アークナイツ リザレクション   作:サツキタロオ

45 / 49
Vol.2でのソウルユニゾンは決まってるのでお楽しみに。


STORY.34:ケルシーとレイヴン

ロドスへ帰還した一同は、最低限の報告と補給を終え、それぞれに割り当てられた区画へと散っていった。

連戦続きだった。肉体よりも先に、神経が摩耗している。

 

「うーん……」

 

ベッドに横たわったレイヴンは、天井をぼんやりと見上げたまま小さく唸る。

身体は確かに疲れているはずなのに、意識だけが妙に冴えていた。

 

ソウルユニゾン。

 

アーミヤの温もり。

ジェスターの鋭い感覚。

他者の魂が、自分の中で脈打つあの感覚。

 

――あれは本当に、力と呼んでいいのか。

考えがまとまる前に、意識が沈んでいく。

深く、暗い水底へ落ちるように。

 

「ぐぬぬ……」

 

無意識のうちに、寝台の上で顔を歪める。

 

その頃――

 

夢の中。

レイヴンは、荒廃した街の中心に立っていた。

 

崩れたビル群。

割れた道路。

風もないのに、砂塵だけが舞い続ける。

 

「ここは……」

足音が妙に大きく響く。

自分の呼吸音まで反響している。

 

空を見上げる。

 

曇天。

だが、ただの曇りではない。

 

重く濁った雲の中に、無数の扉が浮かんでいる。

木製のもの、鉄製のもの、古びたもの、豪奢なもの。

 

開いているものは一つもない。

 

「なんだここ……夢かー?」

わざと軽い調子で呟く。

冗談めかしていないと、足がすくみそうだった。

(いや、夢にしちゃ妙に生々しいな……)

 

瓦礫を踏む感触。

空気の冷たさ。

胸の奥のざわつき。

 

――これは、ただの夢じゃない。

 

そう直感した瞬間。

視線の先、崩れた交差点の向こうに――

一人の女性が立っていた。

 

「だ、誰?」

距離はそれほど離れていないはずなのに、顔がはっきり見えない。

輪郭だけがぼんやりと揺らいでいる。

風もないのに、彼女の髪だけが微かに揺れている。

返事はない。

ただ、じっとこちらを見ている。

(……なんで、声が出ない)

 

喉が乾く。

 

自分から歩み寄ればいい。

そう思うのに、足が動かない。

 

胸の奥が、じわりと冷える。

(猛烈に嫌な予感がする……)

本能が警鐘を鳴らしている。

 

敵意とも違う。

殺意とも違う。

 

もっと根源的な何か。

 

――知っている。

 

そうだ。

この気配を、自分は知っている。

 

だが、思い出そうとするほど、記憶は霧に覆われる。

 

女性が、ゆっくりと一歩踏み出した。

その瞬間、空に浮かぶ扉のいくつかが軋む音を立てる。

 

カタン。

 

カタン。

 

まるで、開く準備をしているかのように。

レイヴンの背筋を、冷たいものが走った。

 

「や、やべぇ……!」

思わず声が漏れる。

レイヴンは一歩、また一歩と後ずさる。足元の瓦礫が崩れ、乾いた音がやけに大きく響いた。

 

逃げたい。

 

だが視線が逸らせない。

「ドクター」

「!?」

女性の声が、はっきりと届いた。

今度は確かに、聞こえた。

 

自分の呼称。

自分だけに向けられた声音。

 

ぼやけていた輪郭が、ゆっくりと焦点を結び始める。

霧が晴れるように、顔立ちが明瞭になる。

 

そして――

 

ひし形の目。

 

異様に整った、だが人間味の希薄な瞳孔。

その視線が、まっすぐに突き刺さる。

 

「ドクター、思い出して」

声は柔らかい。

だが温度がない。

 

「私の事……」

 

一歩、また一歩と近づく。

 

「忘れてないわよね?」

その言葉に、胸の奥が軋む。

思い出せ、と言われるたびに、頭の奥で何かが引っかかる。

霧の向こうに、確かに“何か”がある。

 

だが掴めない。

「あいにく、俺は記憶喪失で……」

いつもの調子で軽口を叩く。

冗談めかして、空気を和らげようとする癖。

 

だが。

彼女の表情は、微動だにしない。

笑わない。怒らない。

ただ、見ている。

鼓動が早まる。

 

ドクン。

ドクン。

 

静まり返った荒廃都市に、自分の心音だけが反響しているようだった。

 

怖い。

 

