アークナイツ リザレクション   作:サツキタロオ

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結構続いた第一部完!


STORY.19:明日に繋がる風

「――タルラ!!」

 

チェンとテディスは、崩壊しかけたビルの屋上へと辿り着いた。

夜風が吹き抜け、焦げた鉄と源石の匂いが漂っている。

 

二人は剣を抜いたまま、同時に動きを止めた。

不用意に一歩踏み出すだけで、取り返しのつかない事態になる――

そう直感が告げていた。

 

テディスは深く息を吸い、静かに全ての剣を合体させる。

重なり合った刃は、一つの巨大な剣となり、地面へと突き立てられた。

 

「……なんだ……この気配……」

 

皮膚の内側を撫でるような、嫌悪感。

力そのものではない。

“存在してはいけない何か”が、そこにある感覚だった。

 

「テディス……?」

 

チェンの声に、彼はわずかに首を振る。

 

「チェン隊長……」

 

その声は低く、震えていない。

だが、確かな緊張が滲んでいた。

 

「俺達が戦うべきなのは……タルラじゃないのかもしれない……」

 

「……?」

 

チェンは眉をひそめる。

だが、テディスの視線は一貫してタルラを捉えたままだ。

 

「感じるんです……タルラの中に……何かが居る」

 

その瞬間――

空気が、歪んだ。

 

『――ほう』

 

頭の奥に直接響くような声。

人の喉から発せられたものではない。

 

『我々の存在に気付くとは……やはり、卓越した戦闘能力を持つ者のようだな?』

 

タルラの雰囲気が、一変する。

彼女の背後から、炎と闇が絡み合った影が浮かび上がった。

 

それは――

八岐大蛇を思わせる、異形の化身。

 

何本もの首が蠢き、視線だけで周囲を威圧する。

 

『我が名は――“コシチェイ”』

 

低く、愉悦を含んだ声。

 

『タルラの心は、すでに我が者となった』

 

『大人しく、新たな世界の糧となるがいい』

 

その言葉と同時に、タルラの腕が持ち上がる。

感情の無い動き。

人形のような所作だった。

 

放たれる、炎のアーツ。

 

だが――

 

「――させるかよ!!」

 

炎を切り裂きながら、二つの影が突っ込んでくる。

 

「……ドクター!? デューク君!?」

 

「待たせたな」

 

レイヴンの声は短く、だが確信に満ちていた。

 

「こっからは、俺たちも参戦だ!」

 

二人は剣を構え、迷いなく前に立つ。

 

『ほう……数を揃えたところで、この我を倒せると思うか?』

 

大蛇の化身が咆哮し、複数の火炎弾を放つ。

 

「ドクター!!」

 

その前に飛び出した小さな影。

 

「――アーミヤ!!」

 

彼女は歯を食いしばり、両手を掲げる。

アーツによる防御壁が展開され、炎を受け止めた。

 

『コータスの小娘も来たか……』

 

『だが、所詮は力なき弱き存在――』

 

タルラとコシチェイのアーツが重なり、圧倒的な熱量となる。

 

――しかし。

 

「……させるかよ」

 

鋭い斬撃が、その奔流を断ち切った。

 

「ジェスター!!」

「W!!」

 

「すまない、遅れた」

 

ジェスターは静かに剣を構え、Wは不敵に笑う。

 

「こっからはアタシ達も参戦よ」

 

「文句ある?」

 

アーミヤは、はっきりと首を振った。

 

「いえ……!」

 

その瞳には、恐怖ではなく――

仲間が揃ったという確信が宿っていた。

 

「最後まで……よろしくお願いします!」

『――愚かな……!』

 

コシチェイの声が、嘲りと殺意を孕んで響く。

 

『まずはコータスの小娘よ。先に殺してやろう!』

 

その瞬間。

八岐大蛇の首の一つが、獲物を狙う獣のようにうねり――

アーミヤ以外の全員を噛みつき、強引に拘束した。

 

骨が軋む音。

締め付けられる痛みと、炎の熱。

 

「アーミヤッ!!」

 

レイヴンの叫びが夜空に響く。

だが、アーミヤは動かなかった。

 

「…………」

 

小さな拳が、震えながら握り締められる。

恐怖は確かにあった。

身体が言うことを聞かないほどの、圧倒的な存在感。

 

――それでも。

 

(ここで……止まったら……)

 

