サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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I'll cast a spell on you.

 

「脚本が変わった」

 

 

 撮影の朝、開口一番に言われたその言葉に莉央は耳を疑った。いつも目つきは悪いが、今日の加賀美の目元には隈が見えた。隣に立つ文乃の目元にも同じように。それから、スタッフの中の何人かも同じような表情をしていた。徹夜だったのだろう。急な変更……加賀美はそういったことをするタイプではない。となると……文乃ちゃんかぁ。莉央は思った。目元に隈はあるものの、いつもより活き活きとしているように見える。間違いない。この子が原因だ。

 

 でも、ほんまにそうなるとはなー。事前に冬城から話自体は聞いていた。と言っても、監督から聞いたわけではない。冬城のことは信頼しているが、どう変わるかもわからずに、しかも監督からの言葉でもないのに何かするわけにはいかない。役作りをしない、なんて選択肢はなかった。もっとも、これで『どうせ変わるのだから』なんて役作りを怠るような人間に冬城が事前に何か伝えることはないだろうから、それは承知の上でのことなのだろうが。

 心の準備ができていただけでもいいだろう。動揺の時間なんて短いほうがいい。撮影が始まってからの急遽の変更――間違いなく、スケジュールが『押す』ことになる。滞りなく進めるためには必要なことだった。無駄を省く。切り落とす。冬城玲奈――極寒の白雪姫の本領発揮と言ったところか。

 

 脚本を読む。変更点について加賀美が話しているのになぞるように読んでいく。……序盤はそれほど変わっていない。が、後半になるにつれて大きく変わっていることがわかる。これ……ロケーションも変えなあかんのちゃう? とゆーか、わたしもかなり変わっとるし。んぅー……キャラクターは変わってへんから演技は変えんくても良さそうやけど……や、どうやろ。最終的に『そうなる』んやったら……ちょっと監督と文乃ちゃんと話してみぃひんとあかんかもなー。

 しかし、自分よりも大きく変わっている役がひとつ。それを演じるのは――莉央はひとりの少女を見た。薄い夜をまとい、星空を瞳に閉じ込めた人形のように可憐な少女。望月陽依。昨日はタイトルシークエンスともうワンシーンくらいを撮っていたはずだが……疲れは見えない。今回の発表に関しても動揺した様子はない。まあ、これに関しては冬城がマネージャーなのだから当然と言えば当然か。話くらいは事前に聞いているだろう。

 

 でも、少しも気負った様子も見せないのは……ほぇ〜、と思う。こんなにかわいいのに肝据わっとるなー、と。めっちゃ『おいしそうな』魂を持っとるとは思ってたけど……わたしでも感じるくらい『濃い』もんなー。同類、ではなさそうなんやけど……うーん、どうなんやろ?

 

 宮坂莉央はサキュバスである。と言っても、人間とそれほど大きな違いがあるわけではない。莉央の実感としては、定期的に支給される『精力剤』を飲んでいたのと、芸能活動を始めてからは逆に『集まった精力』を納税(という言い方が適切かどうかはわからないが)するくらいなものだ。最初は集まった精力をどう扱うかも四苦八苦したし、専用の機材がなければ間違いなく持て余していた。はっきり言って自分にはサキュバスの才能はない。そう断言できるくらい莉央は『人間寄り』のサキュバスだった。

 しかし、そんな莉央でもサキュバスではある。人間の精力を糧にする生物であり――人間の魂を観測するための素養くらいは持っている。

 サキュバスの先達に『魂』を見せてもらったことがある。そのときの経験を思い出す。自分でもわかるくらいに『濃く』してくれた魂――それと同じか、あるいはそれ以上に濃密な魂を陽依からは感じる。個人差、という範囲では収まらないような気もする……が、莉央はサキュバスのことについてあまり詳しくはない。違和感こそ持ったが、気にしないことにした。こんなにかわいいんやし、そのぶん勝手に精力が集まってるだけかもしれへんし! なんか……ちーちゃんがそんな感じのこと言うてたような気がするんよなー。確か……『魂の代謝で発散される精力は好意を抱いている対象に指向性を持つ』とかなんとか……ようわからんけど、好かれてる人ほど精力が集まりやすいってことやろ? じゃあ陽依ちゃんが濃くても当たり前やんね。はい、解決! ややこしい話終わり!

