8人目の魔女   作:凧焼かるび

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対戦よろしくお願いします


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皆が寝静まった深夜。少女が音もなく廊下を歩いていた。ここは堕落の魔女の館。招かれた少女は、食事を振る舞われ、大量にある空き部屋の一つを与えられた。使用人たちが作った料理は美味しかったと、少女は思う。

——足りない。

腹の底から、本能がそう訴えかけてくる。思えば、今までの人生で満ち足りたと思ったことは一度しかなかった。目を閉じればすぐに思い出すことができる。美味しかった。美味しかった。世界がばっと広がったことを覚えている。

そして満腹になるために必要なことを少女は理解していた。ここに来てからずうっと美味しい匂いがする。フラフラと導かれるように、匂いの源へ近づいていった。

 

 

廊下を右に左に、無駄に大きな館を迷わず進む。足取りは軽快だ。どれほどそうしていたのか。目の前に一際重厚な扉があった。意匠を凝らした木の扉は、まるで奥にある宝物を守っているようだ。扉の隙間から、微かな光が漏れている。

 

「…どうかしましたか?」

 

扉を開けると、ブランが座っていた。羽ペンを持っていることから、何かを書いているらしかった。真っ白な寝巻きを着る彼女の表情には疲れが溜まっているように見える。夜中にそらが訪ねてきたことを心配しているようだ。

 

なんて優しいのだろうか。

 

「眠れませんか?」

 

少女はなるべく自然に、棚の影に隠れた。そらの視線は、入り口の横に立てかけられた剣に注がれている。神剣デュランダル。女神の加護が与えられた無二の剣。そして…ブランの力の源。

 

「何を…?」

 

そらは導かれるように剣を握った。ずっしりとした重さを感じる。そして、女神の力が流れ込んでくる。力の流れがゆっくりと体を巡り、やがて丹田のあたりに集まり始めた。自身の中に元々あった女神の力の欠片と、デュランダルから流れこむ力が混じり合っていく。

 

同時に美しかった刀身が禍々しく形を変え始めた。

 

眩い白い刃が縮み、ダガーナイフほどの大きさに収まる。同時に刃が完全に透明になり、見えなくなってしまった。そらの手元に残されたのは、奇妙に湾曲した柄の部分のみだった。

 

「ソラちゃん……?」

 

ブランが立ち上がる音が聞こえた。ちょうど死角になっており、ここからブランの様子を伺うことはできない。だがそれは同時に、ブランからもそらの様子を見ることができない証だった。

 

ブランはゆっくりと近づいてくる。当然のように無警戒だ。気配を消す。環境に溶け込むのは得意技だ。

 

そらの視界にブランの姿が映った。身長差から、必然的に見上げる形になる。

 

躊躇いなく、彼女の腹に飛び込んだ。透明な剣が、嫌な音を立てて肉に沈み込む。真っ白な服に、瞬時に赤い花が咲いた。

 

「あ……」

 

「こんばんは!」

 

ブランの目に浮かんでいるのは痛み、そして困惑だ。抵抗する暇は与えない。頭をハテナが埋め尽くしている間に、そらは手際よくブランの口元を抑え、声が出ないようにする。体格差でバランスを崩した二人は、よろめき、縺れながらベッドに倒れ込んだ。

 

「うふふ。さっきぶりですね…」

 

「あな……た…は……」

 

腹部に刺さるナイフのせいで、魔力を練ることができない。痛みに耐えながら、凶行に走った少女の意図を掴もうとする。

 

「どう…して………」

 

「わたしは、あなたをたおしにきたんですよ!」

 

「…無駄…ですっ!私が…倒れたら……使用人の誰かが」

 

その言葉を聞いた少女は、何故か笑みを深めた。そして、自慢話をするように言葉を紡ぎ始める。

 

「わたし、いまのままじゃだめなんです。わたしにはじぶんがないから……。いったんだれかにならないとだめなんです」

 

「何を…?」

 

「うふふ、うふふふふ!ぶらんはとってもきれいですよね!だから…」

 

ずいっと覗き込まれる。互いの呼吸が交わる距離。少女の舌が魔女の顔を這った。

 

「ここではあなたになることにします!」

 

「っ!ああああああアアああああぁぁッ!!」

 

突き刺さったナイフを、無理矢理動かす。血濡れて浮かび上がった刀身は、まるで牙のように禍々しかった。ゆっくりと押し込めば、口から血が溢れ出てくる。

 

「がッ!?」

 

強引に引き抜くと、返しの部分が引っかかり、さらに傷を深くした。付着した血を繁々と眺めた後、ぺろりと舐める。鼻腔に芳醇な香りが広がり、口の中が甘さで一杯になった。

 

