「スリーピングムーン号はまもなく出発します」
車掌さんのアナウンスが響く。
荷解きを終えた僕とツヴァイは、テーブルに課題を広げつつその掠れた声を聞いた。
ビジネスクラスの二人部屋、ベッドが左右に配置され、真ん中にテーブル、奥にはトイレと水道が備え付けられている。ベッド横にはクローゼットもあるので、冬にはそこが上着で埋まるのだろう。
ぼんやりと光る魔法灯が旅の雰囲気を醸し出している。
「そろそろ出発だって」
「あと……一時間後にレストランで集合だな」
時刻は昼前、レストランはビジネスクラス以上限定なので、混み合いの心配はあまりしなくていい。ファーストの人は大抵ルームサービスを使うらしいし。
車窓から見える駅構内では、旅人らしき人たちがあちこちを走り回り、駅員さんが忙しなく動いている。
それを、寝台に座って眺めるというのも、また特別感があった。
「今から課題をやると旅の前に疲れちゃいそうだから、ちょっとゴロゴロしようよ」
「まぁ……確かに」
テキストを広げ、ペンを持ったツヴァイを止める。
どうせ列車が発車してから三日間は勉強漬けだ。すぐに始めなくても、課題は逃げないし。
「というか、車内を探検してみたいかも。こんな高級な列車、そうそう乗れないよ」
「そうだな、出てみるか」
ツヴァイが上着を取った時、大きな汽笛と共に列車が走り出した。
ぐんぐんと駅にいる人たちを過ぎ去り、街並みを高速で進んでいく。
ここから三日の街、パスカルに向かうのだ。そしてパスカルで馬車に乗り換えて、ダノン村に行くというのが今回の道順である。
どんどん小さくなっていくフォークロアの校舎が、なんだかとっても懐かしく見えた。
「レストランに、遊戯場、大浴場に、バー……。案内だけでもすっごい豪華ってわかるね」
「バーは俺たちは行けないとして、この遊戯場っていうのはカジノの事か?」
「カジノも併設されてるけど、賭け事なく遊ぶこともできるみたいだよ」
机に置かれていた案内状を眺めると、この寝台列車がどれだけすごいかわかる。まるで豪華客船のように、様々な娯楽が詰め込まれているのだ。
SAN値チェックが無かったら、ショゴスくんや夜鬼さん達なんかと遊びたかったけど、しょうがないや。
僕らは気になる遊戯場に行くことにした。ここから列車後部に数分歩けば着く。
そこで、驚きの出会いがあった。
「は?」
「え?」
「うん?」
「げっ……」
上からハルナ、僕、リクト、ツヴァイである。
そう、リクト一行が同時に遊戯場に入ってきたのだ。
リクト、ハルナ、ティティナ、クラリネとホムルもいる。ハルナは僕を睨んでいるし、リクトは気まずそう。クラリネは今にも逃げ出そうとするホムルを掴んで引き戻していた。平和なのは遊戯場をキラキラとした目で見るティティナだけだ。
なんでここに?
「ええっと……、旅行?」
「リクトが街のくじ引きで一等を当てたの! スリーピングムーン号ファーストクラスの旅なのよ」
ティティナが自慢げに胸を張った。ピンク色のワンピースがよく似合っているが、龍の角や尻尾がいかつい。
リクト達も、制服ではなく夏仕様の私服で来ているようだ。バラバラのデザインなのにどこか統一感があって、仲がいいんだな〜と思わせる。
オレンジの柄シャツを着たリクトがすこし頬をひくつかせながら口を開いた。
「えっと……コルトちゃんたちはどうしてここに?」
「せっかくの夏季休暇だから旅行しようと思って。モリオンさんがチケット代を出してくれたんだ」
「へぇ、ファーストクラス?」
「まさか! ビジネスクラスだよ」
それを聞くと、ホムルがあからさまに安心したようなため息を吐いた。それをクラリネが嗜めるけど、周りが見えていなさそうだ。
もしかして、ホルムは僕が邪神の器だった事がわかっていたのだろうか? ホムンクルスってすごい探知能力があるらしいし……でも、邪神の器なんて抽象的な概念わかるのかな。普通に嫌われているだけかもしれない。
それはそれで凹むけど。
ハルナはジトっと僕とツヴァイを睨んでいる。彼女には完全に敵対視されてるからなぁ……。どうしたものかな。
彼女の剣が僕のKPとしての守護を突破したのは、あの剣の効果らしい。フォークロアの剣聖として、安物の剣は持っていないということだ。参っちゃうね。
「ええっと……僕とツヴァイは離れてるからさ、そっちも楽しみなよ」
「そ、そうだな……」
ツヴァイも、と肘でせっつけば、「じゃあな」とさっさと僕を引っ張って立ち去ってしまった。ハルナとずっと睨み合っていたけど、挑発とかはしなくて良かった……。
ツヴァイも僕を倒そうとするハルナにいい思いはしてないみたいだし、ギスギスした空気にこっちの胃が悪くなるよ……。
さて、離れたことだし、遊戯場を楽しもう!
……と、思ったのだけれど……。
「あ……」
「あっ……」
ボウリングをやりに来たのだけれど、被ってしまった。リクト一行と。
しかもレーンが隣同士。どういうことなのさ、運命の女神よ。ダイスロールはしてないはずなんだけどな?
「……お互い楽しもうな!」
「そ、そうだね!」
リクトと諦めの笑いを交わし、各々ボウリングをプレイし始める。
僕はあんまり力がないので、女性向けの軽いボール。ツヴァイは普通の男性用ボールだ。女性用ボールは可愛らしいピンクのマーブル模様なのが、ちょっと趣味に合わない。
というかリクトはなぜ僕のことを「ちゃん」付けするのだろう。女子だと思っているのだろうか。
まぁ……無性だから半分は合ってるんだけどさ……。なんだか居心地が悪い、ハルナの視線のせいかな。
「ボウリング、初めてやる」
「僕はルールなら知ってるよ、先にやるね」
ツヴァイは初心者のようだ。僕もこの世界では初めてだけど、知識として前世の事もありルールは知っている。
上手いとはとても言えないけど……。
僕の体ではボウリングの球はそこそこ大きい。女性向けでも重さはあるし、そもそもボウリングのコツとかあんまり知らない。
せめて半分は倒れてくれ〜とボールを投げれば、8本倒れてくれた。
「う〜ん、スペアは難しそう」
「スペア?」
「二回で全部倒す事だよ」
魔法により、ボウリングのピンが直される。
もう一回投げたけど、やはりボールは傾いた動線で、ガーターになってしまった。
「ツヴァイの番だ──」
「わぁ! ハルナすごーい!!」
つい、ティティナの大声にリクト達の方を向けば、ハルナがストライクを出していた。
勝ち誇った顔でこっちを見るハルナに、ツヴァイの額に青筋が浮かんだような気がする。
「チッ」
あからさまな舌打ちの後、ツヴァイはボールを投げる。
綺麗なカーブを描き、ボールは全てのピンを倒した。
ストライクだ!
「すごいよツヴァイ! 初めてでストライクなんて」
「……ハッ」
簡単だったが? とでも言うかのようなツヴァイの嘲笑に、ハルナの眼に敵意が浮かぶ。
それを僕とリクトは、頭を抱えながら眺めるしかできないのであった。
SAN値チェック
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成功
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失敗
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発狂