サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

21 / 32
天羽愛歌 1

「……どうして、あんなことを」

 

 

 帰宅後、自室にて今日あったことを思い出した私の口からそんな言葉が出てきました。思考が漏れてしまった……あるいは、吐き出さずにはいられなかったのでしょう。

 

 自覚しています。私は動揺していました。彼女に言われたこと、そして、それを『私』に言ったという事実に、私は動揺していました。混乱、と表現したほうが適切かもしれません。

 

 どうして、何故。そのような言葉がずっと胸中には渦巻いていました。どうして、そんなことを言うのか。どうして、私なのか。どうして……今なのか。

 

 

 ――わたしは、あなたがいいんです。あなたじゃなきゃ、ダメなんです。

 

 

「……どうして、あなたが」

 

 

 どうして、あなたが、今、私に、それを言うのか。そのすべてに、私は混乱していました。目的も、人選も、タイミングも。何もかもが、わからなくて。

 

 それを知るためには、まず、彼女のことを知らなければいけないと思いました。私は彼女のことをよく知らない。より正確な言葉を選ぶならば『知らないようにしてきた』になるでしょうが。……あの人の作品に関わった女の子に対して、当時の私は複雑な感情を抱いていたんだと思います。あの頃は『天使』と評された彼女の情報を極力遮断して――それでも、どうしても目にする機会があったものですから彼女の影響力は推して知るべしでしたが――それだから、今の日本で知らない人のほうが少ないだろう彼女のことも、私はよく知りませんでした。

 

 彼女の出世作のことすら、私はよく知りません。あの人の書いた歌が主題歌になっていた、ということは知っています。それこそが避けていた理由ですから。

 

 彼女――望月陽依が世界に知られるようになったきっかけの作品『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』。およそ十年ほど前に撮影されたあの作品を、まずは、見てみよう。私はそう思いました。

 

 

『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール 透明人間の殺人』は一世を風靡した作品です。あまり映画を観ないような人まで観たことがある作品であり、それは劇場公開終了からしばらくしてからテレビで放送されたことも大きく手伝っているでしょうが、それがなかったとしても多くの人によって観られたという事実は変わりません。観客動員数は現代の基準においても驚異的なものであり、まさしく『記録的』な作品であったという評価に疑いはありません。

 加賀美勇監督の三作目……と言われても、私はあまりわかりませんが。聞いたことはあるのでしょうが、映画監督の名前を覚えるほど映画を観るような人生ではなかったものですから。出演している役者の中には、私でも知っている名前はあります。しかし、私にわかるのはその程度。あの人の書いた歌が主題歌で、有名な作品だ、と。そんな認識でした。

 

 タイトルから内容を推察するに、当時の望月さんが殺し屋なんでしょう。少女の殺し屋、というよりは『少女の中に殺し屋が居る』なんて意味でしょうか。当時の望月さんは……六歳か、七歳か。撮影から公開まで多少の時間を要することを踏まえると六歳かな。その年齢でプロの殺し屋を演じるのは、さすがに無理があると思います。どちらかと言うとコミカルな印象の作品だったのでしょうか。大衆向けのエンタメ作品。確かに、コメディのほうが『売れる』作品だというイメージはありますね。

 

 ……そんな私の予想は、冒頭から間違っていることを突きつけられました。

 冒頭、葦原国近さん演じる『腹話術師』の前に現れる望月さんには、主演なのだから無事だとはわかっていてもハラハラさせられてしまいます。葦原さんには年端も行かない少女に対してさえ一切の情を抱かずに始末してしまってもおかしくないような雰囲気がありました。それだから彼が望月さんには優しく接するのにほんわかして……望月さんも、ものすごくかわいいんです。見ているこっちが自然と笑顔になってしまいそうなくらいで――それだから、ぱん、と銃声が響いた瞬間にはびくりと肩を震わせてしまいました。

 

 

「えっ……」

 

 

 そして、望月さんが既に『殺し屋』だということを知ります。思い知らされた、と言うべきかもしれません。あんなにかわいかった彼女が『殺し屋』にしか見えない。表情が、『顔』が違います。見た目は何も変わっていないはずなのに、まったく違ったもののように見えました。

