今回からまたキャラが増えますよ。
レイヴンはデューク達と別れ、一人でロドス艦の通路を歩いていた。
新造艦ミオソティスの内部は広く、夜も深いためか人の気配は薄い。
足音だけが、金属張りの床に乾いた反響を返す。
騒がしかった応接室の空気が嘘のように、ここは静まり返っていた。
(……やっと一息つけるな)
そう思った瞬間、背後から声が飛んできた。
「お、おい。アンタ、ドクターか?」
反射的に足を止め、振り返る。
そこに立っていたのは、ロドスの制服を着た一人の男性。
だが、その顔には見覚えがあった。
「覚えてるか?俺だよ、スノーデビルの!」
「……!」
一瞬、記憶が繋がる。
「……お前、あの時の……!」
レユニオンとの戦いの中、命を賭して戦った者たち。
敵として刃を交え、だが最後には――同じ空を見上げた仲間。
「元気だったんだな」
思わず、声が少し柔らいだ。
「あんたのお陰でな。俺達、ちゃんと生き延びてる」
彼は照れたように頭を掻き、続ける。
「それより、姐さんに挨拶はしたか?」
「いや、まだだな」
「この辺の宿舎に居る。顔見せてやってくれよ、絶対喜ぶからさ」
そう言って彼は軽く手を振り、貿易所の方へ歩いて行った。
「またな、ドクター!」
その背中を見送りながら、レイヴンは小さく息を吐く。
胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じながら、指示された方へ歩き出した。
「……こっちか」
宿舎エリアは、さらに静かだった。
灯りは落とされ、寝静まった気配が漂っている。
その時――
扉が、ゆっくりと開いた。
中から現れたのは、一人の少女。
白い髪、氷のように澄んだ瞳。
視線が交わった瞬間、彼女の動きが止まる。
「……!」
息を呑む音が、はっきりと聞こえた。
「……ドクター……?」
声が震える。
「フロストノヴァ……久しぶりだな」
その名を呼んだ瞬間、彼女の表情が揺れた。
「……ああ……」
「久しぶりだな」
静かな声だったが、そこには確かな実感があった。
二人は一歩ずつ近づき、言葉もなく手を伸ばす。
互いの体温を確かめるように、強く――しかし優しく、手を握った。
(……冷たくない)
レイヴンは、無意識にそう思っていた。
「あの時は……ありがとう」
フロストノヴァは、目を伏せながら言う。
「お陰で私は、こうして生きている」
その言葉には、重みがあった。
“生き延びた”ではない。“生きている”と、彼女は言った。
「……それより」
レイヴンは少し視線を逸らし、続ける。
「触ってもいいのか?お前……アーツの症状が……」
彼女の体は、かつて死に近かった。アーツに侵食され、触れれば凍りつくほどに。
「それについては気にするな」
フロストノヴァは、静かに首を振る。
「新しい臓器を移植した。それから、長いリハビリをして……」
少しだけ、誇らしげに微笑む。
「ようやく、オペレーターとして活動できるぐらいには回復した」
「……そうか」
レイヴンは、短くそう答えた。
それ以上、言葉はいらなかった。
生き延びるために、どれほどの苦痛があったか――
彼女の瞳が、すべてを物語っていた。
「……ヴィクトリアの件は、アーミヤから聞いた。大変だったな」
その一言には、同じ“戦場を知る者”としての理解があった。
「だが……」
フロストノヴァは、握った手に少し力を込める。
「これからは、私やスノーデビルのみんなで、ドクターを支える」
「今度は……私たちが守る番だ」
その言葉に、レイヴンは一瞬だけ目を閉じた。
「これから、よろしく頼むな」
「……ああ、よろしく」
二人は、改めて握手を交わした。
「それより、フロストノヴァ」
通路を進みながら、レイヴンはふと思い出したように尋ねた。
「ここで何をしていたんだ?」
「この先の宿舎は、今は孤児院として使われている」
フロストノヴァは、歩みを止めずに答える。
「さっきは、子供たちの様子を確認していたんだ」
彼女の声は穏やかで、かつての彼女を知る者からすれば意外なほど柔らかい。
「……離れていて平気なのか?」
「問題ない」
「他の隊の連中も交代で見ている。ロドスは、私一人で回っているわけじゃないからな」
その言葉に、レイヴンは小さく笑った。
「随分、頼もしくなったな」
「……立場が変われば、考え方も変わる」
そう言って、彼女は少しだけ目を伏せた。
「今から、どこへ?」
「ケルシーの所だ。呼ばれていてな」
