いよいよクリスマス。
皆様は如何お過ごしですか?
そんな訳で初投稿です。
その眼は、自分が見てきた冒険者の中で誰よりも強く、誰よりも光り、何よりも冷たかった。
額から流れる血で視界が半分塞がり、あまり見えはしなかったが、その眼はリリルカ・アーデに強く刻み込まれた。
「ベジット………様」
掠れた声で彼の名を呼ぶ。一瞬、気配が和らいだ様に感じたが、リリルカの頭を踏みつけているカヌゥを見て、ベジットの眼は冷たく戻っていく。
一歩ずつ近付いてくるベジットに、カヌゥ達の顔が凍り付く。
「へ、へへ……だ、旦那、俺達に何か御用ですかい?」
「こ、コレは
オラリオに於いて、ファミリアは他派閥に対して必要以上の接触は原則禁止となっている。
それは派閥同士のトラブルを避ける為であり、迷宮都市の治安と安寧を守る為に必要とされているギルドが定めた基本方針。
ここで自分達に手を出せば、それはギルドに楯突くのと同意義。最悪の場合ペナルティを課せられる事だって有り得る。
そんなオラリオのルールを盾にカヌゥ達は下卑た笑みを浮かべてベジットに立ち去るよう遠回しに告げるが。
「退け」
「ヒィ!?」
一言、たった二文字の言葉に込められた怒気に当てられたカヌゥは顔を蒼褪めさせ、小さな悲鳴と共に地面に倒れるように座り込み、ベジットから後退る。
すっかり怯えてしまった三人、そんな彼等をベジットは一瞥もせずに倒れるリリルカに歩み寄った。
「リリ、リリ! 大丈夫か?」
「ベジット、様……」
「喋らなくて良い。今知り合いの
「い、いけませんベジット様、アナタがそんな……事、する……必要は……」
ケフッと血を吐き出し、気絶したリリルカを目にしていよいよそれどころじゃないと判断したベジットは、アミッドの所へ連れていこうとして……。
「お、おい! ソイツにはまだ躾の途中なんだよ! 英雄気取りは家に帰って一人でやってろ!」
「それとも何だ!? 俺達ソーマ・ファミリアに喧嘩売ろうって────ッ!?」
「────」
後ろで喚くカヌゥ他二名の冒険者に殺意を向けて黙らせ、ベジットはディアンケヒトの
「な、何だったんだ、あの野郎は!?」
「ふざけやがって、次見掛けたらぶち殺してやる!」
今の彼等には、ベジットを妙に迫力のある冒険者の一人としかその目には映らず、姿を消した途端に強気になる。
次会ったら殺してやる。どのような手段であろうと、ある意味で他人に罠を仕掛けることに長けた彼等は、その頭の中でベジットを殺すための算段を立てていく。
その一方、未だ座り込んだままのカヌゥは自分の手を不思議そうに見つめていて。
「お、俺の金……どこ行った!?」
つい先程リリルカから奪った金の入ったズタ袋が手元に無いことに衝撃を受けていた。
◇
「それで、仕事終わりの儂等の所へ来たと? 前々から思っていたが……意外と図々しいのう、お前は」
「そう言うなってディアンケヒト様、金ならちゃんと払っただろ」
「フン、お前でなかったら誰だろうと追い返していたわい」
ところ変わってディアンケヒト・ファミリアの本拠地。オラリオ復興の手伝いやそれに平行しての怪我人の手当て等をして、そこいらの派閥よりもずっと忙しい身の上な彼等の主神であるディアンケヒトは、時間外労働を課してきたベジットを恨めしそうに睨み付けていた。
「本当なら“仙豆擬き”を食わせてやりたかったけど、リリの奴血を吐いていたからな。あんまり固形物を食わせたくなかったんだ」
「咀嚼すれば……とも思ったが、あの歳の娘では戻してしまう可能性もある、か。意外な欠点が見えたのぅ、ベジット」
「そりゃあくまで擬きだからな。本場本物の仙豆には遠く及ばねぇよ。ディアンケヒト様が量産を認めてくれたら、改良も出来そうなのによ」
「バカモン、お前は儂等を路頭に迷わせるつもりか。あんなアホみたいな豆、天界にだってそうはない。一歩間違えれば不老不死さえ目指せる特級呪物になるぞ」
「またまた~、ディアンケヒト様は冗談ばっかし~」
「今度、ミアハの奴も連れて説教してやるか」
今一つ仙豆擬きのヤバさを理解していないベジットに、彼に協力したという医神ディアンケヒトは、呆れた様子で首を横に振る。
先月、正邪決戦の直前にヘスティアは己の唯一の眷族である目の前の男と一緒に、天界では友神であったというミアハの下へ駆け込んだという。
決戦の前に何をするつもりだと、興味本位で彼等の下へ駆け付けたディアンケヒトは、ベジットの持つ小さな豆粒に愕然とした。