 この時点で、私は『望月陽依を知る』という自らの目的を忘れていたんだと思います。そのことを意識することを忘れていた。……映画に、惹き込まれてしまっていた。

 

 それから望月さんの――殺し屋の住む部屋でしょうか? 殺風景な部屋です。そこでの電話での会話で彼女が『こんな姿に変わってしまった』ということを知ります。つまり、そうなる前の姿があったのだ、と。口調から考えてもおそらくは男性の殺し屋だったんでしょう。そして会話の内容から推察するに『凄腕の』なんて枕詞がつくような。

 このシーンでは先程のバイオレンスな印象からガラッと変わって一気にコミカルなものになっています。会話の内容自体は物騒ですが、画面に映っているのは小さな少女の姿に変わってしまったことに悪戦苦闘する殺し屋の姿。望月さんのかわいさがいかんなく発揮されています。背が届かなくてぴょんぴょこ跳んだりする姿がかわいらしくて、それにいらついたりしているところにも愛嬌があります。面白いし、かわいらしい。物騒な会話とのギャップもあり、よりそう感じることができていたのかもしれません。

 

 次のシーンでは宮坂莉央さんが登場します。あの人の歌を歌ったひと。あの人が認めたひと。だけど、そんなことを忘れてしまうくらい彼女は違った。登場してすぐ心にするりと入ってくるような演技。心に扉があることなんて感じさせないような、まるで通り抜けるようにするりと入ってくるような魅力が彼女にはありました。でも、それが『得体のしれなさ』も強調していて……そして、さらに、それなのに。彼女を心の中に招いてしまう。あまりにも自然に入ってくることへの違和感を覚えているにも関わらず、その上で自ら招いてしまう……そう、そして、彼女の『声』。それを聞いた瞬間だけ、私は彼女の歌を思い出しました。特別な資質。オンリーワンの『楽器』を持つ彼女の声は演技においても非常に有効に活用されていました。これは……私でも、真似できないかもしれません。1/fゆらぎを現す程度であれば私にもできますが、彼女のこれはそれだけでは説明がつかない。あまりにも心地よく、いつまでも聴いていたいと思えるような――いつまでも聴いていたならば溺れて死ぬような『沼』だということを理解してなお、抗えない魅力を放つ魔性の声。素晴らしい、と思ってしまいました。歌でもないのに、まるで、歌のように心地良いから。

 

 望月さんと宮坂さんのやり取りもまた楽しいものでした。悪態をつく望月さんは可憐な姿とのギャップがおかしく、かわいらしいものでしたし、そんな彼女を『おじさん』なんて呼ぶ宮坂さんも言うまでもなく魅力的です。こうやって望月さん――彼女演じる殺し屋と話しているときは、どことなく、宮坂さんが等身大の少女のようにも見えました。

 

 ただ、そんなふたりが話している内容はやはり物騒なもの。殺し屋ですから。依頼内容はもちろん物騒なものになります。望月さんも殺し屋としての顔を見せたりして……そのときは、どきっ、としてしまいました。もしかしたら心臓に悪い映画なのかもしれません。

 

 なんやかんやあって望月さんと宮坂さんは共同生活を送ることになりました。望月さんの生活を侵食する宮坂さん。それに望月さんはうんざりしているようでしたが、強く拒絶することはありません。あるいは宮坂さんの押しが強い、と言うべきでしょうか。見た目には望月さんのほうが明らかに『妹』なんですが、実際に見ていると『父娘』のようにも見えてくるから不思議です。わがままな少女に振り回されるおじさんの姿を幻視します。

 このふたりのやりとりは好きでした。微笑ましいものです。羨ましい、とは思いませんが。……いえ、少しは思っていたのかもしれません。自分では経験できなかったことを誰かに託すように、あるいは誰かの体験を借りるように。創作の楽しみ方として、そういったものは珍しいものではないでしょう。『ありえたかもしれない、でも、そうはならなかった可能性』に思いを馳せる。夢を見る。もちろん、それだけが楽しみ方なんてことはありません。望月さんと宮坂さんのドタバタ生活は『ドタバタ』なんて形容詞が本当に似合うようなものでした。ドタバタコメディ、なんて表現が適当でしょうか。

