サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜 作:エビノース志月
「アクションだ。何と言っても、アクションが良い」
そう言ってみせたのは自身も映画監督でありながら何の忖度もない映画批評を繰り返す男、枢木巌。褒めるときは褒めるし、貶すときは貶す。思いきりのいい彼の批評は映画ファンの間では『信頼できる』と評判だが、同時に『信頼できない』という評判もある。同一人物からどちらにも評されるような彼は良くも悪くも注目され、敵に回した映画監督や映画ファンは数知れず。全方位に喧嘩を売りながらも圧倒的な『実績』ですべてをねじ伏せてきた辣腕の持ち主。そんな彼がいま現在語っている映画は――『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』。おそらくは今年もっとも注目された作品である。
「演技が良いことは否定しない。何よりもまずそれが挙がる理由もね。あの映画を評価するにあたって、それは避けられないだろう。……だが、あの映画があれだけ『売れている』理由は間違いなく『アクション』だ」
あのクソ坊主はまだ出し惜しみをしていたらしい。枢木は両手を上に上げて肩をすくめた。『タイムパラドックスパンドラボックス』や『エウレーカ』では見せなかった加賀美の側面――アクションというそれが発揮されたことが大きい、と。
「あのカメラワーク、音楽に合わせた編集……人間が持つ根源的な『快感のツボ』を押すかのような映像だ。古くから人の感情を動かすには音楽はうってつけの道具だが、そのリズムに『合う』映像はその効果をさらに大きなものにする。顔のアップを挟んで感情的なフォローも手厚い。人の感情に直接訴えかけるような――ミュージックビデオ的でさえある編集だったが、それが良かった。もっとも、その『内容』には賛否両論あるみたいだが……まあ、あって当然だろうね」
『アクション』の演出に関しては申し分ない。その『見せ方』に関しては申し分ないと彼は言う。
だが、その『内容』――つまり、撮られている役者とそのシナリオに関しては、賛否両論を招いても仕方ないだろうという認識だったようだ。
その理由は。
「主演、望月陽依。彼女の演技は素晴らしかった。アクションも。だからこそ批判を受けないわけがない。六歳のスタントなんて居ないからね」
もっとも、世間的には『合成に決まってるだろう』なんて返されているし、それに対しても『合成だとしても子どもに悪影響だ』なんて返答、それからは少しずつ本題から逸れていく類の応酬が頻繁に見られているわけだが……。そう口にして、枢木は対面に座る男へと目を向ける。「実際、どうかな? ぼくの見立てじゃあ『合成じゃない』が。カーアクション以外は、ね」
「仰る通り。あの子は実際に演技していましたよ」
「ははっ! 冬城の嬢ちゃんがよく許したものだ。あのクソ坊主もやるじゃあないか」
「私としては肝が冷えましたがね」
男は静かな調子で答える。穏やかな男だ。ぴんと糸に吊り上げられたような綺麗な姿勢で座っているが、同時にリラックスしていることも伝わってくるような落ち着いた雰囲気を持っている。彫りは浅く、顔立ちは整っているものの目立つ類のものではない。枢木のような皺こそないが、その相貌には彼が生きた年月が刻まれている。『壮年』という言葉から受ける印象よりもさらに静かな、しかし決して弱々しさはない『木』のような男だった。
「肝が冷えた、か」枢木はくつくつと笑う。「それは『何』に?」
「陽依ちゃんに」
「望月陽依の『何』に、だ?」
枢木の言葉に男はチチッと舌を鳴らして手のひらをさらす。「あまり言いたくはないんですよ。恥をさらすようなものですから」
「どうせ吐くんだ。まごつくほうが不快だろう」
「ごもっとも」男はさらした手をそのまま上に上げてふらふらと揺らした。「端的に言えば『演技』に、です」
「くくっ……きみが『下から追い抜かれること』へと恐怖するとはね。知らなかったよ」