それが、正直な感情だった。

敵と対峙したときの恐怖とは違う。

命の危機とは違う。

もっと深い。

自分の“中身”を覗き込まれているような恐怖。

 

(ドクター……)

 

声が、頭の内側から響く。

 

(ドクター……)

 

複数の扉が、空の上で揺れる。

 

カタン。

 

カタン。

 

「ドクター!」

 

「――!」

叫び声。

視界が白く弾ける。

レイヴンはベッドの上で飛び起きた。

 

荒い呼吸。

汗が額を伝う。

 

「……っ」

「……ケルシー?」

目の前に立っていたのは、ケルシーだった。

その顔を視認した瞬間、ようやく呼吸が整い始める。

 

夢だ。

 

――ただの夢。

 

そう言い聞かせる。

 

だが…胸の奥に残るざわつきは、消えない。

まるで、あの女性がまだどこかでこちらを見ているかのように。

 

「良かった……呼ぼうとしていたら君が唸っていたから……」

 

ケルシーの声音はいつも通り落ち着いている。

だが、その視線はわずかに揺れていた。観察する医師の目と、心配する誰かの目が、同時にそこにあった。

 

「そ、そうなのか……」

 

レイヴンは額の汗を拭いながら答える。

夢の残滓がまだ頭の奥にこびりついている。あの声。あの目。あの「思い出して」という言葉。

 

――思い出したくないのか。

それとも、思い出せないだけなのか。

 

「……私は呼びにきただけだ……それでは……」

 

踵を返そうとしたケルシーの背に、思わず声が飛ぶ。

 

「ちょっと待てよ。」

 

彼女の肩が、わずかに跳ねた。

 

その反応を見て、レイヴンは一瞬だけ戸惑う。

自分の声は、そんなに強かっただろうか。

 

「……あの時、俺、お前に怒ってたよな。その事、謝りたくて。」

 

ケルシーは振り返らない。

 

沈黙。

 

レイヴンは言葉を探しながら続ける。

 

「お前は俺に隠し事多いからって怒ってたけど……今思うとさ、昔の俺が何かやらかして……あんまり喋りたくないって感じだったんだろ?」

 

夢の中の女性の声が、頭の奥で反響する。

 

“思い出して”

 

あれが事実なら、

自分の過去は、決して軽いものじゃない。

 

「すまん。あの時は未熟だった! 子供とも思っていい!」

 

勢いよく頭を下げる。

どこか不器用で、どこか真っ直ぐな謝罪。

 

ケルシーはゆっくりと振り向く。

 

「……謝る事じゃない……私だって君を怒らせるような事をしたからな……」

 

その言葉は本心だった。

彼女自身もまた、迷っている。

 

「昔のドクターと、今の君を……今だに区別し損ねているから……」

 

それは、医師としての葛藤であり、個人としての混乱だった。

 

目の前にいるのは、記憶を失った別人のような男。

だが、確かに“同じ魂”でもある。

 

レイヴンは苦笑する。

 

「気にすんなって。それに、誰が俺をどう思おうが、俺は俺だ。」

 

一瞬、間を置いて。

 

「レイヴンだ。ドクターじゃねぇ。」

 

その言葉には、強がりだけでなく、決意があった。

 

過去がどうであれ、

今の自分は、自分の選択で生きる。

 

ケルシーは何も言わない。

ただ、静かにその姿を見つめる。

 

レイヴンは立ち上がり、逃げるようにシャワールームへ向かう。

「ちょっとシャワー入るから、覗くなよ!」

無理に明るく言い、服を放り投げてドアを閉める。

水音が響き始める。

ケルシーはその場に残された。

ゆっくりと、レイヴンのベッドに腰を下ろす。

まだ温もりが残っている。

「……」

指先でシーツをなぞる。

 

昔のドクターは、もっと冷静で、もっと計算高く、もっと――

 

孤独だった。

 

だが、今の彼は違う。

未熟で、衝動的で、だが真っ直ぐだ。

 

(私は……何を恐れているのだろうな)

失われた過去か。

それとも、戻ってしまう未来か。

 

シャワーの水音が、静かな部屋に響き続ける。

ケルシーはしばらく動かなかった。

 

………………

 

短い静寂ののち、レイヴン達は司令室へと足を踏み入れた。

戦いが終わったばかりだというのに、空気はすでに次の局面へと移行していた。

レイヴンが入ってきた瞬間、一人のオペレーターが足早に近づいてくる。

「ドクター。ヴィクトリア八精鋭の一人であるソル・ティターニアンズが、エリア・ゼロ近くに居るのが分かりました。」

 

