サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
「視聴者の諸君、待たせたな! 諸君らの光が、このオレが、王賀誠司が来たぞ! 目に焼き付けておくがいい……このオレの、完璧なロケをな!」
「待て待て待て待て。俺から。俺からだから。……はい、王賀がいきなり先走りましたが、番組、間違えてないですよ〜。この番組は『東西南北STorY'S!』です。チャンネルを変えないでくださーい」
「今日からは『東西南北王賀誠司』になるな!」
「ならんならん。ちょっと黙って王賀。というか東西南北王賀誠司は俺も見たくなるからヤメロ」
「フッフッフ……国近。オレは知っているぞ? それは『ツンデレ』というやつだな!」
「はい、ご紹介にあずかりました。ツンデレの葦原国近でーす。……王賀、ステイ。ステイな? 今日の主役お前じゃないから。番宣で来たんだから抑えな? な?」
「無理だな。このオレの魅力というものは抑えようとして抑えられるものではない。そう――国近、キミがその魅力を抑えられないことと同様に……な」
「それは抑える努力をしてから言ってくださいねー……誰だよコイツ呼んだの!」
葦原が画面外に向かって叫ぶ。誰とは言わないが、もちろん番組が面白くなるからだ。
この番組、東西南北STorY'Sは元々『新人アイドルグループのSTorY'Sが『お題』の元に東西南北へと散らばって、その場でロケを行う』……という『新人アイドルにロケの経験を積んでもらう』番組だったのだが、今ではその趣旨は形骸化し、ただSTorY'Sのメンバーがロケを行うだけの番組になっている。長く続いた番組の宿命とも言えよう。
今回はゲストを呼んで葦原が主導していくらしい。役者としての活動も多い葦原はバラエティ番組に出演することが多くない。ライブバトルのシーズン中はもちろん、それ以外の期間でも単純に『スケジュールに余裕がない』からだ。それでも東西南北STorY'Sで休むことは稀だ。「この番組のおかげで今の俺たちがあるって言っても過言……だな。でも、まあ、恩……もあるけど、恨みのほうがあるか。……なんで俺、こんなに義理堅くこの番組に出続けてるんだろう」とは葦原の言。割と無茶振りが多いらしい。名実ともにトップアイドルと呼ばれる彼らに対して新人アイドルでもなかなかされないような無茶振りを未だにすることもこの番組の人気の秘訣である。
「……あのー、国近くん? いちゃいちゃするん止めてもらってええかな? そろそろわたしたちも紹介してほしいんやけど」
「いちゃいちゃはしてない! でもごめん。待たせちゃったね。それじゃあ、紹介いたしましょう。本日のゲストはこのお三方です!」
葦原にそう呼ばれてずずいっと前に出ようとするのは王賀誠司。一応彼もゲストなので間違ってはいない。しかしもちろん葦原に止められる。必死で抑え込まれる。対抗する王賀。なんで抵抗するんだよ。
「はいはーい。今日のゲストの宮坂莉央でーす。グラビアアイドルで……あと、一応役者? 今日は映画の宣伝をするために来ましたー。…………あのさ、ゲストが自己紹介するときくらいいちゃいちゃすんの止められへん?」
「これはっ……! 王賀がっ……! 出ようとっ……! するからっ……!」
「いや言い訳せんでいいから。わたしはまあええけど陽依ちゃんの邪魔したら玲奈ちゃんに言うてSTorY'Sにめっちゃ大変な仕事振ってもらうからね」
「お、俺ぇ……!? というかマジでやられそうで怖いから! 王賀! おまっ……マジでヤメロ!」
「確かにプリンセスの邪魔はできんな。オレは既に自己紹介している……一つ、国近に貸しとしておこう」
「俺ぇ!?」
『玲奈ちゃん』というワードが出たときに『冬城玲奈 ※せりざわプロダクションの偉い人です』という注釈付きで顔写真が画面に映る。偉い人かと言うと役職としてはそれほどなのだが握っている権力としては非常に大きいので偉いのは偉い。
そんなやり取りをする三人に。
「……ふ、ふふっ」
くすり、と笑い声が聞こえる。
「あはっ、あはははっ! も、もー……面白すぎですっ。自己紹介もしてないのに、笑っちゃったじゃないですか」
弾むような声だ。楽しそうな声。ほんの少しの減衰もなく、ピュアな感情を伝える声。画面外から聞こえるその声とともに、ひとりの少女が姿を現す。
