ロドスの朝は、エンジン音ではなく食堂の匂いで始まる。
焼き立てのパンの香ばしさ、湯気の立つスープ、鉄板に落ちる油の弾ける音。
かつては食券を握りしめて列に並ぶ形式だったが、旗艦をミオソティスへ移してからは完全バイキング制へと移行した。
その結果――
・配膳の手間が減少
・メニューの自由度が向上
・そして何より、ドクター勢の暴走が加速
概ね好評である。問題があるとすれば、皿の上が戦場になることだ。
「〜♪」
上機嫌な鼻歌と共に、アーミヤがトレイを持って席に着く。
今日の彼女は妙に足取りが軽い。
「アーミヤ、隣いい?」
声と同時に、ウィシャデルが当然のように腰を下ろした。
「どうぞ。おはようございます」
「……ん?」
ウィシャデルは、アーミヤのトレイを二度見した。
皿の上には、サンドイッチが三角陣形を組み、スクランブルエッグが黄金の丘を築き、その横にポトフ、ミートボール、さらにソーセージが堂々と鎮座している。
「今日はやけに食べるわね」
「そ、そうですか?」
「いつもはもっと小鳥みたいな量じゃない。」
アーミヤは一瞬視線を泳がせ、そして小さく咳払いした。
「……ドクターに、ちょっと引っ張られちゃって」
「物理的に?」
「はい。『若いんだからちゃんと食べなさい』って……」
どうやらバイキング制は、ドクターにとって“指導の場”にもなっているらしい。
ウィシャデルは呆れ半分、感心半分で肩をすくめた。
「アイツらは食べ過ぎなのよ。研究職のくせに消費カロリー戦士みたいな量食べるんだから
「ドクター、朝からカレーでした……」
「朝カレーはまだ理解できるわ。三皿目は理解できないけど」
アーミヤは困ったように笑う。
「でも……ちゃんと食べなきゃって言われると、少し嬉しくて」
その言葉に、ウィシャデルは一瞬だけ柔らかい表情を見せる。
「……アンタはもっと食べなさい。まだ十五歳なんだから」
「はい」
そう言って、アーミヤはフォークを持ち、スクランブルエッグを一口。
ふわり、と湯気が立つ。
「おいしいです。」
「でしょ。成長期なんだから遠慮する必要ないわ。」
「……でも」
「なによ?」
「食べ過ぎると、ケルシー先生に『自己管理』って言われます。」
すると二人は同時に、食堂の奥を見た。
「お、アーミヤ!」
賑やかな声とともに、レイヴン、ジェスター、テディス、そしてチェンがトレイを抱えてやって来た。
四人は空いていた席に当然のように腰を下ろす。
「おはようございます、ドクター」
「ああ、おはよ」
返事をしながら、レイヴンはフォークすら使わずハンバーグを手掴みで豪快に齧り付いた。
肉汁が溢れる。
ウィシャデルが即座に眉を寄せる。
「……ドクター。アンタ、野菜食いなさいよ」
レイヴンの皿は見事なまでの茶色一色だった。
ハンバーガー、トンカツ、ピラフ、唐揚げ、ゆで卵、焼きそば。
栄養バランスという概念が、今この皿には存在しない。
「問題ない。レモンはあるぞ?」
唐揚げの上に申し訳程度に乗ったレモンを誇らしげに指差す。
「そういう問題じゃないんだろ……」
ジェスターが冷静に突っ込む。
彼の皿は対照的だった。
サバの味噌煮、白米、味噌汁、海老の天ぷら、だし巻き卵。
和食の教科書のような構成。
「アンタは和食派?」
ウィシャデルが覗き込む。
「ニッポンという場所では、こういう料理が昔から出ていたらしい。興味深い文化だ」
「文化研究で食事してるのか……
「合理的だろう。栄養も整っている」
確かに整っている。
だが、その横でテディスの皿が再び混沌を生んでいた。
チキンライス、ホットドッグ、餃子、コーンスープ。
国籍が迷子である。
「テディスさんは……その……」
アーミヤが言葉を選ぶ。
「以前食った時、美味しかったんだ」
テディスは真顔で答える。
動機がシンプルすぎる。
「テディス、お前もバランス良く食べないと駄目だぞ」
チェンが静かに言う。
彼女の皿は比較的まともだった。野菜炒め、蒸し鶏、白米、スープ。
実に堅実。
「チェン、説得力が違うわね」
「当然だ」
短く返すその姿勢に、周囲が一瞬だけ静まる。
その沈黙を破ったのは、やはりレイヴンだった。
「じゃあ聞くが、バランスってなんだ?」
「色よ」
ウィシャデルが即答する。
「茶色が多すぎる」
「茶色は正義だ」
「子供か」
アーミヤは慌ててフォローに入る。
「で、でも……みなさんちゃんと食べてるのは良いことです!」
「アーミヤは優しいな」
レイヴンが笑う。
「そう言うウィシャデルはどうなんだよ?」
ジェスターが箸を止め、横目でウィシャデルのトレイを覗き込む。
そこには――
ポテトサラダ。
トンカツ。
味噌汁。
白米。
焼き魚。
「……お前も和食か」
「べ、別にいいでしょ?」
一瞬だけ視線を逸らすウィシャデル。
ポテトサラダが若干の自己主張をしているが、全体的に実家感がある。
「さっき色がどうとか言ってなかったか?」
「うるさいわね。緑は入ってるでしょ」
「ポテトサラダのきゅうりは緑にカウントしない」
「細かいのよアンタは!」
言い合いが始まりかけたところで、ジェスターが急に方向転換した。
「ていうか、レイヴンとテディスは明らかに栄養が偏ってるぞ。もっと色んなの食え!」
勢いよく二人のトレイを指差す。
茶色。
そして茶色。
さらに茶色。
「だって……」
テディスが小さく呟く。
「美味いもん食いたいじゃん??」
レイヴンが堂々と言い切る。
「子供かお前らは」
「味覚に正直なだけだ」
「正直すぎる」
ジェスターは額を押さえる。
「……気持ちは十分分かるが、朝飯ぐらいはバランス良く食った方がいいぞ……」
「別にいいじゃねぇか」
レイヴンは焼きそばを口に運びながら答える。
「太るぞ」
その一言で空気が止まった。
箸もフォークも、わずかに止まる。
「アーミヤ達じゃあるまいし……」
何気ない一言。
しかし、アーミヤの耳がぴくりと立った。
「ドクター?」
笑顔。
しかし目が笑っていない。
「え、いや、その…」
「ドクター。」
チェンが静かに名を呼ぶ。
「な、何だよ…」
「今のは不用意だ」
「……はい」
ジェスターとテディスがそっと自分の皿をその場から遠ざける。
なぜか連帯責任の気配を察している。
ウィシャデルが肩をすくめる。
「アンタねぇ……」
アーミヤは小さく咳払いをした。
「……太ってません」
「はい」
「でも、ちゃんと食べます」
「はい」
「そして皆さんも、ちゃんと野菜を食べてください」
「はい」
なぜか尋問のようになっている。
その時、食堂の奥からケルシーの声が飛ぶ。
「ブロッコリーが余っている。自主的に取りに行け」
全員が無言で立ち上がった。
レイヴンは観念した顔で呟く。
「……茶色だけじゃ、生きられないのか」
「当たり前だ」
ジェスターが即答する。
ロドスの朝は、今日も騒がしい。
そして翌日からレイヴンの皿にはブロッコリーが静かに配備されたのだった……
朝から重いもの食ってんな。