 

 さて、今日の撮影は莉央演じる『催眠術師』の登場シーン。陽依演じる殺し屋との出会いのシーンだ。

 

 葦原国近演じる『腹話術師』を始末した殺し屋は電話で仲介人と話す。そのシーンのロケーションはとあるマンションの一室。高給取りのミニマリストの男性が住んでいるような――とは美術を担当したスタッフの言葉だが――部屋であり、しかしその部屋にはひとりの少女しか居ない。もちろん少女の矮躯に合わせた設計などしているはずもなく、何をするにもぴょんぴょこ飛び跳ねることになる。ただ座って電話で話しているときなどは風格のある殺し屋の男を幻視するような挙措であるのに、ひとたび何かしようとアクションを起こせばその外見が可憐な少女でしかないことを思い出させる。

 直前のタイトルシークエンスで見せた『殺し屋』としての姿とは対象的な、ある種『かわいい』シーンであり、同時に話している内容は『殺し屋』としてのものでもあるというギャップも持つ。そしてこのシーンで最も重要と言えるところは――望月陽依演じる『殺し屋』を見て観客が『少女が大人の男を演じている』ことのおかしさではなく、『大人の男が少女の姿になってしまった』ことのおかしさを笑ってしまう、ということである。少女の矮躯と成人男性の振る舞い、そのギャップを強調することによって『熟練の殺し屋の男が可憐な少女の身体になってしまった』という意識を観客の中に決定づけることこそがこのシーンの持つ役割だ。

 電話越しの仲介人の声は編集での後付であることを踏まえると実質的には望月陽依の一人芝居。それでいて重要で、難しいシーンでもあるはずなのだが――莉央が聞いたところによるとリテイクなしの一発撮りだったと言う。

 

 それを聞いたときには驚いたし、自分も見たいと思ってしまった。……そのシーンの中で『殺し屋』がある日突然少女の身体になった話なども出るわけだが――仲介人は『殺し屋』にとある依頼が来たことを告げる。その依頼主は『催眠術師』。そこでシーンが転換し、今日撮影するシーンになるというわけだ。

 

 先述の通り、このシーンは『催眠術師』の登場シーンだ。今作の副題でもある『透明人間の殺人』の依頼主であり、陽依演じる殺し屋とともに行動することになるキャラクター。ある意味で今作における『パートナー役』とも言えるのが莉央が演じることになる『催眠術師』という役である。

 面白い役だ。これを演じるのは、すごく、すごく楽しいだろう。難しいかどうかは莉央にとってはどうでもいいことだった。楽しめるかどうか。『乗れる』かどうか。演じる上で、それが最も重要なこと。

 

『催眠術師』は難しい役だ。『催眠術師』が『催眠術師』であることを表現すること、観客に対して説得力を持った演技をすることは容易なことではなく――同時に、宮坂莉央という役者の本領を発揮するにはこれ以上ないほど適したものであると言えた。

 

 

「はいはーい。お姉ちゃんですよー」

 

 

 ロケーションはカフェ。若い女性客が多く、しかし落ち着いた雰囲気もある。上質な空間だ。

 そこに訪れる小さな少女。指定された待ち合わせ場所へと来た殺し屋だ。ただ、その外見は六歳の少女。保護者もなくひとりで行動するには些か幼すぎるものだ。当然、カフェの店員には心配される。『ピンチ』なシーンだ。緊張と笑いのシーンでもある。

 慌てる殺し屋。演じる陽依の可憐さもあって、それはおかしくも可愛らしいものであったが――表情が変わる。顔が変わる。彼女の中に居るのが『殺し屋』だと思わせる顔。何をするのか、一瞬で緊張のゲージが振り切れる……その寸前で、ひょいと後ろから持ち上げられる。抱えられる。

 そうして発せられた台詞が先の台詞だ。高まった緊張が張り詰める前に弛緩する。殺し屋はきょとんとして、しかし自分を抱え上げた者が何者かは察している。

 

 

「おねーちゃん! もー! どこ行ってたの!」

 

 

