ロドスの医療区画には、独特の静けさが漂っていた。
機械の低い駆動音、モニターの規則的な電子音、消毒薬の匂い…
数時間前、龍門から帰還したばかりのレイヴンは、隔離病室のガラス越しにフロストノヴァの姿を見つめていた。
白いシーツに横たわる彼女は、戦場で見せていた凛とした姿とは違い、あまりにも儚い。呼吸は浅く、時折苦しそうに胸が上下している。
「大丈夫かな……」
思わず漏れた独り言は、祈りに近かった。
「彼女の症状は、かなり深刻です」
隣に立つ医療オペレーターが、真剣な表情で言葉を継ぐ。
「ですが――必ず治してみせます。医療オペレーターの名に掛けて!」
その言葉には、現場を預かる者の覚悟と、揺るぎない自信が滲んでいた。
「頼むぜ、医療オペレーター!」
レイヴンは短く、だが重みのある声でそう返す。
「……そういえば、スノーデビル小隊の症状は?」
「彼らも重症ではありましたが、彼女ほどではありません。順調にいけば、数週間で退院できるでしょう」
「そっか……それを聞いて少し安心した。頼むな」
それ以上言葉を重ねることなく、レイヴンは医療ルームを後にした。
緊張が抜けた反動か、大きなあくびが一つこぼれる。
「ふぁ……」
その瞬間、横合いから小さな声がかかる。
「……貴方が、ドクター?」
「ん?」
振り返ると、そこには白い髪をしたフェリーンの少女が立っていた。
アーミヤと同じくらいの年齢だろうか。幼いながらも、その瞳には不思議な静けさと、どこか影があった。
「……君は?」
「私、ロスモンティス。アーミヤから聞いた」
そう名乗ると、彼女は手にしたタブレットを操作し始める。
指先の動きは慣れており、迷いがない。
「……? 何してるんだ?」
「ん。私、すぐに記憶が曖昧になっちゃうの。だから……大事なことは、こうして記録してる」
淡々とした口調。その裏にある現実を、彼女自身はもう受け入れているようだった。
「そっか……お前も大変だな」
レイヴンは無意識のうちに、彼女の頭に手を伸ばしていた。
「ん、ドクター……くすぐったい」
「あ、わりぃ」
少し照れたように手を引っ込める。
一瞬だけ、その場に奇妙な穏やかさが流れた。
「……今回の任務、ドクターも行くの?」
ロスモンティスが、タブレットから顔を上げて尋ねる。
「……お前も行くのか?」
「うん」
短い肯定。その一言には、覚悟も恐怖も混じっていない。ただ、事実としてそこにあるだけだった。
レイヴンは何も答えず、踵を返して歩き出す。
その背中を、ロスモンティスは静かに見送った。
辿り着いたのは司令室。
内部では、ケルシーとアーミヤ、数名のオペレーターが地図や資料を前に議論を交わしていた。
レイヴンは自然な動作で、ケルシーの横に立つ。
「なあ……あのロスモンティスって奴も、連れて行くのか?」
「ああ」
ケルシーは即答する。
「彼女は殲滅戦において、確かな戦果を挙げている」
淡々とした説明が続く。
「彼女の体内には特殊な器官が存在し、それによってアーツを制御している。だが、その副作用として、深刻な記憶障害が発生している」
「……それ、取れないのか?」
「取れば、彼女は死ぬ」
一切の感情を挟まない、冷徹な事実。
「ロドスって、意外とブラックなんだな」
皮肉を込めて呟いたレイヴンに、ケルシーは視線だけを向ける。
「君に、それを言う資格はない」
その言葉は鋭く、そして重かった。
司令室の空気は、相変わらず張り詰めていた。
作戦資料が並ぶ卓上、静かに点滅するホログラム、その中心に立つケルシーの背筋は微動だにしない。
レイヴンは腕を組み、わずかに息を吐いてから、どこか自嘲気味に口を開いた。
「相変わらず、信頼されないな」
軽い調子だったが、その言葉の裏には長年染みついた諦観があった。
それでも、真正面から向き合う視線だけは逸らさない。