 

 個人的に、このふたりのやりとりで好きなシーンはコーヒーを飲んで苦さに顔をしかめた望月さんに「おじさんって幼女初心者? コーヒーは苦くて飲めないよ?」なんて宮坂さんが言ったシーンです。ここで一気にこのふたりのことが好きになったような気もします。一気に『コミカル』な印象に寄った、と言いますか。声に出して笑うなんてことはさすがにありませんでしたが、ふっと微笑んでしまったことは間違いありません。

 

 しかし、そんなシーンがずっと続くようなこともありませんでした。突然の襲撃、望月さんの冷静な対応、そして宮坂さんの超常性。『声』を聴かせることができたならその時点で『勝ち』というのは味方にあっていい能力ではないような気がします。アクションシーンは長く続くことはありませんでしたが、肩透かしを感じるようなこともありません。テンポ良く、緊迫感のあるシーンです。相手もただの『ザコキャラ』ではなく自死を選ぶだけの覚悟を持っていることもわかりますし……正直、それにはびっくりしてしまいました。ただの『やられ役』だと思っていたのに『声』を聴かせられたら意のままに操られることを認識して自ら死を選ぶ、なんて。……『声』を聴かせるだけで相手を意のままに操れることができるの、やっぱり味方の能力ではないんじゃないでしょうか?

 

 ただ、そういうところにもワクワクしてしまう自分も居ます。宮坂さん演じる催眠術師が持つような異能、ある種漫画的でもあるそういった能力が登場していることにわくわくして――そして、この作品のタイトルにも名前が出ている『もう一人』の異能の持ち主が登場します。

 

 演じるのは王賀誠司さん。私でもはっきりと名前を覚えている俳優さんで『どんな役をしても王賀誠司』なんて言われていることまで知っています。私でも知っているんです。たぶん、この国に住む大多数の人がそのことを知っているでしょう。

 それほどに存在感のある役者。それほどまでに『自分』が強い役者。私は、その言葉は知っていても彼の演技を見たことはあまりありませんでした。どこかでちらと見ていたことはあったのかもしれません。しかし、そもそも私は映画やドラマなどはそこまで多く見た覚えがありません。アニメ、はそこまで見ていませんが、どちらかと言えば漫画や小説……娯楽の中では『音』のない媒体を好んで選んでいましたから。

 そう、だから、あまり観たことがなかったから、王賀さんに対して言われている『何を演じても王賀誠司』というのは、悪口なんだと思っていたんです。肯定的な意味ではないと。有り体に言えば『演技が下手』なんじゃないかって、ずっと、そう思っていました。

 

 でも、違った。確かに王賀さんは映画の中でもそのままでした。『透明人間』なんて役なのに、桁外れの存在感をまとっていて……でも、王賀さんなのに『透明人間』だったんです。王賀さんなのに、王賀さんじゃない。あるいは『王賀誠司』という役がそのまま作品の世界に居るような錯覚すら抱いてしまいました。それほどまでの異物、だと言うのに周りの人たちは誰も彼の存在が見えてない。浮いているようにさえ見える彼を認識できていない。そう、だからこそ透明人間なんでしょう。その異能は先程見た宮坂さん――催眠術師の『声』と同じく、通常ではありえない超常の力です。これを、倒さなければいけない。それは非常に困難なことのように思えました。いくら宮坂さんを狙ってくるとは言っても、どうすれば対処できるのか。

 

 それに対する答えは望月さんが言います。透明人間も誰かに雇われているのだから、その雇い主を始末すればいい、と。

 

 確かにそれはその通りなんでしょう。ただ、その通りにはいかないだろうとも思っていました。望月さんたちが黒幕を倒しに行ったならば、そこにきっと王賀さんも待っている。そういう展開になると思っていました。

 