「おいしい…」

 

恍惚とした表情を浮かべるそら。それに対して、ブランの意識はすでに朦朧としていた。そんな彼女の姿を見て、そらはブランの掌にナイフを突き立てた。白い鳥の羽が舞い上がり、一枚の絵のような幻想的な光景になる。しかし絵の中心にあるのは、血を流した魔女の姿。それはまるで、白い皿に盛り付けられているようにも見えた。

 

「じゃあ、いっただっきまーす!」

 

美しい首筋に歯を突き立て、思いっきり肉を噛みちぎった。動脈から血が吹き出し、シーツが朱色に染まる。傷に両指を入れ、強引に腹を破る。傷口から内臓が零れ落ちた。ブランの肉体を余すことなく、平らげていった。

噛めば噛むほど、口の中に美味しいが広がっていく。ぎゅっと引き締まった肉の食感に、深い旨み。一口噛めば経験が弾け、もう一口噛めば感情が踊る。

 

ブランの目からは、いつの間にか光が消え失せていた。

 

 

 

「何やってんすか!何やってんすか!?」

 

一部始終を見ていたオーブは、未だに目の前の光景を受け入れることができなかった。てっきりブランに事情を話すものだと思っていた。他の魔女を倒すために、協力を仰ぐものだと思っていた。

 

「私の話聞いてましたか!?」

 

それがどうだ。そらは話すどころか、突然ブランを攻撃し、殺してしまった。更に何故かその肉体を貪り始めていた。この行動に何の意味があるのだ。

オーブの思考の根幹にあるのは、魔女の打倒である。だから、ブランを殺したことまでは辛うじて理解できる。それは遠回りではあるものの、打倒へのプロセスになりうるからだ。だが今の奇行は全く理解できない。もし証拠の隠滅だとしたらあまりにも愚かだ。短絡的だ。

 

「馬鹿なんすか!?馬鹿なんすね!?今すぐ逃げてください!」

 

早く逃げろ、そう伝える。もしこの惨状を見られたら、きっとそらは殺される。いくつかの足音が階下から聞こえてきている。だが少女は耳を貸さない。ただひたすらに死体に齧りついている。

 

「ここであんたにくたばられたら困るのは私らなんすよ!?」

 

怒りが込み上げてくる、全く癪なことだが、この少女は女神にとっての最後の希望なのだ。どんなハズレだとしても、賭けるしかない。それなのに…。それなのに!

 

「ブラン様!?どうかなさいましたか!?」

 

扉の向こうから使用人の声が聞こえる。大ピンチだ。今の状態を見られたら。使用人を殺すか?ダメだ。行き当たりばったりすぎる。そもそもオーブにそんな力はない。

 

「もう何で!もう何で……」

 

オーブはもう叫ぶ気力もなかった。いくら叫んでも、少女は食べることをやめない。使用人の不審に思う声が聞こえる。ゲームオーバーだ。

 

「うるさいですよ、オーブ。静かにして下さい」

 

「は…へ…?」

 

「ブラン様?」

 

「マリー。問題ありません。ちょっと物を落としただけです。戻っても良いですよ」

 

「失礼しました」

 

使用人の足音が遠のいていった。オーブは呆然とする。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どうしました?」

 

声の主の姿をみる。そこには血塗れのそらの姿があった。ブランの姿はもちろん無い。恐ろしいことにベッドの上にある痕跡は血痕だけで、骨まで綺麗に無くなっていた。

 

「…あぁ!この姿でこの声は不自然ですね」

 

そらの身体が微かに震え始めた。まるで内側から何かが膨れ上がっているようだった。その震えはやがて大きくなり、肌の表面がぼこぼこと波打ち始める。手足が急激に伸び、体全体が丸みを帯びて、柔らかな曲線が現れる。くっきりとした括れ、陶磁のような肌に、大きな胸。茶色い髪の毛は雪のように白くなり、顔立ちも美しく凛々しいものへと変化した。

完全に変化が終わった後、そこには病弱な少女ではなく、生まれたままの姿のブランが立っていた。

 

「ふふふ」

 

「それ、それって…」

 

「ええ。これがそら(わたし)の権能、【謝肉祭(カーニバル)】です」

 

くるりと一回転し、自身の姿を見せびらかすそら。その姿は完全にブランそのものだった。細かい動作や所作も完璧に模倣できている。これが【謝肉祭】。食べた相手の全てを奪う悍ましい権能。

 

「こほん。それでは私——堕落の魔女ブラン=コスモスが、全ての魔女を食べる(ころす)ことを誓いましょう」

 

普段通り、ブランは慈愛に満ちた表情で微笑んだ。




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