フロストノヴァは横目でレイヴンを見る。
「ドクターも来るか?」
「丁度暇してたところだ」
即答だった。
「なら、ちょうどいい」
二人は並んで歩き、制御区画へと向かった。
重厚な扉が開くと、室内には薄暗い光と、機械音が満ちていた。
その中央、モニターに囲まれた席に、白衣の女性が座っている。
「……ドクターも居たのか。」
ケルシーは、明らかに徹夜明けで、表情は疲労で硬く、瞬きの回数も少ない。
「まあいい……」
彼女は小さく息を吐き、端的に告げる。
「これから新しい任務がある。通達しよう」
その一言で、室内の空気が引き締まった。
「フロストノヴァ、ドクター」
ケルシーは端末を操作しながら続ける。
「二人には、行動予備隊A2と共にエリア・ゼロの調査をお願いしたい」
「エリア・ゼロ?」
レイヴンが眉をひそめる。
「……説明がまだだったな」
ケルシーは淡々と続ける。
「エリア・ゼロは、カジミエーシュとヴィクトリアの国境付近に存在する。正確には、その中間点だ」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……君たちは」
ケルシーの視線が二人を射抜く。
「数百年前に起きた、あの“事故”のことを知っているか?」
その言葉に、フロストノヴァの表情が変わった。
視線が下がり、記憶を辿るように沈黙する。
やがて、彼女は静かに顔を上げた。
「……パトリオットから聞いたことがある」
声は低く、慎重だった。
「昔、人類は“宇宙”という場所へ行こうとした」
「科学者たちは、宇宙コロニー『オーストリア』を設立し、そこから旅立つ計画だったと」
レイヴンは、その話を初めて聞くように息を呑む。
「だが……」
フロストノヴァは続ける。
「計画は失敗した。コロニーは制御を失い、そのまま――テラへ落下した」
「……そうだ」
ケルシーは、即座に肯定した。
「それ以来、その地は長年に渡り“誰も立ち寄らない区域”として扱われてきた」
彼女は端末を操作し、モニターを起動する。
「だが……」
画面に映し出されたのは、異様な光景だった。
荒廃したはずの大地に、緑が広がっている。
木々は生い茂り、川が流れ、野生動物の影すら確認できた。
「……自然環境が、蘇っている?」
フロストノヴァが低く呟く。
「その通りだ」
ケルシーは淡々と分析を述べる。
「おそらく、コロニー内部に搭載されていた環境維持システムが、今なお稼働している」
「テラの自然法則から見ても、異常な回復速度だ」
フロストノヴァは、画面から目を離さずに言った。
「……つまり、そこは」
「“過去の遺産”であり、同時に“現在進行形の危険地帯”でもある。」
ケルシーは、きっぱりと結論を下す。
「だから、エリア・ゼロの調査をお願いしたい」
制御区画に、短い沈黙が落ちた。
レイヴンは、ゆっくりと息を吸い――
「……面白そうだな」
静かに、しかし確かな意志を込めて答えた。
フロストノヴァも、頷く。
二人の返答を聞き、ケルシーは僅かに目を細めた。
「明日には出発を頼みたい。」
「これは――ロドスにとっても、そしてテラ全体にとっても重要な調査になる」
「……そういえば」
制御区画を出る直前、レイヴンが振り返った。
「行動予備隊A2って、結局なんなんだ?」
一瞬の沈黙の後、ケルシーは端末を操作し、簡潔に答える。
「……行動予備隊A2は、最近になって設立された部隊だ」
彼女が投影したのは、複数名分のオペレーターデータだった。
能力値、適性、アーツ反応――
どれを見ても、平均値を明らかに上回っている。
「……凄いな」
フロストノヴァが、思わず声を漏らす。
「ほとんどの能力診断が“優秀”判定だ」
戦闘適性、反応速度、耐久力。
中には、既存のエリートオペレーターと肩を並べる数値すらある。
「……だが」
ケルシーは淡々と続ける。
「アーツ制御が未熟だ。それに、実戦経験も決定的に足りない」
「才能はあるが、未完成――というわけか」
「その通りだ」
ケルシーは視線を外さずに言った。
「一歩間違えれば、自滅する。だからこそ、正式編成にはまだ加えていない」
「なるほどな」
レイヴンは軽く笑い、踵を返す。
「よし。とにかく会って話してみたいな」
「どこにいる?」
「おそらく訓練室だ」
ケルシーは即答した。
「今の時間帯なら、ほぼ確実にいるだろう」
「じゃあ行ってみるか!」
そう言い残し、レイヴンは制御区画を飛び出していった。
