ソードアート・オンライン ~Done Dope Dreamer~   作:逸喪 非渡理

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 お目汚し失礼いたします。SAOの二次創作、オリジナル主人公のお話です。本日(2024/11/7)がSAOの日ということで、それに合わせて投稿させていただきました。
SAOの日、おめでとうございます!!
 
 何分初めて小説を書くもので、拙い部分、至らない描写多々あると思われます。そしてうまくまとめられず、割と長いです。結構長いです。
なんとなく斜め読みでも楽しんでいただけますと幸いです。
 当作品は、原作のイベントや過去にでてきた設定をぬるっと流用しており、キャラクター達が「既にそういうことがあった」という体で会話をしたり、モノローグで描写したりしますので、ある程度原作知識がないと、なんのこっちゃとなるかもしれません。もしもお読みになられてそういった点がございましたら是非お気軽に尋ねてください。原作小説の布教をしながら次話の前書きか何かで補足いたします。



Prologue

無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の城。

基部フロア直径はおよそ十キロ、その上百に及ぶ階層が積み重なり、茫漠とした広大さは想像を絶する。

内部にはいくつかの都市と、多くの小規模な街、村、森、草原、湖までが存在する。

上下のフロアを繋ぐ階段は各層に一つのみ、その全てが怪物のうろつく危険な迷宮区画に存在する。発見、踏破、そのどちらも困難を窮めるが、一度誰かが突破して上層都市に辿り着くことができれば、下層の各都市との⦅転移門⦆が連結されるため、だれもが自由に移動できるようになる。

 城の名は⦅アインクラッド⦆。一万に上る人間を呑み込み浮かんだ剣と戦闘の世界。

またの名を―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⦅ソードアート・オンライン⦆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインクラッドには『優しい幽霊さん』がいる―

そんな噂を耳にしたのはいつからだっただろうか。

桐ケ谷和人―アバターネーム、⦅キリト⦆は、革製の柔らかなソファに(もた)れ、天井を眺めながらふとそんなことを考えた。街での会話、アルゴ(情報屋)達からの情報や、これまで受けてきたクエスト関連のあれこれなど、過去の記憶から答えを探そうと、あれこれ考えだしたところで制動をかける。

 

 石と鉄の城、アインクラッドを舞台としたVROMMORPG⦅ソードアート・オンライン⦆に幽閉されてから早2年。今日に至るまでの間に、どれだけの濃厚な体験の連続と、それに伴う滂沱の如き情報量に晒されていたのかを考えれば、目端に引っ掛かかる程度の噂話の仔細など、そう思い出せるはずもないからである。

 

 思い出すことを諦め、小さくため息をつきながら緩く目を瞑る。今度はこれまでの日々に思いを馳せてみた。

 

 2022年11月。アインクラッドに閉じ込められたあの日、「ゲーム内での『死』が現実にも反映される」と知った時の驚愕。開始早々に人に裏切られ、危うく死にかけた恐怖。ゲームで初めてできた友人を置き去りにした後悔。多くのモンスターと死闘を繰り広げる、不謹慎といわれようともついぞ否定することの出来なかったあの興奮。

 

 最期まで曖昧な関係だったが、それでも大切に思っていた人を喪った、いや殺してしまった自己に向けられる狂いそうなまでの絶望と怒り。

 

 そして、新たな出会いを経て、何物にも代え難い『彼女』と出会えた望外の幸福。

恐らく両親の死を除いて、これ以上に感情を揺さぶられる経験をすることは、人生単位で今後を鑑みても無いのでは、と思う毎日を過ごしてきた。

 

 遠いところにあった意識を引き戻す。今度は多くの情報を鮮明に瞼の裏に描くことが出来た。やはり人間というものは、自分に近しいこと、なじみ深いことはしっかりと記憶できるらしい。

反対にこれからのことを考えるならば、現在の攻略層は75層。ここを攻略できれば全体の3/4を攻略したことになる。現状自分と『彼女』抜きで攻略の成果はあまり芳しくないようだが、それはそれとして随分遠くまできたもんだ、と思いながらゆっくりと目を開く。

 

 軽く頭を振って、思考を振り払い、感傷に浸るのをやめた。

薄くぼやけた視界のピントを合わせるように、軽く瞬きをしながら、目の焦点を手に持った大型の紙片に移す。情報屋を生業とするプレイヤー達が噂話や都市伝説を集めて売っている、『新聞』と称したアイテムだ。

 毎号たったの四ページ、しかも確証の取れたニュース以外の、所謂オカルトやゴシップ記事の信憑性についてはお察し、といった代物なのだが、アインクラッドでは希少な娯楽要素であるため、定期購読しているプレイヤーも多い。

 

 発端は、この新聞からだった。

一面から順に読み進めていると、三面記事の小さなスペースに【優しい幽霊さん、またしても出現か!その正体は?】という胡散臭い見出しと共に、プレイヤーへのインタビューが掲載されていたのだ。

 

 内容は、迷宮区でトラップに引っ掛かり、本来出現するはずのモンスターの平均レベルから大きく逸脱した強モンスターに襲われたプレイヤー集団が、あわや全滅、というところで近くにいた別の()()に助けられた、というものである。

 

 『HP0』が言葉の通りに『死』を意味するこの世界では、一にも二にも、まず自分の命の安全が最優先である。決して襲われている他プレイヤーを、見て見ぬ振りしたとしても、誰も責めることはできない。気の毒とは思っても、挑んだプレイヤーの実力不足……そんな言葉で片付けられてしまう。片付けざるをえない。襲われた側か、臆した側か、いずれにせよ明日は我が身なのだから。だからこそ、そんな世界で、自らの命を(なげう)ってでも誰かを助けようとした者がいるというのは確かに珍しく、周知され称賛されるべき話ではある。

 

 とはいえ、仮にも新聞を謳う情報誌に掲載されるような、エピソードではない。どんな場所にも善人というものは大なり小なりいるし、非常時には日頃の己の価値観や損得抜きで誰かを助けようという者は決して少なくないためである。

 

……にも関わらず、何故わざわざ記事になっているのかと言えば、今回プレイヤーを救った某は、オカルト的に有名だった為である。

 

 通称『優しい幽霊さん』。

 

 いつからか噂に囁かれ、時間の経過とともに目撃例も増していった、アインクラッドを彷徨っているとされる正体不明の存在である。

ある時から「モンスター、またはオレンジ・レッド(犯罪者)プレイヤーに襲われていたところを()()に助けられた」という証言が、幾つも寄せられるようになった。当初は単純に正義感の強いプレイヤーの仕業だろうとされていたのが、被害者達の窮地を救った者の断片的な情報を統合した結果、その実在性すらも疑いたくなるものとなったのである。無論証言の全てを実直に信じた場合、という注釈つきであるが。寄せられた証言の中には眉唾なものも多い。

 真偽のほどは不明だったが、『正体不明』というセンセーショナルな要素と、『プレイヤーにとって有益な存在』という、干渉できることがプレイヤーにとって明確なメリットであると判明していたことで、瞬く間に注目を浴び、一時期は随分と騒がれた。

 

曰く―『顔も体も見えない』

 

曰く―『脚がない』

 

曰く―『動きが人間のそれではなかった』

 

曰く―『夜にしか現れない』

 

曰く―――『プレイヤーの筈がない。あっていい筈がない。』

 

 など。

他にも『火を吐く』だとか『空を飛んだ』といった明らかにガセネタと分かるものあるが、共通している点として『プレイヤーとは思えない風貌と、それに伴う挙動であった』こと、『何かに襲われた時、救助、撃退ないし撃破してくれた』ことが挙げられている。

 

 不気味さ、得体の知れなさはあるものの、現状無害であり、助けられたプレイヤー達という、確かに救われた存在がいることから、感謝と若干の親しみ、3層などで出現するアンデッドモンスターとの差別化の意味を込めて、いつからか『優しい幽霊さん』と呼ばれるようになった。

