無駄に長くなって済まない。
そんな訳で初投稿です。
迷宮都市オラリオ。廃棄された施設の一つに
敵は強大にして多数、幾つもの障害を乗り越えて漸く辿り着いた先に待っていたのは、此方を嘲笑う悪辣な罠だった。
闇派閥の幹部、【
ただ愉しみ、嗤っていた。
そして、それは成された。信徒───子供を使っての誘導、そして道連れの自爆は見事
楽しい。愉しくて仕方がなかった。唖然とする正義を、秩序を謳う連中が唖然としている様を見るのが。
殺帝────ヴァレッタ・グレーデは、遂に上げた狼煙、宴の始まりを満足に見届けようとして。
「──────あ?」
固まった。
今、確かに子供の信徒の爆薬は起爆された。実際に爆発地点は弾け、辺りには火薬の匂いが充満している。
目を逸らす事はしなかった。そんな場面を見逃す事など、ヴァレッタ・グレーデは今までの人生の中でただ一度もなかった。
だが、事実その光景をLv.5のヴァレッタは見えなかった。
決まっていた筈の死、避けられなかった死の運命。
象神の杖の妹、【
「一応確認しとくけど、怪我はないか?」
「は、はい。何処も……この子にも、怪我はありません」
「ならばヨシ」
なのに何故、あの小娘は生きている。小娘だけじゃない、爆弾として使い捨てる筈だった信徒の
訳が分からない。どんな手品を使った?
何もかもが分からない、分からないが………。
全ての原因はただ一つ、至近距離で爆発に巻き込まれた筈なのに何故か平然としている、初めて見るこの男! 奴が、この不可思議な現象を引き起こしている張本人!
「────テメェ、何
言葉に殺意を交えて、殺帝は問う。
格下の冒険者では手に負えない、飛びっきりの殺気を飛ばして。
なのに。
「ン、聞こえなかったか? 俺の名はベジット、ヨロシク」
その男は一言一句、さっきと同じ台詞を口にした。
◇
「しっかし、悪党の根城の定番とはいえ、少し埃っぽくないか? 爆発の所為で煙いし」
未だに状況の整理に頭が追い付いていない面々を見渡しながら、ベジットは鼻を抑える。闇派閥、それも殺帝という特級の危険人物を前にしながら、その態度はもはや傲慢にすら思えた。
「んで、そっちにいるのがアーディの仲間、でいいんだよな?」
「は、はい」
「それで。そこのフードを被って面を隠しているのが闇派閥っと、成る程………分かりやすい」
ウンウンと、一人納得したベジットと名乗る男、機械的に返事をしていたアーディは此処で漸く我に返る。
「な、あ、というか、何でベジットさんが此処にいるんですか!?」
「うぉ、ビックリした。どうした急に?」
「ビックリさせたのも急に現れたのも全部そっちの所為ですよね!?」
今日、新たに迷宮都市にやって来たファミリア。一柱の女神に一人の眷族、たった二人でやって来た彼等の事はアーディの印象にも当然残っていた。
女神ヘファイストスの友神という事で本拠地まで案内した事はある。悪い人達では無さそうだが、念のために団長である姉に報告したこともある。
そんな女神の眷族が自分を庇うように立っている。呆然としている殺帝同様に分からない事だらけだが、彼がここにいるべき人間ではないという事は理解できた。
「そもそも、なんでここにいるんですか! 周辺一帯には住民の安全を考慮して封鎖していた筈! 不審者を通させる余地なんて!」
「アレ? もしかして俺不審者扱いされてる?」
突然現れたベジットに、アーディ自身も訳も分からず怒鳴ってしまう。そんな友人の普段は見せない姿に座り込んでいたエルフはポツリと呟く。
「アーディ、無事、なのですか?」
「リュー! 酷い怪我、今回復魔法を掛けるからね!」
「い、いや、それは別に良いのですが……」
自分を殺そうとした闇派閥の幼女、そんな事は既に忘れてしまっているのか、アーディは幼女を抱えたまま駆け寄っていく。
そんな喜劇を前にして、漸く他の面々も動き出す。
「────なぁライラ、教えてくれないか? 今、私は何を見せられている?」
「分かんねぇ。目にした情報によれば、闇派閥のクソみてぇな戦法で殺された筈のアーディが、あの男に助けられたって事位しか……」
「
「あ、団員が駆け寄って頬を叩いた。ヨシ、後はウチの団長は………」
「────良く分からないけど、ヨシ!」
「「良かった。元のバカだ」」
止まっていた時計が動き出す様に、周囲の状況も動き始める。先に動き始めた秩序側の面々に、殺帝は先程までの喜悦の表情から打って変わって、その顔を憤怒に変貌させる。
「ッザケやがって! 何なんだテメェは!? いきなり現れてしゃしゃり出て状況を引っ掻き回しやがって!」
そんなベジットの態度にヴァレッタの苛立ちは更に募らせていく。
「オマケにクソ下らねぇ茶番劇まで見せられて…………もういい、どちらにせよ狼煙は
剣を突き立てる。火花を散らせ、地面を抉るそれを合図とみて、周囲の秩序側の面々は闇派閥の意図を察した。
(まさか……!)
