ソードアート・オンライン ~Done Dope Dreamer~ 作:逸喪 非渡理
本当にお待たせしました。SAO二次創作、第2話これにて完結となります。
待たせていた期間相応のクオリティではないかもしれませんが、どうぞお楽しみください。
最後に今後についてアンケートを設けようと思いますので、是非お答えください。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』―。
赤い偶像の発したその言葉に、口を返す者はいなかった。
アインクラッド第1階層 ⦅はじまりの街⦆。
その中央広場には、現在ソードアート・オンラインをプレイする全てのプレイヤー、述べ9千と数百人がいる筈であるが、聞こえるのは極めて僅かな囁き声のみで、緊張、それと困惑を綯い交ぜにした沈黙が広場を満たしている。
ソウジもまた、その空間を作る1人だった。
一連の騒動が、ソードアート・オンライン運営会社―アーガス、だったか―による意図的なもの、つまりあくまでゲーム内の演出か、はたまた異常事態なのか。どちらかを断定するには現時点では根拠に欠ける。ただ気になるのは先程の、この赤ローブの言葉だ。奴は『
ソウジの推測に答えるかのように、空中の赤ローブは言葉を続けた。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
柔く、それでいて厳かさを秘める声が告げた名前を、思わず繰り返す。
「……茅場、晶彦」
茅場晶彦。
現代人でこの名前を知らない人間の方が少数だろう。テレビにネット、新聞と媒体問わず様々なメディアで取り上げられ、その扱い、囃し立てる様は世界記録を樹立したスポーツ選手並だった。
職業としてはゲームデザイナー、それに物理学者、だったか。どちらにも頭に『若き天才』の枕詞付きで。
主な功績としてはナーヴギアの開発、ソードアート・オンライン開発とそれに伴うフルダイブの発明。物理学の麒麟児と位置付けられながらも、その実態は脳科学、運動科学、生物学などあらゆる現代科学に精通する正真正銘の天才。鬼才、という方が適切な気もする。
権威のある人間というのは色々な肩書きを持つものだが、この場においては『
成程、とソウジは小さく首肯する。
まず一つ疑問が解決した。大勢のスタッフや数多の企業スポンサーの助力あって開発されたであろう⦅ソードアート・オンライン⦆をして、『私の世界』などと傲慢に宣うことができるのは、彼をおいて他にないと推測していたが、予想は的中したようだ。
しかし、次いで語られた『世界をコントロールできる唯一の人間』、という部分に苦い顔をする。つまるところ、これは他のゲームスタッフが関与しない、茅場晶彦一人による独断行為。いくらゲーム開発における最高責任者といえど、このような振る舞いが認められるはずも無い。
どうやら話は愉快とは程遠い展開に話が進みそうである。こちらの予想は外れていて欲しいものだが。
ソウジの期待など知る由も無く、茅場晶彦はここから暫し警告、或いは天啓とも受け取れる演説を続けた。
5分にも満たない彼の演説が世界の在り方を大きく変えたと感じたのは、一連の騒動から随分と時が経ってからだった。
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消失していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合はない。繰り返す。これは不具合ではなく、〈ソードアート・オンライン〉本来の仕様である』
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
『また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合―』
『―ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
・・・・・・
淡々と告げられた言葉にしばらくぼんやりとしていた気がする。どこか夢現のような気分のまま、漫然と脳内で情報整理に努める。
要約すれば、
『ゲームからはログアウトできない』
『ナーヴギアが停止、解除した場合には―――死ぬ』