「アインクラッドで殺されたプレイヤーの無念が形となって、今まさに戦っている生者を救わんとするために彷徨っている……」などというバックトーリーまでいつからか広まりだした。なんとも都合の良い都市伝説である。

 

 とはいえここ最近は耳にしていない。話題に上ったのも随分と久しぶりな気がする。

2年の年月をかけて、攻略済みの階層が増えたことや、レベルさえ高ければ死亡する危険性が極端に低い、低から中階層のダンジョンに行くことが日課となっている、ある種『娯楽』感覚で戦う、エンジョイプレイヤーが増加したことなどから、言うなれば、『コンテンツ』の数が膨大になったのである。

 

 以前は注目を浴びていた都市伝説も、情報に進展がなかったことでいつの間にか廃れ、飽きられ、次第に大半のプレイヤーに忘れられていったのだろう。キリト自身も同じ口である。自分の場合はある時から完全なソロプレイヤーとなったことで、入ってくる情報は大きく制限され、攻略に必要な情報に限局されるようになったというのも大きい。

(もっと)も、目撃情報が入るだけで小さな記事とはいえ、こうして紹介されるのだから、当時の影響力は中々のものだった筈だ。

 

 俺が初めにこの噂に注目したのは、他プレイヤーを助けてるからだとか、人の姿をしていなかったからだとか、そういった理由ではなかった。今は忘れている『何か』に強烈に興味が惹かれていたのである。だが、正体不明のオカルトよりも日々の戦いの中で気にしなければならない事があまりにも多すぎて、肝心の注目した理由も次第に忘れてしまった。

 記事を読み進めれば何か思い出すかも、と『幽霊』に助けられたというプレイヤーのインタビューを呼んでいると、キッチンから濃厚なソースのような、香ばしい匂いが漂ってくると共に声がかかる。

 

 「キリト君。ご飯できたよ!」

言いながら、彼女はトレーに乗った料理を、木製のテーブルに並べていく。

「ありがとう、アスナ。」

礼を言うと共に、ソファから、テーブル横にある木製の椅子へと腰を下ろす場所を移す。

ついぞ思い出すことはできなかったが、散漫な思考で料理に向き合うのは失礼だ、と一旦頭に浮かべていた諸々の思考を消し去り、眼前の料理に意識を集中する。料理に飛びつきそうになるのを堪え、新聞を畳んでテーブルの脇に()り、いただきます、と彼女に断りを入れてすぐさまがっつく。

 そんな俺の姿を微笑ましく眺めた後に、料理に手を付け始めた彼女の名は⦅アスナ⦆。

アインクラッドに来て知り合った、当初は共にゲームクリアを目指すための攻略パートナーだった。色々あって一時期攻略のためのタッグは解散し、片やうだつの上がらないソロプレイヤー、片やアインクラッドにおける最大勢力ギルド⦅血盟騎士団⦆のNo.2の副団長様として別々の道を歩み始めた。それからしばらくして再びパートナー結成へ。その後はなんやかんやで恋人関係に至ったのち、ほぼ同日中にプロポーズ、ゴールインの末、目まぐるしく変わった関係は『夫婦』に着地した。

 

 俺もアスナもゲームをクリアを目指すプレイヤー達の中でも、常に最前線で戦う最高レベル帯のプレイヤー、通称⦅攻略組⦆なのだが、ある意味では俺とアスナが結婚するきっかけにもなった、とある事件に起因して、(しばら)くは前線を離れて休息をとることにした。

 

 現在はアインクラッド22層、森と湖がエリアの大半を占める、攻略やゲームプレイにおいて旨味がない、所謂⦅過疎エリア⦆にログハウス調のプレイヤーハウスを購入してひっそりと夫婦生活を営んでいる。

 過疎エリアを選んだ理由は、22層のロケーションの良さもあるが、出入りするプレイヤーが極端に少なく、アスナが結婚したことを他のプレイヤーに知られるリスクが低いと判断したためである。

 

 血盟騎士団副団長アスナ、通称⦅閃光⦆という存在は、最先端で戦う攻略組の猛者でありながら、アインクラッドに数少ない女性プレイヤー、しかもその美しさたるや、といった諸々の事情から人気が凄まじいこととなっている。アインクラッド中にファンや追っかけ、果てには過激なストーカーや信者と呼べるような者が存在し、彼女の一挙手一投足を気にかけているのだ。

 もしも結婚したことが判明した暁には、誇張抜きに騒動に発展しかねなく、最悪死者が出ることが予想される。そしてその場合真っ先に死ぬ可能性が高いのは俺だ。

 故に、この結婚生活は秘匿して行わなければならないことになっている。親しいプレイヤー以外に伝える予定は元よりなかったが。

 

 様々な香草のようなものと一緒に包焼きされた魚を口に運びつつ、向かいに座る彼女をちらちらと見遣る。

 両端に垂らした栗色の長いストレートヘアに強い光を湛えた(はしばみ)色の瞳。すっと通った鼻筋に桜色の唇が彩を添える。

決してルックスで惚れたわけではないが……この美貌の持ち主が自分の最愛のパートナーなのだと思う度に頬が緩みそうになる。

 

 

 少々邪な内心を隠しながら完食をする。濃厚なタレでじっくりと焼き上げられた魚の味は、現実世界でいうところのムニエルを彷彿とさせる。22層は湖がエリアの大部分を占める関係上魚が多く獲れる、という設定なのだろう。店売りの食材アイテムも魚がほとんどである。その為、必然的に魚料理を食べる機会が増えた気がする。彼女の作る品々のバリエーションの豊富さと美味さの前では、食傷などという概念は遥か彼方に消失している。

 

 「ご馳走様!今日も美味かった……」

そんな風に感想を述べるとアスナはゆっくりと料理を口に運んでいたが、

「よかった!今日の料理はソースの材料にサグの葉を使ってみたの!お醤油の味を再現するのにも必要だし、これからも重宝するかも」

そう話しながら柔らかに微笑みかけてくれた。

 

・・・

 

 その後も取り留めのない話をして昼食は進んでいった。

食後は歓談の場をソファーに移し、これまたアスナが淹れてくれたコーヒーを二人で飲みながらお喋りを再開する。

 

 わいわいと言葉を交わしている時に、そういえばと思い出し、テーブルの端に置いてあった新聞を手元も持ってくる。

「なあアスナ、この話知ってるか?」

そういいながらページをめくり、小さくまとめられている『優しい幽霊さん』の記事を見えるようにして彼女に手渡す。

 受け取った後、僅か1.2分でアスナは記事を読み終え、

「うん、知ってるよ。結構昔から聞く話だよね。」

と言葉を返してきた。そのまま続けて、

「目撃証言があるのはいつも夜。

ある所ではモンスターに襲われているプレイヤーを助け、またある所では犯罪者(クライム)プレイヤーに襲われていた時に追い払ってくれた。初めはただの親切なプレイヤーだと思われていたけど、お礼をしたかったプレイヤーが名前を聞いても返事せずに去っていったり、見た目や戦う姿、動いている様子が人間とは思えなかったりしたことから、着いた呼び名が『優しい幽霊さん』。

……無念にもアインクラッドで亡くなったプレイヤー達の怨念が武器を握って、生者を救うためアインクラッドを彷徨っている…みたいなアインクラッド都市伝説の一つだよね。

 証言に微妙な食い違いはあっても、『危ないところを助けてくれた』って点と、

『ボロボロのローブを纏っていて顔はおろか全身のフォルムが分からない』

『フラフラと不安定な動き方で、モンスターやプレイヤーを翻弄していた。その時足がなく宙に浮いていた』

っていう見た目と動き方に関する証言が共通していたのよね。

容姿に体格、声まで不明だから年齢も性別も分からない、正体不明の存在。

 初めはそういうRP(ロールプレイ)をしたいプレイヤーなんだって思われていたけど、目撃情報が人間離れしていたことからイベントNPCやモンスター扱い、次第に幽霊なんて言われるようになったんじゃなかったかな」

