サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
どうも、超絶美少女天才子役にして稀代の策略家、望月陽依ちゃんです。
今頃は文乃先生が加賀美監督にずずいって迫ってるトコだろうな。ふふふ……こわいか? 陽依ちゃんの神算鬼謀が! 俺はこわい。自分で自分の才能が……っ!
まあ、今回は条件が整ったってのもあるんだけどな。文乃先生がどういう人か――それを事前に知ることができていたのは大きい。インタビュー記事とかは探しても見つからなかったが……冬城お姉さん情報もあったからな。あの人なら俺の演技を見て間違いなく感化される。その確信があった。加賀美監督とはまた別の意味で『作家』気質が強そうな人だったからな。厳密には別の意味で『現場泣かせ』って感じだが、どちらも作品がより良くなるためであれば他のどんなことも『些細なこと』だと認識してるって点では同じだ。
「はぁ……陽依ちゃんが勝ったこと自体は喜ばしいことだけれど、純粋に喜んでもいられないわ。振り回される周囲としては、たまったものじゃないもの」
その『些細なこと』は、もちろん、些細なことではない。冬城お姉さんが疲れたように溜息をつく。そんな彼女を見て俺はくすくすと微笑み、
「文乃先生と加賀美監督には困ったものですよね」
「いや元凶――ってわけでもないのよね。陽依ちゃんは良い演技をしただけだし……むしろ、事前にこうなるだろうって警告してくれていたわけだから」
「だから、冬城さんも事前に動けた?」
「ある程度は、だけどね」
冬城お姉さんが微笑む。ありがとうね、陽依ちゃん、と。
「陽依ちゃんに言われてみれば……文乃は確かに『そうなるかも』って思うもの。勇くんが揺らがなくても、文乃は違う。かなりの気分屋で……そのくせ、自分の意見を曲げようとしない。勇くんが相手でも」
「強い人ですよね」
「我がね。普段は大人しく見えるし実際大人しめの子だけど、自分の主張は絶対に通す。折れることはない」
「あー……以前、加賀美監督と話してたみたいに?」
「そうね。あのときも、文乃は折れていたわけじゃないし――……ああ、そっか。陽依ちゃんが文乃に狙いを定めたのはあのときか」
「ご明察、ですっ」
以前――文乃先生と初めて会ったときのことだ。
その場には冬城お姉さんや加賀美監督も居たのだが……前にも言ったが、文乃先生はまったく社交的な人ではない。六歳の俺に対しても人見知りを発動するくらいコミュニケーションが苦手な人だ。
厳密に言えば『外』と『内』とで大きく態度の変わる人であり、さらにその『内』が示す範囲が非常に狭い人なんだろう。冬城お姉さんや加賀美監督には懐いている様子にも見えた。……素で『懐いている』なんて書いてしまったが、『心を開いている』より『懐いている』が先に思い浮かぶし合ってるように感じられるって時点で推して知るべしだろう。
こういう人にぐいぐい行くのは悪手――かと言うとそうでもなく、ぐいぐい来られたいと思っていたりすることも多い。ぐいぐい来られると困るけどそれはそれとして心の距離は縮まるって例もある。単純接触効果ね。まあ単純接触効果も使い方次第で毒にも薬にもなるんだが――超絶美少女な望月陽依ちゃんだからな。そりゃ良い方に使いましたよ。使えてたらいいなぁ。
文乃先生、ちょっと心を読みにくいんだよな……。わかりやすいっちゃわかりやすいんだけど、心を開かれるまではすべての反応が『隠れる』みたいな人だから。冬城お姉さんに「……文乃。陽依ちゃんみたいな子を前にして私を盾にするのはやめなさい」って呆れ半分で怒られてたくらいだ。うん。それはちょっと俺としてもどうかと思う。あと冬城お姉さんは俺のお姉さんだから。そういう意味では俺と文乃先生はライバルってことになる。俺は冬城お姉さんの腕をぐいぐいと引っ張った。文乃先生とは引っ張り合いの形になる。大岡裁きね。
ちなみに冬城お姉さんは一瞬で俺の方に来て俺のことをかわいがってくれた。文乃先生はがーんとショックを受けているような反応を見せたが六歳の女の子を相手に対抗意識を燃やすほど子どもってわけでもなく、代わりとばかりに加賀美監督の背に隠れていた。あ、そっちならいいです。どーぞどーぞ。