彼はそう話していた。
不思議と、焦りも、困惑も無かった。
ソウジは先程までの不穏な語り出しに乱された思考は鎮まり、他人事のように、『それなら欠勤の連絡をいれないければ棟梁にどやされる』などとぼんやりと考えていた。
そう、この時ソウジは既に顔すら出さない男の言う突拍子もない発言を、冗句の類ではなく『真実』だと、不思議と確信していた。
惚けたように突っ立っていると、周囲が俄にざわつき始めた。尤もそれは怒声罵声ではなく、自分と精々隣人に聞こえる程度の声量で、ソウジとは異なり事態を認識することを拒むかのようだった。
「どういうこと?」「盛り上げるための演出だろー?」「早く終われよー!」
空虚に響く無意味な音の散発を黙って眺めていると、ソウジの近くでも2人の男が会話を始めた。
距離にして1.2メートル離れた場所。
革鎧に身を包み、赤髪を逆立てバンダナを巻いた男が、知り合いと思われる暗めの青髪をした青年に話しかけた。
ソウジは特にやることも無いし、といった風で美丈夫2人のやり取りに耳を傾けた。
「はは……何言ってんだアイツ、おかしいんじゃねえのか。んなことできるわけねぇ、ナーヴギアは……ただのゲーム機じゃねえか。脳を破壊するなんて……んな真似ができるわけねぇだろ。そうだろキリト!」
「……原理的には、有り得なくもないけど……でも、ハッタリに決まってる。だって、いきなりナーヴギアの電源コードを引っこ抜けば、とてもそんな高出力の電磁波は発生させられないはずだ。大容量のバッテリでも内蔵されてない……限り……」
「内蔵……してるぜ。ギアの重さの三割はバッテリセルだって聞いた。……でも……無茶苦茶だろ……そんなの!瞬間停電もあったらどうするんだ!!!」
再び茅場のアナウンスが再開される。
視線の先の男達が会話を中断して上空を見上げるのを見て、2人の男に向けていた虚ろな視線を、釣られたように上空に移す。
淀みなく、朗々と語られる言葉全てを把握出来た訳ではなかったが、情報を整理すれば、
『十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギアの分解・解除・破壊のいずれかを実施した場合脳破壊シークエンスが実行―要は、ナーヴギアに脳を焼却される』
『現実世界でこの情報はマスコミを通して発信されている』
『警告を無視し、家族友人によって、ナーヴギアの除装を行われたプレイヤー二百数十名が既に死亡している』
との事だった。
・・・・・・
既に死亡者が出ている。その言葉を後にどこかで悲鳴が上がった。
それを遠くに聞きながら立ち尽くしていると、「信じねぇ…信じねぇぞ俺は」と声が聞こえ、
散漫に首を動かせば、石畳に座り込み、嗄れた声を放つ先程の赤バンダナの青年がいた。
「ただの脅しだろ。できるわけねぇそんなこと。くだらねぇことぐだぐだ言ってねぇでとっとと出しやがれってんだ。いつまでもこんなイベントに付き合ってられるほどヒマじゃねえってんだ。そうだよ……イベントだろ全部。オープニングの演出なんだろ。そうだろ」
訥々と呟く姿を眺め、あぁ、彼は
何故ならば。他人事のように、俯瞰的に捉えていた―捉えたことにして逃避していたソウジもまた、あの青年と同じことを胸中で唱え続けていたからである。
小さく息を吐く。目を閉じて瞼の裏を見つめる。ああ、このまま眠りに落ちて、目が覚めたらあの畳の上の煎餅布団なら良いのに。
だが、もう醒める時間だ。覚悟を決めるべきだ。閉じていた目を開いて上空の茅場を見据える。
心が虚ろに満たされたのは時間にして十数分か。沈むには充分すぎる。ここからは、己を『悲劇の出演者』ではなく『緊急事態の当事者』に置いて話を聞く。神経を尖らせ、魔王の言葉を漏らさないようにする。
―好く言えば割り切りの良い、悪く言えば機械じみたスイッチの切り替え。これは『更科総司』の得意とするものの一つだった。
・・・・・・
広場の声量も次第に増してきた。放つ言葉の中身は先程までと大差ないが、そこには数分前には無かった必死さが僅かながら含まれ出した、ような気がする。
しかしそれらの声を無視したまま、無情なアナウンスが三度響く。