「覚えないわけではありませんよ。よろこびのほうが大きいですが――」言葉を区切り、男はチチッと舌を鳴らす。「……彼女の演技は、あの年齢からは信じ難い演技でしたから。いや、あの年齢でなくとも『あれ』を成立させていることが信じ難い」
「ほう?」枢木が眉を上げ上体を男へと傾ける。「ぼくとは認識に齟齬があるね。凄まじい演技、あの年齢では成立し得ない類の演技だとは思ったが……少し、違うようだ」
「それは加賀美くんも言っていましたね。曰く、『気味の悪いガキ』だと」
「表現は悪いが同感だね。年齢を重ねれば『可能』であるという認識は同じだ。例えば、きみのようにね。銀」
銀、と呼ばれた男は首を振る。「確かに、系統としては近いでしょうね。しかし、私の見解は異なる。例えるなら、私はセミATであり、彼女はMTと言ったところでしょうか」
「ふむ」枢木は腕を組んで唇に指を当てる。「そうか。それは、そうだな。……肝が冷える、か。なるほど。きみがそう言うならそうなんだろうが……ありえるのか?」
「是」
銀は端的にそう答える。
人の心を読むことはできない。何を思って演技しているのかなど推察することしかできない。だが、わかる。彼ならば。
『魂』を見れば、その感情が『ほんとうに感じているものか』どうかなんて明らかなのだから。
男は思う。少女のことを。読み合わせの際、他のどの役者でもなく自分に握手を求めた奇特な少女を。異質な魂を持つ彼女のことを思い出す。
尊敬すべき役者のことを。
※
銀――現在は鈴木銀次と名乗る彼は生まれた頃より他人には感じられないものが感じ取れた。他者の感情、魂と呼ぶべきものを読み取ることができた。
それは生きるにあたって『有用』なものであった。他者の称賛を集めることで常ならば個々人の魂から『垂れ流されている』ものが自分に向かってくること、そしてそれを得たときに自身の中に何か充溢するものを感じてからは人心を掌握するために動いてきた。
そんなある日、彼は魂が『垂れ流されていない』少女を見つけた。外見上には何も変わったところは見えない。容姿は整っていたが、それ以外は只人と同じ。彼は彼女に興味を持った。そして、それは相手も同じだった。
「……それなりに長い間生きてきたつもりじゃが、男子で『わらわたち』と同じものを見るのは初めてじゃのう」
褥から身を起こした少女は語った。容姿だけなら自分とそれほど歳が離れているようには見えないが――むしろ、自分よりも幼くさえ感じられた――彼女はずいぶんと長い時間を生きてきたようだった。仙人かなにかか、と尋ねると「そのように高尚な生き方はしておらんよ」と笑っていた。「もっとも、わらわは同族の中では『仙人』寄りかもしれんがな。わらわ以外は淫蕩甚だしい、言うなれば『淫魔』のような存在じゃからの」
それならばひとのことは言えないのではないか。そう言うと少女は「うぐぅ」と呻いた。触れられると弱いところだったらしい。
「いや、しかし、しかし、の? わらわとしては、そなたが『わらわたち』と同じであるかを確かめるためにはもっとも効率的な手法であると思ったんじゃよ。それに、そなたは未だ加減というものを知らなかったであろう? もしわらわ以外の者と契っておったならば、相手を絞り殺しておったとしてもおかしくはない。うむ。つまり、わらわは善行を成したと言っても過言ではないのじゃよ」
過言であった。現代日本の法に照らし合わせるならば少女は間違いなく未成年淫行による犯罪者と認定されただろうが、当時彼らが生きる河南省においてはその限りではなかった……わけでは厳密にはないのだが、とりあえずは問題なかった。ただし、間違いなく善行ではない。それだけは事実である。
以降、銀は少女とともに生きることになる。『力』の扱いを学ぶ、ということも理由の一つだったが……それは数年のうちにただの建前となっていた。奇しくも彼には才能があった。「ほ、ほほう……? わ、わらわにはまだまだ敵わぬが、そ、それなりに才気が備わっているよう……え? も、もうそんなことまで? うそ……」などと少女に言われるくらいには才能があった。
そして彼は彼女に伝えた。師よ、これで自分はあなたと同じ時を歩んでいくことができる。とわに、ともに、隣で歩くことを許していただけますか?