 

 と、その美しい形をした口から溢れる情報量に思わず舌を巻く。

彼女の現実世界で養われた、卓越した頭脳とそこから繰り出される知識や記憶力には、初めて攻略パートナーになった2年前から幾度となく救われてきた。御多分に漏れず、今回も彼女の大脳皮質に記録された数多の情報達に感謝することになるらしい。

 

 俺自身も、先ほどは思い出せなかった噂の詳細が、アスナに触発されてか色々と脳裏に浮かんできた。

「そうそう。そんな感じだった……ああ、話していて俺もなんとなく思い出してきたぞ。

確かにプレイヤー説から幽霊説に代わる間に、複数階層を跨いだ大型クエストのイベントフラグなんじゃないかって言われてたこともあったな。

 初めて噂が出回り始めたのは10層の攻略をしていた時期じゃなかったかなあ。攻略組……当時はそんな呼び方されてなかったけど。当時の最前線プレイヤーに続いて『はじまりの町』に留まっていたプレイヤーが少しずつ迷宮区やフィールドに出始めた頃だった。」

 

 と、そんな風に語る。アスナもうんうん、と同意するように何度か頷きながら目線を宙に這わせ、思い出すようにして俺の記憶を補足する。

「イベントNPCの線は、あまりにも長い間何も起きないから無いんじゃないかってなったんだよね。事実現時点で74層まで攻略済み、現在は75層攻略中だけどなにもなし……。今のところ判明している大規模クエストに関係している様子もなさそうだし、残り25層……。これから新たに発生するイベントじゃないとは言い切れないけど、流石に現実的じゃないよね。」

 

 それから…と、アスナは一旦言葉を切ってから再度話し出す。

「プレイヤー説も否定されたのは……確か、挙動がおかしいからって話だった。

まず移動の仕方。いつもフラフラしていて幽霊が宙に漂っている様子に似ているって。夜に現れることが多いから、足元も見えないし、幽霊なんじゃないかって。正直私は幽霊説自体色々粗が目立つのもあって信じてないから、この辺の話は胡散臭いと思ってるけど……。22層に現れるって噂されていた幽霊騒動も、その正体はユイちゃんで、お化けなんかじゃなかったし。」

 

 たった数日しか一緒にいることの叶わなかった娘を思い出したのか、アスナの言葉が詰まる。僅かに間を空けて、気を取り直すように話を再開した。

 「……ごめん、話ちょっと逸れちゃったね。

ええと……そうそう、そうやってまともに立っているのかすら怪しいのに、一転してモンスターやクライムプレイヤーに攻撃をする時は、人間には到底できないような激しい動きだったって話だったの。具体的には分かっていないけれど、モンスターに襲われていたプレイヤーの一人が『あのレベルの強さや戦闘技術が今後求められるようになるなら、俺はもう攻略を続けられない』って証言していたはず。元々それなりに力のあるプレイヤーの証言だったから、やっぱり人間じゃないって主張が強くていつの間にか幽霊のやることになっていたわね。……ぱっと思い出せるのはこんなものかなー?」

 

 そういいながらも、アスナはまだ何かあったような……と、記憶を辿るようにして、分かりやすく思案顔でうんうんと言葉を漏らす。正直既に十分すぎるほどに思い出してくれているのだが、遮るのも悪いと思い、彼女の様子を黙って見守る。

数分後、アスナはテストの解法を思いついた時のように顔を綻ばせた。

 

「そうそう!思い出した!

プレイヤー説が明確に否定された理由が、『ソードスキルを使っていなかった』って証言があったからよ!

モンスターやプレイヤーに攻撃する際に、ソードスキルを使ったときに発生するライトエフェクトが出ていなかったって報告が寄せらたことがあったの。初心者ならいざ知らず、プレイヤーならソードスキルなしでモンスターと戦うなんてありえないって。

……見た目、動き共に人間らしからぬ様子で、NPCでもない。攻撃時はソードスキルなしで武器を振るっている。これらのことから『優しい幽霊さん』は本当に幽霊、もしくはシステム的な『バグ』が幸運にもプレイヤー達にとって良い方に作用したんじゃないかって、真剣に正体を追っていたギルドはそう結論づけたの。というか強引に話を打ち切りにした、が正確ね。 時間の経過とともに遭遇報告も減っていったし、ギルドや街中でも次第に話題にあがることもなくなったわ。階層が攻略されるごとに真偽不明の噂話もどんどん増えていったから、別に自分が助けられたわけでもない、当事者じゃない人達は興味も薄れていったのもあると思う。……私が思い出せるのはこれくらいかなー。」

 

 そんな風に話をまとめ、アスナは喉を潤すようにコーヒーを啜った。

 

 「さすがに大手ギルド所属は集まる情報の量と質が違うな……。ありがとう、アスナ。」

それを事細かく全部覚えている君は都市伝説の幽霊よりも凄いね、という感想は褒め言葉ではなく皮肉に聞こえてしまいそうだったため呑み込む。

 

 コーヒーを飲んでいたアスナはソーサーにカップを置きながら、アスナは少々意地の悪い笑みを顔に浮かべる。

「よくそんなことまで覚えてるな、って思ったでしょ」

「うぇっ!?」

俺ってそんなに顔に出やすい?という疑問を他所にアスナは笑いながら話を続ける。

「私だってどんな情報でもここまで詳細に覚えてるわけじゃないよー!

ギルドで仲の良い子が助けられたことがあったのよ。その『幽霊さん』に。

その子もお礼が言いたいってことだったから、協力するために一時期熱心に探していたの。

でも情報が足りなさ過ぎてねー……。今みたいに、証言や報告自体は色々寄せられていたのだけど、プレイヤーだと仮定した時に個人に繋がる要素はゼロに等しくて。

私もその子もがっかりだったけど、いつか会えたら感謝を伝えようってことで当時は諦めたわ」

 

 この話を聞いて得心が行った。流石に風聞で耳に届いた情報にしては余りにも詳細に把握しすぎていると思ったのだ。

……ところでその仲の良い子とやらは、目の前の彼女に、メニューウィンドウの深淵にある『倫理コード解除設定』を教授した子と同一人物なのだろうか。血盟騎士団内でのアスナの交友関係は意外と聞いたことがない。他にも妙な知識を吹き込まれていないか、タイミングを見ていずれ確認しておこう……。

と、余談甚だしいトピックを脳内メモに記録した後、結局俺がこの噂が気になっていた理由は思い出せなかったな、と少し残念に思う。が、また顔に出ても困るので意識を切り替えて話を繋げる。

 

 「なるほどな、やけに詳しいと思ったよ。

……プレイヤーかどうかも疑わしい存在がプレイヤーを助ける、か。

まあ、ここまで『幽霊である』って前提として話をしておいてなんだけど、俺としてはやっぱり正体は人間……プレイヤーじゃないかと思うんだよな。ローブを着ているところとか。ソードスキルの件はプレイヤーじゃないことの証明とは必ずしも言えないし。」

「え?どういうこと?プレイヤーじゃないかっていうのは私も同意見だけど……。」

 

 小首をかしげるアスナを尻目に、考えを整理しながら話をする。

「ええと、なんていえばいいかな。……そうだ、実例を出そう。

まずローブの件。

俺がこれまで出会った、フードや何かで顔を見せないようにしていたプレイヤーは、ぱっと思いつくので3人。

 一人は茅場晶彦。……ゲーム初日に『はじまりの町』で俺たちに語り掛けてきた時だな。β(ベータ)テストの時にはチュートリアル用のNPCが着ていた真紅のローブだけが空中に浮かび上がって話をしていた。

 

 次にPoH(プー)。殺人ギルド『嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)』のボス。あいつの場合はローブじゃなくて黒いポンチョを着ていた。『嗤う棺桶』合同討伐戦の後もあいつの顔や正体は分からなかったな……。ま、まあそれは一旦置いといて。最後の一人は……」

と言葉を切ってから、意味ありげな笑みを浮かべてアスナをじっと見つめる。

 

 アスナは初めはぽかんとしていたのだが、俺の言わんとすることが分かったようで、照れたように目線を逸らす。そんな彼女の姿に笑いながら、

「そう。アスナ。出会ったばかりの『どうせ皆死ぬのよ!』なんて言ってた頃の君だ。灰色っぽいローブで顔隠して行動してたよな」と笑いながら答え合わせをする。

 

 アスナは真っ赤になりながら俺の肩をぽすぽすと叩きながら声を上げる。

「もう止めてよー!あの頃は……その、これからどうしていいか途方に暮れてて、絶望感もあったし、何より女性プレイヤーってだけでじろじろ見られるのが気になったから……。……見られるのが気になる……。あっ!もしかして?」

話ながら何かに気付いたのか、俺と目を合わせる。

 

 俺は強く頷きながら、

「そう。アスナの思った通りだと思う。顔とか装備を見せないようにするのって、『人に視線を向けられたくないから』こその振る舞いだと思わないか?

