ダンジョンに超なアイツが来るのは間違いか?   作:アゴン

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物語51

 

 

 

 フレイヤ・ファミリア本拠地(ホーム)戦いの野(フォールクヴァング)】。

 

 自分達の主神であり、崇拝し敬愛している美の女神(フレイヤ)から寵愛を賜る為に『強靭な勇士(エインへリヤル)』達が日々殺し合い同然の『洗礼』を行う中、副団長であるアレン・フローメルは主の命令でここ数日とある店の護衛兼監視をこなしていた。今日も任務を終え、相変わらず不機嫌な顔付きで本拠地へと帰ってきたところである。

 

 本日の監視対象は“女神の姿を模した娘”、彼女を知る女神がバッタリ出会さないよう監視を勤め、いつもより少しばかり精神をすり減らしながら、アレンは溜め息を溢して主神が待つ玉座の間へと報告しにやってきた。

 

「只今戻りましたフレイヤ様。神命、恙無く完了致しました」

 

「あら、随分速かったわねアレン」

 

「?」

 

 膝を付いて頭を垂れる。自ら課された神命を果たしてその報告に来たというのに、どういうわけか女神の反応が今一つだ。

 

 不思議に思ったアレンがつい主の許可なく頭を上げてしまう。普段なら決して犯さない過ち、しかし第一級冒険者としての直感が自分達の主である女神の異変に気付く。

 

 頭を上げたアレンが最初に抱いたのは……違和感。相変わらず主神であるフレイヤは美しく、そして残酷な女神であった。

 

 だが、隣に控える奴がおかしい。普段なら顔を見ただけで反吐が出る猪が、今日はどういうわけか気に入らない羽虫(エルフ)になっている。

 

 ……どういう事だ?

 

「ヘディン、テメェ何をしてやがる」

 

「フレイヤ様の御前だぞ。控えろ、駄猫」

 

「答えろ」

 

 その眼に殺意を滲ませて、説明を要求してくる副団長(アレン)にやれやれと【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】のヘディン・セルランドは溜め息を吐く。

 

団長(オッタル)の指示だ」

 

「なに?」

 

「貴様が“あの店”の監視に赴く際、奴が私に指示を出したのだ。自分の留守の間、フレイヤ様を頼むと」

 

「ッ!?」

 

 あり得ない、あの猪が主の命令なく自分の意思で側を離れる事などこれまで無かった。

 

 奴は忌々しいながら女神フレイヤ一番の剣。本人がそう自負し、女神もそれを認めているからこそ、側に控えることを許されている。

 

 女神の寵愛を独占するクソ猪。それがフレイヤ・ファミリア全員の共通認識なのだから。

 

「────奴は、何処へ行った」

 

 女神フレイヤの前という事もあり極力声音を抑える。が、その声には先程よりも濃い殺意が滲んでいた。

 

 誤魔化したり、嘘を吐けば殺す。視線と共に投げ掛ける殺意に、ヘディンは二度目の溜め息を吐き……。

 

「────奴ならば、ベジットと共にダンジョンへ遠征に向かった。今頃、階層主を相手に存分にその腕を振るっている事だろうよ」

 

「ッ!?」

 

 呆れと共に吐き出される台詞にアレンは目を見開いて愕然となる。主神を見れば「ごめんなさいね」と舌と茶目っ気を出す彼女にアレンは自分が嵌められたと漸く気付く。

 

「────ッ!!」

 

 歯を食い縛り、踵を返して玉座の間を後にする。風よりも……瞬間移動の如く駆け抜ける副団長にフレイヤは特に気にした様子もなくあらあらと頬に手を当てる。

 

「参ったわねぇ。もう少し期日を延ばすべきだったかしら?」

 

「恐れながら、奴は団長(オッタル)に次いで野生の勘があります。期日を延ばした所で、気取られるのが関の山かと」

 

「それもそうよね」

 

 隣から聞かされる全うな意見。フレイヤも認める忠臣のヘディン、彼の言葉にフレイヤもまた溜め息を溢した。

 

「それに、奴であれば問題なく事は進められましょう。仮にアレンが追い付いた所で……どうにもなりますまい」

 