しかし陽依ちゃんが許しても加賀美監督は許さずにひょいと首根っこを掴んで文乃先生を俺の前に放り出した。文乃先生は心細そうにしていた。もちろん俺も庇護欲をくすぐられたので文乃先生をひしと抱きしめ、「わたしは先生の味方ですよ……!」と宣言した。
この子俺の妹ってことにならん? 冬城お姉さんと俺と文乃先生の三姉妹モノにしよう。もし一対一なら俺は文乃先生に俺のことを「陽依お姉ちゃん」呼びさせていた自信がある。が、冬城お姉さんはそれを許さなかった。「文乃……さすがに情けないと思いなさい」と。文乃先生は「…………はい」としょんぼりしながら自分の席に戻った。俺もしょんぼりした。俺の妹が俺の手を離れてしまったからだ。でも文乃先生としても六歳の子を相手に甘えるのはどうかと思ったんだろうな。そこんところはまったく否定できない。あと思い出したかのように人見知り発動したし。やけに恥ずかしがっていて大変かわいかったので陽依ちゃんとしては満足でした。まる。
とまあ、そこで話が終わるかと言うとそうではなく、むしろこっからが本題だ。本題だった。文乃先生と顔合わせした本来の目的は今回の映画『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール』の話をするためだったが、その前にするべき話もある。文乃先生のデビュー作であり、加賀美監督の二作目でもある『エウレーカ』についてだ。その原作小説と映画についての感想を最初に話した。もちろん好感度稼ぎの一環である。
で、だ。エウレーカはいわゆる『社会派ミステリ』だった。それを六歳の陽依ちゃんが理解してるのはおかしいかもしれないが隠すつもりもなかった。猫は被るがそこはべつに隠すことじゃないからな。
が、それはそれとして俺が『エウレーカ』のことを完全に理解できていたかと言うとそうでもない。いや、何の問題を取り扱っているのかー、とかはわかるよ? 文乃先生はそこらへん伝わるように書いてくれてたし。でも、その背景とかを詳しく語れって言われると……正直、理解不足だと思う。文乃先生の年齢知ったときもびっくりしたからな。え? これ中学生のときに書いたの? って。同時に『これを女子中学生が書いた』ってことを大きく取り上げなかったことも理解できたが。
『エウレーカ』がどんな作品かと言えば社会派ミステリである。社会派ミステリってなんだよ。それについて答えるなら作中に社会批判とかそういうのが含まれたミステリってことになるだろうか。作者の思想を読者に押し付けてくるタイプのフィクション――なんて言ってしまうのは露悪的な表現だが、そこまで間違ってはいないだろう。というかフィクションなんてだいたい作者の思想を読者に押し付けてくるところあるし。あんまりにもあからさまだと説教臭くて鬱陶しいが、まったくないのもちょっと寂しい。要は『作者が伝えたいこと』だからな。個人的には、ハリボテだとしても少しはあってくれたほうが楽しみやすい。
じゃあ『エウレーカ』の社会派は何を取り扱っているのか。端的に言えば『家族』だ。作中メインの事件はとある母子家庭の母親が殺害された、というものになる。その事件の犯人は誰か、そしてその事件はどうして起こってしまったのか、被害者の過去と現在、その環境について語られる。ちなみに犯人は被害者の実の娘だ。女子中学生の少女である。
うん。そりゃ作者が女子中学生だとか言えるわけないだろ。絶対なんかあったん? って勘繰られる。実際文乃先生の担当編集さんも最初は文乃先生の家庭に何か問題があると思ってたっぽいし……。ちなみに文乃先生本人はけろっとした顔で「ああ……言われてみれば、そう受け取られてしまってもおかしくないかもしれません」なんて言っていたそうだ。本人の家族仲は非常に良好。ウチみたいに『陽依ちゃんLOVE』って常に愛情を表現してくる感じじゃないが、フツーに愛されて育ってきたらしい。それはそれでなんで女子中学生でそんな小説を書くことになるんだよ……。いや、小説としてはめっちゃ面白かったんだけどさぁ……。
ということでそこんところも正直に伝えた。原作の話はもちろん、映画の話も。そしてこれは文乃先生がどちらに受け取るかは賭けだったが――九割方肯定的に受け取れるだろうとは思っていたが――映画のほうが自分としては好みだった、と。『エウレーカ』は映画化によって爆発的に日の目を見た作品である。そして、原作からかなり『書き足されている』作品でもある。映画の脚本を担当したのも文乃先生でもあるが、ここに加賀美監督の意向がまったく関与されていないとは思わない。それだからここで『映画のほうが好みだった』と伝えることは文乃先生に失礼なことになる、という可能性もあったが……文乃先生もそれは認めるところだったらしい。
