ダンジョンに超なアイツが来るのは間違いか?   作:アゴン

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物語78

 

 

 

「あれ?」

 

「ベル君、どうかしたのかい?」

 

 怪物祭、ガネーシャ・ファミリアが主催とするモンスターを公の場でテイムするというスリル溢れる催し。

 

 盛り上がりも最高潮に達しつつある闘技場(コロシアム)を尻目に屋台巡りを堪能していたベル達、ヘスティアとアリスが美味しいクレープを味わう中、一人ホットドックを頬張るベルはふとある違和感を感じ取る。

 

「今、何か揺れませんでした?」

 

「え、そう? 僕は特に何も感じなかったけど……」

 

「……………」

 

 ベルの言葉に首を傾げているヘスティアだが、アリスはベルの違和感を紐付ける様にクレープを口にしたまま沈黙している。

 

 闘技場の奥の奥、其処から感じ取れる微かな神気。やったなとアリスが確信した瞬間、闘技場の出入り口から金具が引き裂かれる音と砂塵が吹き上がる。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

「どうやら、何処かのアホな女神がやらかしたみたいだよ」

 

「アリスさん?」

 

 途端に悲鳴が周囲に響き渡り、砂塵の中からモンスターが姿を現す。

 

「あれは………野猿(シルバーバック)!?」

 

 顕になる銀色の毛並み、テイム用に繋がれた筈の鎖は途中でへし折れ、鉄製の目隠しの隙間から赤い眼光が周囲を射貫く。

 

 上層の11階層付近に現れるとされる巨大な体躯を持つモンスター、野猿(シルバーバック)。駆け出しの冒険者では到底太刀打ちできないとされる怪物がヘスティア達を見据えていた。

 

「な、なんかあのモンスター君。此方を見ていないかな?」

 

「あ、明らかに此方を見てますよ!?」

 

「不味いわね」

 

 明らかに様子のおかしいモンスター。既に周囲の人々はパニックになりながら逃げ惑い、露店の店主達も逃げ出している。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

 そんな人々に一切目もくれず、野猿はヘスティアに向かって突き進んでくる。

 

「不味い、あのモンスターはヘスティアを狙っているみたいだよ!」

 

「ウェッ!? 僕!?」

 

「急ぎ、本拠地(ホーム)に戻りましょう! 僕、今は武器を持ってません!」

 

 今日はお祭りと言うこともあってリリルカから借りていたナイフは自室に置いてきてしまっている。こんな事なら持ってくるんだったと、ベルは自身の過失に後悔しながら、次から外に出る時は最低限の装備を身に付ける事を心に誓った。

 

「折角のお祭りだけどそうするしかないね。ベルはヘスティアを連れてホームへ!」

 

「あ、アリスさんは!?」

 

「出来る限りの時間を稼ぐよ!」

 

 ヘスティアの護衛をベルに任せ、一人モンスターと対峙する。相手は見上げる程に巨大なモンスター、その外見に似合わず突っ込んでくる野猿に向けて。

 

「ほら、大人しくしなさいな」

 

 アリスはほんの一部、精霊としての力を解放する。彼女を中心に集まる風、精霊であるが故に魔法のごとき力を詠唱せずに行使する。

 

「他にも脱走しているモンスターは多そうだし、早い所片付けるよ!」

 

 纏うは風、放たれるは鋭き刃。圧縮された風の刃を野猿に向けて放とうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

“───────アリア”

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?!?」

 

 ゾワリ。全身をナメ回される様な不快感と悪寒にアリスの顔が強張る。

 

(なに、今の? 何処かで………)

 

 覚えがあるような、そうでないような。突然感じたおぞましい“ナニカ”。まるで此方を値踏みしているような感覚。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

「っ、くっ!」

 

 そんなアリスの不調などお構いなしに野猿の手が彼女に迫る。正体不明の横槍に戸惑いながら、アリスは霧散する風を再び操り野猿を吹き飛ばす。

 

 人気の無い所へ飛ばしたから人的被害はないが、依然として野猿は元気なまま。邪魔をしたアリスではなく、ヘスティアに狙いを定めたらしいモンスターは、周囲の人間には目もくれずヘスティア達を追っていく。

 

「いけない、早く二人を追わないと……!」

 

 未だアリスには妙な気持ちの悪い感覚がへばりついている。振り払うように風を纏い、空を飛ぼうとするが……。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

「っ!?」

 

 突然の下からの爆発。舗装された地面が吹き飛び、砂塵の中から現れたのは巨大な花────を、模したモンスター。

 

 鋭い牙の奥から覗かせる人の口と酷似した顎がアリスを食らおうと迫ってくる。

 

(間違いない! さっきのイヤな感じは、コイツから!)

