アークナイツ リザレクション   作:サツキタロオ

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新年もリザレクションをよろしくです。


STORY.21:新しい名前

「……随分、壊れてんな」

 

通路を進みながら、レイヴンは低く呟いた。

壁面の装甲には歪みが残り、仮補修の溶接痕がそのまま露出している。

配線も完全には隠しきれておらず、所々で警告灯が弱々しく点滅していた。

 

かつてのロドス艦が持っていた、整然とした安心感は、そこにはもう無い。

一年という時間と、その間に受けた損傷の重さが、無言のまま艦全体に刻み込まれていた。

 

「そりゃそうですよ」

隣を歩くテディスが、苦笑混じりに答える。

「応急処置しながら運行してるようなもんですから。本格的な修復なんて、正直まだ全然で……」

 

言葉の端々に、

彼がこの一年で背負ってきた苦労が滲んでいた。

レイヴンはそれ以上何も言わず、通路の奥を見据えたまま歩き続ける。

 

――俺がいない間に、

ここまで追い込まれていたのか。

 

その事実が、

胸の奥に静かに重く沈んでいく。

 

やがて、司令室の前に辿り着く。

 

自動ドアは健在だったが、開閉の動作がわずかに遅い。

機構のどこかが傷んでいるのは、素人目にも明らかだった。

「……」

レイヴンは一瞬、足を止める。

「一応、ケルシーさんに挨拶しておいたらどうですか?」

 

テディスは、

遠慮がちにそう提案した。

 

その言葉に、

レイヴンは小さく息を吐く。

 

「……まあ……確かにな」

避け続けるわけにもいかない。

それは分かっている。

 

だが――

会えば、何かが崩れる気もしていた。

 

レイヴンは一歩踏み出し、司令室へと入る。

ドアが閉まるまでの、ほんの数秒。

その時間が、妙に長く感じられた。

 

「……!」

 

中にいたケルシーは、書類から顔を上げた瞬間、目を見開いた。

「ドクター……帰って……来てたんだな」

感情を抑えた声。

だが、その一瞬の間に走った驚きと安堵を、レイヴンは見逃さなかった。

 

「一応、挨拶しに来た」

レイヴンは、それ以上踏み込む気は無いというように、淡々と言う。

「ただいま。それじゃあ……また」

 

言うだけ言って、彼は踵を返す。

それ以上、言葉を交わすつもりはなかった。

 

引き留められる前に、あるいは――

何かを問い詰められる前に。

司令室を出ると、ドアはまた少し遅れて閉まった。

「……」

廊下に出た瞬間、レイヴンは無意識に肩の力を抜いていた。

 

「ドクター……」

テディスが、気まずそうに口を開く。

「ケルシーさんのこと、嫌いなんですか?」

 

その問いは、直球だった。

レイヴンはしばらく黙り込み、通路の先を見つめる。

やがて、小さく首を振った。

「嫌いって訳じゃない。苦手なだけだ」

 

 

それは、憎しみでもなく、信頼でもないどうしようもない距離感。

レイヴンは、その距離を無理に縮めるつもりはなかった。

 

レイヴンはテディスと別れて技術部に辿り着いた。

技術部の区画は、ロドスの中でも比較的“生きている”場所だった。

損傷した艦内の中で、

ここだけは工具の音と稼働音が途切れない。

金属が擦れる高音、低く唸る発電機など…

 

「……」

レイヴンは、その空気に少しだけ安堵を覚えた。

 

中へ足を踏み入れると、まるで待っていたかのように、

一人の男が軽く手を振る。

ニールだった。以前よりも凛々しくなっている様子だった。

 

「やっほードクター。しっかり生きてて良かったぜ!」

 

相変わらず軽い口調。

だが、その奥にある安堵は隠しきれていない。

 

「……ああ。そっちも、順調そうだな」

 

レイヴンが視線を巡らせると、整備台やラックは以前よりも整理され、

無理な改造ではなく“実用”を重視した配置に変わっていた。

 

「おう。最近入った技術屋がな、マジで有能なんだ」

ニールは胸を張る。

「ドクターの武器も、ちゃんと修理しといたぜ。」

 

その言葉と同時に、作業台の上が照明に照らされる。

 

並んでいたのは、

見慣れた――だが、明らかに手入れの行き届いた装備群。

 

