その頃――
「なんたるザマだこれは!」
重厚な円卓を叩く音が、石造りの広間に響き渡る。
高い天井には豪奢なシャンデリア。壁には歴代の王と英雄の肖像画。
だが、その栄光の象徴も今は虚しく、室内に満ちているのは焦燥と怒気だけだった。
「ええい……ヴィクトリア八精鋭を四体もこうも軽々と破壊するとは……ロドスめ……」
白髪の老人が唸るように吐き捨てる。
かつては戦場を駆けたであろうその目も、今は不安に揺れている。
「ヴィクトリアがこうでは、いずれ我々も全滅するのみぞ!」
「他国との交渉はどうなっておる!」
焦りは隠しきれない。
誇り高き大国ヴィクトリアが、ここまで追い詰められるとは誰が予想しただろうか。
「どの国も一向に話を聞かん! テレシスめ、何をしでかしたのだ!」
責任の所在を求める声。
しかし誰も明確な答えを持たない。
ロドスは中立を掲げる医療組織。
だが現実には、彼らは確実に八精鋭を撃破している。
もはや偶然ではない。
その時。
「おやおや……相変わらず頭がお堅いですなぁ……」
軽やかな声が、重苦しい空気を切り裂いた。
老人達が一斉に視線を向ける。
柱の影から歩み出たのは、一人の青年。
整った軍装。
冷ややかな笑み。
「ヴィクトリアがこんな状況に陥ったのは、ロドスでしょう?」
その口調は穏やかだが、言葉は鋭い。
「しかし……ロドスはあくまで中立組織だ。かの者達は……」
年長の貴族が反論する。
だが青年は肩をすくめた。
「ロドスのせいで八精鋭も半分程減ったんでしょう? もう中立がどうとか言ってる暇なんて無いでしょう?」
「……むう……」
事実を突きつけられ、言葉を失う。
「他の国も同様です。ラテラーノだって、今だに永世中立なんて言われてますからねぇ……」
「我らヴィクトリアが更に力を得るには、中立などと言っている国は対応しなくては……」
青年の目が細められる。
それは外交というより、圧力を示唆する視線。
「しかしアバドン中尉……」
老人の一人が慎重に名を呼ぶ。
アバドン中尉。
若くして急速に頭角を現した男。
戦場での実績もあるが、それ以上に――冷酷な判断力で知られている。
「でしたら、私の方でラテラーノとの交渉を任せては頂けませんか?」
恭しく一礼する。
だがその瞳の奥は、獲物を前にした捕食者のようだった。
「丁度“アレ”のテストもしたいですからねぇ……」
「アレを使うというのかね!? 君は……」
老人達の顔色が変わる。
“アレ”。
それが何を指すのか、ここにいる者達は理解している。
「それは向こうの出方次第です。ラテラーノが頑固者だったら……」
青年はゆっくりと口角を上げる。
「ちょっと凄い事が起きるかもしれませんねぇ。」
ニヤリと笑うその表情は、無邪気ですらあった。
だがその裏にあるのは、確かな野心があった。
……………
同時刻・0730。
ロドス艦内の静かな通路に、電子音が鳴り響いた。
デュークのスマートフォン。
表示された名前に、彼は眉をひそめる。
「……エクシアから?」
こんな時間に、しかも緊急回線。
嫌な予感が走る。
すぐに通話を接続した。
「どうした?」
『デューク……大変だよ……!』
受話口の向こうから聞こえたのは、いつもの軽快さを欠いた声。
『ラテラーノの近くにヴィクトリアの部隊が来て、降伏を訴えてるよ!』
「なんだって!?」
思わず声が荒くなる。
ラテラーノは永世中立を掲げる国家。
直接的な軍事圧力をかけるなど、常識では考えにくい。
『あたしらもなんとかするけど……気をつけてね……』
短い忠告。
それだけ言って、通信は切れた。
静まり返る通路。
デュークはしばらく画面を見つめたまま立ち尽くす。
――エクシアがあんな声を出すとは。
事態は相当深刻だ。
彼はすぐさま踵を返し、レイヴン達の元へ急いだ。
数分後――
司令室。
ケルシーがオペレーターを集め、前に立つ。
その表情は冷静だが、瞳は鋭い。
「ペンギン急便のエクシアからの連絡が入った。どうやら、ヴィクトリアの部隊がラテラーノに接近しているとの話だ。」
その一言で、室内がざわめく。
ラテラーノ。
信仰と銃の国、中立を守り続けてきた国家。
そこへ軍を差し向けるというのか。
「おいおい、ヴィクトリアは遂に無関係なラテラーノまで狙うようになったのかよ!?」
レイヴンが拳を握る。
怒りが隠せない。
「見境無しって訳か。」
ジェスターも低く呟く。
空気が一変する。
ヴィクトリアは追い詰められている。
だからこそ、強硬策に出た可能性が高い。
だが――
それを見過ごす理由はない。
「我々ロドスはこれよりラテラーノの市民やペンギン急便の救援をする為ラテラーノに向かう! 異論は……無いな。準備してくれ!」
ケルシーの通告は簡潔だった。
迷いはない。
ざわめきは一瞬で収まる。
「了解!」
各員が即座に動き出す。
ロドスは中立組織。
だが、目の前の危機を放置する組織ではない。
レイヴンはゆっくりと息を吐く。
「ヴィクトリア……本気って訳か。」
それと同時刻――
ラテラーノ近郊に展開されたヴィクトリア軍の移動拠点。
重装甲の車両群が列をなし、砂煙を上げながら待機している。
緊迫した空気の中、ひときわ落ち着いた足取りで歩く男がいた。
アバドンは腕時計を一瞥し、静かに告げる。
「時間です!」
