ダンジョンに超なアイツが来るのは間違いか?   作:アゴン

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信じられるか? これまだオラリオに来て初日なんだぜ?

そんな訳で初投稿です。


物語5

 

 

 

 

 地獄があった。

 

 一面が赤で彩られ、幾つもの骸が転がっていた。

 

 地獄があった。

 

 悲鳴と断末魔が、まるで草木の様に至る所から響いてくる。

 

 地獄があった。

 

 絶望が、断末魔が、目に写る赤が、何よりも心地よかった。

 

「はは、はははははは! 凄い、素晴らしい! やはりあなたは恐ろしくおぞましい! あぁ、それでこそ邪神! それでこそ神!」

 

 男は、生まれながらの欠陥を抱えていた。目に映る全てが灰色で、耳にする悉くが雑音に聞こえた。

 

口にする食べ物は許容出来ない異物となり、香りなどは概念すら知り得なかった。

 

 男は人の絶望、恐怖、悲しみ、嘆きといった“負の感情”のみでしか知覚出来ず、また必要としなかった。

 

 人の絶望が愛おしい。

 

 人が悲しむ様は心地いい。

 

 人が嘆き、絶望に落ちる様が見ていて何よりも美しいと感じた。

 

「嗚呼、嗚呼! これで全てが変わる! 神々が支配していた世界が! 古の、失われた【英雄の時代】を! 取り戻すことが!」

 

 男は、英雄を崇拝していた。自分の様な瑕疵ある人間が、世界の理不尽に屈さず、不条理に抗い、困難を打ち破っていく様が、何よりも尊く思えたから。

 

 男は………破綻していた。英雄を崇拝していると言っておきながら、その憧憬を利用し、世界を絶望で埋めつくし、人の嘆きや悲しみをもっと堪能したいという願いが、男の根底にあるものだったから。

 

 人が流す()が、男の視界に色を持たせる。

 

 人が吐き出す絶望の声が、男の耳に確りと聴こえた。

 

 炎で巻かれる人の焼ける臭いが、男の鼻腔を芳醇に満たした。

 

 地獄こそが、男にとっての楽園だった。だから、アレはきっと何かの間違いなのだろう。

 

「─────なん、だ? アレは」

 

 ふと、歓喜の雄叫びを上げ、空を見上げた男。地上はこんなにも美しく彩られているのに、空は何時もと変わらない灰色の世界が広がっている。

 

 そこに、一つの()が瞬いているのが見えた。

 

 赤と灰で覆われ、空なんて久しく見てこなかった。故に、それが星である事に男は気付く筈もなく。

 

「───ブッ!?」

 

 男───【顔無し】のヴィトーがこの日最後に見た景色は、灰色の中に浮かぶ白い流星。その景色を最後に、ヴィトーの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵の《爆撃》に惑わされるな! 戦力は依然冒険者(こちら)側が優勢だ! 避難民の誘導と並行して、自爆兵の対応を徹底!」

 

「魔法、及び魔剣で攻撃すれば敵の《火炎石》に引火して自滅する! 爆破に巻き込まれないよう、常に距離を置いて戦え!」

 

 中央広場(セントラルパーク)。迷宮都市オラリオの象徴と呼ばれるこの場所で、勇者が各所に向けて指示を飛ばす。

 

 爆発と炎に巻かれ、家を失った避難民達を一人でも多く救う為に、現場ではなく司令塔として忙しなく動いているが、嘗て無い窮地、嘗て無かった状況に内心では少しずつ焦り始めていた。

 

それでも、勇者を名乗る以上感情を表に出してはならない。そうすれば不安が仲間達に伝播し、更には民衆にまで伝染させてしまう。

 

そうなれば、オラリオは今度こそ瓦解する。今でさえ細い糸で繋ぎ止めている状況が、完全に断たれてしまう。

 

 それだけはダメだと自身に言い聞かせ、今も尚指揮を執り続ける。

 

だが。

 

(被害が多すぎて、広すぎる! 避難民の誘導、闇派閥の奇襲と自爆兵への対応! 戦場が混乱し過ぎて僕の指揮が届かない所もある!)

 

 オマケに、未だ親指の疼きは止まらない。それが勇者へ更なる焦りを募らせる。

 

(南西での戦いも気になる! 戦闘の音が聞こえなくなった。猛者は、オッタルは負けたのか!?)

