サキュバスアイドルマイスター 〜演技力カンスト役者、アイドル育成ゲームの世界に転生する〜   作:エビノース志月

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喝采

 授賞式なんてものがそもそも面倒くさいのに、その後の『集まり』になんて出席する気はさらさらなかった。加賀美はこの日のために着させられたスーツのネクタイをすぐにゆるめてドライバーシートに体重を預ける。すると隣からふふっと笑い声が耳を撫でた。スポンサーの大事な『商品』だ。

 

 

「ちょっと加賀美監督っぽくなりましたね。きっちりしたところ、カッコよかったですけど、別人みたいでしたもん」

 

「お前と比べると拙い『演技』だっただろうがな」

 

「いやー、見応えありましたよ? 胡散臭い詐欺師みたいな?」

 

「ハッ! それはお前のマネージャーだろ」

 

「冬城さんは胡散臭くないですよ? ちゃんと脱臭されてます!」

 

 

 ふふん、と助手席で胸を張る少女に加賀美は呆れる。詐欺師は否定しないあたり、冬城をよく理解している。

 加賀美と同じく、冬城の(正確には冬城が手配したスタイリストの)手によって着飾らせられた少女がそこには座っている。よく着ているワンピースにも似た、子ども用のパーティードレスだ。夜を思わせるその装いは子どもが着るには落ち着いた印象もあるコーディネートだったが、陽依の素材を際立たせるためだろう。夜会の華というよりは『星』のようなイメージを連想する。自分の商品を会の『主役』だとしか考えていないような傲慢な衣装選びだ。それを着こなしている少女も少女だが……まったく、お似合いのふたりだ。

 

 

「でも、髪、上げるだけですっごく印象変わりますね。ふだんからもうちょっとちゃんとすればいいのに」

 

「それで良い映画が撮れるならそうするがな」

 

「するんじゃないですか? 冬城さんも同じことを言うと思います」

 

「それは俺の領分じゃない。最低限のことはやってる。今回も。十分仕事は果たした。あとはアイツの領分だろう」

 

「冬城さんのほうが適役ってことなら理解できます。……身なりを整えても、監督は監督ですし」

 

「よくわかってるな。そういうことだ」

 

 

 無駄な毛はすべて剃らされた。髪はオールバック、スーツはシルエットに合ったオーダーメイド。こんなときでもなければ着ることもないというのにずいぶんと金をかけるものだ。それなら作品のほうに使ってほしいところだが。ウェディングドレスでもあるまいし。

 

 もちろん、仕事は果たした。授賞式でのスピーチにも滞りはない。加賀美はメディア向けにもいつもの調子で話すような暴挙をしない。メディアの前では相応の振る舞いをする。冬城曰く『そういう演出』も選択肢に入らなかったわけではないが――つまり、普段から横暴な振る舞いをする『こだわりの強い監督』だという演出――メディア対応自体は相応の振る舞いをするほうが益が大きいと判断した。

 と言っても、過剰にメディアに対して『甘い』わけではなく、あくまでも『最低限丁寧な口調で話す』程度のことだ。媚を売るほどのものではない。冬城曰く『本当に最低限』だが、それでも普段の振る舞いを知る陽依には新鮮なものに映ったのかもしれない。

 

 

「いつまでも話してないで、そろそろ出るか」

 

「あれ? 文乃先生は?」

 

 

 ん、と親指で後部座席を示す。ひょっこりと陽依がシートに膝を立てて後ろを覗き込むと、そこには毛布の塊があった。「えっ!? ……こ、これ、文乃先生だったんですか?」

 

 

「授賞式が終わった瞬間に会場抜け出してこもってるぞコイツは。あと疲労で寝てる」

 

「なんで作家って執筆は数日間不眠不休でできるのにちょっと表に出ただけで体力なくなるんでしょうか?」

 

「クリエイターはだいたいそういう生態だ」

 

「生きるのにむいてなさそう……」

 

 

