ダンジョンに超なアイツが来るのは間違いか?   作:アゴン

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物語117

 

 

 

 

 ヘスティア・ファミリア。

 

 処女神である女神ヘスティアを主神とし、Lv.1のベジットが団長を勤めている異質な派閥。

 

 一人一人が一騎当千の強さを誇り、その戦力は少数でありながら、純粋な強さはロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリア等の大派閥にも劣らない特記戦力。

 

 そんな派閥も、普段は人々に受け入れられているのは主神であるヘスティアの人徳ならぬ神徳の賜物なのが大きい。普段から屋台のバイトに勤しみ、休日などは孤児院に顔を出し、子供達と戯れたりしている。

 

 ガネーシャ・ファミリアやアストレア・ファミリア程で無いにしろ、バイトで得た小遣いから孤児院に寄付するだけでなく、子供達にお菓子の差し入れをしたり、本拠地周辺の自治会にも精力的に参加したりと、地域住民から愛されて親しまれる女神として知られているが故にである。

 

 以前アポロン・ファミリアから襲撃があった時、ヘスティアが抗争に巻き込まれた際は本拠地周辺の住民達の怒りは鎮めるのに相当苦労したと、ガネーシャ・ファミリアの副団長アーディ・ヴェルマは語る。

 

 そして、愛されて親しまれる女神は同時に慈悲深き女神でもあった。一方的に因縁付けて来たアポロン・ファミリアを戦争遊戯で打ち倒した後も、科された罰は比較的軽く、アポロン自神もまた下界の人類に対して深い愛情を持っているという理由から、天界への強制送還はせずにオラリオからの期限付きの追放で手打ちとした。

 

 そんな、いろんな意味で懐が深く、穏和な女神であるヘスティアは。

 

 この日、珍しく本気で怒っていた。

 

「──ベル君。僕は今、珍しく本気で怒っているよ」

 

「は、はい……」

 

 本拠地【竈火の館】のリビング。広々と作られ、住民たる眷族達が普段は落ち着いて過ごす憩いの場。暖炉やソファー等が置かれ、ゆったりと寛げる空間だが、この日この時は嘘のように重苦しい空気に包まれていた。

 

 冷たい床の上で正座するのは、ベル・クラネル。ヘスティア・ファミリアに入団してまだ4ヶ月も経っていない新入りにして、現在Lv.3となる色んな意味でオラリオの話題の中心となっている世界最速兎(レコード・ホルダー)

 

 神々によって付けられた二つ名は【リトル・ルーキー】。現在オラリオで最も注目されている冒険者、そんなベル・クラネルは現在怒れる主神を筆頭に、叔母(アルフィア)を除いたファミリアの全員に囲まれ、子兎の様に小さく震えていた。

 

「別にね、夜更かしを怒っているわけではないんだ。君も冒険者で男の子なんだ。夢中になればそりゃあ時間が過ぎるのを忘れる事もあるだろう」

 

「は、はいぃ……」

 

「けれど、歓楽街は駄目だ。君のような子が通うには彼処は少々爛れている。僕の眷族である以上、自分の貞淑さはもっと大事にして欲しいんだよ」

 

 ヘスティアは聖火の女神であり処女神。こと男女の営みに就いては他の神々よりも厳しく定めており、エルフ基準程で無いにしろ、純潔を尊んでいる女神の一柱でもある。

 

 別に男女の営みを否定する訳でもなく、家庭を司る女神でもあるヘスティアであれば忌避感は持たずとも、眷族達(こども達)に純潔の大事さを説く責任は自負していた。

 

 特にベルの様な子供が歓楽街に向かうのは強く反対している。理由はベルの貞操観念や情操教育に強い悪影響が現れかねないから、そんな“全ての孤児の保護者”の一面もあるヘスティアだからこそ、今回のベルの朝帰りには怒っているのだ。

 

「ご、ごめんなさい神様。でも! 言い訳になっちゃいますけど、これにはその……理由があるんです!」

 

「俺からもお願いしますヘスティア様。ベルの話を聞いて下さい」

 

 ヘスティアの怒りはごもっとも。けれどその上で自分の話を聞いて欲しいと訴えるベル、そんなベルに続いて一緒になって説得に回ってくれたのは、先の戦争遊戯で新たにヘスティア・ファミリアに改宗(コンバージョン)を果たしたヴェルフ・クロッゾだった。

 

「理由? 単に歓楽街に興味があったからじゃあないのかい?」

 

