壊された扉の隙間から外へ出た。

 

――外の光が、視界を満たす。

 

そこに広がっていたのは、曇天の下に広がる荒れ果てた大地だった。

建物は崩れ、道路はひび割れ、生命の気配はほとんど感じられない。

そして、地面の至る所に散乱している黒い石。

角張った結晶のようなそれは、不自然な存在感を放っていた。

 

「……?」

少年は足元の一つを見下ろす。

触れる前から、得体の知れないものだと直感していた。

 

その時――

遠くから、低いエンジン音と金属音が重なって聞こえてきた。

 

視線を上げると、視界の先に大型トラックが見える。

荷台には大きな箱のような物資が積まれており、それを守るように複数の人影が動いていた。

 

しかし、その周囲では異様な光景が展開されていた。

人間ではない、無機質な兵器――コンバットフレームが、銃撃とミサイルでトラックを包囲している。

 

銃声、爆発、怒号。

戦闘だと理解するのに時間はかからなかった。

 

少年は一瞬だけ立ち止まった。

関わる必要はない。

そう考えるのが自然なはずだった。

 

だが、視線は離れなかった。

 

なぜか分からないが、胸の奥がわずかにざわつく。

理由は不明だが、「見過ごす」という選択が、しっくり来なかった。

 

少年は銃を構え、自然と走り出していた。

 

「チッ……殿下を捕えろ! 他は生きて返すな!」

戦場の中心で、指揮を執っている男が怒鳴る。

その声色と装備から、カズデルの幹部格であることは容易に推測できた。

指示を受け、コンバットフレームが一斉に攻撃態勢へ移行する。

ミサイルの発射音が響き、弾頭がトラックへ向けて放たれた。

 

次の瞬間――

銃声が横から割り込む。

 

乾いた発砲音。

ミサイルの誘導部が撃ち抜かれ、空中で爆散する。

 

「何!?」

指揮官が声を上げる。

 

視線を向けた先。

そこに立っていたのは、先ほど研究所から出てきた少年だった。

 

狼の耳と尾を持つ異形の少年は、銃を構え、静かにこちらを見据えている。

表情に怒りはなく、殺意すら読み取れない。

ただ、淡々と「撃つべき対象」を判断しているだけだった。

 

次の瞬間、再び銃声が響いた。

 

「何者だ、貴様!」

 

怒号が飛ぶ。

だが少年は答えない。

 

言葉を返すという選択肢が、最初から存在しないかのように。

彼は地面を蹴り、最も近くにいた兵士へと一気に間合いを詰めた。

 

――速い。

 

兵士が反応する前に、少年の蹴りが腹部に突き刺さる。

鈍い衝撃音と共に身体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。

 

次の兵士が刃を振るうが、少年は半歩退き、力を流すように受け流す。

無駄な動きは一切ない。

生存のために最適化された、直線的な戦い方だった。

 

「ええい! 私がやる!」

 

業を煮やした幹部が前に出る。

斧槍を構え、重心を落とす。

その一撃は、明らかに今までの兵士とは格が違った。

 

少年は即座に後方へ跳ぶ。

しかし――

 

「――っ!」

 

斧槍が地面を抉った瞬間、衝撃波が走る。

空気を裂く圧力に押し流され、少年の身体は大きく吹き飛ばされた。

 

地面を転がり、背中から叩きつけられる。

 

「うっ……」

 

呼吸が一瞬、止まる。

視界が揺れ、身体が言うことをきかない。

 

「やれ。」

 

幹部の短い命令。

それに応じ、複数のコンバットフレームが一斉にロックオンする。

 

警告音。

次の瞬間、ミサイルが放たれた。

 

――死。

 

その概念が、曖昧に脳裏をよぎる。

だが、少年の手はまだ動いていた。

 

彼は銃を握り直し、銃口を向ける。

引き金に指をかけた瞬間、銃身が異様な熱を帯びた。

 

火花が溢れ、銃口が赤く光る。

 

「……くらえ!」

 

発砲。

 

放たれた銃弾は、通常の弾道を描かなかった。

爆裂音と共に弾頭が分裂し、コンバットフレームの関節部へ正確に命中する。

 

――連鎖爆発。

 

駆動部を破壊されたフレームは、内部から次々と爆ぜ、原形を留めず崩れ落ちた。

 

「な、なんだと……!?」

 