仮にイベントNPCならフードを被る前の顔を誰も知らないんだから、正体を隠す理由がない。複数層に跨る大規模クエストで、ネームドNPCが意図的に正体を隠しているって線も考えられなくはないけど、これはアスナがさっき言った通りここまで攻略済みの現在だと線は薄い。」

 

 先程まで二人で列挙していった情報をなぞるように、人間でない可能性を潰していく。

 「後は幽霊説。……真面目に考えるのも馬鹿らしいけど、これもイベントNPCと同様で、幽霊がわざわざ生者に正体を隠す理由は無いだろう。

……敢えてあると考えるなら何だろうな。合理的なのは『既に死んだプレイヤーの顔をしている』で、後々それが何かしらに影響してくる、とかかな。

でも俺はこのゲーム……ひいては製作者の茅場晶彦は、そういう悪趣味な真似はしない、と思う。」

 

 幽霊がローブのフードを取り払い顔を晒す。その時に見えた顔が……。脳裏に浮かんだ幾つかのイメージを頭から無理やり消し去る。

これ以上は考えたくない。

 

 「うん、そうだね。このゲームは私たちを閉じ込めて、HPが0になったら死んじゃうなんて酷いゲームだけど、ゲームのシナリオそのものが、積極的に私達の心を傷つけるような事は無かった。

 ……争いや傷つけ合いが起きるのはいつも、リソースの奪い合いや、価値観の違いから。私たち自身の行動と選択の結果だったよね」

俺の言葉に同意しながら、アスナがそっと俺の手を握る。

 

 気分が沈んだところまで見抜かれちゃったな、と思いながら強く手を握り返す。

それとも一見励ましてくれているように見える彼女も、何か思うところがあるのだろうか。

 

 「ありがとう。……後は、ソードスキルの件だな。これはちょっと逆説的な考え方になっちゃうから断言はできない。

けど、俺たちが3層の森で出会ったダークエルフのキズメル。彼女はNPCだったけど、俺たちと一緒にパーティを組んで攻撃する時にソードスキルを使ってた。

β版じゃ命を失う設定だったはずが、何故か助かったわけだから、彼女もまた例外的な存在ではあるんだけど、最低でも一人、ソードスキルを使えるNPCが確かに存在するんだ。

だから、『NPCはソードスキルを使えない、プレイヤーは使うもの』っていう大前提が、間違っている、のかも……」

 

 アスナに話ながら何か引っかかるような感覚を覚え、言葉がつい尻すぼみになってしまう。

大事なことを思い出したいのに出てこないあのもどかしさが、不快感となって胸のあたりにもやもやと滞留する。

 この感覚の正体こそが、昼食前に新聞を読んでいる時に抱いた、『幽霊の噂話に強く興味を惹かれた理由』の答えである気がするのだが、最後のピースを埋める取っ掛かりが見えてこない。

内心プスプスと頭に湯気を立てる俺の言葉にアスナもふんふんと聞きながら納得したように話してくれた。

 

 「そっかー。そうよね、そんな風に考えるとやっぱりプレイヤーなのかな、って思うよね。

ソードスキルは新しい武器種に切り替えてみたばっかりで、まだ慣れてないからうまく発動できなかったとか、動きが変なのは()()を使い始めたばかりで、立ち回りが分からなかったから、とか理由なんて色々考えられそうだしね」

 

 そんな状態で人助けできるのかはまた新たな疑問になるけど、と小さく笑いながらここまでの会話をまとめるように話したアスナの言葉で、脳を電撃が貫くような感覚を覚えた。

興奮のあまり勢いよく立ち上がりながら、アスナの手を両手で包み込むようにして捲し立てる。

 

 「そうだ!それだ!ずっと出てきそうで出てこなかったんだ!!何で今の今まで思い出せなかったんだ!」

「キ、キリト君!?急にどうしたの!?」

綺麗なアーチを描く眉を大きく上げ、形の良い瞳を更に真ん丸に開きながら、驚き6割照れ4割といった具合でアスナが裏返った声を出すも、俺はお構いなしに話を続けた。

「今日この記事を見たときから何か忘れているような気がしてずっと引っ掛かっていたんだ!一時期はこの『幽霊』の噂、とても気にしていたのに、それが何故だったのかずっと思い出せなかったんだ!アスナの言葉でようやく思い出した!!」

 

 「そ、そうだったんだ……。良かったね。それで、何を思い出したの?」

と、アスナが若干引きながらも話の続きを促してくれる。俺は興奮のままにうんうんと首を振り、話を続けた。

 

「武器だよ!新しい武器!幽霊の噂の中にあったんだ!

『幽霊は、プレイヤー達とは異なる独自の専用装備を所持している』って!

『幽霊』の噂が出回り始めたばっかりの頃、都市伝説の中で更に尾鰭の付いたガセネタみたいに扱われたから、それ以降語られることも無くなったし、俺もこの情報を知ったのは、街でプレイヤー同士が喋ってたのを通りすがりに聞いた一回だけだ。それで俺も一時期は会って話を聞けないかって気にしてたんだ!」

 

 『幽霊』の武器についての情報。これこそが俺が過去に『幽霊』に興味を持っていた理由であり、最後のパズルのピースだった。

アインクラッド内のモンスターは基本的に人型・実在する動物を模した獣型・ゴーレムやレイスなどその他の異形型になる。中でも人型のモンスターはプレイヤー達と同様に武器を握っていることがあるのだが、基本的には片手直剣、両手剣、メイスや棍棒辺りを所持しており、珍しいところだと、半月刀(シミター)や刀を持つモンスターがいた。しかしこれらは、いずれもプレイヤーも使用可能な武器だったため、俺は『幽霊』しか持たないという武器に、未だ見ぬ可能性を当時は感じていたのだった。

 

 俺の興奮した様子に感情の割合が納得5割呆れ5割ほどに変化したアスナは、苦笑しながらも相槌を打ってくれた。

「急に立ち上がるからびっくりしたよー、もう!でもそっかそっか、そんな噂話を聞いたらちょっとでも変なアイテム買おうとするキリト君なら気になっちゃうよね。私は情報収集している時に一度も聞かなかったら本当に噂でしかなかったんだろうけどねー。」

と、俺の異様な様子の出処を知って安心したのか、アスナはのんびりと笑いながら話をする。

 

 「『幽霊さん』ただ一人しか使っているのを見られたことがない武器なんて、この噂話以上に変な話だもんね、そんなのまるで」

 と、ここまで笑いながら話していたアスナが唐突に言葉に詰まり、ゆっくりと表情を強張らせる。

 

 今度は俺が困惑した。俺自身は疑問が解消されたことで、気分良くソファに座り直そうとしていた矢先、先程までのテンションから一転、何かに気付いた様子のアスナの雰囲気が急に真剣味を増したからだ。

 

 「ア、アスナ……?」

「ねえ……たった一人しか使っているのを見たことない武器。それって……。思い当たる節はない……?」

  

