サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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ひとの心を動かす、たったひとつの冴えたやりかた。

 

「勇くん――加賀美にあの『賭け』は持ちかけるべきじゃなかったと思うわ」

 

 

 顔合わせ後、加賀美監督と『現在考えている撮影プランを変えることになるかどうか』という賭けをした帰り道。

 運転しながらそう言う冬城お姉さんに、俺は「その心は?」と尋ねる。

 

 

「勇くんが陽依ちゃんの実力のすべてを知っているとは私も思わないけれど――その上で彼は『最大限』を求めるから。たぶん、星見カレンさんが相手でも『さらに上』を求めたでしょう。もし陽依ちゃんが彼女よりも高い実力を持っていることを示したとしても、勇くんが撮影プランを変えることになるとは思えない」

 

 

 だから、賭けなんてしてほしくなかったのが本音、と冬城お姉さん。「勇くんのことだから陽依ちゃんへの要求は『自分の作品への出演』でしょう。陽依ちゃんの貴重なスケジュールを抑えられるのは痛いわ」

 

 

「冬城さんはわたしに加賀美監督の作品に出演してほしいんじゃ、と思っていたんですけど」

 

「陽依ちゃんはもっと幅広い作品に出るべきでしょう。あまり一人の監督へのイメージが付くのは望ましくないわ」

 

「付きますかね? 加賀美監督が撮る間隔を考えると、その間に色んな作品に出演すれば……」

 

「付くわ。きっとね。『天才を天才にした女優』がそう呼ばれているように」

 

 

 つまり、加賀美監督にはそれだけの力がある、と。監督の『色』が非常に濃い。デビュー作が加賀美監督作品ってだけでも付いて回るだろうに、さらに出演してしまってはあまりにもその『色』が付き過ぎてしまう、と。そういうことか。

 

 

「まあ、起こってしまったことは覆らない。”What's done is done.”ね。学びとしましょう。これからはああいうことをするなら事前に言ってほしいの。それでいい?」

 

「はい。その点はすみません。……でも」

 

 

 確かに冬城お姉さんくらいには報告しておくべきだったかもしれない。その点に関しては俺も謝るべきだと思う。

 

 だが。

 

 

「わたしは勝ちますよ。加賀美監督は間違いなく撮影プランの変更を迫られる――本音を言うと、今回の『賭け』の目的はそうなることをお伝えしたかった、ということも大きいですから」

 

 

 間違いなくそうなる。俺はそう確信している。『必ずそうなる』とわかっているのであれば事前に伝えておいたほうがいいに決まっているだろう。撮影プランの変更は言うまでもなく撮影に関わるすべての人に一定のコストを要求することになる。ある意味では『迷惑をかける』とも言えるのだ。それだから――俺がしたのは『迷惑になる』という相手に不利益をもたらすことを『賭け』という自分の利益にもなるように変換した、ということになる。種を明かせばあまり褒められた行為ではない。

 

 

「……陽依ちゃんは、勇くんが陽依ちゃんの演技を見て『撮影プランを変更する』ことになると思う?」

 

「加賀美監督が見るだけなら、どうでしょう。でも、冬城さんが言うなら『ならない』んでしょうね」

 

「――そう。なら、私も陽依ちゃんに賭けるわ」

 

 

 彼女は言った。運転中だからか、その横顔は前だけを見据えるものだ。

 

 俺もそれに倣って前だけを――見る前に、もう少しだけ、その横顔を見つめる。

 

 俺を選んだ、その横顔を。

 

 

 

 

      ※

 

 

 

 なんて偉そうなことを言ったものの、こうなるとは思わなかった。

 

 

「オレに、演技を教えてくれないか?」

 

 

 そう言って頭を下げるのは俺の共演者、葦原国近くんだ。男性アイドルとして活躍しており、役者としての評価も高い。『アイドルとしては』なんて声もあるみたいだし、アイドルだから過大評価されている〜なんてことも言われているらしいが、俺の見解としては逆だな。アイドルってことで過小評価されてる気がしてならない。個人的な好みだけで言うなら王サマのより好きな演技だ。まあ好みじゃなくて『評価』ならそりゃ王サマに軍配が上がるが……。

 

 だから、この展開は意外だった。なんでぇ? 望月陽依ちゃん六歳に助言を求めるのおかしいだろ。と言うかそもそも演技も悪くなかったし。むしろ良かった。

 いや、まあ一回目は演技できてなかったよ? 素の反応が出てた。俺の演技に驚いてしまったんだろう。無理もない。むしろ申し訳ないくらいだ。天才過ぎてごめんっ……! ってな。ふふん。こういう反応おいしすぎる……気持ちいい…………ハッ! いやいや、申し訳ないと思ってるのも本心ですよ? ただ、それ以上に気持ちいい……! それも、俺のほんとうの気持ちだから……っ!