それは奇跡の結晶。あらゆる傷を治し、あらゆる痛みを癒す治癒の完成形。たった一粒口にすれば、欠損以外の傷を瞬く間に修復し、三日は食料要らずの冒険者が知れば垂涎モノの劇物。
しかしベジットにすればこれでも完成形には至っておらず、しかも今回はこれの病特効の亜種を造りたいと言う。
剰りにもデタラメが過ぎる為、ディアンケヒトは憤慨しかけたが、その理由がアルフィアの為だと言われたら押し黙る他なく。その後は己とミアハがこれ迄アルフィアとその妹へ施した治療の全てをベジットに
その結果、見事ベジットはザルドとアルフィアを救い、嘗て自分達ではなし得なかった偉業をやり遂げてみせた。
それからの彼等の間柄は謂わば共犯。三柱の神と一人の人間しか知り得てはならない密約がこの日、密かに交わされた。
普段は偏屈で金にうるさいディアンケヒトが、ベジットやヘスティアに対しては妙に優しく、彼等もまた気安い。
アミッドや他の団員には知られざる事実だが、確かな繋がりが彼等にはあった。
「それで? この事についてはヘスティアは知っとるのか?」
「いや、何せ今日があの娘と組んで初めての探索だからな。だから、今から行ってくる」
「は? 今からって……」
言うや否や、人差し指と中指の二本を額に当てると、ベジットの姿は消えた。突然の現象にディアンケヒトが目が点になるのも束の間、“ピシュン“と軽い音と共に再び現れるベジットの隣には彼の主神たる女神ヘスティアがエプロン姿でそこにいた。
「ちょ、ちょっとベジット君! 折角の夕飯時なのにいきなりどうしたんだい!? 折角今日はお手頃価格なお肉が買えたって言うのに!」
「悪いヘスティア、ちょっと相談したいことがあってな。ディアンケヒト様も聞いてくれるか」
「………今のが例の瞬間移動とやらか。マジで神の権能ではないか。既に何でもありじゃな、お主」
「やだな、照れるぜ」
「褒めとらんわ」
ポンポンと神々の想像の上をゆくベジットに、ディアンケヒトはいい加減ツッコムのを止め、ベジット達を近くの椅子に腰掛けるよう促した。
それから少しして今日の起きた出来事、並びにベジットが助けたリリルカ・アーデという小人族の詳細を話し終えると、辺りはすっかり暗くなっていた。
そして……。
「お待たせしました。ベジットさん、リリルカ・アーデさんの治療、終わりました」
仕事を終えたアミッドが、治療室から現れる。自分も今日一日の医療従事で疲れているだろうに、その事をおくびにも出さない彼女の芯の強さにベジットは改めて感嘆した。
「おぉ、流石だぜアミッド」
「ただ彼女自身、肉体、精神に相当の疲労が蓄積しておりまして……。治療も身体に負担を掛けない範囲で済ませたので、今日は一晩入院させた方が良いでしょう」
「ありがとう。助かるぜ」
「いえ………それよりもベジットさんは彼女、ソーマ・ファミリアの事についてどれだけ知られてますか?」
「アミッド君は何か知ってるのかい?」
まさかのアミッドの口から聞かされた言葉に、ヘスティアは訊ね返した。
彼等はまだオラリオに来たばかりの新参者、余所の派閥の情報なんて持ち合わせていないのだろう。主神であるディアンケヒトに視線を向けると、承諾するように頷く主神を見て、アミッドは静かに語った。
「ベジットさんはサポーターについてどれくらい知っていますか?」
「そりゃあ、モンスターから魔石を取り出したり、冒険者の探索を手助けする支援者、みたいなもんだろ?」
「………そうですね。好意的な目で見ればその見識は間違いないでしょう。ですが、それ以外では?」
「それ以外?」
「モンスターを倒し、共に困難に挑める仲間。パーティー足り得る存在だと、そう言えますか?」
「………いや、それは分からねぇけど。別に一緒に戦う事だけが仲間の在り方じゃねぇだろ。前線で戦う仲間の代わりに回復アイテムを持ってやったり、ファミリアの運営資金を回したり、やれる事は色々あんだろ」
「………ベジット様は、見識が本当に広いんですね。いえ、その強さがあればある意味で
仕方がない。ベジットの価値観をそう評価するアミッドの顔は、どこか嬉しそうであり悲しそうにも見えた。
故にアミッド・テアサナーレはサポーターに関する裏側の事情を嘘偽りなく口にする。
「落伍者。彼女達サポーターを多くの冒険者はそう呼んでいます」
「───はい?」