(みんなが……死ぬ……)

 

彼女の指にはめられた指輪の一つが、不穏なノイズを発し始める。

淡く光っていた紋様が、まるで拒絶するように歪み、消えかかっていた。

 

「……赤霄……」

 

かすれた声。

だが、そこに迷いはなかった。

 

「……乖離せよ……そして……」

 

アーミヤは、ゆっくりと目を閉じる。

胸の奥で何かが、音を立てて崩れていく感覚がした。

 

(これを使えば……戻れないかもしれない)

 

(それでも……)

 

「……抜刀せよ……」

 

――パキン。

 

乾いた音と共に、指輪が砕け散った。

 

同時に、右腕に源石のような籠手が形成されていく。

それは武装であり、枷であり――

彼女自身の覚悟の形だった。

 

地面が震え、

そこから一振りの剣が、ゆっくりと姿を現す。

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

叫びと共に、アーミヤは剣を掴み、

全身の力を込めて――コシチェイへと振り下ろした。

 

炎と衝撃が弾ける。

 

「アーミヤ……お前……」

誰かが息を呑む。

彼女はもう、“守られるだけの存在”ではなかった。

 

荒く息を吐きながら、アーミヤは再び剣を構える。

そして、残った力を掻き集め、二つのアーツを形成した。

 

「……っ!」

 

それを――

レイヴンとジェスターへと、投げ放つ。

 

「あっ!」

アーツは二人の頭上を越え、空中に留まるように展開された。

レイヴンはそれを見上げ、理解する。

 

(俺達が、ここに居るのは……)

 

(ドクター……お前が居たから……)

 

(……いや……)

 

("お前"だからだ!)

 

その瞬間。

 

「――“レイヴン”!」

 

ジェスターが、彼を名で呼んだ。

それは偶然ではない。

“ドクター”という役割から、一人の人間として認めた証だった。

 

ジェスターは風を纏い、回転する。

アーミヤの炎のアーツと重なり、二人は炎を背に、空へと跳び上がる。

 

「「――くらえぇッ!!」」

 

二人の蹴りが、アーミヤの放ったアーツを叩き飛ばした。

それは単なる攻撃ではない。仲間の意志を繋ぎ、解き放つ一撃。

 

炎と風が混じり合い、コシチェイへと牙を剥いた。

 

『――馬鹿めッ!この程度で……!』

 

コシチェイは咆哮と共に、残る首から炎を噴き上げ、再び噛みつこうとした。

だが――その炎は、まるで意味を成さなかった。

 

焼き払うはずの熱量は、信念によって結び合わされた連携の前で、霧散するように消えていく。

 

防御できない。

打ち消せない。

そもそも――遮るという発想が通じていなかった。

 

「……なんだと……!?」

 

コシチェイの声に、明確な動揺が混じる。

大蛇の首が力を失い、拘束していた締め付けが、ほどけるように解けていった。

 

「今だッ!」

解放された瞬間、デュークとWが同時に動く。

迷いも躊躇もない。

互いの位置を確認する必要すらなかった。

デュークの剣が一閃し、Wの刃が踊るように走る。

 

――二人の刃は、同時に大蛇の首を切り裂いた。

 

『……馬鹿な……!?』

コシチェイの声が、明理解不能を露わにする。

『何故だ……何故、このような……!』

「さあねぇ?」

Wは軽く着地し、口元を歪めて笑う。

 

「どうやら、思ったよりも――アタシ達って仲良しみたいね!」

 

そう言い放ち、容赦なく蹴りを叩き込む。

それは挑発であり、同時に宣言だった。

 

「W!チェンさん!合わせてください!」

 

アーミヤの声が飛ぶ。

「ええ!」

「……ああ!」

迷いはなかった。

三人は即座に位置を取り、

ジェスターは剣をWへと投げ渡す。

Wはそれを難なく受け取り、三人同時に、剣へとアーツを溜め込む。

 

呼吸が重なる。

鼓動が揃う。

 

次の瞬間――

三条の光が、同時に振り下ろされた。

 

三人の攻撃は完璧に噛み合い、大蛇の首を、さらに三つ、斬り落とす。

残された首が、怒りと恐怖に歪み、必死に炎を吐き、攻撃を放つ。

 

だが――

届かない。

近づくことすら、できない。

 

