17.錬金師弟はSANチェック!
僕とツヴァイは約束通り、第二校舎へ来ていた。
第二校舎とは主に四、五年生が使う校舎である。僕ら一年から三年生は第一、六年生からは第三と、学年によって使う校舎が違う。六年生からは専攻も分かれるため、一学年上がるたびに校舎が変わる。
フォークロアは九年生まであり、その後は卒業か研究者としてフォークロア研究棟に移動することになる。高校大学大学院が丸ごとくっついたような学校なのだ。
一応七年生の時に就職するかも選べるらしいけど、僕らにはまだまだ先の話。
さて、滅多に訪れることはない上級生の校舎、既にすれ違う上級生からは不思議そうな目で見られている。
僕なんて二年飛び級だから五歳は歳が離れている。普通に緊張する。学生って上級生はなんだか怖いものだ。
「待たせたね。それじゃあ第二錬金準備室に行くよ」
「そこにモリオンさんのお弟子さんがいらっしゃるんですか?」
「というより、ほぼ私物化してるね。優秀だから黙認されてるけど」
「ええ……」
教室丸々私物化ってとんでもないな!
しかも優秀さ故に黙認されてるってどれだけすごい人なんだろう。
錬金術の弟子だそうだから、マッドサイエンティストみたいな性格を勝手に想像しているけれど……。
「どんな人だろうね、ツヴァイ」
「優秀というのは本当だろうが、モリオンさんの弟子だからな……絶対にクセが強いぞ」
「そう思うよね……」
ご機嫌そうに煙管を回しているモリオンさんがもうクセが強いもの。良い人だけど、善人と言うには倫理観や価値観がはっちゃけてるというか。あと謎権力がちょいちょい出てて怖い。
「えっと……どんな人なんですか? お弟子さん」
「悪い子じゃない。五年生で二十歳。一言でいうなら……」
ガチャリ、と第二錬金準備室のドアが開かれる。
そこに居たのは────
「うぃ〜ヒック、おしゃけ美味しい〜……ん、
酒瓶を抱えた女の人だった。
「──酒馬鹿。あの子が私の弟子にして最年少一級錬金術師。リリリ・リキュートだ」
「あれぇ〜なんか可愛い子たちがいるぅ〜! よろしくねぇリリリで〜す。好きなお酒はライ・ウィスキ〜」
「酒臭ぁっ!?」
部屋中に充満するアルコール臭に思わず鼻を押さえる。
ここに長くいるだけで酩酊してしまいそうだ。
ウィスキーの瓶を大事そうに抱えたリリリは、綺麗なオレンジの長髪を無造作に垂らし、前髪を魔力真鍮の髪留めで雑に止めていた。ニコニコと細められた瞳は明るい緑で、そのカラーリングは瑞々しいオレンジの果実を思わせる。
だというのに、強烈な酒臭さがその魅力を全て過去のものにしていた。
「学校で酒飲んでて良いんですか??」
「ダメだね。リリリだから許されてる」
「許されるほどに優秀なのか……これで……」
「失礼だなぁ〜全国で二桁もいない一級錬金術師なんだよぉ〜? しかも最年少〜いえい!」
「取り敢えず、消臭するよ」
モリオンさんが煙管を一振りすると、鼻に染みていたアルコール臭が一瞬にして消えた。一気に清々しくなった室内の空気を深呼吸する。あのままでは体に確実に悪かった。
「すまないね、リリリはこの通り大の酒好きで呑兵衛なのさ。素面のが珍しいよ」
「お酒ちゃんは私の恋人だもん〜ちゅっちゅ」
「クセが強い」
「クセが強いな」
気を取り直して室内を見回すと、あちこちに錬金術の道具やよくわからないパーツ群、そして大量の酒瓶と酒器が置いてあった。モリオンさんの部屋と同じく、煩雑としている。
しかし錬金道具より酒瓶の方が圧倒的に多いのはどうなんだ。許されるのかこれが。
「アタシは〜、お酒を世界にもっと広めて、もっと美味しくする研究をしていま〜す」
「うん?」
「お酒の味を上げるために〜、魔力無しで使える製氷器とかぁ、効率的にライ麦やホップを収穫するコンバイン、時間を圧縮して短時間で年代物レベルのワインをつくる錬金樽とか。あと運送時に味が落ちないよう入れたお酒の時間が停止する搬送ボックスなんかが代表作で〜す」
「なんか凄いこと言ってますよね?」
「それを全部……一人で……?」