 

 更には仲間達の連絡も途絶えている。考えられる限りの最悪な状況、それでも今の自分がここから離れる訳にはいかないと、歯を食い縛った時。

 

「団長!」

 

「っ! ラウル、何があった」

 

 ただならぬ様子で駆け込んできた年若い仲間の一人が、酷く困惑した様子で小さな勇者へやってくる。

 

「あ、あの、すすすスミマセン、何だか確定した情報じゃなく、自分も良く分かっていないんスけど……!」

 

「これ、ちょっと落ち着きィ、状況が状況やから無理もないけど、それじゃあ何も伝わってこぉへんで。先ずは深呼吸、切羽詰まった状況ほど大事やで?」

 

 普段はおちゃらけている主神が、真顔で諭している。そんな彼女の言葉に従い、年若い冒険者は数回深呼吸を繰り返し、先程よりも幾分か冷静になる。

 

「その、街の至る所にいる闇派閥が、いきなり倒れ始めたんス! 火事も同様にいきなり消え初めて……現場は、違う意味で混乱しているんス!」

 

「─────なに?」

 

 小さな勇者には、目の前の後輩の言葉の言っている事が良く分からなかった。勝手に倒れた? 闇派閥が? この状況で?

 

本来なら更なる追撃が来てもおかしくはない状況、なのに勝手に倒れ、混乱の元になっている火災まで鎮火している? 嘘は言っている様子はない後輩に、だからこそ小さな勇者(フィン・ディムナ)は戸惑った。

 

 更に。

 

「───なぁ、フィン」

 

「ロキ、どうした?」

 

「避難民って、あんなにおったか?」

 

 困惑している主神の言葉、彼女の視線に沿って振り返ると、其処にはいつの間にか避難民と思われる人垣が出来ていた。

 

「パパ! ママ!」

 

「リア! リアなのね!」

 

「良かった。無事でいて、本当に!」

 

確かに、フィン・ディムナは指揮に意識を割かれていた。被害を抑えるため、避難民を救うため。

 

だが、そんな自分が果たしてアレだけの数の避難民の存在を、果たして見落とす事はあっただろうか。

 

「彼等は……一体?」

 

 何時、何処で、どんな手段で此処までたどり着いたというのか。そんな場合じゃない筈なのに、フィンの意識が戦場から離れた時───気付いた。

 

「────悲鳴が、消えていく?」

 

 先程まで、あんなに聞こえてきた人々の悲鳴が、断末魔の数が明らかに減っていた。空を赤く照らしていた火の手もみるみる内に鎮火していく。

 

摩訶不思議な光景、それもこれもあの時オラリオの空で一瞬瞬いた光が現れてからだ。

 

「一体、何が起きているんだ」

 

 呆然と呟く勇者の呟き、それは主神や後輩(ラウル)も同様で、彼の指揮が再起動するのは同じ派閥の同期が敗北したという報告が来てからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ヨシ、避難民の安全確保は八割がた片付いたか! 後はオラリオを守ってる動きを見せている連中の援護をしつつ、闇派閥の片付けをしていくか!)

 

 オラリオが火の海に包まれてから数分、誰もが必死に生き残ろうと足掻いている最中、一人だけ違う時間で活動している者がいた。

 

ベジット。女神ヘスティアから恩恵を授かり、元の肉体的強度も合わさった事で通常の人間より速く動ける彼の眷族は、ゆっくりと進む周囲の景色を、踏破しながら進んでいく。

 

 少女を押し潰そうとした瓦礫は微粒子レベルで粉砕し、安全な場所に送り届ける。

 

場所はバベルが聳え立つ中央広場。其処では賢そうなチビッ子が指揮を執っていたし、取り敢えず逃げおくれた人達は此処に置いても構わないだろう。

 

 危険に晒された人も、逃げ遅れた人も、親から離れた子供も、皆例外なく中央広場へ送り届けた。本人達が知覚する事もなく。

 

今頃は、自分達がどうして此処にいるのかで軽く混乱しているだろうが………説明はしない。そもそもそんな暇はない、精々『その時、不思議なことが起こった!』くらいの認識でいてくれ。

 

 誰にも知覚できない速度で駆け抜け、その最中に火事の炎を気合い砲(そよ風風味)で吹き飛ばし、火に呑まれ掛けた人を見付けては上記の事を繰り返す。

 

 おかげでオラリオは先程とは別の意味で混乱しているが、それをベジットが知る由もなかった。

 

(ヘスティアから頼まれたのは民間人の安全、目に映る箇所は大体回った。次は瓦礫に埋もれている人か)

