ジェスター「俺らも出てないから。」
「へー……ここが危ないから、わざわざ調べに来たってわけかぁ……」
シルバーは焚き火のそばに腰を下ろし、先ほど捕らえた魚を眺めながら、どこか他人事のように言った。
その魚は、すでに見事な刺身となっている。
包丁捌きは無駄がなく、骨も皮も丁寧に処理されていた。
「……お前らプロ?」
思わずレイヴンが聞く。
「違うよ?」
「違うけど……」
イグニスとウェントゥスは顔を見合わせ、あっさりと答える。
(絶対嘘だろ)
レイヴンは黙って刺身を口に運び、心の中で断定した。
歯ごたえ、脂の乗り、処理の丁寧さ。
どう見ても“慣れている”味だった。
「……外のこと、結構知ってるんだな」
レイヴンが話題を戻す。
「ああ。あのデカい機械があってさ」
シルバーは指で、中央に聳えるコロニーの残骸の方角を示した。
「なんか……“でーたーべーす”?“こんぴゅーたー”?そういうのがあってさ、それで色々覚えた」
軽く言うが、その内容は決して軽くない。
(……やはり)
フロストノヴァは内心で息を詰めた。
(コロニーのデータベースが、今も稼働している可能性が高い。しかも……この少年は、独学でそれを扱っている)
言葉遣いが妙に整っている理由。
世界情勢を最低限知っている理由。
すべてが、一本の線で繋がった。
だが――
今は、追及する場面ではない。
「とにかく、シルバー」
レイヴンは真っ直ぐに少年を見る。
「俺たちは、このエリア・ゼロを調査して、どんな場所なのかを確認したい」
「……うーん……」
シルバーは少しだけ考え込む素振りを見せ、すぐに顔を上げた。
「いいぜ!」
即答だった。
「ちょうどさ、ここを離れて、外の世界を旅しようと思ってたんだ」
その言葉に、全員が一瞬、言葉を失う。
この場所で生まれ、
この場所で生きてきた少年が、外の世界へ出ることを、恐れていない。
それは――
強さか、あるいは、覚悟か。
「それは都合がいいな」
レイヴンは小さく笑い、手を差し出す。
「俺たちロドスは、感染者の治療をしながら、世界中を回ってる。どうだ、ロドスに来てみないか?」
「……面白そうだな」
シルバーは一瞬も迷わず、その手を握った。
「行くぜ!」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
こうして――
エリア・ゼロで生きてきた少年は、自らの意思で、世界へ踏み出す選択をした。
「俺が案内するぜ。あ、イビルバーって奴には気をつけてくれよ。凄くデカくて、獰猛なんだ」
「……さっきの主か。ちゃんと名前付いてる辺り、相当付き合い長そうだな」
レイヴンが苦笑すると、
イグニスがバッグを漁りながら声を上げた。
「レイヴンさん、なんか飲もうぜ。喉乾いた」
「ほい」
取り出されたのは、密閉パックのジュース。
「シルバーも好きなの取れよ」
「じゃあこれ!」
シルバーは迷いなくオレンジジュースを選び、
封を開けて一口飲む。
「……!!」
目を見開いたまま、動きが止まった。
「う、美味い……!オレンジの味するぜ……!」
「そりゃオレンジジュースだからな」
ウェントゥスが当たり前のように言うが、シルバーは何度もパックを眺めている。
(なんか新鮮……)
レイヴンはそう感じた。
しばらく進むと、地形は岩場へと変わった。
足場は不安定で、道も細い。
「この辺は道が険しいんだ」
「お前はやけに平気そうだな」
「慣れてるからな。転んだら死ぬ場所で育つと、自然と覚える」
さらりと言うが、内容は重い。
その時――
嫌な音が頭上から響いた。
「……っ!」
「ひぇ……」
次の瞬間、
岩場の上から複数の落石が崩れ落ちる。
「ラキ!!」
グラキエースの頭上に、直撃コースで岩が迫る。
だが――
ガッ、と音を立てて、岩が空中で止まった。
「……?」
時間が一瞬、引き延ばされたように感じた。
岩は、見えない何かに掴まれたように停止し、
次の瞬間、横方向へ弾き飛ばされ、岩が地面に激突する。
「……え?」
グラキエースは腰が抜け、その場にへたり込む。
「大丈夫かラキ?」
「う、うん……それより……」
全員の視線が、同時にシルバーへ向いた。
彼は片手を前に伸ばしたまま、少し首を傾げている。
「シルバー……今の……」
「ん?」
彼は自分の手を見る。
「昔から使えんだよ。なんでか分かんねーけど」
あまりにも軽い口調。
(……)
フロストノヴァの背筋に、冷たいものが走った。
アーツではない。
エリア・ゼロではアーツが弱まる。