少女はその言葉に硬直していた。そして大変に慌てふためき、何事か妄言を――「わ、わらわのような老いぼれではなく、そなたにはもっとふさわしい者が」「わらわなんぞに付き合わなくてもよい」「そなたはわらわに縛られるような存在では」――考慮する価値もないほどの『妄言』を口走っていたが、やがてそれも静まっていき、林檎のように赤くなった顔で「……ん、ゆるす」とだけつぶやき、黙った。
それからは様々なことがあった。長い長い時間があった。各地を旅し、転々として生きてきた。少女の『同族』に会うこともあったが、彼女のような『力』の使い方をする者には出会わなかった。「わらわも自分とそなた以外に『これ』ができるような者は見たことがない。今では同族にも知己なんぞ居らんが……このような技術、潰えて然るべきじゃよ。遺すべきものではあるまい」
もっとも、わらわは『これ』ができたからこそ、そなたに相見えることができたのじゃが。幾年の時を経て、少女はそんなことを平然と言うようになっていた。あるいは幾年の時を経てなお『そんなこと』を言えるような関係だった、ということのほうが注目するべきことだったかもしれないが。
彼らは各地で芸人として生きることが多かった。生まれからある程度の武術を修めていた銀だ、道場を開くこともあったが……基本的には芸人として活動することのほうが多かった。彼らは『魂』の代謝物を必要としていた。好意の感情を向けられた際に発散される『それ』を得るためには他者から好意を抱かれる必要があった。そのために芸人というのは『割が良かった』のである。
ちなみに少女は特に何もしていない。曰く、「信仰があるからの。……まったく、そろそろ恩を忘れてしまってもよかろうに。偶像崇拝は禁止したほうがよかったかもしれん」だそうだ。彼女から余剰分を分け与えられることさえ提案されたのだが、それは断った。銀にも矜持というものがある。「……いや、わらわとしては受け取ってもらったほうが嬉しいんじゃが」断った。銀にも矜持というものがある。……彼女が『それ』を大事にしていることも知っていた。あって困るものでもあるまい。ぞんぶんに余らせておくといい。
そうして今から三十年ほど前、彼らは日本に流れ着いた。銀は『鈴木銀次』と名乗り、役者としての活動を始める。演技を専門にしていたわけではないとは言え、文字通り年季が違う。彼は名バイプレイヤーとして業界から一目置かれることになる。枢木との出会いもこの頃だ。新進気鋭の若手映画監督として躍進していた彼にその腕を買われた銀は幾度も彼の作品に出演する。それから三十年の年を経て――現在。
彼は長い生の中で『初めて見る魂』を持つ少女と出会った。
「魂が? ふむ……そなたが見たことがないのであれば、わらわも見たことはないであろうな。他には何かおかしいことは……えっ? あのCMの童女か! っかぁ〜! カレンちゃんもめちゃんこかわいいが、あの子もめちゃくちゃにかわいいよのう……うん? 違和感? ないが……かわいすぎるくらいか……? 演技? 何がじゃ? ……な、何じゃその目は。そのような目で見るでない。年長者じゃぞ! 師じゃぞ!? 妻じゃぞ! 敬え! 愛でよ! そなたの義務じゃぞ!?」
妻に尋ねたが望んだ答えは得られなかった。あるいは、今を生きる『同族』であれば答えも知っているのかもしれないが……。所詮、自分たちは
自分でさえ見たことがない魂を持つ少女だ。興味はあったが……それが何をもたらすかについてはわからない。ただ――彼女について驚嘆するべきことはもう一つあった。考えてもわからない魂のことよりもずっと驚嘆するべきこと。
それとはすなわち。
「あの演技――人の身で叶うことなのか?」
望月陽依。彼女の演技は、銀の目から見て『異質』だった。技術がある、なんて程度では説明がつかない。外から見て『同じようなこと』であれば再現できる。あるいは星見カレンのような『メソッド演技の体現者』の演技のほうが再現は困難かもしれない。だが、その裡にあるものまで考慮するのであれば……。