「アレンではベジットを越せないと?」

 

「既に、それが証明されてますれば」

 

「正直ね」

 

 眷族の忌憚のない意見はフレイヤも同じだった。オッタルはベジットとベートの遠征に同行し、昇格を果たそうとしている。

 

オッタルだけが強くなることを良しとしない団員は、時に奴の邪魔をしようと遠征中に画策した事もあった。

 

 だがベジットという規格外が現れた事で、フレイヤ・ファミリア内の空気は少しずつ変わりつつある。彼がもたらした“気”という概念は眷族達に新たな力と知恵、何より選択肢を与え、外の平原では殺し合いというより自らの力を模索する実験場になりつつあった。

 

 この変化が今後どの様な良し悪しになるかは分からない。だがこれ迄とは明らかに違う空気の流れに、フレイヤはそれも良しと見守る事にした。

 

アレン(あの子)ももう少し肩の力を抜けば良いのにねぇ」

 

「奴にとって、それは最も難しい課題となりますね」

 

 ヘディンの言葉を聞いてそうよねとフレイヤも幾度目かの溜め息を漏らす。あの分だと、オッタル達に追い付き次第また殺しに掛かるのだろう。

 

 そして、そうならないように彼が割って入るのだろうが……なんかもう、フレイヤはヘスティアに対して頭が上がらなくなっている気がした。

 

「──でも、意外ね。アナタもオッタルの昇格には反対かと思ってたわ」

 

「無論、面白くはありません。ですが、代替案が示されれば、私も否とは言いません」

 

「代替案?」

 

 ヘディンもアレンに負けず劣らずオッタルに対して良く思ってはいない。けれどオッタルの指示を素直に受け入れる事から何かは企んでいるだろうと思っていた。

 

 だが、代替案とは一体?

 

「……最近、ヘイズ・ベルベットが料理を振る舞う度、口にした者達から調子が良くなっていると言う報告が上がってきています。心当たり──御座いますね?」

 

「――あー……」

 

 反射した眼鏡がフレイヤを射貫く。こりゃ完全に確信してるわと、追い詰められたフレイヤは心の準備ができるまで秘密にして欲しいと言うヘイズの願いを裏切り。

 

 その日、【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】と称される魔女は、料理長という新たな役職を兼任することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

 迷宮37階、深層【白宮殿(ホワイトパレス)】の中心点。本階層の中心地点である『玉座の間』にて階層主ウダイオスが雄叫びを上げる。

 

 階層の主が警戒するは『玉座の間』を駆け回る灰の閃光。配下である骸の軍勢(スパルトイ)を蹴散らしながら、己の命を刈り取らんとする者。

 

 全高10Mを有するウダイオスは下半身が地に埋まる階層主。旋回できず基本的にはその場で君臨する骸の王は、削がれた機動力を補って余りある“力”を有している。

 

 逆杭(パイル)。地から生える巨大な骨の杭、それは下半身のないウダイオスの攻撃手段。自在に且つ無限に射出される漆黒の剣山は着実に灰の閃光を追い詰める。

 

 更に、逆杭の他にもウダイオスの意のままにダンジョンから産まれる雑兵(スパルトイ)が逃げ道を塞いでいく。

 

 しかし。

 

「シャイ☆」

 

 灰の閃光(ベート・ローガ)はこれ等を文字通り一蹴。迫り来る逆杭(パイル)も、群がるスパルトイも一切合切が【凶狼】の蹴り一つで蹂躙されていく。

 

 相手は第一級の冒険者が束になって挑む階層主。数多の冒険者を屠り、数知れない英雄候補達を死に追いやった怪物を相手に、件の狼人(ウェアウルフ)は一人で戦いを成立させていた。

 

「……順調だな、【凶狼】の調子は」

 

「あぁ、ここまでは予定通りだ」

 

 深層に巣くう怪物を、ベートは敏捷(速さ)だけで翻弄していく。Lv.7のオッタルでさえも舌を巻くベートの技。階層主を相手に一歩も引かずに戦う様にベジットも満足そうに頷いていた。