 非難するような口ぶり。抱えられたまま振り返って自分を抱えた者の顔を見る。

 声からわかっていたことだが――そこには少女が居る。莉央が演じる少女が居る。年齢は読めない。学生なのか、成人なのか、それさえわからない掴めない容姿。

 莉央はどちらかと言えば童顔だ。見た目よりも幼く見られることも多い。十年後ともなれば『お姉さん』らしい美貌を獲得できることは間違いないが、今現在は童顔から来る可憐さが勝つ。もちろんメイクによって調整はされているものの、下地にあるものは莉央自身の相貌であり、演技である。その表情管理の精度は機械的なものではなく、何かが憑依しているのではないかと思えるほどに自然なもの。未だ正体不明であることを考慮してもなお掴みどころのない印象を持つ少女。『催眠術師』。

 

 

「まだガキじゃねえか」

 

「それ絶対イマのおじさんに言われたくなーい」

 

 

 催眠術師はからからと笑う。席につき、店員への注文を終えたふたりは対面で向かい合っている。催眠術師は常に笑顔。殺し屋は怪訝な表情だ。

 

 

「……お前は本物か?」

 

「本物ですよー? ……あ、わたしが『催眠』されただけの女の子って思ってる? お前は催眠術師だ〜、って」

 

「そういうことができるヤツだって話だからな」

 

「確かにできるけどー……そりゃ疑っても仕方ないかー。おけおけ、ならちょっと証明しちゃうね」

 

 

 ぱちん、と催眠術師が指を鳴らす。そして言う。

 

 

「『みんな、動きを止めて』」

 

 

 瞬間、ぴたりと店内に居る者すべての動きが止まる。喧騒は消え、世界は沈黙に満たされる。

 莉央演じる催眠術師には不思議な色香がある。魅力がある。その容姿は生来のものであり、メイクの力もあるだろう。ただし、それを引き出しているものは彼女の演技だ。表情はもちろん、身振り手振り、そういったものがついつい視線で追ってしまうようなものになっている。魔性を帯びた演技であり――しかし『魔性』とは感じさせず、ひたすらに好感を抱く少女になっている。

 そんな中でも特筆するべきところがあるとすれば『声』だろう。いつまでも聴いていたいと思えるような心地良い声。自然と耳を傾けてしまうその声の『心地良さ』をさらに強めて違和感さえ覚えるような言葉。ちょうど強すぎる快楽が苦痛に感じられるのと同じように、これ以上この声に浸っていれば溺れてしまうという危機感を働かせるような調子の声。それによって周囲のすべてが彼女の言葉に従った光景を見て、観客は身を持って理解する。彼女の異質さを理解する。

 

 

「……全員役者か?」

 

「この世は舞台〜って? ホントにそう思ってるならそれでもいいけどー……違うよねー」

 

「これ、催眠術とかそんなもんじゃねえだろ」

 

「だよねー。わたしの『催眠術師』ってゆーのも自分で言ったわけじゃないし。ただ、昔から誰でもわたしの言ったことを聞いてくれるだけで。フシギだよねぇ〜」

 

「フシギなんてもんじゃねぇだろ……事実は小説よりも奇なり、ってか」

 

「それおじさんが言う〜?」

 

「…………早く動かせ。コーヒーがいつまで経っても来ねぇからな」

 

「あ、逃げた。まーわたしも早く食べたいから動かしてあげましょー。『みんな、動いていいよ』」

 

 

 その言葉を合図に店内の人々が一斉に動き出す。一時停止から再生したときの動画のように、一切の淀みもない。殺し屋は呆れたように嘆息し、「で?」と催眠術師に水を向ける。

 

 

「うん?」

 

「お前が催眠術師だということはわかった。依頼人だとな。なら、ここからは商談だ。話せ。何を始末したい?」

 

 

 殺し屋の剣呑な言葉に「いきなり本題だなー」とのんきに返す催眠術師。その振る舞いは自然で、しかし同時にどこか演技がかった調子もある。矛盾するべきそれらが両立している。

 

 

「本題以外に何を話すことがある」

 

「身の上話とか? こんないたいけな美少女が殺し屋のおじさんに依頼を頼むなんて! みたいな」

 

「業界人のどこがいたいけな少女だよ」

 