「違います違います違います! 断じて、決して!」

 

 ベルも年頃の男の子だから、そういったモノに興味があるからつい魔が差して……ではないようだ。必死な様子で否定するベルにベジットは頷いて話を促す。

 

「ヘスティア、取り敢えず話を聞いておこうぜ。俺もベルが自分から歓楽街に足を踏み入れるとは思えねぇ。怒るのは良いが、先ずは話を聞いてからでも遅くは無いだろう?」

 

「うーん……まぁ、そうだね。頭ごなしに怒鳴り付けるのも嫌だし。分かったよ」

 

 ベジットに諭され、幾分か落ち着きを取り戻したヘスティアは一方的に怒ってしまった事を謝罪する。

 

「い、いえ、神様が怒るのも分かってます。本当にごめんなさい。団長も、ありがとうございます」

 

 自分の為に本気で怒ってくれたヘスティアに改めてベルも謝罪し、場を取り持ってくれたベジットに礼を言う。本当に良い子に育ったなと感心しながら、空気が軽くなったリビングで、用意された椅子に座ってベルとヴェルフは事情を説明しだす。

 

 事の発端はダンジョンを探索していた時、タケミカヅチ・ファミリアの桜花と命、そして千草の三人の眷族と共に20階層付近を探索していた時だ。

 

 普段は武神に鍛えられているだけあって、技の冴えや気の扱い等、レベルが上回っているベルをして舌を巻く程の腕前を持つ彼等が、この日は何処と無く集中出来ておらず、時々呆けている瞬間があった。

 

 流石にモンスター相手に致命的な隙を晒すことはしなかったが、どうにも集中しきれていない所があり、体調不良なのかと察したベルがこの日は早めにダンジョン探索を切り上げる事にした。

 

 地上に帰還して解散した後も、何処か上の空の桜花達。気になったベルとヴェルフは失礼と思いながら後を付け、気付いた時には……。

 

「歓楽街に脚を踏み込んでいた、と」

 

「は、はい。本当はすぐにでも抜け出すつもりだったんですが、途中でその……女の人に捕まっちゃって」

 

「俺もその時にベルとはぐれてしまって……俺はその後すぐに歓楽街から出たんですけど……」

 

 話の流れ的にはまぁ、整合性がある。情状酌量の余地は充分にありそうだが、ベルが言葉を濁している辺り、まだ話は続くようだ。

 

 続けて。と、真剣な顔付きで話を促すヘスティアにベルは意を決して口を開く。

 

「その、アマゾネスの人に連れられて……イシュタル・ファミリアの本拠地に半ば強制的に」

 

「い、イシュタル・ファミリア!?」

 

「マジか。よりにもよって歓楽街の女主人かよ」

 

 恐る恐る話すベルにベジットもヘスティアも天を仰いだ。何となく話の先は察していたが、どうか違って欲しいという二人の祈りも、天が聞き入れる事はなかった。

 

 予想より狼狽している主神と団長に戸惑うベルとヴェルフ、そんな二人にこれまで黙して聞いていたザルドがゆっくりとベルの下へと近付き。

 

「……取り敢えず、俺から言えることは一つだけだ。ベル、心して聞け」

 

「は、はい!」

 

 これ迄見たことの無い叔父の真剣な顔付き。顔に刻まれる二本の傷跡もあって凄まじい迫力を放つ歴戦の叔父に、ベルは次に来る言葉を真剣に聞き入れる為に姿勢を正す。

 

 背筋を伸ばし、ゴクリと喉を鳴らす白兎を見据えて……。

 

「避妊は、ちゃんとしろよ」

 

「…………は?」

 

 つい間の抜けた返事をしてしまうベルに指摘をするものは、この場にはいなかった。

 

「な、なななな何を言ってるのザルド叔父さん!?」

 

「これは至って真面目な話だ。良いかベル、自分が捕食者だと思うな。お前は須く食われる側の人間だ。間違いない、断じて良い」

 

「みんなの前で何をぶっちゃけてくれてんの!?」

 

「そしてそうなった時、割を食うのは何時も俺達なんだ。お前に分かるか? 朝も昼も夜も、飯を食う時もそうでない時も、寝る時も、狂気的殺意に晒される俺達の気持ちが」

 

「分からない。分からないよザルド叔父さん!!」

 

「うーん、これは」

 

「実感籠ってんなぁ」

 

