ソードアート・オンライン ~Done Dope Dreamer~   作:逸喪 非渡理

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 SAO二次創作 第二話パート1になります。
今話から一つの話を幾つかに分割して開始しようと思います。
よろしくお願いします!

あとどうでもいい話なんですが、この二次創作書くにあたってU-NEXT加入しました。
SAOアニメ、やっぱり面白いですね。


2.開けた視界、閉ざしていた世界 #1

 リンク・スタート―。

 

 総司がそう唱えた瞬間、世界は音を無くした。視界は暗闇に包まれ、中央に虹色の線が連なってリングが現れる。トンネルを抜けるように、リングは後方に流れ、徐々に視界が晴れてゆく。やがて見えてきた景色は、剣と戦いが彩るもう一つの世界―

 

ではなかった。

 

 『ソードアート・オンライン セットアップを開始します。』

 

 「……」

何も言うべきことはない。きっとこれは『ゲーム』という行為における通過儀礼のようなものなのだ。ゲームプレイヤーという生き物達はこのような作業を毎回しているのだろう。全てはゲームのために。

 そのセットアップってのは昨日のうちに全部済むようにしとけよ、などとは決して考えない。

面倒臭えな買った瞬間にできるようにしろよ、などという思いは露ほども抱いてはいけないのだ。全てはゲームのために。

 息を、深く、吸って、吐く。意識を切り替えて視界に表示される文字群を眺める。ここに頼れる先達()はいない。さあ始めるぞ、と総司は大きな戦いに挑む覚悟を決めた。

 

 

・・・・・・

 

 

 初めは触覚、視覚、聴覚、味覚、嗅覚―総じて五感の同調テストだった。仮想空間の中に立たされた状態で、五感それぞれに対応した疑似的感覚が順番に出力される。感覚はあるか、見えているか、聞こえているか、味、匂いは識別できているか。感覚の有無を問われる度に回答していった。総司が何か考える必要はなく、一方的に進行していくためこれは簡単だった。

 

 初の完全(フル)ダイブ。いずれも新鮮な体験に違いないが、とりわけ総司が驚いたのは味覚、嗅覚を感じた時だった。味がある。匂いがする。現実世界では今日の食事はもう済ませた。今更食い物の味や匂いがこみ上げてくる筈などない。つまりここ数分間で総司がした体験は全て、仮想空間での出来事に他ならないという事である。ようやく総司は、5畳の和室で寝ている自分と、床天井四方全てが白い、この空間に立つ自分は別物なのだと、遅まきながら実感できた。

 

 五感の調整が終了すると、総司の目線よりやや上に文字が表示され、次のステップに映る旨がつらつらと書き記されていく。文字が空中に静止することなど、現実の世界で物理法則を無視したあり得ない現象だ。だがこれがこの世界の当たり前なのだろう。特別説明もないのだ。総司はそういうものだと受け入れる。人類が生存する土地、国、地球とは異なる世界の秩序(ルール)

 総司は一通りの説明を終えた後静止する文字列を眺め、本当に自分は別世界に行けるのだ、と再び実感が込み上げてきた。完全ダイブ直後は、ゲームを起動した瞬間、あの石と鉄の城に行けると思っていただけに出鼻を挫かれたが、今やそんな気持ちはとうに消え失せている。今時点でこれだけの感慨を覚えているのだ。本当に⦅ソードアート・オンライン⦆の世界に行けた日にはどうなることか。あの寒い夜、CMを観た時に去来した興奮、プレゼントを渡されて自分もこの世界に行けると胸中に沸いた期待。それらが再燃し、著しくモチベーションが高まり出す。

昨日夜に済ませた筈のこんな面倒臭い作業はとっとと終わらそう、と総司は息を巻いた。

 

 次は言語設定だった。初めから日本語に設定されていたため、特に操作することなく次に移る。

アカウント作成。これこそ昨日爺さんのメアド使ってやっただろ、と不思議に思いながらも、昨晩と同様の内容を、空中に浮かぶタッチパネルに両手の人差し指で打ち込んでいく。パソコンはおろか、携帯すら持たない総司にはキーボード操作というのがこれまた難易度の高い作業であった。