「私も、あなたくらいの年齢の頃は難解な本を読んでもなかなか理解できていなかったように思います。映画のほうが好みだった、ということについては……兄さんの映画のほうが『面白かった』ことは事実ですからね。正直、悔しい気持ちもありますが……」
……うん? 兄さん? 思わぬところで引っかかってしまった。文乃先生と加賀美監督の間には血縁関係なんてないはずだが……単に『兄さん』呼びしてるだけか? 女子中学生のときに会った『親しいお兄さん』だから? いや、そうはならんやろ。
と思ったがなってるので仕方ない。俺もお姉ちゃんになりてぇ〜。なら親に頼めばいいって? いや……お前……それとこれとは……別じゃん……? もし授かったらそれはそれでかわいがるだろうが、現状の立場を手放すのは惜しい。親の愛を独占して甘やかされまくってる立場をな……! 正直言うと怖いって気持ちもある。こんなふうに愛を疑ってしまうのは申し訳ないが、妹や弟ができたら自分が見られなくなるって可能性がどうしても拭えない。まあ、そうならないようにするのは簡単なんだが……その手は不思議と使いたくない。母さんと父さんには、できるだけ。
閑話休題。ってことで俺は文乃先生の好感度稼ぎをしようとしたのだが、手応えは薄い。俺の発言に対する返答のワード数と冬城お姉さんや加賀美監督に対する返答のワード数が違いすぎる。なんなら俺の発言に一回冬城お姉さんを経由して、冬城お姉さんに返答するという形をとることによってワード数を増やしていることさえある始末だ。冬城お姉さんがアンプみたいな扱いされてる……。
そんな中でも文乃先生が大きく反応を見せた話題が二つある。一つは先述の『エウレーカ』の感想を話したとき。そしてもう一つは。
「文乃先生の作品って、色々と考えさせられますよね。わたしの不勉強で難しいと感じることも多いんですけど……こういうこともあるんだ、あるのかな、って。教えられるような……考える機会をくれる作品ですよね」
そう口にしたとき、文乃先生は見るからに嬉しそうな反応を見せた。感情表現が豊かなタイプではないものの、感情が表に出ないタイプというわけでもない。むしろ感情が顔に出るタイプなのが文乃先生だ。ふんすと興奮した様子で答えてくれる。
「そう言っていただけると嬉しいです。私も、多くの人に知ってもらいたい、考えてもらいたい、と思って書いているものもありますから。もっとも、それほど高尚な考えが念頭にあるわけではなく、まず第一にあるものは『これが書きたい』という根源的な欲求でしかないのですが……」
文乃先生はしばしば社会問題を扱う。ストーリーライン自体は『個人的問題』を追っているのだが、それが社会問題と密接に関わっている、と言うべきかもしれない。『私』と『社会』は切り離せるものではない。ひとりの人間について書くならば、当然『社会』のことも書くことになる。そんな思想が窺える。
だから『高尚な考え』が念頭にあるわけではない、ということも嘘ではないのだろう。ただ、まったくないというふうにも見えない。それは今の反応を見れば明白だ。俺が『考えさせられる』ということに喜んでいた。それは単に自分の作品が読者の心を動かしたことへの喜びでもあるだろうが……社会問題への関心が高まったことへの喜びも決してないわけではないだろう。
俺も『社会派』と呼ばれるような監督と仕事したことはあるが、多くの場合、彼らのモチベーションは複雑なものだ。『社会のために』という高尚とも言える志とごく個人的な『自分が興味を持っていることを他の人にも知ってもらいたい』という欲求、そして『これは面白い』という俗とも言える創作家としての価値観。その塩梅は人によって変わるだろうが、それらがまったくないってことも珍しいだろう。……俺の経験でひとり『売れるし評価されるから』なんて金銭欲と名声欲だけで社会問題ばかり扱っていた監督――それも露悪的にそう言っているのではなく、おそらくは本心からそう口にしていた監督は居たが、それはかなり珍しい例だろう。たぶん、きっと、メイビー。