銀が陽依と共演したシーンはそれほど長いシーンというわけではない。しかし、カーアクションを含むアクションシーンだ。カット割りは細かく、撮影時間としては決して短いものではなかった。
『ボーン・アイデンティティ』から始まるボーンシリーズによってアクション映画では『近距離での撮影』『細かいカット割り』『画面の揺れ』といった手法が頻繁に用いられるようになった。これまでの加賀美の作品にはあまりアクションシーンがなかったが……彼もその影響から逃れられているわけではなかったらしい。しかし今作においても『これまでのシーン』では採用されていなかったと言うから、単に『このシーンではこの演出が効果的である』として取り入れているだけなのだろう。
銀が演じるのは『通行人』である。厳密には『通行人だった男』だが……冴えない、不幸な中年男性。それが銀の演じる男だ。
シーンとしては陽依演じる殺し屋と莉央演じる催眠術師が『攻め』に転じると決めたシーンから少し後のシーンになる。
殺し屋と催眠術師が出会い、おかしな共同生活が始まり、殺し屋の生活は催眠術師に侵食され……バディものと言ってもいい展開を見せる映画だ。少女たちの絵面を見ると『疑似家族もの』とも言えるだろうし、間違いなくそれを意識している。最初は催眠術師に対して心を開いていなかった殺し屋も、話が進んでいくにつれて『絆されている』ようにも見える。外見の印象とは関係性が『逆』に見えることも特徴のひとつだろう。外見だけならば催眠術師が姉で殺し屋が妹のようにしか見えないが、関係性としては殺し屋が姉――あるいは『父』のようにも見える。不器用な父親と愛らしい娘の『父子家庭』的なフォーマット、また『血縁関係にない』男と少女が『父と娘』になるというようなシナリオは珍しいものではない。今作はその『父役』を六歳の少女がこなし、さらにそれを『納得させる』だけの演技を成立させているわけだが……もちろん、これも驚くべきことではある。が、本題ではないので置いておくことにしよう。
共同生活を始めた二人はある日襲撃を受ける。催眠術師を狙ったものだ。催眠術師の命を狙っているのは透明人間と呼ばれる男だが、彼が催眠術師の命を狙っているのはあくまで『仕事』だ。催眠術師を始末したいと考えている人間は透明人間ではなく、彼を雇っている者だろう。
そこで殺し屋は『攻める』ことを提案する。どこにいるかもわからない、待つしかない透明人間ではなく、こちらから打って出る。そうして、彼らは敵の本拠地へと向かう――
そのシーンで『不幸にも巻き込まれた男』が銀の演じる役だ。催眠術師が用意した『足』。殺し屋は催眠術師がストックしていた、過去に自分の思い通りにした『業界』の人間だと思っていたが、彼が運転する車の中でさらっと「いや、そこらへんに歩いてた人だけど?」と否定される。
「は? 一般人を……いや、もう遅いか。いま解放しても共犯と見られるか催眠の影響下にあると思われるだろう。……事が済んだら、お前にはまず道徳の授業が必要かもしれんな」
「えー? お説教? わたしなんにもわるいことしてないのにー」
「無辜の市民を危険にさらしておいてお前は……」
「というか殺し屋に道徳説かれたくないかも」
「…………」
「ぁは♪ 痛いとこ突かれた反応だー」
がたんっ、と車が揺れる。銀演じる男が言う。「左後方の車。追われてます」
「え? そーなの? はやいなー……どうする? おじさん」
「俺だったら挟み撃ちにする。次の角で曲がれ。振り切るぞ」
「らしい! お願い!」
「了解」
角に曲がった瞬間加速。カーアクションシーンだ。激しいカーチェイスが始まる。卓越したドライビングテクニックを見せる男だが、限界はある。誘導されている。敵の本拠地へ。
「誘導されています。どうしますか?」
「好都合だ。突っ込め」
「わぉ、豪快。でも嫌いじゃないよーそーゆーの! とつげきー!」
突撃する。最終的に辿り着いたのは極道の本家と言われてイメージする通りの豪邸だ。広い敷地を誇るその場所がこれからの『戦場』だと誰もが察する。不自然なほどに武装した大勢の男たち。そんな彼らが待つ邸宅に――一切減速することなく、殺し屋たちが乗った車が突っ込んだ。
