サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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目が覚めたら美少女だったしサキュスタの世界だった。

 夢の中に居るみたいだ。

 

 ずっとずっと、意識にもやがかかっていた。

 まどろみの中を泳ぎ続ける。

 頭が働かない、寝起きみたいな状態がずっと続く。

 

 寝る前は何をしていたんだったか。

 布団に入って寝た記憶がない。と言うか家に帰った記憶もない。

 飲んでないと思うんだが……いや、どうだったかな。それさえ覚えていないだけか……。

 

 ああ、まったく――眠っているってのに、ずっと眠い。夢の中でも眠いのってどういうことだよ。

 

 あー……なんか、聞こえる……意識が……少しずつ、起き上がってくる、ような……。

 

 寝る前の、最後の記憶は……黒い、地面。アスファルト。そこに広がる鮮やかな赤。

 

 

 血だ。

 

 

 そうして目が覚めた。知らない天井……病院だ。身体がうまく動かない。余程の怪我だったのか。

 だが、手くらいは動かせそうだ。起きたことを知らせるために、ナースコールを――そう思って、伸ばした手が。

 

 明らかに、小さすぎる手だった。

 

 

「……は?」

 

 

 声、が。……声も、異なる。

 俺が出したのに、俺の声じゃない。どこか舌足らずな女性の……と言うより、子どもの――

 

 

「――陽依(ひより)ちゃん?」

 

 

 すぐそばで、そんな女性の声が聞こえた。

 この声、どこかで……不思議と耳馴染みのある、この声は……夢の、中で?

 どうして、夢の中で聞いた声を今も聞いているのか。

 夢からまだ覚めていない? だが、夢にしては意識が――

 

 

「陽依ちゃん! ママよ、お母さんよ! ああ、良かった! ほんとうに良かった! きっとサクラちゃんのおかげね! ああ、陽葵(ひまり)さんに、それからお医者さまを呼ばないと――」

 

 

 ママ、お母さん? 誰が、誰の?

 理解が追いつかない。まだ寝ぼけているのか?

 ああ、でも、これが夢で……そういう設定なら、乗っからせてもらおうか。

 

 

「……お母、さん?」

 

 

 喉が揺れて、少女の声が響く。

 うーん、慣れない。新鮮な感覚にも程がある。

 もっとも、演技は得意な方だ。夢の中だとしても、設定を与えられたんなら意地でも貫き通してやる。

 

 そう意気込んでいたところカシャンと何かを落としたような音が聞こえた。

 うん? 『お母さん』が何か落としたのだろうか。

 そう思って『お母さん』のほうを見ると――そこにはとんでもない美人が居た。

 

 

「ひ、陽依ちゃん……? い、いま、お母さんって……」

 

 

 どうしてかめちゃくちゃ驚いている様子だ。

 えっ。もしかしてお母さんじゃなかった? いきなりやらかしたか。

 アドリブにしたって設定の把握が疎かだったかもしれない。でも自分で「お母さんよ」なんて言ったんだから勘違いしてもしゃーねーだろーがよー。

 俺、悪くない。俺は悪くねぇ!

 

 

「陽依ちゃん!」

 

 

 そうやって自己正当化してると美人さんに抱きしめられた。おっぱい……!? やわらかい感触に動揺してしまう。

 まずそっちに反応してしまうのは人の業か。そもそもどうしていきなり抱きしめられているのかの方が大事だろう。

 

 

「そうよ、お母さん、私があなたのお母さんよ……! ほとんど、ずっと眠っていたのに……もう喋られるなんて……陽依ちゃんは、天才ね!」

 

 

 ……うん?

 えーと……ほとんど、ずっと眠っていたのに、もう喋られるなんて……と。

 

 うん。

 これは、どうやら……やらかしてしまったみたいですね?

 

 しかし、やってしまったことはやったことだ。過去は消えない。”What's done is done.”とシェイクスピアも言っている。いやシェイクスピアが言ったわけじゃないけど。

 前を向こう。やらかしてしまったからには仕方ない。天才少女設定で続けることにする。

 

 なんて言ってる間にこの夢も覚めるかもしれないが。……夢、だよな?

 

 あまりにも現実感がある夢だ。いや、少女に生まれ変わっているなんてまったく現実味のない話なんだが――()()()()()()()()()

 

 生まれ変わるなら、その前に必要な段階がある。

 生まれ変わるということは『その前の生』を終えている必要がある。

 

 死んでいる必要がある。

 

 眼の前に広がる血と全身に広がる痛みを思い出す。

 それが薄れていくにつれて、強烈な眠気が襲ってきたことも。

 

 

「……ああ」

 

 

 もしこれが夢じゃないのだとすれば――まるで夢みたいな現状が、現実だったとするならば。

 

 俺は、死んだ。死んで、転生したということになる。

 ひとりの女の子として……この美人さんが母親なら、美少女として、とでも言うべきかもしれない。

 

 美少女として転生した、か。ひとまず、この仮定が合っていると考えよう。

 

 そう、そうだとすれば――俺が思うことなんて決まっている。

 

 

 よっしゃああああああああああああ! 美少女としてめっちゃくちゃチヤホヤされながら強くてニューゲームしてやるぜぇええええええええええええええ!