「私は君のことを信頼することはないだろう」
ケルシーの声は冷静で、感情の起伏を一切含まない。
しかし、次の言葉には、確かな重みがあった。
「私は……君がしでかしたことを、一生許さない」
それは宣告だった。
過去の行い、選択、犠牲――それらすべてを記憶し、忘れず、赦さないという意志。
レイヴンは一瞬だけ目を伏せる。
だが、すぐに口角を上げた。
「……たとえそう言われてもさ」
顔を上げたその表情は、不敵で、どこか少年じみていた。
「俺はお前から信頼を得てみせるぜ」
根拠のない自信。
だが、それを何度も現実に変えてきた男の顔だった。
「俺、結構信頼されてるからな!」
そう言って、わざとらしいほどのドヤ顔を浮かべると、ケルシーの返事も待たずに踵を返す。
そして、そのままアーミヤのいる方へと歩いていった。
残されたケルシーは、ほんのわずかだけ視線を下げる。
「……ん?」
気付けば、彼女の手の中には、小さな包みがあった。
いつの間にか握らされていた飴。
あの男が、いつの間にか、あまりにも自然に置いていったものだ。
不覚にも、その存在に気付かなかったことが、僅かな苛立ちを生む。
だが同時に、それを捨てる理由も見当たらなかった。
ケルシーは無言のまま包みを剥き、飴を口に含む。
ゆっくりと広がる、素朴な甘さ。
(……甘いな……)
その感想は、飴そのものに向けたものだったのか。
それとも――あの男の、底抜けに愚直な覚悟に対してだったのか。
ケルシー自身にも、まだ判別はついていなかった。
…………………
作戦説明が始まったのは、ロドス艦内でも特に防音性の高い会議区画だった。
厚い隔壁に囲まれたその部屋では、外部の振動もほとんど伝わらず、静けさがかえって緊張感を際立たせていた。
中央にはチェルノボーグと龍門を示す立体ホログラムが投影され、二つの都市が衝突するまでの残り時間が、無機質な数字として刻一刻と減っていく。
アーミヤは一歩前に出て、落ち着いた声で語り始めた。
「龍門とチェルノボーグが衝突するまで、残り数十時間です。私たちは、これを必ず阻止します」
その言葉は決意というより、事実の確認に近かった。
だが、部屋にいる全員が理解していた。失敗は許されない。
「この任務に失敗すれば、ウルサス政府との全面的な戦争に発展する可能性があります。そうなれば、感染者と非感染者、双方に取り返しのつかない犠牲が出るでしょう」
アーミヤは一呼吸置き、視線を全員に巡らせる。
「――それだけは、なんとしても阻止しなければなりません」
ホログラムが切り替わり、複数の進行ルートとチーム編成が表示される。
「作戦概要を説明します。Aチームは上空から侵入し、敵部隊を撹乱。その間にBチームが砂塵によるカモフラージュを展開します」
砂嵐を模したエフェクトがホログラム上に広がった。
「カモフラージュが成功次第、Aチームは撤退。続いてCチーム、Dチームがその隙を突いてチェルノボーグ内部に突入します」
そして、アーミヤの視線がレイヴンに向けられた。
「ドクター、貴方はCチームです。現場での判断と指揮は、私とケルシー先生が行います」
「ああ、任せるぜ」
レイヴンは短く答えた。その声には、余計な力みも迷いもなかった。
――そして、作戦は予定通り実行に移された。
砂塵が舞い上がる中、レイヴン達は前進していた。
視界はほぼ遮断されていたが、オペレーターのアーツによって最低限の輪郭と熱源だけは把握できる状態に保たれている。
荒れ果てた地面を踏みしめるたび、砂と瓦礫が靴底で軋む音を立てた。
やがて、崩れかけた外壁が見えてくる。
アーミヤ達はフックショットを構え、次々と壁に打ち込みながら上へと登っていった。
「おい、なんで俺だけ無いんだよ」
下から見上げながら、レイヴンが不満げに声を上げる。
「君は、それがあるだろう」