 やっぱりわたしがお姉ちゃんとしてしっかりしなければ。ふんす、と陽依は胸の前で拳を握った。いつの間にか八歳の少女に妹扱いされている文乃に思うところがないわけではないが、仕方ないとも思う。自分も相当に社会に適合していないとは思うが、文乃のそれはさらにひどい。これで『社会派』などと呼ばれているのだから言葉というものは難しい。

 

 しかし、八歳――そう、八歳だ。隣に座る少女、望月陽依と出会ってから二年近くの時が過ぎようとしている。出会ってから三ヶ月後には映画の撮影が始まり、編集を経て公開。それから現在に至るまで、この少女が多忙だったことを加賀美は知っている。それはメディアに露出している陽依の姿を見ていたということもあるが、どちらかと言うと冬城から――『対面』の効果をよく知る冬城が諸連絡をショートメッセージで済ませることが多々あったというのが何よりの証拠だ。もっとも、その忙しさが落ち着くということはそうそうないだろう。陽依は休暇自体はしっかりとっているようだが、冬城の忙しさは冬城が陽依を担当している『だけではない』ことに端を発している。できるからと言って自らの能力にあぐらをかいている。『一日は二十四時間しかない』ということも忘れているらしい。言うまでもなく冬城のことだから『人の手』などは使った上でそれでも足りていないのだろうが。

 

 出会ってから二年。たったの二年だが、この少女にとっては人生の四分の一にあたる。身長は大きく伸びて、その容姿も未だ大部分は『幼さ』が勝つものの、その中に少女らしい可憐さが見えてきた。『子ども』から『少女』に――と言うにはまだ早いが、その雛形くらいは見えてきたところだ。授賞式でも話題になった。「もうすっかり『女の子』だ」なんて言ったのは……葦原だったか。王賀は「昔からプリンセスは立派なレディだと思うが? そうだろう、マイ・フェア・レディ?」なんて言って「それは違うだろ」と突っ込まれていたが。ちなみになんやかんや葦原が失礼なことを言ったという形で収まった。同じようなことは他にも多くが思っていただろうに。

 

 イグニッションスイッチを押し込むとエンジンがかかる。音も静かで、振動も少ない。とは言え『エンジンがかかった』ということはわかる。加賀美は運転すること自体は嫌いでもなかったが、車種についてはあまりこだわりがない男だ。数年前までは古臭い中古車に乗っていたのだが、ある日冬城から「勇くん、これ、あげるわ。お祖父さまの『お下がり』だけど、私の趣味じゃないの」と半ば強引に乗り換えさせられた。あまりにも快適に運転できるものだから逆に居心地が悪いほどだ。そのせいで今『送迎』なんて性に合わないことをやる羽目にもなっている。……もっとも、これに関しては自分から提案したことではあるが。

 

 加賀美は授賞式後の『集まり』に出席する益を見出せないが、冬城は違う。業界の人間――それも普段はあまり顔を見せない人間まで多くが参列するその場は冬城にとって絶好の『狩り場』だ。入れ食いのフィーバータイム、本来であれば逃すわけがない機会だ。しかし、冬城には陽依が居る。さすがに陽依を付き合わせるわけにはいかない。冬城にとっての最優先は望月陽依だ。たとえ金のなる木が林か森かと言えるほどに目の前に並んでいたとしても、それに背を向けて帰る……つもりだった。

 だから、加賀美は冬城に提言した。望月陽依は自分が家まで送り届ける、と。加賀美がそんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。冬城は大変な驚きを過剰なほどに表現した後、迷いながらも加賀美の提案を受け入れた。決め手は陽依の言葉だ。加賀美監督や文乃先生とは久しぶりに会うし、次はいつ会えるかもわからないから……なんて、『あくまでも陽依がそうしたいから』という形で伝えたのは明らかに冬城を気遣ってのことだったが、そこまで気遣われてそれを無碍にする冬城ではない。加賀美は冬城から「いい? 勇くん。絶対に安全に送り届けなさいよ。何よりも安全第一を心がけて」と詰められた。胸に人差し指を当てられて、何度もつんつんと小突かれながら何度も何度も念を押された。冬城としても悩ましい判断だったのだろう。

