サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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タイトルシークエンス

 男が一人、エレベーターに乗りこんでくる。

 

 最初に映るのは彼の足元だけ。上質の革靴、スーツが見える。エレベーターへと乗り込んできた彼がゆっくりと身を反転させるとともに、彼を映すカメラの位置も上がっていく。

 一人の男の後ろ姿が映っている。エレベーターの駆動音。現在の階を示す位置表示灯だけが画面の中では動いている。

 

 場面転換。カメラがエレベーターの外へ。エレベーターのシーンとは対照的に、ざわめき、喧騒と動き回る人々の姿。作業服に身を包んだ男たちが部屋の中で何かを話しながらダンボール箱に何かを梱包するような作業をしている。その表情は朗らかなもので、空気感が良い職場だ――と考えさせたと同時に、ダンボール箱に入っているものが画角に収まる。そこには黒い銃があった。

 

 チン、と到着ベルが鳴ったと同時に場面転換。エレベーターの扉が開き、先ほどのスーツ姿の男が映る。顔は見えない。カッ、カッ、カッ、と足音だけが響く。同時に映る背景でこの場所がマンションであるらしいことがわかる。その中の一室の前で立ち止まり、インターホンを鳴らす。

 

 ピンポーン、という音とともに場面転換。先ほどの作業服の男たちの部屋だ。インターホンの音とともに会話を止め、表情も消える。男たちは目配せし、インターホンに取り付けられている画面で外に居る何者かの正体を探る。

 

 

「スーツを着た男だ」

 

「スーツ? 営業か?」

 

「無視でいい。放っておけ」

 

 

 ピンポーン、と再度インターホン。しかし男たちは居留守を選択したらしい。無視して作業を再開する。

 

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピポピポピポピポピポピポピポピピピピピピピピピンポーン!!!!!!!!

 

 

「うるせぇ!」

 

 

 キレた男の一人が我慢できないとばかりに飛び出した。他の男たちは止めようとしたが、もう遅い。玄関に出た男が扉を開き、「あのなぁ! 迷惑だって――」と言っているうちに言葉が途切れた。

 

 緊張が走る。無言で男たちは目配せをして、梱包されている銃を手に取る。ハンドサイン。男たちはそれぞれの位置につく。扉から見えない陰になる位置、扉の奥が見える位置、部屋の角、扉の真横……侵入者を襲撃者であると想定して警戒態勢に移る。

 

 沈黙を守る扉を睨む男たち。キィ、と扉が開くために軋んだ声を上げ、男たちは一斉に銃を構えた。

 

 そして、扉を開いて姿を現したのは――

 

 

「――なんてな! ドッキリだよ! ははっ、誰も居ないとでも思ったのか、アイツ、ドアを開けたらすぐにビビッて逃げ出しやがった。いたずらするなら相手を選べってなぁ?」

 

 

 そんなことを言いながら先ほど飛び出した作業服の男が姿を現す――それに油断して構えた銃を下ろした瞬間、ぱん、ぱん、と乾いた音が響いた。

 

 

「……は?」

 

「なん……くそっ、『腹話術師』か……!」

 

 

 扉から姿を現した作業服の男、その顔が映る。彼の顔に生気はなかった。おそらく既に死んでいる。

 

 

「正解」

 

 

 ぱくぱくと死んでいるはずの男の口が動いて話し出す。その背中を支えるように、男が一人立っている。

 

 

「腹話術師? どういうことだよ! ヤツの雇い主は芹沢組だろ? 仲間のはずじゃ……!」

 

「……裏切りか?」

 

「それは『どっち』が?」

 

 

 ビクッ、作業服の男の一人が身を震わせる。カタカタとわざとらしくスーツの男の『人形』になった男は笑い、

 

 

「手癖の悪いヤツが居るそうだな? 見せしめに来た。まあ、つまりはそういうこった」

 

 

 そう言ったが最後、動かなくなる。作業服の男たちは銃を構えたまま動かない。スーツの男も。しかしそれも長くは続かない。スーツの男が何かを取り出そうと懐に手を入れた――瞬間。

 

 銃声が響く。何度も何度も。そしてそれが止んだとき――作業服の男たちは全員が血を流して倒れていた。

 