ケルシーは淡々と返した。
「リコイルロッドじゃ届かないだろ!」
半ば本気の抗議だったが、ケルシーは取り合わず、レイヴンに何かを差し出した。
「ん?」
受け取ったのは、新型のロッドと一通の手紙だった。
その場で目を通す。
『ドクターへ その武器・チェーンロッドは、投げることで遠距離まで引き寄せられるぞ。有効活用して、データいっぱい取ってくれよな! ニールより』
「……あいつ」
レイヴンは苦笑しながら拳を握る。
「今度会ったら、絶対奢らせてやる!」
そう言って、チェーンロッドを構える。
振り下ろすと、エネルギーで形成された鎖が唸りを上げて壁へと伸び、しっかりと食い込んだ。
次の瞬間、レイヴンの体は一気に引き上げられ、半ば放り投げられるように空中へと飛び出す。
「うおおっ!」
無理やりではあったが、結果として壁の上に到達する。
「……非効率だな」
背後からケルシーが呟き、何事もなかったかのようにフックショットで軽やかに登ってきた。
こうして、レイヴン達は無事にチェルノボーグ内部へと突入した。
眼前に広がるのは、かつて都市だった名残。
崩壊した建物、傾いた街灯、地面に散乱する瓦礫と源石の欠片。
「前よりも……酷くなってるな」
レイヴンの低い呟きが、虚ろな街並みに吸い込まれていく。
その後にアーミヤが歩いてきた。
「ドクター。以降はCチーム、Dチームと共に行動してください」
ケルシーが指示を飛ばす。
「隊列を組め。このまま前進する」
「分かった。お前ら、行くぞ」
「「了解!」」
短い返答と共に、オペレーター達は素早く陣形を整えた。
足音を抑えながら、ケルシーを先頭に進軍を開始する。
やがて、一行は倉庫が立ち並ぶ区画へと辿り着いた。
高くそびえる金属製の建物群が視界を遮り、内部に潜む敵の気配を、より一層濃く感じさせている。
ロスモンティスの声は小さかったが、確信を伴っていた。
その言葉に促されるように、レイヴンは足を止め、視線を前方へと向ける。
砂塵に紛れていたはずの空気の流れが、わずかに乱れている。視界に明確な敵影はないが、長年の経験が「いる」と告げていた。
「……確かに、いるな」
瓦礫と倉庫が密集するこの区画では、音も気配も歪められる。
だが、歪んでいるからこそ、異物は逆に浮き彫りになる。
レイヴンは仲間の位置を一瞬で把握し、冷静に状況を整理した。
「……このメンバーで行けるか?」
問いかけは独り言に近かったが、その直後、予想外の声が返ってきた。
「………どうやら、困ってるようだな」
倉庫の影から現れたのは、見慣れた体格の男だった。
無骨な装備、落ち着いた立ち姿。
レイヴンは一瞬目を見開き、それから小さく息を吐いた。
「デューク!」
驚きと同時に、確かな安堵が胸に広がる。
この場所で、この男に会えるとは思っていなかった。
アーミヤもすぐに気付き、駆け寄る。
「デュークさん!どうしてここに?」
「お前らが困ってるって聞いてな」
デュークは肩をすくめ、いつもと変わらぬ調子で答えた。
「黙って見てるのは性に合わねぇ。“友を見捨てるのは、何よりもやっちゃいけない”って、親父に叩き込まれたからな。有給使って来た」
冗談めいた言い方ではあったが、その言葉に迷いはなかった。
レイヴンは鼻で小さく笑う。
「……へっ。そう言うなら、最後まで頼むぞ」
「ああ、もちろんだ」
こうして、即席ながらも確かな戦力を加えた隊列が再編される。
レイヴンは歩き出しながら、ふと隣のデュークを見る。
「レイヴン。お前、変わったな」
「え?そうか?」
「前より、ずいぶん柔らかくなった。肩の力が抜けたっていうか」
一瞬だけ言葉に詰まり、レイヴンは視線を前に戻す。
「……そっか。まあ、頼むぞ」
それ以上は言わなかったが、その短い会話だけで十分だった。
やがて、倉庫地帯を抜け、市街地へと足を踏み入れる。
