「スタイルチェンジ……ですか?」
アーミヤは少しだけ首を傾げ、興味と警戒が入り混じった視線でレイヴンを見る。
研究対象としてではなく、戦力としての変化を見極めようとする、指揮官の目だった。
「そうなんだよ。ほら見ろこの……ぶっとい……腕!」
レイヴンは半ば誇らしげに、半ば冗談めかしてガッツスタイルの右腕を突き出す。
装甲化したナックルは人の腕とは思えないほど分厚く、関節部には鈍い光が走っていた。
一目見ただけで、殴ることに特化した兵装だと理解できる。
「随分と重そうですが……大丈夫ですか?」
アーミヤは率直にそう尋ねる。
万が一、動作に支障が出るようなら作戦全体に影響が出かねない。
「意外と重くないんだよな。」
レイヴンは軽く拳を握り、開き、確かめるように何度か動かす。
動作は滑らかで、違和感もない。
「むしろ……力の伝達が分かりやすい。殴った分だけ、全部相手に返っていく感じだ。」
「……あはは……そうですか……」
アーミヤは小さく苦笑した。
正直なところ、“殴りやすい”という感想は想定外だったが、それがレイヴンらしいとも思えてしまう自分がいた。
そして一瞬、空気が切り替わる。
「それより、ドクター。」
アーミヤは表情を引き締め、端末を操作しながら続ける。
「そろそろヴィクトリアに突入する作戦が開始になりますが……大丈夫ですか?」
その言葉に、周囲の気配がわずかに張り詰める。
冗談の通じる空気は、ここで終わりだった。
「……ヴィクトリアの奴らを叩きに行くのか?」
レイヴンは低く問い返す。
冗談めいた調子は消え、戦場に立つ者の声になる。
「いえ。」
アーミヤは静かに首を振った。
「具体的には、ヴィクトリアの首都・ロンディニウムに突入します。」
その地名が出た瞬間、“本気の作戦”であることが誰の耳にも明確になった。
「近年のヴィクトリアの行動により、覇権国家としての地位は大きく揺らいでいます。それに伴い、国内の不満を抑え込むため、市民への鎮圧が激化しているそうです。」
端末に映し出されるデータ。
暴動、弾圧、拘束、行方不明者――
数字だけでも、状況の深刻さが伝わってくる。
「私たちロドスの目的は明確です。」
アーミヤはレイヴンの目を、真っ直ぐに見た。
「鎮圧部隊を排除し、その隙に民間人を救出する。」
軍事的勝利ではない。
政治的成果でもない。
――人を助けるための戦い。
「なるほど、理解した!」
レイヴンは即答した。
迷いは一切ない。
「要するに、また面倒で危険で、でも――放っておけない仕事ってわけだな。」
右腕のナックルが、わずかに軋む。
「なら問題ない。俺は前に出る。殴る。守る。それでいいだろ?」
アーミヤは、はっきりと頷いた。
「はい。それで十分です、ドクター。」
こうして、ヴィクトリア本土への作戦は静かに動き出した。
…………………
そして翌日。
灰色の空がロンディニウム上空を覆い、街全体が息を潜めているようだった。
遠くでは警報設備の低い駆動音が鳴り、都市そのものが戦場になる準備を進めているのが分かる。
「アーミヤ。私達は308番ゲートから潜入する。」
ケルシーの指示は短く、無駄がない。
「ドクター達と共に、アーミヤは309番ゲートへ。」
「了解です。」
アーミヤは即座に返答し、端末を閉じる。
その声音に迷いはなく、指揮官としての覚悟が滲んでいた。
――――――――――――――――――
309番ゲート。
ロンディニウム外縁部に設置された、古いが堅牢な検問施設だ。
レイヴン、アーミヤ、イグニス、デュークの四人は、瓦礫と崩れた建造物の陰からゲートを見下ろしていた。
そこには――
想定以上の数のヴィクトリア兵が展開していた。
歩哨、巡回班、装甲兵。
重装ライフルを肩に掛けた者、盾を構えた者、索敵用の端末を操作する者。
統制の取れた配置から、単なる巡回ではないことが一目で分かる。
「……敵が多いですね……」
アーミヤが低く呟く。
数を数える必要すらない。
正面から突っ込めば確実に消耗戦になる。
「何か探してるみたいだけど……」
イグニスは身を低くし、双眼鏡を覗き込む。
「……ここからじゃ分からないな。」