「……ほんとうに突っ込むやつが居るか」
「今まででいちばん死ぬかと思ったー……」
殺し屋と催眠術師、そして運転手の男がそこらじゅう凹んだ車から出てくる。既に邸宅内に足を踏み入れている。外で迎え撃つ準備をしていた相手からすると青天の霹靂だったのだろう。こちらに向かってくる足音自体はするものの、周囲にはまだ人影はない。
「ありがと、運転手さん。じゃあ、あとは……『いのちだいじに』! 気をつけてね〜」
「無理だろ。……守りきれるか?」
一般人だ。巻き込みたくはない。もう既に巻き込んでしまっているが……ここをつぶせば同じだろう。死人に口なし。鏖殺するつもりはないが、組織が壊滅してなお『巻き込まれただけの人形』に復讐しようなどとは思わないはずだ。残党が狙うとすれば殺し屋と催眠術師だけ。この場さえしのげば……しかし、そもそも『この場』さえしのげるのか。
そんなことを悩む殺し屋を置いて運転手の男が催眠術師を守るべく前に出た。えっ。『いのちだいじに』は? 止めようにも既に敵は向かってきている。守るのであれば催眠術師が優先だ。催眠術師の声さえ届けばその時点で無力化できるが――『対策』していないはずがない。
「耳栓でいいだろ、バカが」
耳から血を流した男たちの群れ。殺し屋は催眠術師とともに運転手の男を追うようにして彼らと対峙する――が、その前に運転手の男が前に出た。
剣道で剣を持つような姿勢。無論、無手。本邦における武術家の『構え』には刀を持つことを模した構えが少なくない数見られるが、男の構えもその例に漏れず。摺り足の要領で、しかし剣道で相手に襲いかかるような鋭い勢いで男は飛び出す。銃を向けられる、その手首を上から覆うように持ち、ぐっ、と懐へと踏み込む。小手返し――柔術において頻繁に用いられる『基礎』の技だ。小手を持ち、関節をねじることで相手を転ばせる技。痛みに対する屈曲反射と小手を掴んだ後の『踏み込み』により相手の力と自分の体重を転ばせる力へと変換する技術だ。
単に『ねじれて倒れ込む』ような転び方をすることの多い小手返しを角度の調整や勢いの強さから、より『投げ』に近い動作へと変える。ふわりと相手の足が地を離れた際には既に小手を掴む手は離している。そして銃も。手から離れた銃を宙で手に取り、転んだ相手の顔を踏み潰して無力化。同時に腰の前に銃を構えて早撃ちする。銃と制圧術の両方を用いたアクションだ。目まぐるしく展開されたこのシーンはカット数こそ多いものの、そのカット割りは細やかでスピーディー、数秒の内に行われたものだ。
それからも銀演じる男の快進撃は続く。ばったばったと敵を投げ飛ばしながら制圧していく。
それを眺める殺し屋と催眠術師。ぽかーんとして殺し屋は話す。
「……お前のそれ、脳のリミッターでも外せるのか? やけに強いが……あんな兵隊をいくらでも作り出せるんなら、そりゃあ警戒するのは当たり前だな」
「いや知らない。あの人がめっちゃ強いだけ。あんな逸材が在野に眠っているものなんだねぇー」
「アレで素人、だと……!?」
そう話しながらも殺し屋は死角から迫ってくる敵を見もせずに撃っている。そうして激しいアクションが続き、そのまま明らかにボスっぽい雰囲気の男を倒して一連のシークエンスは終わる。
カーアクションから始まって、激しいアクションが多いシークエンスだ。銀はもちろん、陽依のアクションも目まぐるしい。銀が中心となっていたのも最初の『一般人のはずなのにあんなに強いなんて!』というシーンだけであり、以降は陽依演じる殺し屋にカメラが向く。途中から莉央演じる催眠術師が邪魔だとして銀演じる男に抱えさせてのシーンとなることも手伝って、このシーンの中心はやはり陽依だ。六歳のアクション。臨場感、疾走感のある撮影手法、編集が手伝っているとは言え――それでもなお、その演技を真に迫ったものとしているのは望月陽依の実力に他ならない。
銀は間近で彼女が演技をしているところを見て、彼女の特異性を理解した。そしておそらくは、それがこの『アクションシーン』をも成立させている理由だと。
