「それじゃあ……
僕はツヴァイと合流し、八階で待機していたモリオンさんの元へ戻ってきた。
既にリクトたち三人と女の子──ホムンクルスだったそうな。今回のメンバーには全員緘口令が敷かれた──は退室していた。ホムルが消耗していたので休むことにしたらしい。
ツヴァイは僕を待っている間、今回の調査で分かったことと疑問点を纏め、メモしておいてくれた。そこに僕があそこに残っていて起きたことを追加する形だ。
「まず、道中に簡易的ですが罠が設置されていました。ワイヤートラップや落とし穴など、魔法を使われていませんでした」
「殺す目的というより、足止めや中傷で止めるような規模だったな。最後の火矢くらいか、大きなものは」
「防災壕はあくまでも避難場所。罠なんてもの設置していない筈。第三者が勝手に設置したと考えるのがいいだろう」
火矢を最後に持ってくるにしても、それなら途中で油を敷いておいたり本数を多くしていた方がダメージを与えられた筈。威嚇や死なない程度の怪我を負わせる事が目的だった……?
だとしても、怪我を負わせてどうするつもりだったのだろう。
「“選別”かもね」
「選別?」
「お前達でも簡単に回避できる罠だったんだろう? 罠を避け、あるいは耐えてまで最奥に来れるかどうか試していた……あるいはそういう存在を選び分けるための装置だったとか」
「ふむ……? ホムンクルスに会う人間を選別するための、試験のようなものだったと?」
「にしちゃあお粗末な罠だと思うがね、あくまでも考察さ」
一度発動した跡も無かったから、初めて来た僕たちがクリアしてしまったせいで考察するにも情報が足りない。僕ら罠解除の専門家じゃ無いから解体とかせずに避けれるだけ避けてきただけだし。
「最奥にはモリオンさんも会った、あのホムンクルスが倒れていました。リクト君が起こしたんですが、特に罠やギミックが発動することはなかったです」
「ホムンクルス自身も何も知らないようだし……何が目的なんだ?」
「……四人には言ってなかったがね、あのホムンクルスは特別製だ。あそこまで巧妙に作られた“探知機”は見た事がない」
「……どう言う事ですか?」
ホムンクルスというものは、人工的に作られた歪な生命で、主に人間の形をとる。
人間よりも優れた身体能力や魔力を持ち、固有魔法こそ無いものの魔法も会得できる。理性や感情もある、ステータスだけなら人間の上位互換……という声もある。
そして優れているのは当然五感などの知覚機能もだ。人間には知覚できない「波数」を認識でき、それによって生物や無機物の内部構造や魔力量を細かく情報として処理できる。
あのホムンクルスはその「波数」を受け取る機構が途轍もなく高度で繊細だったそうな。
ただ人間に紛れるだけなら必要ない程の鋭敏さを持ち、そこで感じ取った情報をまた「波数」に変換して外に出す。そんなレーダーや探知機の機能が付いていたらしい。
波数を読み取れるホムンクルスがもう一体いたら、ホムルが得た情報がもう一体に筒抜けになる。
「本人もその機能に気づいていないようだった。今は『隠蔽の紫水晶』に付けた魔力真鍮でジャミングしているけれど……地下でのやりとりは漏れていたかもね」
「波数……って、そんなに細かくわかるんですか?」
「万物は全て波数を発している。あの子にかかれば、人間の内臓の数から本のページ数、地中に埋まる宝石の場所さえわかるだろうね」
「うわっ……それはヤバい」
というか僕が怖がられたのって内臓の数が足りなかったから? 反社にモツを売ったヤバい人とか思われてる? 悲しい……これは邪神に取られただけなんです。そんなやましい事は何にもなくて。
嫌でもそんな機能持ってるんだったら尚更なんで放置してるんだろう。
「スパイ、みたいな事をやらせてるってことか?」
「というより本当に道具扱いだろう。フォークロアの敷地にカメラや盗聴器を仕掛けたのと同じようなもんさ」
「どっちにしろフォークロアから何が抜き出したい情報があると言う事でしょうか」
「考察は後にしよう。まだ報告することは残ってるんじゃないのかい」
話が逸れ始めたので、モリオンさんがサクッと戻してくれる。確かにまだ話すべきことはある。
僕が報告するのはホムルを保護した後、一人になった時に謎の物体が襲ってきたことだ。
ショゴス君によって相手はできたけど、あれはなんというか……生命とはあんまり呼びたくない。
「それは『錬金の泥』だね」
「泥……」
