その瞬間、誰もが“無手勝流”の勝利を確信した。
ダブルスは片方が戦闘不能になった場合、強制的になった側の敗北である。
だからこそ、コルトが倒れること、“猫と翼”の負けであること。
それは観客、ハルナ、……コルト本人すら、確信していた。
しかし、それは覆される。
「ふむ……流石にこの身体では傷を負うか」
とある、邪神の手によって。
「は……?」
「ふむ、小娘よ。……よくも我の孫を痛めつけてくれたな」
ピン、とコルト……? は
すると、先ほどまでの非力さが嘘のように、
これには、ハルナすら瞠目する。あの身体、あの細身。どこにもそんな筋肉無いはず。ましてや、筋力強化魔法なんてかけていない、というのに──!?
「コルト……なのか……?」
ツヴァイが不安気に、しかし未だ武器を構えながら問う。その声はしかし、何かを確信しているようだった。
それに、コルト? は鷹揚に首を横に振った。観客のざわつきが騒がしくなっていく。
リクトすら困惑しながらその場に佇むのみ。
しかし、ハルナは違う。
もう一度武器を構え、秘技《
「二度も通用すると思うか?」
「っ……!!」
その切先はコルト? の肌に触れることすら叶わず、暴風とも言える黄金に輝く風に飲み込まれ弾かれた。その一部は、切り取られたかのように欠けている。
鋼鉄の、大剣が、だ。
ハルナは手練の剣士すら下す実力を持ち、その剣も相応の性能を持った名剣である。
対して、相手は今まで魔法実技の成績Dの座学だけの劣等生。
その劣等生が放った魔法が、ハルナの剣を切り裂いた? なんの間違いだろう。
「おまえ……は……」
「ふむ、まだ立つか? 我はコルトの代打をしに来ただけなのだが……」
「誰……だ……?」
ハルナが初めて、会話をしようと試みた瞬間だった。
いや、もうこの空間ではハルナとコルトらしき存在しか話せなかった。
誰もがその業技に圧倒され、声を発することを忘れている。
ハルナだけが、ここで一番実力のあるハルナしか話せなかったのだ。
コルトらしき存在は、またもゆっくりと瞬きをする。それは人間には瞬きが必要なことを思い出した人外のような仕草で、ドクドクとハルナの心臓を速めていく。
やおらに口を開いたコルト? から発せられたのは、誰も知らない、知る必要のない名だった。
「我はハスター。“黄衣の王”ハスターである。さて……我を知った貴様らに、コルトならこういうのだろうな……」
それではハスター(人間体)と遭遇した貴様らは、SANチェックだ。
ジワジワ、グラグラとハルナの頭の中が揺れる。
ハスター? 黄衣の王? SANチェック?
全てがハルナの知らない言葉で、相手は知らない存在だった。
ただわかるのは、圧倒的な強者の気配。人ではない、人が抵抗するなんて考えてはいけない存在。
まさに邪神と呼ぶに相応しいような……邪気。
ここで彼らがとても幸運だった事実を三つ挙げよう。
ひとつは、ハスターがコルトの身体に憑依した姿で降臨したこと。これにより観客やハルナたちはハスターの冒涜的な姿を見ることがなく、精神を廃人レベルで削ることもなかった。
ふたつは、ハスターはコルトを孫のように思っていた。故に、コルトが学校や人間社会で罪人になるような事をしでかすつもりが無かったこと。
みっつは、精神の弱いものが誰も発狂しなかったという……
「どうして……お前みたいな存在が……」
「ふむ、それを我が答える必要性があるか? さっさとこの試合を終わらせて、コルトを休ませてやりたいのだが?」
「……邪なるモノが……こんなところに……」
「くるか? 死なない程度に相手をしてやろう」
ハルナはその切れた剣に再度祝福武装による光を纏わせ、秘技《
これは邪気のある魔物や人の血で汚れた者に強く痛みを与え切り裂く、破邪の秘剣であった。
大上段、大ぶりに、しかし隙なく。
ハルナはその剣を振り抜いた。
振り抜けて、しまった。
「柔いな」