 

「通常、対迷宮の孤王(モンスターレックス)では十数人のパーティーを組んで挑むのが定石(セオリー)だが」

 

「それだと偉業が薄れる(・・・)。だったら、単独(ソロ)で討伐した方が得られる経験値(エクセリア)の質は高い」

 

 中層の階層主ゴライアス、下層の階層主アンフィス・バエナ、そして深層の階層主ウダイオス。これ等は冒険者が第一級へ至る為に明確な標なのではないかとベジットは睨んでいた。

 

 冒険者が昇格(ランクアップ)を果たす為には、神々も認める偉業が必要になる。ならば、この場合偉業とはなにか。

 

 詰まる所、試練()を超える事。現時点では倒せない相手を自分の持てる全てを出しきって超克する。それが冒険者がその器を次の位階へ昇格させるのに必要不可欠な通過儀礼。

 

 ベート・ローガの場合、今回はその相手がウダイオスとなった。下層の階層主(アンフィス・バエナ)との決戦から既に一年近く経つ。これ迄ベジットとの鍛練や自己修練を欠かさなかったベートはトンチキ二人からの死の7日間を乗り越え、遂にウダイオスとの戦いへと挑み始めた。

 

 Lv.5のベートが推定Lv.6のウダイオスを単独で倒す。それは間違いなく神々が認める偉業に他ならない。

 

「現状、ウダイオスが圧されているな。後は奴の骨に覆われた魔石をどう砕くかだが……」

 

「手段はある、やり方もな。問題はそれが出来るまでの隙をどうやって生み出すかだ」

 

 ベートの戦いぶりを見て、いつの間にか解説と実況をしているベジットとオッタル。見付ければ手当たり次第に襲ってくるスパルトイを用意した飲み物を片手に蹂躙している様は理性なきモンスターの群れに言い知れない悪寒を抱かせていた。

 

 戦いは敏捷のあるベートが優勢。しかし奴の肋骨に覆われた魔石を砕くにはまだ一手足りない。

 

 だが、それらを突破する条件もベートの立ち回り次第でクリアとなり、勝ち筋は見える事だろう。これはベートが挑まなければならない試練、極力二人は手を出すつもりはないが……。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

「如何に叫ぼうが、このスーパーウルフから逃れる術はない! さぁ、覚悟するが良いスケルトンキング! 貴様はこの【凶狼(ジェネシックウルフ)】スーパーベート様が退治してくれる!!」

 

「「………………」」

 

 吼えるウダイオスを翻弄するベートは何処までもアレだった。扱けば扱く程、追い詰めれば追い詰める程に力を開花させていくベートを、ついつい楽しくなってしまった二人がやりすぎた結果――ベート・ローガはアーパーと化した。

 

 本来のベートであれば絶対に口にしたりしない台詞の数々。これも一種の尊厳破壊かと、普段の暴言を吐き散らすベートよりある意味で酷いと二人は冷や汗を流した。

 

「……なぁオッタル」

 

「なんだ」

 

「アイツ、元に戻るかなぁ」

 

「…………信じるしかあるまい」

 

 ポーションを飲ませ、“仙豆擬き”も何個か食べさせた。それでも元のベートに戻る様子はなく、一度二人はアミッドに診せるべきか真剣に悩んだのだが……。

 

無問題(モーマンタイ)! 全ては万事、このベート様に任せんシャイ☆ 期待してくれよ団長(リーダー)! オッタルん!』

 

『『………………』』

 

 もう、色々と酷かった。その後も何度もベートを地上に戻そうと説得を試みるが、本人の強い意思により却下され、一度は頭に強い衝撃を与えれば元に戻ると信じて実行しようとした。

 

 だが、精神的医術の知識なんて欠片も持ち合わせていない二人にはどうする事も出来ず、その結果、こうして見守る事以外に選択肢が無くなってしまった。

 

 なにが一番酷いって、あんな風になってもちゃんと教わった通りに戦えている事だよ。なんならはっちゃけている分、普段より思い切りが良いまである。

 

「頼む、ベートを元に戻してくれ神様!」

 