双剣は刀身が以前と異なり、バランスも再調整されている。

リコイルロッドは内部機構が刷新され、反動制御が滑らかになっていた。

チェーンロッドは接続部は新品同然。引き寄せ時のロスも最小限だ。

シールドブーメランは表面装甲が補強され、エネルギーフィールドの安定性も向上している。

 

「……」

レイヴンは、無言のまま一つ一つに視線を走らせた。

 

一年ぶりに再会した“相棒”たち。

それぞれが、彼の戦いの歴史を背負っている。

 

だが――

視線は、自然とその先へ向かった。

作業台の奥。

そこには、見慣れない装備が二つ置かれていた。

 

一つは、

分離機構を備えた大剣。

ロック構造があり、状況に応じて二分割できる設計だ。

 

そしてもう一つ――

レイヴンの目を引いたのは、手に装着するタイプの装備だった。

無骨だが、明らかに“掴む”ことを意識した形状。

 

「……これは?」

 

レイヴンが指差すと、

ニールはニヤリと笑った。

 

「それか。スナッチナックルだ」

彼は手に取って、

簡単なジェスチャーで説明を続ける。

「手に装備する近接装備でな。掌部に小型ジェネレータを内蔵してる」

 

軽く叩くと、低い駆動音が鳴った。

「敵の武器を“掴んだ瞬間”に、出力を瞬間最大まで引き上げる。相手の保持力を強制的に無効化して――」

ニールは、指を鳴らす。

 

「確実に奪う」

「……奪う、か」

レイヴンは、その言葉を反芻するように呟いた。

 

破壊ではない。

無力化でもない。

 

主導権を奪うための装備。

 

「中々、強そうだな」

率直な評価だった。

「だろ?」

ニールは肩をすくめる。

「ただし、まだ試験運用段階だ。理論値は申し分ないが、実戦データが足りねぇ」

 

そして、はっきりと告げる。

 

「だからさ。テストしてくれよドクター」

軽い口調だが、そこには信頼がある。

「いいデータが取れたら、制御系と出力調整をアップデートする。」

レイヴンはナックルを手に取り、ゆっくりと装着する。

 

フィット感は良好。

余計な遊びもない。

 

「……分かった」

短く、だが確かな返事。

「使ってみる。」

それは、戦場への復帰を意味する言葉だった。

 

……………………………………

 

〜○○視点.

 

「あ、ジェスター! Wー!」

 

機材の調整に集中していたアタシの耳に、

懐かしくて、忘れようとしても忘れられなかった声が飛び込んできた。

 

一瞬、手が止まる。

 

……まさか。

そんなはずはない。

頭ではそう否定したのに、胸の奥が妙にざわついた。

 

顔を上げると、

そこには見覚えのある男の姿があった。

 

「……レイヴン!」

 

ジェスターが、アタシよりも先に反応して歩み寄る。

その声には隠しきれない喜びが滲んでいて、それが無性に癪に障った。

 

「久しぶりだな」

「お前もな」

二人は短い言葉を交わすだけなのに、まるで長い時間が一瞬で埋まったかのように自然だった。

 

……何よ、それ。

 

ドクターは変わっていない。

ボロボロになって戻ってきたはずなのに、人の懐に踏み込む距離感だけは相変わらずだ。

 

ジェスターが嬉しそうに笑っているのを見ると、胸の奥に小さな棘が刺さる。

 

――なんでアンタがそんな顔するのよ。

 

「Wも久しぶりだな」

不意に、その声がアタシに向けられた。

 

……ああ、そうだ。

この人は、いつもそうだ。

 

距離も、立場も、過去も、全部まとめて同じ高さで話しかけてくる。

 

「……ふん」

思わず鼻で笑ってしまった。

「知らない?アタシ、もう“W”っていう死人から拾った名前じゃないの」

ドクターの表情が、僅かに止まる。

「……?」

その反応が、少しだけ愉快だった。

 

「アタシの名前は――ウィシャデルよ」

 

口に出した瞬間、胸の奥が、きゅっと締め付けられる。

 

それは、アタシが初めて“自分のもの”として選んだ名前。

ドクターは一拍置いてから、いつもの調子で笑った。

「……ウィシャデルか。良い名前だな!」

 

――その一言で、

記憶の扉が、勝手に開いた。

………………

 

『ウィシャデルって、どう思う?』

 

柔らかな声。

あの人特有の、静かで優しい問いかけ。

 

『?……テレジア、何それ?』

 

当時のアタシは、意味が分からなくて首を傾げていた。

 