『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要は無い。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言えよう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には安心して……ゲーム攻略に励んでほしい』
回り出した頭でも、空中に浮かぶ世紀の天才の言葉は理解出来なかった。
『馬鹿なのか?』―そう問い掛けたい気分だ。
「ゲームの世界から出られません、現実世界で死者が百人単位で出ています、それはそうとゲーム攻略を頑張ってください」……はいそうですかと受け容れる奴がいると思うのか。
それとも、馬鹿は意味を理解できない、
ソウジが渋面を浮かべるが先か、赤髪の青年と言葉を交わしていた、もう1人の青年が堪えかねたように叫んだ。
「何を言ってるんだ!ゲームを攻略しろだと!?ログアウト不能の状況で、暢気に遊べってのか!?」
青年が吼える。
「こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!!」
心の中で激しく同意する。知り合いであるならばよく言ったと拍手の一つでも送りたい気分だった。
彼の言葉に呼応するかのように、鮮紅色の魔王は『ゲームから脱出不可』『ナーヴギアを外せば即死』に次ぐ、三つ目の衝撃的な事実を口にした。
これが、これこそが後にアインクラッドに幽閉された一万のプレイヤーを、2年に渡って苦しめる最大の要因となる。
『しかし、十分に留意してもらいたい。諸君にとって⦅ソードアート・オンライン⦆はすでにただのゲームではない。もう1つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に―』
『―諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
『諸君がこのゲームから解放される条件は、だった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』
静寂が広場を制圧した。先程まで微かに聞こえていた小さなざわめきも、細やかな喧騒も、全てが完全に静まり返った。
あの魔王はこう言い放ったのだ。
『ゲームで死ねば、現実でも死ぬ。助かりたくば、ゲームをクリアしろ』と。
不意と視線を左上に移す。広場の何割かはソウジと同じ動きをとっていた。
青く輝く細い横線。上には『342/342』の文字が並ぶ。
これが0になった時に、死ぬ。『剣士ソウジ』ではなく、布団に横たわり眠ったように意識を手放している『更科総司』が。
そこから脱却したくばゲームをクリアしろと奴は言う。想像しうる限り最悪の制限を課せられた状態で。
余りにも現実感に乏しい話だ。逃れようのない現実と直視してからやや経つが、やはり悪夢を見ていたことにできないかと今更ながらに思ってしまう。
とはいえ、どこかこの条件を想定出来ていた自分もいる。
かの天才が、1万の人間を無意味に仮想世界へ幽閉するような、無秩序のテロリストには思えなかったし、『ゲームからの解放条件』が、『ゲームクリア』、というのは不思議と妥当―砕いて言うならば『それっぽい』ような気がしていたからだ。
そもそもの話、ゲーム内での死亡にリスクが無ければ1万のプレイヤーで徒党を組んでダンジョンに繰り返し特攻し続ければ、時間はかかれどいずれほぼ確実にクリア出来てしまう。
当然と言えば当然の条件だったのかもしれない。
早々と納得し、言葉の続きを待つソウジとは対極に、またも赤バンダナの青年が声を上げた。
「クリア……第百層だとぉ!?」
拳を振り上げながら喚き続ける。
「で、できるわきゃねぇだろうが!!ベータじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ!!」
これは最初にはじまりの街へ降りた時にアルゴから受けたレクチャーの中で聞いていた。千人のプレイヤーを集め実施した2ヶ月間のベータ―βテスト。
期間中に攻略できたのは僅か
医療機関で管理されるとはいえ、それほどの期間、人間が昏睡していたとして、現実世界に帰還できた後、支障なく現実世界で活動を再開できるのだろうか?