崩壊した建物が並び、広場だったであろう場所が姿を現す。
中央には、レユニオンの遊撃兵達。そして――一際大きな影。
その背後には、巨大な源石神殿が地面に突き刺さるようにそびえ立っていた。
あれが起動すれば、この一帯にいるオペレーター達は無事では済まない。
「……アイツは……」
誰かがそう呟いた瞬間、レイヴンは理解していた。
盾を携え、揺るがぬ存在感を放つその男。
レユニオンの盾、パトリオット。
仮面に覆われた表情は読み取れない。
それでも、その視線がレイヴン一人に向けられているのは明白だった。
「話が……した……い……」
ぎこちないが、はっきりとした意思を伴う言葉。
敵意よりも、覚悟に近いものが感じられる。
「ドクター!」
アーミヤが一歩前に出ようとする。
「待て」
レイヴンは短く制し、前へ出た。
「俺が話に行く」
ゆっくりと距離を詰める。
パトリオットは動かず、問いを投げかけた。
「……フロストノヴァ……いや……エレーナは……どうなった……?」
その名に、わずかに空気が張り詰める。
「……無事だ。今はロドスで治療を受けてる」
一瞬の沈黙。
そして、低く、しかし確かに安堵を含んだ声。
「……そう……か……」
次の瞬間、パトリオットはハルバートを構え、盾を前に出した。
戦う意思を隠そうともしない。
「……!」
「君の事を……見定めたい……」
盾を地面に強く突き立てる音が、広場に響く。
「これは……私の……我儘だ……」
「君が……娘に……相応しいか……試したい……」
その言葉に、誰も割って入れなかった。
「……分かった」
レイヴンは静かに答え、双剣を構える。
その背中を、アーミヤが不安そうに見つめる。
「ドクター……」
「アーミヤ。ここは――」
レイヴンは振り返らずに言った。
「俺一人に、やらせてくれ」
その声は落ち着いていて、揺れはなかった。
広場には、これから始まる戦いの前触れだけが、重く漂っていた。
「レイヴンの言うとおりだ。ここは……アイツに任せよう」
低く落ち着いた声で、デュークはそう言うと、アーミヤの肩にそっと手を置いた。
その手つきは強引ではなく、しかし確固たる覚悟を含んだ重みがあった。彼自身も、この戦いがただの戦闘ではないことを理解している――これは、誇りと信念を賭けた“対話”なのだと。
アーミヤは一瞬だけ唇を噛み、視線をレイヴンへ向ける。
前に立つ彼の背中は、いつもよりも大きく、そして孤独に見えた。
「……分かりました」
短くそう答え、アーミヤは一歩下がる。
それは撤退ではなく、仲間としての信頼を示す一歩だった。
広場の空気が、重く沈む。
瓦礫に囲まれた空間の中央で、レイヴンとパトリオットは向かい合い、それぞれが戦士としての構えを取った。
次の瞬間だった。
――ゴォォ……。
地の奥底から響くような低い駆動音と共に、源石神殿が反応を示す。
神殿に刻まれた回路が淡く、しかし不気味な光を放ち始め、周囲の大気がわずかに歪む。源石粒子が目に見えるほど濃くなり、皮膚を刺すような圧迫感が広場を包み込んだ。
「……防護装置を装着しろ……!」
ケルシーの鋭い声が飛ぶ。
それを合図に、アーミヤたちは即座にマスクを装着し、源石汚染への備えを整える。
だが――。
レイヴンだけは、立ち止まらなかった。
マスクにも手を伸ばさず、そのまま地を蹴る。
砂埃を巻き上げ、一直線にパトリオットへと走り出す。
「……行くぞ、パトリオット!」
叫びと共に、レイヴンは大剣を両手で構え、渾身の力を込めて振り下ろした。
刃が空気を裂く音が鳴り、ただの一撃とは思えぬ重さが込められているのが分かる。
だが、パトリオットは一歩も退かなかった。
分厚い盾をわずかに傾け、レイヴンの大剣を正面から受け止める。
金属同士が衝突する凄まじい音が響くが、パトリオットの腕は微動だにしない。
「チッ……!」