にもかかわらず、今の現象には術式形成の兆候が一切無かった。
さらに――
(鉱石病反応も無い)
感染者特有の兆候は、どこにも見当たらない。
「……サイコキネシス」
フロストノヴァが、低く呟く。
「純粋な念動力だ。アーツとは性質が違う」
「え、なにそれ。すげーの?」
シルバーはきょとんとしている。
「……すげぇなんてもんじゃねぇ」
フロストノヴァは、はっきりと言った。
「テラじゃ、存在自体がほぼ確認されていない力だ」
一瞬、場に沈黙が落ちる。
「……つまり?」
イグニスが恐る恐る聞く。
「つまり」
レイヴンは、シルバーを見る。
「お前は相当凄い能力持ってるぜ。」
シルバーは少し困ったように笑った。
「へー。じゃあ俺、結構ヤバい?」
「ヤバい」「かなりな」「間違いなく」
次々と肯定が飛ぶ。
シルバーは岩場を見渡し、遠くに見えるコロニーの残骸に目を向けた。
「いやー、この力、変だとは思ってたけど……やっぱり凄かったのか!」
シルバーは満面の笑みで胸を張った。
「こんな逸材をスカウトした俺も天才だな!」
「天才天才天才ー!」
レイヴンが勢いよく持ち上げると、シルバーも調子に乗って腕を振り上げる。
「だろー!?」
その勢いに釣られ、イグニスとウェントゥスまで一緒になって喜び出す。
「すげーよシルバー!」
「いやマジで規格外だろ!」
場の空気は一気に明るくなった。
だが――
「……うん」
その熱気を、静かに切ったのはフロストノヴァだった。
「ところで、これからどうする?」
その一言で、全員が我に返る。
「……ひとまず、ロドスに戻ろう」
フロストノヴァは冷静に続ける。
「コロニー内部の調査も重要だが、まずは彼をロドスで検査するべきだ」
「能力の正体、身体への影響、それに――この土地との関係もな」
「確かに」
レイヴンは頷く。
「シルバー、まずはロドスだ。詳しい事はそこで分かる」
「オッケー!検査でもなんでも来いって感じだな!」
シルバーはあっけらかんとしていた。
(……この軽さが、逆に怖い)
フロストノヴァはそう思ったが、口には出さなかった。
帰路、再びB区域を通過した時だった。
「あれ……?」
ウェントゥスが足を止める。
先程まで“主”として君臨していた場所――
そこに、異様な光景が広がっていた。
「……イビルバーが」
巨大な獣は地面に倒れ伏し、その体は無数の傷で引き裂かれていた。
周囲には、見覚えのない小型肉食動物の群れ。
血に濡れた牙で、獲物を貪っている。
「……やられてるな」
「この世は弱肉強食だ」
シルバーが淡々と言う。
「どんなに強い存在でも、油断すれば死ぬ」
「さっきまで、あれだけ脅威だったのにな」
「だからこそだ」
レイヴンは視線を逸らさずに言った。
「生き残るってのは、強さだけじゃ足りねぇって事だな。」
しばし、誰も口を開かなかった。
風が草を揺らし、遠くで獣の鳴き声が響く。
「……とにかくだ!」
沈黙を破ったのはレイヴンだった。
「俺たちも、ああやってムシャムシャされねぇように帰るぞー!
「「おー!」」
「ちょっ、怖い事言わないでよ〜!ウェン〜!」
グラキエースが涙目で抗議する。
「事実だろ?」
ウェントゥスは振り返りもせず歩き続けた。
その背中を見ながら、レイヴンは一度だけ、倒れたイビルバーの方を振り返った。
「……ここ、やっぱ変な場所だな」
誰に向けたでもない、その呟きは、エリア・ゼロという土地そのものを指していた。
ロドスへ帰還後、シルバーはそのまま医療区画へと運ばれた。
精密検査と隔離を兼ねた治療室。
白い光に満たされた室内で、彼はベッドに横たわり、静かに眠っている。
レイヴンは任務の疲労もあり、早々に休息を取った。
代わりに、フロストノヴァが治療室に残り、観察を任されていた。
「……」
ガラス越しに、眠る少年を見つめる。
規則正しい呼吸、安定した心拍。
外見上は、どこにでもいる十代の少年と変わらない。
だが――
「彼には、アーツではない“自前”の超能力があるそうだな」
静かな声で、ケルシーが言った。
いつの間にか、背後に立っている。
「ああ。確認した限りでは、外部媒体やアーツ反応を一切伴わない力だ」
フロストノヴァは視線を外さずに答える。
「分類するなら、サイコキネシス……物体操作型の精神能力に近い」
「やはりか」
ケルシーは端末を操作しながら続ける。
「データを照合したが、制御精度はロスモンティスよりも高い」
「感情の起伏に左右されず、ほぼ無意識下でも安定している」
「……それは、異常だな」