学生は学校をどうする?3年間ともなれば周りは卒業、就職している。
社会人は?。完全な他責とはいえ3年もの休職。戻った時にまだ椅子があるかどうか。
未就学児は?⦅ソードアート・オンライン⦆は、脳波の微弱な赤子でもなければ年齢問わずにプレイ可能である。人格形成や社会性獲得の第一段階の機会を大きく歪められることとなる。
……ソウジは首を振って尽きない疑問と不安を一旦忘れることにする。所詮他人事、ましてや見通しの暗い先のことだ。
それよりも、とソウジは親切な情報屋―アルゴの事を思い出す。
意識が遠いとこに飛んでいた為、先刻まで失念していたが、彼女もここにいるのだろうか。
あれだけ世話になりながら気にも留めていなかった己の薄情さに自嘲しながらも軽く辺りを見回す。が、ソウジの記憶に一致する、スレンダーな美女の姿は見当たらない。この後
ソウジが色々と思いを巡らせていたのと同様に、周囲もあれこれと考えたのだろう。硬直から抜けだしどよめき出す。尤も、やはりそこに絶望や恐怖の色は薄く、どちらかと言えば困惑が強い。
それを見てか見ざるのか、ここに来て、動くことのなかった赤いローブが、袖から続く白い手袋を動かすと共に、言葉を発した。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』
声が終わるや否や、周囲のプレイヤーが右手の指に本を揃えて真下に振り降ろした。メインメニュー表示のアクションだ。そこら中からメニュー表示を知らせる鈴の音が響く。やり方が咄嗟に思い出せなかったため一拍遅れたソウジもぎこちない動作でメニュー画面を空中に開いた。
アイテム、と表示された画面をタップすると、唯一所持する武器である⦅ブロンズソード⦆や、フィールドで倒したモンスターからドロップした幾らかのアイテムの上に、覚えのないアイテムが表示されていた。
アイテム名―〈手鏡〉。
これをどうすればいいのかと周りを見れば、他のプレイヤーは、実際に手鏡を手元に出現させていた。
メニュー画面に視線を移し、手鏡と表示される名前部分をタップ。メニュー画面の上に浮き上がる小ウィンドウにある複数の選択肢の中からオブジェクト、と記された部分を選択。
きらきらとした効果音と共に、小さな四角い鏡が出現した。そこに映るのは数時間前苦心して、弄った結果何の変化も生み出せなかった初期アバターと寸分違わぬ青年の顔だった。
これがなんだというのか。
と、疑問符を浮かべると同時に視界がホワイトアウトした。
視界を奪われるというのは人を不安に陥れる。冷静さを欠かないよう律しながら、周囲を警戒して全身に力を漲らせ―始めた頃には光は収束し、眼前には中央広場の景色が広がっていた。
どうやら僅か1.2秒程度の出来事だったらしい。
安堵しながらも警戒は緩ませない。想定外な現象がその身に起きた以上何か変化があると思った方がいい。
改めて周りを見回す。
……特に何かが変わったようには思えない。強いて言うならば、何故か視界の見通しが良くなった気がする。
答えを得ようと顔を上げ、空に浮かぶ茅場を視界に納める。
赤いローブも、そこから伸びる白い手袋にも、変化が生まれたようには思えなかった。
ただ、少し。
少しだけ、距離が
違和感が付き纏いながらも不思議と不快には感じなかった。この些細な変化は一体―。
奇妙な違和感を解消してくれたのはまたしても先程の美青年二人―ではなかった。
「お前がクラインか!?」
「おめぇがキリトか!?」
耳に入ってきたのは先程までの流麗な声でなく、一方は低く、野太く粗野な、もう一方はやや甲高く、僅かにあどけなさの残る声だった。
看過しようのない変化に横面を叩かれたが如く首を振り声の方に向く。
そこにいたのは、髪型、髪色、バンダナこそ変わらないものの長い鷲鼻と無精髭の目立つ長身―恐らく現実のソウジよりも―の男と、線が細く、柔和な女性と錯覚してしまいそうな少年だった。
謎の手鏡。姿の変わった2人の青年。ここまでパーツが揃えばソウジにも分かる。
改めて、鏡の中の自分と相対する。
そこには。
朝起きて顔を洗う時、仕事から帰り手を洗う時、風呂に入った時、髪を乾かす時。