そう言って、双眼鏡をレイヴンに手渡した。
「どれ……」
レイヴンも覗き込む。
兵士達はゲート周辺だけでなく、内部通信を頻繁に行い、
時折、地下方向を気にするような仕草を見せている。
「確かに……警戒っていうより、なんかを探してるみたいだな。」
双眼鏡を下ろし、レイヴンはアーミヤに目配せする。
「……もう行くか?」
その問いに、アーミヤはすぐに首を振った。
「……まだです。この数で、しかも何かを探しているなら、下手に動くのは危険です。」
「ちぇ……」
イグニスとデュークは分かりやすく不満そうな顔をするが、それでも指示には従い、身を伏せたまま待機する。
「ドクター、イグニスさん、デュークさん。落ち着いて……」
「わっーてるよ。」
レイヴンはそう返すが、その視線は既に戦う場所と順番を頭の中で組み立てていた。
――その時だった。
「……誰だ、アレ?」
デュークが指差した先。
ヴィクトリア兵の配置とは微妙に異なる、別系統の部隊が接近してくる。
装備は軽量化され、徽章も異なる。
動きは荒く、しかし迷いがない。
「……ダブリン兵ですね……」
アーミヤが即座に識別する。
「ヴィクトリアの過激派団体……内部抗争や、独自行動が多いと聞いています。」
その直後だった。
怒号。
銃声。
誰かの叫び。
ヴィクトリア兵とダブリン兵が、何かをきっかけに衝突したのだ。
統制された陣形が一気に乱れ、銃火が無秩序に飛び交い始める。
「……今出たら、両方潰せるチャンスだぞ。」
レイヴンの声は低く、しかし確信に満ちていた。
アーミヤは一瞬だけ目を閉じ、戦況、被害、成功率を高速で計算する。
そして――
「…………はい。」
短い許可。
その瞬間、三人の表情が一変する。
「よっしゃ!」
「待ってた!」
「行くぞ!」
レイヴンを先頭に、三人は瓦礫の影から一斉に飛び出した。
「――待ってたぜ!」
ガッツスタイルの右腕が唸りを上げ、
ロンディニウム309番ゲートは、本格的な戦場へと変わった。
「――ガッツパンチ!!」
レイヴンの咆哮と同時に、巨大な右腕が唸りを上げた。
空気が圧縮され、拳が振り抜かれた瞬間、衝撃波が発生する。
直線上にいたヴィクトリア兵が、
まるで紙屑のように宙を舞い、壁や装甲車に叩きつけられていく。
「うわっ……!」
「冗談だろ……!」
悲鳴が上がる間もなく、レイヴンは止まらない。
右腕で敵を殴り飛ばしながら、左手で大剣を軽々と担ぎ上げる。
――本来なら、全力で構えても重いはずの大剣だ。
それをレイヴンは、まるで木刀のように振り回した。
横薙ぎ一閃。
金属音と共に、盾ごと兵士が吹き飛ぶ。
縦斬り一閃。
装甲が割れ、地面に叩き伏せられる。
「凄いな……ガッツスタイル……」
アーミヤが思わず呟く。
力任せではない。
制御され、無駄のない圧倒的パワー――それが今のレイヴンだった。
「なんでパワーだけ純粋強化なんだよ!流石だな!」
イグニスはそう叫びながら、足を止めない。
彼は剣を構え、アーツを展開する。
炎が空中で凝縮され、刃の形を成していく。
それは通常の火炎放射ではない。
意思を持った炎の剣。
「燃えろ……!」
振り下ろした瞬間、炎の刃が地面を走り、周囲の敵を飲み込んだ。
爆ぜる炎。
視界を覆う熱波。
兵士達は悲鳴を上げる間もなく倒れ伏す。
「それが……イグニスのアーツか……」
レイヴンが一瞬だけ視線を向ける。
「実は、初めて見たかもな。」
「見せる機会なかったからね!」
一方その頃――
デュークは一歩引いた位置で、静かに構えを取っていた。
呼吸が整い、刀身が地面と水平になる。
「――八葉一刀流・壱ノ型」
低く、しかし芯の通った声。
「螺旋ッ!」
次の瞬間、デュークの姿が消えたように見えた。
実際には、超高速回転。
渦を描くような動きで敵陣へ突入し、
刃が円を描く度に、兵士が次々と倒れていく。
斬撃は一瞬。
音すら遅れて届く。
気付いた時には、周囲の敵は全て膝をつき、地面に崩れ落ちていた。
「……なんてパワーだ……」
イグニスが呆然と呟く。
――だが、戦場は油断を許さない。
その背後から、長槍を構えたヴィクトリア兵が突進してきた。