『……何故だ……』

コシチェイの声は、もはや怒りではなかった。

理解できないものへの困惑と、焦燥。

『何故、効かない……群れなければ戦うことすら難しい、弱い……人間の分際で……!』

 

その言葉に、レイヴンが一歩前に出る。

「どうやら――」

リコイルロッドを構え、その目に迷いはない。

「人間の事を、舐めていたようだな。コシチェイ。」

隣で、アーミヤも剣を構える。

先ほどまでの震えは、もう無かった。

 

恐怖はある。

それでも――立っている。

「抵抗しても、もう無駄です。」

アーミヤの声は、静かだった。

だが、その一言一言には、確かな重みがあった。

 

「私達は……この大地に生きる、すべての人々を――」

 

剣を握る手に、力が籠もる。

 

「守ります!」

それは宣言であり、誓いだった。

もはやコシチェイには、理解できない“力”。

 

――人が、人として立ち続けるという意志…。

 

『――そんなものなどッ!』

 

コシチェイの咆哮と同時に、残された首から激しい火炎放射が放たれた。

大気を歪ませるほどの熱量。

一瞬で周囲を焼き尽くすはずの、破壊の奔流。

 

――だが、その炎は二人に届かなかった。

 

地面に、ズンッと重い音を立てて剣が突き刺さる。

テディスの剣だった。

巨大な刃は盾のように二人の前に立ち塞がり、炎を正面から受け止め、弾き散らす。

 

「今です!」

テディスの叫びが、戦場を貫く。

 

「行くぞ、アーミヤ!」

レイヴンは即座に反応し、双剣を構えた。

その背後で、アーミヤも剣を握り、呼吸を整えながら走り出す。

 

恐怖は、もう彼女の足を縛らない。

迷いも、躊躇もない。

――今、この瞬間、自分がやるべきことは、はっきりと分かっていた。

 

二人は同時に跳躍する。

 

刃が閃き、意思が重なり、

一切の迷いなく――

 

すべての首を、叩き斬った。

 

『……ば、馬鹿な……』

 

炎の化身だった存在が、崩れ落ちていく。

『だ、だが……私を倒したところで……世界は……何も変わらない……!』

その声は、もはや威圧ではなく、敗北者の呟きだった。

 

『お前達は……いずれ更なる絶望に叩き潰され…愚かな命を……断つことになるだろう……』

 

『そして……この大地は…お前達に……罰を……』

 

最後まで呪いの言葉を吐きながら、大蛇は炎となり、風に溶けるように消えていった。

 

――静寂。

 

次の瞬間…

その場に、タルラの身体が崩れ落ちた。

 

「……はあ……はあ……はあ……」

 

荒い息が、静まり返った空間に響く。

 

「……タルラ!」

 

チェンが真っ先に駆け寄り、

その名を呼ぶ。

 

「……タルラ……!」

タルラはゆっくりと、まぶたを動かした。

まるで、長い悪夢から目覚めるかのように。

 

「……フェイゼ……?」

かすれた声で、チェンの名を呼ぶ。

「随分……長い夢を……見てたみたいだ……」

「ああ……」

チェンは、静かに頷いた。

「……ようやく、覚めたな。」

差し出された手を、タルラはしっかりと握り返す。

 

その握力は弱々しい。

だが、確かに生きている手だった。

少し離れた場所で、その光景を見つめるテディスとデューク。

 

「……終わったんですかね。」

テディスが、半ば信じられないように呟く。

 

「多分な。」

デュークはそう答えながら、尻尾の焦げた部分を無言で取り払っていた。

 

「……とにかく、一件落着だ。」

その言葉には、安堵と疲労が滲んでいた。

「ドクター……私達……やったんですか?」

アーミヤが、レイヴンを見上げて尋ねる。

その瞳には、達成感と不安が入り混じっていた。

「……ああ。」

レイヴンは、優しく頷く。

「よくやったな、アーミヤ。」

そう言って、彼女の頭を撫でる。

 

その瞬間――

背後から、柔らかな日差しが差し込んできた。

夜明けだった。

「……綺麗ね……」

 

Wがぽつりと呟く。

ジェスターも、その光景を黙って見つめていた。

 

「これから、どうするのよ。」

Wの問いに、ジェスターは少し間を置いて答える。

「……俺もまだ……知るべき事があると思うんだ。」

そして、真っ直ぐにWを見る。

「……W。これからは、お前にも着いてきてほしい。」

 