 一瞬何が言いたいのか分からなかったが、脳内で2度ほど言葉の意味を反芻したことで、理解した。と、同時に凄まじいほどの衝撃が脳内を駆け巡る。つい数分前に忘れていた記憶を取り戻したが、あの時のスパークの比ではない。

 当時の俺は、純粋に未発見の武器を使っているプレイヤーがいるのか、そりゃ人に隠すよな、どこで手に入るのか見てみたいな、あわよくば自分も使いこなせるか触ってみたいな、程度にしか捉えていなかった。だが、俺たちは2年の時をこの世界で過ごした。その中で、自己を取り巻く状況は変化し、かつては持ち得なかった知識を有している。よってアスナの放った言葉が、どのような意味を持つのか改めて理解してしまった。

 

 思考纏まらないままに俺もアスナの言葉に呼応するように言葉を繋いでいく。

 

 「……使い手の少ない武器種、要はエクストラスキル自体はいくつかある。2層の特殊クエストをクリアしなきゃ使えない『体術』や、クラインの持つ『カタナ』。ギルド⦅レジェンド・ブレイブス⦆に所属していたネズハが習得した『投擲』。でもこれらは習得条件が判明しているし、複数のプレイヤーが所持しているスキルだ。」

 

 当時は考えもしなかった結論が今、導き出されようとしているのを肌で感じる。

話の途中で一旦言葉を切り、喋りすぎたことで張り付いた喉を開くように、唾を飲み込む。この世界で生きる者の体は、排泄や入浴は不要でも、飲食は必要とする。よって、余計なことに緊張感によって喉が渇く仕組みも再現されている。

 

 「現状これらの法則から外れている武器種は2つしかない。

……片手直剣を両手に持つエクストラスキル『二刀流』。

大型の片手盾と十字剣を一体にして操るエクストラスキル『神聖剣』。

……これらはどちらもスキルの習得条件が判明していない。そして現状使えるのは俺と、あの男……血盟騎士団団長ヒースクリフだけ。つまりこの世界でその武器を扱えるのはそれぞれ一人ずつということになる」

 

 まさか、まさかそうなのか。俺たち以外にも()()()()()()()

 

 俺の言葉が持った熱に浮かされるように、アスナも言葉を紡ぐ。

「……もし、もしもキリト君や、団長と同じなら、『優しい幽霊さん』は、六千人いるプレイヤー達の中でただ一人しか習得していない、エクストラの中でも更に希少な、唯一無二のスキルを持っている存在……」

 

 

 俺とアスナの声が重なる。

 

 

 

 

 

 「「ユニークスキル所持者」」

 

 

 

 

 「合点がいったな……。」

脱力して呟くと共に、気付けば前のめりに中腰になっていた姿勢から、俺は静かに腰を下ろした。

 

 両手で握っていたアスナの手をゆっくりと離し、右手の掌で熱を測るように額を抑え、言葉を続ける。予想外の結論にすぐさま言葉が出てこない。

「……ローブを纏っていたのは自分の姿を見られたくなかったから。

声をかけられてすぐに逃げたのは……声で正体がばれるかもしれないとか、フレンド申請しようとしたらプレイヤーネームが分かってしまうからとか、そんなところか。

そりゃあ正体は明かせないよな……。唯一無二の力を持ったプレイヤーなんて、それがどんな形に発展するにせよ、第三者に知られるのはリスキーすぎる。俺だって74層で⦅軍⦆の連中が全滅しかけてなかったら、多分最後の最後まで隠してた。

ユニークスキルの存在は習得したプレイヤーも、その周りのプレイヤーのゲームライフも変化させかねない。それくらい重要なファクターだ……。」

 

 アスナも俺の言葉に同調するように自身の見解を述べる。

「キリト君の予想、大体合っているような気がする。確証はないけれど、あまりにも辻褄が合いすぎてるもの。」

 

 アスナは言葉を切ると、顎下に右手を持っていく。自分の言葉を合っているのか確認するように、ゆっくりと語り出す。

「……そう考えると、新しい武器種に切り替えたばかりでスキルを発動できなかったって想像も本当に当たっているのかも。

……ここからは殆ど想像の域を出ないけれど……。

『幽霊さん』はユニークスキルの発現が相当早かったんじゃないかしら。キリト君はもちろん、ヒースクリフ団長よりも。

ゲームに幽閉された混乱や衝撃から醒め切っていないプレイヤー達の間でろくに情報共有がされていなかった内は、エクストラスキルの存在を知らないプレイヤーも少なくなかったと思う。

最前線ですぐに戦い始めたプレイヤーは攻略のために能動的に情報を集めたり、アルゴさんが書いてくれた攻略本で把握できていたりしたけれど……。『幽霊さん』はそうじゃなかった。だから自分の使う武器種が唯一無二の物だってすぐには気付けずに、他のプレイヤーの前でユニークスキルを発動した。」

 

 アスナの考察は続く。確かに彼女自身の言う通り、今語られることは、殆どが想像の範疇でしかない。だがしかし、推理小説の探偵が、犯人の行動をトレースするように、彼女の語る言葉には臨場感が伴っていた。

「……『幽霊さん』自身は、ごく普通の行いだと思っていたんじゃないかな。それがある日、恐らく自分の話をしているのだろう噂話の中に、『見たこともない武器を振るっていた』というものがあることを知ってしまった。自分の話を聞いて『幽霊さん』は焦った。ユニークスキルの希少性を初めて認識したことで、何か事情があって正体を隠していたのが、自分と『幽霊さん』を結び付けられてしまう。たとえプレイヤーを助ける時でもユニークスキルは使ってはいけない、そう考えるようになった……とかじゃないかしら。」

 

 アスナの考察が結論を迎える。俺も納得の気持ちだった。

「ああ、そんな気がする。

……ちょっとしたお喋りのつもりが、とんでもないオチがついちゃったな」

 

 確かに憶測には違いないが、アスナのした予想は非常にリアリティが伴っており、これが答えで相違ないのではないかと思わされるものだった。

「……ということは、『幽霊』はβテスターじゃない、2年前の11月に初めてこの世界に来たプレイヤーで、尚且つ攻略組じゃないってことだよな。当時はさぞ焦っただろうな……。」

ある日突然メニューウィンドウに見覚えのないスキルが表示され、その力を振るったことでアインクラッド中からその姿を探されることになったのだから。魔王を倒す勇者や英雄のような立場に憧れる者も少なくない攻略組にも所属しておらず、今の今まで正体を明かさないということは、決して望んで得た力ではなかったのだろう。

 『幽霊』の焦りや困惑の感情を思わず受け取ってしまったような気がして、勝手に少し同情してしまった。

 

 ふと視界に表示される時計をみると、時刻は14時を回っていた。

いつの間にか数時間近く話し込んでいたらしい。

何もなかったように次の話題には移れないぞこれは、とどうしたものか思案していると、いつの間にか静かに黙っていたアスナから声がかかる。先ほどよりも、迷いを瞳に(たた)えながらアスナは言葉を発した。

「……きっとそう、よね。『幽霊』さんは攻略組じゃない……。

……ねえ、キリト君……。この話って。やっぱり他の人にはしないべき、よね。団長や他の攻略組の皆には……」

 

 アスナの言葉を受けて、(しば)し黙する。アスナの言わんとする言葉や気持ちがすぐに理解できたからこそだ。何と返答したものか、答えあぐねる。

恐らく『幽霊』の正体と所在を探し当て、攻略組として迷宮区の攻略や、ボスとの戦いに協力してもらえないか打診したいのだろう。俺たちだけの力では実現不可能なところだが、強大な権力と影響力を持つ人間……血盟騎士団団長ヒースクリフ。あの男に捜索を依頼すれば、容易にとは言わないまでもどうにか『幽霊』の正体は特定できるだろう。そう断言させるだけの言語化しようのない『何か』をあの男は持ち合わせている。