一日に4度だけ見る、馴染み深い顔が困惑気にも、ある種の確信を瞳に湛えて映り込んでいた。
広場のプレイヤー達は皆それぞれ馴染みある自分の姿に慌てふためいている。視界が開けた理由も分かった。ソウジは実際の身長―つまり背が伸びたから。周囲は実際の慎重よりも高くキャラクリエイトをしていた者が多かったようで軒並み背がアバターより縮んでいるからだ。
「……はぁ」
茅場を視界に入れないよう空を仰いで思わず漏れ出た声は、諸々を集約させた徒労感、あの面倒なキャラクタークリエイトを一切合切踏み倒して結果良かったというこの場にそぐわない安心など、それはもう沢山の思いがミックスされており、最早感情1つだけを形容できるものではなかった。
逐一ソウジの疑問解消の参考にさせて貰っている彼らが、何やらこの現象について議論を交わしていたが、ソウジにはよく分からなかった。
理解できた部分を纏めると、ソウジが一体いつになればゲームができるのかと苛々させられた大量のセットアップの中に、現実世界の見た目を再現する為の準備があったらしい。
つまるところ、今回の騒動は入念に準備を重ねたものだったというわけだ。
「はぁ……」
2度目のため息を零す。今度はこれだけ手をかけてあの男は何がしたいんだ、という幾らか冷静になった疑問が溜息に加算された。
想像の余地は色々あるものの、結局は答えを待つ方が早いだろう、と思考は止めずに次の言葉に耳を傾け待つこと数分。茅場晶彦が見えない口を開く。
『諸君は今、なぜと思っているだろう。なぜ私は―SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?、と』
『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、鑑賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』
『……以上で〈ソードアート・オンライン〉正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の―健闘を祈る』
わずかな残響が尾を引いた、大多数にとって答えにならない答えを最後に、真紅の巨大な赤ローブは音もなく上昇し、空を埋まるシステムメッセージに同化し、融けて沈むようにして、消えていった。
⦅はじまりの街⦆の市街地BGMが遠くから聴こえてきた。数時間前には冒険の始まりを予感させたこの音楽は、今や大勢にとって暢気で空気の読めない雑音だろう。
つまりは。一万のプレイヤーが溜めに溜めたあらゆる負の感情が、ここにきて爆発したのである。
「嘘だろ……なんだこれ、嘘だろ!」「ふざけるなよ!出せ!ここから出せよ!」「こんなの困る!この後約束があるのよ!」「嫌ああ!帰して!帰してよおお!」
憐れな囚人達は無き、怒り、願い、呆け、叫んだ。
その時既に、阿鼻叫喚の坩堝の中に、彼の姿はなかった。
・・・・・・
茅場晶彦が少しずつ消滅しようとしている時、ソウジは既に広場から抜け出し、走り出していた。目的地は野外フィールド。装備やアイテムは充足しているため、このまま突っ込んでも問題ない。そう考えてソウジは出力可能な最大速度で走っていた。
が、途中で急制動をかける。事態が一旦落ち着いた後、アルゴに連絡しようとしていたことを再び思い出したためだ。一旦走るのをやめ、街の裏路地に入ってメニューウィンドウを開く。
メッセ―ジを送ろうと慣れないキーボード操作をしていると、遠くから足音が近づいてくるのが聴こえてきた。念の為見つからないよう近くに停まっていた馬車の陰に身を潜め、通り過ぎるのを待った。が、あろうことか足音が大きくなってくる。裏路地に入ってきた?何故?
疑問に思うと同時に失敗したと歯噛みする。まさか裏路地に入って来るとは。表通りを通り過ぎるプレイヤーが見た時に、裏路地で一人突っ立っていることを不審に思うかと咄嗟に身を潜めたが、却って不審者じみてしまう。いっそ馬車の中に乗り込んでしまうべきだった。
足音は次第に増していく。ソウジは息を詰め、事の成り行きを窺う。直前まで近づいてきていた駆け足の音は、ソウジが潜む馬車の直前で止まった。
