サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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 尊敬してる役者に褒められるの気持ちよすぎる。

 

 どうも、超絶美少女にして今世紀最高の役者から認められた天才子役、望月陽依ちゃんです。

 いや〜、イチオシの役者から褒められるのたまんねぇ〜。もちろん誰からもチヤホヤされるのは嬉しいもんだが、自分がその実力を認め、また尊敬している人から褒められるってのは格別だよな。

 しかし、銀さんの演技は良かった。この世界ではいちばん好きな役者かもしれない。まあ俺こと陽依ちゃんはまだ六歳だからな。この世界の有名な役者すべてを知っているってわけじゃあないが――前世を含めても銀さんほど好みな役者はそうそう居ない。片手の指で数えられるくらいだ。単に『演技がうまい』ってだけなら……つまり、俺の定義では『感情を動かす演技に長ける』って意味でならまたちょっと変わってくるが。銀さんの演技も感情を大きく揺さぶってくるってタイプでもないしな。緻密にして繊細。職人芸だ。過去の作品を見るに、感情に訴えかけるような演技が不得手ってわけじゃあないんだろうが……そういう役を演じることが少ない。感情に訴えかけるような演技っていうのはその役の感情が大きく動くような場面ってことも多い。落ち着いた大人の男を演じることが多い銀さんは『そういう演技をする』場面が少ないってことだ。もっとも、それでも心を揺さぶるような演技がないわけではなく――とある刑事モノで主人公たちを翻弄してきた冷酷な犯人が最後に動機を供述する場面。被害者によって無惨な最期を迎えることになった娘のことを語る彼の演技。落ち着いた口調で語りながら、最後に少し詰まるような言葉になって、静かに涙を流す姿。あの演技に泣かされたファンは多いだろう。俺も泣いた。いっしょに見ていた母さんも泣いてた。名演過ぎる……。

 ちなみに今回はそんなに心を揺さぶるような演技ではない。『巻き込まれただけの一般人のはずがめちゃくちゃ強かった』ってキャラクター、明らかにコメディ担当だ。それでもやっぱり良い演技だった。『ちゃんとかっこいい』演技じゃないとギャップの面白さが出ない……が、同時にあまりにもかっこよすぎると狙った面白さは出ないシーンでもある。ある程度の『軽さ』が必要だ。その絶妙なライン……笑いと感嘆、どちらもが両立する最大値を刺すような演技だった。完璧と言っていいだろう。銀さん……やっぱり最高の役者だよ。

 

 そんな銀さんから呼吸法やら身体の動かし方の指導を受けないかというお誘いがあった。もちろん受ける。足運びを見るになんらかの武術を修めているだろうということ自体は推察できていた。そしてそういった技術は確かに俺には必要だった。武術自体はいらないが――そんなことは銀さんもわかっているだろう。

 銀さんのお誘いを受けた理由は『その技術がほしかった』からだけではない。それだけなら相手は銀さんじゃなくていい。ただ、銀さんは『望月陽依の演技』を理解していた。だから『彼なら』と思った。彼以上の教師は俺には居ない、と。

 演技を理解されたことは、正直に言うと驚いた。少なくとも俺には他人の演技を見抜くような力はない。人の心なんて読めるもんじゃない。過程なんてわからない。出力された結果だけが目に見える。俺だって俺の演技を見ても『色々考えて演技してそ〜』くらいは思うかもしれないが、それ以上はわからないだろう。……いや、わかるっちゃわかるか? でも……う〜ん……わかるもんかなぁ……。わからん。考えても仕方ない。とにかく、銀さんはすごいってことだ。うん。さすが俺の推し……!