そして、そのときだ。……何がそのときなのなって? これが回想シーンだってことは覚えているだろうか。うん。長すぎて忘れてたかもしれないが、回想シーンなんだよ。で、何を説明するための回想シーンかってことも忘れてるよな。オーケー、ちょっと本題に入るまでが長かったな。もう一度説明しよう。
俺は加賀美監督への『賭け』で、加賀美監督ではなく文乃先生を狙って、彼女に『シナリオ』自体を変えてもらおうとした。文乃先生は俺の演技を見てシナリオを変えたいと思うタイプの作家で――しかも、撮影が始まった『後』であっても『作品がより良くなるならばそれ以外の問題なんて些細なこと』として自分の意見を押し通すようなタイプの作家だと思っていたから。
そんな『強い』作家である彼女の気質を、どこで知ったか。どこでそれを察することができたのか。
その最も大きな材料が、このときの会話だ。
ハッ、と加賀美監督が鼻で笑った。文乃先生の『社会問題』についての話に対して。どこか馬鹿にするように彼は言う。
「社会派を気取るなら問題提起に収まるな。現実を追認するだけの行為は、なるほど、衆目を集めるものだろう。そういった言葉が持て囃される例は枚挙に暇がない。しかし、しかしだ――それに何の意味がある。そこで立ち止まるなら感傷に浸る以上の意味はないだろう。そこから一歩進んでこそ価値が生まれるものではないか?」
明らかに喧嘩を売っているかのような言いぶりに俺はピリッとした。冬城お姉さんの表情を窺うと特に動揺した様子はない。……平常運転なのだろうか。これ平常運転っておかしいだろ。
しかし『いつも通り』だと証明するように文乃先生は平然と、毅然として答える。
「意味ならあります。衆目を集める。それこそが意味です。問題を知らなければスタートラインにすら立つことさえできない。そもそも、私たちには現実を変えることなんてできません。人の考えを変えることはできない。できるとすれば、それはきっかけを与えることだけ。『あっちを見てごらん』と指を指す程度のことであればできるはずなんです。そこからどうするかは個々の心に委ねるしかないでしょう。私たちが侵していい領域ではありません」
「詭弁だな。『現実を変えることなんてできない』? 嘘をつくな。きっかけを与えることができると思っている時点で現実を変えようとしているだろう。謙虚ぶるな。胡散臭い。他人に考えてほしいならまずはお前が考えろ」
「詭弁はどっちですか。もちろん私は私なりに考えています。それは私以外の作家も同じことでしょう。しかし私が意見まで述べることは行き過ぎです。先程も述べた通り、侵していい領域じゃない」
「ああ、すまんな、どうやら伝わっていなかったらしい。わかりやすく言い換えてやろう。俺は『既に他人の内心に踏み入っているだろう』と言っているんだよ。きっかけを与えている、その時点で他人様の内心は既に侵しているだろう? どの口で『行き過ぎ』だなどと言っているんだ。わかったか?」
「はい、いいえ。理解した上で否定しているんです。『きっかけを与える』なんて考えている時点で他人の内心に踏み入っている。なるほど、確かにそうでしょう。しかし物事には『程度』というものがあります。守らなければならない限度というものがある。それを侵していると言っているのです」
「そんなものはない。正直にこう言えばいい。『自分の意見まで言うのはコワい』ってな。自分の意見を出して他人にああしろこうしろと上から目線で言ってしまえば反発を招くことが予想される。だから言いたくないだけだろう?」
「論点のすり替えですね。ゴールポストを動かす同意をした覚えはありませんが……しかし乗ってあげましょう。そうだとして、何か問題でも? 反発を招くことが予想されるのであれば言わない方がいいでしょう。門戸を狭める理由がどこにありますか? あなたの言う通り反発を招くような持論を展開したとして、そもそもの『問題提起』にさえ反発されたならば問題解決からはより遠のいてしまうと思いますが」
「それは力が足りないからだ。無視できないほどに力があればそれは問題にならない。俺はそんな馬鹿げたことを本気で実行しようとしているヤツを知っている。社会派なんてものを気取るならそこまでする覚悟を持て、と言っているんだ。要するにどっちつかずなんだよ」