 瞳孔ガン開きで、血走った目で当時の苦労を語るザルド。余程の恐怖を日常的に感じていたのだろう、震えながらベルの肩を掴む彼の言葉には重度のトラウマを抱えた精神疾患者並みの重さがあった。

 

「ザルドの旦那のトラウマはおいといて。団長、ヘスティア様も、過去にイシュタル・ファミリアと何があったんです?」

 

「え? えーっと……」

 

「昔、イシュタル・ファミリアがウチにちょっかい掛けてきた時があったんだよ。主神とそこの団長がな」

 

「うぇ、そうなんですか? じゃあ、イシュタル・ファミリアとも戦争遊戯を?」

 

「うんにゃ、そこまでの事態には及ばなかった。何でもその時のヘスティアが女神イシュタルを神会(デナトゥス)でコテンパンに論破したらしくてな、ロキ様曰く、神の格付けになったと言われた程だ」

 

「そ、そうなんスか」

 

 過去のヘスティア・ファミリアの所業にヴェルフは素直に驚いた。今でこそ色々とフワフワな主神であると思っていたが、アポロン・ファミリアとの戦争遊戯の件といい、有事の際には決める時は決めるらしい。

 

 当時から少数派閥でありながら、堂々と振る舞うヘスティア。そんな主神に驚きながら感心するヴェルフだが……。

 

「因みに、イシュタル・ファミリアの団長【男殺し(アンドロクトノス)】は当時Lv.4で、ソイツが当時Lv.2のウチのリリ助を襲い、返り討ちの血祭りにされたっけな」

 

「え”?」

 

 当時を思い出してニヤけるベート。サラリととんでもない事を教えてくる副団長に目を見開くヴェルフは、事実を確認するように先輩であるリリルカ・アーデへ視線を向ける。

 

「あの時は中々に壮観だったぜ。群がるキラーアントごと血達磨にするリリ助は、エラい迫力があったぜ」

 

 視線に気付いたリリルカが、イヤンイヤンと両手で顔を抑えて恥じらって見せるが、当時の事をこと細かく説明してくれるベートのお陰で、リリルカ・アーデがとても恐ろしい怪物に見えてしまっていた。

 

「もう、ベート様。あまりヴェルフさんを困らせないで下さい。それに、そんなに私は怖くないですよ? ねー、ヴェルフさん♪」

 

「う、ウッス……」

 

 にこやかに微笑んでいるが、うっすらと開いた目蓋から覗かせる瞳を前に、ヴェルフに否定の言葉なんて出る筈もなかった。

 

「じ、実は神様、この話には続きがありまして……」

 

「ん? なんだい?」

 

 ザルドの説教が終え、精神的疲労を見せるベルだが、まだこの話には続きがあるようだ。ヴェルフも話すつもりだった様で、ベルと視線を重ねて頷くと、先ずは俺からだと一歩前に出る。

 

「これはタケミカヅチ様には内緒なんですが、実はイシュタル・ファミリアには当時仲の良かった狐人(ルナール)の貴族が所属しているみたいでして」

 

「何でも家で何かしらの罪を犯し、結果身売りをされたらしいんです」

 

「うぉ、急に生々しいのブチ込んでくるじゃん」

 

 タケミカヅチ・ファミリアは全員が極東出身の面々で構成されており、貴族による特権階級が今も根強く残っているとされる地域で、謂わば国家型の派閥。

 

 ラキア王国よりも遥かに巨大で、幾つもの派閥で構成された超巨大ファミリア───と、言うのが昔【学区】のレオンから教わった記憶がある。

 

 そこの貴族の出の娘とタケミカヅチ・ファミリアの面々は幼い頃から一緒に遊んだ事もあり、特に仲のよかった命は歓楽街に売られたその貴族で狐人の少女を何とか救いたく思い、あの時歓楽街に向かったのだという。

 

「それも、命君から聞いたのかい?」

 

「………はい」

 

 主神の問いにベルは正直に頷いた。頭の痛くなる話にヘスティアは深い溜め息を吐き出すが、そこでベジットは一つの疑問を投げ掛ける。

 

「ん? 何でベルはその狐人の貴人がイシュタル・ファミリアにいるって知ってんだ?」

 

「え、えっと……」

 

 何となく思った疑問、するとベルは気まずそうに頬を掻き、苦笑いを浮かべる。

 

「……お前、まさか」

 

「はい、会っちゃいました」

 

 気まずそうに苦笑うベルを、ヘスティア・ファミリアの面々は天を仰いだ。

 