フロストノヴァは小さく息を吐いた。
ロスモンティスがどれほどの訓練で力を“抑え込んでいるか”を、彼女はよく知っている。
「彼も、何かしら特別な生まれである事は間違いないのか?」
「恐らくな」
ケルシーは淡々と答える。
「だが、出自を裏付ける資料が存在しない。感染歴も、実験痕跡も、鉱石病反応もゼロだ」
「エリア・ゼロ――あの場所が、彼を形作った可能性もある…」
「一旦はロドスに置き、長期観察が最善だろうな」
「同意見だ」
その時、治療室の扉が開いた。
「ケルシー。来たぞ」
低く、少し荒い声。
振り向くと、赤い髪を持つサルカズの少女が立っていた。
黒い戦闘服、剣を背負い、存在感だけで空気を変えるような気配。
「……彼女は?」
フロストノヴァが問いかける。
「スルトだ」
ケルシーは簡潔に答えた。
「現在はロドスのオペレーターとして活動している」
「そうか……」
フロストノヴァは一瞬だけスルトを観察する。
(不安定なアーツ反応……だが、それを力でねじ伏せている)
「フロストノヴァだ。よろしく頼む」
「……」
スルトは少し間を置き、興味深そうに彼女を見返した。
「アンタが噂のフロストノヴァか」
「……よろしく」
短いやり取り。
だが、その間に互いを測るような沈黙が流れた。
その頃――
レイヴン達と別れた行動予備隊A2の四人は、ロドス艦内の食堂に集まっていた。
任務明けの時間帯ということもあり、食堂は比較的静かだ。
金属音と食器の触れ合う音、遠くで交わされる他オペレーター達の会話が、心地よい雑音となって流れている。
「つっっっっっかれたぁ……」
フラムはそう言いながら、山盛りのカレーをスプーンで掬い、口に運んだ。
疲労が抜け切っていないのか、頬はほんのり赤く、肩もやや落ちている。
だが、その表情は暗くない。
むしろ、達成感に満ちていた。
「でもさ、今日の任務――ウチら、かなり頑張ったよね?」
向かいに座るグラキエースが、同じくカレーを頬張りながら目を輝かせる。
ピンク色の髪が揺れ、無邪気な笑顔がこぼれる。
「うんうん!シルバーもスカウトできたし、危険な生物も避けられたし!」
「ね!?あれ普通に考えたら初任務に近い内容じゃないよ!」
二人は顔を見合わせ、自然と笑い合った。
「……もしかしてさ」
グラキエースは少し声を潜める。
「ウチら、思った以上に才能あるんじゃない?」
「あるある!」
フラムは即答した。
「だって、ケガ人ゼロだし!怖かったけど、ちゃんと動けたし!」
その言葉には、自分達が“役に立った”という実感が滲んでいた。
そこへ、トレーを持った二人がやってくる。
「ウェン〜!イグニス〜!こっちこっち!」
フラムが大きく手を振る。
「お、席取ってくれてたのか」
ウェントゥスは軽く手を上げて応じる。
彼のトレーには、ロコモコ丼キング盛り。
見ただけで胃が重くなりそうな量だが、表情は平然としている。
「サンキュー!」
イグニスは、カツ丼キング盛りをテーブルに置きながら笑った。
こちらも負けず劣らずの量だ。
「……相変わらず、よく食うね二人とも」
グラキエースが呆れたように言う。
「体力は大事だからな」
ウェントゥスはそう言って箸を割る。
「今回の任務、どう思う?」
イグニスが口を開く。
軽い口調だが、どこか真剣だった。
「悪くなかったと思う」
ウェントゥスは即答した。
「想定外は多かったが、誰もパニックを起こさず、役割分担もできていた」
「特に、ラキとフラムの索敵と後方確認は助かった」
「えっ、ほんと!?」「まじ!?」
二人の声が重なる。
ウェントゥスは少しだけ視線を逸らしながら続ける。
「……この調子なら、行動予備隊を卒業するのも、そう遠くはないかもしれないな。」
その一言で、テーブルの空気が変わった。
「予備隊卒業……」
フラムがその言葉を反芻する。
「正式オペレーター……」
グラキエースも、スプーンを止めて呟いた。
喜びと同時に、ほんの僅かな緊張が胸を掠める。
(責任も、増えるってことだよね)
誰も口には出さないが、全員が同じことを考えていた。
「……ま!」
イグニスが空気を破るように笑う。
「とりあえず今日は成功!細かいことは、明日考えようぜ!」
「そうだね!」
「うん!」
四人は再び食事に戻る。
その姿は、まだ若く、未熟だが、確実に前へ進んでいる者達のものだった。
食堂の灯りは変わらず暖かく、今だけは、平穏な夜が続いていた。
行動予備隊A2はこれからも出る予定です。なんならメインキャラかもしれん。