 

 

「まあ、でも……ありがと。陽依ちゃんのこと、頼んだから」

 

 

 最後にはそう言われたが、それまでがそれまでだったので加賀美はすっかり疲れきってしまっていた。うんざりしていたと言ってもいい。正直ものすごくしつこかった。シッシッと手を振ると目の奥が凍ったのでまた口を開く前に陽依を連れて退散した。

 

 

「最優秀作品賞」

 

「あん?」

 

 

 車を出してからしばらく、隣の陽依が口を開いた。

 

 

「獲れるかなー、って思ってたんですけど……だめでしたね。いちばん話題になったと思うんですけど」

 

「獲れるだなんて最初から思ってないだろ。そういう作品じゃあない」

 

「ラストとかめちゃくちゃ賛否両論ですもんね。いや、それだけじゃ受賞を逃す理由にはなりませんけど……今回の受賞作もかなり考えさせられる感じでしたし」

 

「『考えさせられる』の意味合いが違う。プロフェッショナル・キラーは解釈がわかれたとしても『作品を通じて社会を見つめ直す』という側面は薄い。そういった『面白さ』なら間違いなくアレのほうが上だろう」

 

 

 もっとも、総合的な『面白さ』では負けているつもりはないが。加賀美の言葉に陽依はくすくすと笑ってみせる。

 

 

「自分で言っちゃうんですね。……わたしは、そういう解釈もできる作品だって思ってますけど」

 

「できなくはないだろうな」加賀美はちらとバックミラーに視線を向ける。「文乃がそこまで意図したかどうかはわからないが――今回は『手癖』に分類される気もするがな。文乃が意図的にするならもうちょっとうまくやるだろう」

 

「文乃先生の手癖……家族ですね」陽依はあごに人差し指を当ててつぶやく。「今作で言うなら催眠術師が『家族』を求めていた少女である、という解釈。途中までは完全に『そう』なんですけど……これはラストの解釈によってかなり分かれそうですよね」

 

 ラスト、つまりは『催眠術師』の正体。彼女が何をしていたのか。

 

 

「そこについて色んな説がありますよね。色んな人が色んなことを言ってます。加賀美監督のインタビューでも割と聞かれてたりしてましたけど――結局、回答は一度もしていませんし」

 

「不純物だからな」と加賀美。「『作品』として世に出された時点で作者の手は離れている。それを受けた観客の心にあるものこそが『答え』だ。作者が『こういうふうに意図していました』なんて言っても『そうじゃない答え』を間違ったものとして叩く棍棒程度にしかならないだろう。大事な観客を攻撃しようとするクズどもの要求に従ってわざわざ武器を提供するなんてバカがどこに居る」

 

「め、めちゃくちゃ敵をつくりそうな発言……!」

 

 

 解釈のわかれる描写についての意図を正直に話す作者さんも居ると思うけどなー、と陽依は独りごちる。「あと、やっぱり『答え』って知りたいですし。納得したいんですよ、きっと」

 

「怠慢への言い訳だな。『答え』は自分で得るべきものだ」

 

「娯楽作品にそんなに『やる気』を出す人は珍しいってことですよ。人間のリソースには限りがあります。ひとつの作品に向き合って悩んで『自分だけの納得のいく解釈』を紡ぐ楽しさは他に代えられるものではありませんが、それは『奇特な楽しみ方』ですから」

 

「ハッ。違いない。だが、俺にとってはその『変人』のほうが大事だ」

 

 

 映画なんざ暇つぶしに観る娯楽だ、と加賀美は思っている。そんな高尚なもんじゃない。しかし、その上で自分の作品に真剣に向き合うような人間のことを好ましく感じてしまう。典型的なダブルスタンダードだ。それがなんだと思ってもいるが。

 

 

「それでいいと思います。……ただ、わたしも解釈をひとつに定められてないんですよねー。『それでいい』と思ったのでどういうふうにも捉えられるように演技しましたけど――わたしの解釈、ちょっと聞いてもらってもいいですか?」