 まあ、アレはアレで良いテイクになったと思うが、それでリテイクを求めるのは理解できる。俺もドキュメンタリーは嫌いじゃないが、今回撮るのはドキュメンタリーじゃあないからな。それで撮られたテイクツー。これも良かった。俺も久しぶりの『カメラの前での演技』だったし、一回目は完璧とは言えなかった。より良い演技ができたと思う。これで良し! と思ったらコレだよ。なんなん? 今ので十分じゃね?

 

 しかし、国近くんはそうではないらしい。満足いってない様子だ。加賀美監督もめちゃくちゃリテイクする気満々だし……監督は国近くんに『さらに先』があると考えているのだろうか。

 いや、それなら自分で言えや。演技指導しろ。つーか国近くんもまずは監督にだろ――と思うが、彼が加賀美監督とめちゃくちゃに話していたことは知っている。緻密な演技指導を受けている。加賀美監督からの指導は既に『終わっている』。

 つまり、加賀美監督は国近くんの演技に『満足していないわけではない』、のか? ……もし満足していないなら自分で指導しているだろう。だと言うのに、俺に助言を求めるのは――そして、それを許す理由は。

 

 

「わたしが葦原さんに教えることがあると思いますか?」

 

「思う」

 

「それは?」

 

「わからない。だから、聞きたい」

 

 

 ……これを、六歳の女の子に言えるか?

 

 国近くん、すごいな。素直に称賛できる。助言を乞うだけでなく、その中身すらわからないと素直に打ち明ける。何が自分に足りないのかわからない。自分と相手に差があるということだけはわかる。それが『何』かわからない。なら、素直に打ち明けて相手におしえてもらうのが最短ルートだ、と――それが『最適解』かどうかは別として、一つの答えではあるだろう。ただ、その相手が六歳の女の子でも選択できるかと言えば……どうかしている。この現場、頭がおかしいのは加賀美監督と王サマだけじゃなかったのかよ。

 

 

「わたしとしては、葦原さんの演技もすごく良かったと思いますが……」

 

「ありがとう。君にそう言われるのはすごく嬉しい。なら、オレと陽依ちゃんの演技を比べるなら?」

 

「わたしですね」

 

 

 淀みなく答える。国近くんの演技は良かった。ただ、俺とどちらがと言えば間違いなく俺だろう。主観だけでなく、客観的にも。それは国近くんもわかっているだろう。

 

 

「ああ。その通りだ。じゃあ、その間にあるものは?」

 

「……葦原さんは、どう感じているんですか?」

 

「技術、だと思う。思う、けど……」

 

「『技術』ではない言葉なら? 葦原さんは、わたしと葦原さんの演技でどう感じ方が違うんでしょうか」

 

「感じ方……そうだな、オレの演技よりも、陽依ちゃんの演技のほうが――惹き込まれたし、より、心を震わされたような」

 

 

「それです」

 

 

 そう。『技術』なんて言葉で終わってはいけない。その中身を考えるべきだし――それができないなら、その『技術』によって出力されたものを見るべきだ。

 途中にどんな処理がなされているかを考えるのが無駄とは言わないが、本質はそれじゃない。手段を真似たいわけじゃないだろう。倣いたいのはあくまで出力された結果のはずだ。なら、注目するべきはそこにある。

 

 

「もっとも、その差を生んでいるものこそが『技術』という話かもしれませんが……技術なんて、一朝一夕で変わるものではありませんからね。そんなにすぐに変わるものでは」

 

「ない、こともないだろう? 技術の成長は必ずしも曲線を描くとは限らない。段差を描くこともあるし――あるいは、そのほうが多いとさえ言える。『地道な努力が実を結ぶ』領域ももちろんあるが、近道や飛躍もあるものだ」

 

「……公正社会仮説の否定、ですか」

 

「公正社会? ……そんな難しい言葉を知ってるのも、君なら不思議じゃないって思ってしまっている自分が居るよ。そうだね、公正社会仮説――努力した者は報われる、成功の裏には相応の努力がある。逆に『ズル』や『楽』をした者には必ずその報いがある……そういった認知バイアスはオレにもあるし、必ずしも絶対的な悪とは言えないと思う。でも、それが現実に成立することはない。それが事実だ」

 

「六歳の女の子に残酷な真実をぶちまけてますね……」

 

「陽依ちゃんだからね。むしろ既に知っていると思っていたよ」

 

 

 と言うか、公正社会仮説なんて言葉を使ってみせた時点で知らないわけがない。……が、それでも六歳の女の子にそんなこと言うか? 

