「また犠牲者が!?」
「えーと、どこから聞こえた?」
「たぶんバーカウンターの方だ!」
現場に走る僕ら。
錬金の泥についての情報は、なるべく欲しい。
レストランの隣にあるバーカウンターは、ダークオークを基調としたシックな空間だ。しかしそのカウンターは、割れた酒瓶から匂うアルコールと、血が混ざった酷い有様になっていた。
思わず鼻で息をするのをやめる。
「ま、また黒い影だ……!」
「この列車は呪われているんだ! 降ろせ! 降ろしてくれぇ!」
目撃者だろう人たちが泣き叫んだ。発狂したように叫び出す人もいる。
皆、この列車で起きる奇妙な殺人に混乱し、絶望しているようだ。
しかし、その事は重要ではない。問題は犯人が近くにいる可能性があるという事。
錬金の泥を使役している、魔法師が。
「取り敢えず、聞き込みかな」
「気をつけろよお前ら。なんかあったらすぐ私を呼べ」
「はい」
「私はツヴァイと一緒にいるよ」
戦闘力的に乏しいリリリ先輩はツヴァイと共に行動するようだ。
僕のほうはまぁ、一人の方が身軽だからそれで良いと思う。イルカさんはオルカさんだし。
ではでは、僕はカウンター近くにいた紳士たちに聞き込みをしようかな。
某少年探偵よろしく、純粋なイメージで行った方がいいだろうか?
「こんにちは、大変なことになっちゃいましたね」
「ああ……お嬢ちゃん、こんな所にいない方がいいよ。子どもが見るものじゃない」
茶色いコートを着たちょび髭の紳士は、僕のことを女の子と思っているようだ。
結構男の子に思われることが多いんだけど、こういう時に自分が中性……というか無性なのを思い出すんだよね。
かわいい感じの演技した方がいいかな? 一人称を「ワタシ」にしておこう。
「ワタシもちょっと不安で……おじ様は、なにか怪しいものとか見なかった? 近づかないようにしたいの」
「そうだね……天井から、なにかタールのような黒いものが垂れてきたのは覚えているよ。君も黒いものには近づかないようにね」
「うん! ありがとうおじ様!」
さて、茶色の紳士からは特に情報得られなかったな。やっぱ錬金の泥だよな〜。
次はグレーのシルクハットを被った紳士だ。
「こんにちは、まさかスリーピングムーン号で殺人が起こるなんてね」
「ああ。……そのピンバッジ、君はフォークロアの生徒さんか」
「そうです、この事件、なんらかの魔法師が関わっている可能性がありますよね。なにか怪しい人など見ませんでしたか?」
「いや……恥ずかしいが僕も直前まで酒に酔っていてね、周りが見えてなかったんだ」
「そうですか……ありがとうございます」
「君もまだ子どもなんだから、危ないことに首を突っ込まないようにね」
「はい」
そして最後は黒のドレスを着た婦人。
「ハロー、レディ。落ち着いてますね」
「あら、かわいい娘だこと。貴女、こんな所に長居するような大人になっちゃだめよ」
「レディはどうしてここに?」
「私、スリルが好きなの。それに貴方がさっき話してた髭の男は私の旦那よ」
「あら、見られてたんですね」
「貴女みたいなかわいい娘、そういないもの」
かわいい娘って言われちゃった! お世辞だろうけど。
「レディは、何か怪しい人やものを見てませんか?」
「人間観察は得意だけど、あそこにいる人が一番怪しいわよね」
そう言って婦人が視線を向けた先には……イルカさんがいた。うん、慧眼ですね。
まぁイルカさんは置いておいて……。
「私、フォークロアの学生なんです。魔法師が関わってそうなこの列車での事件を追ってまして。なにか情報などありませんか?」
「そうねぇ……なんだか、煤の匂いがしたわ。あのバーテンダーが死んだ時に」
「煤……ですか」
「変よね、この列車は魔法機関で動いているのに」
「……ありがとうございます。レディ」
「かわいい娘には口が軽くなっちゃうわね、バイバイ」
煤……かぁ。
この魔導列車は魔力をエネルギーに変換している。魔力を貯めた魔石を使っているので、石炭ではない。本来は煤の匂いなんてしないはず。
錬金の泥は煤の匂いがするんだろうか? あんまりそんな印象はないけども……。
「一度みんなのところに戻ろう」
それにしても、今日の僕ってそんなに女の子に見えるだろうか?
確かに髪が伸びてきて、面倒で切ってないんだけど……。黒髪が肩口までかかってきているので、ちょっと邪魔だ。落ち着いたらバーバー・ハイドラに来てもらおうかな。
現場も眺めてみたけど、やはり暴れた痕跡は無く服と血だけが落ちてきていた。
先に待ってくれていたツヴァイたちと合流した頃には、職員によってバーカウンターが閉鎖される時だった。
「怪しいやつ、見つけた人〜」
「はーい」
僕とツヴァイの部屋に戻ってきて早々、イルカさんが聞いてきたので僕は手を挙げる。
さっきの三人に、おかしな人がいたの気づいてた?
そう、二人目のシルクハットを被った人だ。
フォークロアのピンバッジというのは存在しない。
寮を表すのは腕章だし、制服があるからわざわざピンバッジなんて作らない。
じゃあフォークロアの生徒だと何故わかったのか?
これは僕が制服のアレンジに付けていたオリジナルのピンである。ニャル様にプレゼントしてもらった一点もの、僕しか持っていないわけだ。
つまり……
「あのシルクハットの男、僕を知ってるよ。それも学校にいる僕を。それか、このピンバッジを付けている人はフォークロアの生徒だっていう情報をどこかから仕入れてきてる」
「なるほど……そいつは今?」
「探知魔法を掛けておいたよ。今は……ファーストクラスの部屋、56号室!」
「よし、コルトはそのまま探知魔法を維持しろ。私とリリリちゃんはファーストへの扉を見張る。ツヴァイとコルトは錬金の泥を探しつつ、逐次私に報告」
「はい」
イルカさんは、僕とツヴァイになにやらイヤリングのようなものを投げ渡す。
っとと、小さくて落としちゃいそう!
ポーンの駒がデザインされたそれは、シルバーの輝きを放つ。魔力も感じる。
「通話装置だよ。それに魔力を流せば私のピアスに繋がる。それで何かあれば私に報告すること」
「ええっ! それ錬金アイテムですよね、気になる……! 気になる……!」
リリリ先輩がちょっと興奮してるけど、放っておこう。たぶんリリリ先輩なら簡単に作れるし……。
煤の匂いについても共有して、僕とツヴァイは部屋を飛び出した。
錬金の泥は、一体どこに隠れてる?
ファーストルームか、それ以外か。
ファーストにいるなら、リクト達も心配だなぁ……。錬金の泥はハルナにも対処できるかわからないし。
「ツヴァイ、リクトたちを探してファーストルームに入れてもらわない?」
「……あの女は気に食わないが、それが良さそうだ」
ビジネスクラスの僕らは、それだけじゃファーストルームには入れないのだ。
よし、まずはリクトたちを探そう。部屋に閉じ篭もるタイプじゃないだろうし、リクト達もこの謎を解くために動き回ってるはず。
僕とツヴァイは、廊下を走り出した。