小さい少女だ。はっきりとした『粒』のある声から受ける印象よりもずっと幼い。しかし、その挙措は声から受ける印象通りしっかりしている。行動が予想されるものと食い違っている。その齟齬は見る人に強い印象を与える。王賀誠司が『目立つ』理由と同じものだが――彼のそれが快も不快もすべてをひっくるめたものであるのとは対照的に、彼女のそれは『不快』になり得る要素を丁寧に削ぎ落として『快』だけを抽出したような挙措であった。
声と同じく、その姿も浮いている。それは決して悪い意味ではなく――ただ『浮き上がっているように見える』ということ。はっきりとした輪郭をもって感じられる。このメンバー――トップアイドル、助演女優賞ノミネートを経験したことのあるグラビアアイドル、王賀誠司――そんな者たちの中においてなお、存在感を発揮する少女。
黒い髪、黒い服――夜をまとっているような彼女は、しかし、少女らしい笑顔を伴って現れたことから陰の印象は与えない。その瞳に表れるように、夜は夜でも『満天の星空』を思わせる彼女は。
「どうも、望月陽依です! 今度公開される加賀美勇監督の最新作、『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』では主演を務めています! つまり……今日の主役です!」
ふふーん、と胸元に手を当てて宣言する。「あっ……陽依ちゃんは助けてくれると思ってたのに……わかった。今回は俺がツッコミやらなきゃいけない感じね。把握した。……王賀だけで手一杯だよ……!」葦原が慟哭した。そんな彼を見て陽依はまた楽しそうにあははっと笑う。
「葦原さんならきっとできます! ふっふっふ……王賀さん! わたしとどっちが葦原さんに突っ込まれるか……勝負です!」
「受けて立とう、プリンセス。もっとも、国近はオレにゾッコンだからな。そうやすやすと後塵を拝するつもりはないぞ?」
「望むところです……!」
めらめらと燃える二人。葦原は「ちょっ……陽依ちゃん、王賀は参考にしなくていいから……!」と真剣に困ったような顔を見せる。
「というか! マジでそれどころじゃなくて……陽依ちゃんのことはよく知らない人も居るだろうから、もうちょっと詳しく紹介させてくれな」
「はい! わたし、主役なので……!」
「なんか今日それ推し? かわいいけど……。陽依ちゃん、望月陽依ちゃんは今言ってくれた通り加賀美監督の最新作『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール』の主演です。俺たち三人も出演してるからどうぞよろしく。で、陽依ちゃんのことは……カレンちゃんと共演したインスタントラーメンのCMが有名かな? 最近は他のCMでも見るけど……」
「あとは『あの』動画とか〜? あのMVに出演したんはかなり話題性あったやん。わたしもびっくりしたくらいやし」
「あー、天使のね。そっから絡めて『天使ちゃん』ってネットでは呼ばれてるんだっけか」
「はい、天使ちゃんです! もちろんそうやって呼んでいただけるのも嬉しいですけど、陽依って名前も覚えてくれると嬉しいです♪」
「フッ……劇中ではむしろ魔王のようだったがな。映画公開後は『魔王ちゃん』になるのではないか?」
「いらんこと言わんでええから。誰なんこの人呼んだん? わたしと陽依ちゃんだけで良かったやん」
莉央が冗談めかした調子ではなく本気で言う。険悪な雰囲気にもなりかねない言葉だが、王賀がほんとうに『いらんこと』を言っているので仕方なかった。『陽依』と名前を覚えてほしいと言っているところに『魔王』なんてキャッチーな呼び名を出せば名前を覚えてもらうという狙いが達成しにくくなるのは当たり前のことだろう。
「でも、こんなわたしを『魔王ちゃん』って呼びたくなる映画……観たくないですか? ハッ、まさか王賀さん、そこまで狙って……!?」
「フッ……このオレの深謀遠慮を看破するとは。さすが、と言ったところか」
「たぶん考えてないだろ。というか王賀が居るとホントに収拾つかないんだが……あー、それじゃあ陽依ちゃん。今日何するか、話してもらってもいいかな?」
「はいっ! 今日の東西南北STorY’Sは〜……『次世代の人気子役、望月陽依ちゃんをもてなそう!』です! 『番組ディレクターイチオシの子役、望月陽依ちゃん。間違いなく人気が爆発することになるだろう陽依さんに、今のうちに媚を売りたい。だから任せたよ、国近くん。今日からキミは、陽依姫の召使だ!』とのこと」