 

 

 ということである。これに関してはすべて人類が同意してくれる欲望だろう。

 だって転生したんだぜ? それだけでも十分過ぎるのに美少女として、とか……最高過ぎるだろ……!

 

 手と声から類推するに、今の俺は赤ん坊って年齢じゃあない。

『ずっと眠っていた』って情報から考えると栄養も運動も足りているとは言えないだろう。

 ってことは、見た目よりも高く見積もって……今の年齢は三歳か四歳ってところか?

 

 それに、病院。……身体が病弱な可能性はあるな。そこは気がかりだ。

 ただ、この病室と母親の身なりから裕福であることは窺える。子ども一人ではできることも限られているからな。『強くてニューゲーム』するって言っても幅がある。少なくとも金銭面で言うならば、この環境は『悪くない』。むしろ非常に良いと考えていいだろう。

 

 

 まあ、でも……まずは情報だな。今考えた『予想』が合っているかどうかなんてすぐにわかることだろう。

 

 せっかく天才少女になれるんだ。『ただの人』認定を受けるまでにできる限りのことをやってやろう。

 

 病弱な身体だとしたら、既に俺は出遅れている。『前世の知識』という高すぎる下駄を履いてはいるが……時間は限られている。悠長に構えている暇はないだろう。

 

 

 ……でも、今はもうちょっとお母さんに甘えてもいいか?

 

 

「お母さん……すきー……」

 

「ひ、陽依ちゃん……! 私も愛してるわ!」

 

 

 ちゅ、とほっぺたにキスされる。

 へへ、役得……アッ、いや、その……これは必要なことだから!

 ずっと俺のことを心配してくれていたっぽい母親とのスキンシップだから!

 最も頼ることになるだろう大人とのコミュニケーションは、絶対に大事だから!

 

 決して俺の私利私欲ってわけじゃ――あったとしても七割くらいしかそうじゃないから!

 

 そこんところ履き違えないように!

 

 ヨロシクゥ!

 

 

 

      *

 

 

 

 俺の名前が判明した。望月陽依。もちづきひよりちゃんだ。かわいいね。

 

 母さんやお医者さんが話しているのを聞いたところによると、俺が病院に居たのは特定の病気ってわけじゃないらしい。

 単に身体が弱かったのか――っていうとそういうわけでもない。ずっと微熱みたいな状態が続いていたが、その原因に関しては不明……らしい。

 

 コワ〜。俺は思った。原因がわからないってのがいちばんコワい。再発するかもしれないってことじゃん。

 そう思ったがお医者さんによると割とよくあることらしい。じゃあいっか。俺は思った。割とよくあるならいい。そう思ってしまう俺は日本人気質。

 でも割とよくあるならよくね? いいよね? ヨシ!

 ただまた何か問題があれば来てくださいとのことだったのでそのときはすぐさま頼らせてもらうことにする。些細なことでもすぐ頼っちゃるけんのぉ……!

 

 母さん曰く「きっとサクラちゃんのおかげよ」とのことだったが……誰だよサクラちゃん。

 

「陽依ちゃんはサクラちゃんの曲を流すと笑ってくれたもんね〜」と抱きしめられほっぺたをむにむにされる。

 

 曲ってことは……アーティストか何かか?

 そんな名前のアーティスト居たっけな……。あるいは俺は転生したと言っても『同じ時代』に転生したわけじゃないのかもしれない。過去や未来に転生するってパターンもありがちだからな。

 

 しかし『サクラちゃん』と呼ばれるアーティストは……うーん。

 居ないことはなさそうなんだが、はっきりしない。未来だとしたらわかるわけないんだが……正直『サクラ』って名前だけ聞くと俺はまっさきに一人の『キャラクター』を連想してしまう。

 

 

 何のキャラクターかって? それは俺が前世ずっとプレイしていたゲーム『サキュバスアイドルマイスター』だ。

 

 サキュバスアイドルマイスター、通称サキュスタ。

 そのゲームにおいて『過去に活躍した伝説のアイドル』として語られる一人のサキュドルが居た。 

 

 そのサキュドルこそ『サクラ』だ。

 サクラなんて聞くと彼女を思い出してしまう。オタクの悪癖である。なんでも自分の好きなものと結びつける。

 

 

「あ! そうだ! せっかくだから『サクラ』ちゃんの歌って踊ってる姿を見てみましょうか! 陽依ちゃん、ずっと眠っていたから映像は見たことないでしょう? あんなに好きだったんだから、きっと気に入ってくれるわ!」

 

 

 いや、俺は意識が朦朧としていたわけだからほんとうに好きだったかどうかさえ覚えてないんだが……。

 そう思うが、これは母さんの優しさだ。なら、それに甘えるべきだろう。

 

 しかし、どんな反応をすればいいだろうか。

 喜ぶにしても、どういうふうに……どんな方向性で演技プランを練るか迷うな。迷っている時間なんてないってのに。

 

 う〜ん……ここは、目を光らせて魅入る感じか……あまりの感動に「わぁ……!」なんて声しか出せないような……そんな方向性で行くか!