 

「終わった」

 

 

 傷ひとつないスーツの男がどこかに電話をかけた。後始末は自分の仕事ではない。そうしてその場を立ち去りながら懐から煙草を取り出し、火を付ける。その時になってようやく彼の顔が見える。端整な目鼻立ちをした男だ。ただ、そこに表情と呼べるものはなく、人形と同じように生気はなかった。

 

 玄関を出て、ふ、と一服。煙を吐き出した後はその場に煙草を捨て、そうして立ち去る――そのときに。

 

 

「た、たぱこのポイ捨て、しちゃダメだよっ」

 

 

 一人の少女から声をかけられる。小さな子どもだ。小学校低学年くらいだろうか? あるいは小学校に入学さえしていないかもしれない。それくらい小さな子どもだ。

 ここの住民だろうか? 女児向けアニメか何かで正義感を養ってしまったのか、勇気を振り絞って『たばこのポイ捨て』という大罪を犯した大人の男に注意している。恐れを知らない無鉄砲な子どもというわけではない。恐れ怯えた上での行動だということがわかる。

 

 ――この映像を見ている観客は知っている。この映画がどういった映画か。『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール』。殺し屋の男が少女になってしまった話だと。そしてその主演が誰であるかも知っていることが多いだろう。この少女が『そう』だ、と。で、あるならば……『殺し屋の男が少女になる』のは『これから』だ、と推測する。腹話術師と呼ばれた男は恐らく殺し屋。そんな男と、何かしらの理由で『入れ替わる』のではないか、と。観客の多くはそう推測するだろう。

 

 殺し屋の男に少女がどうにかされることはない。そう思っていても緊張がないわけではない。スーツの男は少女を見て、ふっ、と笑う。

 

 

「確かに、その通りだ。すまない、レディ? これはちゃんと捨てておくよ」

 

 

 朗らかに微笑み、その場に屈んで吸い殻を拾う。緊張がやわらぐ。

 

 そして銃声。

 

 

「……は、ぁ?」

 

 

 ぴす、という特徴的な破裂音。サプレッサーが使われた銃声だ。スーツの男は何が起こったかわからないといった表情で倒れ伏している。そんな彼に、ちっ、と舌打ちする声が降る。

 

 

「こんな距離で外すとは。貧弱過ぎるな」

 

 

 その発信源は少女だった。彼女は銃を持っている。サプレッサー付きのカスタムグロック。男の表情に困惑の色が混ざり――次の瞬間、人形のように生気が抜ける。スーツの袖から滑るように銃が現れ、

 

 

「ん」

 

 

 ぴす、という音とともに男の腕が大きく仰け反る。カランカランと鳴きながら銃が床を滑っていく。男は目を見開き、血を流す腕を抑えながら、背後に滑っていった銃を追いかけようと後ろに振り向き、

 

 

「どうして銃にこだわるんだよ」

 

 

 脚を撃たれ、その場で転ぶ。銃には手が届かない。それでも諦めるわけはない。銃に向かって這うようにして手を動かす。

 

 そんな彼の手を踏んで、少女と銃口が見下ろした。

 

 

「こんなガキだぞ? 急所だけ守って後は生身で制圧したほうが早いだろ。遅すぎる」

 

「遅くは、ない」男が言う。少女の脚を掴んで、そのまますっくりと立ち上がる。「今からでも、こうして」

 

 

「遅ぇよ」

 

 

 ぴす、と銃声。少女は男に脚を掴まれ、宙吊りになったまま男を撃つ。男の手から力がなくなると同時にくるりと身を翻し、優雅に床へと降り立った。

 

 そうして少女は、その容姿に似合わぬ調子で肩を落とし、

 

 

「あー……しんど。つーか、マズそうにタバコ吸いやがって……殺すぞ、クソッ」

 

 

 これまた似合わぬ表情で悪態をつき、物言わぬ屍となった男を蹴った。

 

 そして少女はその場を去り、彼女の後ろ姿とともにタイトルが表示される。

 

【プロフェッショナル・キラー・イン・ガール】

 

 これが本作のタイトルシークエンスであり――『腹話術師』役、葦原国近が合計七回のリテイクの末、ようやく撮影することができた『最高の一回』であった。

 