 まったく、だめだめなおとなですね。そんなことさえ思ってしまう。

 

 

「何も考えずに『地道な努力』を繰り返すことよりもきちんと考えて努力した人のほうが報われるのは『公正』じゃないですか?」

 

「手厳しいな。そうとも言えるが――つまり、なんとでも言えるか」

 

「ただの言葉遊びですからね。……それで? 葦原さんはわたしに何を求めているんですか?」

 

「オレと陽依ちゃんの間にある『差』を埋めるためにどうすればいいか。……さっきのヒントを考えるなら『どうして陽依ちゃんの演技に惹き込まれたか』、になるか」

 

 

 国近くんが考え込む。自分で答えを探ろうとしているんだろう。

 

 個人的には、このシーンの役割としては俺の演技のほうが上でもいいと思うんだが……国近くんの演技に惹き込まれるのが悪いとは言わない。どれだけ惹き込まれたとしても、俺はそれをさらに上回って観客を虜にする自信がある。

 だが、その上で作品の完成度にそこまで影響を与えるものだとは思えない。このシーンは『俺の演技』で既に完成している。このシーンで要求されるものに国近くんの演技は十二分に応えている。

 ……まあ、加賀美監督の作品だからなぁ。俺も彼がどういう監督なのかはわかってきた。少しでも作品の完成度を上げられるならどんなことでもするタイプだ。俺は時間も予算も限られてるんだからある程度の『妥協』は必要だろって思うし――限られたリソースを費やすなら、もっと重要なシーンに使うべきだと思う。今回の撮影は俺の影響で撮影プランの大幅な変更も見込まれるわけだからな。なおさらそうだ――ってのは俺と冬城お姉さんしか確信していないことかもしれないが。

 

 もっとも、この現場における『脳』は加賀美監督だ。俺たち手足がそれに逆らってちゃまともに歩くことさえできやしない。意見はいくらでも言わせてもらうが、最後に決断する権利を持つのは彼だけだ。おとなしく従うことにする。

 

 

「……ダメだ、わからん。陽依ちゃんが意識して演技をしていたのはわかる。見られることを意識して、伝わるように演技していた。ただ、それはさすがにざっくりし過ぎてるよなぁ」

 

「究極的にはその通りなんですが、確かにざっくりしているかもしれませんね」

 

 

 俺も俺がどうやって演技をしているかなんて説明することは難しい。経験的に、人がどんなふうに人を見るのかを知っている。どんな動きをするものに、どんなふうに視線が動かされるのか。どんなふうに感じるのか。その『最大公約数』を知っている。あとはカメラの画角なんかを理解していれば、自由にそれは誘導できる。

 人は動くものに視線が集中する。ゆっくり動くものと速く動くもの、そしてまったく動かないもの。個人的には手の動きを利用することも多いが、服の動きなんかも作用させやすい。

 あとは声と表情の管理も大きいが、それはさすがに当たり前過ぎるか。言うまでもなく声も表情も感情を伝えやすいものだからな。基本的に、人は『人の感情が動いている』ものを見て感情が動く。それがもっともしやすいのはどこかって言ったら、そりゃ、声やら表情やらだろう。

 そういった諸々をどこまで意図的に支配できるか。端的に言えば俺の演技のキモはそこだ。うん? それができたら苦労しないって? そりゃあそうだよ。俺だって苦労して身につけたわけなんだから。まあ環境と必要に迫られてって面もあったが……。

 

 そもそも『良い演技』とは何か。その定義は人によって違うだろうが、俺にとっては『観客の感情をどれだけ動かせるか』になる。さらにごく個人的なことを言えばそれに『意図的に』なんて形容詞をつけたいところだが、それは俺自身の演技に限っての話だ。他の役者の演技に対してならその評価基準は当てはまらない。というか人の心なんてある程度までしか読めないんだから意図的かどうかなんてわかるわけないだろって話だな。