『貴女の新しい名前を、今考えていたの』

 

『……アタシ達傭兵に名前なんて……』

 

名前なんて…

呼び捨てられるための記号でしかなかった。

 

生き延びるための仕事に、

“自分”なんて要らなかったから。

 

『そうかしら?』

 

テレジアは、少しだけ困ったように笑っていた。

 

『いずれは貴女も、自分だけの名前が欲しくなるはずよ』

 

『……じゃあ聞くけどさ』

 

その時のアタシは、半分拗ねたように、半分試すように言った。

 

『そのウィシャデルって、どういう意味なの?』

 

『それはね……』

 

………………

 

「“家を願う”…か」

 

ドクターの声で、現実に引き戻される。

「良い意味だな。自分で考えたのか?」

 

……やっぱり、

アンタはそう言うのね。

 

アタシは、少しだけ視線を逸らした。

 

「ううん……」

ほんの一瞬、言葉に詰まる。

「……大切な人から、ね……」

それ以上は言わなかった。

言えなかった。

 

失ったものを、簡単な言葉にしたくなかったから。

ドクターは深く追及しなかった。

ただ、静かに頷いただけだった。

その態度が、無性に腹立たしくて――

ほんの少しだけ、ありがたかった。

 

……本当に、

厄介な男。

 

アタシは工具を持ち直しながら、

胸の奥で、まだ消えていない“名前の温度”を感じていた。

 

ウィシャデル。

 

それは、帰る場所を失ったアタシに残された、

たった一つの――願いの名だった。

 

ドクター――いや、レイヴンは、

一通り顔を出すと、それ以上留まることもなく、そのまま別の区画へと走り去っていった。

 

相変わらずだ。

急に現れて、急に消えていく。

 

背中が遠ざかるのを見送ってから、

ようやくジェスターがアタシの隣に戻ってきた。

 

「どうだった?久しぶりに会ったドクターは」

 

その問いは、探るようでもあり、

確認するようでもあった。

 

……ほんと、分かりやすい。

 

アタシは工具を置き、一拍だけ置いてから答える。

 

「変わった様子は無い。いつものレイヴンだ」

それは事実だった。

 

疲れ切っているはずなのに、余計な重さを背負わせると怒りそうな顔。

周囲の空気を一瞬で自分のペースに持っていく癖。

 

“ドクター”でありながら、

結局はただの人間――レイヴン。

 

ジェスターは、その答えに小さく息を吐いた。

「……あんたさ」

 

何かに気づいたように、ニヤリと笑う。

 

「いつの間にか、ドクター呼びからレイヴンになってるじゃない。心変わり?」

 

……あ。

 

言って、初めて自覚した。

アタシは、少しだけ目を細める。

 

「別に。ただ、事実を言っただけよ」

そう返しながらも、胸の奥がほんの少しざわつく。

名前で呼ぶってのは、距離を縮める行為だ。

 

それを、無意識にやっていたという事実が、

少しだけ癪だった。

 

ジェスターは肩をすくめ、視線を前に向けたまま言う。

「ああ。アイツを“以前のドクター”じゃなくてレイヴン個人として見るようにしたんだ」

 

その言葉は、思った以上に静かで、

妙に重みがあった。

 

「……俺なりの、けじめさ」

 

――けじめ。

その単語が、妙に耳に残る。

 

ジェスターは、過去に囚われ続けるタイプじゃない。

だけど、完全に切り捨てられるほど器用でもない。

 

だからこそ、名前を変えることで線を引いた。

 

ドクターという“役割”ではなく、レイヴンという“人間”を見るために。

 

……なるほどね。

 

「ふーん」

アタシは、それ以上踏み込まなかった。

 

代わりに、ほんの少しだけ口角を上げる。

アンタも、ちゃんと前に進んでるってわけか。

 

だったら――

アタシも、過去の名前に縋るだけじゃ、いられない。

 

作業台に視線を戻し、もう一度工具を手に取る。

遠くで、レイヴンの足音が消えていく。

 

……不思議な話だ。

 

再会しただけなのに、

胸の奥に、ずっと止まっていた歯車が

ほんの少しだけ、動いた気がした。

 

気のせいかもしれない。

でも――

 

その“気のせい”を、

アタシは、今は嫌いじゃなかった。

 




ウィシャデルちゃん爆誕回。
名乗るのが早い?……確かに(原作は14章から)
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