「……えっ……」

 

突然の言葉に、Wは目を見開き、思わず視線を逸らす。

「俺一人だけじゃ……この先は無理だ。」

「だから……お前にも来て欲しい。」

「……お前じゃなきゃ、駄目なんだ。」

Wは頬を赤らめ、照れ隠しのようにそっぽを向いた。

 

「……それより。」

タルラの声が、空気を引き締める。

「早く……チェルノボーグにブレーキを掛けなければ……龍門に……衝突するぞ……」

その言葉に、全員がはっと我に返る。

「ドクター、ここは私たちが。」

 

アーミヤが言う。

 

「分かった。頼む。」

そうして、アーミヤ、W、チェン、タルラの四人は走り出していった。

残されたレイヴン達は、昇りゆく朝日を、静かに眺めていた。

 

「……レイヴン。」

ジェスターが、ぽつりと口を開く。

「お前は……確かに、ドクターと同じかもしれない。」

 

一瞬の沈黙。

 

「だが……」

ジェスターは、はっきりと告げる。

「俺は、お前の事を信じる。」

「……ジェスター……」

朝日が、二人を照らしていた。

 

…………………

 

そうして、

アーミヤたちは――長く、苦しく、血に塗れた戦いの果てに、ついにレユニオンとの戦いに一つの区切りをつけた。

 

崩れ落ちるように立ち尽くすオペレーターたち。

誰もが息を切らし、武器を下ろし、「終わった」という実感を噛み締めていた。

 

勝利のはずだった。

だが、それは決して歓喜に満ちたものではない。

 

多くを失い、多くを知り、そして――まだ何も終わっていないことを…

誰もが本能的に理解していた。

 

「……ドクター……」

ロドス艦へ帰還するため、足を進めようとしたアーミヤが、不安を拭いきれない声でレイヴンの名を呼ぶ。

 

その瞬間だった。

 

『アーミヤ、緊急事態だ』

 

通信機越しに響いたケルシーの声は、あまりにも切迫していた。

 

『近くに、別の敵勢力が集結している』

 

「……えっ……!?」

アーミヤの表情が、はっきりと凍りつく。

その言葉の意味を、理解するのに時間は要らなかった。

 

レイヴンも、ジェスターも、Wも、全員が即座に戦闘態勢へと意識を切り替える。

 

急ぎロドス艦へと視線を向けると、そこには――見慣れぬ装備、見慣れぬ軍装を纏った兵士たちの姿があった。

 

「……あれは……」

アーミヤの喉が、ひくりと鳴る。

「……ヴィクトリア兵……!?」

 

規律正しい動き。

無駄のない連携。

レユニオンとは明らかに異なる、正規軍の圧。

 

その光景を見た瞬間、Wの脳裏に、ある男の顔が鮮明に浮かび上がった。

 

「……テレシス……」

 

低く、憎悪を含んだ声。

「……アイツが……動いたのね……」

その直後、ケルシーからの通信が割り込む。

 

『アーミヤ。ヴィクトリアの狙いは――ドクターだ』

 

「……っ……!」

『何としてでも防衛しろ……!』

そこで、通信は切れた。

 

静寂。

しかしそれは、嵐の前触れに過ぎなかった。

 

次の瞬間――

レイヴンは、ロドス艦とは逆方向へと走り出していた。

「……ドクター!?ど、どこへ行くんですか!?」

 

アーミヤの声が、背中に突き刺さる。

「俺が囮になる」

 

振り返らず、レイヴンは即答した。

「その隙に、お前らは逃げろ」

「そ、そんな……!だ、駄目です!それじゃ……それじゃあドクターが……!」

アーミヤの声は震え、次第に、感情を抑えきれなくなっていく。

 

「奴らの狙いは俺だ。」

レイヴンは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。

 

「俺が逃げれば、アイツらは必ず俺を追う」

 

「だから――」

「嫌です……!」

アーミヤは、堪えきれず叫んだ。

 

「嫌ですッ……!私は……私は……!」

大粒の涙が、頬を伝い、地面に落ちる。

 

「……ドクターに……いなくなってほしくないッ……!」

 

その言葉は、命令でも理屈でもなく…

ただの――願いだった。

 

レイヴンは、その姿を見て、ほんの一瞬だけ言葉を失う。

 

胸の奥が、強く締め付けられた。

 

――守るべき存在が、ここまで自分を想ってくれている。

 