 

 ────否、より正確に言えばこの気色悪い花を通して見ている“ナニカ”がアリスを見付けようとしている。

 

 値踏みをして、舌なめずりをして………その感覚がどうしようもない程に不快。

 

 このモンスターに関わるのは不味い。何とかこの場から逃げようとするアリスだが、他にもまだ潜んでいたのか、左右後ろとそれぞれからもう三つの花が地中を貫いてアリスを包囲する。

 

(これは、ちょっと不味いかも……)

 

 幾ら精霊と言えども、モンスターに食われる末路は勘弁願いたい。周囲に人目が無いことに賭けて、アリスが“大精霊”としての力を解放しようとした時。

 

「ウチのマスコットに触んじゃねぇよ」

 

 アリスを食らわんとした四つの花は、横に一閃。口の中にある魔石が砕かれるのと同時に、人を食らう食人花は灰となって崩れ落ちる。

 

 モンスターの突然の消滅に面喰らいながら、アリスは浮遊感を失い落下する。しかし地に尻餅を付くことはなく、気付けば太く逞しい腕に抱えあげられていた。

 

「ベジット!」

 

「よぉアリス。待たせたな」

 

 見上げてみれば天下無敵の冒険者にアリスは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、取り敢えず問答無用で斬ってはみたが………アリス、このモンスター知ってるか?」

 

「うぅん、私も初めて見る」

 

 一先ず無事だったアリスを下ろして周囲を見渡す。食人花らしき巨大なモンスターは既に核となる魔石が破壊されたことで塵となってしまっている。

 

 初めて目にするモンスター、オラリオで冒険者をやって七年のベジットは勿論、千年前からオラリオを知るアリスもあんな不気味なモンスターは知らないと言う。

 

 新種のモンスター? 仮にそうだとしてどうして地上に?

 

「まさか、これもガネーシャ・ファミリアがテイムに捕らえていた奴か?」

 

「うぅん、それは違うと思う」

 

「だよなぁ。ガネーシャ様だってワザワザそんなリスクを犯す真似はしないだろうし」

 

 群衆の主であるガネーシャ神は下界の人類(子供達)に対して深い愛情を持っている。ベジットとヘスティアがオラリオに来る前から既に幾つもの孤児院に多額の寄付をしているというし、落ち込んでいる人を見ればいつもの調子で元気にしてくれる。

 

 その神格者振りは他の神々も認める程で、民衆からの支持も厚い。そんな男神が幾ら見世物だからといって新種のモンスターをいきなりテイムしようとするだろうか?

 

 断言する。ベジットが知る限りガネーシャ神がそんなリスクの高い真似をする事は絶対にしない。人類の力になる為なら自身のメンツだって度外視出来る神だ。そんな事する訳がない。

 

「なら、コイツは地下からやってきたって事になるが……別に“蓋”が破られたって訳じゃないよな?」

 

「それはそうだよ。オラリオの蓋が破られる程のモンスターの進攻があるなら、とっくに大騒ぎになってるもん」

 

「だよなぁ……」

 

 脳裏に過るのは【正邪決戦】の時に現れたとされる“大最悪(モンスター)”。あれも神を生け贄に召喚された特殊なモンスターで、地上に向けて進出。

 

 事前に相手の狙いを読み切ったフィンのお陰で18階層の段階で迎え撃ち、討伐に成功している。

 

 あの食人花のモンスターも確かに他とは毛色の違うモンスターの様だが、あの大最悪と同等かと言われれば……首を傾げてしまう。

 

(なら、この気色悪い花みてぇなモンスターは、何処かから(・・・・・)連れてこられた(・・・・・・・)? ………ん?)

 

 今、自分で思考を巡らせて何かが引っ掛かる。確か、似たような事が【正邪決戦】で起きていなかったか?

 

 確か、あの時も何処からともなくダンジョンから地上に現れなかったか?

