ホムルは悩んでいた。
自分を作ったのは誰なのか、自分は何のためにフォークロアに送り込まれたのか。そういう根本的なものではない。
ホムルの前の席、ホムルを見つけた地下探索メンバーの一人、コルト・プセヴドニモに関する悩みである。
最初、ホムルはそのあまりにも悍ましい気配と何故生きられるのかわからない身体の欠損に怯え、大泣きした。
その後も、なんの運命か席が近くなり、何かと関わる事になってしまった彼に大いに恐怖を抱いていた。
何もされていないが、その歪さや理解の及ばなさに精神を蝕まれる。彼と話す時は、いつも顔色を伺い半泣きで対応していた。してしまった。
ホムルはクラスの人気者だ。何故か皆、転校生(と偽装している)ホムルの事をよく思ってくれて、面倒を見てくれる。
ホムンクルスであることもバレていないし、クラスの皆は、マスター含めとてもいい人達ばかり。
しかしそれはホムルに限っての話で、そんなホムルが怯えるコルトを、あろう事が疎ましく思い始めたのだ!
体を縮こませるホムルを見て、かわいそうに思ったクラスメイトがコルトを悪様に言ったり、遠くへ行くように陰口を叩くのである。
ホムルの悩み事は、これだった。
ホムルはコルトに得体の知れない恐怖と畏怖を抱いている。
できれば関わりたく無い、遠ざかりたい、敵対視されたくない。
しかし、クラスメイトが自主的に彼に突っかかるような言動をホムルのためとやってしまうため、ホムルは逃げることができない。
陰口や態度の悪さで怒りを買い、ホムル諸共犠牲者として消されるなんてとんでもない。ホムルがやめてと頼んでも、それはクラスの小動物の優しい気遣いとして流されてしまい、効果は薄い。
クラスに流れているコルトの噂も、そのいじめと言っていい空気に油を注ぐ。ホムルにとっては、次発狂するのは自分ではないかと気が気でない。
コルトと関わった日。クラスメイトがコルトに雑言を言った日。コルトの噂を聞いた日。
ホムルは寮の自室で布団にくるまって震えた。トイレで吐くことも少なくない。それだけの恐怖が、いつもホムルの前にいるのだ。
彼ら三人は安全圏だが、ホムルは渦中に立っている。かなり深くクラスの問題に関わってしまっている。
それを思い出すたび、ホムルはカチカチと奥歯を鳴らすのだ。
「うう……なんで、なんで……」
一向に収まらないクラスの不穏な空気に、ホムルは耐えられなくなっていた。
フォークロアでの学生生活は楽しいが、肝心のクラスの居心地が悪すぎる。
しかしマスターと違うクラスにはなりたくないし、席替えまでの辛抱だと思っていた。
しかしここで事件は起きてしまった。
「お前さぁ……マジでホムルちゃんに何したわけ? まさか脅したりなんかしてないでしょうね!」
「いっつもコルトの相手するたびにビクビクしちゃってさ、かわいそうだと思わないの!?」
それは校舎裏、人が来にくい裏の森近く。
コルトを囲んで数人の男女が、そう叫んでいた。
「ええと……身に覚えがないんだ、本当に」
「そんなわけなくない? なら何であんな怯えるわけ。普通じゃないよね? わかるでしょ?」
「それとも自分がやったことの善悪の区別ついてない系? やば、犯罪者予備軍じゃん!」
「ホムルちゃん、本当にかわいそうに怯えてるんだからね!? 何ヘラヘラしてんの」
明らかに、
確かにコルトを囲んでいるあのメンバーはホムルの友達の中でも過激派で、コルトに辛辣な言葉を吐いてはホムルをかわいがる一派だ。その度にホムルはトイレで吐いているのだが。
コルトはいつもの微笑を浮かべながら、困ったように眉を寄せている。どこか焦りも感じられた。
「ええと、ごめん。この後用事があるんだ、その話はまた今度にしてもらっていいかな」
「は? は? あり得ないんだけど!? だよねみんな!?」
「そーそー、ここで逃げるとか許されねーし、てか状況わかってる?」
「それならストレートに言ってやるよ、学校、辞めてくんね? ホムルちゃんがもう怯えないように」
ホムルは今度こそ気絶しかけた。いや、一瞬意識が飛んだ気がする。迫る生命の危機に身体が一瞬で起き上がったのだ。
ホムルは退学なんて望んでいないし、こんなこと命令もしていない。つまり、過激派が勝手に暴走してやった事。ホムルに悪意も何も無い。
それを叫べたらどんなに良かったことか。過激派を止められなかった自分にも責があると言われたら何も言えないが、とにかく自分は悪く無い事を必死に弁明したかった。
コルトは、まだ笑みを絶やしていない。
「ホムルさんには、本当に何もしてないんだ。彼女が何故か怯えてるんだよ。別に彼女が僕を退学させるために君たちに頼んだなんてわけじゃ無いだろう? 穏便に本人同士で解決させてくれないかな」
「五月蝿いな、さっさとお前が、退学すれば済む話なんだよ! この親殺し!」
「殺してはいないんだけどな」
「退学しろ! ホムルちゃんに近づくな!!」
「面倒くさ……」
たーいがく、たーいがく。というコールを浴びながら、コルトはその笑みを初めて崩した。
親殺しなんて最大の侮辱をぶつけられても崩れなかったのに、相手が話にならないと分かり愛想が切れたのだろう。
幼い子どものように囃し立てる彼らは、ホムルから見ても醜い。ホムルが命令したのでは無いとコルト本人がわかっているのは幸運だが、それでも印象は良くないだろう。
ふ、とホムルの感じる「波数」がブレた。
不協和音のような、不規則でぐちゃぐちゃの波がジワジワと侵食してくる。大きくなっていく。
それはやがて気配としても感じられるようになり、ホムルの全身が総毛立つ。過激派達は気づいていないようだが、確かに冒涜的な何かが近くに迫ってきている。
今まで、コルトから感じる冒涜的な気配はなにか布一枚挟んだかのような感覚だった。コルトという存在が挟まれているからか、感じはすれ直接的ではない。
しかし、今回は違う。まるでコルト自身が邪神になったかのような、近く、鮮明で衝撃的な恐怖。
根源的なそれに、ホムルは思わず膝をつき、えづく。
ダラダラと垂れる透明な唾液が、まるで涙のように地に染み込んでいく。
そんなことも構わず、冒涜的な気配は“その場にいるかのような”レベルまで大きくなっていた。
「っが……ぁ……ヒィッ! はーっ、はーっ」
ホムルは逃げた。
仲良くしてくれた過激派達なんてもうどうでも良い。
何が何でも、離れたい、遠ざかりたい、関係なくありたい。
そんな気持ちが爆発し、泣きながら、吐きかけの涎を垂らしながら逃げた。
全身が、五感が、波数が、そう叫んでいたから。
本当は、過激派が去ったら弁明しようと、謝ろうと思っていた。あれは本意ではないと、ただ暴走しただけだと伝えたかった。
しかしあの悍ましく奇妙な“なにか”に、恐怖心を抑えることができなかった。
ホムンクルスの足は速い。校舎裏からぐんぐん遠ざかる。
しかし────
「深淵が、見えるよね?」
離れたはずなのに、もう壁を越えたはずなのに、
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