一兵衛たちが「蒼炎の断崖」に到着する直前、周囲の空気が異様な緊張感に包まれた。突然、霊圧の重さが増し、視界に現れたのは、長い歴史を生き抜いてきた邪悪な怪物――魔王と恐れられる存在、ヴィシュトラだった。全身を暗黒の甲殻に覆われ、禍々しい霊圧が渦巻いている。
ヴィシュトラは彼らを嘲笑うように低く唸り、辺りの空気が震える。「ここまで辿り着いたのは褒めてやるが、この先はないぞ」
一兵衛は眉間に皺を寄せ、リアナとアルトに指示を出した。「二人とも、下がっておれ。これは儂が相手せねばならぬようじゃ」
アルトは驚きながら一歩引き、「あんな化け物、勝てるんですか?」と声を震わせる。
一兵衛は軽く笑い、「ふむ、勝てるかどうかはやってみねばわからんが、少なくとも、儂の手で決着をつけてみせる」と言い放ち、斬魄刀に手をかけた。
ヴィシュトラが突如として攻撃を仕掛けてきた。空を裂く黒い衝撃波が一兵衛に向かって押し寄せる。即座に飛び退くも、ヴィシュトラは追撃をかけるようにその巨大な爪で襲いかかってきた。一兵衛は素早く間合いを取り、闘気を高める。
「黒めよ、一文字」
解号と共に刀身が黒く染まり、無数の黒い墨が空気中に広がり始めた。その黒さはまるで底知れぬ闇のように、周囲の影を引き寄せるかのように一兵衛の支配下へと移行する。
刀を一振りすると、黒い墨がヴィシュトラの体に飛び散り、その一部を黒く染め上げた。その瞬間、ヴィシュトラの動きが鈍り、周囲の黒が全て一兵衛に従うかのように収束する。
ヴィシュトラは激しい怒りに満ちた声で叫んだ。「何をした、貴様!」
一兵衛は冷静に微笑み、「おぬしの“名”は儂が奪った」と告げた。黒く染められた部分から、ヴィシュトラの力が一兵衛へと流れ込む。これで、敵の力の一部を自在に操ることが可能になった。
「見せてやろう、これが“名を奪う”力じゃ」
一兵衛は刀をかざし、ヴィシュトラの攻撃能力をコピーしたかのように黒い爪を自身の周囲に展開させた。その爪で一撃を放つと、強大な霊圧と共にヴィシュトラに衝撃が走る。
一兵衛がヴィシュトラの名を奪い、黒い爪の力を再現して見せた瞬間、ヴィシュトラは一瞬の驚愕を見せたものの、すぐに冷笑を浮かべた。「ふん、面白い力だな。だが、たかがそれ程度で我を制するつもりか?」
ヴィシュトラの体が再び暗黒のオーラを放ち始め、周囲の地面にひびが入るほどの重圧が一帯に広がった。巨大な爪が一兵衛に向かって放たれるが、これはただの前兆に過ぎなかった。ヴィシュトラはその場から霧のように消え、気づけば一兵衛の背後に現れ、すさまじい勢いで拳を叩き込もうとする。
一兵衛は間一髪でその一撃をかわし、冷静な目でヴィシュトラを見据えた。「なるほど、ただの魔王ではないというわけか」
ヴィシュトラは獰猛に笑い、「貴様の力、確かに異様だが、それでも我が力には及ばぬ!」と叫びながら、暗黒のオーラを増幅させる。彼の霊圧がさらに膨れ上がり、周囲の大気が押しつぶされるように歪む。
一兵衛はそれに応じるように霊圧を高め、「千里通天掌!」と叫び、霊圧を手の平に集中させた。視界全体に広がる暗黒のオーラを打ち破るように、透明な霊圧の衝撃波がヴィシュトラに向かって放たれ、直撃するとヴィシュトラの姿が一瞬消えたように見えた。
だが、ヴィシュトラはすぐに立ち上がり、何事もなかったかのように再び猛然と突進してきた。「そんな程度の技で我を倒せると思うな!」
一兵衛は自らの霊圧を制御しつつ、黒く染めたヴィシュトラの一部に「名を奪う」力を集中させ、同じ力で反撃を試みた。するとヴィシュトラの力が一瞬弱まり、機を見た一兵衛は飛びかかり、強烈な打撃を加える。
ヴィシュトラも負けじと激しい戦闘を繰り返し、一兵衛に一歩も引かない猛攻を見せた。両者の攻撃がぶつかり合い、霊圧の衝撃波が周囲の木々を薙ぎ倒し、岩肌を崩壊させていく。
激しい戦闘が続く中、一兵衛は少しずつヴィシュトラの動きを見極め、その強大な力に対抗するため、さらなる力を引き出す決意を固めた。
