〜三人称視点.
「……できたな……」
レイヴンは無意識のうちに足を止め、ゆっくりと視線を上げた。
その先にあるのは、空を切り取るかのように聳え立つ重厚な鉄の壁。
装甲は分厚く、無駄のない直線で構成され、いかにも“移動要塞”と呼ぶに相応しい威容を放っている。
単なる船ではない。
これはロドスが生き延びるための拠点であり、武器であり、家だ。
「さあ、紳士淑女の皆様〜!」
軽薄さすら感じさせる明るい声が響く。
「遂に完成ですよ〜。我らロドスの、新しい船がね」
レヴリスは誇らしげに腕を広げ、巨大な艦体を示した。
その言葉を合図に、周囲のオペレーター達から歓声とざわめきが上がる。
「すごい……」「本当に一週間で……?」「信じられない……」
無理もない。
通常なら数ヶ月、下手をすれば年単位の工事になる規模だ。
それを、わずか一週間で仕上げてしまったのだから。
(……技術者として凄いな)
レイヴンは内心でそう評価する。
レヴリスの態度は軽いが、その裏にある設計力と実行力は疑いようがなかった。
「ま、各自しっかり見て行くといいよ」
そう言ってレヴリスは大きくあくびをし、仕事を終えたと言わんばかりに艦内へと歩いていった。
「行ってみましょう、ドクター!」
アーミヤは抑えきれない期待を声に滲ませ、レイヴンを振り返る。
「ああ」
短く頷き、二人は並んで新造艦の内部へと足を踏み入れた。
…………………………
内部は外観以上に合理的だった。
通路は広く、視認性も良い。
人の流れを想定した配置が徹底されている。
――一階。
艦内の半分近くを占める広大な格納庫。
輸送車両や重装備の保管を前提とした構造で、天井も高い。
その隣には医療室が配置され、緊急時の搬送動線も短い。
さらに、少数ながら個室。
重症者や要人用だろう。
――二階。
オペレーター用の宿舎が整然と並び、加工所と製造所が隣接している。
戦闘後、あるいは遠征中でも、即座に装備の修理や補充が可能な配置だ。
ここにも個室が設けられており、専門職や指揮官用と思われる。
――三階。
訓練室。
食堂。
購買部。
生活と戦闘を直結させる階層だ。
訓練室は複数区画に分かれ、近接、遠距離、アーツ対応と用途が明確に分かれている。
宿舎と個室もあり、ここは最も人の出入りが多くなるだろう。
――四階。
貿易所と応接室。
外部勢力との交渉、取引、会談のための階層。
生活圏から意図的に距離を取った配置は、情報管理と安全性を重視した結果だ。
当然のように、ここにも個室が用意されている。
――五階。
制御区画と事務室。
艦全体の頭脳とも言える場所だ。
航行、エネルギー管理、通信、作戦指揮。
すべてがここに集約されている。
宿舎と個室が併設されているのは、緊急時に即応するためだろう。
――六階。
最上層は宿舎と屋上。
屋上は展望と監視、そして非常用の発着地点として機能する。
空気は澄み、ここからなら艦全体を見渡せる。
…………………………
そして、すべての階層に共通する中心部。
広場状の空間に設置されたテレポーター。
各階を瞬時に繋ぐ移動装置だ。
その直下、あるいは隣接する形で配置された発電所が、艦全体にエネルギーを供給している。
移動、生活、戦闘。
すべてが一つの“核”を中心に回る構造。
(……凄いな、これが新しいロドスか。)
レイヴンは無言のまま、艦内を見回した。
これはただの新居ではない。
ロドスがこれからも戦い、救い、進み続けるための覚悟の形だ。
アーミヤもまた、その光景を目に焼き付けるように見つめていた。
そして一行は、五階――制御区画と隣接する司令室へと足を運んだ。
司令室は想像以上に広く、天井も高い。
壁一面には複数の大型モニターが並び、航路、周辺地形、艦内状況、戦術マップが同時に表示されている。
中央には円形の指揮卓。誰がどこに立っても全体を把握できる配置だ。
「ケルシー先生!」
アーミヤが少し弾んだ声で呼びかける。
「……ここが、新しい司令室か」
レイヴンは低く呟き、周囲を見渡した。
以前の司令室と比べても、明らかに“余裕”がある。
人員増加、長期作戦、複数部隊の同時指揮――それらを前提に設計されているのが一目で分かった。
「制御区画と併用してるのね」
ウィシャデルが感心したように腕を組む。
「判断と操作を切り離さない。合理的だわ」
その言葉に、ケルシーは小さく頷き、指先で操作を行った。
モニターの一つが切り替わり、新造艦全体の構造図とスペックが映し出される。
