迷宮13階層、
魔法に近しい遠距離攻撃を用いるモンスターから、ミノタウロスという怪物が出てくる等Lv.1の冒険者では
これ迄探索していた階層とは明らかに異なる空気、それを肌で感じながら、【リトル・ルーキー】ベル・クラネルは今まさに火炎球を吐き出そうとしているヘルハウンドの首を切り落とす。
「流石Lv.2、
「感心している場合じゃないよー」
鮮やかな動きでヘルハウンドの間合いを潰し、最小限の動きでモンスターを倒す。効率的で最適化されたベルの動きに、パーティーメンバーであるヴェルフが感心しているのも束の間。
同行しているナァーザに促され正面を見据えると、二匹のヘルハウンドがヴェルフに襲い掛かってくる。
「一頭、頼んます!」
「あいよー」
飛び掛かってくるヘルハウンドに、ヴェルフは自作した大剣を横薙ぎに一閃。二匹目のヘルハウンドもナァーザが放つ矢によって魔石のある部分を撃ち抜き絶命、塵となって霧散させる。
周囲にモンスターの気配がしなくなった事を確認すると、ナァーザは撃ち抜いた矢を回収し、二人に向き直る。
「うん、二人とも悪くない動きだね。特にベル、中層だからって適度に緊張を保っている。それでいて無駄な力みがない。これなら安心して前衛を任せられそうかな」
「あ、ありがとうございます! でも、ナァーザさんの援護あっての事なので、これに満足せずこれからも頑張ります」
「ヴェルフもLv.1なのに良く頑張ってる。ただ、無理はしない様にね。視界や思考というのは疲弊を重ねる度に狭くなるものだから、パーティーのお荷物だとか考えず、ちゃんと限界が来たと感じたら申告すること」
「ウッス、忠告感謝っす」
メンバーの中で唯一のLv.3であるナァーザ、その弓矢の扱い方の上手さから過去にアルテミスにスカウトされたという逸話のある実力者。
ダンジョン探索においてもベル達よりも熟知している彼女の援護射撃により、これ迄で既に複数回助けられているベルとヴェルフはスッカリ目の前の
彼女のお陰でダンジョン探索も順調で、マッピングも上手く行っている。この分なら次にこの階層に来た時、迷うことは無いだろう。
弓矢に援護もそうだが、ベルとしてはスムーズに道を進めることが出来るナァーザの兼任力とも呼ぶべき力に感心していた。
「………でも、流石はヘスティア・ファミリア。まさかLv.2に昇格してまだ日も浅いだろうに、もう十全に動けるなんてね」
「アハハ、でも、これでも一応苦労した方なんですよ」
「知ってる。ベジットさんってば良くも悪くも加減を知らないから」
苦笑いを浮かべるベルにナァーザも苦笑いを浮かべる。7年前の大抗争の時期から見てきたベジットのハチャメチャ具合は遠巻きから見てもかなりのアレっぷりだ。
それに自ら望みながら進んで巻き込まれるベル・クラネル。当初から予見していた通り、彼は恐ろしい速度で強くなっている。
そしてベルも、顔合わせの時にナァーザの言っていた忠告の意味も理解していた。ベジットの教えは兎に角トライ&エラー、そして常に自身の限界を越えさせる徹底した扱き。
常に格上と戦わせ、冒険者に必要な“技と駆け引き”を骨身の髄まで刷り込ませていく。鍛練の後は傷付いた身体をベジット手製の“仙豆擬き”で回復させ、その後も飯と風呂で心身ともに癒していく。
そうして鍛え上げられ、ダンジョンで冒険者としての経験を重ねてきたベルのステイタスはLv.2の現時点で於いても、かなりの仕上がりとなっていた。
「………なぁ、ナァーザさん。アンタはヘスティア・ファミリアとは結構付き合いが長いのか?」
「ん? まぁ、そうだね」
「ヴェルフ?」
一方、ヘファイストス・ファミリアの中でも新参寄りのヴェルフは何やら思うところがあるのか、少しばかり考え込んでいた。
「俺もオラリオに来て一年とそこらだから偉そうに言えないが、ヘスティア・ファミリアの団長………ベジットだったか? その人は本当に強いのか?」
ヴェルフ・クロッゾが思い浮かべるのは初めて彼等と出会った時の事。黒衣のドレスに身を包んだ女性と、その横に並ぶように立っている逆立った黒髪の男性。
確かに鍛え抜かれた彼の肉体は大したモノだった。佇まいも普通じゃないし、自分なんかよりはずっと強いモノであると思っていた。