(ここにいる構成員が……!)
(全員爆弾として!?)
逃げろと、象神の杖が叫ぶ。最悪の未来を予見した各々が自身と周囲の仲間を守る為に行動を移す。走る者、負傷者に肩を貸して出口に向かうもの、爆発から逃れようと地面に伏せる者、それら全てをヴァレッタは高らかに嘲笑い───。
「いや遅ぇから」
闇派閥の構成員、その全てが倒れた。糸の切れた人形の如く倒れ伏した連中に、再びヴァレッタの顔が凍り付く。
「て、テメェ、何を、しやがった?」
「は? いや、普通に当て身して気絶させただけだが?」
理解が及ばない二度目の光景に、ヴァレッタは頭を掻きむしりながら問う。が、返ってきたのは不思議に首を傾げた男の、何て事無い物理的な方法だった。
成る程、確かにそれは鍛えられた者であれば可能だろう。………この施設の中にいる、何十人という構成員を瞬時に意識を奪えるのか、という現実問題がなければの話だが。
思考が凍り付く。目の前の男の言っている言葉は比較的常識的な範疇の筈だ。なのに、ヴァレッタにはベジットなる男の言葉がまるで理解できていなかった。
「いや、だからさっき言っただろ?
「まさか……あの時に!?」
「いやどの時だよ!?」
ヴァレッタの心情を代弁するのは、和服な黒髪少女と小柄なピンク髪の少女。奇しくもこの瞬間、善と悪の二つの陣営の感情は一つになっていた。
(い、いや良くみれば彼の足元は微妙に磨り減っている様に見える。恐らくは目に留まらぬ速さで動き、闇派閥の構成員達を昏倒させたのだろう)
如何に神の眷族であろうとも、無意識な生理的挙動と言うのは起こる。食事、睡眠、排泄。日常に於いて生活的な働きがするのは眷族も市民も関係ない。
そう、例えば
(────いやどういう事?)