 

「自由にしろ。文乃が怒るかもしれないが」

 

「勝手に解釈を話すのに?」

 

「いや――それを『自分が聞いていない』ことに」

 

 

 きっと『起こしてください』と怒るだろう。作者にとって作品の感想や解釈を聞くことはいちばんの喜びと言っても過言ではない。それに、文乃は陽依のことを気に入っている。冬城や莉央のような方向性というよりは――自分に近い意味合いで。

 

 

「あー……まあ、文乃先生の希望であればまた話しますから。それで、わたしの解釈なんですけどー……その前に、よく見る解釈についていくつか私見を」

 

 

 まずひとつ、と陽依は自分の指を立てる。

 

 

「あの映画はぜんぶ催眠術師がわたしたち観客に『催眠』をかけて見せたものだった、という解釈です。これもそこそこ支持されてる解釈のひとつですよね。カメラ目線だった説明がいちばんつくのはこの解釈です。ただ『じゃあそもそもなんでこんな映画を見せたんだよ』って話にもなるので、催眠術師の『意図』はなんだったのかって謎も生まれますけど」

 

 

『アリ』だとは思うんですけど、深く考えると『どうなんだろう』ってなる解釈ですよねー。ただ、いちばんカメラ目線だったことに意味が出るのはこの解釈かも、って思います。第四の壁の破壊……この手法が使われるときに意図される効果は『あなたはどう思った?』と観客が『自分に問いかけられた』と錯覚すること。そういう意味合いでの演出であれば他の解釈でもぜんぜん問題ないとは思うんですけど。

 

 

「次は『望月陽依演じる殺し屋の少女の精神と銀さん演じる男の精神が入れ替わった』みたいな解釈。そもそも『男の中に少女の精神が』なんて話の展開になって最初に思いつく『理由』って『入れ替わりモノ』ですし? これもアリだと思います。銀さんがあんなに強かった理由にも説得力が出ますし……ただ、単に『入れ替わった』だけだと銀さんの身体に入ったはずの少女の精神は? という疑問も生じます。あとそもそも催眠術師ってなんでそんなことできるの? ってことも。まあ催眠術師や透明人間なんて居る設定ですからそのあたりはそこまで気にすることじゃないかもしれませんが……」

 

 

 そして、最後に。

 

 

「わたしが演じた殺し屋の少女は『あなたは殺し屋だったけど、そんな姿に変わってしまった』なんて催眠をかけられただけのただの『一般人』であるという解釈。最後のシーンに銀さんが居たのも『ただの一般人のはずなのにあんなに強い』という『前例』をわかりやすく配置したという意味で『殺し屋』はそれと同じく『たまたま殺し屋としての才能が眠っていた少女』だということ。タイトルである『プロフェッショナル・キラー・イン・ガール』は不自然な英語ですが、このタイトルから想像できるとすれば二択。ひとつは『少女の中に殺し屋が居る』の文字通り『別人の精神としての殺し屋』が少女の中に存在している、ということ。もうひとつは――『少女の中に存在する殺し屋としての資質』になるでしょうか」

 

 

 わたしの――厳密には『催眠をかけられた少女の演技』によって『別人の精神』が入り込んでいるように思っちゃいますけど、タイトルだけを見ればどちらにも取れますよね。単に『殺し屋の少女』として思う人も少なくなさそうです。

 

 

「ただ、もちろん、この解釈でも『催眠術師はなぜそんなことを』って謎は生まれると思います。わたしの解釈では――ああ、わたしはこの解釈を支持しているんですが――『たまたまそういう資質を持っているのがその少女だったから』以上の意味合いはないんじゃないかって思ってます。色んな人に同じような催眠をかけて『自分の手駒』をつくりたかった。その理由は……透明人間に狙われていたから、とかになるんですかね? 透明人間じゃなくても、他の脅威に? 殺し屋の少女は冒頭から『仕事の電話』をしていましたけど、結局、あの電話相手の正体も何もわかってませんよね。それも『催眠術師』だったら収まりもいい」