 手段なんてどうだっていい。メソッド演技でも、あるいはメソッド演技ですらなく『素の反応』が出たとしてもいい。演技とは『演じる技術』と書くが――はっきり言って『技術』である必要さえないだろう。そんなもん傍から見てわかるもんじゃない。過程なんてどうだっていい。出力された結果だけが目に見える。

 結果として、どれだけ人の心を動かすことができるか。『どれだけ』ってのはもちろんその大きさ、幅もそうだが――どれだけ『緻密に』動かせるかってのもある。感情の動きは前後の位置にも左右される。感情は動くたびに心に波を生むが、それにも『効果的』な動かし方ってものがある。感情も上下だけがあるわけじゃない。三次元的、あるいは四次元的でさえある。もっとも、感情なんて完全に分化できるものでもないからそんなふうに考えることから間違っているのかもしれないが……閑話休題。とにかく、どれだけ人の心を動かすことができるか。それこそが『演技の良さ』を判断する要件だというのが俺の考えだ。

 ちなみにこの考えは前世ではあまり共感されなかった。『インスタント過ぎる』だのなんだのって言われたもんだ。感情を動かすためだけの効率的なツール――感動ポルノの道具だなんて言い方が悪かったのかね。あるいは、この定義になぞらえれば『大ベテランの演技』よりも『旬の役者の演技』のほうが『良い演技』だってなるからか? ......俺としては、熟練の役者よりも旬の役者のほうが『良い演技をする』ってのはまったく不思議なことじゃあないんだが、リスペクトに欠けるだのなんだのって言葉には反論できないからこれ以上はやめておこう。俺自身、好みで言えば旬のものよりもさらに熟れたもののほうが好きではあるし。好き嫌いと評価は別の軸を持つべきだがそれを実現することは難しい。当たり前の話だな。

 

 なんて長々と話してきたが、結局何の話だよって? そう、俺の演技と国近くんの演技の間にある『差』についてだ。

 

 では、これを踏まえて俺と国近くんの間にある『差』が何かと言えば。

 

 

「う〜〜〜ん……なんて説明したらいいかな。もし、わたしが国近くんなら……」

 

 

 俺が国近くんの身体なら、どんな演技をしていただろうか。俺には国近くんのようなイケメンだった過去はないが、あの顔とスタイルの良さを活かさない手はない。でもその程度は国近くんも理解しているように見えるんだよな〜。その上で俺ならもっとうまくやれるとは思うが……。

 

 

「…………わたし、自分では理論派みたいなことを思っていたんですけど、かなり感覚的なのかもしれないです」

 

「陽依ちゃんの歳で理論派だったらびっくりするけどね」

 

「ちょっと恥ずかしいです……」

 

 

 はは、と微笑まれる。本気でちょっと恥ずかしい。演技でもあるが……。しかし、困った。そもそも、俺は国近くんの演技に不満とかないからな? それをさらに良くしろって言われてもな。

 

 感情を動かす……その精度、その強度。それを、もっと……観客に、自分を見る人に届けるために。

 

 国近くんなら、どうすればそれがさらにできるようになる? 演技は申し分ない。少なくとも俺から見て――加賀美監督から見てもそうだろう。役者葦原国近の演技は、現状ではこれが最高到達点なんじゃ――

 

 

「あ」

 

 

 ふと、気付く。

 

 葦原国近。彼が、どういう経歴の持ち主か。

 

 役者葦原国近としては最高到達点――ただし、彼の本領はそこにない。役者としての顔は、彼の一側面でしかない。

 

 彼の『本業』が何かと言えば。

 

 

「……国近くん。わたしも、教えてほしいことがあります」

 

 

 実を結ぶかどうかはわからない。でも――彼は役者としても評価されているが、専業役者というわけではない。本業がある。そして彼の場合は、その『本業』こそ世代ではトップレベルの実力を誇る。

 

 つまり。

 

 

「『トップアイドル』を、教えてください」

 

 

 ――その後、何度かのリテイクを重ねながらも、国近くんはその『演技』をものにした。 

 

 人の心を惹き付ける演技――人の心を、掴む演技を。

 




・本編では挟めなかった話
途中から陽依さんが「国近くん」呼びしてるのは無意識です。だからこの撮影の後日にまた顔を合わせたときはフツーに「葦原さん」呼びに戻ります。国近くんはちょっと距離縮まったと思ってたのでちょっと落ち込みますが陽依さんは原因がわからないので「なんで……?」ってなったりしたらしいです。
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