 メールアドレスやパスワード等の必要な情報は、偶々ナーヴギアと全て同様であったため、別々なアカウント設定をしていることには気付かずに、そこそこの時間をかけて総司は最後まで登録を進めた。

 

 

・・・・・・ 

 

 

 次にアバター作成。先程突如として目の前に現れた、無機質な表情をした一人の男性の肉体を自分好みの見た目に調整したものが、ゲームで遊ぶ際のプレイヤーの肉体、つまり仮想世界での総司の姿になるらしい。数分前、この男性アバターが急に出現した際は、驚きのあまり「誰だお前!」と柄にもなく吼えてしまった。

 この分だとゲームの世界に行ってからも、突拍子のないことをしたり、周囲にとっては当たり前のことに一々驚いたりしてしまいそうだと、いずれ訪れるかもしれない未来に身構えつつも、男性の肉体に向き直り、各項目を調整することにした。

 

 性別……何故選択制?男は男、女は女にしかならないだろう。総司は首を傾げた。が、すぐに思い当たる節があったため、ああ、と一人納得する。

 昨今、テレビでニュースを見れば、性自認がどう、男女なんたらがかんたら、とよく報じている。総司の持ちうる常識や見識の範疇を越えているため詳しい話はよく分からないが、今時はゲームでも色々な配慮がなされているのか、と感心する。した上で、自分には関係のない話と、男性が選択されている初期状態から次の項目へ移った。

 

 顔……メニューウィンドウの項目をタッチする。その瞬間選択項目が細分化され、視界一杯に広がる。眉、眼、鼻、口、耳、髪型、骨格、髭、皮膚色等々……。

 「……」 

これを一つ一つ設定していくのか?いつになったらゲームができるんだ?と内心辟易とする。とはいえここで止めるという選択肢も考えられない。総司はできる限り迅速に済ませよう、と男性の顔を見据えた。

 恐る恐るその『眼』の項目に触れてみると、目幅、角度、目頭、目尻、瞼上下の高さ角度等々。スクロールバーの短さをみるに、目一つでもまだまだ調整項目はあるようだった。バックして鼻やら口などの別項目も確認してみるが、どれも似たり寄ったりの大変豊富な選択肢である。

 「……」

 総司はそっとウィンドウを閉じて、目の前の男性の顔を見る。可もなく不可もない。清潔感のある、日本人男性の顔。少なくともこの見た目で他者から理由なく嫌悪感を抱かれることはないだろう。迅速に済ませなければいけないのだ。総司は初期状態から次の項目へ移った。

 

 体……大別して身長と体型の設定だった。今度は手足首腰各関節の項目が表示される。ウィンドウを開けば、各部位の肉付きや造形、サイズ感を調節できるとのことだった。無限にも思える調整項目を見ていると、初めは身長位自分と揃えてもいいかと考えていたものの、もう色々と言葉にならず、そっと窓を閉じる。

 「……」

 目の前の男性を見据える。身長は日本人の平均よりはやや高く、総司よりやや低めの170cmと少し、といったところか。スタイルもいわゆる中肉中背、と形容するのが相応しい体つきをしている。可もなく不可もない、日常生活で身体的特徴故に不便を感じたことは特にないだろうと、想像される造形をしている。迅速に済ませなければいけないのだ。総司は初期状態から次の項目へ移った。

 

 それから数十分。全項目を設定、確認し終えた、と総司は小さな達成感を胸に宿して、この世界で生きていく自身のアバター(分身)に向き合う。

そこには―数十分前に出現したデフォルトの男性像と寸分変わらないものが立っていた。

 