 

 

 やっぱり、この解釈はかなり『強い』と思うんですよ。陽依はぐっと拳を握って熱弁する。

 

 

「それからそれから、催眠術師は『自分の手駒』をつくるつもりだったけど殺し屋の少女にちゃんと情は持っていたんじゃないかなって思うんです。自分の催眠によるものだとは理解してたはずなんですけど、でも、撮影の中で描かれた殺し屋の少女との触れ合い、そこで育まれた親愛の情は本物なんじゃないかって! 自分でも気づかない心の奥では『家族』を求めていたのかも……って、まあ、それも無辜の少女に催眠かけてるんだからめちゃくちゃ悪いんですけど……あ、そもそも『わたし』が『無辜の少女』かどうかもわからないですよね。実は『わたし』も心を壊すようなきっかけがあったりしたのかも……ってことは、催眠をかけたのは色んな人にじゃなくて最初から『わたし』だけ? うーん、それもアリだな……それでたまたま『めちゃくちゃ殺し屋としての才能があった』っていうのも……」

 

 

 ぶつぶつと話し始める陽依。自分の世界に入ってしまっている。そんな彼女を見て加賀美は思わず笑ってしまった。陽依がハッとして身を縮こませる。「……すみません。ちょっと、熱くなっちゃいました」

 

 

「謝ることじゃない。作者冥利に尽きる。……文乃には秘密だな」

 

 

 加賀美は陽依をただの少女だとは思っていない。明らかに『おかしい』と考えている。気味が悪い、と。人生二周目なんて言葉がまったく冗談だとは思えないような技術を持っている。才能だけでは絶対に説明がつかない演技をする少女だ。『大人びている』なんて言葉では収まらない。

 

 ただ――年相応、だとは思わないが。

 

 

「お前が子どものように見えることがある」

 

「そんな目で運転して大丈夫ですか? こわくなってきちゃいました」

 

「精神年齢がちぐはぐだ。子役なんてもんはみんなそうだって言うヤツも居るかもしれないが――お前の場合は、ことさらにな」

 

 

 陽依の言葉を無視して加賀美は言う。

 

 精神的に成熟しているとしか思えないくせに、そこらの子どもよりも『子どもらしい』と感じることがある。

 

 そんな陽依に、加賀美は。

 

 

「……どっちが本物なんだか」

 

「『本物』なんて」陽依はふふっと笑う。「どれも『わたし』ですよ」

 

「…………違いない」

 

 

 ククッ、と笑う。

 

 それからはしばらくとりとめのない話をした。冬城の話、文乃の話、学校の話、映画の話。話してみると、いくらでも話すことがあった。なんでもない話でもそうだ。ただ、ほとんどの話において――陽依は『聞き上手』であり『話し上手』だった。話が弾んだように感じられたのはそれ故だ。

 

『故』でなかった話題は、やはり『映画』に関することだった。

 

 映画について。撮影について。役者について。演技について。それは今までに観た具体的な作品の話でもあり、抽象的な作品論としての話でもあり。具体的な役者の名前が出ることもあれば、演技、演出についての話に及ぶこともある。演技者だけではなく、制作スタッフ、それも決して華々しくはない類の『裏方』に至るまで。

 

 話が弾んだ、と一義に言えるものではなかった。『映画』に関しては互いに確固たる『主張』があった。どうでもいいものではない。互いに『本気』だったからこそ、和気あいあいと話が弾むばかりではない。運転中だ、もちろん熱く討論したわけではないが――それでも、十分に互いの心が通った時間ではあっただろう。

 

 

 そうしていると時間が過ぎ去るのは早く、すぐに目的地へと到着する。空きガレージに一度停車し、陽依を降ろす。加賀美も一度車から降りる。冬城の生家である豪邸とはさすがに比べられないが、撮影のロケーションとしても十分に使えるくらいの一戸建てだ。ここが望月陽依を生んだ家か、と思わなくもない。……彼女の『それ』はどんな環境であったとしても育まれるものではないとは思うが。