幹部の顔に、初めて動揺が浮かぶ。

 

少年はそのまま、次の標的――幹部へ銃口を向けた。

 

だが、その瞬間。

 

ヒュン、と空気を裂く音。

 

「――!?」

 

咄嗟に振り向くと、地面に突き刺さる一本の矢。

矢羽は、明らかにカズデルの装備とは異なっていた。

 

視線の先。

トラックの側に、新たな集団が現れている。

 

荷物を運んでいた者たち――その仲間。

隊列の中央には、白いフードを被った男が立ち、冷静に指示を飛ばしていた。

 

その視線は、戦場全体を把握している。

 

「……くっ……総員、撤退!」

 

判断は早かった。

幹部は歯噛みしながら命じる。

 

カズデルの兵士たちは深追いせず、その場から離脱していった。

 

戦場に、静寂が戻る。

 

少年は銃を構えたまま、警戒を解かない。

だが、限界は近かった。

 

視界が暗転し、膝から力が抜ける。

 

――どさり。

 

地面に倒れ伏す少年。

 

そこへ、白いフードの男と、ピンク色の髪をしたサルカズ人の女が近づいてくる。

 

「この少年……私は始末しても構わないと思っている」

 

淡々とした声。

感情はない。ただ、可能性を排除する判断。

 

「君は、どう思う?」

 

一拍置いて、女が答えかける。

 

「……私は――」

 

その先は、少年の意識には届かなかった。

 

――――――――

 

どれほどの時間が経ったのか。

 

少年は、ゆっくりと目を覚ました。

 

「…………」

 

見慣れない天井。

身体は重く、どこか柔らかい寝台に横たえられている。

 

「あら、起きた?」

 

軽い声。

 

声のした方を見ると、腕を組み、カメラを構えた少女が立っていた。

灰色の髪。

挑発的な笑み。

 

「アンタが倒れてたのを、殿下が拾ってくれたのよ。後で感謝する事ね」

少年は無言のまま、彼女を見る。

 

「アタシはW。サルカズの傭兵部隊所属よ」

名乗りは軽いが、視線は鋭い。

 

「で、アンタは?」

問いかけに、少年は一瞬言葉に詰まる。

 

「俺……?」

頭の中を探る。

名前も、過去も、何一つ浮かばない。

 

「……分からない……」

正直な答えだった。

 

「俺は……誰だ?」

その言葉を聞いて、Wは一瞬だけ目を細める。

 

――面倒な拾い物をした。

そう言わんばかりに。

 

だが同時に、彼女の口元には、どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。

「あら、驚いたわね」

 

Wは半ば呆れ、半ば楽しむような声音で少年を見下ろした。

 

「アンタ、何にも知らないの? それはそれで滑稽ね。どこから来たの? 感染してる? それとも……狙いは何?」

 

問いは矢継ぎ早で、探るというより試すようだった。

少年は少し考える素振りを見せるが、すぐに首を横に振る。

 

「……ついさっき、目を覚ました」

 

それ以上、言えることがない。

彼は言葉の代わりに、窓の外を指差した。

 

遠く、荒野の中にぽつんと佇む研究所の影。

 

Wはその方向を一瞥し、短く息を吐く。

「……ふーん。なるほどね。何か“あった”って顔だわ」

興味を持った、というよりは納得したような反応だった。

 

「いいわ。それなら話は早い。テレジア殿下のところに行くわよ」

有無を言わせぬ口調。

次の瞬間、少年の手首を掴み、そのまま引っ張る。

 

「――っ」

抵抗する理由も、拒む理由も、少年にはなかった。

むしろ、自分が何者なのかを知る手がかりがあるなら、それに縋るしかなかった。

 

彼はそのまま、Wに引きずられるように走らされる。

 

しばらくして辿り着いたのは、広い格納庫だった。

 

機材の並ぶその奥に、二人の人物が立っている。

先ほど戦場で見かけた、ピンク髪のサルカズ人と、白いコートを纏った男。

 

「あら、起きたのね」

柔らかな声でそう言ったのは、ピンク髪の彼女だった。

その微笑みには警戒心よりも、安堵が滲んでいる。

 

「コイツが、殿下に感謝を述べたいそうよ」

Wが軽く背中を押す。

 

「ほら」

一歩前に出た少年は、言葉を選ぶように一瞬だけ黙った後、視線を落とした。

 