 

 

      *

 

 

 

「――今日のゲストはこの方に来ていただきました! みなさん、今話題の映画と言えばなんでしょう? 決まってますよね! そう、あの社会現象を巻き起こした『エウレーカ』の加賀美勇監督最新作、『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』です! この映画から、なんと……! 望月陽依ちゃん! では、なく! 序盤で死ぬ男、葦原国近くんで〜す! 『今いちばん呆気なく死ぬシーンが流れるイケメンアイドル俳優』で話題の彼に! わざわざこの番組に来ていただきました〜! わ〜!」

 

 

 ちょうど日付が変わる前後くらいに放送されるとある番組。内容としては毎週変わるゲストと司会者が対話するタイプの番組だ。ゆるい雰囲気の司会者とゲストが生み出す独特の空気感が心地良いと話題で、一部で根強い人気がある。

 

 そんな番組に本日呼ばれたアイドル俳優、葦原国近。男性アイドルグループSTorY’Sの一人であり、ここ数年は役者としての活動も増やしている彼は爽やかな笑みとともに現れてカメラに向かって手を振った。

 

 

「ご紹介いただきました! 今イチバンテレビで死んでるイケメン! 葦原国近です! ……って、この紹介最近いっつもされるんですけど、どうにかなりません?」

 

 

 葦原はこの番組の司会者も務める元有名アイドルの女性に声をかける。彼女は「う〜ん」と首を傾げ、

 

 

「いや〜、それはちょっと……難しいかな? 実際そのシーンしか出番ないし……CMで使われてるし、プロガーでいちばん見るシーンもそこだしね〜」

 

「なら王賀とか呼べば良かったんじゃないですか?」

 

「王サマはねぇ……こういう番組だとねぇ……アタシのほうに制御できる自信がないとゆーか……放送事故になる気しかしないとゆーか……その点葦原くんは同じ事務所の後輩だし? ウチにもグループで何回か出てもらってるしさぁ〜」

 

 

 もちろん、いちばん呼びたいのは陽依ちゃんだけど……と司会者。しかし、陽依の年齢を考えるとなかなか呼ぶことは難しいらしい。

 

 

「みゃーさかちゃんもねー。呼びたいんだけど、あの子の出演条件って『グラビアの宣伝していいですかー?』だし。この番組がえっちな番組になっちゃうから……!」

 

「それ暴露していいヤツですか?」

 

「本人がSNSに書いてたし! あと、他に呼びたい人だと加賀美監督とか白鷺文乃先生とかもだけど……スケジュールが合わないんだよねー。加賀美監督にはコネでウチを優先してくれないか頼んだりもしてみたんだけどムリだったし」

 

「あー……『タイムパラドックスパンドラボックス』……」

 

「そーそー! 初映画の主演女優なんだから贔屓してくれてもいいじゃんねぇ? ってことで、今日は加賀美監督作品に出演した役者どうし、加賀美監督のグチをくっちゃべっていきたいと思いまーす」

 

「勝手に巻き込まないでくれます?」

 

 

 葦原が嘆息する。司会者はアハハと楽しそうに笑ったまま。ぐいと片手に持つワイングラスを傾ける。

 そう、この番組。司会者の女性は常に酒を片手に進行している。ゲストも飲酒を勧められることが多いが、ほとんど断られている。代わりに全国津々浦々の『つまみ』を紹介がてら口にするというコーナーもこの番組の魅力の一つだ。ゲストおすすめの料理やお菓子、おつまみ、あるいは直球にお酒を嗜みながら話を聞く、という趣旨の番組である。陽依を呼べるわけがない。

 

 

「さてさて、今日お聞きしたいのはもちろんプロガーの話なんだけど……出演を打診したのはプロガーがこんだけ大ヒットってなる前だからねー。もともとはSTorY'Sの話とかも聞きたかったからそこんところも聞いちゃおっかなーと思ってます!」

 

「そもそも、オレ、プロガーでは序盤に死ぬ端役ですからね……。あんまりプロガーの話はできませんよ?」

 

「でもプロガー本編を見てない人にも知られてるってなるとキミじゃん? あるいは王サマとかより知られてるまであるかも」

 

