8人目の魔女   作:凧焼かるび

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忘却の魔女の来訪から一夜明け、再び議会が開かれた。

 

「衛兵どもは何をしていたのだ!」

「魔女が相手だったのだ……責めても仕方があるまい」

「だが易々と侵入を許すとは何事だ…!」

「国境の守りを厚くするべきでは…」

「焼け石に水に決まっているだろう」

 

議題はもちろん、先日の忘却の魔女についてだ。易々と侵入されたこと、アルビオンの防御の欠陥。そして……。

 

「一つ、宜しいですかな?」

 

その男が声を発すると、議会はすぐに静まり返った。痩せこけた、骸骨のような男。だが彼の目にはギラギラとしたものが宿っている。

 

「…なんでしょうか?ゲルジ議員」

 

「ええ、ええ。皆様のご協力に感謝いたします」

 

ゲルジ=ザックラント。魔女嫌いで有名な議員だ。狡猾で、金に目がない。そして何より権力を得ることに執着する、野鼠と呼ばれる男である。その巧みな話術で政敵を退け、議会での発言力を増している。

 

「いやはや、先日の忘却の魔女の襲撃。幸い被害者は出ませんでしたが、またいつ来るかもわかりません。やはりもっと国境の防御を厚くするべきでしょう」

 

そうだ、と何人かの議員たちが同調する。

 

「それに…直接見たわけではないのですが…」

 

ちらりとブランに視線をやるゲルジ。

 

「どうやらブラン様は忘却の魔女に歯が立たなかったとか……」

 

その発言が火種となり、議論は一層熱を帯びる。

 

「静まりなさい」

 

ブランの凛とした声が響き渡った。だが少し顔色が悪いように見える。その隙を見逃すゲルジではない。

 

「確かに先日は遅れをとってしまいました。ですが次は負けません。そのための準備も万全にしています」

 

「ほう、準備ですか!それは一体どのような?」

 

自身の望む方向に、議会をコントロールしていく。人の不安を煽り、要求を通すことは彼の得意分野だった。海千山千の人間と対峙してきた彼にとって、ブランは世間知らずの()()に過ぎない。

 

「まさか衛兵の練兵とは言わんでしょうな?強大な魔女相手に人間の兵隊なぞ…」

 

「流石に無礼が過ぎますぞ!ゲルジ議員!」

 

ピシャリ、と厳しい声が飛んできた。だがゲルジは視線をブランから離さない。

 

「ジンを、国境に派遣します」

 

「…ほう」

 

ブランの背後からジンが現れた。その姿を見たゲルジは、胸の中で密かに拳を突き上げる。

 

「ええ、ええ。この国随一の実力者であるジン殿が派遣されるのであれば、私から何もいうことはございません…」

 

先ほどとは打って変わって、急に引き下がるゲルジ。だが緊張から解放されたからか、ブランの顔に若干の安堵が浮かんだ。御し易い…そうゲルジは思う。

その後は、細々とした調整が行われて議会は閉会した。

 

 

「それは本当ですか!?」

 

「シッ!声が大きい!」

 

誰もいない廊下に、二人の足音が響いた。一人は若い議員、もう一人は件のゲルジ議員だった。

 

()()()()()()()()()()()…」

 

「ああ。明日にでもジンがここを去る。これはまたとないチャンスだぞ」

 

「しかし……仮にも魔女ですよ?」

 

「問題ない。あの女の力の源はあの剣だ。あれさえなければ多少頑丈な人間と大差ない。それに“魔女狩り”の連中を何人か雇った」

 

「魔女狩りって……まだ存在してるんですか…?」

 

「ああ。勇者事件以降鳴りを潜めてはいるがな」

 

ゲルジの目には野心の炎が宿っていた。権力に対する底なしの欲望。それは彼の悪徳であり、武器でもある。目的のためには手段を選ばない。

 

「ブラン様を倒した後は?」

 

「くくく、これを見ろ」

 

ゲルジが懐から取り出したのは、一枚の羊皮紙だった。

 

「これって…帝国の…!?」

 

「ああ。帝国が私の後ろ盾となるのだ」

 

フロード帝国。西大陸の北側に位置する人間の国だ。この国には統治する魔女が存在しない。裏を返せば、魔女に滅ぼされないだけの力があることを示していた。

 

「決行は三日後だ…」

 

すでにゲルジの頭の中では、暗殺成功後のシナリオを描いていた。陰謀が渦巻く中、静かに夜は更けていく。

 

 

「マーキンソン!」

 

出発の日、ジンはマーキンソンを呼び出した。

 

「ジン殿、いかがなされた」

 

「…どうもきな臭い。昨日からどうもきな臭い。特にゲルジのやつがな」

 

「確かに、何か企んでいる様子ではありましたが…」

 

「一応、目を光らせておいてくれ。何かあればすぐに戻ってくる」

 

「お任せください」

 

「ああ、それと」

 

「…?」

 

「…いや、なんでもない。ブラン様も疲れてるから、しっかり気を配ってやってくれ」

 

「ええ。ジン殿もお気をつけて」

 

おうよ、と言って去っていくジンの背中に、マーキンソンは一抹の不安を覚えた。いつもの頼もしい背中が、急に小さく見えたような気がしたからだ。

 

「ではジン。お願いします」

 

「ははっ!」

 

ジンは数百人の兵を連れて、イェロウの領地との国境へ向かっていった。アルビオンを、白の領地を揺るがす事件が起こるのは、ジンの出立からわずか二日後のことである。

 

 

孤児院にて。

 

「はぁ…」

 

ブランはため息をこぼした。孤児院の子供たちを見ていると心が癒される。だがそれが現実逃避でしかないことにも気づいていた。簡単に楽な方へ逃げてしまう自分が嫌になる。

 

「?」

 

ブランはふと、見覚えのない少女が混ざっていることに気がついた。ボロボロの衣服に、ひどく痩せこけた不健康な体に、淡いブラウンの髪の毛。

 

「ねぇ、あの子って…」

 

「あの子…?」

 

近くで遊んでいたユーゴに聞いてみる。

 

「あー、あいつは…なんて言ってたっけ?」

 

「もー!ソラちゃんだよ!ユーゴってば忘れちゃったの?」

 

「そうだった!」

 

ブランは不思議に思った。先日までそんな子は居なかったはずだ。一体あの子はどこから来たのだろうか?