「………どうする、ヘスティア?」

「うーん、タケも今頃命君達を問い詰めてるだろうし、此方にも話は来るだろうから、その時に方針を決めとこうかな。そういう事だからベル君、君の事情は分かったよ。一方的に怒ってごめんよ」

 

「い、いえ! 僕も何も言わずに勝手なことをしてすみません!」

 

 主神()眷族(こども)も双方頭を下げての謝罪。蟠りが無くなってヨシ、と言った所か。

 

「話を戻してこれからの事ですが……いっそのこと、此方から【戦争遊戯】を仕掛けます? 一応此方にはベルさんを拉致られたって言い分がありますが……」

 

「うーん。太陽神アポロンを追い出したばかりだし、そのアポロンと違って、女神イシュタルは歓楽街の元締めって側面もあるからなぁ」

 

 正直言えば、ベルを拉致った報復としてイシュタル・ファミリアに【戦争遊戯】を仕掛け、これに勝った権利としてその狐人の貴人を身請けするって流れは悪くないかもしれない。

 

 だが、相手は歓楽街を牛耳る美の女神。オラリオの機能の一角を担っているかの女神の派閥の影響力は強い。

 

 その事を考えると、迂闊に暴れてしまって良いものか。頭の悩ませ処である。

 

「へぇ、団長は歓楽街に付いては肯定派か?」

 

 ニヤニヤとほくそ笑みながら、ザルドが聞いてくる。心なしか、ヘスティアからの視線の温度が下がった気がした。

 

「別に否定する程のモンじゃねぇだろ。娼館や娼婦に限らず、どんなモノにも何時の時代、どんな時代であってもある程度の需要ってのは存在するからな」

 

 実際、娯楽の多かった前世であっても、そう言うのは存在する。加えて今世の世界は世紀末もかくやな終末一歩手前の世界、ストレスが多い処か普通に死が身近で、加えて娯楽も少ない。

 

 目立った娯楽も英雄譚が綴られた本を嗜む程度、そんな世界で色々と溜めやすい荒くれ者の冒険者には、歓楽街の存在は必要不可欠だろう。

 

「それに、歓楽街ってのは一種の犯罪抑止力に繋がっている場合もある。仮に歓楽街が存在しなかったら、冒険者による性被害は想像を絶すると思うぞ?」

 

 賭けてもいい。歓楽街を失ったオラリオの秩序は、間違いなく近い内に崩壊する。例えガネーシャ・ファミリアやアストレア・ファミリアが総員で対応しても、必ず何処かで悲劇は生まれる。

 

 人間の理性ってのは、頑丈そうに見えて意外と脆い。切欠さえ出来たら簡単に人は獣になると、ベジットは断言する。

 

「買う側も買われる側も同意の上で、且つ買われる側の安全が保証されているなら、それは正常な運営と言っても差し支えないだろうよ」

 

 実際、歓楽街には性に対して奔放なアマゾネスだけでなく、貞操観念の強いエルフもいるという。

 

 子を成し、命を次代へ繋ぐ行為を娯楽にするなど穢らわしいと騒ぐ者もいるが、性欲もまた生きるのに必要な本能と言える。

 

 そもそも、繁殖能力を金稼ぎの道具にする事を悪と言うのなら、金そのものを使って娯楽にしている賭博(カジノ)だって悪だろう。

 

「まぁ、俺は利用するつもりはないが」

 

「そ、そうだよ! ベジット君が使う必要は無いよ!!」

 

「それは、因みにどうして?」

 

 今度はアリス(アリア)が聞いてきた。なに? 今日は保健の授業か何かなの? ベジットは訝しんだ。

 

「俺達サイヤ人ってのは、戦うことを目的とした種族だからな。食欲と睡眠欲、特に食欲は人並み以上にあるが、逆に性欲は希薄っぽいのよ」

 

「へぇー、ある意味アマゾネスとは真逆なんだな」

 

 ザルドが感心したように、面白そうに言う。

 

「だから、ベジット様は歓楽街に興味は無いのです?」

 

「興味がないと言うか……若干苦手なんだよ。多分これ、ベートも分かるんじゃないか?」

 

「あ? あー……まぁ、確かに」

 

「俺は昔ゼウス(オヤジ)に何度か連れていかれた事があるが……今は年齢(トシ)もあって確かに近付く気になれんな」

 

 ベートもそうだが、ザルドも今は歓楽街には近寄ろうとはしないらしい。

 