 

 

「今日はありがとうございました、加賀美監督。お疲れなのに、送ってもらっちゃって」

 

「気にするな。お前も疲れただろう――主演女優賞、優秀賞。助演女優賞優秀賞、新人俳優賞、話題賞俳優部門……取材陣の対応は、お前のほうが疲れたはずだ」

 

「最優秀賞もとりたかったんですけどねー。まあ、アイドルになるまではまだ何回かありますし、そのうちとることにします」

 

「早くても五年後だろう。小学生に獲らせるとは思えない」

 

「中学生にも獲らせますかね?」

 

「実績で黙らせろ。……『助演』ならもっと早いかもしれんが」

 

「あはっ、買ってくれてますね、ずいぶんと」

 

「事実に基づく論理的な推測に過ぎん」

 

 

 玄関を前にして、ふたりはまだ動かない。あたたかくなってきたとは言っても、まだ肌寒い季節だ。スーツ姿の加賀美はいいとしても、パーティードレスに身を包んだ陽依をいつまでも空の下に拘束しておくわけにはいかない。それはわかっていた。加賀美も、陽依も、お互いに。されど目を合わせるわけでもなく、どこを見るでもなく、ふたりは足を止めたまま、言葉だけを交わしている。

 

 

「……アイドルになるまで、か」

 

「はい。アイドルになっても、演技の仕事はすると思いますけど――さすがに、アイドルが中心になると思いますから」

 

「役者仕事の優先度はどうしても落ちる、か」

 

「きっと、甘くはないですから」

 

 

 既に――初めての撮影でいくつもの賞を受賞した役者が、そんなことを言っている。

 

 だが、そうだ、そうなのだろう。役者として成功したからと言ってアイドルとしても成功するとは限らない。ライブバトルリーグが始まって以来、アイドル業界の盛り上がりは収まることを知らない。盛り上がっている業界であるということはすなわちそれだけ優れた資質を持つ者が集まるということでもある。人気のあるスポーツほど『突出した個』が集まることと同様のことが現在のアイドル業界にも言える。そんな『突出した個』ばかりが集まる世界では、たとえ望月陽依でさえも――成功するとは、限らないのかもしれない。少なくとも『片手間』でできることではない。

 

 

「……アイドルになんてならずに、役者に専念すればいい」

 

「それ、口説いてるつもりですか? 口説き文句にしてはお粗末すぎます」

 

 

 ふふっ、と陽依は笑う。からかうような調子で加賀美を見る。加賀美もまた陽依を見ている。見つめている。

 

 陽依のことを、真正面から見つめている。

 

 

「ああ、口説いている」

 

 

「――……ぇ」と陽依が固まる。そんな彼女をまっすぐに見つめたまま、加賀美は続ける。

 

 

「俺が知る限り最高の女優だ。理想の――役者だ。欲しくならないわけがない」

 

 

 だから、加賀美は言う。アイドルになんてならず、役者に専念しろ、と。

 

 俺のものになれ、と。

 

 

「……加賀美監督、女泣かせって言われません?」

 

 

 長く短い沈黙の後、陽依の口から出た言葉はそんなものだった。からかうような微笑みは消えて、唖然としたままそんなことを言う。

 

 

「ちょっとだけ……うん、ちょっと、ほんとうに。ぐっ、と来ちゃいました」

 

 

 つぶやくように、陽依は言う。いつもよりも言葉が浮いている。地に足がついていない。あるいは、本当に動揺しているのかもしれない。そんなことを言われるとは思わなかった、と――もしそうであるならば自分を過小評価していると言わざるを得ない。

 

 

「なら、役者を続けろ。お前にとっては天職だろう。役者以上にお前に合っているものなんてないし――お前以上に、役者が似合うものも居ない」

 

 

 加賀美の言葉に嘘はなかった。すべて紛うことなき本心だ。望月陽依は最高の役者だ。自分にとっての――誰にとっても、きっと最高の役者だろう。理想の役者だ。アイドルになんて渡したくはない。もし彼女にアイドルとしての資質もあったとしても――彼女が『トップアイドル』として活躍するようになったとしても、加賀美は同じことを思い続けるだろうという確信があった。役者、望月陽依。それが欲しい、と。