 ユニークスキル持ちが攻略に参加すれば、攻略の難易度は確実に低下する。俺自身、『幽霊』の持つ力は数人のプレイヤーだけでなく、ぜひアインクラッド全体の為に振るえばいいのにとつい考えてしまったこともある。

 

 だが。しかし。

「ああ……。アスナの言う通り伝えない方がいいと思う。まず、俺たちの話は単なる憶測にすぎない。どれだけ真実に、核心に迫っていたとしてもだ。

それに、ゲーム開始から2年経ってなお正体を現さないってことは、誰かに感謝されたり、有名になることよりも自分が何者か知られずに過ごすことに『幽霊』は価値を見出しているんだ。ユニークスキルを駆使して、大勢と肩を並べて攻略の最前線で戦うことを、『幽霊』は望まないと思う。どれだけ強大な力を有していても、人の気持ちは無視しちゃいけない……と思う。なにより、自分の正体を探そうとする奴が増えてしまったら、もうピンチのプレイヤーを助けてくれなくなるかもしれない。そんなことになれば双方にとって百害あって一利なしだ。だから……報告するのはよしておこう。」

 

 攻略パートナー時代はこの世界での生き方、つまるところプレイスタイルや価値観の違いから衝突することも少なくなかったが、夫婦となってから互いの意見が一致しない事はまずなかったため、アスナの言葉を否定するのは些か心苦しかった。

絵筆をバケツで洗ったときの様に、じわじわと胸中に薄っすらと嫌なものが広がるのを感じながら、それでも正直に自分の気持ちを口にする。

 

 アスナは俺の言葉を聞いて、しまった、という顔をした後に、どこかバツの悪い表情に変化させながら、言葉を紡いだ。 

「そ、そうだよね!ごめんね!変なこと言って。

……キリト君も聞いていると思うけど、75層迷宮区の攻略が全然進んでないみたいだから……。

私たちが抜けた穴も大きいだろうし、攻略の助けになるような人を紹介できたら、って考えた、んだけど……。」

 

 徐々にトーンダウンし、最後は殆ど声が聞こえなくなっていった。

アスナはそうだよね、そうよねと再度小さく呟いてからばっと顔を上げ、

「なんか二人で真剣に話し込んじゃったから、単なる想像でしかないのに確定した事みたいに話しちゃった!『幽霊さん』だって迷惑しちゃうよね!こんなこと勝手に話されたら!ごめんねキリト君!」

 

 ごめんごめん、とアスナは誰が見ても分かる作り笑いを浮かべながら(まく)し立てた。

 

 

 その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、俺は、アスナをそっと引き寄せた。

 

 小さな震えと一瞬の抵抗の後、彼女はしな垂れるように俺に体重を掛けて抱き着いてきた。

右手で彼女の細い腰に手を回しながら、あやすように左手で背中をさすっていると、暫くしてアスナが徐に顔を上げた。彼女の瞳は宝石の様に濡れていた。ああ、こんな表情になっても彼女は美しいのだな、と感じ入りながらも、やがて彼女の瞳に溢れだした涙を指先で掬っていると、アスナは小さくしゃくり上げながら、ぽつりぽつりと話し出した。

 

 「……74層で、⦅軍⦆の人たちがボスに殺された時、キリト君がクラディールに殺されそうになった時、本当に怖かった。犠牲者が出たのは67層以来だったから……。そういう世界なんだって、忘れちゃってた。ううん、忘れようとしていたの。それなのに、あの光景を見て、初めてこの世界に来た時のことや、初めてのボス攻略で、ディアベルさんが殺された時のこととか、色々思い出しちゃったの……。

ボスはどんどん強力になっていってる。次の75層は5の倍数と、25の倍数にあたるから、更に凶悪な力を持っている筈……。どれだけの犠牲者が出るか分からない。もう、だれにも死んでほしくない。そんな時、キリト君や団長と同じくらい強い人がもう一人いてくれたら、大きく違うのに、って。そんなに大きな力を持っているんだったら、もっと多くの人が救われるために使ってくれたらいいのに、って。なんて、勝手な期待を人にかけちゃった……。だめだね、私」

 

 えへへ、と先ほどの作り笑いとは色が違うものの、悲しい笑みを浮かべる彼女を、俺はもう一度、今度は強く抱きしめた。そうして、彼女の耳元で、俺は諭すように語り掛けた。

「大丈夫だよ。大丈夫だ。75層の攻略は確かに難航している。でもまだ死者は出ていない。俺たちも、そう遠くないうちに復帰するんだ。きっと大丈夫。ボス戦だってうまくいくさ。戦いたくない人を無理に探して連れ出したりしなくたって、俺がいる。ヒースクリフだっているし、クライン達風林火山のメンバーだっている。血盟騎士団の連中だって決して弱くない。

……俺は君を必ず守る。決して死なせない。それが俺の使命だ。それを何よりも優先する。

……でももし、ちょっとだけ余力がある時に、他の人がピンチになったらカバーできるようにするよ。

だから。だから不安にならなくていいんだ」

 

 言い終えた後、抱擁していた両腕の力を緩め、アスナの両肩を掴んで優しく引き剥がす。

眼を合わせた彼女は幾らか瞳に涙を溜めていたが、表情は先程までよりも幾らか晴れ晴れとしていた。

「大丈夫だ。一緒に戦おう。……いざとなればエギルでも連れてって盾にしようぜ。アイツ頑丈だから」

最後にそう冗談めかして伝えると、ふふっとアスナが吹き出す。ようやく俺が見たかった彼女の笑顔が戻ってきたと安心していると、アスナが口を開く。

「もー。最後にそんなんじゃ締まらないよー!途中までカッコよかったのに……。

でも、ありがとう。そうだね。

一緒に。一緒に戦おう!」

 

 彼女は華の咲くような笑顔を浮かべ、最後の涙は空中に溶けて消えた。

そして、そのままどちらからともなくお互いの顔の距離が縮み、唇を合わせた。

 

 いつの間にか冷め切ったコーヒーを淹れ直し、俺とアスナは夕食の時間になるまで再び、会話を再開し、夕食の時間になっても、夕食が終わっても話続け、各々入浴をてきぱきと終わらせた後、一旦愛を確かめ合い、最後にベッドの中で眠りに落ちるまで話を続けた―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 ―アインクラッドには『強制起床』アラームなるものが存在する。どれだけ深く眠っていても、意識を失っていようとも、あらかじめ設定した時刻になると任意の音楽で強制的にシステムによって叩き起こしてくれる機能である。

 

 脳内にけたたましいアラーム音が流れる。

色々な音楽に設定できたものの、よく分からないうえ考えることが面倒だったため、特に設定しなかったことで、初期仕様の標準的な目覚まし時計のアラーム音が響き続ける。

 

 「……ん、ああ……気絶してたのか……。流石に4日ぶっ続けは無理があったか……」

喉の中で音が籠ったような、さほど響きは伴わない、されど粗い鋭さを内包した様な声音でぼそぼそと呟く。返事はない。

 ゆっくりと上体を起こし、眠気や疲労の残滓を振り払うように首を軸に頭を上下左右に動かす。

 

 「今何時だ……?こうも暗いと時間の感覚も馬鹿になってきやがる……」

立ち上がって、軽い柔軟運動を行う。またも小さく呟くが、やはり返事はない。

柔軟運動は現実世界でも仕事の前に必ずしていたルーティーンである。この習慣はゲームの世界に閉じ込められてからも、2年間欠かさず続けている。視界に表示されるデジタル時計をみて、傍目には分からない程度に、小さく目を見開き驚きの表情を顔に浮かべた、つもりになる。

 