「言っただろう、彼女は優秀で天才なのさ。……酒にしか意識が向かないところに目を瞑れば」
この世界はかなり魔力に依存している。大抵の道具は魔法具だし、魔力で解決できるなら魔力で解決してしまう。
しかし彼女は製作にこそ魔法を使うものの、完成品は魔力をほとんど使わない、しかし普通の法則に反した道具を作れるそうだ。
その道具が、最初に魔力で起動してからはその少ない魔力だけで機能するようになっている。乾電池を一生取り替えなくて良いと言えばわかりやすいだろうか。
しかも耐久性や寿命にも優れ、向こう数十年は故障なく使える保証をしている。
酒造界隈に激震をもたらした存在で、酒屋によっては彼女を神格化している所もあるとかなんとか。
つまり酒に関して異様に熱量がある変人錬金術師ということだ。
「とはいえ酒以外の開発も報酬を渡せば作れるよ。特にウィスキーを渡せば大抵一週間で完成させる」
「お酒を飲むためには〜お金が必要ヒック、ですからね〜」
「……この人が、協力者になってくれると」
「気持ちはわかるが頼りにはなるよ。これでも造るものはちゃんと合法で高品質なんだ」
「えへへ〜照れますなぁ〜」
赤ら顔をさらに赤くして、リリリはモリオンさんの背を叩いた。
この師弟、なんなんだろう。
でも聞いた限り錬金術師としての腕は本物だし、対白亜の心眼の協力者としては頼れる存在……なの……かな……。
「じゃあリリリ、真面目な話をするから酒を置きな」
「ええ〜!? アタシ呑んでてもちゃんと聞けますよう」
「なら呑みながらでいいが、それで覚えてなかったら五年は酒瓶を没収するからね」
「しっかりと記憶し脳裏に刻み込みます」
すごい、酒を人質にしたら即瓶を投げ捨てた。
モリオンさんが呼び出した椅子にそれぞれ座り、ようやく本題に入れる。ここまででドッと疲れた……。
「まず、ここでの話は他言無用。私たちだけが共有できるものだ。いいね? リリリ」
「はい」
「まず、先日図書館地下でホムンクルスが発見された」
「はぁ!?!?」
ホムンクルスという単語に、リリリは勢いよく立ち上がる。酔いが覚めたかのような、赤い顔を真っ青にした様子に改めて禁術の認識を強めた。
「『アレ』は!? 『アレ』は大丈夫なんですか!?」
「落ち着きな。錬金の泥はそこの一年……コルトが消滅させたよ」
「は……!? アレを消滅!? ──あーハイハイ了解です。で、そのホムンクルスはどうしたんです?」
「え、すごい勢いで納得したな……」
「師匠に散々『覗く深淵は選べ』と言われてるからね〜。直感でダメだと思ったらそれで納得しておくの」
「肝に銘じてあるようでよろしい」
すごいな、アレだけ驚いてたのに即座に「知らない方がいい」って切り替えた。モリオンさんもツヴァイもそうだけど、その線引きが的確だ。そういう第六感? ってどうやって鍛えてるんだろう……僕としてはとてもありがたいんだけど……。
錬金術師ってとにかく気になったものは危険でも深淵を覗こうとする偏見があったけど、改めた方が良さそうだ。
「受け取った『波形』を再度発信する機能を持っていたから、それだけジャミングさせて今は一年の生徒として隠蔽している。名前はホムル、紫の髪をした女の子だ」
「また無茶苦茶な……。それで?」
「錬金の泥が持っていた千里鏡に『白亜の心眼』のエンブレムを確認した」
そこまで聞いて、リリリは顔を覆った。
僕らは錬金術師じゃないから「へ〜」で済んでるけど、一級錬金術師にとってはかなりヤバいことになっていると予想できる。
現に今、リリリは小声で「酒が欲しい……」と蚊の鳴くような声で悲鳴をあげていた。
アルコール依存症的な「酒が欲しい」ではなく、イカれた現実から目を背けたいあまりの「酒が欲しい」だった。
「ここまでで一言いいですか」
「どうぞ」
「どうしてそんなヤベェ事件にアタシを巻き込んだ」
モリオンさんは人の悪い笑みを浮かべて、煙管を回した。
「私の弟子だろう?」
「あ゛ーもうヤダこの師匠!!!」
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