 「……これ、俺が悪いのか……悪いか……」

終始無言で作業していた総司だったが、誰に聞かせるわけでもなくつい言葉が零れ、肩を落とす。小さな達成感は現実と向き合えば一瞬で霧散した。

 一人一人違う姿でゲームをプレイして欲しいのだろう、キャラクリエイト画面一つとっても制作会社の熱量が伝わってくる。しかし、しかしだ。あまりにも微細にすぎる。このキャラメイクが総司にとってはゲームにすら思えた。但しゲームはゲームでもクソゲーと呼ばれるものに大別されそうである。

 相も変わらず無表情な男性アバターからそっと目を逸らし、仮想世界の自分を完成、したことにする。こういった瑣末な部分まで十全に遊べる能力があればよかったのだが、と罪悪感を感じるものの、今の自分にはどうすることもできない。ここで足踏みしていても仕方がないため、ゲームに慣れてこのような作業に抵抗がなくなる日がいずれ来た時に、時間を見つけて変更しようと自分に言い聞かせた。

 

 

・・・・・・

 

 

 『キャリブレーションに移行します』というのが眼前に示された次の課題だった。人体を映したシルエットが表示され、一部分が色と光で強調される。色々とアナウンスがあったものの、要は今示している体の場所を触れ、ということだった。両手を使って頭、胴体、手足……と色々な場所に触れていく。こればかりはセットアップを最後まで終えた後も、何のために必要だったのか分からなかった。

 その答え合わせがゲーム開始から数時間後にできるのだが、今の総司は知らない。

 

 

・・・・・・

 

 

 次に名前―ユーザーネームの入力だった。恐らくこれが最後だろうというのが雰囲気で漠然と理解できた。再び目の前にキーボード状のパネルが出現する。

 タッチパネルの上には『※見た人が不快になる内容、違法な内容、権利を侵害する内容、個人情報が判別してしまう内容はお控えください』との表記があるが、気付くことなく『名前』という以上、自分の本名以外の何かだとは考えられず、⦅Sarashinasouji⦆と時間をかけてゆっくりと入力した。

 日頃は警戒心が高い、という意味合いで視野の広い総司だが、この日ばかりは慣れない作業、完全ダイブという初体験、驚きの連続で、知らず知らずのうちに、本人も自覚のないキャパオーバーとなっていた。

 だが文字を打ち終えた後も決定ボタンは暗く表示されており、次の段階に進めない事を示している。何故なのかと思えば『文字数制限を越えています』とのことだった。ああそうか、と下の名前部分を削除し⦅Sarashina⦆とする。決定ボタンを押すと、『ユーザーネームは⦅Sarashina⦆です。これでよろしいですか?』と最後の意思確認フェーズに入る。再度決定ボタンを押そうとして―寸前でその手を止めた。

 

 名前とはなにか。それは、自己を自己たらしめ形作る要素の一つであり、周囲にとっての識別記号である。端的に言えば、ここでつけた名前で周囲から呼ばれる可能性が高いということなのだ、と直前になってようやく思い至る。であればここは苗字ではなく下の名前がいいだろうと考え直して、ローマ字でサラシナの文字を消し、⦅Souji⦆と打ち直す。決定を押すと、繰り返し、最終確認が表示されたため、今度は迷いなく決定を押す。

 

 

・・・・・・

 

 

 総司の予想通り、これで全ての作業が終了した。目の前の文字盤は『これにてセットアップを終了します。続けてソードアート・オンラインにログインしますか?』と映し出している。ここまで来るのに実に1時間30分と少し。人に頼らずとも、自力で全ての設定作業を終えた満足感から、今日はここで終わっても良い気すらした。しかしそれも一瞬の事。何の為にここまで頑張った、と気を取り直し、空中の文字に向き合う。

 いよいよだ。いよいよ自分はあの世界に旅立つことが出来る。万感の思いと共に、指先に力を入れて『YES』を選択する。

 

 瞬間。先程までのナビゲーションの文字や、苦心した結果何も変化していないアバターが消滅する。視界が電球の明度を一つ下げたように僅かに暗くなる。続けて総司の立っていた空間は急速に縮小し、この広いようで狭いような、一つの世界が消えることを予感させた。そのまま間を置かずに、改めて文字が現れる。しかし先程までの無機質な文字列と違い、真正面に表示された文字ながら、これから前に進む者を押し出すような力強さに溢れていた。

 

 Welcome to Sword Art Online !