 

 浮かび上がる疑問と、それに合わせて出てくる符丁(ヒント)。ベジットがそう言えばと思考を巡らせていると、背後から複数の気配が近付いてくる。

 

 考えるのは一時中断し、振り返ると……。

 

「ベジットさーん!」

 

「今なんか変な蛇? 花? みたいなモンスターいなかった!?」

 

 やってきたのはガネーシャ・ファミリアの副団長のアーディとアストレア・ファミリアの団長、急いで駆け付た彼女たちに簡単に事情を説明する。

 

「あぁ、なんか地下から沸いてきたのを適当に斬った。アーディ、アレってお前の所の仕込み……じゃないよな?」

 

「う、うん。あんなモンスター私も……多分お姉ちゃんも知らない。予定していたモンスターの欄にあんなのなかったもの」

 

「じゃあ……やっぱり新種?」

 

 やはりと言うか、ガネーシャ・ファミリアはあの気色悪い花のモンスターに心当たりは無いようだ。安心する反面、ならばあのモンスターは何だったのか。

 

 スッキリしない疑問だけが残る中、アリーゼが気持ちを切り替えるように手を叩く。

 

「ホラホラ、考え込むのも良いけど先ずは市民達の安全確保を優先しないと! 暴れだしたモンスターは他にもいるもの、ちゃっちゃと片付けないとね」

 

「それもそうだな。………と、その前に。アリス、大丈夫か?」

 

 考え事は後に回し、今はアリーゼの言う通り市民の安全確保を優先的に行動するべきだろう。未だ聞こえてくるモンスターの遠吠え、ベルとヘスティアの事も気になるしさっさと動こうとする………その前に。

 

 何やら胸を抑えて表情を強張らせているアリス、ベジットは彼女と視線を合わせるように膝を折り、訊ねる。

 

「アリス、大丈夫か? 何処か苦しいのか?」

 

「うぅん、大丈夫。ただちょっと胸騒ぎをしただけ。ベジットはこれからモンスター退治?」

 

「あぁ」

 

「じゃあ、私は先に本拠地に戻っているね。申し訳ないけど後の事は……」

 

「あぁ、俺に任せろ」

 

 後の事は任せたと、託してくるアリスにベジットは即答で快諾する。相変わらず即断即決な団長だと、安心したアリスは風を纏って姿を消す。

 

「え、き、消えた?」

 

「もしかして今の娘が噂の?」

 

「あぁ、俺が契約した風の精霊アリスだ。………さて、いい加減俺達も動くとしよう。先ずは───」

 

 ドォンッ。再び聞こえる爆発が起こり辺りに轟音が響く。音のする方へ視線を向ければ先と同じ気持ち悪い花のモンスターが鎌首をもたげていた。

 

「先に雑草狩りを始めるとしようか」

 

 折角の祭りに水を差し、台無しにしてくれた礼を返してやらなければ。

 

(ベルの方は……まぁいいか。野猿程度の相手に手間取る事は無いだろうし)

 

 いざとなったら瞬間移動で助けに入ればいい。些か傲慢な考え方だが、あのくらいの障害は軽く乗り越えて欲しいというのもまた事実。

 

 ヘスティアの事はベルに一任しよう。そう決断を下したベジットは剣を担ぎ、アーディとアリーゼを引き連れてベジットは新たな戦場へ向けて飛翔する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スミマセン神様、大丈夫ですか!?」

 

「僕は大丈夫だよ! ベル君はこのままダイダロス通りを抜ける事に集中してくれ!」

 

 ヘスティアを連れて闘技場から離れること数分、未だにあの野猿は自分達………否、主神であるヘスティアを狙って追ってきている。

 

 足止めをすると殿を務めてくれたアリス、精霊である彼女が野猿を通してしまったのは彼女に何かがあったのではないかと、ベルは焦る思考の中考えてしまう。

 

(クソ、早く神様を安全な所に逃がさなきゃいけないのに!)

 

「⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

 背後から聞こえてくるモンスターの雄叫び。このままではいずれ追い付かれてしまう、唯でさえここ“ダイダロス通り”は土地勘の無い者では迷ってしまう地上の迷宮、天性の逃げ足や障害物、或いは咄嗟に見付けた隠し通路という仕掛け(ギミック)を利用してどうにか逃げ続けているが、それももう長くは保たない。

 

(せめて、せめて神様を一時的に隠せる場所さえ見付ければ、時間稼ぎが出来るのに……!)