「うん、ありがとう陽依ちゃん。ちょっと待ってね。…………高峯ぇ! なんだこの企画はァ!」
高峯はこの番組のディレクターである。こうやって無茶振りされたSTorY'Sのメンバーが高峯Dに文句を言うのは一ヶ月に一度はある恒例行事であり、陽依は「おお……これがいつもの……!」と目をきらきらさせていた。陽依ちゃん? そんな反応されると毒気が抜かれるからやめてな? 葦原は言った。
「……えへっ?」
陽依はかわいく笑って首を傾げた。かわいすぎてなんかもうどうでもいいや。この場に居る者すべてが思った。莉央は耐えきれずに陽依のことを抱きしめていた。お触り禁止。
それからは企画の趣旨に沿った形で番組が進む。莉央は『ショッピング企画!』と題して陽依の着せ替えタイム――そして陽依の希望で逆に莉央や葦原、王賀も陽依の着せ替え人形となった。三人がそれぞれ陽依のコーデを考え対決するなんて一幕も。ちなみにペンギン風のフーディーを選んだ莉央が勝った。陽依考案の莉央コーデは陽依とお揃い(厳密には『似た構成の』ではあるが)の姉妹コーデ。葦原と王賀にもそれぞれ違った方向性だが、どちらも同じくモノトーンカラーでまとめたフォーマル寄りのコーデを選んでいた。元々陽依が夜をまとうような服装――つまり『黒』で統一された服装をしていたこともあって、四人揃ってモノトーンカラーとなった。
「ビシッとキメて……ポーズ!」
ちょうど良かったので写真を撮った。陽依はご満悦である。しかし撮られた写真に映る彼女たちは和気藹々とした雰囲気とはかけ離れたものであり、その画像が映った一瞬、番組の視聴者は目を瞠ることになる。ただそれはすぐに『なんのことでもない』かのように流されてしまい、番組は進む。放送時のSNSには『今の写真なんかすごくない?』『カッコヨ〜〜〜』『王サマってやっぱビジュアルだけは抜群だよなぁ……ホントにビジュだけは良いのに……』『国近くんと王サマの併せ良すぎでしょ。陽依ちゃん感謝過ぎる……』『全員顔良すぎ』『コレ見るとやっぱ莉央は役者だって思うわ。グラドル辞めて役者になってくれ』『顔もスタイルも良いんだけど役者としての才能があり過ぎて逆にグラビア辞めろって言われる女』『天使ちゃんマジ天使!』『……この写真の天使ちゃん、キリッとしててかっこよくね?』などの反応があった。ちなみに圧倒的に多かった感想は葦原のファンによる陽依への感謝である。
王賀による『おもてなし』はゲームセンターでゲームを遊ぼう、というものだった。四人が出演する加賀美監督の映画の内容にも軽く触れて、銃を使って襲いかかる敵を倒すというガンシューティングゲームなどをプレイした。カートレースゲームにおいては明らかな『忖度』に気付いた陽依がゴール前で停止し、他三人も停止。緊迫の駆け引きが行われた。「いや放送事故!?」最終的に葦原が突っ込み、三人で陽依への忖度を謝罪することで場を収めた。陽依は忖度故の一着だったがぴょんぴょこ飛び跳ねて喜んでいた。場が和んだ。「……これむしろわたしたちが気を遣われてるんやない?」場が沈んだ。七歳の子どもに気を遣われる大人たちの図である。王賀だけは「確かにな!」と笑っていたが反省しろと突っ込まれていた。ちゃんと反省してほしい。
葦原による『おもてなし』は食事である。料理企画をすることもある葦原直々に料理をする――のだが、もちろんこれも莉央と王賀は参加した。
ただ、フリーお題というのも難しい。陽依に好物を尋ねると「好きなもの、ですか……う〜ん……」としばらく悩んだ後、「お母さんがつくってくれた、カレーとお寿司……あ、もちろんラーメンも大好きです!」と言っていた。みんなほっこりした。
「いいね。ちなみに、どんなものが好きなの?」
「カレーは甘くてどろっとしてるのが好きです! あと、お寿司はえびのお寿司かなぁ……あ、でも、お母さんの玉子焼きがすっごくおいしくて、だから玉子のお寿司も好きです!」
「そっかぁ。カレーはどろっとしてるのが好きで、お寿司は………………うん?」
今なんかちょっと違和感があったぞ? 葦原は思った。たぶんみんな思った。そんなことを気にしていないだろう王賀が尋ねる。
「ほぉ! いいな。プリンセスの母君はずいぶんと料理上手らしい。玉子の味が良い寿司屋というものは優れた技術を有していることが多いが……他には何の握りが?」