その名を聞いた瞬間、室内の空気がわずかに張り詰める。

「どうやら近くの廃墟群に待機しているようなんですが……ちょっと変なんですよね。」

「変?」

レイヴンの声は落ち着いていたが何処かざわついた。

 

何かが動き始めている。そんな予感が拭えない。

「これを見てください。」

モニターに映し出された映像。

 

そこにあったのは廃墟群。

しかし様子がおかしい。

 

建物の残骸の間を埋め尽くす、大量の砂。

まるで砂漠の一部が、そのまま都市を呑み込んだかのような光景。

「ここら辺って砂漠じゃないよな。」

 

ジェスターが眉をひそめる。

レイヴンも頷いた。

地理データは頭に入っている。

この区域は乾燥地帯ではあるが、ここまでの砂丘形成はあり得ない。

「どういう事なんだ、オペレーター?」

「……さあ……詳しくは分かりませんけど……こんなに砂漠化が進むのはちょっと変なんですよね……」

自然現象にしては急激すぎる。

意図的な何か…アーツか、兵器か…

 

「ヴィクトリア八精鋭を潰せる機会でもある。ドクター、ここは行った方がいいだろう。」

ケルシーの声が、横から静かに差し込む。

彼女の表情は冷静だが、その視線はモニターの砂丘を鋭く観察している。

あのヴィクトリア八精鋭のやる事、放置する選択肢はない。

 

「ケルシーの言う通りか……じゃあ準備してくる。」

椅子から立ち上がって準備しに行こうとする。

 

「待て、ドクター。」

ケルシーが一歩前に出る。

「今回は私も同行しよう。この状態を調べるには必要じゃないか?」

 

医療責任者としてではなく研究者としての顔をしているケルシー。

未知を前にした、純粋な探究心だった。

 

そして――

彼を一人で行かせたくないという、言葉にしない感情も混じっていた。

 

レイヴンは一瞬だけ彼女を見る。

「分かった。頼むぞ。」

短い返答。

だがそこには、確かな信頼があった。

 

砂に埋もれた廃墟にヴィクトリア八精鋭。

そして、説明のつかない異常現象。

 

そうして数分もしてレイヴン達は廃墟群へと到着した。

 

かつて建物が立ち並んでいたはずの場所は、今や一面の熱砂に覆われている。

砂丘が瓦礫を飲み込み、空気は揺らぎ、視界の先が蜃気楼のように歪んでいた。

 

立っているだけで汗が滲む。

 

そこはもはや廃墟ではなく、炎天下の灼熱地帯だった。

『ドクター、聞こえますか?』

通信機からオペレーターの声が入る。

「どうした?」

 

『ここは熱砂によってかなり温度が高くなっています。ロドスの衣装は耐熱耐冷に優れていますが、日差しに当たり過ぎると火傷をするので気を付けてくださいね。』

 

「分かった。」

通信を切り、レイヴンは空を見上げる。

 

雲ひとつない青空。

容赦なく照りつける太陽。

 

「今ですら日陰にいるのに暑いもんな。」

 

建物の影に身を寄せているにもかかわらず、熱気が肌を刺す。

「ああ、日差しで目玉焼き作れるもんな。」

ジェスターが真顔でフライパンを掲げる。

既に持ち手が熱でじんわり温まっている。

「どうしよう……」

アーミヤが困ったように辺りを見回す。

 

その時だった。

遠くの砂丘が、ゆっくりと崩れる。

ざざ、と砂が滑り落ちる音。

 

そして――

熱気の向こうに、巨大な人影が立ち上がった。

「……来たな。」

レイヴンが目を細める。

砂煙の中から現れたのは、堂々たる鎧姿のフォルスロイド。

陽炎に揺らめきながらも、その威圧感は隠しようがない。

 

ヴィクトリア八精鋭――ソル・ティターニアンズ。

 

「この熱砂は……奴の仕業か。」

王道の展開。

異常な環境は、敵の力によるもの。

 

ならば、やることは一つ。

レイヴンは一歩前に出る。

「砂漠だろうが何だろうが関係ねぇ。」

剣を抜く。

「ぶっ倒して、原因を止めるだけだ。」

 

灼熱の廃墟群を、レイヴン達は一気に駆け抜ける。

 

直射日光の下に数秒と留まらない。

止まれば体力を削られる。それが分かっているからこそ、足を止めない。

 