それが、どれほど重く、どれほど誇らしいことか。

レイヴンは、悲しげに、しかし優しく微笑み、アーミヤの頭にそっと手を置いた。

 

「……アーミヤ」

声は、驚くほど穏やかだった。

 

「安心しろ」

「俺は……死なない」

アーミヤの涙に濡れた瞳を、真っ直ぐに見つめる。

 

「俺は、何度だってここに帰ってくる」

「必ず、帰る」

少し照れたように、しかし確信を込めて言った。

「だって――ここが……俺の……(ロドス)だからな」

 

「……ドクター……」

アーミヤは、言葉を失ったまま、ただその名を呼ぶ。

 

「お前ら……」

レイヴンは仲間たちへと視線を移す。

 

「アーミヤの事……頼むぜ……!」

その言葉を最後に、彼は振り向き、迷いなく走り出した。

 

追いかけることはできなかった。

呼び止めることもできなかった。

 

ジェスターも、Wも、ただ黙って、その背中を見送るしかなかった。

 

やがて――

ヴィクトリア兵たちは、ロドス艦への攻撃を止め、

一斉に標的を切り替える。

 

すべての銃口が、すべての殺意が、一人の男へと向けられた。

 

「さあさあ……!」

レイヴンは振り返り、不敵に叫ぶ。

 

「俺はここだ!」

「ここに居るぞ――!」

その声は、戦場に高らかに響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほどの時間を走り続けただろうか。

肺が焼けるように痛み、足の感覚は次第に曖昧になっていく。

それでも、レイヴンは止まらなかった。

 

――止まれなかった。

 

背後から迫る気配は、もはや一つや二つではない。

重なり合う足音、武器の擦れる音、怒号と命令。

それらが混じり合い、巨大なうねりとなって追い縋ってくる。

 

レイヴンは走りながら、ふと足を止め、背後を振り向いた。

 

そこにあったのは――

視界を埋め尽くすほどの敵兵の群れだった。

 

数百ではない。

数千――いや、それ以上。

 

整列するヴィクトリア兵。

後方には重装備の部隊。

前線には、彼を討つためだけに編成された追撃部隊。

 

その光景を前にして、

レイヴンは一瞬だけ、言葉を失った。

 

「……はは……」

 

乾いた笑いが、喉から漏れる。

 

「……そこまでして……」

 

小さく呟く声は、誰に届くでもなく、風に消える。

 

「……俺を殺したいか……」

 

恐怖は、なかった。

絶望も、なかった。

 

あるのは――

理解だけだった。

 

――自分は、それほどまでに“危険な存在”なのだと。

 

レイヴンは、腰に下げていた双剣を静かに抜いた。

刃が空気を裂く、澄んだ音が響く。

 

その音は、自分自身を落ち着かせるための儀式のようでもあった。

 

『死ぬって思ってるのか?』

 

脳裏に、スケィスの声が響く。

 

皮肉でも、挑発でもない。

ただの、問い。

 

レイヴンは、双剣を握る手に力を込めながら、鼻で小さく笑った。

 

「……ふっ……」

 

そして、はっきりと言葉にする。

 

「言っただろ?」

 

視線は、もう迷っていない。

 

「俺は――死なない」

 

それは虚勢ではない。

願望でもない。

 

決意だった。

 

これまで何度も、死にかけた。

すべてを失いかけた。

自分が何者なのかさえ、分からなくなった。

 

それでも――

ここまで来た。

 

仲間が居た。

信じてくれる者が居た。

帰る場所が、確かに存在した。

 

だからこそ。

 

「目の前に……」

 

レイヴンは双剣を構え、深く息を吸う。

 

「敵が現れたって言うなら……」

 

吐き出す息と共に、心の中の迷いを、すべて捨てる。

 

「叩き斬るまでだ!」

 

次の瞬間、彼は再び走り出していた。

 

一人きり。

だが、孤独ではない。

 

背中には、アーミヤの涙がある。

仲間たちの信頼がある。

「帰ってこい」という、言葉にならない願いがある。

 

彼の戦いは、まだ終わらない。

 

そして――

終わらせるつもりも、死ぬつもりもない。

 

いつか必ず、生き抜き…

 

再び――

アーミヤたちの元へ帰るために。

 

その日を、信じているから…

 




第二部、おそらく年末から年始に上げると思います。お楽しみに!
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