 

 だが、陽依は。

 

 

「……あなたに、そう言ってもらえることは嬉しいです」

 

 

 目を伏せたまま、そう口にする。何かを抱えるように。噛みしめるように、ゆっくりと。

 

 

「あなたの言う通り、わたしも……わたしも、わたしは役者こそが天職だって。そう思います。そう、思うんです」

 

 

 でも、と。

 

 陽依が顔を上げる。顔を上げて、加賀美を見る。加賀美が陽依を見たときと同じく、まっすぐに見つめて。

 

 

「私は、アイドルになる」

 

 

 その言葉には、強い決意が見て取れた。誰に何を言われても変わることはない。変えることはない。『もう決めたことだ』と。彼女のすべてがそれを雄弁に語っていた。

 

 

「そうか」

 

「はい」

 

 

 だから、それだけで十分だった。望月陽依はアイドルになる。加賀美が何を言ったとしても……心は揺れても、判断が変わることはない。そのことも、不思議と確信することができた。

 

 

「――次は、最初から『望月陽依』を想定した映画を撮る」

 

 

 加賀美は言った。次――次に、陽依が加賀美の映画に出演するとき。

 

 

「役者に専念しておけばよかったと後悔させてやろう。楽しみにしておけ」

 

 

 夜空には月が浮かんでいる。

 星々は地上の光にかき消され、月だけがはっきりと見えている。

 

 

「……加賀美監督、わたしのこと、好き過ぎ?」

 

「かもな」

 

「ひ、否定しない……!? お、おまわりさーん」

 

 

 小声で叫ぶように笑う陽依を加賀美は見る。まだ答えはもらっていない、と。

 

 茶化すことに失敗した陽依は「あー……」と困ったようなかおをして、観念したように真正面から加賀美を見据える。

 

 

「できるものなら、いくらでも。…………わたしも」

 

 

 夜空には月が浮かんでいる。星々は見えず、月だけが見える。

 

 加賀美の目に、今、陽依だけしか見えないように。

 

 

「私も、そのときを楽しみにしてます」

 

 

 だから、と陽依は加賀美に向かって小指を差し出す。だから、約束を――『賭け』をしましょう。

 

 

「そんな作品を、もしも撮ることができたなら――あなたのお願いを、ひとつ、聞きます」

 

 

 いつかのように、いつかとは逆に。

 

 

「そうか。なら、どうにかしてお前がアイドルになるまでに撮らないとな」

 

「いやアイドルにならない以外で」

 

「ケチなヤツだな」

 

「めちゃくちゃ太っ腹だと思いますけど?」

 

 

 指を切って、一度、目を合わせる。そして、ようやく歩き始める。

 

 

「それでは、また」

 

「ああ。できるだけ早くするから腕を磨いて待っておけ」

 

「早くしないと、わたし、トップアイドルになっちゃいますからね」

 

「トップアイドルを役者の道に引き戻すのも悪くない」

 

「悪いですよ? ……引退してからなら、いくらでも出ますから」

 

 

 ――だが、次に陽依が加賀美の映画に出演するのは、これよりおよそ十年後。

 

 

「あなたのほうこそ、待っていてください」

 

 

 望月陽依の遺作となる作品でのことであった。

 

 




第一章、これにて終わりです!
ここまで読んでくださってありがとうございました! 感想評価ここすきなんかもありがとうございます~! めっちゃ助かってます! 
次章もまだ子役編です。でも時間はちょっと飛びます。アイドル編は……もうちょっと先……!

作品タグに「ハッピーエンド」を追加しました! 一応。ひょっとするとハッピーエンドにならないんじゃないかって疑いを持たれるかもしれないな、と思ったので。

重ねてこれまで読んでくださってありがとうございました! 
次回はinterludeです。同時に以前投稿した閑話も投稿します。
それでは。
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