冷や汗が流れる。どう出るべきかと頭の中に幾つもの完結しない考えが巡る―が、その心配は杞憂に終わった。
2人分と思われる足音はソウジの前を通過するのではなく、馬車に乗り込んできたのだ。ギシギシと揺れる馬車を見上げながら、またしても困惑するソウジだった。このままひっそりと脱出すべきか、それとも何者かがこの場を去ってから行動するべきか、双方のリスクを前に逡巡していると、話し声が聞こえてきた。聞きたくなくとも距離が距離なだけに思わず耳を貸す。
・・・・・・
「……クライン」
「いいか、よく聞け。俺はすぐにこの街を出て、次の村に向かう。お前も一緒に来い」
聞き覚えのある声と名前に目を見開く。クラインという名前、少し鼻にかかった透き通るような声の主の名は確か―キリト。
再三に渡り、ソウジの思考の一助となっていた彼らにまさかこんな短時間のうちに邂逅するとは思いもよらなかった。増々ソウジは身を固め、話の流れを待つ。
広場ではクラインという男に比べて口数の少なかった彼が、今回は捲し立てるように長々と語り出した。
端的に言えばこういう事だった。
「この世界で生きていくためにはひたすら自分を強化しなければならない」
「MMORPGはリソースの奪い合い、システムが供給する限られた資源をプレイヤー間で奪い合うことになり、⦅はじまりの街⦆周辺はすぐに枯渇する」
「今のうちに次の村を拠点にすれば、道も危険なポイントも全部知っているためレベル1の今でも安全に辿り着ける」
というものだった。
ソウジは色々と驚かされた。
一つは、未だ遠くから集団で喚く声が聞こえる中、いち早く抜け出してきた理由が全く同じであったから。
ソウジは茅場晶彦が言葉を紡ぐまでの合間合間の時間、ひたすら今後如何にして動くべきかに思考リソースを費やしていた。その結果、答えとしたのが『いち早く動き出す』ことだった。決して
一つは、この提案をしたのがクラインではなくキリトであったこと。クラインの方はどう見ても成人、人相の悪さや顎髭のせいで判断しかねるが、恐らく20代後半から30代前半。一方キリトの方は小学生か中学生にしか見えない。年齢不相応に現実主義というのか、状況が見えているというのか。あの柔和な面立ちからは想像し難い決断力を持っている。ソウジも同類だが、この手の人間は幼少期が壮絶であったりすることが多い。人生の岐路を他者に委ねず自分で選び取る経験が周囲より多いからだ。彼もそうなのだろうか、とソウジは独り、心中で呟く。
これを聞き届けたクラインはどう出るか。
野次馬とは理解しつつも興味深く待つと、絞り出すようにクラインが語り出すのが聞こえた。
「でも……でもよ。前に言ったろ。おりゃ、他のゲームでダチだった奴らと一緒に徹夜で並んでソフト買ったんだ。そいつらももうログインして、さっきの広場にいるはずだ。おいて……いけねえ」
またしても裏路地に冷たい沈黙が流れる。交渉の結果は決裂として幕を閉じた。
聞くべきやり取りは聞いたかな、とソウジはアルゴへのメッセージを完成させて、送信する。
裏路地の入口と馬車が近い位置にあって助かった。音は立てず、馬車の中の2人が視界に入らない程に馬車に密着し、匍匐前進のようにして移動する。
裏路地を折れ、表通りに出たため立ち上がり、再び全速力でダッシュする。リスクはあったが上手くいった。走りながら先の彼らを思う。
あれ以上話を聞かなかったのは、先は泥沼だと感じたためだ。想像でしかないが、キリトは独りでログインしているのだろう。でなければクラインへの提案は妙であるし連れがいるならそちらと行動している筈である。片やクラインの方は現実の友とログインしているという。どうあってもここから両者がまとまることは無い。
有能な独り者と無知ながら結束の強い集団。一時全体でまとまって行動したとしても、必ず
先行きが良好そうであっただけに残念に思う。彼らならゲームの攻略をいずれしてしまうのではないか、そう思わせる雰囲気があった。特にキリトの方には。
しかして同時に彼一人ではいずれ限界がくることも予感させられた。強すぎる者は時として脆い。隣に立てる人間が必須となるだろう。それがクラインになるのでは、と話を聞いている途中までは思っていたがソウジの想定とは外れそうだった。