 

 ただ『推し』って言うと俺としては思い出してしまう子が居る。その子とはまだ会うつもりはない。俺は彼女を救えない。彼女を救うつもりはない。彼女だってそれを望まないはずだ。……でも、今の彼女は望んでいるかもしれない。きっと、望んでいるだろう。それを目の前にして、俺は……目の前にしても、俺は『見捨てる』選択をする。

 

 だが『望月陽依』は見捨てない。

 

 それは望月陽依が心優しい女の子だからじゃない。でも、きっと救ってしまう。もしかしたら、それでも……いや、そんな希望に縋るべきじゃないな。落ち着こう。万が一にもないとは思うが、ひょっとしたら『会うかもしれない』。万が一にはなくとも億が一くらいはあるかもしれない。だから、警戒するに越したことはない。

 

 閑話休題。撮影は進んでいる。シナリオとしても終わりが見えてきた。しかしもちろん終わりじゃない。敵の本拠地に乗り込んで黒幕を倒した――にしてはあっさり過ぎるだろう? いちばん盛り上がるところなのに。だから観客はきっとこう思う。「これで終わり……か?」と。これが映画だからこそ、こんなにもあっさりと終わるようには思えない。

 しかしそんな視点は作中の人間には関係ない。催眠術師の命はもう狙われることはない。しかし殺し屋と催眠術師の共同生活は続いている。コミカルに、しかし幸せそうな生活が描かれる。絵コンテだとここはMV調になるんだったか。音楽の力を借りて時間を圧縮する。ふたりの生活を描いている。それは起伏の激しいものではなく、あくまでも日常的なもの。今までの展開とは違い、ゆっくりした時間が流れる。実際はそう長くない映像になるだろうが、このシーンを観る観客の体感時間は長くなるだろう。

 ただ『つまらない』とは感じないはずだ。明らかにまだ『何かある』。作中の彼女たちは『終わった』ように振る舞っているが、そんなことはない。こんなにも幸せそうな『日常』が続くはずがない。きっとそう感じるだろう。映画などの作品において、順風満帆、すべてがうまくいく、なんてシーンが続いたときに人はどう感じる? この後にどんな展開が待ち受けていると想像する? 

 この日常は長くは続かない。『前フリ』だと。娯楽作品に慣れ親しんだ人間ならたいていはそう思うだろう。やがて崩れる幸福な日常。もっと続いていてほしい、このまま終わってほしい。そんな祈りと同時に『日常の終わり』を恐怖し、期待している。

 ジェットコースターで頂上に上がるときのような緊張感。きりきりと心が糸で吊り上げられていくような感覚が続く。

 

 そんなシーンだ。まあまあ撮影は長い。実際の映像としてはそこまで長くないものの、カット数は多い。しかもロケーションも多様だ。そこまで長くもないシーンのために……とは思わない。リソースの管理に厳しい冬城お姉さんだってこれは『必要』だと考えている。しかしカット数は多い。めちゃくちゃ多い。これだけでスケジュールがかなり圧迫されると言っても過言ではない。撮影時間ってより移動やら機材の設置やら……準備にかかる時間が莫大だ。

 

 それだからもちろん休日はある。現場によっては撮影中はほとんど休みなしで稼働し続けるってとこもあるが、この現場は違った。冬城お姉さんが管理してるってところもあるかもしれないが……あるいは、俺が居るからか。とにかく、休み自体はある。

 そして休みに何をするかと言えば、基本的には家族と過ごしている。母さんと父さんと過ごす時間は大切な時間だ。可能な限り確保しておきたい。

 

 が、しかし。それでも外せない用事はある。

 

 

「ふわぁ〜……おはよ〜、陽依ちゃん」

 

「おはようございます、莉央さん。今日はありがとうございます」

 

「いやいや、こちらこそやって。ただ、ちょっと緊張してもうて」

 

「そうなんですか? ちょっと意外です」

 

「わたしをなんやと思っとるん? 緊張するって。演技は趣味やし、グラビアは夢やけど……はじめてのことは、やっぱり、ね」

 

 

 撮影休みの日の朝、俺は莉央姉ぇと会っていた。以前、彼女にした頼み事――加賀美監督との『賭け』の報酬で得た結果に関する用事だ。

 

 

「それが成立するかどうかは今日の交渉次第だ。先方が要求するレベルにお前が達していないならご破算になるだろう」

 

「勇くんの態度でそうならないといいけれど」

 