前方から現れた敵兵を、次々と斬り伏せていく。

「邪魔だ!」

レイヴンの一撃で砂煙が舞い、ジェスターが素早く追撃する。

アーミヤのアーツが援護し、進路を強引に切り開く。

 

「レイヴン! こっちの部屋から行ってみようぜ!」

ジェスターが崩れかけた建物を指差す。

「分かった!」

 

レイヴンは迷わず中へ飛び込む。

薄暗い室内は外よりは幾分ましだが、それでも熱気がこもっている。

中にいた兵士を蹴散らし、奥へ進む。

「……? なんだこの機械。」

部屋の中心。

 

床に埋め込まれた装置。

中央には巨大なクリスタルのようなコアが脈打っている。

 

赤く光り、熱を放っているのが分かる。

「試しに破壊してみるか。」

レイヴンはスナッチナックルを構え、一気に踏み込む。

 

「おおおっ!」

強引に引き抜き、叩きつける。

クリスタルが砕け、装置が火花を散らして停止する。

「なんか変わったか?」

急いで外へ出る。

 

すると――

さっきまで肌を焼くようだった日差しが、明らかに弱まっていた。

空気の歪みも、少し収まっている。

「ケルシー、もしかして……」

通信越しに問いかける。

「恐らく人工太陽の効力をあの装置で高めているんだろう。」

 

冷静な分析。

 

「よし、他の部隊に破壊を命令させよう。」

「分かった。他の奴は同じ装置を見つけてぶっ壊せ!」

レイヴンはオペレーターへ即座に指示を飛ばす。

各所で応答が返る。

これで戦いやすくなる。

 

「行くぞ!」

ジェスターとアーミヤ達が頷く。

最奥地――

砂嵐の中心で、ソル・ティターニアンズは待っていた。

灼熱の陽炎の中、巨大な人工太陽を背に、ケラケラと笑っている。

 

「へー? 熱ってやっちゃおうと思ってたけど……思ったよりしぶとい感じ〜?」

軽い口調。だが、周囲の空気は明らかに歪んでいる。

 

「ティターニアンズ! テメェがこの異常な温度を引き起こしてるのか!?」

レイヴンが前に出る。

「せいか〜い♪ あーしに含まれてる人工太陽を使って、ここらを砂漠にして難民どもを干からびさせよ〜♪ってね……!」

背後の人工太陽が、脈打つ。

熱波が押し寄せる。

「なんて奴だ。お前イカれてるぜ!」

「イカれてなかったらこんな事してないでしょ〜? これ以上話したって意味無いっしょ? じゃ、やろうよ!」

 

次の瞬間。

周囲の温度が一気に上昇する。

 

肌が焼けるような感覚。

息を吸うだけで喉が痛む。

 

「暑くなってきたな……」

汗が一瞬で噴き出す。

「一気に勝負をつけよう。Mon3tr!」

ケルシーの声と共に、Mon3trが顕現する。

巨大な影が砂を踏みしめ、ティターニアンズへと突進――

 

しかし。

人工太陽の熱が、直撃する。

Mon3trの外殻が赤く染まり、じわりと溶解していく。

「!!」

動きが鈍る。

 

「弱〜い。」

ティターニアンズが羽を広げ、灼熱のエネルギーを纏わせる。

 

そのまま追撃。

爆発的な衝撃がMon3trを叩きつけた。

「Mon3tr!」

地面に倒れ込み、動きが止まる。

外殻は焼け、砂に沈んでいる。

「Mon3tr!」

レイヴンが駆け寄る。

焦げた匂いが鼻を刺す。

「あっ、隙やり!」

ティターニアンズが指先を向ける。

灼熱の奔流がレイヴンへ放たれる。

避けきれない。

 

その瞬間――

 

「っ!」

ケルシーが前に出た。

熱線が彼女を直撃する。

「ケ、ケルシー!」

「ケルシー先生!」

レイヴンが慌てて支える。

白衣が焦げ、身体中が赤く焼けている。

「なんで俺を助けたんだ!」

怒りと焦りが混ざる。

ケルシーは、かすかに目を開ける。

「……私が君にできる事は……これぐらいだと思ったから……」

その言葉は静かだった。

 

だが、迷いはない。

レイヴンの胸の奥で、何かが強く脈打つ。

 

鼓動と重なるように、光が溢れ出した。

 

「その光は……!」

アーミヤが息を呑む。

 

「ドクター……」

ケルシーが、かすれた声で呟く。

「は? 何それ……?」

ティターニアンズが眉をひそめる。

 

