白の領地の中心都市、アルビオンにて。
「ブラン様!なぜ反対なされたのですか!?」
「黙れ!女神様の処刑など許されるべき行いではないだろう!」
「だが他の魔女の意見に逆らったことは事実だろう」
「だからといって攻められると決まったわけではない!」
「ええい、魔女たちの考えることなぞわかるものか!」
「そうだ…黒の領地では国の王が魔女を見つめただけで滅ぼされたらしいぞ…」
「とにかくここは慎重にだな…」
ブランは頭を抱えていた。眼下で行われている白の議会では、先ほどからずっと議論が平行線だった。白の領地は、議会制を採用している。これは先代の魔女ビアンカが生み出した制度だった。人の国は人の手で。魔女は見守ることに徹する。それが白の領地の方針だ。
「埒があきませんな」
「ええ…」
ブランに話しかけるのは議長であるマーキンソンだ。つるりと禿げ上がった頭が特徴であり、長年その剛腕で曲者揃いの議会を纏めてきた実力者である。
「静粛に!静粛に!」
彼が声を上げてなお、議論は熱を帯びていく。結局休憩を挟むことになり、代表たちは議会を後にした。
◇
「はぁ…」
ブランはため息を一つこぼした。反対すべきではなかったのではないか、そんな思いが頭をよぎる。魔女は気まぐれな生き物だ。代表たちが言うように、反対したことによって目をつけられ、攻めてこられるかもしれない。自身の領地の軍を嗾けられるだけならまだいい。もし魔女自らが出てくれば、魔女に対抗できるのは魔女だけだ。…彼女たちと戦うことができるだろうか?ふつふつと弱気が湧き上がってくる。
「お悩みのようですね」
「ジン…」
柱にもたれるように立っていたのはジンだった。ワルプスギル山から帰還してすぐに駆けつけてくれたらしい。
「速かったですね」
「速さだけが売りですから」
ブランが気を緩められるのはジンとマーキンソンの前だけだ。それ以外は常に、支配者たる魔女として振る舞わなくてはいけない。威厳に満ち、慈愛溢れる人間の味方。それがブランの役割。困っている人には手を伸ばし、国の災難には率先して立ち向かう。もちろんそれが嫌なわけではない。自身の性に合っているし、人の喜ぶ顔を見ることが好きだ。だが同時に、人間とは違う存在になったことを嫌でも自覚させられた。時々ふと、ただの人間だった頃の自分が懐かしく思えた。
「ジン…私は間違ったことをしてしまったのでしょうか?」
「まさか。ブラン様は正しいことをしましたよ。自分が正しいと思ったことをしたんですから」
それに、とジンは続ける。
「もしその結果、何か不都合なことになれば、俺たちを頼ってください」
「そうですぞ。儂はもう歳ですが、貴方様のためならば喜んでこの身を捧げますとも」
いつも二人の支えが頼もしかった。彼らがいなければ、きっと自分はここまで来れなかっただろう。
「ありがとうございます。本当に…」
「さぁさ。議会が再開します。もう一踏ん張りですな」
休憩が終わり、議論が再開した。結局この日は何も決まることもなく、議会は終了した。
◇
「ブランさまー!」
「こらこら、転んじゃいますよー?」
ここはアルビオンの外れにある孤児院。悩みや不安があった時、ブランは決まってここを訪れていた。純粋な子供たちと、魔女であることを忘れて一緒に遊ぶ。その時間は何よりかけがえのないものだった。
「ブランさま!」
「はいはい、どうしましたか?ユーゴ」
「あのね、あのね、ケイトの風船が…」
ユーゴに引っ張られ林へ向かうと、そこには泣いているケイトと、木に引っかかった赤い風船があった。足音に気づいたケイトが顔を上げると、泣き顔は見る間に笑顔になった。
「ブランさま!」
事情を察したブランが木を登ろうとした時、服の端を引っ張られた。不思議に思い振り返ってみると、目をキラキラ輝かせたユーゴが、ブランの服を摘んでいた。
「ね、ね、アレ見たい!グワーってやつ!」
「もう、仕方ないですね…」