「あれはそんなタマじゃあないだろ」

 

「初対面でしょ? はぁ……私は面識があるから心配なのよ。個性的な方だから、何を判断基準にしているのかがわからない。いえ、何を優先しているのかはわかるのだけれど」

 

 

 冬城お姉さんと加賀美監督も居る。映画に関することだからな。加賀美監督は来るかどうか(というか冬城お姉さん曰く「連れて行くかどうか」)迷っていたみたいだが、結局来ることにしたらしい。

 

 さて、これから俺たちはある人に会いに行く。映画に関することで、そして莉央姉ぇが初めて経験すること。演技でもグラビアでもないこと。それは何か。

 

 なんとなく予想はつくかもしれないが……そもそも、宮坂莉央という『アイドル』がどんなアイドルなのかということを先に語るべきかもしれない。

 今まで莉央姉ぇについて話していたことは覚えているだろうか。そう、サキュスタのゲームに登場した宮坂莉央というアイドルに関することだ。

 ゲームに登場した莉央姉ぇはグラビアアイドルとして活動していた過去がある。役者としての活動については『一応やっていた』という程度の情報だった。

 

 さて。それでは、サキュバスアイドルマイスターにおいて、どうして莉央姉ぇはアイドルになったのか。

 そう。莉央姉ぇはアイドルになる理由がないんだ。役者として活動していなくても、グラビアアイドルとして活動している。単にサキュバスとして『精力を得る』という目的を達成するためならばそれで事足りるし――莉央姉ぇの目的も『グラビアアイドルとしての活動』だ。実際、コントラクター(覚えてないかもしれないがゲームのプレイヤーキャラクターのことな)と契約してからのエピソードでも『わたしがいちばんえっちでかわいいって証明したい』なんてことが語られるくらいだ。莉央姉ぇにはアイドルになる理由がない。彼女からは。

 

 つまり、莉央姉ぇをアイドルとしてスカウトしたのは『俺たち』だ。

 

 ゲーム内で、俺たちことコントラクターくんはたまたま莉央姉ぇと出会う。あることをしている莉央姉ぇと出会う。そしてプロポーズ紛いのスカウトをして――勘違いした莉央姉ぇは『お、お試しで! ……そ、そんなまっすぐな目で見やんといて〜……!』と受けてくれる。これもう結婚受け入れてくれたも同然じゃね? 結婚しよう、莉央。

 しかし、コントラクターくんが惚れ込んだのは莉央のアイドルとしての資質だ。その時点ではまだ惚れていない。後で惚れる。相思相愛になる。莉央姉ぇもコントラクターくんのことを意識してるだけで惚れてはいない。しかし意識はしている。プロポーズされてると思い込んでるからな。それがもうかわいいんだよな……。ほんとにかわいい。かなりマイペースな様子の彼女が恋愛方面だけではころころと感情豊かに表情を変える。シナリオが進むと一転攻勢で『攻めた』アプローチをしてくることもあるんだけど、そのときにはそのときで逆にコントラクターくんが反撃したりもするから……って、それはいいんだよ。大事なことはコントラクターくんが莉央姉ぇに惚れ込んだ理由。彼女の『アイドル』としての資質だ。

 

 アイドルの資質として求められるものはなんだろうか。色々あるよな。演技? ビジュアル? もちろん大事だ。莉央姉ぇはそれを持っている。それも抜群のものを。でも違う。ゲーム内での扱いとしてもそうだし、そもそも演技やビジュアルだけなら役者やグラビアアイドルでもいいだろう。いくらこの世界における『アイドル』の地位が高くても、だ。

 ならダンス? 違う。俺も今まで語っていない情報だが……莉央姉ぇは『ダンス』が得意なアイドルということはなかった。そこについては特に語られた覚えがない。

 なら、何か。もう答えはわかっているだろう。

 宮坂莉央。彼女のアイドルとしての資質、その才能は今までに語られてきた彼女の才能とは別のところにある。……いや、厳密には関係しているところもある。ある意味で『演技』が関係しているとも言えるだろうし、その中でも最も優れたところ。それが関係している。