その一言を合図に、戦車のエンジンが唸りを上げる。
重低音が地面を震わせ、砲塔がゆっくりと回転する。
そして――
侵攻開始。
履帯が砂を噛み、列を成してラテラーノへ向かって進み出す。
その後方。
三人の男女が無言で薬剤を口に含んだ。
即効性の強化剤。
理性を鈍らせる代わりに、身体能力とアーツ出力を引き上げる危険な代物だった。
フェリーンの少女。
サルカズの少年。
そしてヴィーヴルの青年。
それぞれが武器を手に取り、ゆっくりと歩き出す。
向かう先は、サブフライトシステム・グール。
異様なフォルムの空戦機動装置。
個人搭乗型でありながら、重火力と高速機動を両立する試作兵装。
三人が乗り込むと、通信が開いた。
『あー、君達?』
軽い声。
だが命令口調は揺るがない。
「あ?」「え?」「はい…」
反応は三者三様。
『ラテラーノの教皇庁と公証人役場は壊してはいけません……分かってるね?』
宗教と法の中枢。
そこだけは残せという指示。
「他は幾らやってもいいんでしょ?」
フェリーンの少女が目を細めて言う。
楽しむような声音。
「ですね……」
サルカズの少年が淡々と続く。
既に瞳の焦点がわずかに揺れている。
「うっせぇよ。お前ら」
ヴイーヴルの青年が苛立ちを露わに怒鳴る。
抑えきれない衝動。
薬剤が回り始めている。
アバドンは通信越しに薄く笑った。
『それは向こうの態度次第ですよ。さあ、派手にいきましょう。』
次の瞬間――
グールが発進。
轟音と共に空へ舞い上がり、一直線にラテラーノへ向かう。
……………
ラテラーノ市街外縁。
白い建築群の向こうから、地鳴りが近づく。
「……来たぞ。」
テキサスが低く告げる。
次の瞬間、戦車からの複数の砲撃音が響いた。
爆炎が上がる。
石畳が砕け、建物の壁が崩れる。
「ちょっと! なんでこんなに!」
エクシアが叫ぶ。
予想以上の戦力。
彼女は新たな守護銃を手に取り、躊躇なく外へ飛び出した。
空では黒い影――グールが旋回している。
「ロドスが来るまで食い止めるぞ!」
テキサスが剣を構える。
「うん!」
エクシアが頷く。
だがその笑顔の奥には、確かな緊張があった。
ヴィクトリアのコンバットフレームが、無機質な赤いセンサーを光らせながら銃火器を構える。
次の瞬間、弾幕。
火花が散り、建物の壁が削れる。
「もう! コンバットフレームまで持ち出してきたのズルいじゃん!」
エクシアが身を翻しながら叫ぶ。
彼女の機動力をもってしても、正面からの撃ち合いは不利だ。
「気弱になるな、新しい守護銃を用意してあるんだろ?」
テキサスの声が飛ぶ。
冷静。いつも通りだ。
「レイジアン工業が新開発した新型の武器なんだけど……弾丸を使い分けろって……」
エクシアは大型守護銃を見下ろす。
従来のモデルよりも一回り大きい。
内部に複数種の弾薬カートリッジを搭載し、瞬時に切り替えが可能な試作機。
扱える者は限られる。
「まあでも、あたしなら使いこなせるよね! 早速行ってみるよ!」
無理にでも笑う。
不安を吹き飛ばすように。
エクシアはそのまま大型守護銃を構えて射撃する。
重低音と共に放たれた黄色の銃弾が、コンバットフレームに複数命中。
次の瞬間――爆散。
装甲が内側から弾け、機体が崩れ落ちる。
「どう!? 対装甲散弾砲の威力!」
エクシアが自慢げに言う。
だがその瞬間。
上空。
旋回する黒影――グール。
「アレやるよ、赤いの!」
サルカズの少年が、楽しげにエクシアを指差す。
「あ?」
ヴィーヴルの青年がそれを見て、無言でバズーカを構える。
重力制御を解除。
機体から飛び出し、一直線に降下。
「!?」
エクシアが空を見上げた時には、既に遅い。
「オラァーー!」
バズーカから放たれたのは、収束型ビーム。
爆発ではなく、衝撃波を伴う貫通光線。
直撃は避けた。
だが余波が凄まじい。
石畳が砕け、衝撃に巻き込まれたエクシアは吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
守護銃が地面に転がる
エクシア自身も転倒し、視界が一瞬白く染まる。
――まずい。
追撃が来る。
ヴィーヴルの青年が再び武器を構えたその時。
遠方から一閃。
鋭い軌跡が空気を裂く。
デュークが飛び上がり、刀で斬りかかった。
金属と金属がぶつかる甲高い音。
「エクシア!」
「デューク!」
エクシアはすぐさま起き上がり、守護銃を拾って彼の隣に立つ。
呼吸は荒いが、目はまだ死んでいない。
「大丈夫か?」
「うん。」
短い返答。
だが、その声には強がりが混じる。
デュークは一瞬、彼女を横目で見る。
「……服、変えたのか。」
「…え?」
戦闘中とは思えない一言。
「似合ってるぞ。」
一瞬、銃声も爆音も遠のいたように感じる。
「…………アリガト…」
エクシアの頬がわずかに赤くなる。
だが次の瞬間。
「…褒めるのは後だ。今は戦いに集中しよう。」
テキサスがデュークの隣に立ち、銃を構える。
視線は既に上空のグールへ。
甘い空気は一瞬で霧散。
再び戦場の現実が押し寄せる。
ヴィクトリアの侵攻は本気だ。
レイヴン達が到着するまで――
ここで、止めなければならなかった。
ヴィクトリア八精鋭だけじゃなんか物足りなかったので追加の敵キャラ達です。