ただ、隣の黒衣の女性と比べると、どうしてもそこまでの実力者とは思えなかった。
ヴェルフ・クロッゾはまだ鍛冶師としても未熟な身の上だが、それでも冒険者としての感覚があの黒衣の女性は普通じゃないと教えてくれた。周囲の空気すら呑み込むような静けさ、眼は閉ざされているのにまるで此方の心までも見透してきそうな佇まいは、此方に敵意が無くとも背筋が凍る異質さが際立っていた。
主神に訊ねた所、あの女性もまたヘスティア・ファミリアの一員らしい。訳あって今は公には出てこれない存在だが、それでも実力は現時点での最大派閥にも単独で比肩するというデタラメな強さなのだという。
この時点で既にヴェルフは混乱の極みに立たされていたが、そんな黒衣の女性をも実力で従わせているのが、あのベジットなのだという。
「ベジットさんは俺と同じLv.1。オラリオに数ある冒険者の過半数を占めている下級冒険者だ。そんな奴があの黒衣の女性を従えているとか………ベルには申し訳ないが、俺にはどうもそうは思えねぇ」
先日、ベジットと酒の席を共にして分かった。彼はその温厚そうな言動に限らず、人格も穏やかであると。基本的には冒険者はならず者として知られていて、曾てヴェルフに魔剣をねだる奴等も富と名声に目が眩んだならず者達ばかり。
そんな連中に比べたらベジットの人格は遥かに好ましい。ただ、強さと人格は別だ。ベジットに少なからず懐いているベルには申し訳ないが、それでもヴェルフはベジットがあの黒衣の女性を従える程の強者には見えなかった。
そんなヴェルフにナァーザは「んー」と指を顎に当てて……。
「………そう言えばベル、ヘスティア・ファミリアってアポロン・ファミリアから
「え?」
「なに? 本当なのかベル」
「あ、うん。神様と団長は面倒だから避けたいみたいだけど……」
唐突に聞かされる派閥間の抗争、何故ナァーザがそれを知るのかは兎も角、自分の友人であるベルのファミリアが他所から喧嘩を売られていると知って、ヴェルフの目付きが鋭くなる。
「まぁ、ヘスティア様って基本博愛主義だし、ベジットさんも闇雲に戦いを広げる人じゃないしね、噂的に十中八九アポロン・ファミリアが吹っ掛けたんでしょ」
「も、もうそこまで噂が?」
「うん。でも、却って良い機会かもよ? ヘスティア・ファミリアってここ数年、地味目な活動ばかりだったみたいだし」
それに、と一瞬だけ間を空けて……。
「もしかしたら、その時に見られるかもしれないよ、“本気”になったベジットさんを……」
恐らく、ナァーザはベジットの“本気”になった姿を見たことがあるのだろう。疑い無く、真っ直ぐにそう言い切る彼女にベルもヴェルフも何も言えなくなっていた。
さて、休憩も終わりいい加減目的の代物を探すとしよう。ナァーザに促され、周囲に目的のブツがないか辺りを見渡した………その時。
「………誰か、戦っている?」
ベルの耳が誰かの危機を捉えた。
ベル達が立っている洞窟型通路の奥、広いベル達が休息している場所より、洞窟の奥は狭く薄暗い。暗闇の向こうから聞こえている剣檄の音と怒号、微かに聞こえてくる声音には若干の焦りが滲み出ている様だった。
「誰かが戦っているのか? 数的に言えば二人………いや、三人か」
「声音からして其処まで危機的状況では無いっぽいけど………ベル、どうする?」
「え、ぼ、僕ですか?」
基本的にダンジョン探索では他派閥による接触はトラブルの元になりやすいという事で、接触は禁じられている。
獲物の横取り、希少なドロップアイテムを巡ってのトラブルは、ダンジョンだけに限った話ではなく、地上に戻った際の闇討ち、派閥間の抗争などに発展する可能性があり、場合によっては派閥同士の争いで無関係な市民までもが巻き込まれる可能性がある。
そう言った可能性を考慮して、同盟相手以外の派閥同士がダンジョンにて接触する事は表向きは禁じられている。
だが、聞こえてくる声音は段々追い詰められたモノになっている。もしここで自分達が介入しなければ、奥で戦っている彼等の命は……。
「ベル」
「っ!」
「大丈夫。私達はパーティー、別にベル一人に責任を押し付けようとは思ってないよ」