自分で結論を出しておきながら、結局意味が分からなくなったエルフは白目を剥く。アーディ? 既に考えないよう、目の前のエルフを回復する事だけに務めています。
「何がなんだか分からないけど、終わりよければ全てヨシ! さぁ殺帝、観念なさい!」
「この団長、強引に話を進めたな」
「いや、今はもうそれでいい。もうこれ以上あの男に振り回されたくない」
「あ、シャクティ」
「無事に戻ってきたか」
「無事ではないがな。もう、三日分の精神力を使った気がする。………しかし、奴がベジットか」
頭を抑えながら我に返ったガネーシャ・ファミリア団長シャクティ・ヴァルマ、訳知り顔でベジットを見る彼女を見て、ピンク髪の少女は食い付く。
「シャクティ、アンタあの色々おかしな兄ちゃんの事知ってんのか?」
「……アーディの報告を聴いた程度だがな。奴の名はベジット、本日に迷宮都市オラリオにやって来たヘスティア・ファミリアの唯一の眷族……らしい」
「「らしい?」」
シャクティから名前を聞かされるが、やはり聞いたことがない。無名の冒険者にしてはやたらと鍛えられているし、佇まいが自分達とはまるで違う。
洗練されている、と言うべきか。隣の和服の少女を見れば自分と同じ様で、男の力量を計れないでいる。
それとも、そう見せているだけで全部ハッタリか? いや、実際に倒れている構成員達は気絶しているし、くっきりと当て身をした痕がある。
「え、じゃあ何か、マジであの兄ちゃんが一瞬の内にこれだけの数の相手を気絶させたってのか?」
「阿呆、何らかの魔法に決まっているだろ。物理的に有り得ん」
「だ、だよなぁ」
和服の少女に諭され、落ち着きを取り戻す。とは言え、これで相手の思惑は全てご破算。当初の目的通りに後は目の前の闇派閥の幹部、殺帝を逮捕するだけ。
「さて、そこの赤髪の嬢ちゃんの言う通り、大人しく捕まった方が良いんじゃねぇのか? 今なら弁護士とかも付くだろうし………ん? 今更だけどこの世界に弁護士とかいるのか?」
状況的には既に
「………あぁ、もういい。降参だ。テメェみてぇな出鱈目な奴がまさか
恐らく、ベジットは此方の意識を逸らす魔法かそれに類する魔道具を使っているのだろう。見た目の割に狡い奴だ。だが、奴の言う通り此方が詰みなのも事実。
仕方ない。あぁ、仕方がないことだ。
だから。
「だから、先ずはテメェの頚をハネて、道連れにしてやるよォッ!!」
口を三日月の形に歪め、狂喜に満ちた顔で大剣を振りかぶる。周囲の人間全員が止めようとするが、それよりも速く大剣は振り下ろされ─────。
「───────は?」
本日、三度目の間抜けな声が誰かの口から漏れだしていた。
振り上げられた兇剣は、確かに振り下ろされた。ヴァレッタの
振り下ろされた一撃は、人間の頭など容易く寸断出来る────筈だった。
「────何なんだ」
刃は届くが、しかし命には遠く届かず、振り抜かれた刃の破片がカランと音を立てて地に落ちる。
振り下ろされた兇剣の刃よりも、ベジットの頸の方が頑強だった。
頸処か皮膚一枚切り裂けず、手に伝わってくる感触は深層の
「何なんだよ、お前ェェェッ!?」
絶叫、有り得ざる現実を前に殺戮の女帝は叫ぶが。
「言った筈だぞ」
「─────ッ!?!?」
ベジットの蹴りが、ヴァレッタの胴体を撃ち抜いた。
幾つもの障壁をぶち抜いて尚吹き飛び、遥か彼方まで吹き飛ぶ闇派閥の幹部。
「俺の名はベジット、女神ヘスティアの眷族だってな」
ガネーシャ・ファミリアと正義の眷族、アストレア・ファミリア。
彼等彼女等の初邂逅は、色んな意味で衝撃的だった。
◇
「ベジットく~~んっ!」
建物から外に出れば、駆け付けたヘスティアが抱き着いてくる。ベジットの割れた腹筋にグリグリと頭を押し付けてツインテールを左右に振る様はマーキングを付けたがる猫の様だ。
「もう! 僕を置いていくなんて酷いじゃないか! お陰でここまで走ってきて脚が痛いんだよ!」