端的に言えば、陽依は自身を支配している。『自分自身をものにしている』と言えばわかるだろうか。身体の隅々までに意識を行き渡らせて、その動きを掌握している。自らの意識が離れているような部分が少しもないのだ。
だから激しいアクションシーンもこなすことができた。そう、口で言うのは簡単だが……言うまでもなく、それは容易なことではない。困難なんて言葉でさえも足りていない。はっきり言って『不可能』と言ってもいい演技だ。
だが、現にありえている。不可能を成立させている。なら、『可能なこと』によってそれを成立させていると考えるべきだ。
まず、何故彼女の演技を『不可能』だと感じるのか。何をもって『不可能』とするのか。それは単純に『人間の身体上の構造として不可能だから』だ。
人間の身体で意識して動かせる部分はどれほどあるだろうか。訓練すればその場所は増える? それはそうかもしれない。しかし、それはあくまで随意筋によって動く場所だけ。不随意筋は文字通り『不随意』だ。意志ではなく自律神経に支配されている。当たり前だ。人間は自身の心臓の動きを意志で支配することはできない。
そう、だから陽依も不随意筋は動かすことができない。当たり前だ。だが――不随意筋を含む自律神経による支配を受けている部分を、陽依は支配しているように感じられる。
そしてそんなことはありえない。なら、どうしているのか。視点を変えよう。人の身で叶わないこと、不可能なことは不可能なことだ。できないことはできない。『できる』ことだけを使って『不可能』に見えることを現実にしているだけなのだ、と。
結果だけを見よう。出力された結果――陽依の演技だけならば、それは『ありえない』ものか? あの動きを、あの表情をすることが『不可能』なことか、と言えば……それは違う。可能だ。問題はそれを自分の意志のみで行っているように思えること。自らの心を、感情を役に重ねていないように見えるということのみが『不可能』だと感じられる理由だ。
メソッド演技、と呼ばれる演技がある。演じる役の内面、感情を追体験する演技だ。メソッド演技が用いられる演技の中には優れた演技として評価されるものが数多く存在しているが、その理由として『意識することができない場所まで演技することができる』ことは欠かせない視点だろう。もちろん、メソッド演技とは言わなくとも演技において『実際にその感情になる』ことは多い。『感情を込める』とは使い古された表現だが、多くの人々にとってそれこそが最適なアプローチであり――むしろ『感情を込めずに演技する』ことは非常に困難な演技であるとも言える。
もちろん、役者は感情だけで演技しているわけではない。メソッド演技だけが演技ではなく、頭で考えて、理性でも演技している。しかし、少なからず役に感情を重ねている。『自分を二つに分けろ』と言われたことのある役者も居るだろうが――頭は冷たく、心は熱く――あるいはメソッド演技を実践するような役者であっても、その傾向はあるかもしれない。逆に『役』を自分の中(あるいは『外』)につくり、それを動かすタイプの役者もその『役』は感情を動かしている。頭は冷たく、心は熱く。冷静な頭脳と感情的な心を同時に持つ。それは役者に求められる資質として珍しくもないものだろう。
では、陽依は? 彼女の演技には『役』がない。強いて言えば自分の中に『役』をつくるタイプの役者……例えるなら『作家型』の役者だろう。『自分ならどうするか』ではなく『この役の人物ならどうするか』を考える役者。人柄としても論理的なタイプが多い……かと言うとそういうわけでもないのが面白いところだが、陽依は論理を重視しているように感じられる。自己と役を重ねずに切断しているタイプの役者だ。しかし、彼女はその程度が尋常ではない。銀のような目を持っていなければわかるはずもないことだが――彼女は自己と役を切り離している。切断している。それも『完全』と言ってもいいほどに。
不随意筋、自律神経の動きがある。発汗、声の震え、身体の微細な動きまで。すべてを自らの『意志』で統率することはどうすれば叶うのか。不可能なことは不可能なことだ。可能なことしかできない。