「ふ、複雑な気持ち……!」

 

「実際いい演技だったし。ショージキびっくりした。葦原くん、剥けたよねぇ」

 

 

 まーチュートハンパな演技とか加賀美監督が許すわけないけど! と司会者。

 そう。事実葦原はプロガー――映画『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』において今までよりも遥かに良い演技ができたという実感があった。それは評価にも現れているが……その時に言われることは決まって『加賀美監督にしごかれたから』だ。きっとそうだとみんな思う。彼の薫陶を受けたのだ、と。

 

 しかし、葦原の見解は異なる。あんな演技ができたのは、きっと、共演者のおかげだ。

 

 そして今回の映画で葦原の『共演者』と呼べる役者と言えば。

 

 物語の序盤も序盤、開幕シーンに登場して一人の少女に殺されることになる、彼の共演者が誰かと言えば。

 

 

「……陽依ちゃんに、影響されちゃったのかもしれませんね」

 

「あ〜……確かに! 陽依ちゃん、すごい演技だったもんね〜……ネットの一部では『陽依さん』呼びされてるし。なんなら魔王とか呼ばれてたり?」

 

「あー…………」

 

「ちょ! そこは否定してくれない? 『あんなかわいい子をつかまえて〜』って。共演者の葦原くんがそんな感じだとちょっとガチっぽくなっちゃうじゃ〜ん」

 

「いや、まあ……陽依さんは尊敬できる役者なんで……むしろオレも敬語使わないといけないなって」

 

「なんでやねーん! っていつの間にかツッコミがアタシに!? 腕を上げたね葦原くん……!」

 

「何の?」

 

 

 そんなやりとりとともに番組は進行していく。話題の中心はやはりプロガーのこと。現在日本を席巻している映画なのだから当たり前と言えば当たり前だが、特に葦原が登場しているシーンはすべて公開されている部分だ。話しやすいというのもある。

 

 

「やっぱ陽依ちゃんの話が聞きたいな〜。撮影シーン外の陽依ちゃんはどんな感じか、はたまた撮影のときの陽依ちゃんを実際に前にしたときの感想は、とか!」

 

「そう、ですね。撮影してるとき以外の陽依ちゃんはすごく良い子でした。カメラが回っていないときは、まるでちっちゃなアイドルがそこに居るような……俺たちはみんな陽依ちゃんってアイドルのファンみたいなもんでしたね」

 

「アイドルかぁ……それはよっぽど良い子なんだね。アタシみたいに!」

 

「…………」

 

「ちょっと? ツッコむならツッコんで? 無言がいちばんキツいから!」

 

「恥ずかしくないんですか?」

 

「もっとキツいの来た!? じゃ、じゃあじゃあ、撮影のとき! 実際に『役者』望月陽依を前にした感想は!?」

 

 

 露骨に話を逸らしに来た。だがこれ以上突いても『ダレる』のは確かだ。葦原は彼女の言う通りカメラが回っているときの陽依――役者としての陽依と共演したときの感想を言うようにする。

 

 言おうとして、少し、考え込むような素振りをした。

 

 

「……葦原くん?」

 

「ああ、いや、すみません――撮影のときの陽依ちゃんを、どう表現すればいいのか。考えてしまって」

 

 

 望月陽依。

 話には聞いていた。星見カレンと共演したCMも見たし、本読みもあった。すごい子だ、と。素直にそう思っていた。

 

 可憐な容姿で愛想も良く、さらに受け身ではなく自分から率先して周囲に働きかける子だった。言うなれば『人の懐に入り込む』のが抜群にうまい。天然でやっているのだろうからそれだけでも末恐ろしい。アイドルでもある葦原だが、彼が知る中でも『天性のアイドル』と言っていい少女だ。……あるいは、今目の前に座っている女性の現役時代と同じくらいに。

 

 撮影前の時点で葦原もすっかり骨抜きになっていた。先輩としてカッコいい姿を見せてやろう。CMでのそれを含めなければ、役者としてカメラの前で演技をするのは初めてだと聞く。そんな彼女の見本になる気持ちで――胸で貸すくらいの演技をしてみせる、と。

