レイヴンは、ケルシーと二人きりで地下の動力制御エリアを進んでいた。
アーミヤやロスモンティスと別れてからというもの、空気はどこか重く、言葉を選ばなければならない緊張感が張りついている。
天井を這う配管からは低い振動音が響き、動力炉の鼓動のように規則正しく鳴り続けていた。
白い照明は無機質で、影を濃く落とし、足音だけがやけに大きく反響する。
「ドクター」
ケルシーが歩きながら、不意に口を開く。
「アーミヤのことが、気になるか?」
その問いかけは、あまりにも率直で、同時に試すようでもあった。
レイヴンは一瞬、言葉を選ぶように視線を逸らし、やがて短く答える。
「……そうだな」
嘘ではなかった。
だが、それ以上に胸の奥に溜まっているものは、別の感情だった。
レイヴンは歩きながら、ケルシーの背中を見つめる。
変わらない歩幅、変わらない姿勢、変わらない態度。
それが、妙に腹立たしかった。
――いつもそうだ。
――何かを知っているくせに、何も語らない。
「……聞きたいことがある」
低く抑えた声で、レイヴンは切り出す。
「……なんだ」
ケルシーは立ち止まらず、淡々と返す。
その無関心な態度が、最後の引き金だった。
「お前は……俺のことを、ちゃんと見てないんじゃないのか?」
その言葉に、ケルシーはわずかに歩調を緩めた。
「……何?」
「お前、俺と話す時さ……いつも“昔の俺”と比べて見てるだろ」
レイヴンは唇を噛みしめ、深く溜息を吐いた。
苛立ち、焦燥、不安――それらが入り混じり、吐き出さずにはいられなかった。
「今の俺じゃなくて、過去の“ドクター”を見てる」
彼は拳を握りしめる。
「……ケルシー。お前は、何を知ってる?」
問いは、もはや確認ではなかった。
詰問に近い。
「教えてくれ」
だが、ケルシーは冷たく返す。
「……お前に教える義務などない」
その一言で、レイヴンの中の何かが切れた。
「あるッ!」
振り返りざま、レイヴンはケルシーの肩を強く掴んだ。
金属音が反響し、空気が張り詰める。
ケルシーは表情を変えなかった。
それが、さらに彼を苛立たせた。
「ケルシー……!」
声が震える。
「お前は何を知ってるんだ!」
抑えていた感情が、一気に噴き出す。
「俺の過去か!?昔の過ちか!?俺が指揮能力を失った理由か!?」
「俺は偽物なのか!?俺は、なんなんだ!?お前は……俺の“何”を知ってるんだよ!?」
「答えろッ! ケルシーッ!!」
叫びは、地下通路に虚しく響いた。
胸の奥に溜め込んでいた疑念と恐怖が、そのまま言葉になって溢れ出していた。
だが――
ケルシーは、なおも冷静だった。
「……だったら、聞いてやるよ…」
そう言って、レイヴンは一歩詰め寄る。
「プ リ ー ス テ ィ ス っ て 誰 だ ?」
その瞬間。
「ッ……!」
ケルシーの表情が――揺らいだ。
困惑。
動揺。
一瞬だけ浮かんだ、感情の亀裂。
それは、普段の彼女からは決して見せない顔だった。
レイヴンは、思わず息を呑む。
「……君は……」
ケルシーの声が、わずかに掠れる。
「何故……その名前を……」
「お前らと関わってるうちにさ」
レイヴンは肩から手を離し、視線を落とす。
「ボヤけてた記憶が……少しずつ、浮かび上がってきてる」
「ケルシー。お前は――」
「ッ……!」
ケルシーはそれ以上聞くまいとするかのように顔を伏せ、苦悶の表情を隠しながら、再び歩き出した。
背中が、いつもより小さく見えた。
「……やっぱり、何も教えてくれないのかよ」
レイヴンは小さく呟く。
怒りよりも、失望の色が強かった。
答えは返ってこない。
ただ、二人分の足音だけが、地下通路に虚しく響き続けていた。
(だが……プリースティスという名前を出した時)
レイヴンは歩きながら、先ほどの場面を何度も反芻していた。
あの瞬間の、ケルシーの表情。
ほんの一瞬ではあったが、確かに――焦りがあった。
(なんで、あんなに動揺した……?)