 「朝の3時……。深夜なのか。……いい時間だな。ここも随分堪能したし、次()()()ダメなら、一旦街に行くか……。」

三度呟きながら柔軟の締めといわんばかりにぐっと背筋を伸ばす。

先程までとは違い、今度は返事があった。

ぐるる、と獣が喉を鳴らす。しゅるる、と蛇が舌先を震わせる。カタカタと武装した骸骨が骨を鳴らす。きいいいと一際大きな猿が咆哮を上げる。先程までは影も形もなかった大小無数のモンスターが周囲を取り囲み、徐々にその輪は彼を中心として縮小する。あまりにもその数は多く、個体をそれぞれ判別するのも困難なほどで、その様は流動的な巨大な一つのリングを想起させた。

 

 視界が360度モンスターに囲まれた光景に小さく息を零す。

「おお、丁度湧いてきたのか。寝起きの運動相手になってくれ。死ぬつもりはないが……。――全力で()()()()()()。でなきゃ、こんな場所に4日もいた意味がない」

 

 そう言って、自身が一時倒れ伏した場所の横から、石畳を砕きながら突き立てていた剣を左手で引き抜き、正面のモンスターにその剣尖を向ける。

 

 ―其処はアインクラッド第70層迷宮区。

彼はダンジョンの中でも、ボスエリアと同等がそれ以上に危険な、無尽蔵にモンスターが湧き出るトラップエリアで()()()()()()()、生活をしていた。この部屋の広さは小規模の体育館といったところだろうか。モンスターの数はおよそ300体前後といったところだ。

 

 陽光の届かない迷宮区では、光源はダンジョン内に設置された篝火のぼんやりとした灯りのみで、全体的に薄暗い。彼の持つ剣の刀身は、その幽かな光を反射させ、鈍く煌めいていた。

 

 ―彼は、モンスターを一息のうちに全滅させ、リポップまでの待機時間に食事や睡眠をものの十数分で済ませる。モンスターに得物を振るう時間が、人間としての営みを実行する時間よりも遥かに長いという狂気を体現したような生活を、かれこれ一年半ほど続けている。正気の沙汰ではないな。彼以外の誰しもが御免被るだろう。

 

 徐々にモンスターとの距離が近づく。剣全体の()()()()()()()柄を緩く握りしめ、突き出していた刀身を右肩に担ぐように引き戻し、上体を下げて重心を低くする。

これにより、()()()()()は正面のモンスターを、()()()()()()()は見えない後方のモンスターを牽制するようにして構えられることとなった。

 

 ―彼の名は、更科総司(サラシナソウジ)。プレイヤーネームは本名そのままに⦅ソウジ⦆。

ゲームに幽閉された時は16歳、現在は2年歳を重ねて18歳になる。ゲームに触れたのはこのソードアート・オンラインが人生初めてであり、老若男女問わず、誰もが日常的にゲームに触れるようになった2024年において、非常に稀有な存在である。

 

 互いに握った得物を正面に突きつければ、その剣尖同士交差せんばかりに距離が縮まる。

モンスター達は自身に組み込まれているAIが、対象に向かって攻撃可能なまでに接敵したと判断した。そのた為アルゴリズムに従い、眼前の人間を殲滅するために、あるものは牙、あるものは爪、あるものはその剣を振るおうと、行動を開始する。

 

 ―彼には所謂ゲームの『お約束』のようなものが通じない。ゲームに対しての固定観念を持ち合わせていないからだ。故に、彼は視界に映る、窮地に陥る人々を助け続けた。それがどのような顛末を辿るかも知らずに。彼が知らぬままに歩み続けた道は、いつしか衆目を集め、都市伝説へと昇華された。

 

 ソウジはモンスターの技の()()()を見逃さなかった。体をスピンするように半回転させながら、正面の骸骨騎士の懐に滑り込む。

ソウジの上半身めがけて攻撃を振るおうとしていたモンスター達は、一瞬ソウジの姿が消えたように錯覚する。モンスターが予想外の事態に、振りかざした武器や牙そのままに、一瞬フリーズし、敵の位置を探ろうとする。

 この間隙を逃さずにソウジは攻撃を開始する。柄の両端に伸びる刀身が、ソードスキルによって濁った紫のライトエフェクトを放ち始める。

 

 ―彼はプレイヤー達の間でこのように名を呼び交わされる。『優しい幽霊さん』と。この都市伝説の正体と彼の存在を結びついているのは、当人を除いて極僅かしかいない。

彼が姿を隠す理由は唯一つ。誰にも言えない秘密を抱えているからだ。

 

 耐え難い主張があるかのような、キィィィィンという甲高い音を鳴らし、ライトエフェクトを纏いながら、システムに導かれるように体が半自動的に動き出す。はじめに眼前の骸骨騎士の頸部を目掛けて斬り上げる。刃は吸い込まれるようにして骸骨にヒットする。骸骨騎士は顔と体を分離させながら、青色のポリゴンとなって爆散した。ソウジは気にも留めず、次なる標的に得物の照準を合わせる。左手で握ったまま跳ね上がった剣の柄を、今度は両手で握り直し、刃の向きを上にする。骸骨の横にいた、未だ硬直から解放されない鈍器を握る蛇型モンスターの頭部に振り下ろす。刃のついていない面を振り下ろされたことで、斬るのではなく叩き潰された蛇型モンスターは、前のめりに斃れ、やがて粒子となってダンジョンから消失した。この時点でソウジの頭に先程まで相対していたモンスターの姿はない。

 

 と、ここまで一方的に攻撃を振るったソウジだが、遂に反撃に遭う。姿が消失したかのように見えた不測の事態にフリーズしていたモンスター達が、動き出したのだ。2体のモンスターを屠ったソウジの背中目掛け、狼型のモンスターがその牙をソウジの頸に突き立てようと飛び掛かる。

 ソウジの視線は前を向いたままだった。がしかし、徐に、右脇を通すように、後ろに向かって剣を突き出した。大口を開けて飛び掛かってきた狼型モンスターは、口腔内から剣を突っ込まれ全身を貫かれたことで瞬く間に爆散する。ソウジは見遣ることなく、後ろに持って行った剣を、今度は前方に突き出すことで、反対側の刀身が、正面に立つモンスターを貫く。勢いそのままに突進し、モンスターの背中から突き出た剣は更に後ろのモンスターをも縫い留め、同時に2体のモンスターを処理した。

 ソードスキル発動時によるライトエフェクトはなおも発光し続け、その光が弱まることはない。止まることなく剣をふるい続けるソウジの姿は、さながら舞を舞っているかのようだった。

 

 ―それはユニークスキル。アインクラッドに幽閉されたプレイヤー、述べ1万人。その中でも1スキルにつき1人しか持つことを許されない、この世界において特定の立場、在り方を求められる究極の力。

 ⦅神聖剣⦆。それは魔王に許された力だった。何者の攻撃も阻み、多くを拒絶する。刃が届きうるのは一握りの選ばれた者が振るう力のみである。

 ⦅二刀流⦆は勇者に与えられた力だった。全ての武器種の源流である片手直剣。それを二つ装備することを唯一赦された存在。その力は王にも届きうる。

 では、彼は?。彼は何故この力を得ることが出来たのだろうか。この世界は彼に何を求めているのだろうか。……いや。これ以上語るのは野暮というものか。

 

 止まることのない連続攻撃は、視界全てを覆いつくすモンスターの群れを少しずつ、だが確実に減らしていった。そして、最後に巨大な猿型モンスター1体が残ったところでソードスキルが終了し、剣が纏っていた燐光が徐々に消えてゆく。

 大猿の正面に屹立し、対峙する。トラップ部屋にポップしたモンスター達は同じ個体が多数出現するのが特徴である。しかしこの大猿は1体しか出現せず、4日間ぶっ続けで同じトラップ部屋にいたソウジとしても初めて見かけるモンスターだった。つまるところ、眼前の敵は、レアモンスター。倒すことで経験値以外の、何かしらの恩恵が得られる可能性が極めて高い。

 これは是非とも殺し合いたい、と小さく期待を抱きながらも、長々と勝負するきはないためソードスキル一発で仕留められるよう、大技を放つ。

 