 

 爆発に巻き込まれ、瓦礫に呑まれた人の生存率は絶望的だ。それも自分が動き出す前に大勢の人が爆炎に呑み込まれた事を考えると、その被害者数は半端じゃないだろう。

 

 しかし、それでもベジットはやり遂げて見せると決めた。他ならぬ、女神ヘスティアの為に。

 

(アイツは、俺なんかの為に頭を下げてまで頼み込んできた。こんな、ただベジットに生まれただけで何もない。こんな俺を)

 

 数少ないバイト代を全部擲ってまで買ったイヤリング。自分にはこれしかないと、これくらいしか出来ないと、慣れないバイトで心身共に疲れ果て、ボロボロになった彼女の姿が、今も目に焼き付いて離れない。

 

(俺は、何処までいっても偽者だ。ベジットという殻に覆われ、その気になってイキっているだけの………ただの一般人)

 

 この街の人々には、自分何かよりずっと凄い奴で溢れている。10代で団長を張ってたり、街の為に命懸けで戦うなど、自分にはとても真似できそうにない。

 

きっとこの時も、あの子達は戦っているのだろう。

 

自分には、そんな生き方は出来ない。そんな高尚な人間には今更なれない。少なくとも、誰かの頼みがなければ、前世の自分は動けなかっただろう。

 

 でも、だからこそ。

 

(イキり散らすなら、せめて人助け、てなぁ!)

 

 ベジットとなった今の自分なら、きっと出来る。

 

 いや、やり遂げて見せる。

 

その方が、ずっと分かりやすいから。

 

 未だ地獄に取り残される人々を救出するまで、ベジットの救出活動は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、まだ満たされんか」

 

 オラリオの南西、中央広場へ続く大通り(メインストリート)の一角で、顔に二つの古傷を抱えた鎧の男は呟く。

 

眼下に倒れるのは、嘗て自分達に幾度と無く挑み、そして何度も敗北し、泥の味を喰らってきた男。

 

その泥臭さを、鎧の男は評価していた。何度負けてもその都度立ち上がり、何度も立ち向かってきた男。

 

しかし、自分達が最強の座を明け渡し、繰り上げで登り詰めただけの男では、これが限界か。

 

 失望。地に伏せ、動かなくなった猪人(ボアズ)の男を見下ろし、鎧の男は踵を返す。

 

「戦場の空気が変わった。少し早いが………ここらが潮時か」

 

 北西を中心に迷宮都市の変化を感じ取った男は、一時この場からの撤退を選択する。このまま零落を続けるつもりなら、いっそこの手でオラリオを潰す。

 

 その身に大きな意味と覚悟を秘めた鎧の男、今一度自分に負けた泥臭い猪人(オッタル)を一瞥して。

 

「おい、おいアンタ、確りしろ!」

 

(─────え?)

 

 ビクリと、足を止めた。

 

 いつの間にか其処にいた上半身裸の男、逆立った黒髪と耳に付けたイヤリングが印象的なその男は、敗北したオッタルの側で声を掛けていた。

 

(バカな、いつ現れた? この俺が、今の今まで気付かなかっただと?)

 

「クソ、流石にこの傷だと超スピードで動かせられねぇか。ここは一度ヘスティアと合流……いや、やっぱ中央広場まで持っていくか。あそこ商業施設も兼ねてるっぽいし、治療薬とかあるだろ」

 

 自分よりも大きな体のオッタルを、ヒョイと肩に掛けて持ち上げる。

 

「おい、待て」

 

「─────あ? 誰、お前」

 

「俺を知らんか。成る程、最近この街に来た新参者か」

 

「そうだよ。今日この街に来たピカピカの一年生、おっさんこそ誰だよ」

 

 この街に来て早々にこんな事態に巻き込まれたのか、なんとも不幸な奴だと、鎧の男は嘆息する。

 

「来たばかりで気の毒な事だ。だが、貴様も冒険者、この街の人間である以上、放置は出来んな」

 

「あぁ? 何だよおっさん。なに言ってやがる」

 

「貴様も、食らい付くしてやる。喜べ、お前の血肉が、俺の糧になる」

 

 鎧の男には、目の前にいる奴が少し変わって見えた。故に、鋭く踏み込み、脅しのつもりで放たれたその一振は────。

 

「おい、いきなりなにするんだ」

 

「─────なんだと?」

 

 鎧の男が振るわれ一振は、ベジットの人差し指と親指の二本に摘ままれていた(・・・・・・・)

 

「此方は怪我人を抱えているんだ。危ねぇだろ」

 

「………っ」

 

「それとも、お前も闇派閥の一人か?