「レヴリスが設計したこのロドス艦は、従来艦よりも大型化している」
淡々と、だが確信に満ちた声音。
「居住区、研究区画、製造能力、いずれも性能は向上している。結果として、我々の医療研究、戦術運用、その両方が大きく前進するだろう」
それは単なる予測ではなく、既に見据えた未来の報告だった。
「そして――」
ケルシーは一拍置き、画面を切り替える。
そこに表示されたのは、新造艦の正式登録名。
「この新たなロドス艦の名を**《ミオソティス》**と名付ける事にした」
司令室に、静かな空気が流れる。
「心機一転、という言葉で片付けるには重い名だがな」
忘れな草――ミオソティス。
忘れないための名。
過去と犠牲を置き去りにしない、という意思の表れ。
「ミオソティス……か」
レイヴンは小さく反芻し、口元に僅かな笑みを浮かべた。
「……いい名前だな」
チェンは無言で頷き、ウィシャデルも、ジェスターも、そしてアーミヤ達も同じように首肯する。
それは全員が、この船に“意味”を感じ取った証だった。
「ドクター」
不意に、アーミヤが一歩前に出る。
「ん?」
「改めて――これからも、よろしくお願いします!」
真っ直ぐで、曇りのない声。
ロドスの象徴としての言葉だった。
レイヴンもまた、迷いなく答える。
「こちらこそ、よろしく」
二人は短く視線を交わし、静かに頷き合った。
新しい船。
新しい司令室。
新しい名前。
だが、守るべきものと進む意思だけは、変わらない。
ミオソティスは、そのすべてを載せて、これからのロドスを導いていくという事は確かだった。
…………
深夜。
ミオソティス三階、宿舎エリアを改装して作られた大浴場には、静かな湯気が立ち込めていた。
艦内の喧騒が嘘のように遠く、聞こえるのは水面が揺れる音と、時折響く息遣いだけだ。
「〜♪……いいわね、大浴場」
湯船の縁に背を預け、ウィシャデルは大きく息を吐いた。
一日の緊張が、肩からゆっくり溶け落ちていくのが分かる。
「せっまい個室のシャワーなんかより、ずっとくつろげるわ……」
戦場を渡り歩いてきた身にとって、こうして何も考えず湯に浸かれる時間は貴重だった。
だからこそ、油断している自分に少しだけ苦笑する。
「……ドクターも、くつろいでいるでしょうか?」
向かいで肩まで湯に浸かるアーミヤが、ふと気になったように呟く。
湯気越しでも、その表情は柔らかいが、どこか落ち着かない。
「そりゃあ一年も戦いっぱなしだったんだし、くつろいでるでしょ」
ウィシャデルは肩をすくめる。
「アタシは知らないけど」
そう言いながら、深く湯に沈む。
目を閉じれば、戦場の光景が一瞬だけ脳裏をよぎったが、すぐに湯の温かさがそれを押し流した。
「……あ」
その時、チェンの声が響く。
「アーミヤ、シャンプーの場所、分からないか?」
「あ、はい! 今行きます!」
アーミヤは慌てて湯船を出て、足早に洗い場へ向かった。
その背中を、ウィシャデルはぼんやりと見送る。
――ロドスのリーダー、か。
まだ若い。
それでも背負っているものは重く、誰よりも前に立たされている。
「……大変な役回りよね」
独り言のように呟き、再び目を閉じた。
その頃、男湯。
「……あ〜……溶ける〜」
湯船の縁に頭を預け、レイヴンは完全に力を抜いていた。
筋肉も思考も、すべてが緩み切っている。
「癒される〜……」
その声には、いつもの緊張感も皮肉もない。
ただ純粋な疲労と安堵だけが滲んでいた。
「……相当、溜まってたみたいだな」
テディスは湯気越しにレイヴンを見て、少しだけ表情を曇らせる。
「一年間、休みなしでしたからね……」
ジェスターも頷く。
戦場では常に前に立ち、判断を下し、命を背負ってきた男だ。
この反動が来ない方がおかしい。
しかし次の瞬間。
「……ん〜……」
レイヴンの頬が、目に見えて赤くなっていく。
「……あ、やべ」
かすれた声と同時に、身体がぐらりと傾いた。
「これは――」
「のぼせてますね!」
二人は同時に動いた。
湯船からレイヴンを引きずり上げ、洗い場へ移動させる。
「レイヴンー! 大丈夫かー!」
「意識ありますかー!」
返事はない。
ただ、意味不明な唸り声だけが返ってくる。
その後――
冷水をかけ、仰がれ、声をかけ続けられ。
「……」
ようやく意識を取り戻した頃には、すっかり夜も更けていた。
「……せっかくの大浴場だったのに……」
「逆に疲れたな」
テディスとジェスターは揃って溜息をついた。
最後だけくさそう