 襲撃、今度はこちらが攻める番です。見覚えのある俳優さん――後に知りましたが、銀さん、と呼ばれている俳優さんです。曰く、『わたしを除けば今世紀最高の役者のひとりです』――よく脇役で見る俳優さんを運転手にして、攻めていきます。ラストバトルが近いことを思えば緊迫感のあるシーンだとも思うんですが、この運転手さんが単に巻き込まれただけの一般人さんだと知ったときには面白くもかわいそうだと思って――すぐに見せられる超絶ドライビングテクと謎の武術に驚かされます。望月さんがそれも宮坂さんの『声』の能力なのかと尋ねます。そういう力もあるのかと思ったところで宮坂さんからの「いや知らん。なにそれこわ……」と言わんばかりの反応。えっ。画面の中の望月さんと同じくぽかんとしてしまいます。ちなみに運転手さんのアクションもすごいですが、望月さんのアクションもすごいです。なんか、カメラワークもすごくて……テンポ良く、臨場感がありました。画面がものすごく移り変わるしなんなら画面も揺れたりして、まるでほんとうにその場に居るような気持ちにさせられてしまいます。

 そうしてそのまま黒幕と対峙して――……なんと、そのまま勝ってしまいました。あれ? 私は首を傾げます。勝って、しまいました? 透明人間は? あそこだけ? それはちょっと……タイトル詐欺では?

 

 きっと襲ってくる。そう思って警戒しながら観続けますが、出てこない。……ふたりは無事に家に帰りました。不意打ちで来ると思ったのに。いや、でも、まだ映画は終わっていない。きっと、もうすぐ……夜になって、朝を迎えます。……あれ?

 

 なんか、ものすごくいい感じです。終わりそうな雰囲気です。望月さんと宮坂さんの仲は縮まって、ほんとうに『家族』みたいになって、ふたりでいっしょに暮らし始める……のは、いいんですが。王賀さんの出番は? あそこだけ? そんなはずがない。そう思っても、映画はほんとうに終わりそうな雰囲気で……でも、終わりませんでした。ふたりの日常が描かれます。歌が流れたときにはこのままエンディングなのかとも思ってしまいましたが、ただのそういう演出でした。MV風に、ふたりの共同生活が描かれます。脅威は過ぎ去り、ともに過ごす理由がなくなったふたりがそれでもいっしょに暮らしている。ドタバタコメディ、そんな言葉に『ハートフル』なんて形容詞をつけてもいいようなシーンが続きます。望月さんは不満顔も多いですが、どこか楽しんでいるような顔もするようになってきました。宮坂さんもいつも楽しそうで、幸せそうで……とくん、と心臓が鳴り始めます。明るい歌、ポップなメロディ、そんな音楽とともに流れる映像は幸せいっぱいの映像で……でも、私は知っています。当時、この映画を観ていた人たちも。『この映画がまだ終わっていない』ことを知っています。

 とくん、と心に波が立ちます。とくん、とくん、と。静かに、でも、確かに。映画の中のふたりが幸せそうであればあるほど、観ている私の不安は強いものになっていきます。必ずこの平穏は破られる。必ず崩れる。日常はきっと続かない。どこかできっと何かが起こる。

 

 歌が、終わります。それでも画面の中のふたりは日常を続けています。でも、歌が終わったということは。何かが起こるかもしれません。緊張にごくりとつばを飲みます。とくん、とくん、と心臓の音が響きます。ふたりのやりとり、家族のような。宮坂さん演じる催眠術師はすっかり等身大の少女に見えます。超然とした雰囲気は薄れて、まるで『なかなか帰ってこない父親を待つ娘』のように、どこかいじけた様子でいて。

 

 

「……はやく帰ってこないかなぁ」

 

 

 そんなふうにつぶやく彼女は、かわいくて。まるで、ふつうの女の子で。

 

 いつもそうしているんでしょう。MV風の映像の中でもありました。ダイニングテーブルに対面で座って、お互いの定位置にコーヒーが置いてあって。このときも、催眠術師の対面にはコーヒーカップが置いてあって。

 

 そのコーヒーカップがひょいと画面外へと手に取られます。

 

 

「えっ」

 

 