 

 いくら優秀だと言っても。星見カレンに匹敵する才能だと目されているとしても。あの加賀美勇が『主演』として見出した少女だとしても、最初から一切の瑕疵がない演技なんてできるはずがない。リテイクが何回になってしまったとしても付き合おう。それくらいの気持ちで撮影に臨んだ。臨んでしまった。

 

 今になって思えば、目が曇っていたと言う他ない。

 だって、あの加賀美勇が『未熟な子ども』を主演に抜擢するはずがないのだから。

 

 そして、いざ迎えた撮影で、望月陽依を前にしたときに感じたものは――

 

 

「……大ベテランを前にしたような」

 

 

 あるいは、今いちばん『脂』が乗っている旬の役者と共演したときのような。

 

 

「胸を借りるような気持ちで、演技しました」

 

 

 その言葉に司会の女性は大きく目を見開き、

 

 

「…………あんなかわいい子の胸を借りるとかヤバくない?」

 

 

 めちゃくちゃに的外れなことを言った。

 

 

「めちゃくちゃな風評被害になりそうなこと言わないでくれます!?」

 

 

 そんなやりとりをしながら、葦原は陽依と共演したときのことを思い出していた。

 

 彼が知る限り、最も優れた『役者』のひとりと共演したときのことを。

 

 

 

      *

 

 

 

 葦原国近は役者として一定の評価を受けている。せりざわプロダクション所属アイドルグループSTorY’Sのメンバーである彼はグループ内でいちばんの演技派として知られており、その原点はアイドルデビューから三年経ったある日に出演したドラマだった。当時はまだ『アイドル』としての顔しかなかった彼の抜擢は彼のアイドルとしての人気目当てのものだったが――そこで『思ったよりも演技うまくない?』と話題になったことが原点である。

 それから彼の役者としての仕事は増えて、恋愛映画の主演を任されることもあったほどだ。端整なルックスにアイドルとしての人気、それに一定の演技力まで保証されているとなれば、なるほど、彼は非常に『起用しやすい』役者だった。

 役者としての知名度も獲得した葦原だが――彼は現状に満足していなかった。もっと色んな役をやりたい。もっともっと、うまくなりたい。権威ある映画賞なんかで受賞したいというよりは……いや、それももちろんできることなら受賞したいが、それよりも『面白い映画』に出演したい。そう思っている男だった。

 そんな彼にとって『加賀美勇』の映画に出演することは一つの夢と言えた。……ちょうど葦原がデビューした頃に公開された映画『タイムパラドックスパンドラボックス』。あるいはそれがなかったならば、葦原は今頃天狗になってしまっていたかもしれない。現状を甘んじて良しとせず、演技に向き合おうとしたのはひとえに加賀美の映画を見たからとも言えるだろう。

 それを『見せた』せりざわプロダクションの令嬢、冬城玲奈には感謝している。加賀美が監督する二作目が撮影されるという話を聞いたときには出演したいと自分を売り込んだくらいだ。自分が所属する事務所の社長令嬢でもある彼女に直談判してしまうくらいの気持ちだったが――冬城には断られた。

 

 

「今のあなたは加賀美の映画には要りません。必要なピースではありませんね」

 

 

 極寒の白雪姫。親の七光りを一切の躊躇なく笠に着て、数々の『腫瘍』を切除しながら必要とあれば『おねだり』を繰り返してきた、絵に描いたような『わがままなお嬢様』。しかし同時に絵に描いた餅としてしか存在し得ないはずの『選択と集中』を成功させてきた若すぎる才媛。STorY'Sとして接していたときには他人事だったが……こういうことか、と理解した。彼女の判断には情がない。彼女自身は人間味もあるのだが、その『判断』は情というものに左右されない。

 

 もっとも、ちゃっかりオーディションには申し込んだし案の定落ちたのだが……今回はオーディションではなく、加賀美から直々にオファーがあった。

 

 出番が多い役ではない。端役ではある。だが、映画の序盤、始まりを担当する役だ。重要な役だ、と葦原は思う。以前オーディションに落ちたときよりも良い演技ができるようになったという自負がある。その成果を、ここで出す。

 