歯噛みするレイヴン。
確かな手応えはあった。だが、それ以上に――“通じていない”という事実がはっきりと伝わってきた。
「まだ……こんなものでは……ない筈だ!」
パトリオットの声は低く、地鳴りのように響く。
次の瞬間、彼はハルバードを大きく振り抜いた。
武器そのものが届く前に、衝撃波が発生する。
空気が爆ぜ、見えない壁がレイヴンを正面から叩きつけた。
「――ぐっ!」
身体が宙に浮き、制御を失ったまま後方へ吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられ、瓦礫が跳ね、鈍い音が広場に響いた。
それでも、レイヴンは倒れきらず、すぐに体勢を立て直そうとする。
この一撃が、ただの力比べではないことを、誰もが理解していた。
――これは、試練だ。
父として、戦士として、パトリオットが課した“資格”そのものだった。
源石神殿の破壊に向け、他のオペレーターたちは必死に動いていた。
瓦礫と砂塵が舞う中、各班はそれぞれの役割に集中し、神殿へと殺到するレユニオンの遊撃兵を迎撃しながら、内部構造への攻撃を続けている。
その一方で――
広場の中心では、ただ二人だけ、まるで世界から切り離されたかのように、レイヴンとパトリオットが対峙し続けていた。
鋼と鋼がぶつかる音、衝撃波で地面が抉れ、空気が震える。
その戦いはもはや戦術でも任務でもなく、純粋な“意思と覚悟”のぶつかり合いだった。
「……ッ!」
突然、ロスモンティスが膝をつき、頭を押さえる。
その小さな体が不自然に震え始めたのを見て、アーミヤは即座に駆け寄った。
「ロスモンティスさん!? 大丈夫ですか?」
呼びかけに応じるように顔を上げたロスモンティスの表情は、明らかに異常だった。
瞳は揺れ、焦点が定まらず、呼吸も乱れている。
「……なに……これ……」
か細い声で、彼女は言葉を絞り出す。
「私の中に……ドクターと……パトリオットの意識が……流れ込んでくる……!」
ロスモンティスの能力は、感情や意志の波を増幅させ、時に他者の精神と共鳴してしまう。
源石神殿によって歪められ、増幅された“何か”が、彼女の心に直接流れ込んでいた。
「怒りと……悲しみが……ぐちゃぐちゃになって……」
言葉を続けるたび、彼女の声は震え、吐き気を堪えるように喉を押さえる。
「……気持ち悪い……!」
アーミヤは思わず彼女を抱き寄せるが、どうすることもできない。
その様子を、ケルシーは歯噛みしながら見つめていた。
「……精神干渉が、ここまで強く、しかも早く……」
想定よりもはるかに深刻だ。
神殿は単なる装置ではない。
この場にいる人間の“感情”そのものを媒介に、力を拡散させている。
「……くっ……Mon3tr!」
ケルシーがその名を叫んだ瞬間、彼女の背後が眩い光に包まれる。
源石の輝きが形を成し、龍を思わせる異形の存在――Mon3trが顕現した。
圧倒的な威圧感を放ちながら、Mon3trは鋭い爪を展開し、地を蹴る。
「神殿を破壊しろ!」
ケルシーの命令と同時に、Mon3trは突撃した。
立ちはだかるレユニオンの遊撃兵を文字通り薙ぎ倒し、抵抗を許さぬ勢いで神殿へと迫る。
――轟音。
爪が源石に突き立てられ、亀裂が走り、次の瞬間、神殿の中核が砕け散った。
源石の光が一気に失われ、空気中に漂っていた圧迫感も急速に薄れていく。
「……成功……?」
誰かが呟いた。
しかし――。
広場の中心に立つ、あの巨体を見て、ケルシーの表情が凍りつく。
パトリオットは、倒れなかった。
その力が弱まった様子も、膝をつく兆しすらない。
「……どうして……!?」
想定では、神殿の破壊と同時に彼の戦闘能力は大きく低下するはずだった。
「……まさか……体を……捧げたのか……」
源石装置ではなく、自身そのものを媒介にしている――