 カメラが引きます。どくん、と心臓が警鐘を鳴らします。今、催眠術師が電話していたのは殺し屋。つまり、対面に殺し屋は居ない。なら誰が? 催眠術師は気付いていない? なんで? そんなことを考えられたのは一瞬で、すぐに答えは眼の前に現れます。

 

 ダイニングテーブルの反対側に、透明人間が座っていました。

 

 暗転。

 

 

「やっ――や、やだ、やめ」

 

 

 とくとくとペットボトルを逆さにしたときのような鼓動が全身に伝わります。とくとく、とくとくと不安が注がれる。画面の暗転はすぐに戻ります。しかし、映っている範囲には催眠術師も透明人間も居ません。音楽もありません。音がありません。殺し屋の部屋です。催眠術師の私物があふれて、ものでいっぱいになった殺し屋の部屋が映っています。でも、まだ誰も人間は映っていません。

 殺し屋が帰ってくる前なのか。催眠術師はどうなったのか。さらわれた? 救出劇が始まる? とりとめのない思考。そんな中――ようやく、人の姿が画面の端に映ります。華奢な体躯。小さな靴。殺し屋です。……靴、を履いている。そのことに違和感を覚えたときには、とある、ひとつの証拠が画面の中にありました。

 

 血痕が、ありました。

 

 

「ゃ……」

 

 

 見過ごしてもおかしくないほどにあっさりと映った血痕に声を失って――すぐに、もっと大きなものが映ります。

 

 殺し屋の後ろ姿と、その奥にあるものが映ります。

 

 首から下が真っ赤に染まった催眠術師が映ります。

 

 

「っ――」

 

 

 ひゅっ、と細く息を吸います。死ん……だ? 死んで、いる? 死体? ほんとうに? でも、だって、こんな、あっさり……こんな、いきなり。

 

 催眠術師の死体にカメラが寄ります。血のドレスを着た彼女。目を開けたまま、ぐったりとしている彼女。元気で明るい、魅力的な女の子だった彼女からは考えられない表情。……何も、ない。まつ毛の先の一本まで。まったく動くことはない。彼女の死を、突きつけられる。催眠術師は死んでいる。唇も薄く開いたまま微動だにしない。救命措置なんて意味がない。だってもう死んでいるのだから。

 

 その間、殺し屋は何も反応しない。殺し屋の表情は見えない。声も発することはない。ただ、しばらく催眠術師の死体の前で立っていて……ゆっくりと、彼女に背を向ける。

 

 殺し屋の足音が響く。それだけが響く。彼女の顔は映らない。横顔を映すような画角で、口元はかろうじて見えるものの、角度の問題で前髪に隠れて目が見えない。

 

 そして、殺し屋は玄関の扉を開けます。扉を開けて、外に出る――その瞬間、風に吹かれて、彼女の顔が髪の帳から解き放たれる。

 

 その表情は。

 

 

「ひっ」

 

 

 ……無表情です。感情なんて見えない。そんな表情だった、はずなのに。その表情には、同時に、すべての感情が見えました。ただ、何かをはっきりと見ている。前を見ながら、その先にある何かを見ている。……その視線の先にだけは、立ちたくない。そう……私は、その顔がこわかった。こわくて、こわくて、たまらなかった。だから思わず声をひそめるように手で口をおさえて――すぐに、きゅっと口を一の字に結びました。拳をぎゅっと握って、胸の前に持っていって。祈るように、願います。

 

 やっちゃえ、と。

 

 そこから何が起こったかと言うと――画面の中では、ぱん、ぱん、と色んな場所で殺し屋が偉そうな男の人を撃っている場面がいくつも流れます。ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、と。過程はほとんど描かれず、結果だけが描かれます。ただ断片から殺し屋が何をしているのかは察せられます。催眠術師を殺した相手を探している。透明人間を探している。

 