「『美』少女ね! 業界人になったつもりはないんだけどなー。依頼はこなしたりするけど。人はパンのみに生くるにあらず、でもパンがないともっと生きられない! ちゃんとお金を稼がなきゃねー」

 

「……金、必要か?」

 

「必要だよー。楽しむために、ね」

 

「……そういうもんかね」

 

 

 頬杖をついてつぶやく殺し屋。そんな殺し屋に「そーそー」と笑う催眠術師。そうしているうちに注文した品が到着する。殺し屋はコーヒー。催眠術師は花を模したムースケーキだ。

 

 

「あはー♡ これこれ、これが食べたかったんだよねー」催眠術師は大袈裟に喜んでからケーキにフォークを入れる。「それで、誰をやっつけてほしいかだけど……おじさんは『透明人間』って知ってる?」

 

「与太話なら。お前みたいなオカルト人間って話なら知らん」

 

「おじさんの同業者だよ。どうしてかその存在に気付けない『見えない』殺し屋」

 

「『見えない』ヤツを殺せって? とんち勝負がしたいなら屏風の虎にでも頼むといい。……対象の情報は?」

 

「顔はわかるよ。動画もある。でも、それはアテにならない。目の前に居ても気付けないから」

 

「……幽霊退治か。さすがに、経験はないな」

 

「できない?」

 

「煽るな。……透明で、どこに居るかもわからんヤツを見つけられるかどうか、って話になる。それがわからんことにはな……」

 

「今どこに居るかはわからないけど、必ず『ここに来る』って場所ならわかるよ」

 

 

 殺し屋は眉を上げる。「どこだ?」

 

 

「ここ」

 

 

 とんとん、と自分のことを指差して催眠術師は笑った。

 

 

「『透明人間』の次のターゲットはわたし。『催眠術師』」

 

 

 つ・ま・り、と催眠術師は指揮棒のようにフォークを回す。

 

 

「わたしを殺しに来る『透明人間』の殺人。それが、わたしの依頼内容だよ」

 

「……なるほど」

 

 

 殺し屋はつぶやく。快活な催眠術師とは対照的に落ち着いている。動揺はない。感情の読めない声色。殺し屋にカメラが寄る。澄ました顔。恐ろしいほど整った可憐な少女の顔を正面から映し、一拍。画面に映る少女の放つ魅力に息を飲む。言葉も動きもないが故に『待つ』ことになる。彼女の次の言葉を、次の動きを。意識の糸を興味と期待で吊り上げて、その緊張がぴんとピークに達したその瞬間に、少女の口元がふっとゆるんだ。

 

 

「護衛は契約に含まれていないが、それでもいいか?」

 

「あは♡ そうこなくっちゃ!」

 

 

 ぱくり、とケーキを口に含んだ催眠術師が「ん〜♡」とその味を堪能する。その振る舞いを見てすっかり殺し屋の顔になった少女は余裕をもった微笑みを浮かべ、コーヒーが入ったカップを両手で持ってこくこくと飲んだ。

 

 

「……んぇ」

 

 

 苦かった。殺し屋が顔を大きくしかめて口を開ける。

 

 そんな殺し屋を見て催眠術師はぱちくりを目を瞬かせて、

 

 

「おじさんって幼女初心者? コーヒーは苦くて飲めないよ?」

 

「初心者に決まってんだろうがクソガキ」

 

 

 涙目でコーヒーにミルクと砂糖をぼちゃぼちゃと投入しながら殺し屋は答えた。

 

 

 カット。

 

 

 カチンコが鳴り、莉央の意識も切り替わる。まとっていた甘く超然とした雰囲気が消え、ゆるゆるとした笑みを浮かべて陽依に抱きつく。

 

 

「おつかれ〜、陽依ちゃん♡ も〜、めっちゃ良かったよ〜」

 

「あ、ありがとうございます。……莉央姉、莉央さんも、すごかったです。本当に」

 

「え〜? ほんまに〜? ありがとう♡ 陽依ちゃんにそう言ってもらえるの、め〜〜〜〜っちゃ嬉しい!」

 

 