ハルナの剣は、もはやハルナの持つ柄の部分から上が、全て……斬り捨てられていた。
今の一瞬の振り切りでも黄金の風は形を崩さず、ただなんてことのないように斬り捨てたのだ。
ハルナの大剣の命は、ここまでだったといえよう。そして武器を失ったハルナも、もうか弱い小娘に成り下がった。そういう事だ。
それをハスターは対して興味がなさそうに、なにが勝敗を決するのか計りかねているようだ。
「ハスター、様」
「なんだ、ああ、コルトの友か。うむうむ、自分の身分がよくわかった、聡明そうな奴ではないか。あやつの友人関係は宜しいようだな」
「恐縮です。……あの二人を倒せば、この試合は終わります。殺しはせず、なるべく穏便に……」
「わかっている。我とてコルトを下等な血で汚したくないのでな。殺しはせん」
人間の倫理からかけ離れた理由だ。まるで、蚊を叩いたら血が出てきて汚れるから叩かない。そう言うような程度で人を殺さないと言い放つ。この存在の悪辣さに、ハルナは舌を噛んだ。
こんな存在が、許されていいのか。
こんな存在が、なぜ降臨したのか。
その二つのキーを握るのは、コルトだ。今は意識がどこかに飛んでいるであろう、コルト。あいつから聞き出さねばならない。
「降参だ」
ハルナがこぼす。
これを相手にしたら、剣どころではなく腕や脚すら持っていかれる。そう直感したのだ。
そんな事、ごめんだ。
相手が真剣勝負をやる気がないのなら、もう降参してしまおう。
ハルナは聡かった。その時の栄光より、この先の人生を選び取ったのだから。
「ふむ、降参によって我……いや、コルトの勝利と言う事でいいな?」
「はい……そうなるかと」
「では、この身体をコルトに返そう。なに、腐乱死体にはならんから落ち着け」
「あ……」
今までのコルトで違うところ。
それは雰囲気であったり邪気であったり、口調であったりと多くあるが、その中で隣に立っていたツヴァイは気づいた。
「瞳」だ。目の色が、黄金ともオリーブとも取れるような色にじんわりと変化している。
そんなまたありえない現象を確認して、ツヴァイは自分の何かが削られるのを感じる。
しかし、微々たるものだ。
ハルナの降参宣言を聞いて、ハスターは去っていった。残されたのは、寝ぼけ眼を擦っているコルト本人。
そして会場を包む異様な空気だけ。
その邪神が去ってからも、まだ人々は声を思い出せない。
「う〜ん……あ……ど、どうしたの? ツヴァイ」
「コルト……だよ、な?」
「うん、そうだよ。コルトだけど」
「よかった……!!」
ツヴァイはコルトに抱きついた。
あの邪神を降ろされても、コルトの身体にはなんの瑕疵もなかった。健康体、精神にも異常が無い。
詳しく病院で検査したわけじゃ無いが、ツヴァイはそれを直感したのである。
コルトは、急に抱きついてきたツヴァイにワタワタとしていた。
「ちょ、ツヴァイ!? どうしたの?」
「お前がっ……! 死んだんじゃないかって……!」
「そ、そんなヤバい状態だったの僕!? ピンピンしてるよ!?」
「ハルナたちが降参したから、俺たちの勝ちだ。ほら、コロシアムを出るぞ」
「え、は、え……?? なんで降参……??」
コルトとツヴァイも、お互いよくわからないことが多すぎて混乱していた。
しかし、この場から速やかに離れることが、自分ひいてはコルトのためになると疲れた身体に鞭を打ち控室に籠る。
改めて、コルトのあの惨状について、ツヴァイは聴くことにするが……。
「…………あれは……」
確実に、俺が撃つべき存在だった。
しかしコルトの姿を借り、コルトのために手加減し、コルトのために帰っていった。
あの存在はなんだ?
悶々と考えるツヴァイ。
その答えは、コルトに聞いていいものなのか。
頭の中でずっと巡るが、答えは出ないままだった。
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