 

それが最後の言葉だった。認識するが早いか歓迎の挨拶は総司をすり抜け後ろにながら、正面からは蒼い閃光が迸る。奔流のような激しさに、「おお」と堪らず小さく声を上げ、反射的に目を瞑る。そこから僅か2.3秒。光の気配が過ぎ去り、終わったか、とゆっくり目を開けば、やや下に向けていた視線の先には、石畳が敷き詰められた道が続いているのが確認できた。緊張感を抱きながら、ゆっくりと顔を上げる。

 

 石畳で舗装された道は視界の遥か先まで続いており、正面には金属で作られたアーチを描く門があった。先程までと明らかに違う空気感に、何度目か分からない驚愕に打ち震える。少しでも情報を、と慌てて周囲を見渡せば、そこには沢山の人間が、何もない空間から青い光に包まれて現れるのが確認できた。更に視野を広く辺りを見回せば、そこは高い城壁に囲まれた広場のようなものだった。

 そして最後に一拍遅れて、今ある場所だけでなく、そこら中から歓声や話し声、鉄の響く音や多数の足音が行き交っていることに気付く。 

同じ活気がある場所でも、重機の機械音や棟梁の怒鳴り声が響く現実世界とも違う。

同じ仮想空間でも総司しかいなかったあの真っ白な部屋とも違う。

 

 「遂に、遂に来た……!」

2022年 11月 6日 14時33分。更科総司改め―ゲームプレイヤー⦅ソウジ⦆は、剣と戦闘の世界、⦅ソードアート・オンライン⦆に降り立った。

 

 

・・・・・・

 

 

 随分と昔、ソウジが⦅更科総司⦆でなかった頃。ギャンブルか酒以外に金の使い途を知らない両親が、何の気まぐれか一度だけ遊園地に連れて行ってくれた。あれは五歳の頃だったか。あの日の幼い少年のように、ソウジは自分が落ち着きないことを自覚しながらも、抑えることが出来ずに、忙しなくキョロキョロと周囲を見回しながら歩いていた。

 

 ゲーム⦅ソードアート・オンライン⦆の舞台、鉄と石の城、⦅アインクラッド⦆。

その第一階層⦅はじまりの街⦆。総司は今、仮想世界の第一歩を踏み出した。

 

 周囲に目を取られて見落としていたが、ソウジは普段よりも視線が僅かに低いことに気付く。鏡でもなければ顔を確認することはできないものの、今の自分は現実世界の姿ではなく、あの真っ白の空間で向き合っていた本当の自分より幾分低身長な男性の姿をしているのだと思い至る。そこでソウジは改めて、自分の姿の一切を確認してみることにした。

 

 足には馬の毛並みのような色をした茶色い革靴を履いていた。街を駆けずり回ったり、剣を振るのであれば、走行性を担保できるランニングシューズか、日頃ソウジが作業現場で履くような、鉄板を仕込んだ安全性の高い物の方が良い気がしたが、無い物ねだりをしてもしょうがない。履き心地はそう悪くないため、いざ不便に感じた時にどうするか考えることにしよう、と決める。もっとも靴屋がこのゲームにあるかなど知る由もないが。

 

 衣類は上下ともに、厚めの布生地を縫い合わせた簡素な作りをしていた。現実世界であれば直ぐに毛羽立ってしまい、外向きには使えなくなりそうだが、みたところ触った感触は完全に布のそれであるものの、細かな繊維やほつれのようなものは見えない。そこまでの再現はこの仮想世界できないようだった。

 上に着るトレーナーのような服は深緑色で、下半身に纏うパンツは濃紺をしていた。衣服に疎いソウジですら、現実であれば避けるような組み合わせではあるものの、不思議と違和感がない。恐らく周囲の歓声を上げたり走り回っている連中達も似たり寄ったりの見た目であるためだ。それに現代日本とは完全に意匠が異なる街が生む、この世界特有の空気感が、この現実離れした服への違和感を打ち消している。ソウジは若干の気恥ずかしさを覚えながらも、周りも同じだ、と気を取りなした。