「つーか、俺はベルが理由ありきとは言え進んで歓楽街に入れた事が凄いと思う」

 

「え? ど、どうしてですか?」

 

 いや、だって……。

 

「「「歓楽街(あそこ)って、甘ったるい匂いするじゃん」」」

 

 俺達のその一言にベルも「そう言えば」と納得し、思い出し胸焼けでもしたのか、ウッと胸元を抑えるのだった。

 

「…………」

 

「ん? どうしたのヘスティア?」

 

「いや、仮にも処女神の眷族が歓楽街や性の娯楽に対して凄く見識があるのが……ちょっと複雑で」

 

「まぁ、理路整然としてたもんね」

 

 この時のヘスティアの顔は、何とも言えない顔であったと、後に風の大精霊は語る。

 

「あ、因みにこの事はアルフィアには内緒な?」

 

「「「「それはそう」」」」

 

 満場一致の返事にベジットは満足そうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ダンジョン上層。人気の少ないその場所で、複数のアマゾネス達が集まっていた。

 

「アイシャ、本気でやるのか?」

 

 彼女達の顔には総じて緊張が色濃く張り付いていて、中には恐怖に負けて涙を浮かべる者までいる。

 

 そんな彼女達が共通して抱くのは………一つの覚悟だった。

 

「あぁ、アイツを救うにはこれしかない。今回の件に【リトル・ルーキー】のいる派閥、ヘスティア・ファミリアを巻き込む」

 

 彼女達のまとめ役であるアイシャ・ベルカ。彼女は嘗てかの女神の放つ【魅了】を平然と耐え抜く雄を見た。

 

 美神の【魅了】は下界の人類だけでなく人類の天敵であるモンスターすら魅了する。人に抗える術はなく、女神の放つ美しさの前に誰しもが無力であると、それがその日までの彼女の常識だった。

 

 あぁ、この雄も女神に骨抜きにされる。処女神の眷族を奪い、悦に浸ろうとする女神を、当時護衛を任されていた少女───アイシャ・ベルカは冷めた目をしていた。

 

 だが、その目は次の瞬間には驚愕に見開く事になる。

 

『────いや、誰だよ』

 

 平然……というより、魅了を掛けられた自覚すらなかった。美の女神による【魅了】という抗いがたい理不尽を、かの雄は平然と受け流していた。

 

 愕然となり、同時に理解した。ベジットという雄は自分達とは何処か根底の異なる怪物であると。そしてその仲間達も一人一人が自分達を蹂躙して余りある力を有している。

 

 であるならば、アイシャが腹を決めるには充分であった。

 

『アイシャさん。私はもう、貴女に気に掛けてもらう資格はございません。この身は既に闇の一部、どうか私の事は忘れてくださいまし』

 

 全てを諦めた少女の言葉。その言葉を聞いた瞬間から、アイシャ・ベルカは覚悟を決めた。

 

「全ての責任はアタシが取る。恨んでくれて良い、憎んでくれて良い。それでも私は、あのバカを助けてやりたい」

 

 アマゾネス達は笑って頷いた。同じ釜の飯を食い、同じ修羅場を潜り抜け、時には同じ男を奪い合ってきた悪友ども。

 

 そんな彼女達を見回してアイシャは口にする。

 

「数日後、アタシらはヘスティア・ファミリアに喧嘩を売る」

 

 その瞳には、決死の覚悟が根付いていた。

 

 

 

 

 

 しかし、それでもアイシャ・ベルカの見通しは甘いとしか言わざるを得なかった。

 

 彼女は知らない。【リトル・ルーキー】ことベル・クラネルの血には嘗て最強を欲しいままにした二大派閥の血が流れている事を。

 

 彼女は知らない。ベル・クラネルには闇よりも恐ろしい灰の魔女の義母がいる事を。

 

 彼女は知らない。ベル・クラネルには厄介な美神の執着が向けられている事を。

 

 彼女は知らない。その日、歓楽街は消滅の危機に瀕する事を。

 

 灰の魔女(アルフィア)美の女神(フレイヤ)。一人の女と一柱の女神に挟まれた歓楽街はその日、最後の日を迎える事になった。

 

 





歓楽街編がベルの一大決戦編かと思った?
残念! 脱出タイムアタックになりました(笑)

ヘスティア・ファミリア一同(アルフィア除く)
「これ、俺達逃げて良い?」

フレイヤ・ファミリア一同
「止めろや」

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