その幼子はホムンクルスだった。
自我がはっきりした頃には暗い密室に放置されていて、エネルギーも無いままにただ倒れていた。
ホムンクルスはホムンクルスの自覚があったが、自分が誰に造られて、何を命じられて、どうしてここに放置されているのか全くわからなかった。覚えていないのでは無い、元からなにも説明されていないのだ。
自分の出自もわからぬまま、この暗い空間で朽ちていくのだろうか。
そう絶望し、意識は途切れていた。
──筈だった。
「おーい、大丈夫か? 起きれるか?」
光と共にかけられた、初めての誰かの言葉。
優しく揺り起こされれば、心配げにこちらを見つめる男の顔が見える。
「ます……たぁ?」
ああ、この人が
しかし同時に、ホムンクルスの背筋が凍るほどの“恐ろしい気配”も感じていた。キョロキョロと辺りを見回せば、とある人物……女とも男ともわからない、黒髪の少年と目が合った。
瞬間、ホムンクルスの精神に極大の恐怖が降りかかった。
ホムンクルスは人間より優れている。
製造方法が禁忌な事を除けば、人間より遥かに高い身体能力に魔力適正、五感を備えている存在だ。
だからこそ、わかってしまった。わかってしまったのだ!
その少年の瞳に、宇宙が宿っていることを、瞳の奥、そのさらに奥に、世界さえ簡単に終焉へ導く邪神の如き存在が映っているのを!
少年は人間と称するにはあまりにも“足りない”。生命のために必要なパーツが足りなすぎる。だと言うのに、それに相反する程の魔力を持ち、そして生きていた。
何故生きていられるのか、ホムンクルスにはわからなかった。
ホムンクルスにも、当然生命維持のために臓器や血というものは存在している。しかしその少年はホムンクルスでさえ抜かれたら死ぬような臓器を持っていないのに生きている。
代替えになる何かがある訳でもなく、ただ意味不明にそこで息をしているのだ。
ホムンクルスは泣いた。
傍にいる猫だって、猫であるのにどこか存在が歪だ。人の血の気配さえする。
影からはやはり異質な気配や魔力が漏れ出ているし、人間には知覚できない、ホムンクルスには理解できる波数に奇妙な波形が混じっていた。
肉体、雰囲気、魔力、何をとっても奇形で理不尽。冒涜的な気配にホムンクルスは泣き続けた。
人間にこの違和感を叫んでも理解はされないだろう。ホムンクルスだからこそわかる、わかってしまう情報なのだから。
だからホムンクルスは生き延びるために、その冒涜的事象の餌食にならないように、マスターに泣きついて離れなくなった。
あの奇妙な少年に一ミリたりとも近づきたくなかった。同じ場所にいたくなかった。
泣き叫んで縋れば、子どもの姿をしている自分は保護される筈。あの得体の知れない“なにか”から離れられる筈。
その為にも、そして己の精神に重くのしかかった恐怖を発散する為にも、ホムンクルスは泣き続けた。
「うっ……グス……」
「お、やっと泣き止んだ」
「大泣きするなんて、情けないの!」
「こら、ティナ。相手はこんなにちっちゃな子なのよ」
なんとか地下から脱出し、色と光のある空間に上がってきた頃。
漸くホムンクルスは落ち着いていた。後ろからあの気配が一向に追って来なかったのもある。
「ツヴァイ達は……まだ上がってきてないみたいね」
「待つの?」
「いや、先にモリオン先生のところに行こうぜ。視線が痛い」
突然現れた幼女に困惑しているのか、あちこちから視線を感じる。
その無数の不躾な意識さえ、あの化け物と比べると遥かにマシだ。ホムンクルスはほっと息を吐いた。
*
「これは……またなんというか、掘り出し物だねぇ」
煙の出てない煙管をクルクルと弄びながら、グレーの髪をきつく結った老婦人は興味深そうにホムンクルスを見つめた。
ここは図書館八階、最高司書の執務室であり研究室である。大量の標本と試験菅、よくわからない器材が大量に置かれている。あちこちに分厚い本や書類が積まれ、青臭い薬草の匂いや据えた金属の臭いが部屋に満ちていた。
「お前さん、種族を言ってごらん」
「ホムンクルスはホムンクルスなの」
ぴしり、と空気が固まる。
ホムンクルスは禁忌。それは常識で、そして目の前のその禁忌を犯した証拠がいるのだから当然だろう。
マスターだけは少し緊張感のない顔でホムンクルスの手を繋いでいた。
「ホムンクルスって……禁忌の術を誰かが使ったってこと!?」
「お前さん、製造者は?」
「知らないの。役目も、なんであそこに倒れてたのかもわかんないの」
「……造るだけ造って放置か」
老婦人──モリオンの眉間が深くなった。
ホムンクルスは人造とはいえ、歪だが魂を持つ一つの生命だ。それを弄ぶような奴はまともな倫理観も持っちゃいないロクデナシ確定。酷いやつも居たもんだとまた煙管を回す。
「先生……この子どうすんの?」
「法律に従うなら国に突き出して焼却処分だ」
焼却処分。その言葉に思わずホムンクルスは口を塞ぐ。悲痛な声が漏れそうになったのだ。
マスターも、咄嗟にモリオンからホムンクルスを遠ざける。
「失礼だね、私がやる訳ないだろう」
「じゃあ、どうするんです……?」
「そうだね──よし、隠蔽しよう」
「は!?」
確かに隠蔽という手段が一番手っ取り早いけども!!
そんなツッコミも構わずモリオンは自身が座っていた机の
雫型にカットされ磨かれたアメジストが光を反射している。
「『隠蔽の紫水晶』。これを着けてれば一先ず、種族を怪しまれる事はない。《使用者の秘密を暴こうとする者の思考を鈍らせる》効果がある。あげよう」
「綺麗……」
高位の錬金術で作られたそれは、ホムンクルスの首元で輝くことになった。
ホムンクルスはマスターと認識した者から離れない。ということでリクトが保護者として監督することになった。
「ここでの立場については私がなんとかしてあげよう。依頼の報酬さね」
「ありがとうなの」
「お前達もコイツがホムンクルスと言うことを仄めかさないこと。胸糞悪い現場を見たくなければね」
「あ、名前……名前決めなきゃじゃね?」
ホムンクルスの一人称は現在ホムンクルスである。つまり隠すべき秘密を自称している状態だ。これはいけない。
その為にも、ホムンクルスに名前をつけて人称を改めなければならないだろう。
「マスターがつけて欲しいの」
「えっオレ!?」
「マスターなんだから当然なの」
リクトはホムンクルスに初めての光と声をくれた、恩人である。だからこそ、
「えー、ネーミングセンスとか無いんですけど……」
かくして、ホムンクルスは「ホムル」となった。
もう、地下室の寂しいホムンクルスではない。リクトをマスターとする、素敵な「ホムル」になったのである。
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