 だから、と言っていいかはわからないが。葦原は望月陽依に興味があった。加賀美が見出した――ならば、きっと尋常ではない才能を備えた役者なのだろう。『あの』冬城も今では彼女に付きっきりだと言う。冬城の年齢だけを考えれば決して不思議ではないものの、実績を考えれば『新人子役』に当てる人選ではない。……ない、が。望月陽依は既に結果を出している。天才子役、星見カレン。彼女と共演して『負けない』だけの魅力があることを示している。ならば、やはり加賀美や冬城の目は確かだったのだろう。葦原には素直にそのことを認められる才能があった。

 

 しかし、それでも――実際にその少女を前にしたときは。

 

 

(……こんな子が?)

 

 

 そう思ってしまったことも、また確かだ。白鷺文乃の脚本で描かれている少女を、この子が? ……本読みで『できる』とはわかっていても戸惑ってしまうほどに、彼女は『可憐な少女』だった。いたいけな、かわいい女の子。この少女があの役をするのは、なるほど確かに『映える』だろう。だが、できるのか? 本当に? そう思ってしまうほどに、彼女は『良い子』だった。

 

 ……さすがに、最初から完璧な演技なんてできないだろう。葦原は胸を貸すつもりで撮影に臨み――そして。

 

 

「カット。……これはこれで、悪くはない。が」

 

 

 加賀美が葦原を見る。……悪くはない。そうだろう。おそらく、悪くはなかったのだろうと思う。映像として、悪い仕上がりだったとは言えない。

 

 が。

 

 

「リテイクを、お願いします」

 

 

 ――演技ではなかった。『引き出させられた』。望月陽依の演技、その豹変を前にして『作中で描かれるように』葦原自身も動揺してしまった。

 

 あるいはそれは『自然な演技』として評価されるべきものだったのかもしれない。『本物の動揺』がそこにあった。それをこそ『求める』監督も居るのだろう。そういう役者も居るかもしれない。

 

 だが、葦原はそうではなかった。

 

 

「……陽依ちゃん。すまない。『オレが足を引っ張った』。演技できてなかった。本当に動揺した。これじゃダメだ。悪くはなくても『最高』じゃない。……満足できるまで、付き合ってほしい」

 

 

 葦原は陽依に頭を下げた。陽依はそんな彼を見てぱちくりと目を瞬かせて――ぱぁっ、と満面の笑みを咲かせた。

 

 

「もちろんです! わたしも……次は、もうちょっと精度が上げられそうなので。願ったり叶ったり、ですね」

 

 

 え? まだ上があるの? 葦原は思ったが――映画の撮影は陽依も初体験のはずだ。であるならば、そう考えるほうが道理ではある。ある、が……マジかぁ、と思ってしまうのも無理はない話だろう。あんな演技を見せておいて、と。

 

 リテイク。葦原は改めて役者望月陽依を前にする。……こうして見ると、殺し屋ではない『少女』の演技の時点で逸脱していることが見て取れる。先ほどは普段のかわいい望月陽依をそのまま出しているだけとも思えたが――星見カレンと共演したインスタントラーメンのCMでの姿を思い出す――そのどちらとも異なる表情を見せている。感情表現を意図的に強めている。後で見せる殺し屋の顔とのギャップを大きくするためだろう。手の位置、視線……発声の微妙な調整、声の震え、眉の角度、立ち姿。それらがすべて『小さな少女』であることを強調するように調整されている。

 

 天然でやっているのだろう。それらすべてを意識して、計算してやれるものだとは思えない。それは年齢もあるが、そこまで計算してやろうとすれば、意識に身体がついていかずに『ちぐはぐ』なものになってしまうことがほとんどだからだ。

 しかし、天才子役星見カレンの演技とも異なる。おそらく、陽依は『こうしたほうが見栄えがいい』くらいの感覚でそれをやっており……つまり、多少なりとも『不自然な意識』をもって演技している。自らの心を重ねてより『現実的』な演技をするのではなく『効果的』な演技をすることを選んでいる。それを実現させているのは……きっと、類まれなセンスだろう。無数の『こうすればもっと良く見えるはず』という感覚によって成立している演技だ。葦原はそう考えたし、大きく間違ってはいないだろうとも考えている。星見カレンとはまた別種の天才だ、と。