「私はそうは思いませんね。あなたの言う例外が存在することは認めますが、それが正攻法だとは思わない。やはり問題提起に留めるべきです。眼差しを向けさせることだけが私たちにできることだ、と。私はそう信じます。……ただ、あなたの言う通り、社会を変えるという覚悟は持つべきかもしれません」
「かもじゃない。絶対だ。そうでなければ問題提起をしただけで善行をしたと勘違いした大馬鹿者か、その問題を利用して富と名声だけ掠めとった卑怯な盗人になるだろう」
「……肝に銘じます」
以上。これが回想シーンの前に冬城お姉さんと話していた『加賀美監督と文乃先生のやりとり』だ。
うん。二人ともめちゃくちゃ強いよね。『我』がね。あと思想が。
こんなやりとりを見せられたら『あっ、この人たち全然折れる気がないな』ってなるもんな。どちらかと言うと文乃先生のほうが『折れそう』なようにも見えるが――文乃先生、べつに意見を曲げたわけじゃない。意見をぶつけあって『どっちが勝ちだ』ってするバトルが議論ってわけじゃないからな。勝ち負けじゃない。まあ、このときの話し合いは結論が出たわけじゃなくて単に『互いの意見が異なること、またどちらもそれを変えるつもりがないことを理解し、お互いに合意できる点について再確認した』みたいな感じだろうか。たぶんそう。
まあ、大事なことはこのやりとりで俺は文乃先生に目をつけたってことだな。文乃先生は加賀美監督に自分の意見をぶつけることができるし、譲ることができないラインは絶対に譲ることがないってことがわかった。そして過去の作品から『俺の演技に影響されてシナリオを書き直す』可能性が高い――俺の見立てでは『ほぼほぼ確実にそうなる』だろう、と。だから加賀美監督への『賭け』を持ちかけたわけだが……結果はどうか。
冬城お姉さんのスマホから通知音。冬城お姉さんは画面を確認して一言。「勇くんから。『望月陽依の言う通りになった。手を回しておけ』だそうよ」
もちろん、冬城お姉さんは既に手を回している。さっさと変更内容を詰めろ、どこがどう変わるかだけでも早く教えろ、と加賀美監督に返信するだろう。
さて、これで確定した。『ほぼほぼ確定している』と『確定』の間には大きな隔たりがある。当たり前だが、確定して初めて動けること、確定するまでは動けないことは多い。
もっとも、俺がやることってなるとそう多くはない。というか六歳の陽依ちゃんに何ができるんだよって話だよ。直接的には演技くらいしかできないっての。間接的に――つまり、冬城お姉さんを経由してならできることも多いが、冬城お姉さんの腕は二本しかない。この忙しいときにわざわざ手間を増やしたくはない。
まあ『賭け』に関して手伝ってもらいたいことはあるが……それは既に話しているし、冬城お姉さんも動いてくれている。そこまで手を煩わせることはない……と思う。多少は煩わせることになるが、そこに関しては申し訳ないが甘えさせてもらう。
しかし……社会派、か。加賀美監督と文乃先生のやりとりを思い出す。
映画や小説が社会に影響を与えること。それはまあ、あるのだろう。だが、そこに責任が生じるかと言うと俺は生じないと思う。社会は変わり得る。なんだって。誰かの些細な発言が回り回って社会を変えるなんてこともあるだろう。カオス理論、バタフライエフェクトな。風が吹けば桶屋が儲かるとも言うか。そこに責任なんて感じても仕方ないだろうってのが俺の考えだ。社会が変わる可能性があるのは単なる事実でしかない。それを意図的に起こす――のも、まあ、無理じゃないかもしれないが。俺なら……どうかな。『できる』だろうが、それによって失うものも考えればあまりやりたくはない。
文乃先生が取り扱っている社会問題、例えば『エウレーカ』は家族の問題でもあるわけだが、それについて関心がないわけでもない。サキュスタのアイドルにもそういう過去があったアイドルは居る。辛い過去があるアイドルとか、過去に悲劇があったアイドルとかな。
俺はそれを知っている。未だ『起こっていない』それを知っている。つまり、それを防ぐことができる。手段を選ばなければそれくらいのことはできるだろう。
ゲーム転生の醍醐味だな。気に入らない悲劇を先回りして潰して起こらないようにする。
俺はそれをするつもりがない。俺がいちばん好きだったアイドル、天羽愛歌。俺が『契約』したいと心から望んだ彼女が『アイドルとしてデビューすることができなかったこと』以外の悲劇を潰して回るつもりはない。