 

「ッ!!」

 

 ゾッと、全身を駆け巡る悪寒と、長年培ってきた自身の勘により、鎧の男は得物を手放し、マントを翻して飛び退いた。

 

額には大粒の汗を幾つも垂れ流し、その目はベジットを捉えて離さない。

 

(バカな、何だ今の圧力(プレッシャー)は。神の神威とも違う、これが、ただの人間が放てる威圧感なのか!?)

 

 静かに無手の構えを取る。その面は格上を相手にした冒険者の顔付き、しかし対照的にベジットにそのつもりはなく、手にした大剣を男に投げ返した。

 

「────何のつもりだ?」

 

「俺の神さんの願いは、あくまで民間人や怪我人の救援。敵を倒す事は含まれちゃいねぇ」

 

 そのつもりは此方には無いと先程までの威圧を消したベジットは、改めて鎧の男に背を向ける。

 

「コイツを此処まで痛め付けたのがアンタなら、もう勝負は付いてるだろ。いい加減帰れよ」

 

無防備な背中を晒しておきながら、まるで隙が見えない。斬りかかれば最後、胴体と頸が泣き別れする未来が、鎧の男には見えた。

 

 それが、堪らなく嬉しくて(・・・・)

 

「俺の名はザルド。嘗てはゼウス・ファミリアに所属していた男だ」

 

 今度は、ベジットの方が足を止めた。

 

「────ゼウス・ファミリア? え? それって例の………黒竜に負けたっていう?」

 

「流石にそれは知ってたか。然り、オラリオの怠惰を糺す為、無様に舞い戻ってきた敗残兵だ。本来ならば堕落したこの街を喰い尽くす腹積もりだったが……」

 

 嘗ての最強の一人、ザルドは笑う。

 

「お前は、食いでがありそうだ。アルフィアも、お前の事を知れば無視はすまい」

 

「え、ちょ、ちょっと待って、え? 何しに来てんの? え?」

 

 先程までの超然な態度から一転、ザルドが嘗てのゼウス・ファミリアの一員だと知ったベジットは、露骨に動揺し、困惑している。

 

しかし、そんな彼の姿はザルドには目に入らないのか、その顔はどこか清々しさが感じられる。

 

「貴様の顔は覚えた。次は、俺とアルフィアで相手をしてやろう」

 

 そういって笑うと、ザルドは踵を返して今度こそ去っていく。

 

「ちょ、ちょっと待てって」

 

 手を伸ばし、呼び止めようとするも、ザルドの姿はもう其処には無かった。

 

 ゼウス・ファミリア、その生き残りがいた。しかもあの口ぶり的にもう一人このオラリオに来ている様だ。

 

 嘗て世界を守る為に黒竜に挑み、そして散っていった最強の二大派閥。

 

 嫌な予感が止まらないベジットは、白目を剥いたまま、暫くその場から動けなかった。

 

「…………何なんだ、あの野郎は」

 

 その一部始終を、一人の猫人に見られていたのも知らずに。

 

 

 しかし、呆けていられるのも束の間、突然街に幾つもの光の柱が天へと返り。

 

「───なんだ?」

 

 ベジットは地下で何かが蠢くのを唯一人感じとっていた。

 

 






オマケ

もしもベジットがフレイヤ・ファミリア所属だったら?


「は? 白兎の脚(ラビット・フット)を引き入れる? なんでまた」

「私が欲しいからよ。もう、手段を選んでいられないわ」

「フレイヤ様の神意が下された。我等に否の権利はないぞ、団長(・・)

「……なぁフレイヤ、今のアンタの事、何て言うか知ってる?」

「何よ、私を侮辱するつもり?」

「いやぁ、見事なまでの負けヒロインだなって「フンヌッ!!」ツヨガル!?」

 この日、副団長(・・・)オッタルは見た。我等が美の女神、フレイヤの凄まじき一撃を。

その踏み込みは稲妻よりも鋭く、何ならアレンより速かった。


尚、この後普通にベジットが裏切った為、ベル君は一週間ほどで無事に返されました。


「強くなりたかったらまたおいで、合同合宿って事で相手してやるから」

「は、はい! ありがとうございます!」

ちゃんちゃん



 

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