 その他に特筆すべき点としては、心臓を覆うように、靴と似た素材の、皮の胸当てがついていたこと、腰元にベルトとポーチが設えてあったことだろうか。これこそ現代であれば、服の組み合わせ以上に正気を疑うファッションだが、怪物達と斬り合いをする、というこのゲームの前提を考えれば用途は想像に難くない。

 

 自分の身の周りに関して見るべきものは全て見た、とソウジは結論付け、いよいよ街の探索に乗り出すことにした。

 

 

・・・・・・

 

 

 街はやはり、日本のそれとは大きく異なっていた。瓦屋根に漆喰の壁といった、古き日本家屋とは趣が違うのは当然として、現代的な洋風建築とも様子が違っている。

 建造物は全て煉瓦を積み上げて構成されている。窓は大きく刳り貫かれた丸窓で、鉄格子が嵌め込まれていたり、木枠で装飾を施すように縁取られているなど、製作者の拘りが感じられた。

 「総煉瓦に丸窓か……。日本ならいくら取られるかな」場末とはいえ、長年建築畑に勤めるソウジはつい夢のないことを考えてしまう。 

 

 木で建てた家屋の骨組みに、成形済みの石膏ボードを宛がう現代建築と比較して、煉瓦を積み上げた外壁を作るのにはコストがかかる。一つずつセメントを塗って繋ぎ合わせる時間、相応の技術を有した職人を雇う人件費、そして何より、煉瓦は一つ当たりに料金が発生するため、家一つを煉瓦で賄うともなれば、その支出は相当なものになる。

 窓にしてもそうだ。窓の形に合わせて外壁を削り開口部分を作るわけだが、直線で構成された四角窓よりも、アーチを描なければならない丸窓の方が、手間や求められる技術力は高くなる。作業そのものは人によっては難しくないとも言うが、こういった作業はオーダーメイドになる為別料金扱いとなり、建築にかかる費用は増していく。

 何もかもが新鮮なソウジは、そんなことを考えて、街並みをゆっくりと歩いて巡るのが楽しかった。

 

 

・・・・・・

 

 

 街道では多くの仮設テントが並び、その軒下では沢山の出店が営業していた。まるで縁日のようだと表情は変えずに内心少々浮足立つ。日頃の⦅更科総司⦆ではあり得ないような気分の高揚を自覚する。こういった感情の大きな『変化』は望ましくない。望ましくはないが、今日ばかりは、と少しだけ自分に寛容になることにした。

 

 それにしても。出店の営業をする沢山の店員を横目に見ながら、歩みを進めているうちに、ふと思った。今日がゲーム開始日、それも開始してほんの2時間程度で商売人をするプレイヤー達のバイタリティというのは凄まじいな、と。剣で戦える世界でわざわざ商売人をやるのか、商品もこの短時間で用意したのか、その熱意は何処から来るんだ、などとしきりに関心しながら歩いていると、「ここの店の武器結構性能良くね!?」と声が聞こえる。

 

 足を止め、首を動かして音の出処を向けば、ソウジと似た格好をした数人の男達が会話しながらその場を去っていくのが見えた。武器についてはかねてより気になっていたと、先刻までのやり取りに興味を惹かれ、客がいなくなった出店の前に足を向運ぶ。テントの下には頭に布をタオルを巻き、黒のタンクトップ一丁の男性が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

 頑固そうだ、と思いながら店前に並べられた剣を眺める。店には大小様々な剣が並んでいた。片刃の真っ直ぐな剣、刀身全体が細く尖った剣、両刃の肉厚な大剣……。ソウジは仕事柄、電動カッターや鋸を使用することがあるため、多少一般人に比べると刃物への馴染みがあると言えなくもない。しかし流石に殺傷を目的とした刃物を直に見るのは初めてだった。興味深く、商品を一つずつじっくりと見つめる。ソウジは後に「あれが人生初のウィンドウショッピングだった」と回顧する。