「うなぎとか! アジとかも好きですけど……やっぱり、わたしはえびのお寿司が好きです。ボイルしたのも、生のもそれぞれ良いですよね……お母さんの『仕事』も絶妙で……」
「ちょ、ちょい待って」莉央が手を伸ばして制止する。「…………陽依ちゃんのお母さんって、お寿司握れるん?」
「? はい。むかし、お寿司屋さんに連れて行ってもらったときに、わたし、すっごくおいしそうに食べてたみたいで……それを見て、お母さんが『負けられない!』ってなったみたいで」
「…………陽依ちゃん、めっちゃ愛されてるんやなぁ」
莉央はつぶやく。陽依はその反応にきょとんと目を瞬かせて――しかし、すぐにこの番組始まっていちばんの笑みを咲かせて、
「はいっ!」
と元気良く返した。
「――あと、ラーメンは醤油が好きです。お母さんは自家製麺まで考えているみたいなんですが『今はまだ製麺所のものには負けているわね……』と悔しがってました。でもでもっ、すっごくおいしくて……!」
「いやCMのやつじゃないんかーい!」
「あっ」陽依がしまったという顔をした。「も、もちろん大好きなんですけど…………これもお母さんが『負けられない』って言って……」
そこじゃない。そこじゃないんだ、とみんなが心の中で突っ込んだ。思ってたんと違う――
ともあれ、陽依の好みがわかれば料理の時間である。
葦原の調理技術は料理番組によって鍛え抜かれている。真面目な気質である彼は何事にも手を抜かない。料理に関しては日常において不可欠な『食事』に携わるものであることから『日々是精進』として無駄なく練習に時間を充てることができていることも手伝って非常に高い次元の技術を有していた。メンバーの一人からは「わ〜……さすが努力オタク……引くわぁ……」と引かれていた。せめてストイックって言ってくれない?
その調理技術は今回の勝負(?)においても如何なく発揮された。莉央からは「自分の得意分野で勝負するとかずるない?」なんて言われていたが、勝負なんて得意分野でこそするべきものだろう。
そんな葦原は寿司を握ることもラーメンのスープ作りも『作るだけ』ならできたが、寿司に関してはせいぜいが『握り』を見様見真似でできる程度。陽依の話を聞いた限り、彼女の舌を満足させられるものが握れるとは思えない。ラーメンに関してもそうだ。そもそも時間が足りない、ということもあるが……。
カレーであれば、と思うが――これに関しても調理時間の問題がある。葦原はスパイスカレーというよりは欧風カレーにこだわっていた男だったが、陽依の好む『甘くてどろっとしているもの』は短時間で完成させることは難しい。いや、カレーのとろみとは要はでんぷんの糊化によるものなのだから……理論上はそうでも、試行回数が十分でない。ぶっつけ本番で提供することなどプロとしての自分が許さない。
何のプロなのかわからない葦原が選んだ料理、それは――
「どうぞ、陽依ちゃん。クンパッポンカリー……海老と卵の甘辛カレー炒めです。海老は大ぶりのソフトシェルシュリンプ……殻がやわらかい、殻ごと食べられるものを使っています。海老の旨味、風味が強く、濃いめの味付けをしたカレーにも負けずにしっかりと主張する一品になっております。カレー自体はとろみが強いものではありませんが、これはあくまで『カレー炒め』。とろっとした卵ともあいまって、陽依ちゃん好みの味になっていると思われます。さあ、ご賞味あれ」
クンパッポンカリー。タイ料理の一種だ。近い名称の料理にプーパッポンカリー(蟹と卵のカレー炒め)があり、こちらのほうが聞き馴染みはあるかもしれない。その『プー(蟹)』ではなく『クン(海老)』バージョンの料理、と言えば想像しやすいだろうか。
今回葦原が蟹ではなく海老を選んだ理由は先程陽依が『お寿司の中ならえびが好き』と言っていたからだ。わかりやすくシーフードカレー、あるいは単に『海老カレー』でも良かったかもしれないが……『普通のカレー』であれば『陽依の母の味』と争う可能性がある、と考慮した。寿司やラーメンも自作する母であれば他国の料理にも手を伸ばしているかもしれないが……『普通のカレー』よりは可能性が小さいはずだ。『母の味』と真っ向勝負をするのは避けたい。時間があっても勝てるかどうかわからないのに、限られた時間しかない現状では非常に困難な戦いになることは明らかだったからだ。