周囲の黒がすべて一兵衛に支配され、まるで全体が一兵衛の手中に収まったかのような状態になった。今や、あらゆる黒が彼の力の一部となり、自由に操作できるようになった。
ヴィシュトラは少しの焦りを見せながらも、「貴様、一体何者だ……」と低く唸る。
一兵衛は笑みを浮かべ、「儂の力が理解できぬのも無理はない。しかし、これで終わりだ」と言い放ち、刀を構えた。その刀先から放たれた黒い墨がヴィシュトラの全身を包み込み、名を奪い取る準備が整う。
ヴィシュトラも最後の力を振り絞り、激しい攻撃を放つが、名を奪われつつある影響で徐々に力が奪われ、動きが鈍くなっていく。ヴィシュトラは断末魔の叫び声を上げ、一兵衛が刀を振り下ろすと同時に、全身が黒く染まり、力の支配権を完全に失った。
戦いが終わり、一兵衛は静かに刀を収めた。倒れたヴィシュトラを見下ろしながら、「ふむ、よき手ごたえであった」と呟いた。リアナとアルトが駆け寄り、戦いの光景に驚愕した表情で一兵衛を見つめる。
アルトが不安げに口を開く。「一兵衛さん、あの力は……一体どういうものなんですか? まるで、相手の力を奪って操っているように見えました」
一兵衛は小さく頷き、仲間の二人に目を向けて静かに語り始めた。「この刀――‘一文字’には、奪った相手の“名”と“力”を我がものとする力がある。黒く染めた者の“名”を断つことで、その者の力を儂が扱えるようになるのじゃ」
リアナが驚きの声を漏らした。「それじゃ、さっきヴィシュトラが動きが鈍くなっていたのは、彼の力が奪われていたから……?」
「その通りだ」と一兵衛は続ける。「だが、この力はあくまで“名”を断ち、その力を一時的に我がものとするに過ぎぬ。奪われた力を完全に支配するには、ある程度の制御が必要でな。そう簡単に使えるものではないのだ」
アルトは真剣な顔で頷き、「なるほど……。一兵衛さんの力は、ただの戦闘技術だけじゃなかったんですね」と深く感嘆した。
一兵衛は彼らの表情を見渡し、微笑を浮かべる。「ふむ、この力があるからといって慢心は許されぬ。この刀もまた、儂と共に戦う相棒に過ぎん。だが、これを理解しておるおぬしらには、いつかその力を伝えられる日が来るやもしれぬな」
リアナとアルトは互いに視線を交わし、改めて一兵衛の実力と秘密の一端に触れたことで、尊敬の念を抱いたように頷いた。
魔王ヴィシュトラとの激闘を終えた翌朝、一兵衛はまだ静寂に包まれた谷の空気を吸い込んでいた。夜明け前の空は薄暗く、少し肌寒さも感じる。そんな中で、一兵衛は仲間たちの成長を促すべく、今日から始める修行について考えていた。
やがて、アルト、リアナ、エリオットが眠気を堪えながら一兵衛のもとに集まった。まだ疲れが完全には取れていないはずの彼らの表情には、それでも新たな決意が宿っていた。ヴィシュトラとの戦いを通じて、彼らは自分たちの無力さを痛感し、一兵衛にばかり頼っていた自分たちを悔やんでいたのだ。
アルトが真剣な目で一兵衛を見つめ、意を決したように口を開く。「一兵衛さん、俺たち、もっと強くなりたいです。昨日の戦いで、自分がどれだけ無力かを思い知りました。このままだとずっとあんたに頼りきりで……それが悔しいんです」
リアナも続いて口を開く。「私もです。一兵衛さんのようにはなれなくても、少しでもあなたのお力になれるくらいに成長したいんです。次の戦いでは、あなたを支える存在でいたい」
最後にエリオットが一歩前に出て、静かに決意を語った。「僕も、みんなを守る力がほしい。このままでは何もできないままで……それが怖いんです。もっと確かな力を、仲間を守れる力を手に入れたい」
彼らの決意を受け、一兵衛は三人を見渡して、穏やかに頷いた。「ふむ……おぬしらの覚悟、しかと受け取ったぞ。よかろう、これからは儂が手ほどきをしてやる。ただし、道は険しいぞ。覚悟は良いか?」
三人は揃って頷き、各々の決意を胸に刻んでいた。