 ぎゅ〜、と莉央は陽依のことを抱きしめる。豊満な胸部に陽依の顔が埋まり、陽依が手を振って【HELP!!!!!!】と助けを求めている。そのリズムはトントントンツーツーツートントントンと刻んでおり、まさにSOSの信号である。冬城が莉央をひっぺがし、代わりに陽依を守るように抱きしめることで解決した。

 

 

「あー、ずーるーいー。玲奈ちゃんに陽依ちゃんのお姉ちゃんの座は渡さへんからねー」

 

「そんな争いに参加した覚えはないのだけれど……」

 

 

 冬城が嘆息する。そんな彼女の腕の中からひょっこりと顔を出した陽依が冬城を見上げて寂しそうに笑う。

 

 

「……わたし、冬城さんのことお姉さんみたいに思ってました」

 

「参加するわ」

 

 

 キリッとして冬城は言った。その手は高速で陽依の頭を撫でつけている。完全に陽依に絆されている。気持ちはわからないでもない。むしろわかる。わかり過ぎる。めっちゃかわいいもん。陽依ちゃん。そして冬城が陽依のことをあれほど気に入っている理由は言うまでもなく。

 

 

(……余裕の演技やったなぁ)

 

 

 それだけの『価値』があるからだ。先ほどまでの演技を思い出す。莉央も演技力を評価される身だ。自分でも自分の演技は好きだし、得意分野だと思っている。自分ではない誰かになって――でも、同時に、だからこそどんな場所よりも『はだか』になれる。平場ではさらけ出せないような感情も何もかもを全力でぶちまけるような爽快さと、それらすべてを管理して計算された場所に嵌め込むパズルのような気持ち良さ。演技している間は楽しくて楽しくてたまらないし、『趣味』としては最高のものだと思っている。めっちゃ楽しいことをして、さらにそれを褒めてもらえる。チヤホヤしてくれる。そしてだからこそ責任もある。それは自信とも呼べるものであり、趣味だからこそ最高の演技をしてみせるという自負があった。

 

 今回の演技でも莉央は最高の演技をしたと思っている。最高に楽しんで、最高の演技をした。あるいは、自分史上最高とも言えるかもしれない演技をした、と。……だが、それは自分ひとりの力ではない。この少女、望月陽依との演技だったからこそだ。

 

 陽依の演技には余裕があった。周囲を見る余裕。『助ける』余裕が。彼女の演技は莉央の演技をさらに引き立たせるものであり――しかし、自身を蔑ろにしたものでもない。

 

 今回のシークエンスは莉央演じる『催眠術師』の顔見せだ。最も目立つべきは莉央だろう。それは間違いない。実際、莉央もそのあたりのことは意識していた。『催眠術師』の異質さと魅力を――『異質である』と認識しながらもどうしようもなく魅力的に感じてしまうというキャラクターを表現しよう、と。そういった狙いは演出にも組み込まれており、それを汲み取れない莉央と陽依ではない。

 さて、『莉央演じる催眠術師を強調する』という演出を効果的に達成するにあたって、満たしていなければならない条件とはなんだろうか? その前提となるものとは。『これができていなければ莉央を意識する妨げになる可能性が高い』とされるものとは?

 

 そう。『殺し屋の男が六歳の少女の中に入っている』ということを疑問に感じさせないことだ。それを『当たり前だ』と感じさせなければならない。そのギャップを強調するような場合を除いて『そういうものだ』と――気にしなければ意識にさえ浮かばないような状態であることが『前提』である。

 陽依はそれを容易く達成している。一連のシークエンスにおいて、莉央の異質さよりも陽依の異質さに意識が向くようなことはないように計算されていた。ただ、それは陽依が『抑えて』演技したわけではなく、莉央を『強めた』演技をしていたと言うべきものだったが……あまりにも当たり前に殺し屋の男としてそこに居る。違和感を覚えさせるのではなく、見る者の認識、常識を改変するような演技。おそらくは、完成した映像を見た際に、鑑賞者は最初陽依の演技には意識が向かないだろう。はっきりと意識して初めて気付く。『おかしいと思わないことこそがおかしいのだ』と。それを実現する望月陽依という少女に驚嘆を禁じ得ないはずだ。

 