 

 そんな考え事をしていた所為か、ベルは今更自分が行き止まりに差し掛かっていた事に気付く。

 

 逃げ場がない。広くはあるが高い壁に囲まれたその場所は身を隠せる場も、抜け道も存在しない。急ぎ来た道を戻らなければと振り返ると、既に巨大な野猿が来た道を塞いでいた。

 

 こんな追い詰められた状況でも、誰も助けには来てくれない。義母も、叔父も、先輩も、副団長や団長も、自分の助けには来てくれなかった。

 

(ッ!! 何を、何を考えているんだ僕は!!)

 

 情けない。事ここに至って、未だに自分は団のみんなに助けを求めようとしている。強くなりたいと願っておいて、誰かの助けが欲しいと浅ましく願っている。

 

 ………でも、此処で戦うことを選んで万が一彼女を巻き込んでしまったらどうする? 今、自分の腕には全知零能の女神が抱えられているのだ。

 

 ヘスティア様を、神様を巻き込むのか? 自分のエゴに、我が儘に、ただ自分の勝手な証明の為に神様を巻き込んでいいのか?

 

 焦りが思考を鈍らせ、迫る野猿がベルに焦りを募らせる。壁際まで追い詰められてしまったら、今度こそ自分達に逃げ場はない。

 

 選ぶしかない。戦うか、この身を賭けての逃走か。

 

 荒くなる呼吸、視界が狭まる中、暖かな温もりが頬に当たる。

 

「────神、様?」

 

「大丈夫かいベル君、酷い顔色だぜ?」

 

 見ればモンスターに狙われている本人なのに、その女神は落ち着いた様子でベルの頬に手を添えていた。

 

「先ずは落ち着こう、ベル君。焦りは思考を狭めてしまう。深呼吸してゆっくりと前を見据えるんだ」

 

「そんな、そんな悠長な事をいってる場合じゃ……!」

 

「ベル君」

 

 野猿はもう目の前、何時こちらを飛び掛かってきてもおかしくはない。今自分達がいるのは逃げ場の無い行き止まり、助けが来ることを望めないのなら自分の手で乗り越えるしかない。

 

 なのに。

 

「────駄目なんです。僕は、僕はやっぱり弱い。冒険者になりたいと口にして、それなのに僕は………」

 

 怖い。守りながら戦う事が、自分よりも大きい怪物と戦う事が。団のみんなと鍛練していた時とは違う恐怖がベルの脚を縛り付けていた。

 

「大丈夫さベル君、君は強くなる。強くなれる」

 

「神様……でも」

 

「それに、君には目指すべき場所が、辿り着きたい場所があるんだろ? だったら、此処で立ち止まる訳にはいかない。そうだろ?」

 

「───あ」

 

 女神の言葉で思い出すのは、金色の長髪を靡かせた彼女。

 

 そうだ、自分は彼女に………アイズ・ヴァレンシュタインに憧れた。彼女の様になりたくて、彼女の様に強くなりたくて、彼女の………いつか、隣に立てるようになりたいと、そう願ったから。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

 モンスターの雄叫びが間近に迫る。振り抜かれた巨大な拳は確かに兎の少年と小さな女神を捉えていた。

 

 瞬間、ズズンとダイダロス通りの大地が揺れる。爆発した様な衝撃が辺りを揺らし、舞い上がる砂塵の中で野猿(シルバーバック)の口は喜悦に歪む。

 

 が、其処には予想した物はなく、ただ瓦礫の窪みが出来上がっていた。

 

「─────神様」

 

 気付けば、奴は其処にいた。モンスターから離れた場所で、モンスターに気付かれないまま、モンスターの動きを見切って見せた。

 

 あの兎は先程まで自分に怯えていた筈、なのに今は見向きもせず、小さな女の子を丁寧に地面に立たせる余裕まで見せている。

 

「僕、これからきっと沢山迷惑を掛けます。神様だけじゃなく、他のみんなにも」

 

「そんなの今更さ。子供と言うのは親に迷惑を掛けてこそ、だからね。君は遠慮なく自分の思う道を進めばいい。その為の武器も用意した」

 

「────え?」

 

「漸く、これを渡せるよ」

 