「ホムンクルスやその他禁術は、何故やってはいけないのか知っているかい?」
「えーと、
・人道倫理に反しているから
・世界のバランスを崩しかねないから
・犯罪に容易に転用できるから
・材料に違法な素材が必要だから。
あと……」
「・人の身に余る危険な術だから」
「流石だね、フレッドのやつにお前さんらの成績を上げるよう伝えておこう」
錬金禁術項目は錬金術の授業で一発目にやって、その後何度も言われる大事なことだからね、丸暗記は基本です。
しかしそれと「錬金の泥」は何が関連するのだろう。錬金術の本を読んできて、そんなものは聞いたことも見た事もない。
「いいかい、この話は錬金術師の中でも一級資格を取ったやつにしか教えられない事だ。勿論言いふらすのは御法度だし、心して聞きな」
「は、はい」
「実際のところ、ホムンクルスを造ること自体は禁忌じゃないのさ。ホムンクルスを製造する際、副産物として発生する『錬金の泥』……こっちが問題なんだ」
錬金の泥というのは、禁術を使用した際に発生する副産物であり不必要の塊。
黒く光沢のない色に、粘性のある液体のような見た目。調律していないバイオリンのような、黒板を引っ掻いたような不快な呻き声。伸縮自在で、生命を捕食し増える。しかし錬金の泥自体は生命ではなく、お菓子作りに失敗した時にできる炭のような煙のような「現象」だという。
これは魔法が効かず、物理も効かず、ただ閉じ込めて寿命──おおよそ10年から20年──が尽きるのを待つしかない。意思疎通や会話はできず、ただ暴れて増え続ける悪性の腫瘍。
禁術が禁忌であるのは、この錬金の泥がでるから。それだけらしい。
禁術も最初から禁術としてあるのではなく、錬金の泥が出た=禁術指定だそう。
「錬金の泥が出なかったら、ホムンクルスも造り放題なんだけどねぇ」
「それはそれで恐ろしいですけど……」
「というか、コルトはそれを退治? できたんだな」
「まぁ、ね……あんまり聞かないで欲しいんだけどさ」
「わかった」
「覗く深淵も選ばなきゃねぇ」
モリオンさんはなんか大丈夫そうな気がするけど、念のためお口チャック。二人の引き際は賢明だ。
つまり僕が相対したのは錬金の泥で、それはホムンクルス等禁術を行使した時に出る副産物。魔法でも物理でも倒せない化け物だった……と。
それを倒せるショゴス君ってすごいんだなぁ、やっぱみんなに愛されるだけあるわ。
「それと、その錬金の泥がこんな物を持ってました。破片ですが」
僕は視線を感じていたあの鏡を渡す。足で割ったうちの一つを、念のため持ってきていたのだ。
「『
「千里鏡は知ってる。錬金術で作れる遠くを見れる鏡だな」
「それを錬金の泥が持ってたんだ。……でも、錬金の泥って意思疎通ができない筈なんだよね……?」
「……錬金の泥が言う事を聞いたら、それは途轍もない戦力になるな」
何かが、僕らの裏で動いている。その暗躍の一端を、僕らは知ってしまった。
モリオンさんはニヤリと笑った。「面白いことになってきたじゃないか」と煙管を叩いて手にある千里鏡をボトルの中に閉じ込めた。
そのボトルは、壁の棚の空いたスペース──「暗躍者の証」とプレートが設けられている──に飾られる。
「お前さんたちには、この謎の調査を引き続き頼みたい。禁術に錬金の泥の使役、特製ホムンクルス……ちゃちな推理ものらしくなってきたじゃないか」
「……学業に支障が出ない範囲でなら、付き合いますよ」
「俺たちはあくまで学生身分だからな。本分は勉強だ」
「それで良し。私も私でホムルの製造者の捜索をする。いやぁ、愉快だねぇ」
ニヤニヤと笑うモリオンさんを横目に、僕らは顔を見合わせた。
なんだかとんでもないことになってきたな。
*
優秀な生徒二人が帰った後、モリオンは一人窓際に立っていた。
時刻はもうすっかり夜で、満月というには少し足りない月が仄かに学園を照らしている。
「白亜の心眼……ねぇ……」
ボトルに閉じ込められた鏡の破片。その額には、大理石でできたカメオの一部が嵌め込まれていた。
泡の中にある、一つの目玉。そのモチーフはモリオンの記憶に深く刻み込まれて、今も忘れることはない。
「そんなにお前の理想の世界は良いものなのかい? アーザニック……」
その問いは、もう何も写さない鏡を答えとしていたような気がした。
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