「この光は!」

眩い閃光が弾ける。

レイヴンはその中心からゆっくりと目を開いた。

「ソウルユニゾン……ケルシーソウル!」

その姿はどこか冷静で、鋭い気配を纏っている。

「はあ!? 何それ意味分かんない!?」

「……ケルシーから力を預かったんだ! 貴様如きに負けはしないッ!」

まっすぐ指を突きつける。

 

「生意気……死になよォ!」

ティターニアンズが鱗粉を撒き散らす。

だがレイヴンは動じない。

足に装備された注射器ホルダーから、三本の注射器を引き抜く。

 

「アシッドスピアー!」

鋭く投擲。

一直線に飛び、右羽と人工太陽へ突き刺さる。

「はあ? 一体何を……」

次の瞬間、注射器が破裂。

内部から強力な毒素が拡散する。

人工太陽の輝きが鈍る。

「ケルシー特製だ! ゆっくり味わえよ!」

「この隙を逃さないわよ!」

ウィシャデルのライフルが火を吹く。

アーミヤのアーツが追撃する。

 

「ぐっ……動き辛い……!」

毒が確実に効いている。

 

「でやぁぁぁ!」

ジェスターが跳び上がり、渾身の蹴りを叩き込む。

ティターニアンズがよろめく。

「今だレイヴン!」

「サンキュ!」

レイヴンは右腕に精神を集中させる。

アーツが形を成す。

 

現れたのは――Mon3trの頭部を模した巨大な顎。

「モンスターバイトォ!」

一直線に突撃。

巨大な口が開き、ティターニアンズを噛み砕く。

衝撃と共に、人工太陽が砕け散る。

「は、はぁ……? ちょーあり得ないんですけどぉ!!」

断末魔の叫び。

 

次の瞬間、光が暴走し爆散した。

 

灼熱が消え、空が静かになる。

やがて、レイヴンの身体を包んでいた光が解ける。

同時にケルシーの身体が力なく傾いた。

「ケルシー!」

レイヴンが駆け寄り、抱き止めるが反応がない。

「おい……ケルシー!」

 

「ドクター! 急いでロドスに!」

 

誰かの叫び声が、遠くで反響していた。

 

「分かってる!」

 

焦った声。あれはレイヴンだ。

 

「手伝おう。」

 

複数の足音。砂を踏む感触。

 

身体が揺れる。

持ち上げられているのだと、ぼんやり理解する。

 

熱い。だが意識は急速に遠のいていく。

 

――やはり、無理をしたか。

 

最後に浮かんだのは、彼が無事だったという事実だけだった。

 

…………………………

 

「うっ……」

瞼が重い。

ゆっくりと目を開けると、見慣れた白い天井が視界に入る。

 

ロドスの医療ベッド。

 

消毒液の匂い。機械の規則正しい作動音。

 

――戻ってきたのか。

「ケルシー先生! 良かった!」

弾んだ声が近づく。

視線を向けると、アーミヤが心底安堵した表情で立っていた。

その顔を見て、胸の奥の緊張がわずかにほどける。

「アーミヤ……私はどうしたんだ?」

記憶を辿る。

 

人工太陽の熱。

ドクターを庇った瞬間。

身体を貫く灼熱。

 

「ソウルユニゾンした後に、気絶したんですよ。なんとか大事には至りませんでした。

医療オペレーターの落ち着いた説明。

 

そうか。

私は彼に力を預け、その代償を受けたのだ。

首元に違和感を覚える。

軽い包帯。皮膚再生処置の痕。

 

致命傷ではない。

計算は、間違っていなかったらしい。

 

「……Mon3trは?」

無意識に問いかけていた。

 

私の半身。

長年共に在り続けた存在。

 

あれが無事でなければ、意味がない。

「ここに居るぞ。」

すぐ近くから、落ち着いた声が返る。

「………ん?」

視線を向ける。

そこに立っていたのは一人の少女。

 

年の頃は十代半ばほど。

淡い髪色。整った顔立ち。

だが、その瞳の奥にある無機質な光。

そして、どこか見覚えのある気配。

私に似ている。

それでいて、Mon3trの存在感も感じる。

 

少女は片腕を上げて、こちらを見ていた。

「……ケルシー、信じらんないかもしれないけど、ソイツMon3trらしいわよ?」

ウィシャデルの声が横から入る。

 

「……………???」

理解が追いつかない。

Mon3trが――人の姿?