 ……催眠術師の殺人を透明人間に依頼した黒幕は既に始末していましたが、催眠術師は透明人間に殺されました。大元を断ち切ったはずなのに、なぜ? その答えは透明人間がそれでも仕事を全うするプロだったから――殺し屋はそう考えませんでした。催眠術師の持つ異能は厄介極まりないものです。彼女のこれまでを思えばどこで恨みを買っていてもおかしくありません。……恨みがなくとも、彼女の危険性を思えば、対処を考えないことはないでしょう。だから、他の誰かが依頼したのだ、と。そう殺し屋は考えたのでしょう。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して――そうして、とうとう殺し屋は透明人間と相まみえます。実際には殺し屋は透明人間を『見て』はいないのですが……すぐ近くに居るのに電話で会話をして、さらに的外れな方向を見ながら殺し屋は透明人間と話をします。そんなシーンも挟みながら、最終決戦。と言っても、それほど長いものではありません。会話をしている時間のほうがずっと長かったでしょう。決着は早く――そして、相打ちに近い形。

 

 

「あー……ハッ! ……まあ、悪くないだろ」

 

 

 自分の血を見て、笑って、つぶやく。目を閉じる。息を吐く。息をしている限りは肺の膨らみに胸が上下する。しかし、やがて、それも静まり、

 

 

 暗転。

 

 

 今度は暗転からすぐに画面が戻ることはない。……これで、終わりでしょうか。何と言うか、綺麗な終わり方ではあるかもしれませんが、思ったよりも静かな――そう思っていると聞き覚えのある曲が流れ始めました。主題歌のイントロです。となれば、ほんとうに終わりなんでしょう。これからスタッフロールが……………まだ、流れない。

 

 

「――さん」

 

 

 ぱちり、と目を開きます。まずは私が。その声に導かれるように、はっきりと。

 

 

「おじ――んん、……えてないなー? ……さん、おじさーん」

 

 

 そして、次は――画面の中の、殺し屋が。暗転から戻り、ベッドに横になっている殺し屋の姿が映ります。

 

 生きてた――いえ、それはいいんです。それよりも。そう思っているのは殺し屋も同じなんでしょう。驚いた顔で身を起こし――がくっ、と体勢を崩したところを支えられます。

 

 

「もー。やっと起きた。……おはよ、おじさん」

 

 

 そこには、催眠術師が居ました。どうして、なんで――そんな言葉よりもまず、殺し屋がとった行動は。

 

 

「わ。……なになに? ずいぶんあまえんぼさんだね?」

 

「……クソガキが。どうやら、本物みたいだな」

 

 

 思わずといった調子で催眠術師を抱きしめて、それからぺいっと吐き捨てた言葉と同じように離れます。催眠術師はアハハと笑って。

 

 

「うんうん。本物ですよー。おじさんが見た偽物と違って、ね」

 

 

 わたしがなんて呼ばれてるか知ってるよね? と催眠術師。そう、『催眠術師』だ。

 

 つまり。

 

 

「……本当に、シャレにならないことはやめろ」

 

「む。わたしだって不本意だったんだよ? でも、敵を騙すにはまずは味方から、ってね。正直ほんとに死ぬかと思った。あと、死を偽装したままってめちゃくちゃ動きにくい。それでもなんとかして詰ませようとしてたんだけど……思ってたより、おじさん、わたしのこと好きだったみたいだね? いやー、わたし、愛されてるなぁー」

 

「……チッ」

 

 

 殺し屋は舌打ちする。しかし、催眠術師はどこ吹く風です。そんな殺し屋をぎゅーっと抱きしめ、「わたしも愛してるよー。ちゅー」なんて顔を近づけます。殺し屋はそんな催眠術師の顔を手で追いやって、大きくため息。

 

 そして言います。

 

 

「まあ、なんだ。遅くなったが……ただいま」

 

 

 そんな殺し屋に、催眠術師はぱちくりと瞬きして。……それから、にっこりと笑顔を見せて。

 

 

「おかえり!」

 

 

 主題歌のイントロが終わり、歌唱パートへ。スタッフロールが流れ始めます。

 

 ……終わりました。はぁ、と大きく息をついて背もたれに体重をあずけます。

 