「下ろした所から大して距離ないだろうが」
「大体、僕を背中に乗せたんだから流れ的に一緒に戦うモノだろ! 折角名乗りの口上を考えてきたのに!」
「いや、なんか普通に邪魔だなと思って」
「普通に邪魔っ!?」
ギャーギャーと喚く主神を宥めていると、二つのファミリアの一団が近付いてくる。
前に出てくるのはガネーシャ及びアストレア両ファミリアの団長、シャクティ・ヴァルマと───。
「そちらの女神様がヘスティア様ね! 初めまして、私はアストレア・ファミリアの団長、アリーゼ・ローヴェルって言います! この度は私達を助けて下さり、ありがとうございます!」
「え? アストレアの
「そんなぁ、私が女神も羨む超絶美少女だなんて、流石に褒めすぎですよぉ~」
「言ってない言ってない、そこまで言ってない」
「仮にも女神の前だというのにこの団長は……!」
「スミマセン、ウチの団長がスミマセン」
赤髪の少女、アリーゼ・ローヴェル。アーディと同じくらいの若い年頃の少女は、女性ばかりの団員達に小突かれながらアハハと笑う。
どうやら親しみのある派閥らしい。アストレアなる神とヘスティアも知己の間柄の様だし、これから仲良くできたら良いなとベジットは思った。
勿論、近所付き合い的な意味合いである。
「神ヘスティア、少し宜しいか?」
「えっと君は……もしかしてガネーシャの所の?」
「はい。私はシャクティ・ヴァルマ。ガネーシャ・ファミリアの団長を務め、神々からは【
「おー、普通にカッコいい二つ名だ」
「恐縮です。それで、早速お話を伺いたいのですが……貴方の眷族、ベジット氏についてです」
「あ、あれ? もしかしてベジット君、何かやらかした?」
「………あー、もしかして、勝手に現場に介入したこと?」
少しばかり険しい表情を見せるシャクティにベジットは何となく察しが付いた。相手は迷宮都市の治安と人々の安全を護る為の自警団的な組織、その規模からして恐らくは公に認められた正式な治安維持部隊なのだろう。
前世に例えれば警察、或いは自衛隊。今回の作戦は闇派閥なる反社会勢力の一斉検挙の事を指しているのなら、自分は其処に進んで介入した一般人になる。
(うん、普通に考えたら大分ヤバい事してるな俺、端から見れば治安組織の邪魔してるし、普通に公務執行妨害じゃん)
前世なら逮捕間違いなしの事案、もしかしたら逮捕も有り得るのかと、ベジットは内心で冷や汗を流す。
「理解しているなら話が早い。本来なら我等の
「え? 他にもこんな作戦をやっているのかい?」
「───どうやらそうらしい。此処からそう遠くない所で、似たようなドンパチが起きているみたいだ」
次の瞬間、離れた所から聞こえてくる破壊音、そこら中から人の悲鳴や断末魔の如き悲鳴が聞こえてくる。
「な、なんだいこれは! オラリオではこんな事が日常茶飯事なのかい!? とんだ修羅の街じゃないか!」
「ち、違うのよヘスティア様! オラリオは普段はこんな怖い街じゃないの! 今日は……そう! 偶々! 偶々作戦の日だったから!」
「今はそんな事を言ってる場合じゃねぇ! アタシらも急ぐぞ、団長!」
そう言って、アストレア・ファミリアの眷族達は戦いの音がする方向へ脚を進める。この時、覆面をしたエルフの少女が一度だけ振り返り、ベジットに頭を下げていく。
「我々も、捕縛した闇派閥の構成員を収容したらすぐに現地へ向かいます。お二人は、ガネーシャ・ファミリアの本拠地へ保護させていただきます。アーディ、彼等と構成員達の護送を頼む」
「うん、分かったよお姉ちゃん」
すると、団長の指示に合わせてアーディを含めた団員達が二人を囲んでくる。此方の動きを拘束してくるような対応だが、今が緊急事態なのだと察したベジットは特に異議はない。
寧ろ、大事な作戦に興味本位で首を突っ込んだ自分達に対してシャクティの対応は紳士的にさえ思えた。