で、あるならば。
(彼女は自身の『心』を支配する術を持っている)
意志では支配できず、感情の動き、心の動きによってのみ動かすことができる場所がある。なら、その『感情』と『心』を動かせばいい。……銀から見て『それ』は動いているようには見えなかった。だが、まったく『それ』を動かさないということはありえない。つまり『そのように見えた』ということが真実だ。
意志で感情や心を動かすこと自体は役者であれば経験もあるだろう。『感情のエチュード』は役者のレッスンにおいてしばしば用いられるものだが……感情表現のエチュードとは、同時に『その感情になるための訓練』という役割も持つ。
例えば、悲しみ。『泣く』演技。子役の演技を評価する上で『なんでもないときに泣ける』なんてものを見た経験はあるだろうか。そのとき、子役あるいは役者の内では何が起こっているのか。どうやって『泣く』を出力しているのか。それは多くの場合『悲しいことを想像して』だろう。それは思い出でも単なる想像でもなんでもいい。そんな過程を経て『泣く』という結果を出力する。意志で感情や心を動かす簡単な例を挙げるならそういうことだ。
そして、おそらく――望月陽依も、同じことをしている。何かを『想像』する、あるいは『思い出す』こと。それをトリガーにして、自分の心と感情を支配している。ただ……それを、いったい何度繰り返したのか。まるでスイッチを切り替えるように一瞬で『それ』を実行している。
……その上で、彼女の演技を改めて思い出す。演技の際の彼女。その動き。そのすべて――そう、そうだ。注目するべきは……その『スイッチ』を切り替えた瞬間。『魂』に変化を及ぼさないほどの速度であったとしても、確かに変化はある。自らの自律神経を支配しなければ成し得ない演技。それを行った前後。その瞬間、彼女は……。
「呼吸だ」
酸素を求めていたのか、息を吸っていた。演技上何も不自然なことはない。自然な流れとしての呼吸。彼女の演技が自身の意志によって支配されているものであればその時点で要求される思考速度は尋常なものではないだろうが、そんな陽依であっても『スイッチ』を切り替える際には平時よりも脳の働きを強める必要があるらしい。これはあるいは陽依自身ですら気付いていないかもしれないが……その処理に、脳が酸素を必要としている。
微かな、ほんとうの微かな『隙』だ。しかしそれが逆説的にこれまでの妄想じみた『推論』に説得力を持たせてしまった。……感情ではなく、意志で演技をする。考えて演技をする。すべてを『計算』して演技をするというのは、非現実的だ。思考時間はゼロにはならない。すべてを『手動』で操作しようなんて、現実的ではない。銀は役者の中でも自身の動きを可能な限り制御している役者だが、彼であってもすべてを『意識する』などということは非現実的であると考え、していなかった。
しかし、不可能ではない。
「技術に完成はない、か」
長い時を生きてきた。
長い、長い時を生きてきた。
師と仰いだ者たちのこともいつの間にか追い抜いて、師と呼ばれる立場になる。教え導いた子どもたちも、しかしいつしか自分よりも先にこの舞台から降りていく。
色んなことを『極めた』と言ってもいいほどに突き詰めてきた。この技術は、これが最高到達点。自分によって『完成』された、と。そう思ったことがある。
だが――『完成』したと思った技術を、そのときは武術だったが……それを、容易く打ち破った者と出会ったことがある。若き肉体を持つ自分とは違い、枯れ果てた老木のような男だった。
「武術に完成などない。死ぬまで自らを高めるのみ」
そう吐き捨てた男には、最後まで勝つことはできなかった。今は武術ではない。しかし、演技という技術だ。銀は知っている。知っていた。だが、もう一度教えられた。『完成』などないのだ。いつまでも、どこまでも、高めることはできる。人に限界があるとしても、技術にはない。それを、もう一度教えられた。
だから。
「陽依ちゃん」
一連のシークエンスを終え、今日の撮影は終了だ。銀はスタッフ全員に「お疲れさまですっ」と挨拶をして回る陽依に声をかける。