 

 俺は加賀美監督と賭けをした。その報酬は『提案を検討してもらう』ことだ。その提案はもちろん映画に関すること。しかしシナリオなんかに影響することかと言うと微妙なところだ。そこについては提案とかできないからな。俺の演技で撮影プランを変えることになるってことはわかっても『どう変わるか』とかはまったく読めなかったし。俺は役者であって演出家でも脚本家でもない。そこんところは加賀美監督や文乃先生に任せたほうがいいだろう。

 

 しかし、この提案に関してはきっと誰も知らないことだ。莉央姉ぇのその資質についてはコントラクターくんが見出すまで誰も知らない。原作知識が久しぶりに活きたな。

 え? それなら俺はコントラクターくんと莉央姉ぇの出会いのきっかけを潰すことになるんじゃないかって? いや、そうはならないんだな、これが。莉央姉ぇは原作内で『どのような道を辿ったとしても必ず契約者と出会うことになる』と断言されている。誰になのかと言えば占い師に。サキュバスの占い師だ。彼女の占いは絶対に外れない。そういうイベントがある。確か……人気投票イベントの報酬みたいなエピソードだっけな。原作で『運命の相手』認定を受けてるわけだ。だから大丈夫……な、はず。そもそもこの世界にコントラクターくんが居るかどうかって問題もあるが……居てほしい気持ちと居てほしくない気持ち、どっちもある。でも莉央姉ぇはコントラクターくんとくっついてほしい……! 幸せになってほしい……! でもでも、莉央姉ぇは俺のお姉ちゃんだからそこらの馬の骨には渡したくない。ふくざつなきもち……!

 

 というわけでたぶん心配ない。莉央姉ぇがここでその資質を証明しても大丈夫。彼女のハッピーエンドは運命に約束されていることだから。

 

 加賀美監督に提案の内容を話したときは驚かれたというより意図がわからないと訝しむような様子だった。冬城お姉さんもだ。莉央姉ぇと親しげな冬城お姉さんでさえ知らない――もし知っていたら冬城お姉さんなら全力でプロデュースしていただろうが――そんなことをどうして俺が知っているのか。それについて俺は彼女の特徴を挙げた。演技においても光っているもの。彼女の『声』だ。だから検討してほしい、と。

 

 宮坂莉央にこの映画の『主題歌』を歌わせてほしい、と。

 

 そうお願いした。映画をつくる過程のどこで主題歌などの音楽を用意するかは現場によってまちまちだが、たいていの場合は撮影後、編集のタイミングってことが多いんじゃないだろうか。冬城お姉さんに色々聞くときについでにそれも聞いていた。『主題歌』はまだほとんど何も決まっていないことも聞いていた。だから思った。莉央姉ぇという格好の『交渉材料』がある。俺しか価値に気付いていない『それ』を使えるのは俺だけだ。なら、これを利用するべきだ。この機会を利用して『主題歌』の作成に関わって――そして、とある人物とのコネクションをつくる。

 

 俺は知っている。これから会いに行く人物のことを。サキュスタでも登場した人物だ。作詞作曲をこなし、自分でも歌うシンガーソングライター。音楽プロデューサーとしての側面も持つ彼女は音楽の申し子。作中でも莉央姉ぇの――初代サキュバスアイドルマイスターの称号を持つ彼女の歌を作曲した人物。

 

 俺は知っている。この世界で『自分の曲』をつくってもらうなら、いちばんはその人物だ。彼女の書いた曲は間違いなく俺の武器になる。

 

 きっと莉央姉ぇは大丈夫だ。彼女の眼鏡に適う。それはサキュスタで既に証明されている。自分の書いた『歌』を歌わせるための歌い手として認めている。加賀美監督や冬城お姉さんだって『勝算がある』と思ったからこそこうして足を運んでくれているんだろう。

 

 ……少し、緊張している。うまくいく。そう思っていても、緊張することは変わらない。意識しなければ拳を握る強さがいつもより強くなってしまう。統制する。外から見ても何の違和感もないように。