クンパッポンカリーは『カレー炒め』という特性上、調理に必要とする時間は『煮込み』であるカレーと比べるとそれほどではない。『時短カレー』であれば別だが……葦原の本来のカレーの調理は一定の時間をかけるものだ。研究不足である。そして『カレー炒め』であるから『どろっとしたカレー』つまり固形に近いカレーの味わいに近いものになると考えられた。後は『甘くてどろっとしているカレー』が好きと言う陽依の舌に合うように味を調整して……完成だ。
本来であればパクチーも合わせたいところだが……今回は避けた。パクチーは人を選ぶ食材である。そもそも『パクチーに合う』ような調味にもしていない。今回は『陽依のための料理』だ。そのために葦原は全力を尽くした。
その評価は。
「……く、国近くん。これ、すっごくおいしいです!」
目をきらきらと輝かせる陽依がそこに居た。葦原は思わずガッツポーズをつくる。
「初めて食べる料理で……どんなのだろう、って思ってたんですけど……これ、すっごくおいしい。辛さはあんまりなくて、でもカレーで、甘くて……なにより、この、えびが……! ソフトシェルシュリンプ……脱皮したての、殻のやわらかい海老のことですよね。殻がついてるからでしょうか。国近くんが言った通り、海老の風味がすっごく強くて……その味が全体に行き渡ってます。ごはんにもすっごく合って……これ、好きです。えびの食感も楽しくて……ぷりぷりなんですけど、カリッともして。それがいっしょに炒められている卵と絡まって……口の中で、ふわぁ、って広がるんです。カレーの味、甘い味、えびの味……ぜんぶ濃いめの、強い味で。だからごはんがぱくぱく進んじゃいます! こめどろぼー! ほんっとーに……おいっしぃ……!」
「それ七歳の食レポ!?」
思わず葦原が突っ込んだ。食レポの才能まであるの? めちゃくちゃ嬉しいけどまずそっちが気になってしまった。これだけで仕事に困らないだろう。もっとも、陽依にはそれ以上に適性のある仕事があるのでしないだろうが。
そんなこんなで次は莉央。「……国近くんの次に出すんめっちゃイヤなんやけど」と顔をしかめている。しかし、提供しないわけにもいかない。
その料理は――
「じゃんっ! 題して……『思い出の豚すき』!」
豚すき――牛肉が一般的な『すき焼き』の肉を豚肉にしたものだ。調理は簡単。材料を入れて煮込んだだけだ。莉央は何も特別なことをしていない。
しかし、なぜ豚肉なのか。それは『思い出』という単語がキーワードだ。
「あ。……ちょっと懐かしいですね。劇中ではわたしが作りましたけど、確かにこれは『思い出』ですっ」
映画『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール』の中で陽依演じる殺し屋が莉央演じる催眠術師に振る舞うのがこの料理である。
作中でも催眠術師は「えー? すき焼きって言ったら牛肉じゃない? なんで豚肉?」と尋ねるが殺し屋は「余ってたからだ。それに意外と悪くないぞ。食ってみろ」と返す。
そうして実食……が、催眠術師は「いややっぱり牛肉のほうがおいしい」なんて話をする。殺し屋は「文句言うなら食うな」と返す。
そんな一幕の中で、殺し屋と催眠術師は話をする。同じ鍋をつつきながら相互理解を深めるシーン……催眠術師の過去について。彼女は言う。「こんなふうに誰かとごはん食べるなんていつぶりかなー」と。『催眠』によって誰にでも言うことを聞かせられる彼女の孤独について。彼女の両親についても語られる。「昔から、なんでも言うことを聞いてくれて――いつからだったんだろうね。あるいは、初めからかな。……『あれ』は、ただの人形だったよ。わたしにとっては『ヒト』じゃなかった」
「クソガキだな」
「あは。そーかも。……ね、おじさん」
「なんだ?」
「……これ、やっぱりおいしいかも。正直、火は入れすぎだし、お肉もかたくなっちゃってるし、煮込み過ぎで味も濃いし…………でも、なんか、おいしいな」
「そうか」
「うん。そう。……また、なにかつくってくれる?」
「イヤだよ面倒くさい。……順番的に、お前が作れ」
「えー? わたし、料理したことないんだけど?」
「俺だってテキトーだよ。誰かから習ったわけでもない」
「んー……じゃあ、いっしょにつくろ? おーしーえーてーよー」
「……わがまま娘が」
「その点に関してはこの世の誰にも負けない自信があります!」
「持つなそんなもん」