「あぁ、別に介入しなくたって様子を見てりゃ良いだけだしな」
ベル・クラネルは真性のお人好しだ。他人が困っている事があれば助けてやりたいと思うし、それが命に関わるモノであれば見過ごす事なんて出来やしない。
そんなベルの人格を知る二人はベルの負担になるような事をせずに背中を押す。
(まぁ、何かあったらベジットさんに助けを求めれば良いし、それくらい良いよね)
なんて、チャッカリ打算的な考えをしていた事は心にしまい込み、ナァーザはベルに告げる。
「ベル、自分で決めて良いんだよ」
『ベル、自分で決めるんだ』
「………あ」
ナァーザの励ましに似た言葉にベルは自分を送り出してくれた祖父の事を思い出す。
自分の進むべき道は自分で決める。そんな、簡単で難しい祖父からの指針の言葉を胸に……。
「ありがとうヴェルフ、ナァーザさん。僕、決めました」
真っ直ぐ、強い眼差しを向けてくるベルに、二人は笑みを浮かべるのだった。
◇
「命ちゃん! 一体がそっちに!」
「承知!!」
押し寄せてくる魔物の群れを、持ち前の巨体で押し留めていた大男の脇を一体のヘルハウンドがすり抜ける。
俊敏で、鋭利な牙を突き立ててくる狼のモンスターを、サイドテールを揺らしながら、一人の少女が一息で距離を潰し。
「フッ!」
納めていた鞘から刃を抜き放ち、一閃。ヘルハウンドは絶命の声すら漏らせず絶命、塵となって消えていく。
「命、もうそろそろ俺も限界に近い。千草と一緒にこの場は………!」
「何を言うのですか桜花殿!」
「そうだよ桜花、そんな事言わないで!!」
絶え間ないモンスターからの攻撃をその身一つで防いできた大男だが、流した血は多く、受けた傷もまた多い。
盾としての役割を担っていたが、その限界も近い。他の面々も体力の限界が近く、千草と呼ばれる少女に至っては先のモンスターの攻撃で毒を受けてしまい、今は懸命に弓矢を射ているが、彼女の体力が尽きるのは最早避けられないだろう。
今ここで自分がすべき事は、二人をどうにか生き残らせる事。大男────桜花が一人覚悟を決めかけた時。
「伏せてください!!」
「「「ッ!?」」」
突如として聞こえてきた声に桜花は聞き返すよりも早く、目の前のモンスターを弾き飛ばし膝を曲げる。
「ファイア……ボルト!!」
次の瞬間、赤雷と思われる速く鋭い炎の礫が桜花が吹き飛ばしたモンスターに直撃し、灰となって消し飛んでいく。
「あ、貴方は一体!?」
突然自分の前に躍り出る白髪の少年に少女───
「僕はヘスティア・ファミリアのベル・クラネル! 此処は僕に任せて、そちらの人と一緒に一度後退を!」
「っ、かたじけない!」
ヘスティア・ファミリア。その派閥の名を聞いた命は全てを察し、膝を突いている桜花に肩を貸す。
迫るモンスターの大群、大規模な“
今、求められているのはこの状況を覆すだけの力と速さ、現時点でベルにそれが可能としている手段は一つしかない。
「─────界王拳」
静かにその言葉を告げる。Lv.2へと昇格し、以前よりも使いこなせるようになったベル・クラネルの奥の手。
白い気の炎が鮮やかな朱へと変わっていく。自身の内側から沸き上がる力、それを制御しながらベルはモンスターの大群へ一人突貫していく。
通常ならば並みの上級冒険者でも尻込みするようなモンスターの数、しかしベルは自身に施した圧倒的力の発露を惜しみ無く解放し、モンスターを狩っていく。
「す、凄い」
「流石は、ヘスティア・ファミリアの【リトル・ルーキー】」
鬼気迫る勢いでモンスターを駆逐していくベルの姿を、命と桜花は唖然としながら後ろに下がる。
この勢いならモンスター掃討も時間の問題だろう。急ぎ自分達も回復し、ベルの援護に向かわなければ。
「ベルだけに任せてられねぇ、俺も行く!」
「援護するよぉー!」
モンスターを蹴散らすベルに、ヴェルフも追い縋らんと駆け出した………その時。
「っ!?」
「な、何だ!?」
突如、ベル達が立つ足場が揺れる。地震? いや、ダンジョンではそんな自然現象は起こり得ないと聞く。
では一体何が? 誰もが疑問に思考が一瞬停止した瞬間────地面が横に滑り始めた。