 

「おーい!ソラちゃーん!」

 

ケイトの声に気がついて、こちらに走ってくるソラ。走り方はひどく不恰好で、足を怪我しているようにも見えた。

 

「ソラちゃん。この人はね、ブランさまだよ!」

 

ソラと目が合う。直後、得体の知れない悪寒が背筋を走った。少女のガラス玉のような瞳に吸い込まれそうになる。反射的に目を逸らしてしまった。

 

「?」

 

尚もソラはブランを見つめてくる。だが再び彼女と目を合わせたとき、先ほどの悪寒が嘘のように霧散していた。目の前の少女はいたって普通に見える。やはり自分は疲れているのだろうか?

 

「はじめまして。私はブランと言います。ソラちゃんは、一体どこから来たのかな?」

 

「ぶらんはとってもきれいですね!」

 

「あ、ありがとう…?」

 

「みんなもぶらんがすきで、うらやましいです」

 

全く的外れな返答。だが褒められて悪い気はしない。子供特有の無邪気さからくるものだと受け止める。

 

「こら!ブランさまには“さま”をつけなきゃダメでしょ!」

 

「あ、ごめんなさい…」

 

「構いませんよ」

 

「ソラちゃんは、森の向こうから来たんだよ!」

 

孤児院の奥を指し示すケイト。しかしそれは妙だ。あの森の向こうには結界が張っており、子供達が誤って魔物の縄張りに足を踏み入れないようにしている筈だ。もしそれが本当なら、どこかしら結界に綻びがあったのかもしれない。

 

 

「これは…」

 

引き止める子供たちを宥めつつ、結界の調査に向かう。綻びはすぐに見つかった。ちょど子供が一人通れるくらいの、小さな穴が空いていた。この程度なら簡単に塞ぐことができる。

修復をしながら、ブランはソラについて考えていた。仮に彼女がこの結界の向こうから来たとするなら、よく襲われなかったものだと思う。

 

「…?」

 

ふと、赤色を視界の隅に捉えた。草むらの影に付着している。近づいてみると、それは何かの血だった。その赤い点々は、途切れ途切れも孤児院の方へ繋がっている。

嫌な予感がした。あの時感じた悪寒が間違いであることを願いながら、彼女は孤児院へ駆け出した。

 

深い森の奥。ひっそりとアッシュウルフの縄張りから、一つの群が消え去っていたことは誰も知らない。

 

全力で孤児院へ向かう中、最悪のシナリオがいくつも思い浮かぶ。最も考えうるのはあの少女はイェロウが送り込んできた“御伽の化物”であることだ。忘却の魔女、イェロウ=フリージアの権能、【今は昔の物語(ワンス・アポン・ア・タイム)】は端的に言えば童話を再現する能力だ。私たちが覚えている話から、忘れてしまった童話まで、ありとあらゆる夢物語を現実にできる。それもとびきり凶悪な形で。もしもあの少女をイェロウが生み出したのなら。

 

「みんな!」

 

孤児院の扉を開けると、そこにはいつもと何ら変わりない光景が広がっていた。

 

「よかった…」

 

安堵から崩れ落ちる。どうやら全くの杞憂だったらしい。常に最悪を考えてネガティブになってしまうのは自分の悪い癖だ。

 

「ブランさま、変なのー!」

 

何人かの子供達が笑った。それを院長が叱りつけている。しかしその光景の中に、ソラの姿はない。

 

「あれ?ソラちゃんは?」

 

「あれそういえば…」

 

子供たちも知らないらしい。顔を見合わせ、小首を傾げている。

院を出て辺りを見回してみると、小高い丘の木の下に座り込む人影が見えた。

 

「みんなには混ざらないの?」

 

優しく声を掛ける。ソラと目があった。相変わらず、虚な目をしている。だがその奥に寂しさが宿っているように感じた。

 

「わたしはここのひとじゃないし…みんなのごはんはじゃましちゃいけないから…」

 

悲しい答えだと思う。確かに彼女はこの孤児院の一員ではない。だからと言って、一人だけ仲間はずれになるのはおかしいことだ。

 

「私も、昔は捨子でした。村の人に拾われて………少し酷い目に遭ったりして」

 

ぽつぽつと、口から言葉がこぼれ落ちてくる。それは少女に孤独だった自分を重ねたからかもしれないし、あるいは話を聞いて欲しかったのかもしれない。

 

「でも、そんな中ビアンカ様が拾ってくださって。女神さまも助けてくれて」

 

私も、自分を救ってくれたビアンカのようになりたいと切に思った。この少女を、助けてあげたいと思った。

 

「あなたさえ良ければ…私はあなたの力になりたい」

 

ブランは少女に手を伸ばした…

 

「…どうすればぶらんみたいにきれいになれますか?」

 

「あなたが思うように行動すれば、きっとなれますよ」

 

伸ばした手を、少女は確かに握りしめた。細い腕からは想像もつかない力に引っ張られ、バランスを崩す。魔女と少女は、二人並んで魔女の館へ向かって行った。

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