「あ! 銀さん! 今日もすっごく良い演技でした! さすがわたしの『推し』……! あなたと共演できて、ほんっと〜に光栄です!」
陽依が銀のファンだということはこの現場では既に知られたことだ。年齢にしてはかなり『渋い』趣味だが、陽依と銀の演技をどちらも知っている者であればむしろ納得を覚えるだろう。似たタイプの演技。そのアプローチを『似ているかどうか』判断できるのも一定以上の目は必要だろうが、現場の人間の観点であれば演技そのものと言うよりは『撮影外と撮影時の違い』でそれを判断しているのかもしれない。
この撮影現場のアイドルである陽依が憧れの役者と嬉しそうに話している。そんな光景を見て周囲はほっこりとした雰囲気に包まれる。あるいは『陽依にとっての演技の「師」は銀さんなんじゃないか』とさえ思っている者も見える。面識はなくとも、画面の中の彼を見て演技を学んだのではないか、と。
もちろんそうであったとしても彼女は天才としか言えないだろう。しかしそうではない。彼女の演技は、ある方向に限って言うのであれば自分よりも『先』に居る。
それが、銀には嬉しかった。よろこびを覚えていた。まだ、学ぶことができる。まだ、高められる。その感謝を伝えるために。
「陽依ちゃんの演技も素晴らしかったよ。しかし、ひとつ聞きたいのだが……『あれ』は息切れしている状態でもできるのかな?」
ひそやかに告げられた言葉に、陽依はぱちくりと目を瞬かせた。……その直前の、頬の筋肉の微かな動き。あのコンマ一秒にも満たない微表情は意志によって叶うものではないが彼女の場合『それ』があてにならないことはわかっている。ただ『魂』を見るに驚いている。見える感情は驚愕、そして。
「……
歓喜だ。
「さすが銀さんですね! 答えは『難しい』になるんですが……それを『可能とする手段』は持ってます。ちょっと、説明するのは難しいんですけど……」
ぼそりとつぶやいた後、陽依は大きく感情表現してみせる。
「そうか。なら、いいんだが……私にも教えられることがあれば、と思ってね。少し、呼吸法や身体の動かし方には自信があるんだ。そういった技術は、おそらく、君の助けになるだろう、と」
「えっ! そ、それは……かなり、気になります! わたし、演技は自信あるんですけど、それ以外はちょっと……。だから、教えていただけるならすっごく教わってみたいです!」
「そうか。なら、玲奈にも――それから、陽依ちゃんのご両親にも一度話をさせてもらおうか。玲奈は……嫌がるかもしれないが」
「大丈夫です! 冬城さん、わたしにはすっごく甘いので!」
「……そうか」
強い信頼と深い深い親愛の色。陽依と冬城はずいぶんと良い関係を築けているらしい。旧友の娘のことは少し心配していたのだが……陽依の様子を見る限り、それほど心配することはないのかもしれない。
善は急げ、と陽依は冬城のもとへと駆けていく。そんな彼女に――ひとつ、聞きたいことがあった。
「後学のために教えてほしいのだが……『あれ』はどうやって身につけたんだい? 叶うことなら、私も身につけたくてね」
聞いてわかるものなら聞きたいところだ。ただし、こういった技術は言語化できないということが多い。だから『きっかけ』だけでも知ることができたなら僥倖、という思いで尋ねたのだが……陽依は「うーん」と唇に指を当てて考えた後、ぞっとするほどに美しい微笑みを浮かべた。
「死了就知道了」
「ははっ! そうか。それは、私には難しそうだ」
銀は笑った。彼にしては珍しく、声を上げて。
死ねばわかる、か。……さて、それでは他の道を歩こうか。
なに、先は長い。ゆっくり歩こう。
この道に果てなどないのだから。
完全にサブもサブなキャラクターなんですが銀さんのお嫁さんは自分たちが「サキュバス」って呼ばれてたり自称してたりするの知ったら「えっ……わ、わらわ、サキュバス……? あの……えっちなやつ……? な、なんで……いや、思い当たる理由はあるが……えっ……サキュバス……サキュバス……?」ってショックを受けると思います。