「ドクター!」
アーミヤが即座に前へ出る。
彼女の剣が、瞬時に形を変えた。
刃が伸縮し、杖のような形状へと変化する。
同時に、淡い光が広がる。
「――!」
展開されたのは、半透明のバリア。
槍が突き刺さるが、その衝撃は完全に吸収される。
「このまま……!」
アーミヤは一歩踏み込み、バリアごと押し返した。
体勢を崩した兵士の前に、レイヴンが滑り込む。
「サンキュー!」
バリアが解除された瞬間、ガッツパンチが叩き込まれた。
兵士は一撃で吹き飛び、そのまま意識を失う。
――そして。
数分後。
銃声も、怒号も止み、309番ゲート周辺には静寂が戻っていた。
倒れ伏す兵士達。
立っているのは、ロドスの四人だけ。
「……片付いた、みたいだな。」
レイヴンが大剣を肩に担ぐ。
「アーミヤ、その力って……」
彼女を見る。
アーミヤは一瞬だけ視線を落とし、静かに答えた。
「……おそらく、医療オペレーターの力だと思います。」
その言葉には、自覚と、まだ掴み切れていない何かが混じっていた。
そうしてレイヴン達は、309番ゲートへ向かって一気に駆け出した。
破壊された警備設備を踏み越え、瓦礫を跳び越えながら進むその動きに、一切の迷いはない。
――だが。
「……ッ!」
レイヴンの背筋に、鋭い寒気が走った。
空気が変わる。
重力が、わずかに歪む感覚。
「誰だ!」
叫ぶと同時に、彼は上を見上げる。
次の瞬間、
空から“それ”が降りてきた。
重力を無視するかのように、ゆっくりと、しかし確実に。
金属光沢を帯びた翼。
刃のように鋭利な羽根。
その全身から放たれるのは、研ぎ澄まされた殺意そのもの。
「ほう……」
低く、冷たい声が響く。
「まさか、309番ゲートから侵入しようとするとはな……」
その姿を見た瞬間、レイヴンの表情が険しくなる。
「……ファルコム・エネゲード!」
ヴィクトリア八精鋭・鷹のフォルスロイド。
空を支配する殺戮者。
「ここより先には行かせんよ。」
ファルコムは地面に降り立たず、わずかに宙に浮いたまま、翼を広げた。
その翼一枚一枚が、刀身のようなブレードへと変形していく。
「くっ……ここで邪魔をするつもりか!?」
レイヴンが大剣を構え、前に出る。
「邪魔、ではない。」
ファルコムは淡々と告げた。
「あくまでも“防衛”だ。――貴様らがここを通るというのなら、話は別だがな。」
一瞬、空気が静止する。
次の瞬間、
ファルコムの翼が強く打ち鳴らされた。
「ならば良し!」
空が裂けるような音と共に、彼の姿が消えた。
「――一瞬の閃光と……」
視界の端が白く弾ける。
「永遠の死を授けてやろう!」
次の瞬間、
上空から斜めに、鋭い閃光が走った。
「ッ、危ねぇ!!」
レイヴンは反射的に跳ぶ。
直後、彼が立っていた地面が斬撃によって抉り取られた。
コンクリートが切断され、
火花と粉塵が舞い上がる。
「速っ……!」
イグニスが歯噛みする。
ファルコムはすでに再上昇し、
今度は円を描くように旋回していた。
「空中戦……厄介ですね……!」
アーミヤが杖形態に変えた剣を構える。
ファルコムは嘲るように笑った。
「地に縛られた者に、空の支配者は倒せぬ。」
翼が震え、無数の刃状エネルギーが雨のように降り注ぐ。
「チッ……!」
レイヴンはガッツスタイルの右腕で正面を防ぐ。
衝撃が連続して叩きつけられ、地面に足がめり込む。
「くそっ、上から削られる!」
その瞬間、彼は叫んだ。
「アーミヤ!アーツで頭上を崩せ!」
「はい!」
アーミヤは即座に理解した。
杖を地面に突き立て、アーツを集中させる。
光が脈動し、天井部――ゲート上部の構造体が共鳴する。
「――今です!」
次の瞬間、爆発的な衝撃が上空で発生した。
老朽化していた天井構造が崩れ、大量の瓦礫が落下する。
「……ほう?」
ファルコムは即座に高度を上げようとするが、
崩落によって視界が遮られる。
「空を奪えば……!」
レイヴンが踏み込む。
「地に落ちるしかねぇだろ!!」
「無駄だ!」
鋭い断言と同時に、
ファルコムは両翼を交差させた。
翼のブレードが噛み合い、
高密度の防御障壁を形成する。
――ガッ!