 

 そして少女から殺し屋へとシームレスに移行するシーン――殺し屋の演技も、やはり凄まじい。声の抑揚、表情、身振り手振り。発声は少女のそれよりもゆっくりと落ち着いたもの。身振り手振りも少女のときよりもゆっくりと、しかし大きいものになっている。

 ……脚本を見たとき、陽依を見たとき、そして本読みに至るまで。葦原は本作はコメディ色が強いものになると思っていた。どうやっても少女の身体で殺し屋の男をするという画には『面白さ』が出てしまう、と。

 その気持ちは今でも変わらない。変わらないが――その『面白さ』を達成するためには、まず『殺し屋の男が少女の身体になってしまっている』と観客に信じさせることが前提となる。

 

 望月陽依の『殺し屋』は、見る者に『畏怖』を覚えさせるものだった。容赦のないプロフェッショナル。余裕のある佇まい。油断なく対象を仕留めるヒットマン。少女の姿のまま『ハードボイルドな殺し屋』をやり切っていた。それを前提にして『こんなにかっこつけててかっこいいのに、こんなかわいい女の子の姿なんだよな』と思ってくすりと笑ってしまう。そう思わせるだけのスケールがあった。

 

 そう、スケール――演技のスケールが大きいのだ。そういった点では、いわゆる『大ベテラン』と呼ばれるような役者を思わせる演技であり、しかし。

 

 

(……印象は、それよりも。今までに共演した『大作映画の主演』に近い)

 

 

 端的に言えば、人を惹き付けるものを持っている。オーラとでも言おうか。人を魅せる気のようなものを纏っているように感じられる役者と遭遇することは、珍しいとは言えないくらいにあるものだ。それはアイドルであってもそうだが――その一挙手一投足から目を離せない。離したくない。そう思わせるほどの魅力そのもの。『旬』と呼ばれる役者が持つべき力。アイドルであればステージ上のパフォーマンスで、役者であれば演技で放つその力を、この少女は既にその身に備えている。

 

 

 カット。加賀美が途中で止めた。「葦原、一度止めるぞ。時間が欲しいだろう?」

 

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

 休憩だ、と加賀美が号令をかける。それに従うスタッフたちを見ながら、葦原は壁にもたれかかって考え込む。

 

 今度は演技できた。が、満足がいくものだとはとても言えない。加賀美もそうなのだろう。彼はクオリティのためなら他のすべてを犠牲にしてもいいと思っている根っからのプロデューサー泣かせだ。今回の場合は冬城である。にこにこと笑顔で葦原と陽依を眺めているが、リテイクが重なれば重なるほどその表情はどこまでも冷たく研ぎ澄まされていくことだろう。予算は無限ではない。時間は予算に直結している。リテイクとは予算を『食う』作業である。そのことは肝に銘じておかなければならない。

 

 しかし、役者として自分ができる最高の演技をすることもプロとしての責務である。中途半端な演技をすることなんて許されない。

 

 どうする? どうするべきか。このシーンでの演出意図は? 加賀美から聞いている。それは既に知っている。加賀美は葦原が今までに参加した映画の監督の中で、いっとう指示が細かいタイプの監督だ。リテイクを繰り返す監督は大別すれば『自分で考えろ』タイプと『瞬きのタイミングや回数まで指定する』タイプの二種類になるが、加賀美は後者だ。改めて指示を仰ぐことも間違いではないだろうが……葦原の選択は違った。

 

 

「陽依ちゃん」

 

「へ? な、なんですか? 葦原さん」

 

 

 撮影で使われるプロップガンをくるくると回したりして「ふふん……わたし、カッコいい」なんて得意げにしていた陽依に声をかけると驚かれてしまった。というより、今のを見られて恥ずかしがっているようにも見える。撮影中とは違って何もかもがかわいいので葦原は躊躇いも覚えたが、目の前の少女に何を言おうとしていたのかを思い出して覚悟を保つ。

 

 そして、葦原はまっすぐに陽依の顔を見て――頭を下げた。

 

 彼は言った。

 

 

「……俺に、演技を教えてくれないか?」

 

 

 と。

 




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