落伍者。リリルカ・アーデを、あれだけ冒険者の為に尽くしてくれるサポーターを、オラリオにいる多くの冒険者は戦えない役立たずと蔑み、罵倒し、彼等の尊厳を踏みにじってくるのだと。
「勿論、ロキ・ファミリアや大手の派閥であればサポーターの意味も異なってくるでしょう。例えば新米の冒険者を先達の冒険者が探索のイロハを教える際、物資を代わりに持つ等の役割を担う。それが、一般的なサポーターの在り方です」
「いや、戦えないだけで役立たずだなんて、そりゃ言い過ぎじゃ……」
「勿論、それは唾棄すべき価値観です。ですが、ダンジョンでは僅かな切っ掛けで簡単に命を落としかねない危険な場所。不特定多数の冒険者はそんな危険なサポーターと共に探索するのはお荷物を抱えているのだと同意義……らしいのです」
お荷物。そう語るアミッドの表情は暗いが、彼女の顔を見てベジットの頭にいやな考えが過り、同時にそれが事実であると確信に至る。
「………おい、まさかサポーターはダンジョンで囮にされたりするのか?」
「!」
お荷物であると言うことは、不要であれば捨てる事もあるという事。
そこから抜け出せるなら、人は進んで倫理を手放せる。ベジットや一部の強者でない限り、お荷物な仲間を守るのは自殺行為に等しいのだから。
「────」
あって欲しくない現実。しかしアミッドはベジットの言葉を否定せず、ただ沈黙で返し、ディアンケヒトも目を閉じて何も言わなかった。
才能の無い
「で、でもそんなのおかしくないかい!? 冒険者になれないというのなら冒険者を止めれば良い! その子には申し訳ないけど、ファミリアから抜けて別の道を進めば……!」
「………無理だヘスティア」
「ベジット君?」
「連中が、自分の命が何よりも大事な奴らが都合の良い使い捨ての“盾”を手放すと思うか?」
「ッ!?」
“盾”。それも使い捨てと口にするベジットにヘスティアは目を見開いた。アミッドもディアンケヒトも沈黙を保ったまま何も言わない。
その沈黙が何よりの答えであると知ってしまったヘスティアは、オラリオの壮絶な裏事情に言葉を失っていた。
「───勿論、ギルドはそんなことはさせない為に相談窓口や万が一の時には厳罰に処す事を常に喧伝しています」
「他の神々も普通ならそんな事はさせんよ。眷族を使い捨ての扱いなどしたら、それこそそのファミリアに未来はないからな」
「そ、そうなんだ……」
「だが……」
「ディアンケヒト様?」
「もし、眷族に対して何の興味もない神がいたら、それは………」
そこまでディアンケヒトが言いかけた時、本拠地の扉が乱雑に開かれる。
大きな音と共に床を踏み締める複数の靴音、そこに視線を向ければ大多数の冒険者達がニヤニヤと笑みを浮かべて押し入ってきた。
そんな奴らを統率し、前に出てきたのは眼鏡を掛けた一人の男。
「夜分失礼しますよ、神ディアンケヒト」
「誰だ。今は取り込み中じゃ、用がないなら早々に去れ」
神の睨みを受けても、下卑た笑みを崩さない冒険者達。いやな予感がするとアミッドとヘスティアを自身の後ろへと隠し、ベジットが前に出る。
「申し訳ありませんが、それは出来ない相談です。何せ、そこのベジットなる男には我々の仲間を拐った疑いがありますから」
「あぁ?」
眼鏡をクイッと持ち上げ、わざとらしく振る舞う男。奴の言う拐ったという言葉がリリルカ・アーデの事を指すのなら……。
「お前ら、ソーマ・ファミリアか」
「はい。私はソーマ・ファミリアの団長ザニス・ルストラ、貴方に拐われたリリルカ・アーデを取り戻す為に此方に伺わせて戴きました」
物腰こそは神の前だから丁寧だが、その口振りは此方を挑発する悪意に満ちている。
「拐われたとは聞き捨てならないな。俺は、そこのカス共がリリを袋叩きにしている所を助けただけだが?」
「へ、へへへ……」
後ろに控えている犬人の男達を見る。先程睨まれた時は腰を抜かしていた癖に、今は大勢の仲間に囲まれている為か強気の姿勢を崩さずにいる。
「それは仕方がありません。我がファミリアにはノルマが課せられておりまして、達成出来ない者には相応の罰が必要なのです。アレもその一貫、そうですね?」
「そ、そうだ! 団長の言う通りだ!」
「数えて八歳の子供にノルマだ? 随分とブラックな派閥なんだな」
ベジットの指摘を受けて、それでも笑って誤魔化すザニスという男は根本的にベジットを下に見ている。