 そう言って今まで抱えていた布を解き、丁寧に梱包された包みから一つの箱を取り出す。蓋を開けてヘスティアが取り出したのは、神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれた漆黒の短剣(ナイフ)

 

「神様、これは……」

 

「それは君と一緒に戦う相棒、君の武器さ。どうか受け取っておくれ。そのナイフを手にした瞬間、君の本当の冒険が始まるんだ」

 

 涙が込み上げてきた。自分の為に、自分の為だけにここまでしてくれる。主神にベルは答えられる言葉はなかった。

 

 弱く、情けなく、ちっぽけな自分がこんなにしてくれる女神に返せる言葉はたった一言。

 

「神様」

 

「うん」

 

「見てて下さい。僕の、冒険を!」

 

「うん! やっちゃえベル君!」

 

 女神のその一言が開戦の合図だった。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

 再び野猿が吼え、ベルに向かって突っ込んでくる。彼の後ろには女神が控え、避ける事は不可能。

 

 繰り出される右拳の振り下ろし、今度こそ逃げ場の無い一撃に野猿は自身の勝利を確信した───。

 

 刹那、次の瞬間舞い上がったのは自身の手。振り下ろした筈の自身の右の拳が手首からスッパリと切り裂かれている。

 

 失った自身の右手と手首から先の無い二の腕を交互に見る。呆然となる野猿が次に見たのはナイフを握り締めた手を天高く掲げ、白い炎を纏う兎だった。

 

「─────勝負だ」

 

 恐ろしい程に馴染む短剣。まるで最初から自分の為だけに在るような不思議な武器、これが自分のナイフだと認識した瞬間、自然と一体化していくような感覚をベルは感じていた。

 

 感覚を研ぎ澄ませる。ベジットから教わった気の解放、みんなから叩き込まれた戦い方を思い出しながら、姿勢を低くさせて身構える。

 

 我流の構え、白い髪から覗かれる深紅の瞳に野猿は恐怖を覚えた。しかし怯まない。怯んではならない。

 

 この身は美しき女神に捧げた生ける屍なのだから。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛⬛ッ!!」

 

 吼えて、野猿は再び突貫する。今度こそかの女神の願いを果たすのだと、自身の存在意義すら忘れて走り出す野猿────よりも速く。

 

「ハァッ!」

 

 地を蹴り抜いた兎の一歩が、モンスターの俊敏さを凌駕する。スレ違い様に斬られること数回、全身から血をブチ撒けて、痛みと衝撃で吹き飛ぶ野猿を白き兎が追従する。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛ッ!?」

 

 野猿はそんな兎に怯えながら迎え撃った。全身をバタつかせ、鎖を使って暴れまわり、周囲の事を度外視しての大暴走。

 

 そんな暴威の嵐の中、真上に躍り出た白兎(ベル)は静かに野猿を見据え……。

 

「これで、終わりだ!」

 

 空を蹴る(・・・・)。荒れ狂う暴力の渦、その隙間を見切り、急所となる魔石を目掛けてナイフを突き立てて。

 

「ハァァァァッ!!」

 

 貫く。自らを一つの弾丸と化したベルは野猿の胴体ごと魔石を貫き、地面に着地。

 

 降り注がれる灰の雨、それが決着の合図だと察したダイダロス通りに住まう人々が顔を出す。間近で目にした冒険者の戦い、その凄まじさに心を奪われた人々の喝采がベルの耳を叩く。

 

「や、やった。やりましたよ神様!」

 

「うん、おめでとうベル君。君ならやり遂げると信じてたぜ」

 

 野猿はミノタウロス同様、駆け出しでは決して相手に出来ないとされる圧倒的格上。そんな大物を一人でも倒せたことで、ベルは自分の力を信じるようになるだろう。

 

 過信せず、自分の力を一歩ずつ成長させていく。そうなる道を示せた事に満足したヘスティアは数日に渡る疲労とモンスターに狙われる重圧から解放された反動で、眠るように意識を手放した。

 

 暗転する視界、その端で慌てた様子の子兎を見つめながら。

 

(本当に頑張ったね、ベル君)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ふぅ、良いものを見たわ。リスクを犯した甲斐はあったわね」

 

 ベルと野猿との死闘から少し離れた屋根の上。倒れた主神を今度こそ安全な場所に移動させようと、女神を抱えた兎が街中を走っていく。

 