ユーゴとケイトを木から離れさせ、デュランダルを引き抜いた。日光を反射して、刀身が眩しく輝いている。ブランは切先を風船に向けた。
「【
すると赤い風船がゆっくりと高度を下げた。やがてケイトの背丈ほどで停止する。
「掴んでいいですよ」
「わー!ありがとう!」
ケイトが紐を掴んだことを確認してから、剣を鞘へ収める。これが彼女の権能、【堕落の翼】だ。彼女は重力を操作することができる。シンプルかつ強力な権能だ。ただ、彼女はまだ魔女になってからの時間が浅いため、デュランダルを介してのみ行使できる。
「…あなた達は、私が必ず守りますから」
元気に駆け出していく二人の背中に向けて、小さく呟く。彼女の誓いは、誰の耳にも届くことなく消えていった。
忘却の魔女イェロウ=フリージアがアルビオンに現れたと報告が来たのは、そのわずか半刻後のことである。
◇
アルビオン、議会前広場にて。
「衛兵!衛兵!」
広場を囲むように衛兵達が盾を構えていた。彼らが見据える先には、陥没した地面、そしてその中心に少女が佇んでいる。はちみつ色の髪に、エプロンドレスを纏った少女は、全身から異質さを放っていた。彼女こそ、忘却の魔女イェロウ=フリージアその人である。
「悪い、遅れた。状況は?」
「魔女です。どうやらブラン様に用があるらしく」
ジンが衛兵隊長に状況を確認する。緊張状態にある彼らと対照的に、イェロウはまるで隙だらけだ。だが、ジンですら不用意に彼女に切り掛かるような真似はしない。魔女にとって人間の命を摘むのは造作でもないことなのだから。
「ねぇ、まだ?もう来てから二分も経ってるんだけどー?」
誰もその声に答えることはしない。誰も彼女と目を合わせることはしない。今日が初勤務であった新人は己の不幸を呪った。
「あ、そうだ!ここにいる人、一人一人潰してったらブランちゃん速く来るかなぁ」
「その必要はありません」
空から純白の魔女が現れた。凛とした声は、その場の衛兵たちに安心感を与える。
「イェロウ、何か用ですか?」
毅然とした彼女の声の裏には怒りが滲み出ていた。すでにブランは剣を抜き、いつでも権能を行使できるようにしている。
「ブランちゃ〜ん」
猫撫で声で、ブランの懐に潜り込むイェロウ。一瞬のことで対処が遅れたブランは、バランスを崩してしまった。イェロウはそのままブランを押し倒し、馬乗りになった。
「私はぁブランちゃんを助けに来たんだよぉー?」
「何を…!」
「ブランちゃん一人じゃあ、こんな広い領地守りきれないでしょー?だからとっても優しい私が守ってあげようと思ってぇ」
「お断りですッ」
「お?」
刹那、二人に強烈な重力がかかる。自分諸共【万有引力】で重力を操作したのだ。
「馬鹿にしてるぅ?」
だがイェロウは平然としていた。まるで重力がないように跳ね上がる。
「もうダメダメ。ただでさえ弱いんだからぁ、周りのこととか考えてる暇ないでしょお?」
剣を構え直すブラン。だがそんな彼女を気にもとめず、スタスタと間合いを詰めていく。一歩踏み出すごとに、相当な重力がかかっているはずだがそれに耐えるような素振りは見せず、平然としていた。
「そんな優しいところもぉ、私は好きだけどさぁ」
イェロウは指を一本、ピンと空に向かって立てた。刹那、一本の刃が首元に突き立てられる。
「んー、ジンちゃんの方は及第点って感じかなぁ」
人間にしては、だけどね。そう言い放つイェロウ。事実優位に立っているはずのジンは冷や汗が止まらなかった。心臓を直に握られているかのような感覚。だがその恐怖を強靭な精神力で捩じ伏せ、イェロウの動きを観察する。
「やめやめ。今日はバトりに来たわけじゃないしねー」
じゃ、と来た時と同じように空へ飛び立っていくイェロウ。まるで嵐の来訪のようだった。彼女が空の彼方へ消えたことを認めると、ジンは静かに刃を収めた。
「私は…」
なんと弱いのか。言葉を飲み込んだブランは、静かにイェロウがさった空をみつめた。情けないことに腕が震えていた。
その後、駆けつけたマーキンソンが事態の収集にあたった。