どれだけ正論を突きつけられた所で、彼等から見たベジットはLv.1の駆け出し冒険者。力もなければ後ろ楯も無い、非力な零細ファミリアの一つでしかない。
「お恥ずかしながら、我がファミリアは常にカツカツでして、今は幼子の手も借りたい所なのですよ」
「リリを養える甲斐性がないなら、大人しく施設に預けてやれよ。お前らみたいな連中の所で過ごすより、ずっと健全に育つだろうぜ」
実際、オラリオの孤児院にはアストレア・ファミリアやガネーシャ・ファミリアが施設の運営資金を提供している。
当然、今は正邪決戦の復興という事もあって満足な支援は出来ていないが、それでも理不尽な暴力に晒されたり、危険な目に遇う事は滅多にない。
満足に養えないなら、施設に預けるのも一つの手段だとベジットは至極当たり前の事を伝えるが……。
「残念ながら、それは叶いません」
「はぁ?」
「何故なら我等が団員たるリリルカ・アーデにはソーマ・ファミリアに借金があるからです」
「借金だって?」
「えぇ、今は亡きリリルカ・アーデのご両親が遺してしまった借金、その返済の為に彼女は働く必要があるのです」
絶句。ザニスの口から告げられる言葉にヘスティアもベジットも言葉を失った。
親が遺した借金? 馬鹿馬鹿しいに程がある。成人となった大人が抱えるにはいざ知らず、相手は10歳にもならない子供だ。
そんな子供に借金返済などと押し付け、体よく使い倒す。………今の言葉で確信した。目の前のコイツらは、リリルカ・アーデを死ぬまでこき使う気だ。それこそ、借金に関する真実を誤魔化した上で。
「───そうか、それがお前らのやり方か」
「ご理解出来たようで何より。では、リリルカ・アーデを此方に引き渡して貰っても?」
「その前に第三者に判断して貰おうか」
「………なに?」
「アミッド。悪いんだけどガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアに連絡して貰えないか? あの人達にも判断して欲しいからさ」
「分かりました。それと、彼女の容態は私も見ておりますので、証言を求められた時は協力させて戴きますね」
「あぁ、頼む」
「ま、待ちなさい!」
ガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリア。共に正邪決戦で活躍し、オラリオを護った力のあるファミリア。
唐突に出てくる彼等の名前にザニスは先程の態度からは打って変わって動揺し始める。
「な、何故第三者の派閥が出てくるのです!? これは私達と貴方の問題でしょう!?」
「どうやらお互いに認識がズレている様でな。第三者を挟んで判断して貰った方が効率的だろう?」
ザニスは確かに狡猾で頭もキレる。故に悪事を働く事の意味を重々承知しているし、だからこそ自分の派閥を部外者に触れさせたくはなかったのだ。
相手はマトモにパーティーも組めない弱小ファミリア、数で脅せば此方の要望が通ると、相手を下に見ていたのがザニスにとってのミスだった。
まさか相手がガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアと面識があったとは予想しておらず、ザニスを除いたソーマ・ファミリアの面々はざわめき出す。
さて、後はアミッドが呼んできてくれるファミリアにどう事情を説明するか………頭で整理させていると、俯いていたザニスから笑みが溢れ始めた。
「く、ククク………成る程、そこまでしてリリルカ・アーデを渡さないつもりか」
「少なくとも、子供を喰いものにしているテメェ等には預けられねぇな」
「良いだろう。ならば戦争だ。我々ソーマ・ファミリアはヘスティア・ファミリアに
「え?」
「あ?」
「これは囚われた団員を取り戻す聖戦である! お前達、気合い入れろ!」
ザニスの語る
唯一、諸々の実情を知るディアンケヒトは……。
「………儂、知ーらね」
数で圧倒的に勝っているソーマ・ファミリアを見て、黙祷を捧げていた。
次回、【魂の聖剣】
ベジットの真価が白日に晒される。
Q.ベジットの強さを皆どれくらい把握してるの?
A.
ロキF:少なくとも自分達より上。
フレイヤ・ファミリア:ザルドを超える圧倒的格上。
アストレア&ガネーシャF:当然強いとは思ってる。
ミアハ&ディアンケヒトF:埒外で規格外。
ヘルメスF:未知数。
ヘファイストスF(主神のみ):もうお腹いっぱい
黒竜:こんな気持ち、初めて……。