 右袈裟斬りの後、柄と刃の向きを反転させ、反対側の刀身で次は左に袈裟斬りを放つ。鮮紅色のヒットエフェクトが大きな×印を胸元に刻む。剣を振り下ろしたことで沈んだ体勢を引き戻し、そのまま飛び上がる。頭上で剣を水平に保ちながら、器用に柄を操り剣全体を回転させる。地面に着地するまでの数秒の内に、回転する刃がモンスターに向かってダメージを与える。夥しい数の、鮮紅色の横薙ぎのヒットエフェクトは、大猿は全身から血を噴き出しているようにも見えた。それでもなお、辛うじて倒れることなくソウジを見据えるモンスターは、最後の力を振り絞らんと、がぁぁぁと咆哮を上げ、ソウジにその巨大な両腕を叩きつけた。

 

 「……弱いなりに良い足掻きだったな、猿。流石に4日ぶっ続けで似たようなモンスターばっかと殺りあって飽き飽きしてたんだ。最後に骨のあるやつと戦えてよかった。ありがとう」

そう語り掛けるソウジは、いつの間にか大猿の叩きつけた腕の上に立っていた。

 止めを刺すべく、最後の一撃を放つため、武器を構える。左手で剣の柄を握り、右手は添えるのみに留める。再び剣に紫のエフェクトが宿り出す。

目の前の大猿を見据える。

 「いくぞ」

 この言葉は誰に吐いたものだったのか。己か。敵か。世界か。

 

 独楽(こま)のように全身を回転させながら、大猿の両目に目掛けて横薙ぎの連撃を入れる。回転が停止した瞬間に、これまでとは逆方向に剣を斬り払う。最後に大猿の顎目掛け、剣を振り上げる。顔面に一筋の亀裂が入り、大猿は全身を硬直させた後、その体躯全てがポリゴンとなり、一際大きく弾けた。空中に放り出されたソウジは身を捻り勢いを殺して着地する。

 

 視界にレベルアップを示す表示と、入手アイテムが表示される。やはり特殊なモンスターで、通常の敵よりも遥かに多く経験値を蓄えていたらしい。

剣を石畳に突き刺して、辺りを見回す。先ほどまでの喧騒が嘘のように、冷たい空間は空気の流れる音すらも聞こえない。

 

 ふー、と息を吐いて、ダンジョンを後にするべく移動を開始する。歩きながら、武器をストレージに収納し、少し高めの店売りの片手剣に変更する。装備もフィールドボスを撃破した際に入手した素材で作られる希少な防具から、グレードを5段階ほど落とした店売りの物に。これでソウジは『積極的に戦っているわけではないが、そこそこアインクラッドに馴染んで生活しているプレイヤー』として見られる姿となる。

 己を偽る生活。初めてもう一年半近く経つ。今更辞める気もないが、いつまで続くのか、ゲームをどこかの勇者がクリアするその日まで、この生活は続くのか、独りごちる。未来は暗い……と思いながら、ソウジは迷宮区の出入り口を潜り、街へと歩を進めていった。

 

 ―見たかね。これが彼の戦い方だ。時に斬り、時に叩き、時に刺す。手数の多さは二刀流に劣り、攻撃一辺倒のその姿はあまりにも守ることに対して脆弱で、神聖剣の持つ防御力の足元にも及ばない。武器の特性上広い視野を持つことが求められ、敵の懐へ飛び込む度胸、複数ある次の一手を選ぶ判断力など、武器一つ運用するにあたって必要とされる力や能力はその他のスキルの比じゃないだろう。並の存在ならば、初期から使用できる片手直剣スキルの方が上手く扱えるだろう。

 だが彼はモノにした。2年に満たない歳月で、彼は武器と戦い方を自分だけの力とした。頼れるものもおらず、頼ろうともせず、愚直に己を鍛え上げた。柔軟な戦い方と、堅実な努力。正に柔と剛両方の性質を彼は有している。正に、彼の為に作られたようなスキルだったな。

 

 では肝心のスキルは、何か。という話だね……いつまでも引っ張るのは品がないな。そろそろ答え合わせといこう。

 

 プレイヤーネーム⦅ソウジ⦆。彼の持つユニークスキルの名は――

 

 

 

 ――⦅両剣⦆。

 

 

 

 柄の両端に刃の付いた、原則両手持ちで扱う剣の名称。双刃剣、双頭剣など複数の呼び名が存在する。というのも、その実態はフィクションにだけ存在する、実用性に乏しい武器だからさ。物語の創造主が自由に考え定めた名前と仕様で空想の世界でのみ力を発揮する。

だが、今まさに、見ただろう。彼の武器を振るわれモンスター達が屠られる様を。やはり作ってみて正解だった。何事も仮定や演算ばかりではなく、行動に移してみるのが肝要という事なのだろう……。

 

 ……さて、伝えたいことはこれで以上だ。私の案内もそろそろ終了するとしよう。

 

 

 ―この物語は、二本の剣を振るう黒き英雄と、彼と共に生きる者たちの英雄譚(サーガ)……ではなく、その傍流にある、名もなき怪物の、世の大多数の人間にとって何の意味もない歩みの記録だ。私は大いに興味があるのでね。彼のこれまでの道程と、これからの行く末を見守らせてもらおうと思う。諸君らは好きにするといい。あくまで価値はない。時折、英雄たちの覇道と交わることもあるが、あくまでそれは一時の競演。明ければ醒める、夢のようなものだ。より有意義なことは他にもあるだろう。任せるよ。

 

 ……ん?私が誰か、か。野暮な質問だ。些細な問題だろう。それに、薄々気付いているのだろう?ならば答えるまでもない。どうしても知りたい、というのなら自由に想像し給え。

 

 さて。随分と長い前置きとなった。それでは見てみるとしよう……。更科総司。彼のこれまでの道程と、行き着く先を―!

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 街に向かって歩きながら空を眺める。綺麗な青空だ。所詮人工的に作り出された景色でしかないが、こういった景色は幾らか閉塞的になる気持ちを高揚させてくれる。爽やかで気持ちの良い朝の空気をいっぱいに吸い込みながら、ソウジは常々思っている言葉を今日も吐き出した。

 「あぁ……中々死ねないもんだな全く……面倒くさい」

吐いた言葉と息が空に登っていくのにつれて、その先を目で追うように、再び空を見上げる。

あの日もこんな朝だった。俺がこの世界、ソードアート・オンラインに閉じ込められたあの日も。

 

 プロローグ 完

 




 ということで第一話、プロローグでした。いかがでしたでしょうか?
主人公よりキリアスの描写の方が多かったですね。そんなつもりじゃなかったのですが…。多分これが最初で最後です。そしてこんなに長くなるのも最初で最後のつもりです。さすがにプロローグを数話に分けるわけにはいきませんでした。
プロローグって本来もっとすっきりしたもんですよね……。
 
 次話は主人公がSAOを始めることになったきっかけを書いていきたいと思います。主人公が敵をバッサバッサするのが読みたい方は暫しお待ちを。キリトさんとアスナさんの考察が果たしてどれだけ当たっているのか、が分かるのも少し先になります。

 又、あらかじめ申し上げておきますと、主人公はあまり原作のイベントの当事者だった、という書き方や、「キリトなんか目じゃないぜ!俺最強!!」といった展開にはしないと思います。大概キリトさん一人orキリアスの愛情パワーで解決できそうな問題ばっかで主人公不要なので……。そういったお話を期待されてプロローグを読んでくださった方はごめんなさい。そういう話ではございませんが、良ければ2話以降も読んでみてください。

 原作キャラとの絡みを色々入れつつ、オリジナルでストーリーを展開できたらなあ、と思っています。話の着地点も、いつまで書くかも不明です。モチベが尽きて投稿しなくなっても許してください。
 
 閃光のストーカーおじさん、妖精王妃のストーカーおじさん、アサダサンアサダサンアサダサン、剣無いよおおじさん、最高司祭のストーカーおじさんなど、個性的なキッッッショイヒロインが沢山登場するSAOシリーズを皆さん読もう。
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