サキュスタのアイドルのことは好きだ。だが、俺はその過去も含めて好きだった。ゲームの時間軸では愛歌以外のアイドルはみんな幸せそうだったし、その『過去』含めての彼女たちだ。アイドルとしての彼女たちはその『過去』を含めて成立している。だから俺はそれに手を回そうとは思わない。たとえ、それがどんなに悲劇的なことであったとしても。
そう、愛歌に関しても――彼女の過去を俺は知っている。『アイドルにする』以外の方法で彼女を救うことが俺にはできる。『自分には歌しかない』と謳った彼女のことを、その家庭環境も、悲劇も。『歌』以外の何もかもを持ち得ない彼女の不幸を知っている。
そんな彼女を、俺は救うことができるだろう。その過去を変えることができるだろう。彼女に『歌以外のもの』を与えることができるだろう。
だが、そんなことはしない。してはいけない。確かに幸せにはなるかもしれない。笑えるようになるかもしれない。でも、彼女の『歌』はその過去があってこそのものだ。なら、たとえどんな不幸があったとしても、それを手放したいとは思わないだろう。間違いなく『歌』を取る。
だって、私もそうだったから。
閑話休題。どうなるにしても、撮影は既に始まっている。明日も撮影はある。全体の撮影プランは変わるだろうが、加賀美監督が徹夜でもして強引に間に合わせるだろう。明日の撮影の内容自体は……そこまで、変わりはしないんじゃないだろうか。急に明日の撮影は延期、ってなる可能性も最悪考えておかなければいけないが、たぶんない、はずだ。時間は有限だ。予算も有限だ。加賀美監督は作品のためならそのあたりは限界まで引っ張ってくるタイプだろうが――それでも『限界』はわかっているはず。撮影プランの大幅な変更が見込めると考えれば、ここで一日でも無駄に使っているような余裕はないだろう。
共演者には悪いが……いちばん影響を受けそうな王サマや莉央姉ぇなら、たぶんなんとかなるだろ。え? 俺? まあ俺の演技が原因で変わるってんだからいちばん変わるのは俺だろうな。嘘ついた。ただ、俺のことなんて考慮しても仕方ない。当日に脚本が変わったとしても俺なら演技できる。演出意図を把握する時間くらいは欲しいが、それだけあれば十分だ。
色々と、どうなるかな。莉央姉ぇの演技も楽しみだし……『賭け』の報酬の話もしなくちゃいけない。加賀美監督と――莉央姉ぇにも、話をしないといけないだろう。
嫌がるかな……どうだろうなぁ。冬城お姉さんは「莉央が? ……聴いたことはないけれど、確かに、それが叶うなら悪くないわね。ウチの所属じゃないことと――莉央自身がどう言うかだけが問題かしら」なんて言っていたが、ほんと、どうだろう。
最悪、この身を捧げてなんとか………………莉央姉ぇに可愛がられまくる? あれ? それって損なくない? 得しか……なくない???
…………ごねろ、莉央姉ぇ……! それで俺に交換条件として『陽依ちゃんを思う存分可愛がらせてくれるなら』ってしてくれ……! それがWin-Winだから! みんなが幸せになれる道だから!
頼む――ッ!
俺は両手を組んで神に祈った。冬城お姉さんに心配された。
あっ……ごめんなさい……なんでもないっす……。
文乃との大岡裁きシーンで陽依さんが冬城さんの腕を引っ張ったとき冬城さんはめちゃくちゃきゅんきゅんしてたみたいです。
タイトルの「サキュバスアイドルマイスター」ってもしかしなくても現状全然作品内容を反映してない気がしています。副題の「アイドルソシャゲ世界に美少女として転生したので芸能界の頂点に立ちます」だけのほうがわかりやすいのか……? と。
感想でもいただきますし作中で陽依さんも言ってますが、同人エロゲみたいなタイトルですし……個人的には「サキュバスって付いてるし良いタイトル!」と思ってたんですが、これはエロガキの思考だったかもしれません。
全然えっちな展開にもならないし……。えっちな展開、なさそうですよね。サキュバスって付いてるのに。サキュスタがタイトル詐欺との誹りを受けたことを証明してしまっている気がしてなりません。作中描写をこんな形で現実にしなくていいから……。
ってことでちょっと悩んでます、という話でした! もしかしたら近い将来タイトル変えたりする……かも? です!