プリースティス。
自分でも、ほとんど無意識に口にした名前だった。
記憶の底に沈んでいた、輪郭の曖昧な単語。
だからこそ「一番関係なさそう」だと思っていた。
(なのに……)
(あれは、“図星”を突かれた反応だ)
胸の奥に、確信めいたものが沈殿していく。
(やっぱり……何かを隠してるな)
レイヴンは表情を引き締め、そのまま歩みを進めた。
地下通路の空気は重く、金属と源石特有の匂いが鼻を刺す。
――と、その時。
前方から、確かな人の気配が伝わってきた。
「ドクター……!」
聞き慣れた声。
張り詰めていた神経が、一瞬でほどける。
「その声……ジェスターか!?」
「正解〜。よく分かったわね」
続いて、少し軽い調子の声。
「Wも居たのか!」
レイヴンは思わず駆け寄った。
二人の姿を確認すると、反射的にジェスターの身体に目を走らせる。
――包帯。
しかも、応急処置に近い、かなり雑な巻き方だ。
「大丈夫か?」
声には、隠しきれない安堵が滲んでいた。
「なんとかな」
ジェスターは短く答えるが、その表情は決して余裕があるものではない。
それでも、立っている。
それだけで、今は十分だった。
「ドクター。何かあったんだな?」
Wが鋭く問いかける。
彼女は、空気の変化に敏感だった。
「……まあ、ちょっとな」
レイヴンはそれ以上語らず、視線を前に向けて歩き出した。
言葉にすれば、今は余計に重くなる。
やがて、先行していた他のロドス部隊と合流する。
その光景を見た瞬間、レイヴンの足がわずかに止まった。
(……ここって……)
胸の奥が、嫌な感覚でざわつく。
(俺が……目覚めた場所……)
かつて、自分が“ドクター”として再び生を得た場所。
記憶も、名前も、過去も曖昧だったあの時の――始点。
レイヴンは、周囲を見回し、階段で地上へと繋がる通路を見つけた。
「……ジェスター、W……それにケルシー」
振り返り、静かだがはっきりと告げる。
「俺は、タルラの所に行く」
一瞬の沈黙。
「お前らは、この先の動力制御エリアに向かってくれ」
「分かった、ドクター」
ジェスターは迷いなく頷く。
「この戦いが終わったら、すぐ合流する」
「ああ……頼むな」
短いやり取りだったが、それで十分だった。
レイヴンは背を向け、階段を一気に駆け上がっていく。
その背中を見送りながら――
「……ケルシー」
Wが、ぽつりと口を開く。
「アタシ、アイツのこと……もう“別々に接する”ことにしたの」
そう言って、防護マスクをロドスの隊員から受け取る。
「アンタもさ……そろそろ割り切ったら?」
その言葉は軽いようでいて、核心を突いていた。
「……私は……」
ケルシーは言葉を詰まらせる。
それ自体が、異例だった。
「アンタがそんな風に悩むの、初めて見たわ」
Wは肩をすくめる。
「まあいいわ。お互い、どうにか生き残りましょ?」
その言葉に、ジェスターも口を開く。
「ケルシー先生」
「俺も……ドクターのことは、今でも許せないと思っている」
視線は前を向いたまま。
「だが、それ以前に……“以前のドクター”と“今のドクター”は、まるっきり別物だ」
一拍置いて、苦笑混じりに続ける。
「……もしかしたら、本当に偽物だったりしてな」
だが、その声に敵意はなかった。
「……でも、俺も割り切る」
「そうしないと……テレジアに、怒られそうだからな」
その名前を口にした瞬間、空気が僅かに引き締まる。
ジェスターは防護マスクを装着し、ロドスの部隊と共に歩き出した。
ケルシーは、その背中を静かに見送る。
――割り切る。
それは、簡単なようで、何よりも難しい選択だった。
……………………………………
石棺へと続く通路を進むにつれ、空気は目に見えて淀んでいった。
湿り気を帯びた冷気が肌にまとわりつき、足音が不気味なほどに反響する。
「……ここか」
ジェスターは、目の前に鎮座する巨大な石棺を見上げた。
無機質で、無感情で、ただそこに“在る”だけの装置。
「……これが、ドクターが眠っていた石棺……」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が僅かに締め付けられた。
ここは始まりの場所であり、同時に多くの悲劇を生み出した場所でもある。
「……どうやら、お客さんが居るようね」
Wの声に、ジェスターは反射的に視線を前へ向けた。
そこにいたのは――
石棺の傍らで身を伏せる、異様な怪物。
鳥のような輪郭を保ちながらも、肉体は歪み、羽毛の代わりに源石が突き刺さるように生え、感染者たちがその周囲に群がって呻いている。
彼らは既に人とは呼べない存在だった。
「……あのアーツって……」
「ええ。間違いなく……メフィストのものね」
Wの声には、皮肉も嘲りもなかった。
ただ、事実を淡々と告げる響きだけがあった。