 

 なぜ緊張しているのか。俺も歌うから? いや、俺は歌わない。歌で見出されようだなんて思っていない。自分なりに特訓はしているが、まだまだ足りない。他のアプローチをするしかない。

 

 なら、なぜ緊張しているのか。うまくいくと思っているのに。自分は何もしないのに。ただ同席するだけのことに、何を緊張しているのか。

 

 ……そう、そうだ。つまり、今から会う人物。彼女と『顔を合わせる』ことに緊張している。

 

 サキュスタに登場したキャラだ。アイドルじゃない。好きなキャラ、というわけでもない。彼女が書いた歌は好きだが、容姿も人格も間接的にしか知らないから。

 

 その『子ども』を通して語られる情報しか、俺は知らない。

 

 これから会うことになる彼女の名前は天羽天音。

 

 サキュバスアイドルマイスター……そのゲームにおいて、俺がいちばん好きだったキャラクター『天羽愛歌』の母親である。

 

 

 

      ※

 

 

 

 子どもと同じ金髪金眼。春の陽射しを紡いだような金糸と、同じ色の瞳。

 つくりものめいた容姿をしている。表情も。微動だにしなければ生きているかどうかさえ疑ってしまうような無表情だ。

 そんな状態で莉央姉ぇの歌を聴いた彼女が口を開いたことで、生きていることを思い出した。

 

 

「わかりました。書きましょう。まだ原石ではありますが――あなたになら、私の歌を歌わせたい」

 

 

 天羽天音はそう言った。よし。とりあえずは一安心だな。莉央姉ぇが「よかったぁ〜」とつぶやき、冬城お姉さんも安心したように表情を綻ばせている。

 

 

「……いえ、しかし、そうですね。条件をつけてもいいでしょうか」

 

 

 付け足すように告げられたその言葉にふにゃふにゃになっていた莉央姉ぇが背筋をぴんと伸ばし、冬城お姉さんも彼女を見る。

 

 

「映画監督さん。あなたの映画……その歌を書くにあたって、あなたには映画のことを教えてもらいました。受けるかどうかもわからないのに……それに関しては、そちらの女性の差し金かもしれませんが」

 

 

 冬城お姉さんが視線を送られる。しかし微笑むだけだ。それで十分答えにもなるが。

 

 

「『断りにくくする』というよりは……円滑に話を進めるため、でしょうか。断られるだなんて思っていなかった。以前も……そう、以前も、同じようなことがありましたね。思い出しました。お久しぶりです」

 

「はい、お久しぶりです。……それで、条件とは?」

 

「ちょうど最近、出来上がった曲があるんです」

 

 

 答えになっていない。話題の飛躍。予想通り、コミュニケーションは得意というわけではないらしい。

 ただ、文脈からその『曲』に関することが条件だということはわかる。冬城お姉さんは「……というと?」と尋ねる。

 

 

「そちらの女の子が、イメージに合っています。……少し、拝見させていただいた映像でも、素晴らしい演技力を持っていることは窺えました」

 

 

 だから、と天羽天音は俺を見た。

 

 

「私の作品に『欲しい』。ジャケット写真と、MVに。出演していただけますか?」

 

「はい」

 

 

 冬城お姉さんが何か口を開こうとしていたが、それを待たずに俺は答えた。……予想はしていなかったが、絶好の機会だ。これを逃す手はない。

 

 

「わたしもぜひとも出演したいです。……いいですよね? 冬城さん」

 

「…………ええ。陽依ちゃんがいいのなら」

 

「そうですか。なら、後でそちらの話も進めましょう。ああ、心配しなくても撮影は映画が終わってからで構いません。急いでいるわけではありませんから」

 

 

 そうして話が終わる――前に、俺には聞きたいことがあった。聞くべきではなかったかもしれない。でも、聞かずにはいられないことが。

 

 

「天羽天音先生。これは、ちょっと、関係ないことなんですけど」

 

 

 彼女の視線がこちらに向く。感情は見えない。だから、その真意を少しでも知るために。

 

 