そんな事例は、私の長い研究人生でも聞いたことがない。

人工的な変異でも、自然進化でも説明がつかない。

「Mon3trを召喚した後にソウルユニゾンした為、Mon3trが戻らずに負傷していたんです。」

医療オペレーターが続ける。

「レヴリスさんがそのまま治療してあげたら、謎の作用でこのように少女の姿になってしまったそうなんです。」

 

ソウルユニゾン…私の力と、彼の力。

 

そしてMon3tr。

三者のアーツが重なった結果か。

理屈を組み立てようとするが、前例がなさすぎる。

私は静かに息を吐いた。

少女――いや、Mon3trと視線が合う。

その目は、確かに私を認識している。長年の契約で繋がった、あの感覚。

 

間違いない。

「……信じられない話だ。」

だが、否定はできない。

私は研究者だ。

目の前の事実を、まず受け入れる。

 

しかし――

内心は穏やかではない。

私の管理下にあった存在が、未知の形へ変質した。

それは興味深い現象であると同時に、強い不安を伴う。

そして何より。

 

……ドクター。

 

彼の力が、ここまで影響を及ぼしたという事実。

私はまだ、彼を正確に測れていないのかもしれない。

少女の姿をしたMon3trは、じっと私を見つめている。

 

「……ケルシー?」

「……大丈夫だ。気にするな。」

私はMon3trを撫でた。彼女は嬉しそうな顔をしていた。

まるで子供を持ったような感じだ。

 

「そういえばドクターは?」

目覚めてから、ずっと意識の端にあった存在をようやく口にする。

 

「ドクターなら今は個室に……」

「呼んできてくれないか?」

自分でも驚くほど、声は静かだった。

「ああ、はい。」

アーミヤが頷き、足早に部屋を出ていく。

「じゃ、俺達はちょっと下がってるよ。」

「ええ、ケルシー。アンタも割り切ったって事ね。」

ジェスターとウィシャデルが軽く手を振りながら去っていく。

状況を察しているのだろう。

余計な詮索はしない。

「それじゃあケルシー、また後で!」

Mon3tr――少女の姿をしたそれも、素直に部屋を出ていった。

 

扉が閉まる。

………静寂。

機械音だけが残る。

私はゆっくりと息を吐いた。

 

話さなければならない。

逃げ続ける訳にはいかない。

 

やがて、扉が再び開く。

アーミヤに半ば押される形で、彼が入ってきた。

「よう。」

いつも通りの軽い調子。

「ああ……」

その声を聞いただけで、胸の奥が少しだけ安堵する自分がいる。

ドクターは椅子に腰掛け、コップを差し出してきた。

「体調の方はどうなんだ?」

ぶっきらぼうだが、視線は真剣だ。

「一応万全だ。Mon3trは出せなくはなったがな。」

言葉にすると、改めて現実味が増す。

長年共にあった存在を、今は呼び出せない。

それでも、不思議と絶望はない。

「なんか出てきたんだっけな?」

「……Mon3trを出さずとも戦い方はあるさ。」

自分に言い聞かせるように言う。

「そうか。」

彼は深く追及しない。

そこが、彼らしい。

 

「………ドクター、改めて言うよ。私は正直、話すのが怖かったんだ。」

視線を落とす。

医師としても、研究者としてもなく。

一人の人間として。

「過去の話をしてしまえば、今の君を傷付けてしまうと思っていたんだ……」

記憶を失った彼に、かつての重責や罪を背負わせるのが怖かった。

彼の今の笑顔を、曇らせたくなかった。

「もう気にするなよ。」

即答だった。迷いがない。

「……そうかもな。私も、ジェスターやウィシャデルのように前に進むべきだと思うんだ。」

過去を抱えたままでも、歩くことはできる。

それを、彼らが示している。

「ドクター……いや、レイヴン。」

あえて、その名を呼ぶ。

私は彼に手を伸ばす。

少しだけ震えていたかもしれない。

 

「今でも君は……私の事を信じてくれるか……?」

立場も、過去も、関係なく。

ただ一人の人間として。

彼は一瞬きょとんとした後、笑った。

そして迷わず手を握る。

 

「ああ。信じるよ。おまえを。」

その言葉は、あまりに簡単で。あまりに真っ直ぐで。

私はそれを見て、思わず微笑んでしまった。

 

ああ……

やっぱり私は君のそういう所が苦手だよ。

 

計算も打算もなく、ただ信じると言い切るところ。

 

私の理屈も警戒も、すべて飛び越えてくる。

 

――だが。

きっと私は、その眩しさに救われているのだろう。




ケルシーかわいいなぁ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。