足場が激しく変動し、立っていられなくなったベル達は膝を突く。
「しまった、罠だ! この地形そのものが獲物を下の階層へ送る蓋だったんだ!!」
「「「ッ!?」」」
いち早く状況を理解したナァーザの言葉に全員の表情が強張る。ダンジョンには冒険者を追い詰める明確な悪意が潜んでいる。その言葉の真意を理解した時、ベル達はこの場からの離脱を選択する。
「命、桜花! 急いで!!」
しかし、傷を負って体力の減った桜花とそんな彼を抱えた華奢な命では、足場のずれる所では機敏に動けない。
「手伝います!」
「ベル! 無茶すんな!」
当然、ベルは二人に助けの手を差し伸べ、ヴェルフも手を伸ばす。しかし、そんな人の善意をダンジョンは笑って呑み込む。
「ヴェルフ、ベル!」
「桜花、命!」
唯一後方で支援していた二人が、ダンジョンの罠から逃げ切っていた。助けにいかなければ、そう言って救助用のワイヤーをナァーザが投げるよりも速く。
ベル達は底の見えないダンジョンの奥へと消えていった。
◇
「────そうか、そういう経緯があったのか」
ヘスティア・ファミリア本拠地【竈の火】、その応接間は重苦しい空気で満たされていた。
「……ごめんなさいヘスティア様、私が二人を素材の回収に付き添わせたばかりに」
「わ、私も、私も……ごめんなさい」
ヘスティアの向かい側に座るのは先のダンジョンの罠から逃げ延びたナァーザとタケミカヅチ・ファミリアの千草、差し出されたお茶に手を付ける事なく項垂れる二人にヘスティアは笑みを溢して首を横に振る。
「君達が謝る事じゃないさ。状況的にも仕方ないだろうし、別にそこに悪意があった訳じゃない。君達だって疲弊していながら良く伝えてくれた。感謝するよ」
そう言って微笑みながら頭を下げるヘスティアに千草とナァーザは止めてくれと懇願する。
「や、止めてくださいヘスティア様! 被害を受けたのは貴女の眷族、なのにそんな頭まで下げられたら………私、自己嫌悪で死にたくなる」
「そう重く受け止める必要はないさ。君達が迅速に伝えてくれたお陰で、此方も早く手が打てる。だろ? ベジット君」
そう言ってヘスティアが後ろへ振り返ると、既に準備を終えたベジットが其処に佇んでいた。
「一応準備は整った。ポーションと解毒薬、後は“仙豆擬き”を少々な、これだけあればベル達も困らんだろ」
数年前、リリルカ・アーデからサポーターとしてのノウハウを学んでいた際に使用していた背嚢を背負っているベジット、何時でも出発出来る準備の良い眷族にヘスティアは満足そうに頷いた。
「ベル君は今もダンジョンで生きている。急ぎ合流し、皆を助けてやってくれ」
「おうよ」
神はその刻んだ恩恵から眷族達の存在を認識出来る。その為、ベルの生存を確信しているヘスティアは急ぎベジットにベル達の救援を命じた。
「ただベル君は兎も角として、桜花君と命君の状況は不明だ。申し訳ないけど千草君、これから君は僕と一緒にタケへの報告に付き合って欲しい」
「それは………はい! 勿論です!」
「私も行くよ。せめて説明の責任くらいは果たさないと………ミアハ様に顔向け出来ない」
「となると、女神ヘファイストスへの説明は俺が行った方が良さそうだな」
「悪いザルド、頼めるか?」
「修理に出した俺の装備の件もあるしな。ついでに買い出しに行ってくる」
「じゃあ私は、ヘスティアと一緒に行くねー!」
ヘスティアはナァーザと命、アリスを連れてタケミカヅチの元へと向かい、ザルドもまたヘファイストスへの事情説明に本拠地を後にする。
自分も急いで向かおうとバベルに向けて脚を進めようとした時。
「やぁベジット君、何かお悩みかな?」
「ヘルメス様?」
帽子を被った伝令神、ヘルメスが団長である【
「話は聞いた。もし良かったら俺達も手を貸そう」
意味深に微笑み、そう提案するヘルメスに……。
「あ、結構です」
ベジットは即答でそう返した。
Q.何故ヘルメス?
A.「だってあのゼウスとヘラの末裔だぜ? 気にならないと言えば嘘になる!」
Q.アスフィさんの心境は?
A.胃痛で死にそう……。
次回(嘘)予告!
【黒き巨人】
好き放題されてきた階層主の怒りが今、ベジットに炸裂する。