 思っていたよりも……面白かった、ですね。望月さんのことを知ることができたかと言うと……どうかは、わかりませんが。わかったことがあるとすれば、ひとつ。

 望月陽依。……彼女は、すごい役者だと。実質的なデビュー作だということを抜きにしても――たとえ、今の彼女が同じ演技をしたとしても同じ評価になるでしょう。彼女はすごい役者だ。到底、信じられないほどに。この映画はきっと彼女でなければ成立しない。彼女のような役者が居なければ成立しない。

 しかし、それよりも――今は、この映画について考えたい気持ちです。面白かった。催眠術師の死体が映ったところなんて、ほんとうに死んでいるとしか思いませんでしたから。まさか催眠だったとは……と言うか、そもそも殺し屋にはなんとなく催眠が効かないものだと思っていました。そんなことまったく言われていないのに。

 完璧な映画、というわけではないでしょう。説明不足のところも多いです。そもそも殺し屋が少女の姿になった理由などについては結局まったく語られていませんし。続編でもつくるつもりだったんでしょうか? 私の知る限り、この映画に続編はつくられていませんが……。

 面白い漫画や小説を読んだ後のように、ただ余韻に浸ります。色々考えて、でも、突き詰めると考えることは「面白かった」だけになります。そんな何も考えていないのと同じような状態でぼーっと画面を見つめている。いつの間にか身体が緊張していたのでしょう。伸びをして身体をほぐします。心地良い疲労感が充足感と名乗って全身にまとわりついてきます。この時間が心地良い。……主題歌も、確かに、良いです。あの人の曲ですから。催眠術師を演じた宮坂莉央さんが歌っていますが…………この、歌詞。

 

 スタッフロールが終わり――画面に催眠術師が映ります。顔のアップ。そしてカメラが引いて、隣の殺し屋、そしていつか操った運転手さんを映して――最後にひとりだけ『カメラ』を見ている催眠術師をまたアップで映します。

 

 

「ばいばい」

 

 

 そして、彼女は『カメラ』に向かって微笑んで――終幕。

 

 ほんとうに、映画が終わります。

 

 …………催眠術師の催眠は殺し屋にも効果がある。なぜあのときの運転手があそこに居たのか。彼を指した催眠術師の言葉――『あんな逸材が在野に眠っているものなんだねぇー』――彼が『ただの一般人』だったということを思い出す。エンディングの歌詞。歌唱を催眠術師を演じた宮坂莉央が務めた理由。この映画のタイトル、『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール』、少女の中の殺し屋。その意味は? 明かされていない『謎』の行方は?

 

 

「…………………め」

 

 

 かろうじて漏れた言葉は意味をなさず、遅れて、慟哭のように像を結んだ。

 

 

「めちゃくちゃ後味悪くないですか……? こ、こんなっ……こんな映画が、記録的な観客動員数? ど、どうして? いやっ……面白かったけど……面白かったんですけれども。当時の人たち、どんな精神状態だったんですか……?」

 

 

 私はこの映画のことで頭がいっぱいになってしまいました。色々なことを思い出します。今観たばかりの映画のこと。『そういうこと』だとしたら色々と説明がつくのでしょうか。と言うか、そもそも、主題歌。あの歌詞って……。

 ……他の人は、どう思っていたんでしょう。感想や解釈、考察を知りたい……あるいは、監督などの制作陣のインタビューはないでしょうか。どういう意図だったのか。そもそも、望月さんはこれを演じて当時はどんな気持ちだったのでしょう。ううう……き、気になって仕方ありません。

 

 この映画について私は調べ始めました。当初の『望月陽依を知るため』という目的を忘れて、すっかり映画にのめりこんで――我に返ったのは翌日の朝。『プロガー』博士になった私は自分の頭を抱えました。

 

 博士になってどうするの、私……! その情熱は望月さん個人に向けるべきでしょう……!

 

 ――望月陽依博士への道は、遠い。

 




話の流れとしてあまり望ましくないので先週投稿していた閑話はいったん消しました!
次々回あたりにいっしょに投稿する予定です。感想くださっていたのにすみません……! でもありがとうございます! いつもめちゃくちゃ助かってます!

次回、第一章最終話です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。