「……さっきは、ありがとう」

それは小さく、掠れた声だったが、確かに心からの言葉だった。

彼女――テレジアは、驚いたように一瞬目を見開き、それから優しく微笑む。

「無事で良かったわ」

そう言って、彼の頭にそっと手を置く。

 

撫でられた瞬間、少年の身体が僅かに強張る。

だが、拒絶はしなかった。

 

「あ、ああ……」

どう返せばいいのか分からず、ただ頷く。

その様子を見て、白コートの男が淡々と口を開いた。

 

「結局、彼を処分しなかったんだな」

感情の籠らない声。

それは問いではなく、事実確認に近い。

 

「彼を処分だなんて、酷いわ」

テレジアは即座に否定する。

 

「見て分からない? こんなに寂しそうな顔をしているのに」

少年は、その言葉を聞いて初めて、自分の胸の内にあった“空白”を自覚した。

 

寂しい。

確かに、その通りだった。

 

「……貴方、名前は?」

問いかけられ、少年は口を開きかけて止まる。

 

「……名前……」

探す。

記憶の奥を必死に辿る。

 

――だが、何もない。

 

「分からない……目が覚めたら、こんなところに居たんだ」

その言葉には、戸惑いと、僅かな不安が混じっていた。

テレジアは少し考えるように顎に手を当て、それからぱっと表情を明るくする。

 

「名前が無いのは、可哀想ね……あ、そうだ」

彼女は柔らかく微笑みながら言った。

「“ジェスター”というのはどう?」

「……ジェスター?」

 

聞き慣れない響き。

だが、不思議と胸に引っかかるものがあった。

「そう。いい名前だと思わない?」

 

一瞬の沈黙。

少年は、その名を心の中で繰り返す。

 

――ジェスター。

 

空っぽだった自分に、初めて“輪郭”が与えられた気がした。

 

「……そうか……」

彼はゆっくりと頷く。

「いい……名前だな」

 

その言葉と共に、僅かだが確かな笑みが浮かんだ。

 

それは、この荒れ果てた大地に――

ジェスターという男が、生まれた瞬間でもあった。

 

 

…………………

 

「……」

 

微かな光が、崩れた天井の隙間から差し込んでいた。

冷えた空気と共に、朝が訪れている。

 

ジェスターは静かに目を開いた。

最初に感じたのは、昨夜まで張り詰めていた緊張が嘘のように消え去っていることだった。耳を澄ませても、機械音も足音も、敵意の気配すらない。ただ、風が瓦礫を撫でる音だけが、ゆっくりと流れている。

 

――朝か。

 

身体を起こし、ゆっくりと周囲を見渡す。

ここは、昨夜Wと共に身を潜めた廃墟。崩れた壁、剥き出しの鉄骨、使われなくなった机や機材。そのすべてが、彼らを一時的に守る「隠れ家」だった。

 

ジェスターは、無意識のうちに自分の手を見つめていた。

 

夢――いや、記憶。

 

自分が「ジェスター」と呼ばれた、あの日。

何者でもなかった自分が、この世界に確かに“存在した”と認められた瞬間。

 

「……」

胸の奥に、言葉にできない感情が静かに広がる。

怒りでも悲しみでもない。ただ、確かな重みを持った“実感”だった。

 

「……ん〜……」

少し遅れて、隣から気の抜けた声が聞こえる。

Wが寝返りを打ち、目を擦りながら身を起こした。

 

「……朝?」

眠そうに瞬きを繰り返し、それから視線をジェスターへ向ける。

状況を確認するように一瞬だけ彼を見つめ、すぐにいつもの調子に戻った。

 

「……おはよ、ジェスター」

飾り気のない、だが妙に自然な挨拶。

そこには昨夜までの緊迫感も、逃亡者同士の張り詰めた空気もなかった。

ジェスターは一瞬だけ黙り、Wの顔を見返す。

そして、小さく息を吐きながら答えた。

 

「ああ。おはよう」

 

その一言は、思っていた以上に穏やかだった。




・ジェスター
実質主人公。実はシラクーザの出身じゃないし作られた男だった。

・W
実はジェスターと同年代。性格が原作とは全然違い、凄くヒロインしてる。

・テレジア
殿下。

・ドクター
白コート。雰囲気が怖い。レイヴンと違って頭いい。レイヴン「おい!馬鹿にしてるだろ!」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。