「俺達の女神は地上にいるがな」

 

 最後の手段の神頼みに対するオッタルの冷静な指摘に、ベジットもスンッと真顔になる。

 

 ともあれ、自分達がベートに何かをしてやれる事はない。今は大人しく戦いの行方を見守ろうとした時、ウダイオスに変化が訪れる。

 

「む?」

 

「どした、オッタル」

 

 変化に最初に気付いたのは、これ迄何度もウダイオスと対峙してきたオッタルだ。通常、ウダイオスは逆杭と配下のスパルトイを召喚し、その巨大な体躯を活かしての広範囲攻撃で冒険者達の前に立ち塞がる。

 

 だが、ベートという桁外れの個を前にしてウダイオスの動きに変化が現れた。

 

「あ?」

 

「なんだと?」

 

 ウダイオスの元に顕れたのは──巨大な剣。ウダイオス同様黒に染まるその大剣を持つ姿は、長く冒険者をしてきたオッタルでさえも初めての光景だった。

 

「バカな、ウダイオスが剣だと」

 

「なにか不味いのか?」

 

「ウダイオスが剣、“天然武器(ネイチャーウェポン)”を使うなど聞いたこともない。この情報、ギルドにすら挙がってない筈だ」

 

 つまり、あの剣は何らかの条件が揃った事で起動する階層主の特殊(レア)な行動らしい。

 

 いや、気にする所は其処じゃない。剣を掴み、振り上げたウダイオスの肩から手首に至る関節部分が如何にもな様子で光を放ち始める。

 

 それはまるで一種の溜め行動(チャージ)。奴から繰り出される一撃の規模を予見したベジットは、珍しく焦った様子でベートに呼び掛ける。

 

「ベート! 気を解放しろ!」

 

「ッ!!」

 

 団長からの指示。目の前で振り下ろされる斬撃に悪寒を感じたベートは、返事などしている間もなく即座に気を解放する。

 

 瞬間、振るわれる一撃は周囲のあらゆるモノを吹き飛ばし、『玉座の間』にて光が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────あ?』

 

 気付けば、俺は何処かの浅瀬に立っていた。流れる水は穏やかで、腰辺りにまで浸かっているのにまるで抵抗を感じない。

 

『俺、何をして……』

 

 思い出そうとして、どれだけ頭を唸らせても自分が此処にいる過程が思い出せない。

 

 一体此処は何処で、自分は何故此処にいるのか。不思議に思いながらも俺の視線は自然と向こう側の岸に向けられる。

 

 霧が掛かってよく見えないが、向こうから懐かしい気配がする。数は……三つ。霧の向こうからやってきたのは、二度と会えないはずの連中だった。

 

『ルーナ、レーネ、セレニア。お前ら、何で……』

 

 三人は死んだ。俺が弱く、そして三人も世界の理不尽に押し潰されて死んだ。

 

 ああ、これは夢か。ルーナやセレニアは兎も角、身体の弱かったレーネまで綺麗な走りをしているのだから。

 

『『『今すぐ戻れ馬鹿ベート(お兄ぃ)ッ!!』』』

 

『コッペパッ!?』

 

 ほら、やっぱり夢だ。三人揃って繰り出すドロップキックに吹き飛ばされ、俺の意識は再び溶けていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ハッ!?」

 

 何だか、懐かしい夢を見た気がする。

 

 意識を取り戻し、何故か全身が痛む事に戸惑いながらベートは起き上がると、遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえる。

 

 見れば、何故か焦った様子のベジットが何かを叫びながらジェスチャーしている。なになに、避・け・ろ?