足取りは軽く、まるで新しい玩具を見つけた子供のようだ。
その背中を見送り――
フロストノヴァが後を追おうとした、その時。
「……フロストノヴァ」
背後から、ケルシーの声がかかった。
「……?」
足を止め、振り返る。
制御区画に残ったケルシーは、珍しく視線を落としていた。
いつもの冷静沈着な姿とは、微妙に違う。
「私は……」
短い沈黙の後、彼女は言葉を選ぶように続ける。
「彼に、どういう対応をしたらいいと思う?」
フロストノヴァは、一瞬だけ目を見開いた。
「ジェスターやウィシャデルは、過去のドクターと彼を切り離して接している」
「だが私は、それが未だにできない」
ケルシーは自嘲気味に、息を吐く。
「……私が、こんなことで悩むのは初めてだ」
その言葉には、研究者でも指揮官でもない、一人の人間としての迷いが滲んでいた。
フロストノヴァは、少し考えた後――静かに答える。
「……そう深く考える必要はないだろう」
ケルシーが、僅かに顔を上げる。
「ドクターは、過去の罪も選択も背負っている」
「だが同時に、今を生きている存在だ」
フロストノヴァは、淡々と、しかし確かな実感を込めて言った。
「ゆっくり考えればいい」
「答えは、急がなくても見つかるかもしれない」
それだけ言い残し、彼女は踵を返した。
「……」
ケルシーは、その背中を黙って見送る。
そして、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「……そう、かもしれないな」
一方――
廊下を駆けるレイヴンの前方には、訓練室の重厚な扉が見え始めていた。
「ここだな」
レイヴンは自動ドアをくぐり、訓練室へ足を踏み入れた。
内部は広く、床には無数の擦過痕。壁際には簡易シールドと訓練用武装が並び、つい先ほどまで激しい模擬戦が行われていたことが一目で分かる。
「ん? アンタは?」
最初に声をかけてきたのは、茶髪の少年だった。
年齢は十代半ばほど。身体は引き締まり、視線が真っ直ぐで、無駄な動きがない。
「行動予備隊A2の……誰?」
「俺はイグニス!……あなたは?」
「レイヴン。ロドスのドクターやってる」
その一言で、空気が一変した。
「ドクター!?」
イグニスは目を輝かせ、勢いよく振り返る。
「みんなー! ドクターだって!」
その声に応じるように、訓練室の奥から足音が響いた。
「アンタがドクターか」
落ち着いた声で話しかけてきたのは、黒髪に緑のメッシュが混じったヴイーヴルの少年だった。
視線は冷静で、イグニスとは対照的に感情の起伏が少ない。
「俺はウェントゥス。こっちは――」
「はーい!」
ウェントゥスの横に立つ、ピンク髪の少女が弾むように前へ出る。
「ウチ、グラキエース!ラキって呼んでよ!」
そう言って、屈託なくピースを決める。
場の空気を一気に明るくするタイプだ。
「……あれ?」
レイヴンは辺りを見回した。
「もう一人は?」
「後ろだよ〜」
間延びした声が、すぐ背後から聞こえた。
「――っ!?」
振り返った瞬間、至近距離に顔があり、レイヴンは反射的にバランスを崩して床に転げ落ちた。
「へへっ、成功」
悪戯が成功した子供のように笑う少女が、腰に手を当てて見下ろしている。
「私フラム。あなたがドクター? よろしくね!」
「お、おう……よろしく……」
床から起き上がりながら、レイヴンは内心で息を整えた。
(……なるほど)
イグニスの直情型。
ウェントゥスの冷静さ。
グラキエースの明るさ。
フラムの掴みどころのなさ。
レイヴンはケルシーの言葉を思い出し、納得する。
「それより」
グラキエースが首を傾げた。
「ウチらに何か用?ケルシー先生に、ドクターから連絡来るって聞いてたけど」
「ああ」
レイヴンは表情を引き締める。
「お前らは、俺たちと一緒に“エリア・ゼロ”の調査に行くことになった」
一瞬、沈黙。
「……え?」
フラムが目を丸くし、イグニスを見る。
「私たちが……任務に?」
次の瞬間――
「やった!!」
イグニスが拳を握り締めた。
「俺たち、遂に任務に出られるんだな!」
「浮かれるな」
ウェントゥスが低く言うが、その口元はわずかに緩んでいた。
「だが……腕が鳴るな」
「だよね!」
グラキエースも嬉しそうに頷く。
四人の顔に浮かぶのは、期待と興奮、そしてほんの少しの不安。
こうして、行動予備隊A2は初任務へ向かう歯車に、確かに組み込まれた。
なんかどっかで見たことあるようなメンツ…