8人目の魔女   作:凧焼かるび

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ここは東大陸の最東端、ワルプスギル山の頂上。半年に一度、魔女の宴(サバト)が開かれる集会所である。魔女のみが入れる円卓の間には、三人の魔女が残っていた。

 

「チッ…女神のヤロー、なんか送ってきやがったな」

 

忌々しそうに空を見上げる気の強そうな赤髪の女性——憤怒の魔女、スカーレット。大きな円卓の上に無造作に足を投げ出しているその姿は、お世辞にも行儀が良いとは言えない。

 

「あら、やめちゃうの?レティってば見かけによらず臆病よねぇ」

 

「るっせーな。アタシは慎重派なんだよ」

 

くすくすと口元を押さえ、ゴスロリを纏う少女がスカーレットを揶揄う。紫髪が特徴的で、仮面には道化を模した絵柄が描かれている。均等の魔女ヴァイオレットだ。

 

「てか他の奴らはどこいったんだよ」

 

「ネロとイェロウ、ヴェールはもう帰ったわ。セレステはほら…わかるでしょ?」

 

「アイツらも勝手だよなぁ」

 

「ええ、今回全員揃ったのが奇跡だもの」

 

「ああ、そういや…」

 

瞬時に、スカーレットが円卓に座る白髪の少女の目の前に迫った。予備動作を必要としない出鱈目な動き。にもかかわらず、卓上に並べられたグラスをかろうじて揺らすのみだった。

 

「なァ、ブラン。なんで女神の処刑に反対したんだ…?」

 

金色の瞳が、ブランと呼ばれた少女を射抜く。常人であればその視線だけで命を落としかねない。一挙手一投足が死につながる、そんな緊張が二人の間に走った。

 

「…ただ処刑する必要性を感じなかっただけです。女神さまには恩がありますから。それにあなた方が戦いを始めれば人間たちに危害が加わるでしょう?」

 

ブランは動揺した素振りもなく、平然と答えた。

 

「はいはい堕落の魔女サマはお優しいことで…。アタシらにはアイツに恩なんてねーんだよ。それに人間なんてどうでもいい。死ぬような弱いやつが悪いのさ」

 

「そんな身勝手な…」

 

「正直言ってもう女神は必要ねーんだよ。また外から変なやつ引っ張ってこられたら面倒だ。勇者事件、覚えてんだろ?」

 

「…それは」

 

勇者事件とは、異世界から召喚された一人の青年が巻き起こした事件である。人としては法外な力を持って召喚された青年は、魔女たちを悪と断罪し、彼女らの領地を荒らしまわった。結局勇者と自称する青年は、ネロの逆鱗に触れてしまい、殺されることで事態は終息した。

 

「まぁまぁ、レティもあんまりいじめないで?別にいいじゃない。結局女神の処刑は決まったのだから」

 

すかさず二人の仲裁をするヴァイオレット。張り詰めていた空気は霧散し、ふっと二人の肩の力が抜ける。

 

「ブランも別に邪魔をするわけじゃないんでしょう?」

 

「…まぁ」

 

「ならいいじゃない。ね?」

 

「チッ…」

 

舌打ちをしたスカーレットは、二人に背を向けて集会所を後にした。その後ろをヴァイオレットがついていく。彼女らの姿が見えなくなった後、ブランの体から一気に汗が吹き出した。

 

「はぁ…はぁ…」

 

深呼吸して、卓上の水を一気に煽る。一歩間違えれば死んでいた。そんな恐怖心が彼女の心を満たし、同時に安堵がそれを覆っていく。まだ魔女になって火の浅い彼女にとって、始りの七人であるスカーレットの殺気は恐ろしいものだった。

 

呼吸を整え、集会所から出るとそこには痩躯の男性が待っていた。ブランが魔女になる前から、先代の魔女に仕えていたジンという男だ。

 

「お疲れ様です、ブラン様。集会はどうなりましたか?」

 

「最悪です。女神様の処刑が決まりました」

 

驚いて目を見開くジン。しかしそれも一瞬のことで、彼の頭はすぐにこれからのことへと向けられる。

 

「どうしてまだ女神様の加護が残っているんです?彼女たちならすぐに捻り潰すと思うんですが」

 

ちらりと、ブランが腰に掛けている剣に視線を向けた。彼女の剣、デュランダルは彼女が魔女になった時に女神から与えられたものだ。もし女神が死んだなら、剣から加護が失われるはずである。それがまだ無事であるということは逆説的に女神が無事であることを意味している。

 

「それが…スカーレットが突然攻撃をやめたんです。何かが送られてきたとか…。それに他の魔女たちはすぐに帰ってしまって。スカーレットとヴァイオレットの二人が原因を調べに行ったと思います」

 

「ははぁ…召喚ですかね」

 

「…どうしたら良いと思いますか?」

 

「まずは領民の安全の確保でしょうな。部下たちに連絡して、結界を張らせましょう。女神様が何を召喚したかは分かりませんが、戦えば必ず被害が出るでしょう」

 

持ち前の戦闘力、先代の魔女の頃から仕えていた経験のある彼は、まだ未熟なブランを支えていた。

 

「そうします。それと…」

 

ブランが視線を背後に向ける。視線の先には何もない。だが、微かな気配を二人は感じ取っていた。

 

「あぁ、それは任せといてください。ブラン様は領地にお戻りを」

 

「お願いします」

 