レイヴンの一撃は確かに直撃したはずだった。
だが、衝撃は金属音と火花を散らすだけで、刃の内側に届かない。
「……ッ!」
反動で体勢を崩したレイヴンは、そのまま地面を転がり、即座に距離を取る。
アーミヤの隣まで滑り込み、息を整えた。
「無駄だ。」
ファルコムは宙に留まり、見下ろす。
「このブレードは、ヴィクトリア最高峰の設計思想に基づいている。――折れはせん。」
自信に満ちた声音。
その翼は、まるで空そのものを盾にしているかのようだった。
「くっ……」
レイヴンは歯を噛みしめる。
空中優位、防御特化、スピードもある。
正面からじゃ分が悪い……
「……地形をうまく使えば……」
そう思考を巡らせ、再び踏み込もうとした――その瞬間。
心臓が、異様な鼓動を打った。
「……?」
体の内側から、別の力が湧き上がってくる感覚。
「この感じ……」
レイヴンの瞳が見開かれる。
「スタイルチェンジだ!」
次の瞬間、彼の身体が重く、強く、地に縛られるような感覚に包まれた。
ガッツスタイルの象徴だった巨大な右腕アーマーが、まるで溶けるように霧散する。
代わりに――
両腕。両脚。胴体。
全身に分厚い装甲が装着されていく。
ゴテゴテとした重装。
だが、それは鈍重さではない。
「――グランドスタイル!」
レイヴンが低く叫ぶ。
次の瞬間、彼は地面を強く踏み抜いた。
衝撃が波紋のように広がり、周囲の瓦礫、コンテナ、崩れかけた構造物が一斉に跳ね上がる。
「……チッ!」
ファルコムが舌打ちする。
「姑息な……!地形破壊とはな!」
宙に逃げようとするが、落下物が進路を塞ぐ。
「どうかな!」
レイヴンは跳躍した。
重装にもかかわらず、信じられない速度で距離を詰める。
「――ッ!?」
ファルコムが反応するより早く、レイヴンの手が翼の付け根を掴んだ。
「次は――」
鈍く、嫌な音が響く。
「何!?」
ファルコムの叫びと同時に、彼の片腕――いや、翼の一部が引きちぎられた。
金属と疑似筋繊維が裂け、赤い光が飛び散る。
レイヴンは着地と同時に、視界に入った巨大コンテナへと向き直る。
「次はこれだ!」
両腕でコンテナを掴み、持ち上げる。
数トンはあるであろう鉄塊が、まるで軽い荷物のように宙を舞う。
「馬鹿な……!」
ファルコムが後退する。
「――喰らえ!」
レイヴンは全身の力を込め、コンテナを投げ放った。
「ぐわぁッ!!」
空中で体勢を崩したファルコムの身体が、大きく揺らいだ。
片翼を失い、回転しながら落下してくるその姿は、もはや“空の支配者”の面影を失っている。
「そこだッ!」
地面を強く踏みしめ、反動すら利用する勢いで一気に距離を詰める。
グランドスタイルの全身装甲が軋み、その内部で膨大なエネルギーが解放される。
「――終わりだ!」
リコイルロッドが唸りを上げた。
振り抜かれた一撃は、空気を裂き、衝撃波を伴ってファルコムの胴体を正面から捉える。
鈍く、しかし決定的な音。
ファルコムの身体は、縦一直線に真っ二つに裂かれた。
「ば、馬鹿な……」
分断された視界の中で、ファルコムの声はかすれていた。
「……ヴィクトリア八精鋭……この私が……ッ……」
その瞳に宿っていたのは、怒りでも恐怖でもない。
誇りが砕かれた者の、純粋な困惑だった。
「……申し訳、ございません……」
裂けた身体の奥で、エネルギーコアが不安定に明滅する。
「テレシス様……ッ……!」
次の瞬間――
激しい爆発と共に、ファルコム・エネゲードの残骸は光の粒子となって四散した。
空に舞っていた羽根のような破片が力を失い、静かに地へと降り注ぐ。
「……」
一瞬の静寂。
「……よっし!」
レイヴンが拳を握りしめる。
「やった……!」
「八精鋭を一人、撃破……!」
周囲にいたアーミヤとイグニスが、信じられないものを見るようにレイヴンを見つめる。
「ドクター、新しいスタイルですか!?」
通信越しに、軽快な声が割り込んだ。
『あー、今のは完全に確認できたよ』
「レヴリスか。」
『うん。それは――グランドスタイルだね』
端末越しでも分かるほど、
彼はどこか楽しそうだった。
『地形依存ゼロ。足場の崩壊、落下物、重力変化――全部無視できる』
『簡単に言えば、どんな場所でも“地に足を付けて戦える”スタイルだ』
「なるほどな……」
レイヴンは自分の装甲に視線を落とす。
重厚で、無骨で、装飾も少ない。
「……地味だな。」
『うん、地味!』
即答だった。
「即肯定すんなよ!」
アーミヤが思わず笑みをこぼす。
「ですが……とても頼もしいです。」
「すぐにお役御免になっちゃうんじゃない?」
イグニスも頷いた。
「まあ…進むか!」
レイヴンはそう呟き、ゆっくりと拳を開いた。
309番ゲートの先。
まだ戦いは続く……
だが少なくとも――
ヴィクトリアの戦力は削られたのだった。