と、ソウジはいつの間にか一度も言葉を交わしていない彼らに随分と期待を寄せていたのだな、と回顧する。広場にいた時から、日頃にはなく他人の出方が気になるようになった。案外気を取り直したと思っているものの、不安なのだろうか。ソウジは自嘲しながら野外フィールドに続く門を駆け抜けた。
先程のキリトの言葉を思い出す。『いずれは⦅はじまりの街⦆周辺のリソースは狩られ尽くし枯渇する』。
―ならばその第一人者となろう。その潤沢な資源を時間が許す限り頂いていこう。
・・・・・・
ソウジが少しずつ前進しながらフィールドを探索して1時間が経った。恐らくβテスターや、平静を取り戻したプレイヤーの中には動き始めた者もいるだろうが、未だソウジの近くに気配は無い。つくづく早く動き出して正解だったと自賛する。
そのまま足を動かしていると、やがて遠くに小さく家々の姿を認めた。思わず息を吐く。今日の仮拠点を見つけることが出来て安心した。
ソウジは一階層の最北端に二階層に続く迷宮区とその攻略拠点になる街がある、という情報を除き、何処に村があるのか、どこに次の町があるのかを知らずにただ北へ北へと歩みを進めていた。そのため下手すれば迷宮区前の街まで休息を取れない可能性があったのだ。
早々に行動に移したものの、キリトとは違ってソウジにはこの世界の知識が碌にない。アルゴからは本当に基礎的な、ゲーム世界における常識の部分を重点的に教わっていたため、アインクラッド内の地理情報までは把握できなかった。
村に入る。特筆すべき特徴のない、本当に先々へ進むための中継地点以外の何物でもない村、といった印象だ。NPCの歓迎の声に律儀に返事をしながら宿屋を探す。小規模の村であったため、案外直ぐに見つけることが出来た。『INN』と記された看板を尻目に宿屋の戸を開ける。定型文を話す宿屋のNPCに一泊する旨を告げ、道中で狩ったモンスターから得たコルを幾許か支払い割り当てられた個室へと向かった。部屋のロック設定がなされていることを確認し、ベッドの淵に座り込む。両手を後ろにつき、簡素な設えの室内灯を見上げながら、村を見つけた時よりも大きく、長く息を吐いた。
今日は本当に色々なことがあった。白老夫婦と昼食をとったのが数時間前であることが嘘のようだ。だが、これは現実なのだ、どうしようもなく、逃れようもなく。
改めて気合を入れる。ここから先の動きは常に慎重を期さねばならない。行動力があっても知識のないソウジは一手損じるだけで、取り返しの付かない過ちを生む恐れがある。
じわじわと沈もうとしていた夕日の姿が完全に消え、空に闇が満ちるまで、ソウジの思考は続いた。
ふと視界に映る時計を見れば、日付は『11/7』となっていた。いつの間にか日が変わっていたらしい。ここらが潮時か、とソウジは就寝することにする。強制起床アラームを朝4時に設定してからベッドに倒れ込んで目を瞑った。
寝入りは良い方だが、昨日の今日で果たして、というのはいらない心配で、体重を全てベッドに預けた途端瞼が視界を遮ってきた。
ソウジ自身が思う以上に疲弊していたらしい。瞬く間にソウジは意識を手放していった。
―――――
視界が判然としないな。んだこれ。暗いような明るいような、見通しが良いような正面1cm先も見えないような。
……ああ、夢かこれは。滅多に見ないんだけどな。
……今地面が畝んなかったか?。足元が覚束無い。足元見てみれば……仕事用の靴に、草臥れたジーンズ……。まあそうか、こっちの方が見慣れてるもんな。よく見たらいつの間にか作業着着てるし。
それでもってちゃんと立てないのは何だ。夢だからか?……ああ違う、脚に力が入らないんだ。あ、座り込んじまった。
……。
滅多にない機会だ。少しお喋りしようか。日頃
今日の話で一番しんどかったのは何処だろうな?自分の事だから分かるだろう?
他のプレイヤーに笑われた時?イノシシに吹っ飛ばされた時?ゲームに閉じ込められたと知った時?ゲームで死んだら現実で死ぬと知った時?茅場の糞野郎が肝心な事何も話しやがらなかった時?