ふっと魔法陣に立ち乗ったブランの姿が消えた。この山から自身の領地への、片道切符の転移魔法だ。彼女が掻き消えたのと同時に、ジンは臨戦態勢をとった。

 

「気づいてるぜ、さっさと出てこい」

 

するとどこからか三人の獣人が飛び出してきた。三人とも容姿がそっくりで、犬のような耳が生えている。

 

「お前ら邪魔」

「殺せ、言われた」

「だから殺す」

 

ジンが言葉を発する前に、三人は姿勢を低くした。そして、三人同時にジンの周りを走り始めた。

ぐるぐるとジンのを取り囲むように走る三人。旋風が生じて、砂が巻き上げられる。三人による、三点同時攻撃。

「ふ」

 

 

寸分違わず叩き込まれる剣には死角がなく、ジンの体を三つに切り裂くと思われていた。

 

「!?」

「こっちだ」

 

しかし予想に反して手応えはない。それどころか、背後を取られていた。そしてジンの手には抜き身の刃が握られている。

 

「お前、いつの間に…」

 

そこまで言って気づく。他の兄弟たちの声が聞こえないことに。振り向くと血溜まりの上に二人が倒れていた。

 

「なっ…!?」

 

「悪りぃな」

 

目にも止まらぬ速さで振り抜かれた刃は、意図も容易く獣人の首を切断した。首が地面に落ちたことを認めると、剣を一閃。血を飛ばして鞘に戻す。

ジン・ストウ。ブランの師でもある彼は、先代魔女ビカンカに仕えた剣士である。その強さは()()()()()だけで魔女であるブランを越える。人間として最高峰の剣士である。

 

「さて、ちっと走るか」

 

未熟な主を支えるために、ジンは駆け出した。

 

 

深い深い森の中、行進する蟻の群れを少女はじっと見つめていた。時折指で突っつき、列を乱したり、つまみ上げて体の作りを観察したりしていた。

 

「あのう…今は一体何を…?」

 

少女の背後でふわふわと浮かんでいる光の玉が少女に問いかけた。くるりと振り返った少女は、光の玉を見ると小首を傾げた。

 

「あなたは?」

 

少女の表情は虚に見えるし、声は平坦に聞こえる。だがその表情や声音に微かな高揚が混じっていることに光の玉は気づいていた。

 

「さっきもお話ししたと思うんすけど…」

 

「ああ!()()()さんでしたね!」

 

合点が言ったように手を叩く少女。だが少女の関心はあくまで蟻の隊列にあるらしい。なんてことのない虫の動きをまるでご馳走を見るような表情で見つめている。

 

「これ、なんですか?」

 

「それは蟻って生き物っすよ」

 

「あり……」

 

一度も箱の外に出たことがない少女にとって、目に入るもの全てが新鮮に見えていた。群れの中で一際大きい蟻を摘み上げ、繁々と見つめている。やがて、6本の足を指で挟み、それを無造作に引き抜いた。足を失った蟻は、抵抗する手段がなくなり、力なく項垂れる。

すると少女は何を思ったのか、蟻を舌の上に乗せて飲み込んだ。

 

「うわっ!何してるんすか!?」

 

慌てて止めようとしたが、球体であるオーブになす術はない。

 

「にがい…」

 

「当然っすよ。食べ物じゃないんだから…」

 

口に合わなかったのか、顔を顰める少女。どうしてこんなことをしているのか。オーブは頭を抱えた……抱える頭はないが。

オーブは、女神が生み出した精霊である。この世界のことを全く知らぬ少女のために産み落とされた、一種のナビゲーターだ。この世界のことや、魔女たちの情報など女神のの把握していることをインプットされているが、主人となる少女のことだけはよくわかっていなかった。

 

「ところで、ご主人のお名前ってなんていうんすか?」

 

少女の動きがぴたりと止まった。きょとんとした顔でオーブを見つめ返す。

 

「なまえってなんですか?」

 

「そこからかぁ……」

 

彼女が相当特殊な生い立ちであることにオーブは薄々勘付いていた。世間知らずにも程があるし、纏う雰囲気もどこか異質だ。だがオーブにとってそれはさほど大きな問題ではない。自身の目的、この少女に魔女たちを倒させること。これさえ達成できるのなら、他はどうでもいい。まぁほんの少し、どうして自身の創造主たる女神がこのような少女を喚んだのかは疑問に思うが。

 

「名前っていうのは、個人を表す呼称みたいな…」

 

「こしょう」

 

「あー、ご主人は今まで何て呼ばれてましたか?」

 

「?よばれたことはないです」

 

「むー」

 

オーブは頭を捻った。名前を知らない少女にどうやって名前というものを教えるべきだろうか。

 

「ご主人は何て呼ばれたいっすか?」

 

「よばれたい…」

 

少女は顎に手を当てて考え始めた。やがて、少女はおもむろに指を立て、上を指差した。

 

「この、あたまのうえにあるのはなんですか?」

 

「上…?」

 

オーブは上を見た。彼女の頭上に広がっているのは、雲ひとつない青空だった。ちょうどこの辺りは木が少なくなっており、綺麗な青空が顔を覗かせている。

 

「もしかして空も知らないんすか…?」

 

「そら…そら…」

 

小さく、噛み締めるようにそらと呟く少女。

 

「きめました。わたしはそらってよばれたいです。とってもきれいです」

 

嬉しそうに目を細める彼女。そら——それが少女のこのせかいでの初めての名前だった。

 

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