 眺めること数分、気になったものを手に取ってみる。ちらりと店員を見遣るも、特に何の反応も示さないため、そのまま柄を握ったり、軽く振ったりしてみる。その後も幾つかの商品を選び、矯めつ眇めつ、これぞという一振りを吟味した。

 

 眺め出してから更に十数分後。数多の剣の中から、最も質素な見た目の片手直剣を商品棚から掴み取る。剣の善し悪しなど分からない。しかしソウジは、日頃用いる自分の仕事道具と似た雰囲気をこの剣から感じ取っていた。ソウジは昔から、デザイン性には乏しく、しかし長く使える耐久性の高い道具を愛用していた。目に煩かったり、何度も買い替える必要が生じる道具を使うことは、変化を嫌うソウジにとって好ましく無い為だ。

 

 今握る剣を購入することにしたソウジは自分が剣を振るう姿を想像しながら、変わらず腕を組んだまま微動だにしない店員に声を掛ける。

 「……すみません。この剣を頂きたいのですが」

店員はソウジに目を向けるでもなく、何のリアクションも示さなかったが、応対してくれたようで、ソウジの目の前に『1500col』と表示された小さなウィンドウが出現する。しかし。

 

 ここに至って、ソウジは現在金を持ち合わせていないことに気付いた。

店員に声を掛ける直前までは、『財布に入れておいた金で買えるだろうか、まさかウン万円ってことはないだろう』などと考えていたのだ。迂闊というか、我ながら浅慮にもほどがある。

 

 どうしたものか、とソウジは暫し迷う。この剣が買えないことは大前提として、ゲームを遊ぶにあたって、何らかの手段で金を稼がなければならない。長々と店の前を占領して、この商売するプレイヤーにも他の人達にも申し訳ない、と思いながらソウジは目の前の店員に再度声を掛けた。

 「……その。今持ち合わせが、足りませんでした。長々と店の前に立っておきながら申し訳ない」と軽く頭を下げる。顔を上げて続けて、

「ここで伺うのも筋違いとは思うのですが、何か金を稼ぐ手段は無いでしょうか?」と店員に訊ねた。

 

 値段が表示されたメニューウィンドウが消える。

「……」

返ってきたのは沈黙だった。

相も変わらず目の合わない気難しそうな店員を見て、しまった、と思う。やはり怒り心頭なのだろう、とも。ソウジのウィンドウショッピングを黙って許容してくれていただけに、罪悪感が募る。

 もう一度謝罪だけはしておくか、と「いや、何でもないです。すみませんでした」と深々と頭を下げる。踵を返して立ち去ろうと振り返ると、何やら周囲からの視線を感じた。

 

 「……?」

何事かと思えば、方々からヒソヒソと声が聞こえてきた。

「NPCに謝ってるよアイツ。あほかよ」「いいねーRP(ロールプレイ)してるねー!」「てかアイツ初期アバターじゃね?折角のSAOでキャラクリしないとかおかしいんじゃねーの?」等々。

 何だかよく分からないが、馬鹿にされているのは理解できた。正直思うところはあったが、他人と揉めるのは賢明な振る舞いとは言えない。初めてのゲームで周囲から浮くことがあるのは事前に覚悟していただろう、と気を取り直して街の散策を再開しようとする。

不快な視線を振り切るように歩き出したところで、先程までとは込められた色の異なる声が、背中に飛んできた。

 

「その店員はNPCっていうんダ。AIが制御してるプロクラムの一種で、人間じゃないから話しかけても意味ないんだヨ、オニーサン」

 

 語尾に鼻音がかかる、特徴的な話し方につい振り返る。

声の主に目の焦点を合わせれば、そこにはにんまりと笑う妙齢の女性が立っていた。

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 本作にある完全ダイブや街の雰囲気の描写なのですが、原作とアニメで一部異なっておりましたので、両方のいいとこどりをしながら書かせていただきました。今後も似たようなことをしていくと思います。



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