どれでもないよな!一番最初。『ナーヴギアを外されて既に死者が出ている』って知った時。
どっかで悲鳴上がってたよな。女の声だった。あれが無かったら
……その人の生還を願った近しい人の手によって。
酷い目に遭ったと笑い合い、現実世界で再び言葉を交わしたいと願って誰がために動いた人の手によって、死んだ人がいるんだ。
それはもしかしたら親かもしれない、子供かもしれない、恋人や伴侶や、友人かもしれない。
別に自分が死ぬ分には正直いいんだよな、オレも、お前も。もう十分欲しかったものは貰えたもんな。
でもな……。白老のジーさんバーさん、職場の連中、あと熊のジジイ。
もしも、誰かがナーヴギアを外して自分を死なせてしまったら。人殺しになったら、一生消せない過去を背負わせてしまったら。
お前なんかを死なせたがために良心の呵責に悩まされるんだ。これが一番耐え難いよな。
……昔はどいつもこいつも生存戦略に必要なパーツ、舞台装置の1つみたいに思ってたんだけどな。ああ、それはオレの方か。
いつの間にやらお前にとってかけがえのないモンになっちまったもんな。
そんなにこのゲームやりたかったんだったら、早めに自分でどうにか調達すべきだったよな。
下手に意地張ったもんだからアイツらにプレゼントされちまった。
そのせいでお前がこのゲームで死んじまったら、自分でとった選択肢なのに
『ああ~僕たち私たちがあの子にゲーム渡しさえしなかったらああ~』って勝手に罪悪感感じるのは目に見えてるもんな。
それに気づいたからだろ?途端に前向いて、覚悟決めて誰よりも早く行動しだしたのは。
日頃はあーだこーだと慎重に慎重を重ねて行動するお前が、地図も無い中一目散に外に飛び出してったのは。
お前がちゃんと生きて、ゲームから生還して、アンタらの責任じゃないって伝えたいから頑張ってんだろ?図星だよ、自分の事なんだから。
……ほぼオレが一方的に喋ってるじゃねえか!夢の中でも口重いなお前は!……ん?一つ違う?
『
……。
……。
……。
さぁ、そろそろ意識を闇に沈めな。明日起きた時に疲れが取れてないぞ。
逃げるなって?……逃げるさ、そりゃ。オレはあの時から逃げ続けているんだ。だからお前がいるんだ。分かってんだろ?自分の事なんだから。
じゃあな。またいつか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。いかがでしたでしょうか?
投稿期間が2か月近く空いてしまったこと、楽しみにしていてくださった方いらっしゃいましたら大変申し訳ございませんでした。
年末年始は色々と忙しかったこと、具体的な理由はないものの、正直モチベーションが大きく低下していることが大きな理由です。
今回の事を反省して、今後について色々考えた結果、読者の皆様にアンケートを実施しようと思います。
内容としましては、今後のこの『ソードアート・オンライン ~Done Dope Dreamer~』の展開についてです。少し長くなるのですがどうかお付き合いください。
自分の中で3つ選択肢があり迷っております。以下に記します。
一つは、『このまま時系列通りに展開していく』です。
ソウジが第一層を攻略し、武器を更新し、また攻略し……。この場合は非常に話の展開が遅くなるかと思います。
具体的には両剣を振り回す強つよソウジは当分出てきません。
二つ目は、『時間は飛び飛び、色々なキャラと交流していく単発話形式にする』です。
目新しい展開が多く、原作キャラも多数登場できるかと思われます。ただ、必然的に各話に出てくるソウジがいかにしてそのようなマインドなのか?価値観なのか?
というのがほとんど描写できなくなるため、キャラクターやストーリーの濃度が、私の執筆力では低下してしまうと思われます。
三つ目が『ここで終わらせる』というものです。次話の投稿がいつになるか分からず、いっそ話が一区切りついたところですので、次話投稿することなく失踪してしまうのではなく、ここで完結、まとめてしまうのも潔いかな、とも思いました。自分でもどうしようもないとは思いますが……。
個人的に、もう一つ全く別な原作の新たな小説を執筆したいとも思っておりまして、そちらを始めてもよいのかな……と迷っているのもあります。
以上、三つの選択肢の中からよろしければご回答していただきたいと思います。
コメントを迫るようなので自分から大っぴらに言うのは嫌なのですが、感想欄の方から言葉で思いを伝えていただくのも大歓迎です。
長くなってしまいました。どうぞよろしくお願いいたします。
追記:2025/2/9 アンケート投票締め切りました。
4名の方、ご回答ありがとうございました。
満場一致で『時系列通りに展開する』を選んでくださいました。
こうして待ってくださるかたがいるということが、とても励みになったため、依然として投稿頻度ははっきりしないのですが、もうしばらく継続して投稿させて頂こうかと思います。
今後ともよろしくお願いします。
今後の展開について
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このまま時系列通りに展開していく
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時間飛び飛びで、単発話形式にする
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ここで完結