 しかし、まったく目立たないわけでもなく――陽依演じる殺し屋が莉央演じる催眠術師の依頼を受ける、直前のシーン。陽依の顔を正面から撮った数秒間の沈黙。無言の演技だ。台詞があったわけではない。表情も大きく変わるわけではなく、ただ澄ました顔を映しただけのあのシーン。

 

 今回の撮影において白眉と言える演技があるとすれば間違いなく『あれ』だ、と思う。莉央は確信している。『あれ』は自分にはできない。それに初めて悔しさのようなものを感じ――同時に、悔しさなんて塗りつぶすほどの圧倒的な感動を覚える演技だった。

 

 ()()()()()()()()()()()、と。唯一無二ではないのだろう。ああいった演技が過去にないわけではないのだろう。ただ、莉央は今までに観たことはなかった。映画は嫌いじゃないが、特別に好んで鑑賞するわけでもない。そんな莉央だからかもしれないが――莉央にとって、望月陽依のその演技は『特別』だった。

 

 だから、当然。役者宮坂莉央にとって役者望月陽依は『特別』になった。表面上の態度に表れることはなくとも、それは歴然とした変化であり。

 

 

「……あの、莉央さん」

 

「莉央姉ぇでええよ♡ なになに?」

 

「ちょっと、お願いがあって――」

 

「うん。なんでも言って? 陽依ちゃんの言うことなら聞く」

 

「え? い、いや、あの……そんな軽い『お願い』じゃなくてですね」

 

「だとしても」戸惑う陽依に莉央はにへらと常と変わらない笑みを浮かべたまま答える。「陽依ちゃんなら、いいよ」

 

 

 その言葉に、陽依は目を瞬かせる。しかし彼女が動揺を見せたのは一瞬のことで、次の瞬間には「じゃあ――」とその『お願い』の内容を告げた。

 その内容は莉央をして驚かせるものだったが、莉央に二言はない。いつだって。莉央は変わらない。だから当然、内容を聞いた後でも陽依の言うことだから聞くことにした。

 愛すべき可憐な少女であり、最も尊敬するべき役者のひとりでもある少女。そんな彼女の『お願い』を聞ける機会など逃すわけはなく――『お願い』を聞いたということは。

 

 

「じゃーあ、代わりになんやけどー」

 

 

『貸し』をつくった、ということだ。

 

 

「今回の撮影、わたしと陽依ちゃんの役っていっしょに行動することになるわけやん? だから――」

 

 

 ――役作りのために、ちょっといっしょに暮らさへん?

 

 

 莉央はプロポーズをした。冗談混じりであり、実際冗談半分ではあったが――半分は本気だった。心臓がとくとくと音を立てる。そのことに自分で気付いて驚いて、しかし納得してしまうくらいには本気だった。

 

 

 ちなみに陽依にはぺっこりんと頭を下げて「ごめんなさい」と断られた。当たり前である。

 

 莉央は泣いた。

 






感想評価ありがとうございます〜! 助かってます! めっちゃ!
タイトルへのご意見もありがとうございます! う〜〜〜ん……タイトル変えるとしてもイチから考えるべきかなー……。
ゲーム世界転生モノで転生先のゲームのタイトルがその作品のタイトルでもあること、改めて考えるとまずない気がしてきました。私は……その時点で失敗していた……?
でもイマ読んでくれている方はサキュバスアイドルマイスターってタイトルで読みに来てくれたわけですし……いや、タイトルで読むの敬遠しちゃってたって方もいらっしゃるのでそれに関してはどうなんやろって話でもあるんですけど!

・『強くてニューゲーム』で芸能界を楽しもう!
・アイドル育成ゲームに美少女として転生した役者のするべきこととは?
・『強くてニューゲーム』で芸能界を牛耳ろう!
・偶像遊戯転生偶像

変えるとすればー……で考えたりもしてるんですが、出てくるものはこんな感じです。ほぼ被ってるやつある。そもそもアイドルって単語さえ要らないのではないか疑惑。
とりあえず読んでみようってなるタイトル……やっぱり難しいですね。
「サキュバスアイドルマイスター……『サキュバス』って付いてるし読みたくなるやろ!」で押し通した過去の私がエロガキの思考過ぎて恥ずかしくなります。


………………でもサキュバスって付いてたらちょっと気になると思う……!
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