印象的なシーンだ。これは殺し屋と催眠術師の『疑似家族』関係が本格的に始まるきっかけとなるシーンでもあり、莉央が『豚すき』を選んだのもそれを意図したものであることは間違いなかった。
もちろん、視聴者はそれに気付かない。この番組の放送は映画公開直前。『まだ』知られていない。
ただ――公開後、『豚すき』はちょっとしたムーブメントを巻き起こす。『食』の情報というものはいつの時代においても強い発信力を持つ。需要がある。『豚すき』は調理も簡単であり、食材の価格としてもそれほどではない。『流行』するための条件は満たしており――加えて、これには『仕掛け人』が居た。この番組、東西南北STorY'Sはもちろんその一環だが……そもそも、映画内に『象徴的な料理』を出そうと提言した者がひとり。
彼女は言う。
「知っての通り『食』に対する興味はいつの世も大きいものよ。話題にしやすく、需要もある。一日三食の計算でも、一日に三回は関係する情報だもの。当たり前よね。だから、ちょっとした『ムーブメント』をつくりましょう。あの『話題の映画』で食べられている、印象的なシーンで登場する料理――そんな流行をつくることで話題の『発信元』を増やす。『その料理』が取り上げられるたびに元となる『話題の映画』も取り上げられることになる。つまり、無料で『映画を宣伝』してくれることになるわ」
話題にされている間、作品は死なない。忘れられずに売れ続ける。それを意図して狙った者が居る。加賀美ではない。文乃でもない。この『仕掛け人』とは今作のプロデューサーであり、主演望月陽依のマネージャー。すなわち、冬城玲奈その人である。
閑話休題。最後に残った一人は王賀である。彼はデザートを作って勝った。フレンチのデセールを担当するパティシエがつくるような芸術的な一皿。視覚、嗅覚、味覚、そのどれにおいても『楽しませる』だけの魅力を放つものであり、あまりにも複雑な構成に陽依の食レポも滞っていた。曰く、おいしいことしかわからない、と。人格に致命的な欠陥がある以外なんでもできる男であった。
そうして『おもてなし』が終わり、番組も締めに入る。
「最後に、今日は特別に俺たち四人が出演する加賀美勇監督の最新作! 『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』の冒頭の映像をお届け!」
「すっごく面白い作品になっているので、ぜひぜひ、観てくださいねっ」
「それでは〜……どうぞ!」
そして、タイトルシークエンスの映像。
元々視聴率の高い『東西南北STorY'S』にバラエティ番組での露出がほとんどなかった話題の『天使ちゃん』こと望月陽依が出演する。その触れ込みでこの回の東西南北STorY'Sの視聴率はいつにも増して凄まじいものであり――番組の本編で存分に『望月陽依』の可愛さを浴びた後に経験する、彼女が演じる『殺し屋』は、見た者へと大変な衝撃をもたらした。
『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』では様々な広告戦略が行われているが、この番組もその一環。非常に効果的な一手であり、上映が始まるまでその盛り上がりが収まることはなかった。
さらに上映開始後、いくつもの『映画のネタバレ』が含まれていたことに気付いた視聴者により話題になり――『特例』として無料での動画配信を決行される。『話題の映画』になった後でもバラエティ番組への出演が非常に少ない陽依や莉央の姿を見ることができる貴重な映像であり、その点においても強い需要があった。
言うまでもなく、すべて冬城の計算通り――彼女の手のひらの上で起こったことである。
計算外のことがあるとすれば。
「はぁ……陽依ちゃんのバラエティ番組、もっと見たいわ」
「わたしはいいですよ? 冬城さんが『その方がいい』と判断するなら、それに従います。バラエティ番組、楽しいですし!」
「言わないで陽依ちゃん。魅力的な提案過ぎるから。負けそうになるから。……今はまだ、厳選した方がいいわ。バラエティ番組以外の仕事も考えると純粋に時間的なリソースに余裕がないし――『将来のこと』まで考えると供給を絞ることには強い意味がある。『もっと見たい』と思わせることには、意味があるの。…………でも」
それはそれとして、正直、見たいわ。
はぁ、とまたため息をつく冬城。
そんな彼女の横顔を、陽依は笑顔で見つめている。
優しい微笑みで、見つめていた。