 

「っ!?」

 

 瞬間、背後から感じる殺気に気付いたベートは後ろを振り返ることなく横へ跳躍。刹那、自分が居た場所を巨大な黒い塊が通過し、衝撃が地盤ごとベートを吹き飛ばす。

 

「ぐぁっ!? な、にが……!?」

 

 未だ混乱する思考。痛む身体に鞭を打ってそれでも体勢を整えたベートは、黒い塊を振るった何者かを見据える。

 

「っ、こいつは!?」

 

 眼前に聳える巨大な骸骨。噂に名高い階層主(ウダイオス)が剣を携えてベートを見下ろしている。

 

 何故自分が階層主と戦っているのか、群がってくるスパルトイの軍勢を蹴散らしながら状況を一つずつ思い出すベートだが、漸く事の流れを把握する事が出来た。

 

 そう、自分が昇格の為の偉業を成し遂げる為には前の時のように階層主を一人で倒すのが確実。そう語る団長(ベジット)の誘いに乗って今日まで鍛えてきたのだ。

 

 フレイヤ・ファミリアの団長ことオッタルも参戦したりと、ベートは前回以上の地獄を体験した。

 

 だが、覚えているのはそこまで。あの闘技場(コロシアム)での地獄の日々を途中までしか思い出せない。自分がこうして階層主の前で立っているのだから、乗り越えたのは間違いないのだろう。

 

 何故一時期の記憶が欠落しているのか、それは後であの二人(馬鹿共)からきっちり聞き出せば良い。

 

 その前に先ずは……。

 

「テメェをぶち殺す所から始めるとするか」

 

 気付けば全身が痛み、何なら軽く満身創痍だが、ベートの内からは相変わらずの闘志が漲っている。

 

ウダイオスはLv.6相当の階層主。複数の第一級冒険者がパーティーを組んで初めて対等と呼ばれる怪物を相手に、【凶狼】は牙を剥き出しにして飛び掛かる。

 

「行くぞ、クソ骨。粉々にしてやる」

 

「⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

 姿勢を低くさせて駆け抜ける。先程よりも速いベートにウダイオスは構わず剣を振り下ろす。

 

 溜めはなくとも、一振だけで周囲を凪払う怪物の一撃。眼前に迫る死の刃を前に、ベートはこの一瞬だけ更に加速する。

 

 ビシュンッと残像だけを残して、ウダイオスの一撃を掻い潜る。ベートの残像拳にまんまと引っ掛かったウダイオスが、自身の勝利を確信する。

 

 が、砂塵の向こうにはある筈のベートの死体がない。不審に思い辺りを見渡すも、此方を眺めるだけでなにもしてこない人間二人以外の姿は見えない。

 

 まさかと思い背後へ視線を向ければ、天井に張り付く狼がいた。

 

「先ずは借りを返してやるぜ」

 

 記憶のない痛みを受け、ダメージを負った分を返す。全身に纏う気を更に強くさせ、天井を蹴って回転する。

 

 脚を起点に更に気を高める。回転を加え、威力を底上げしたその技は、【黒の破壊者(ジャガーノート)】を両断したベートのアレンジ技。

 

「“気円脚”ッ!!」

 

 練り上げた気の刃はウダイオスの右腕を肩口から切断せしめた。自身の腕が簡単に取れて唖然となる一方、スパルトイを巻き込みながら地面に着地する。

 

「……距離が開いたか」

 

 ウダイオスの攻撃力を削ぐ為に勢いを付けたのは良いが、つい距離を開けてしまったウダイオスとの距離は凡そ100M程。

 

 それはウダイオスに取って最大の一撃が放てる距離。それに気付いたウダイオスは剣を振り上げ、溜めを開始する。

 

 肩から手首にかけて関節が発光する。恐らくはあの一撃で一度、自分は死にかけているのだろう。

 

 再びアレを受けたら不味い。だが、此処から奴の間合いに潜り込むには距離も力も足りない。奴を完全に打ち倒すには、奴の肋骨に守られた魔石を砕く他ない。

 

 これ迄のベートであれば、防ぐか避けるかの二択。だがこの状況ではどちらも難しいだろう。

 

 ならば………。

 

「────チッ、仕方ねぇ。一かバチかだがやるしかねぇか」

 

 一度だけ、ベジットを一瞥する。するとベジットも視線に気付き、何かをする事に覚悟を決めたベートを見て、一瞬だけ目を見開き次いで笑った。

 

「好きにしろ。これはお前の冒険だ」

 

 その言葉がベートに届いたのかは分からない。だが、頷くベジットに何かを確信したベートもまた

 フッと口元を歪めてウダイオスへ向き直る。

 