団員達で取り囲んでいるのも、自分達の身を護る為、秩序を護ることに忠実でありながら、人に寄り添った対応力。これだけでガネーシャ・ファミリアの主神であるガネーシャの神徳の高さが伺えた。
後に残されているのは、無力化した闇派閥の構成員だけ。その時、拘束された構成員の中に幼い少女の姿を、ヘスティアは目の当たりにした。
「ま、待っておくれ、彼処にいる子も闇派閥なのかい!?」
未だ気絶し、団員の一人に抱えられている幼き少女。彼女もオラリオを脅かす闇派閥の一人なのかと訊ねてくるヘスティアにアーディは顔を暗くさせて、俯いた。
「はい、彼女は………その」
「自爆テロに使われたんだよ、ヘスティア」
「………え?」
言い辛そうにしているアーディにベジットが代弁する。自爆、幼い子供を意思のある爆弾に変えたという事実は、ヘスティアにこれ迄で一番の衝撃を与えた。
「爆弾、爆弾だって? な、なんで?」
「恐らくは、闇派閥の邪神の誰かが唆したんだと思います。死ねば天界で両親に逢えると、そうする為に手配するから、その代わりに言うことを聞け、と」
ガネーシャ・ファミリアの団員の一人が心底不愉快そうに、悔しそうに吐き捨てる。
事実、少女の存在にアーディは警戒心を薄れさせ、爆弾となった少女を保護しようと懐に招き入れた。
もし、あの場にベジットがいなければアーディはこの場に立っていないだろう。
「────そんな」
聞かされた事実にヘスティアは俯いた。幼き子供すら自分達の道具に変える。邪神と呼ばれる神々なら確かにそうすると納得できるからこそ、ヘスティアのショックは大きかった。
街のアチコチから聞こえてくる爆発音、アレらの全てが邪神に誑かされた下界の子供達だというのなら……。
「そんなの、赦せる訳がないじゃないか……!」
義憤に震えるヘスティア、そんな彼女に誰も何も言えず、ただガネーシャ・ファミリアの本拠地へ続く道を歩く。
その時だ。
「っ! ヘスティア!」
「へ? な、なんだい!?」
何かに気付いたベジットがヘスティアを自身の後ろに隠す。突然の彼の行動を見て何かを察したアーディ達は頭を抑えて地に倒れた。
瞬間、周囲の至る所から爆発が起こり、爆発の波はオラリオ全土にまで広がっていく。
瞬く間に火の海に呑まれ、悲鳴、断末魔、絶望に満ちた声がオラリオに満ちていく。
その中で。
「ハッ!!」
ベジットが放つ気合いによって、彼を中心に火と爆炎は搔き消されていく。火の海と化したオラリオの中で、唯一その場所だけは、円型の空白地帯となっていた。
「ヘスティア、無事か?」
「あ、あぁ、それにしても………一体何が起きたんだい!?」
「分からねぇ、が。どうやら奴さん、相当根回しをしていたようだ。この街のほぼ全土を火の海に変えやがった」
言われて、ヘスティアも気付く。聞こえてくる子供達の断末魔、街の至る所から聞こえてくる悲鳴、助けを求め、絶望の中で死んでいく命の声。
震えが、止まらなかった。これが、世界の中心都市? 広がり続ける断末魔にヘスティアは思わず頭を抱えた。
「アーディ、そっちも大丈夫か?」
「う、うん! ………と言うか、何でここだけ何ともないの?」
「そんな難しい事じゃないさ、単に気合いで吹き飛ばしただけだ」
「そ、そうなんだ。…………うん?」
ベジットの簡単な説明に頷き掛けた首が傾ける。だが、今は呆ける場合じゃない。
「そ、そうだ、 構成員は!? ヴァレッタ達は!?」
「す、済まない! 今の爆発で吹き飛ばされてしまった!」
辺りを見渡して捕まえた闇派閥の連中の確認をするが、団員達の言う通り、ヴァレッタを初めとした他の構成員達は爆風により何処かへ吹き飛んでしまった。
残されているのは、アーディが抱えている幼い子供の構成員だけ、己の失態に歯噛みするが、それでも行動を止めてはならないと首を横に振る。
「─────
「お姉さんの所に行かなくても良いのか?」