「先生には娘さんが居るって聞いて……わたし、その子と友達になってみたいです!」

 

 

 その言葉にも、彼女は動揺の色を見せない。ただ、ひたすらに平坦な声で答える。

 

 

「確かに、私にはあなたと同い年の子どもが居ます。しかし、今は外出していますから、またの機会に」

 

「そうなんですね。わかりました」

 

 

 そうか。……うん、これでわかった。

 

 予想通り――このひとは、音楽狂いの人でなしだ。

 

 俺と、同じく。

 

 

 

      ※

 

 

 

 天羽天音のMVに出演するというのは青天の霹靂だった。冬城お姉さんはもしかしたらそれも狙っていたのかもしれないが、あの驚きようを見るに『狙ってはいたが当たれば幸運』程度の気持ちだったのかもしれない。映画の情報という名目で俺の映像を入れていたんだろうな。『主題歌』の話を円滑に進めるためという第一目的の裏に達成しなくてもいい第二目的として『望月陽依の売り込み』があったんだろう。

 この世界で天羽天音は名の売れたシンガーソングライターだ。アイドル業界がこれだけ盛り上がっている中で『シンガーソングライター』を名乗り続けて、実際『アイドル』的な活動をせずに名が通っているのは珍しい。それもひとえに『作曲』が抜群に優れているからだろうが……。

 そんな彼女のMVに出演することには大きな意味がある。俺の顔を売ることができるからな。カレンと出演したCMでも話題にはなったが、今度は俺一人だ。注目は俺に向くだろう。冬城お姉さんのことだから何か手も打つだろうし……ああ、そうか。『冬城玲奈』が自分の曲のために動くことになる。天羽天音としてはそこまで考えてのオファーだったのかも………………いや、たぶんそこまで考えてないな。彼女は典型的なクリエイター気質。それも『プロモーション』のことが頭から抜け落ちているくせに作品の質だけでビジネス的にも成功するなんてタイプだ。いくら作品が良くても埋もれたままで終わるクリエイターなんていくらでも居る中で彼女は世界に見つけられた。あるいは、プロモーションのことも考えようと思えば考えられるのかもしれない。しかしその上で『どうでもいい』と無視するタイプ。いっしょに仕事をするならかなり厄介なクリエイターだ。腕が鳴るとも言うかもしれないが。

 

 さて、目的は果たした。

 果たしたが、休みの日にやったことだ。撮影は終わっていない。

 殺し屋と催眠術師の日常が続く。何があったのかランドセルを背負ったりな。催眠術師も制服を着たりする。旅行したり遊園地に行ったりする。ドタバタコメディ的な幸福な日常。催眠術師はいつも笑って、殺し屋は呆れるような顔をしながらそれにいつも付き合っている。

 

 そして絵コンテではMVのように進むシーンが終わる。音楽が止まる。何か起こる前触れかと思われるようなシーンだ。殺し屋と催眠術師の日常が丁寧に描かれる。

 

 殺し屋が仕事をして電話をかける。相手は催眠術師。仕事が終わったという電話だ。催眠術師は「はーい。じゃあごはん用意しとくねー」なんて返答をして「デリバリーでも頼んどけ」と返される。「言ったなー? 上達したわたしの手料理に驚いても知らないよー?」なんてやり取りをして、催眠術師の居る部屋にカメラが移る。

 

 電話を終えて、催眠術師は「はー」と息を吐いて伸びをして、ダイニングテーブルにいじけたように突っ伏した。

 

 

「……はやく帰ってこないかなぁ」

 

 

 ぼやくようなつぶやき。画面はそんな彼女を真横から映している。ダイニングテーブルの彼女が座る反対側にはいつもの癖なのかコーヒーカップが置いてある。

 

 そのコーヒーカップがひょいと画面外へと手に取られる。

 

 カメラが引いて映る範囲が広がる。ダイニングテーブルの反対側が映る。

 

 そこには透明人間が座っていた。

 




プロフェッショナル・キラー・イン・ガール編(?)はあと2話か3話かくらいです。もうちょっと……!
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