ジェスターは、ゆっくりと剣を手に取る。
(……ああ、そうか)
(あれが……メフィストの“行き着いた先”か)
かつての少年の面影は、もはや微塵も残っていない。
石棺の力に縋り、歪みきった結果が――これだ。
「……無駄な体力は、できるだけ使いたくないんだがな……」
呟きながらも、ジェスターの構えは迷いがなかった。
Wもナイフを握り、鋭い視線で怪鳥を捉える。
次の瞬間。
怪鳥は、歌うような呻きを上げながら羽ばたいた。
音とも声ともつかぬ不協和音が空間を震わせる。
「Mon3tr!」
ケルシーの叫びと同時に、背後から異形が顕現する。
光を帯びたMon3trが即座にビームを放ち、牽制する。
だが――
「……効いてる様子、ないわね」
怪鳥は揺らぐことなく空中で身を捻り、再び羽ばたく。
「斬鋭弾!」
ジェスターは剣にアーツを集中させ、刃状のエネルギーを放つ。
それに続くように、Wのグレネードが連続で炸裂する。
怪鳥は一瞬怯んだが、それでも倒れない。
そして――
再び、歌い始めた。
「……なんだ……この、耳障りな歌は……」
脳の奥を直接撫で回されるような、不快な旋律。
ジェスターは歯を食いしばりながら、すぐに動いた。
剣を一本、鞘に納める。
(……終わらせる)
アーツを限界まで溜め、一気に解放する。
「――月・翔・斬!」
斬り上げと同時に放たれた一閃が、怪鳥の首を断ち切った。
「落砕牙ッ!」
間髪入れず、もう一撃。
落下する頭部へと刃を突き刺し、完全に息の根を止める。
怪鳥は、血と源石の欠片を溢れさせながら、まるで眠るように崩れ落ちた。
静寂。
「……ジェスター……アイツ……」
Wの声は、どこか複雑な色を帯びていた。
「ファウストの所に行ったんだ」
ジェスターはそう言い、静かに目を閉じる。
「俺たちに、できることは……これだけさ」
それは、赦しでも救いでもない。
ただの“区切り”だった。
ジェスターは目を開け、ケルシーを見る。
「ケルシー。ドクターを許せないのは、俺も同じだ」
その声は、強くも弱くもなく、ただ率直だった。
「だが……そろそろ、振り返るのをやめた方がいい」
「……行くぞ」
ジェスターは短く答える。
「ええ」
ジェスターとWは背を向け、ケルシーを残して走り出した。
彼らが向かう先には――レイヴンがいる。
その場に残されたケルシーは、石棺と、崩れ落ちた怪鳥を見つめる。
「……私は……」
その先の言葉は、まだ形にならなかった。
…………………
その頃――
瓦礫と炎の匂いが混じるチェルノボーグの街を、テディスはひたすら走っていた。
肺が焼けるように痛み、視界の端が滲む。
それでも足は止まらなかった。
(……まだだ、まだ間に合う……!)
崩れた建物の影を抜けた、その先で――
黒いコートが、夜の中に浮かび上がった。
「……あ!」
息を詰めたまま、テディスは声を上げる。
「……隊長!」
ゆっくりと、しかし確実に立ち止まる背中。
振り返ったその顔を見た瞬間、テディスは言葉を失った。
「……! テディス……」
赤霄は完全に抜かれ、刃は血に濡れていた。
チェンの頬にも、まだ乾ききらない血が筋を引いている。
テディスは膝に手をつき、荒い呼吸のまま歩み寄る。
「……なんだ。私を、殺しに来たのか?」
冗談めいた口調。
だが、その奥には本気でそう考えている色があった。
「……そう思ってるなら」
テディスは顔を上げ、はっきりと言う。
「既に、隊長は死んでますよね」
一瞬、チェンの目が見開かれる。
「……そこまで、分かるんだな……」
チェンは視線を逸らし、踵を返して歩き出そうとした。
だが、その腕をテディスが掴む。
「隊長。これはもう、隊長だけの問題じゃない」
力は強くない。
だが、迷いはなかった。
「……だが私は、君を巻き込みたくはない!」
声には、珍しく感情が滲んでいた。
怒りでも拒絶でもない――恐れだ。
「大丈夫ですよ」
テディスは、ふっと笑った。
「俺、強いですから」
その言葉は自慢でも虚勢でもなかった。
事実として、淡々と告げるように。
テディスはそっと手を伸ばし、チェンの頬に触れる。
血の温度が、まだ残っていた。
驚く間もなく、チェンはその手に自分の手を重ねた。
「……隊長」
テディスの声は低く、しかしはっきりしている。
「俺、隊長のことが好きです。
一切の回りくどさはなかった。
「だから……最期まで、守らせてください」
チェンは何も言わない。
剣を握る手が、わずかに震えた。
長い沈黙の後――
彼女は、静かに口を開く。
「……ありがとう」
それ以上は、何も言わなかった。
だが、その一言だけで、十分だった。
二人は並び、再び前を向いて走って行った。
・ジェスター
主人公かな?
・レイヴン
いつも通りっすね。
・W
かわいい。
・テディス
チェンとの関係は短編とかで書くかも。わ