「結構奥に来たね」
草木が鬱蒼とし始め、かろうじて獣道が見えるような深度になってきた。遠くに見えていた山も今はすぐ近くだ。
野生動物の気配もするし、暗い。
「崖だ」
「引き返すか」
そして目の前は、かなりの高さの崖となっていた。落ちたらひとたまりもない。
木々で隠されて、近くに来ないとわからない罠のような崖だ。きちんと周りを見ていなければ落ちていたかもしれない。
横道なんかも見当たらないし、ここが突き当たりみたいなものだろう。
頷いて振り返った時──ギラリと、ツヴァイの背後に飛んでくる矢尻が見えた。
「ツヴァイ危ない! ──っあ゛!?」 「!?」
ドッ、と背中の左肩近くに矢が突き刺さったのを熱で感じる。ツヴァイを押し退けて庇ったせいで、僕はバランスを取ることができなかった。
そのまま、崖から落ちて空中に投げ出される。
死、という言葉が頭に浮かんだ。
ここでクトゥルフおじさんやハスターさんを喚びだせば、僕は助かると思う。
だけどすぐ近くにはツヴァイがいて、彼はきっと邪神の姿に耐えられない。
この世界で初めてできた人間で同級生の友達を、ここで廃人にしてしまいたくなかった。
死んでも、邪神たちが蘇生してくれるかもしれないし、してくれないかもしれない。ゾンビになるかもしれないし、食べられるかもしれない。
邪神と関わってる時点でロクな死に方はしないと思ってるけど、友達を守れて落下死ならちょっと名誉かもな。
ブレる視界の中、目を閉じて…………衝撃がやって…………こない。
もう地面に到着しててもおかしくないんだけどな。頭打っててもいい秒数が経ってるんだけど。
むしろなんか……浮遊感を感じる。浮かんでるというか、飛んでる? まさか邪神が助けに? でも喚んでないはず。
と一向に訪れない激痛に瞳を開けると、ツヴァイが僕を覗き込んでいた。
そして空中で明らかに止まっている背景。
「は?」
「説明は後だ。飛ぶぞ」
「は??」
ブワッと視界が上昇し、僕はツヴァイに抱えられたまま元の崖ぎわに戻ってきた。何が何だかわからないね。
チラリと見えたけど、ツヴァイの腰元から白い翼のようなものが見えた。
「矢は抜いたら血が溢れるだろうから、抜かずにベースキャンプに行くぞ」
「わかった……」
正直、安全と分かったらかなり背中が痛くなってきた。
熱を持って、異物が体内で動いてグチグチと痛む。歩くだけの些細な振動で鈍痛が走る。僕は邪神の祝福を受けてるけど、耐久性や痛覚は一般なのだ。
ベースキャンプにて、僕は速やかに手当てされた。
矢を抜かれ、消毒され、簡易の治癒魔法と低級のポーションをかけられる。この手当が一番痛かった。クソが。
出先だし、しっかりした治癒魔法は大きな病院か教会でしか受けられない。包帯を巻かれてベンチに座る僕の前に、ツヴァイもまた座った。
彼の表情は不安や緊張で縫い付けられたように眉を歪め、顔色を罪悪感で染めていた。
「まず、庇ってくれてありがとう。そしてすまない」
「本当は二人で避けるつもりだったんだけどね……気にしないで」
「いや、あの矢に当たっていたら俺も大怪我していた。どうやら狩りをしていたチームの流れ弾に遭ったみたいだな。ただ、コルトの聞きたいことはそれじゃないよな」
「そうだね」
痛みは鈍く軋むような痛みさえあれどさっき程酷くはないし、死ぬところを助けてもらったんだからむしろ命の恩人だ。
僕が気になっているのは、あのチラリと見えた翼のことだ。明らかに腰から生えてたし、ツヴァイの意思で動いていた。
きっとあの羽で飛んで、僕を助けたのだろう。
「これから言うことはくれぐれも秘密に……誰にも言わないで欲しい」
「わかった。不安なら契約魔法とかかけてもらう?」
「それはいい。聞いてくれ……俺は人間じゃない。人とは違う種族……ブラス族だ」
ブラス族。
テラ宗教学や歴史の本によく出てくる、伝説の神話の種族。
昨日図書館で読んだテラ史の本でも出てきた。彼らが荒れる神を諌め、世界の平穏を守る特殊な存在。
白い翼に褐色、未知の弓を使い神の統治を見つめる、神とは違う存在。
でもそれは神話の話であって、現代には眉唾とされている筈。
「ブラス族は存在する。人に紛れ、人として死ぬ。神が暴れることのない今、その仕事はほぼ無くなったも同然だが……確かにブラス族はいるんだ」
「それが、ツヴァイ?」
「ああ。さっきは俺の翼でなんとか飛んで崖から助けられた」
信じてくれなくてもいいが、秘密にはしておいて欲しい。
ツヴァイはそう呟いた。ブラス族は現代ではフィクションとされており、神……王を諌める大臣や側近を神格化させたものだと言われている。
なぜ彼らが人に紛れているのかは知らないけども、それでも僕は、
「信じるよ」
「……!」
「ツヴァイが秘密を教えてくれたから、僕も秘密を明かすね。ツヴァイも、これは誰にも言わないで」
そう言って、僕は今まで喚んでいなかったウルタールの猫を呼ぶ。島に行くからお留守番してもらう予定だったのだけれど。
本日の担当はキジトラのキジさん。包帯で巻かれている僕を心配そうに舐めてくれる。
「僕の固有魔法は、猫の召喚と使役。……そう言っているけど、本当は違う」
「……なんだ?」
「周囲を巻き込む、とんでもなく危険な力……とだけ。詳細は言えない、僕もツヴァイも危ないから」
邪神召喚なんて軽々しく言えるわけないんですよねぇ。あくまでもうっすらとした概要だけ伝えておく。
「二人の秘密だからね、お互い誰にも言わないように」
「ああ、絶対に漏らさない」
「ところで、これってもう島学習どころじゃないよね……?」
「先生には自習してろと言われた。これは参考書」
「島に来てまで座学かぁ……とほほ。ツヴァイは得意科目何?」
「数学と魔力解析」
「僕の苦手科目だ」
結局その後は、ツヴァイとお互いの苦手科目を教え合う時間になってしまった。
僕以外に怪我人は出ずに、無事島学習は終了したけれど……。狩りをしていたチームはあとから矢の扱いについて先生に怒られていた。高度な治癒魔法やポーションは高いので、僕は受けることができない。
寮に帰ったらクティーラお姉ちゃんに治してもらおうかな。
「僕、クジラ寮で1Aなんだ」
「俺は狼寮で1B。クラスは違うが、また話そう」
「うん!」
でも、その分友達ができたから結果オーライ、かも?
ツヴァイも勉強するのが嫌いじゃないみたいだから、図書館に誘ってみようかな。
背中をさすりながら、僕は無人島を後にしたのだった。
……砂浜の一部が焼けこげてるのは見ないふりをしよう。
クティーラが回復もできるというのはこの作品独自の設定です。(クトゥルフの姫だしこれくらいできてもいいでしょの精神)
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