その可能性が、脳裏をよぎる。
「……このままでは……」
ケルシーは視線を巡らせるが、状況は最悪だった。
「ですが……あの様子では……護衛は……」
誰一人として、レイヴンとパトリオットの間に割って入れる者はいない。
力の次元が違いすぎる。
それを無理に止めれば、命を落とすだけだ。
二人は今もなお、互いの視線を外さず、静かに、しかし確実に次の一撃を待っていた。
――この戦いは、まだ終わらない。
レイヴンは荒く息を吐きながら、両手に握った双剣を強く構え直した。
肺が焼け付くように痛み、腕には既に疲労が溜まっている。それでも足は止まらない。
――ここで引くわけにはいかない。
砂塵を蹴散らしながら、彼は一直線に駆け出した。
「無謀だな……!」
パトリオットの低く、重たい声が響く。
同時に、巨躯が動いた。
ハルバードが大きく振りかぶられ、次の瞬間、地面を叩き割るように振り下ろされる。
凄まじい衝撃波が発生し、石畳が砕け、爆風のような圧力が周囲一帯を包み込んだ。
砂埃と煙が一気に視界を覆い尽くす。
「ドクター!」
アーミヤの叫びが響く。
「!?」
煙がわずかに晴れた瞬間、そこにレイヴンの姿はなかった。
地面に突き刺さっているのは、一本の剣――囮のように置かれたものだけ。
パトリオットは即座に周囲を見回す。
だが、どこにもあの男の気配がない。
「……まさか……!」
直感が、全身を警告した。
「はああぁぁぁぁぁっ!!」
雄叫びと共に、空気を切り裂く音。
次の瞬間、頭上から振り下ろされる大剣。
レイヴンは煙の中を利用し、死角から一気に距離を詰めていた。
既に双剣は捨て、全身の力を一点に集中させ、大剣を叩き込む。
金属同士が激突する轟音。
パトリオットの巨体がわずかに揺れ、その膝が地面に落ちた。
「……っ!」
レイヴン自身も衝撃を殺しきれず、膝をつく。
それでも剣は離さない。刃先は確実に、パトリオットの急所を捉えていた。
沈黙が落ちる。
「……何故……」
パトリオットが、かすれた声で問いかける。
「何故……殺さない……」
その一撃は、明確に“峰打ち”だった。
本気で斬るつもりなら、致命傷を与えられたはずだ。
レイヴンは剣を下ろし、息を整えながら答える。
「お前を殺したら……俺が後悔すると思ったからな」
その言葉に、パトリオットは一瞬だけ黙り込む。
「……甘い……男だな……」
低く、だがどこか苦笑を含んだ声。
レイヴンは視線を逸らさず、静かに立ち上がる。
「だが……」
パトリオットもまた、ゆっくりと身を起こしながら続ける。
「その甘さで……救われる者もいるという事を……忘れるな……」
彼の言葉は、戦士としてではなく、父としてのものだった。
「そして……この戦いを……終わら……せられるのは……君だ。碑文使い…」
「分かった。任せろ。」
短く、だが迷いのない返答。
パトリオットは一歩近づき、腰元から小さな何かを取り出すと、レイヴンに差し出した。
それは、彼が背負ってきた“覚悟”そのものだった。
レイヴンはそれを両手で、確かに受け取る。
その背後で、アーミヤたちが駆け寄ってくる。
「ドクター! 無茶をして……!」
「これぐらい平気だ」
レイヴンは軽く笑い、すぐに表情を引き締める。
「それよりも……タルラを……」
言葉の途中、遠方で爆発音が轟いた。
神殿の背後にあった巨大な源石構造物が砕け散り、その瓦礫の向こうから、重々しい足音が近づいてくる。
砂煙の中から現れたのは――
数十機のコンバットフレーム。
「コンバットフレーム……!」
誰かが息を呑む。
「そんな……これでは……」
その時、パトリオットが一歩前に出た。
その背中は、あまりにも大きく、そして揺るぎなかった。
「ここは……私が……引き受ける……!」
振り返らず、ただ前を見据えたまま言う。
「これが……最期の……戦いだ……」