「今、私達が向かった所で状況は多分変えられません。市民の安全の確保を優先します。………お姉ちゃんも、そうする筈だから」
震える手を握り締めて、不安や恐怖を押し殺す。そんな彼女をこれ以上ベジットは追求しなかった。
「………分かった。なら俺も」
出来る限り手伝おう、と言い掛けた所で、自身の手を引っ張られた。
見れば、ヘスティアが自身の手を握り、悲痛な面持ちで見上げている。
何かを言いたいけど、言えない。震える瞳の奥で何かを訴え掛けている。そんな彼女の心情を知ってか知らずか、ベジットは向き直り訊ねた。
「────ヘスティア、俺に何か頼みたいことがあるのか?」
「………ベジット君」
ベジットに訊ねられ、数秒の逡巡の後。
「君なら、この状況を何とか出来るんじゃないかなって………」
恐る恐る、そう口にした。
ヘスティアは竈を司る神であり、“全ての孤児の保護者”でもある。
そんな彼女は怒っていた。下界の、モンスターに襲われ、苦しむ子供達を利用する邪神と、闇派閥なる組織を。
そして悲しかった。子供達同士が争い、血を流し、今も命を失って行く。悲しいのに、悔しいのに、何も出来ないでいる自分が………悔しかった。
何より、そんな零能な自分を棚に上げ、眷族ですらない彼に浅ましくも縋ろうとしている自分に、酷く嫌悪した。
「────無理だな」
「っ!」
「幾ら俺でも、起きてしまった出来事は変えられねぇ。引き起こされた惨劇や悲劇を、無かったことには出来ない」
「…………」
「それに………仮にここから俺が何とかしても、後で他の神々に余計な手出しをされるんだろ? この街にはそんな神々がわんさかいるみたいだし、神々の玩具にされるのはごめんだ」
何も言えなかった。彼の言うことは全て正しくて、間違っているのは自分の方だ。
アーディも、ガネーシャ・ファミリアの団員達も何も言えなかった。先程までは部外者扱いしていたのに、いきなり縋り付くのはお門違いだと分かっているからこそ。
「────だからよ、今から始めようぜ
しかし、ベジットは笑った。
「ッ!」
「タイミング良く今の俺、上半身裸だしな。恩恵を受けるにはちと物騒だが、この際我が儘は言わねぇよ」
「ベジット………君」
「俺も、闇派閥のやり方には反吐が出そうだからな。不愉快な連中はとっとと叩き出すに限る。やるぞヘスティア、俺とアンタでこのふざけた現状を吹っ飛ばす」
涙が溢れた。全知零能の身となり、幾度と無く彼に助けられてきた。崖に落ちそうになった時、お腹を空かせていた自分の為に、凶暴な獣を狩って食べさせてくれた。
そんな彼に、返せたモノはほんの僅か。旅の途中で、なけなしのバイト代で買った小さな二つのイヤリング。
男性に贈る代物じゃないのに、それでも彼は喜んで受け取ってくれた。
何も出来ないのに、何も返せていないのに、目の前の彼は
不甲斐ない僕、情けない僕。そんな僕をベジット君は笑って応えてくれた。
なら、僕に出来るのは!
「アーディ君」
「は、はい!」
「針を。今ここで、彼に
◇
「いてて、アストレア、大丈夫か?」
「私は何とか……ヘルメス、そっちは通れる?」
オラリオが火の海に呑まれ、街中から悲鳴が聞こえる。地獄絵図と化した街を、二柱の神は練り歩く。
「此方はダメだ。くそ、こんな事ならアスフィ辺りを連れて来るんだった」
「あまり子供達を振り回すの、良くないと思うんだけど」
軽口を叩き合う二柱だが、張り付いた表情は暗い。度重なる闇派閥の罠、その全てが悪辣で、その狡猾さは神の謀すら上回る。
何もかもが後手に回る状況で、それでも打開せんと二柱は暗闇の路地裏をさ迷い歩く。
そんな時、ふと光が見えた。未だに悲鳴や爆発の音が聞こえてくるのに、路地裏の先に見える光は街を燃やす火とは違った。
暖かい。まるで冬の暖炉にいるような心地よさに引かれるように、二柱の神は進んでいく。
「アレは………ヘスティアか!? オラリオに来てたのか! クソ、何てタイミングで……」