 

 ってことで俺の心は準備万端。いつでも来い!

 そう思ったところに、母さんが映像を再生して。

 

 

「――え?」

 

 

 その映像は、確かに俺が見たことのないものだった。

 俺が今までに一度も見たことがない――しかし、ずっと見たかった映像。

 

 ……サキュバスアイドルマイスターというゲームがあった。

 大手開発のゲームじゃない。開発リソースが潤沢なんてことはない。

 サキュバスアイドルマイスターはアイドル育成ゲームだ。登場するサキュドルの数は優に百を超える。

 3Dモデルなんてないし、声だって誰も持ってなかった。

 声なら、限られた人数ではあるが次第に実装もしていった。人気、活躍、投票イベントなどによってボイスが実装されたサキュドルも少なくない。

 ただ、3Dモデルなんてものは最後まで実装されることはなかった。だから、アイドル育成ゲームだとしても――サキュドルが歌って踊っている映像なんて、誰も見たことがない。

 

 

 サキュスタには『サクラ』というサキュドルが居た。作中から見て十年前まで活躍していた伝説のサキュドル。

 彼女はプレイヤーの手で育成することができないが……いや、厳密には少し違う。

 ある意味では、プレイヤーの誰もが『サクラ』を育成したことがある。

 しかし、それ以外ではエイプリルフールイベントのような例外を除けば絶対に育成することができないのが『サクラ』というサキュドルだ。

 

 プレイヤーの誰もが育成したことがある。その理由は単純明快。『サクラ』の育成がチュートリアルだからだ。

 チュートリアルということで随分と短縮されてはいるが、誰もが『サクラ』と契約する。誰もが『サクラ』を育成する。誰もが『サクラ』のサキュドルとしての生き様を知っている。

 

 チュートリアルイベントだからか、サクラの『レジェンド』とさえ言われる実力からか、あるいはそのどちらもからか……サクラの育成シナリオは短く、そして濃密だ。

 

 サキュスタのプレイヤーならば――コントラクターならば誰だって一度は『サクラ』と契約したことがある。

 すべてのコントラクターにとっての『はじめてのアイドル』。チュートリアルに設定することで強引に『前作主人公』的な立ち位置に置かれた伝説的なサキュドル。

 

 そんな彼女が、目の前に居る。

 

 言葉を失う。ただただ、見ることしかできなかった。

 ずっと見たかった光景の一つだ。サキュスタにそういうものは――歌って踊る映像そのものは求めていない。そう思っていた。あるいは『諦めていた』と言うべきなのかもしれない。

 

 だが、見たくなかったわけじゃない。アイドルなんだ。そんな彼女たちがアイドルとしてステージの上で輝くその姿を――見たくなかったと言えば嘘になる。

 

 すべてのコントラクターが夢見たものが、今、俺の目の前にある。

 

 転生した先の世界で、こんなものが見られるだなんて思わなかった。

 俺にとってもサクラは初めてのサキュドルだ。思い入れも強い。

 ただただ魅入ってしまう。あまりの感動に、声さえ出せない。

 

 

 圧巻のパフォーマンス。紛うことなきトップアイドル。世界最高の『大嘘つき』。

 

 チュートリアルで見られるのは彼女がトップアイドルに『なるまで』だ。

 以降どうしているかは本編で『過去にこんなアイドルが居て……』なんてふうにしか語られない。

 

 だが、目の前の映像で動く彼女は間違いなく『トップアイドル』の時期の彼女だ。

 それが意味することは――『今』がおそらくサキュスタ本編から十年と少し前だと言うこと。

 

 

 そして『この世界』が『サキュスタ』の世界だということである。

 

 

 ……え?

 

 俺、サキュスタの世界に転生したの? ずっと好きだったゲームの世界に?

 

 ……め、めちゃくちゃ嬉しいことのはずなんだけど……今は、今だけは、純粋にサクラのステージを堪能したかった……!

 

 情報が……多すぎる……っ! 

 

 

 

      *

 

 

 

 落ち着いたので俺は母さんに「わたし、アイドルになりたい」と言った。

 

 

「陽依ちゃんなら絶対になれるわ! ……でも、まずは子役からかしら? レッスンとオーディションの手配をするわね!」

 

 

 ちょちょちょい。俺はスマホを持ってどこかに電話をかけようとする母さんの袖を引っ張った。

 

 説得パートとかないんですか?

 と言うかかなり唐突で無理があるお願いだと思うんだけど、ここまですんなり通るものなの……?

 どうやって説得しようかとか色々考えてたのぜんぶ水の泡だよ。あまりにもすんなり通り過ぎてこっちが引き止めちゃうくらいだもん。

 

 もしかすると――俺の母さん、ちょっとおかしい人なのかもしれない。

 

 生まれてからずっと眠っていた娘がいきなり喋り始めたのに『天才』の一言で片付けるような人がおかしくないわけないだろうって?

 

 それはそう。

 

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