 羨ましい。彼に抱えられた女神に微かな嫉妬心を募らせるのは、天界下界を含めた屈指の美の女神。オラリオに君臨する探索系二大派閥の一角、その主神。

 

「ただ、あの子の輝きを最大限引き出せなかったのが心残りね。やはり野猿程度では駄目だったかしら」

 

「────恐らく、既にベル・クラネルは次の位階に片足を踏み入れているのでしょう。今の奴の真価を発揮するには並みのモンスターでは難しいかと」

 

「そうなの? これも、ベジットの薫陶の賜物かしら」

 

「…………」

 

 女神フレイヤ。彼女の瞳は下界の人類の魂までも容易く見通す。

 

 彼女が現在見通しているのは、白く透明で純粋な魂。少しでも扱いを誤れば壊れてしまいそうな繊細で、けれど見ていて飽きない綺麗な魂だった。

 

 あの子の魂の輝きを最大限引き出すにはあの程度では足りない。ならばどうするか、少しだけ思考を巡らせてもやはり答えは見付からず………。

 

「ま、今日の所は一先ずいいわ。オッタル、帰る───「フレイヤ様ッ!!」

 

福音(ゴスペル)

 

 瞬間、フレイヤの居た場所に音の爆撃が襲う。

 

 【猛者(オッタル)】が反応できたのは殆んど偶然。Lv.8に至って尚続けてきた鍛練の賜物、偶々感じ取れた微かに膨れ上がる力の“起こり”を感じ取ったオッタルは、自らを肉の盾としながら主神を抱えて飛び上がっていた。

 

 飛び上がり、着地迄に聞こえてくる戦闘の音と断末魔、振り返るのが少しだけ嫌に思いながらも、フレイヤ・ファミリアの長として現実と向き直る。

 

「さて、言い残す言葉はあるか? 売女。無ければ早急に天に還してやろう」

 

「────そうね、貴女達がいたものね」

 

 其処には漆黒のドレスを身に纏った【静寂】が、ファミリアの参謀である白妖精(ホワイトエルフ)の顔を踏みしめてオッタルと美の女神を見下ろしている。

 

 残る幹部達が【静寂】を取り囲んでいるが、灰の魔女は向けられる刃に一切動じる事なく佇んでいる。

 

 そして、更に不味いことに……。

 

「やれやれ、まさか美の女神に見初められるとはな。ベルらしいと言うかなんというか」

 

 割烹着を身に付け、出刃包丁を片手に現れる【暴食】。

 

「テメェ等はもう少し、慎みと言うものがあると期待してたんだがな」

 

 そしていつの間にかそこに佇む【凶狼】。

 

「……………」

 

 止めに一言も言葉を口にせず、両手に二槍を携え目隠し(バイザー)で表情を隠した小人族(パルゥム)

 

 この娘に至っては目隠し(バイザー)越しなのに眼がグポォンッて紅く光らせている。怖い。

 

 相手は少数精鋭のヘスティア・ファミリア。頭数の差は圧倒的に此方が優勢だが、そんな事実は何の意味もないと、この後彼等は思い知る事になる。

 

 

 

 





次回、各勢力(の胃)死す!

胃薬スタンバイ!!





Q.なんでベル君野猿相手にビビってんの?

A.厳密には野猿ではなく、自分達の主神であるヘスティアを一人で守らなければならない状況にビビってました。

普段は推定Lv.4の実力者であるアリスが護衛してるのに、Lv.1(最弱)な自分に務まるのかと、緊張と焦りで精神的に参ってました。

そんな自分でも信じると、そう後押してくれたヘスティアに感謝。見事ヘスティア・ナイフを受領し、改めて冒険者としての道を邁進する。

Q.今回のベル君の奮闘、点数を付けるとしたら?

「40点。いつまでもウジウジするなというのに」

「60点。まぁまぁ、ベルも漸く腹を括ったようだし、多目にみてやれよ」

「50点。何なら得物無くても勝てただろうが」

「30点。ヘスティア様を危険に晒した時点で赤点です」

「70点。どうあれ、一歩踏み出した勇気を俺は評価したいね」


「「「「………………」」」」

「何だよ、言いたいことがあるなら言えよ」

「「「「…………別に」」」」


「アハハ、みんな仲良しだね!」


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