「ヘルメス、何かおかしいわ」
「? なにがだい?」
「ここだけ、火の手が無い」
「あの光、まさか眷族を?」
「だが、今更眷族が一人増えた所で」
今のオラリオは絶望のただ中にいる。一人の眷族が増えた所で、闇派閥という大きな理不尽には敵わない。そんな事は、ヘスティアにだって分かっている筈だ。
なのに……何故だろう、目が離せない。
彼処にあるのは自分達も良く目にする神の恩恵を授ける儀式だ。神々にとって既に既知たるもので、今となっては珍しくもない光景。
なのに、目が離せなかった。
◇
ヘスティアの指の先、アーディから借り受けた治療用の針を刺し、そこから少量の血が溢れてくる。
ベジットの背中に滴り落ちれば、波紋となって広がっていく。
軈て光は一つの形へと落ち着き、彼の背中には竈を炊く火が刻まれていた。
「出来たよ」
写しとる紙はない。けれど、そんなものは必要なかった。
真っ白だったからだ。力も、耐久も、器用も、俊敏も、魔力も、全てが初期値のオールI。
スキルも無く、魔法もない。それは紛れもなく生まれたばかりの眷族のソレだ。
でも……。
「────
「ん?」
「
立ち上がり、不敵な笑みを浮かべてくる彼の姿を見て、ヘスティアは確信した。
「────僕が、僕が君に願うのはただ一つ」
「出来る限りで良い、全てを救えなんて押し付けはしない。でも、君の出来る範囲で良いから!」
「どうか、みんなを助けておくれ!」
「承った。……アーディ」
「は、はい!」
「俺の神様を頼む。知っての通りお転婆だからな。気にしてやってくれると助かる」
「───分かりました。必ず、お守りすると約束します」
「頼む。………じゃあヘスティア」
「うん」
「行ってくる」
瞬間、ベジットの姿は消える。アーディ達は目の前の出来事に驚くが、ヘスティアは見逃さなかった。
遥かオラリオの上空に浮かぶ星々、中でも一等輝く星を見て。
「やっちゃえ、ベジット君!」
ヘスティアは応援の拳を振り上げた。
◇
────その日、神々は見た。
「むう! なんだあの光は!? ガネーシャ疑問!」
────その日、悪戯の神は見た。
「なんや、あの光は」
────その日、勇者は見た。
「アレは………一体?」
────その日、美の女神は見た。
「どうやら
────その日、剣の姫君は見た。
「綺麗なお星さま」
その日、迷宮都市に住まうあらゆる者が見た。
地に伏せる【猛者】が、失意を喰らう【暴食】が、雑音に苛む【静寂】が、【正義の眷族達】が、【闇に蠢く悪意】が、【邪神】が。
見た。
「超サイヤ人にはなれねぇな。この状況では過剰に過ぎる」
それでも、やり遂げると決めた
「それじゃあ………いっちょやるか!」
邪神が嗤うオラリオの空を、白き流星が飛翔する。
前日譚。
「ふぃー、今日も働いた働いた。おーいヘスティア、そろそろ宿に戻るべー」
「べ、ベジット君」
「ん? どうしたんだヘスティア、漏らしたのか?」
「漏らすか! 僕達神々は排泄なんかしないんだよ!」
「一昔前のアイドルか。……それで、どうかしたんか?」
「そ、そのぉ………これ!」
「なんだ、これ?」
「い、いやね、僕ってば日頃から君に世話になってるだろ? 確かに僕は天界では引きこもり呼ばわりされてたけど、それでも、世話になった子供の礼くらいはするんだぜ?」
「これって……」
「う、だ、男性に贈る代物じゃないのは分かってるんだ。イヤリングだなんて……でも、今の僕にはこれしか君に返せるモノがなくって」
「…………」
「や、やっぱりイヤだったよね! 名前も【ポタラ】っていう変な名前だし、突っ返しても………」
「いや、これが良い。これが良いんだ。ヘスティア」
「え?」
「絶対に失くさねぇ、ありがとうな、ヘスティア」
手渡された小さな二つの装飾品、安く、何の効果も持たないただの飾り。
しかし、そのイヤリングをベジットは決して手放す事はなかった。