一瞬の沈黙の後、彼は低く続けた。
「……ドクターよ……娘を……頼む……」
レイヴンは一瞬だけ言葉を失い、そして深く頷く。
「任せろ。必ず、守ってみせます」
その言葉は、珍しく、はっきりとした敬意を含んでいた。
パトリオットは何も言わず、戦場へと歩き出す。
その背中は、最後まで“盾”だった。
「ロドス!私は!進軍するッ!!」
レイヴンは、一度だけ振り返り、そしてすぐに視線を前へ戻した。
背後で何が起ころうとしているのか――考えないようにしても、理解してしまうほどには、彼は多くを見てきた。
「……行くぞ!」
その声は、怒鳴るようでいて、どこか必死に絞り出したようでもあった。
レイヴンは腕を振り、前方を指し示しながら、仲間たちに先行を促す。
「ドクター……」
誰かが小さく名を呼ぶ。
その瞬間、レイヴンの視界がわずかに滲んだ。
熱いものが、頬を伝って落ちる。
理由は分かっていた。だが、それを認めてしまえば、足が止まる気がした。
――だから、止まらない。
アーミヤは何も言わなかった。
レイヴンの背中を見ただけで、全てを察していたからだ。
彼女は拳を強く握り、歯を食いしばりながら、黙って走り出す。
それに続くように、ロドスのオペレーターたちも次々と動き出した。
誰一人、振り返らなかった。
その背後から響く音――
重く、激しく、そして何度も繰り返される破壊音。
金属が砕ける音、爆発音、そして地面を震わせる衝撃。
それらは、何が起きているのかを理解するには、あまりにも十分すぎた。
だが、誰も口にはしなかった。
それぞれが、それぞれの胸の中で、同じ名前を呼びながら。
…………………
数分後。
広場には、もはや生きている者の気配はなかった。
そこに残されていたのは、無惨に破壊されたコンバットフレームの残骸だけだった。
装甲は引き裂かれ、関節は砕かれ、原型を留めていない。
数十機あったはずの機体は、すべて沈黙している。
その中心に――
ただ一人、立ち尽くす影があった。
パトリオット。
全身は傷だらけで、装甲は剥がれ、鎧の下からは赤黒い血が滲んでいる。
ハルバードも盾も、ひび割れ、歪み、もはや武器としての役目を終えていた。
それでも彼は、倒れてはいなかった。
動くこともなく、ただ静かに立ち続けている。
まるで最後の瞬間まで、“盾”であろうとしたかのように。
その姿は、敗者のものではなく――
最後まで役目を果たした戦士の、それだった。
そこへ、ゆっくりと足音が近づく。
ジェスターとWだった。
二人は瓦礫の山を前に立ち止まり、しばらく言葉を失っていた。
そして、ジェスターが低く呟く。
「……パトリオット……逝ったんだな」
Wも、珍しく冗談めいた調子を見せず、視線を伏せる。
「……パトリオット……」
沈黙が落ちる。
風が吹き、崩れた瓦礫の間を抜けていく音だけが響いた。
やがて、ジェスターはゆっくりと口を開く。
「パトリオット……以前、こんな事を言ってたな……“過去に縛られるな”って……」
その言葉を噛み締めるように、拳を握る。
「……俺も……向き合う時が来たのかもしれない」
Wは、彼の横顔を静かに見つめる。
「ジェスター……」
彼は、しばらく何かを探すように視線を彷徨わせ、そして決意を固めたように前を見る。
「俺は……」
「与えられた命の意味を……俺は探す」
それは、誰かに与えられた言葉ではなく、自分自身に言い聞かせるための宣言だった。
崩れた広場の中心で、終わりと始まりが、静かに交差していた。
・レイヴン
フロストノヴァをパトリオットから任せれた。敬語が使えるぐらいには知能増加中…
・アーミヤ
今回影薄め。
・ロスモンティス
頭痛くなった。
・ケルシー
Mon3trを初登場させた。
・パトリオット
やっぱり全盛期は最強と言われる男の強さだった。
・ジェスター&W
本当に敵キャラか…?