「さぁ、冒険と洒落込むかァッ!」

 

 気を解放させる。ウダイオスの腕を切断した時よりも強く、激しく、白き炎はベートの闘志に応えるように燃え上がる。

 

 初めて目の当たりにするベートの全力。この後の事は考えない、次の攻撃に全てを掛けたベートの覚悟に、オッタルも目を見開いて刮目する。

 

 ウダイオスの溜め(チャージ)が加速する。肩から腕、手から剣へ。関節だけだった発光現象はウダイオスの左腕全てに広がっていく。

 

 未知への踏破。その事だけを頭に入れ、ベートは両手を前へ翳し……。

 

「────かぁ」

 

 その両手を右の腰回りへと持っていく。

 

「────めぇ」

 

 それは、ベートが初めてベジットを知った日。蠢くモンスターの群れを消滅させ、奇跡を起こした力の具現。

 

「────はぁ」

 

 最初にそれ(・・)を目にした時、ベートは何を思ったか。力あるベジットへの嫉妬? 力なき自分への怒り? いいや、それは……多分違う。

 

 ────それは、きっと“憧憬”なのだ。モンスターの波を砕き、暗雲を吹き飛ばす光。その光景は理屈抜きで、ベートの心に深く染み付いた。

 

「────めぇ」

 

 両手の間にある“空”に蒼白い光が宿る。熱が溢れ、力が発露し、奇跡が生まれる。

 

 理知の無いモンスターが後退る。遠巻きで戦いの行く末を見守っている【猛者】が驚きに目を剥いている。

 

 誰も彼もが唖然となる中で……。

 

「ぶちかませ」

 

 ベジットだけが確信する。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

 雄叫びと共に振り下ろされる、溜めに溜められたウダイオスの一撃。剣圧が階層の地面を捲り、配下のスパルトイを塵にしてベートへ迫る。

 

受ければ致命傷は免れない。けれど、それでもベートは笑みを絶やさず……。

 

「波ァァァァァッ!!!!」

 

 その力を解放する。蒼く、ベートの放つ“かめはめ波”はウダイオスの剣圧と激突し、衝撃の余波が階層を揺さぶっていく。

 

 雑兵たるスパルトイは余波で消し飛び、衝撃による暴風がオッタルとベジットの頬を叩く。

 

 いざという時は助けるつもりでいた二人も、もうこの戦いに介入する余地はなくなった。

 

 ぶつかり合う力と力、この光景に横槍はあまりにも無粋だと、オッタルもベジットも見守りに徹する事に決め────。

 

「だァァァァァァァっ!!!」

 

 最後の最後まで、自身の全てを出し切る勢いで放たれるベートのかめはめ波はウダイオスの剣圧を押し退け――。

 

 堅牢な肋骨に護られた魔石を、諸とも粉々に打ち砕くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 満身創痍。ダメージを負い、渾身のかめはめ波をぶちかまし精も根も尽き果てたベートは、その場で大の字となって倒れている。

 

 ウダイオスに付き従っていたスパルトイも消し飛び、残っているのはウダイオスが生み出した黒い大剣のみ。自分に出来る全てを出し切った事に満足するベートの顔をベジットが覗いてくる。

 

「よぉ、初めてにしては中々上手く出せたみたいだな」

 

「ベジット……」

 

「どうだ、初めてかめはめ波をぶちかました感想は」

 

 思い出すのはアンフィス・バエナに勝った時の事。あの時と似たやり取りにベートはハッと笑みを浮かべ……。

 

「悪くない」

 

 やはり、あの時と同じ台詞を吐いて、差し伸べるベジットの手を掴むのだった。

 

 

 

 

 





Q.レーネって誰?

A.ベート君と同じ部族の生まれで幼馴染み。今回はベート君の危機に綺麗なボルトフォームで駆け付け、彼岸から追い出した。







試練を乗り越え更なる強さを得たベート。

 しかし、三人はまだ知らない。自分達にはまだ過酷な運命が待っている事に。

次回、『悲劇』

君は、狼の涙を見る。









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